ダンジョンに戦いを求めるのは間違えているだろうか?   作:蟹味噌汁

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第6話

「黒ローブの女...なあ」

 

 クレインの話の中に出てきた、命を救ったと言う黒ローブの女。先の神の恩恵を授ける際に生じた異常は全てこの女が原因ではないかとロキは睨んでいた。

 

 あの指先に感じた鋭い痛み。あれはまるでロキの力を拒むかのように、ロキの力に反発するかのような衝撃だった。神であるロキの力に抵抗出来るもの。それは同じ神の力を持ってしなければ不可能だとロキは考える。

 

 つまり、クレインの体内には既に神の力が混入している事になる。他の可能性を考えるのならば、神と人間の間に出来た子供と言う線もあるが、そんな存在は聞いた事がない。普通に考えるならば話の中に出てきた黒ローブの女を疑うのが筋と言うものだろう。

 

「何かを飲まされた...神の血、って所やろな」

 

 そう考えれば先程生じた異常の原因にも理由が付く。が、通常の人間が神の血を飲み生きれる筈もない。それこそ神の恩恵を受け、レベルを極限まで昇華させ、限りなく魂の器を神に近づければ可能だろう。だが当時のクレインはレベル云々の話以前に体すら出来上がってない少年だった。そのような体で到底神の血を受け入れる事が出来る訳がないのだが...。

 

ー実際にクレインは生きとるしなあ...。

 

 まさかこのような異常事態にまで発展すると思っていなかっただけにショックが大きい。クレインに発現したレアスキルの効果も含め、これから先どう扱えばいいのか分からなくなってしまう。

 

 しかし、異常事態が発生したとは言え神の恩恵は授けてしまった。つまり、クレインは立派なロキ・ファミリアの一員なのだ。放って置く事は出来ないし、当然そのような処置をするつもりはないとロキは考えていた。

 

「ほんまにとんでもない問題児が入ってきたもんやな」

 

 そう苦笑しながら気を失い倒れているクレインの頭を優しく撫でる。何故か先程の傷は全て塞がっており、今では静かな寝息を立てている。その事もあり慌てる必要はないと判断したロキだが、傷が塞がっている事に再び疑問を覚える。

 

ー種族欄の文字化け...クレインの魂が変化を起こしとるんか?

 

 神の血を魂に取り込む事により根本的に人と言う種族から外れてしまっている。そう考えればこの治癒力にも説明が付く。他にもレベルを持たない者がミノタウロスの攻撃を受け、生きている事を考えれば肉体も頑丈になっている可能性が高い。

 

「まぁ今すぐどうこうなる問題やないやろ。そろそろ帰ってくるやろうしな」

 

ーうち一人で判断できへんしな。

 

 そう口にしながらソファーから立ち上がり、窓の方へ近寄る。そこから見える景色には、大通りの一部に遠くからでも分かる程の人混みが出来ていた。

 

「ええタイミングや」

 

 あの人混みは遠征から帰ってきたファミリアの者達を囲む人混みで間違いないだろうとロキは窓を開き、身を乗り出す。ホームに帰ってくる子供たちを迎える為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼が噂の新人君かい?」

 

 遠征から帰ってきたファミリアの子供達を迎え、労いを終えたロキは団長のフィン、副団長のリヴェリア、そして無骨の大剣を重そうに抱えるアイズを連れクレインが居る部屋に集まっていた。

 

「...ああ、アイズから聞いとるんか」

 

「一応ね。僕達が逃がしたミノタウロスに殺されかけた人がファミリアに入る事になった、とは聞いていたよ」

 

「なるほどな」

 

 フィンの言葉にそう相槌を返しながらソファーに腰を下ろす。フィンとリヴェリアも同様に空いている席に腰を下ろした。アイズはクレインがうつ伏せで眠るソファーに大剣を立て掛けそのまま寝ているクレインの隣に静かに腰を下ろす。ただ、アイズの視線はクレインの背中に向けられており、傷跡の多い背中を凝視していた。

 

 フィンとリヴェリアもその傷痕の事が気になるが、本題はその事ではないとロキの雰囲気から薄々察しており、本人の口から説明があるまで口を開かない事にした。

 

「で、そのクレイン言う新人の事なんやが...これまたえらい問題抱えたやつでな」

 

 そう口にしながら一瞬だけ視線をアイズが持ってきた大剣に向ける。

 

ーこれが黒ローブの置いていった剣やろうな...これでほぼ確定や。

 

 ロキはその大剣が普通の大剣で無いことを一目で見破っていた。決して通常の人間では分からない。神であるロキだからこそ分かる程度の異常性を。

 

 そもそもレベル5であるアイズが重そうに抱えている時点で異常なのだ。一級冒険者が持つ力は常識では考えられないもの。少なくともその力は身丈よりも大きい大剣を抱えた所で重さを感じる程度のものではない。

 

「まあ面倒な説明は省くさかい、率直に言わせてもらうとやな...こいつにはどっかの神の血が混ざっとるねん」

 

「...これまたいきなりだね」

 

「...精霊ではなく神と来たか」

 

「...」

 

 三者三様の反応を見せる。皆外見はあまり驚いていないように見えるが、内心では初めて聞く存在に大きく動揺している。精霊に関してはアイズなどの存在もおり、アイズの他にも精霊の血が流れている者はいる。しかし、神そのものの血が混ざっているなどと言う話は聞いた事がなかった。

 

「彼に神の血が混ざっていると言うのは事実なんだね?」

 

 そう確認されたロキは先程の恩恵を授ける際に負った指先の傷を見せる。

 

「さっきこいつに恩恵を授けとったんやけどな、そん時にうちの力が弾かれたんや。他にもこいつの過去に色々あってな。ほぼ確定思ってええで」

 

「分かった」

 

 精霊の事ならばフィンやリヴェリアにも多少の知識はあるが、神そのものに関して分かる筈もなく、二人は主神であるロキを信用する他なかった。

 

「...その上でロキは彼の事をどうするつもりなんだい?」

 

「...」

 

 フィンの問い掛けにロキは迷わずファミリアとして迎え入れると返すつもりだった。しかし、その言葉は喉元で詰まり口を開いたまま固まってしまう。

 

 クレインに神の血が混ざっている事はほぼ確定だ。神の恩恵を授ける際に生じた異常。アイズが持ってきた大剣。そしてクレインの異常な生命力。それらが事の裏付けを物語っている。

 

 しかし、誰がどのような目的でクレインにそのような事をしたのかが、ロキには分からなかった。ただ、少量とは言え神の血を受け入れる事の出来る器。そんな存在を手放すとは到底思えない。クレインに血を与えたであろう黒ローブの女は間違いなくクレインに接触しに来る。そうロキは確信していた。

 

 だからこそ、人に血を与えるなどと言う禁忌を犯したその女が恐ろしいのだ。禁忌を破ることを厭わない存在ならば神が持つ本来の力を使っても可笑しくない。その力がもしファミリアの子供達に向けられたらと思うとロキは最後の一歩を踏み出す事が出来なかった。

 

 更に問題はそれだけではなかった。

 

 ロキ・ファミリアがダンジョンの探索を主とするファミリアの以上、戦闘はまず避けることが出来ない。だからこそ戦闘を求めるクレインには合っていると考えていたいたのだが、クレインに発現したスキルは常軌を逸するものだった。

 

 狂戦士化。一見レベルが無条件で上がる強力なスキルのように思えるが、そんな事は有り得ないとロキは考えている。スキルの名を見れば薄々察する事が出来るが、恐らく理性と引き換えに力を得るスキルと考えて間違いないだろう。

 

 もしそう考えるのならば、パーティーを組んで戦う以上、理性を失う仲間が居ると言う事は大きな危険に晒される事になる。効果が最大になれば2レベルも上昇するのだから尚更だ。

 

 ファミリアに置いておいても正体不明の神がやって来る可能性は高く、ダンジョンに遠征に行かせれば他の子供達が危険に晒されてしまう。まさに八方塞がりの状態なのだ。その事もあり、ロキはフィンの問に答えをかえせないまま、懐から一枚の紙を取り出した。

 

「...取り敢えずこれみてみ」

 

 そう言いながらロキはフィン紙を手渡す。それはクレインのステータスが複写されたものだ。本来ステータスは他人に見せるものではないが、クレインは特例と言える。

 

「...これは神の血を受け入れた恩恵ってやつなのかい?」

 

「凄まじいな。レベル1でレアスキルが四つなど聞いた事も無い」

 

 フィンとリヴェリアは同様の反応を示す。口の端は引きつっており、表情は強ばっている。まさかこれ程までの存在だとは思っていなかったばかりに返ってきた反動はでかかった。

 

 そんな二人の反応を傍目で見ていたアイズは紙の内容が気になるのか、そわそわと落ち着きのない動きを見せ始める。

 

「...アイズにも見せて構わないかい?」

 

 アイズの様子に気付いたフィンは苦笑いしながらロキにそう訪ねた。

 

「もちろんや。クレインはアイズと似通ったもんやからな...知っておいた方がええやろ」

 

 ロキの了承を得たフィンは手に持っていた紙をアイズに手渡す。素早くその紙を受け取ったアイズは期待の眼差しでステータスに視線を移した。

 

「え...すごい」

 

「あはは、凄いで済むスキルじゃないんだけどね...。流石に自信を無くすよ」

 

「スキルだけ見れば私達と何ら違いはない。いや、むしろ私達の方が劣っているだろうな」

 

 第一級冒険者をもってしても持ちえないレアスキルの数。一つがレベル上昇のスキル。一つが全ステータスの大幅アップ。一つが腕が千切れようとも戦えるようにするスキル。一つがステータスの伸びを補助するスキル。そのどれもが最高級と呼べる効果を秘めたスキルだ。最前線で常に命を削って戦うフィン達からしたらそのどれもが欲しいと言えるものだった。

 

「...そうやな、確かに効果だけを見ればふざけたしろもんや。だけどな、分かっとるやろ?」

 

 ロキが暗に聞いているのは先程の狂戦士化のスキルの事だ。

 

「ああ、分かってるよ。確かに狂戦士化のスキルは良い予感がしないね」

 

 団長と言う立場にいる以上、クレインの存在を蔑ろに扱う事は出来ない。しかし、同情で無策に遠征に組み込んでしまえば他の団員に被害がでる可能性は直ぐに理解する事が出来た。フィン同様リヴェリアもロキの言いたい事を理解し、口を開く。

 

「私達のようにレベルが5.6ある者は背後から襲われても安全に対処出来る。少なくとも現時点ではな。だが他の団員はそうもいかない」

 

 幾ら最大規模のファミリアと言えどその大半は低レベルの冒険者で占められている。そのような者達にレベルが2上昇しステータスに大幅な加算が加えられた状態で襲われたらひとたまりもない事は容易に想像出来る。

 

「普通ならば遠征隊に組み込む事は出来ないが...どうしたものか」

 

「個人でダンジョンに潜らせても他のファミリアの人達を襲うような事態になったらまずいからね...」

 

 もし実際にダンジョン内で他ファミリアの人間を襲い、ファミリア間の戦争に発展してしまった場合被害を被る可能性は非常に高い。

 

 遠征隊に組み込むと仲間割れの恐れがあり、一人での活動をさせるものならそう言った危険性がある。その内に秘めた力が幾ら強くとも制御出来なければ意味がない。

 

 まさに諸刃の剣と言えるだろう。その身に秘めた潜在能力は強大。将来性を考えれば代わりなどいないと断言出来るほどの逸材だ。しかし、それらに付属する相応のデメリットに各々困惑するしかなかった。

 

「確かにこれは困った問題だね...このスキルが本当に僕達が考えているようなスキルだったらの話だけど」

 

「...確かに憶測だけで語るべきではないな。明確な線引きをしておかなければ話は進まない」

 

 結局の所この三人が話しているのは仮定にすぎない。もしかしたら、このスキルを自分の意思で明確に制御可能かもしれない。更には根本的に三人が間違えており、狂戦士化のスキルはデメリットのないレアスキルかもしれない。つまりは、そのラインを明確に定めなければ判断を下す事は出来ないと言う事だ。

 

「線引き言うても...どないするつもりや?」

 

「当然団長である僕が相手をするよ。力の加減も得意だからね」

 

 そう言いながらフィンは無意識にアイズの方へ視線を送ってしまう。

 

 幸いにしてアイズはその事には気づく事はなかったが、リヴェリアに軽く足を踏まれたフィンは小さく肩を竦めた。とは言え格下の相手に最も上手く立ち会えるのはフィン以外にいない。アイズを含めたレベル5の冒険者達ではクレインの命が危ない。そう言う意味でもフィンの考えは正しいだろう。

 

「フィンの言っている事は正しい。そいつがどのような戦い方をするのかは分からないが、フィンならば柔軟に対応出来るだろう」

 

「そうやな...これからの為にも必要なことやし...フィン、任せるで!」

 

「ああ、任された。...って事になったけど、君もそれでいいかな?」

 

 そうフィンはソファーの上で気を失っていたクレインに話し掛けた。ロキやアイズに限ってはクレインが未だに気を失っていると思っていた為に目を見開いてクレインに視線を向けた。

 

 フィンのそう問い掛けられたクレインは数秒程動かなかったが、背中越しに向けられた視線に耐えられなくなり、おもむろに体を起こす。

 

「いつの間に気が付いとったんや!?」

 

「俺のスキルだかの辺りだな。どうにも起きづらい空気だっからな」

 

 その答えにロキは安心する。少なくともフィンとの話は聞かれていなかったのだ。だがそれと同時に安心感を抱いた自身に強い嫌悪感を抱き苦々しい表情になる。

 

 その一方で意図せず話を盗み聞きした事に対し多少の罪悪感を抱いたものの、そんな感情を吹き飛ばす程の歓喜でクレインは満たされていた。

 

 話を聞いていて自身のスキルが危険な代物で周囲の人間に危害を与える可能性がある事は分かった。ファミリアに入った手前このような形になってしまい後悔の念が生じるが、そんな事よりも目の前の男と戦えると言うことが嬉しくて堪らなかった。

 

 本音を言えば戦いたくはない。だが、心が、魂がざわついて仕方がないのだ。クレインはその本能とも呼べる強すぎる欲望に抗う事は出来なかった。

 

「それで団長だったか...俺と戦ってくれるのか?」

 

「うん。もちろんだよ。団員の事は把握してないといけないからね」

 

 そうフィンが答え、それを聞いたクレインの口端が吊り上がる。レベル1とレベル6の結果は目に見えている試合。だが、重要なのは勝ち負けではない。この勝負がクレインの今後を決定付ける大切な試合になるだろう。


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