モッ...モリアさんは最強なんやで(棒読み)   作:ニルドアーニ四世

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想像以上に回想が伸びてしまったので可能な限り一話に纏めました。おそらく次の投稿で終わりますが、期末試験のために一時的に凍結します。


普段より少し過激です、御気をつけください


マリージョアの犠牲者

 

 

 

 

 

 

 

一ヶ月後

 

 

 

 

〜聖地マリージョア〜

 

 

 

 

 

宝石や一流の職人の手で施された豪華なアンティークが散りばめられ、稀有な獣の毛皮の絨毯に少年少女は寝っ転がりながら分厚い動物の図鑑を眺めていた。

 

彼らは図鑑の特徴ある動物を指差して笑っていた。雪の国に住む登山好きな礼儀正しいクマ、カンフーを習得している武闘派なアザラシ、人の言葉を真似て話す人面ライオンなどの世にも珍しい珍獣を観察して楽しんでいる

 

「はぁ...、図鑑を見るだけの生活なんてつまんない。そう思えてこない?」

 

青い髪をした美少女は寝返りをうちながら正座のように散りばめられたエメラルドの天井を見上げ溜息をつく。

 

「アピマネラが父親に頼めば用意ぐらいしてくれるでしょ。まぁ俺は楽しいけど...。」

 

頑丈そうな鉄の首輪を嵌められているハリスは無表情でそうつぶやいた。

 

二人はいつも一緒だった。互いに暇を持て余していたため、ハリスはアピマネラの持つ本を読んで時間を潰していた。

 

彼らの世界は本だけにしか過ぎなかった

 

天竜人と奴隷、世界最高の血筋と人権すらない底辺の相反する二人は同じだった

 

政府によって己らの望み通りの環境を与えられた代償に理性と実権を奪われ、聖地という建前の軟禁所に固められた天竜人。

 

彼女は理解していた。天竜人が世界を牛耳っているのではなく、政府を傀儡として操っているのでもなく、飼われているのだということをーーー。

 

天竜人そのものの価値はまるでない、本当は権力をもっているわけでもない。政府から七武海同様の非合法活動の全てに目を瞑り、海軍大将を己の兵士として扱える権利を持っているだけに過ぎないということを理解しているのは極僅かである。自分が政府の人間であれば害でしかない目障りな連中を生かしておく意味はない。つまり天竜人を生かしておく何らかの理由があるのだろう。

 

彼女はそう悟った日から何も考えない事にした。理性の狂った発情期のブタのように感じていた父や兄達、価値や珍しさを知らずに高価だからという理由で身につけて醜い容姿を少しでもマシに見せようと着飾る母や姉、

 

嫌悪するだけ無駄だと結論づけて目を逸らしていた。そう考えると全てが退屈になったのである。奴隷などには興味がなかったし、話し相手がいなければ困るほど子供ではない。シャボンディのヒューマンショップにいたのは一度ぐらいは付いて来いと父親に強く言われたからであり、嫌々に付き添っただけに過ぎなかった

 

 

 

 

対してハリスは感情がわからなかった。彼の世界は父親が全てで父の命じるがままに選択し、生きてきた。ハリスの世界の全てであった父親は殺され、奴隷として売り飛ばされた。こんな指示を受けていなかったために流れに身を任せていたのである。成り行きでアピマネラの奴隷となり、二人で過ごす内に少しずつ理解してきた。

 

 

 

自分達には共通の目的が一つだけあるということだ

それは“自由”に生きること

ただそれだけの事を共に望んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

「天竜人なんてクソよ、だいたい喋り方とか何がしたいのか...。」

 

アピマネラのいう喋り方とは、天竜人がつける特有の『〜だぇ、〜アマス』などの語尾である。なぜかは知らないが天竜人らはこのおかしなモノを付けるのが常識であった。

 

アピマネラは天竜人を心の底から嫌悪しており素の彼女はいびつな語尾など使わない。だが異端だと思われて孤立するのも都合が悪い。少し前に天竜人も1人の人間に過ぎないと提唱した者の家族が地位を捨ててマリージョアから出ていったことがあった。

 

彼らを待ち受けていたのは天竜人への恨みを持つ者達からの報復である。彼女はその一家の二の舞になる気はなかった。つまり嫌悪しつつも世間や家族の前では天竜人らしく振舞う必要があったのである。

 

「...あ、そういえば。」

 

アピマネラは思い出したようにベットに散乱している幾つかの本の中から一冊、手にとって表紙をハリスへ見せつける。

 

「“ワノ国の文化”...、どっかの国の本?」

 

ハリスは題名を見てつぶやいた。彼は何処かの知らない国の珍しい文化でも書いてあり、それを自分に報告したいのだと考えた。

 

普段から何もすることのない二人にとって、これは貴重な会話のネタだった。奴隷であるために部屋で軟禁されているハリスと違い、アピマネラはマリージョアの図書館へ入ることができる。そこから面白そうな本を持ってきて部屋でハリスと共に読んでいたのである

 

彼女はハリスの質問に答えることなく、折って印をつけていたページを開いた。そこには方言という特有の文化が記載されており、語尾に何をつけるかを手短に書いてある

 

アピマネラはジッとそれへ目を通すと、軽く咳払いをして口を開いた

 

「私は自由になりたいンヤ!!!」

 

「...何かおかしい。」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

3ヶ月後

 

 

 

 

 

 

ハリスがアピマネラの奴隷となって3ヶ月が過ぎた。彼女はこの部屋以外では傲慢で我儘な天竜人を演じ、時に些細な理由でハリスをハイヒールで踏みつけることもあった。周囲へバレない程度に加減されていたために彼は何も反応せず痛みを堪えられた。その様子を見た者はアピマネラの調教がよくされていると褒めることとなる。

 

 

 

そしてあの日から暇な時は周囲の目には晒されることのない唯一の場所といえるアピマネラの部屋で時間を潰していた。

 

「ねぇ、2人でどこか遠くへ行こう。俺達の事を誰も知らない自由な世界へ。」

 

2人はベッドにねっころがり自分達の望む“自由”を語り合っていた。ハリスは彼女から己が望むべきモノが何か、心とは何かという事を教えて貰っていた。自分が心の底から自由を求めているかはわからないが彼女がそういうならば正しいだろうと思ったのである。

 

比較的に頭の鈍い彼にも奴隷と天竜人という相反する存在が世間から忌み嫌われている存在であることは容易に想像できる。

 

「ええね、私は大人になれば結婚させられる。だから大人になる少し前に逃げん?」

 

「ふふふ、待ち遠しいよ。ってか僕もソレやらなくちゃいけないの?」

 

天竜人は自身の血族が神聖なモノであると信じてやまなかった。それ故に己らの子供は天竜人同士で成した赤子しか認めない者も多い

 

奴隷との子供ができたケースは多い。奴隷が女性であれば興味本位で腹を裂かれて胎児を手にとってみたり、腹を蹴りつけて流産させたりすることもある。だが中には正室の子として育てる場合も少なからずある。狭いコミュニティのみで天竜人の血を薄めぬように子を成していくと見た目が似通ってしまい奇形な体格となりがちになる。だが稀に整った容姿をしている天竜人は容姿の整った奴隷との子である傾向がある。

 

そしてアピマネラはそのケースである。他の兄弟とは違い醜さのカケラもない彼女の母はシャボンディ諸島のウェイトレスであり、父に見初められて強制的に第四夫人にされたのである。彼女は子供を産み終わるとすぐに飽きたとしてマリージョアから追い出され、まもなく病気で死んでしまったのである。

 

 

 

そのような事情を知らないアピマネラはハリスが自分と同じ方言を使うことに抵抗があるということを理解すると、少しだけ悪い顔をすると両手で頬を軽く掴んで横へ引っ張った

 

「あ、た、り、ま、え、や!」

 

彼女は一文字ずつ強調するように喋った、そして文脈を切るタイミングに合わせてハリスの頬を強めに引っ張る。

 

言い終わるとハリスの頬肉は解放された、だが少しだけ赤くなっていた。彼は右側の頬をさすりながら口を開く

 

「やっぱ変だよ、それ。」

 

「そんなこと私もわかってる!...んや」

 

「...............。」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

〜数ヶ月後〜

 

 

 

<聖地マリージョア>

 

 

 

 

 

 

世界中から腕の立つ職人と圧倒的財力により創り上げられたマリージョアが燃え盛っている。のちに英雄と呼ばれる魚人が天竜人の奴隷となっている同胞を救う為に襲撃したのである。彼は奴隷という身分に種族など関係ないと考えたのか首輪や足枷の錠の鍵を番人から奪い取り、囚人のように牢屋へ閉じ込められていた檻の中へ投げ込んだ。

 

次々と奴隷達は命をかけて焼け落ちて崩れていく建物の欠片を躱しながら走り続ける。

 

 

 

やがてハリス達が囚われている地下牢が解放された。一部の勇気ある奴隷が他の奴隷達を逃がすために鍵を持ってきてくれたのである

 

泣いて喜びながら自由のために走り出す仲間達の背中をハリスは見つめていた

 

 

彼はその場から動くことなく考え事をした。奴隷として酷使された奴隷達が無差別に天竜人を襲うかもしれないとーーー、

 

 

アピマネラが危険だ...、ハリスはそう結論付けると全力で地面を蹴って彼女と過ごしてきた部屋へ走った。彼もなぜ彼女のためにさせるのかと疑問に思った。自分の望んでいたのは自由のはずだ。だったら一目散に逃亡すればいい。

 

 

 

 

 

ハリスは理解した、

自分が求めていたのは自由なんかじゃない。アピマネラという存在、彼女が自由が欲しいと言ったから自分もそう望んだとだと

俺はただ誰かに導いて欲しかったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天竜人を殺せぇぇぇぇ!!!」

「報いを与えてやるッ!!!!」

「俺は遊びで足を焼かれたッ!!!」

「私は目の前で赤ちゃんを殺された...。」

 

 

 

 

 

ハリスがアピマネラの部屋に来るまで様々な怨念の声を耳にした。天竜人の警護をしていた衛生兵の武器を奪い取り、天竜人やその部下達へ復讐をしてやろうと模索する者達、自由になれるかもしれないという期待からレッドラインの頂上にあるマリージョアから脱出手段などないという現実に気がつかない者達

 

いずれも天竜人から解放され仮初めであるとしても自由というモノを人生において最大限に感じているのは事実である

 

 

 

ハリスは城の廊下が煙で充満していることでさえ気に取られず、一目散にアピマネラの部屋へ向かっていた。そして見慣れた豪華な装飾のドアを開けようとするが、鍵がかかっているようだった。ハリスは拳で強く扉を叩きながらアピマネラの名前を呼んだ。

 

 

すると扉の鍵がゆっくりと鈍い音を立てて開く音がした。ハリスは扉を開くとそこには軽く笑みを浮かべ満足そうな顔をしているアピマネラがいた。彼はすぐに悟る。彼女は少なくとも死を拒み生きる事を諦めるような様子ではない

 

まるで死ぬ事を待ちわびていた(・・・・・・・)かのような表情だったのである

 

 

 

「行くよ、こんな機会はもうない。自由な世界へ行こう!!!」

 

「ねぇキミさ、何か勘違いしてる。」

 

アピマネラは軽く首を傾げながら生気の篭っていない冷たい目でハリスを見つめていた

 

「私はずっと...。」

 

 

(やめてくれ、聞きたくない。)

 

 

ハリスの想いとは裏腹に彼女はこう言い放った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死にたかった(・・・・・・)のよ。」

 

 

ハリスはその言葉を聞くと彼女の身を案じていたために強張っていた身体から力が抜け落ちて、ぐったりと重くなったような気がした

 

 

その瞳はまるで自分だったのだ。生きることも死ぬことにも興味がない虚無の瞳、氷点下の川の中へ閉じ込められたような心、

 

彼女と出会う前の全てに無関心だったハリス・アーノルドと同じだったのである

 

 

彼女は自分を導く光だったわけではない、互いに光などわからず、正解のわからぬまま迷走し続け、最も抽象的で希望に満ち溢れた自由という言葉を夢に見ることで心を安らかに保っていたに過ぎなかったのである。

 

聡明な彼女であればそれが叶わぬ夢であることなど理解していた。政府の非加盟国へ亡命しようとも怨恨にかられた者達の手から逃れられるわけもない。それを父親や同族達は許すわけもなく連れ戻しにかかるだろう。

 

 

 

 

 

 

ハリスもまた似たようなモノであった。彼は己の意思というモノがわからなかった、自身の父に代わりアピマネラが望むモノを自分の意思にする事で生きる理由をこじつけていたに過ぎない。そんな彼女が自由など求める前に死にたいと願ったのだ。彼自身も生きる理由など見失ったのである。

 

 

ハリスはぐったりとしていると背後から迫ってくる無数の足音と共に一言のつぶやきが聞こえてきた。

 

 

「見ぃつけた...。」

 

 

みすぼらしい服装と痩せ細った身体から奴隷達であることは容易に理解させられた。10名ほどの徒党を組んで自由よりも復讐を選んだのである。

 

奴隷達がそれぞれが武器らしきモノを持って2人へ近づいてきている。呟いたのは先頭にいる血走った目をしている男であると思われ、彼は己の繋がれていた両足の足枷を右手に抱えていた。不敵な笑みを浮かべながら力を込めると突然無表情になり、聞こえるか聞こえないかの小さな声でボソボソと言い始めた。それに呼応するように段々と他の者達もつぶやきはじめる。

 

 

少しずつ間合いを詰める奴隷達が何を言っているのかを理解する頃には、あと10歩程の距離にまで彼らは近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄の亡者達のうめき声のような願いにアピマネラは冷たい表情のまま言い放った。

 

 

「ええよ、天竜人の一族なんて根絶やしにした方が世の為だと思わない?」

 

アピマネラは呆気なく彼らの望みに応じるという返事をすると前へ抜きんでた。そして目を瞑り彼らの復讐をその身をもって受け入れようとしたのである。リーダー格の男が彼女の目の前にまで来ると、足枷を持ち上げて思い切り振り下ろした。

 

 

 

 

ゴォォンという鈍い音が響き渡ると同時に大量の血が周囲へ飛び散る音がした。だが不思議とアピマネラは痛みという痛みを感じてはいなかった。彼女が恐る恐る目を開くと目の前には頭から血を流しているハリスと目があった。

 

「死にたいなんて言うんじゃねぇよ。俺は君と...............。」

 

 

 

ハリスがそう言い切る前に全ての音は爆風により掻き消される。火が燃えうつり可燃性の何かへ引火したことによる爆発だった。その場に居合わせた者達は1人残らず吹き飛ばされ地面に力なく倒れた。そして天井が崩れ落ちアピマネラの部屋へ瓦礫が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

「...いてて。いますぐここから離れねぇと。」

 

瓦礫の破片が幾つかのハリスの身体へ命中したが大したダメージはなかったようだ。それよりも頭部の出血による方が深刻だった。アピマネラへ襲いかかった奴隷達は1人残らず瓦礫に覆われていた

 

ハリスがアピマネラの吹き飛ばされたであろう方向を見ると絶句した。彼女は目を瞑ったまま倒れたままで下半身は天井の瓦礫に押し潰されており、地面には赤い水溜りのように出血していた。素人目に見ても手遅れだった

 

 

「アピマネラ、嘘だろ。おいアピマネラッ!!!!」

 

ハリスはアピマネラの体を軽く揺さぶると彼女はゆっくりと目を開いた。

 

「...満足してる。」

 

彼女のその言葉は最後のモノであるとハリスは理解させられる。だが彼自身は納得などしたくないという気持ちから彼女の名を強く呼んだ。しっかりしろ、何を言ってるんだ、という叫びが届くことなどあるわけもなかった

 

 

(だって私は貴方と過ごせて楽しかったから、その思い出だけが私の生きてもいいという唯一の証だと思ってた。)

 

 

アピマネラの言葉に嘘などなかった、己の存在が、意味が、理由が彼女には見出す事が出来なかったのである。ただ退屈な日々を消化する毎日を共有する友達がいること、それだけが彼女の疑問をほんの少し鈍らせることができたのだ。今となっては穢れた血を引く自分などには有り余る餞けだと思わせざるをえなかった

 

 

ハリスは彼女の言葉も気持ちも理解などできなかった。だが彼の頬から水滴が滴り落ちる

 

「...あれ、あれ、なんで俺が泣いて。」

 

 

(それが心よ、ハリス。貴方が求めているのは一番近い誰かの望むモノ、それじゃあダメなの)

 

 

彼女は消えゆく最後の光をハリスへ与えることにした。自分を光であると気がつくこともない彼へ、自身を光と思い込んでいる彼へ。自分の生きる理由をくれた最愛の友へお礼をしなくてはならない。自分の道を自分の意思で進むことのできるように、私の歩みはここでお終い、

 

「...キミは自分の為に生きるんや、その方がずっと素敵よ。」

 

 

 

彼女はそう言うと静かに瞳を閉じた。ゆっくりと鼓動を弱めていき、やがて呼吸は止まる。完全に彼女の時計の針が止まってしまったが笑顔でとても安らかな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

奪い続ける人生が、家族が嫌だった

そんな一族の血が流れていることが嫌だった

死にたくなるほど窮屈だった

そんな時に貴方が現れた

ほんの小さな気紛れだった

でも特に変わった事はなかった

...でも悪くなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリスはその言葉を聞くと手足を地面につけて溢れ出す悲しみを抑えるように歯を噛み締めるが、そんなことなどできなかった。

 

燃え盛る炎に包まれながら、彼は天を仰いで悲しみの咆哮を発する。途轍もない風圧と共に炎は押され、やがて全て消え去った。

 

 

 

 

 

彼は焼き焦げた城の一室で泣け叫び続けた。その大声と関係あるかはわからないが、ひび割れてかろうじて耐えていた壁が崩れ落ちハリスへ降り注いだ。彼は空を見上げ両手を広げた。己の死を受け入れようとしたのである。彼女と共に死ぬ事も悪くはない。そう思った瞬間に無数の黒い刃が落ちてきた瓦礫が1つ残らず斬り裂かれ、パラパラと落ちていった

 

 

彼が呆気にとられ黒い影が人為的なモノであると理解した。天竜人が幾つかの悪魔の実を所有しており、余興などで食べさせられた者達や能力者であるが故に買われた者達を知っていたからである。

 

 

 

 

 

 

「...なぜ泣いている?少年よ。」

 

ハリスは低く響き渡るような声をした方へ振り返った。そこには全身を覆うように黒いローブに黒い仮面を被った男がいたのである。

 

彼はこの得体の知れない男がこの事件を引き起こした者であると無意識に理解した。

 

「お前のせいだ、お前のせいでアピマネラがッ!!!」

 

「否定はできないな。彼女は天竜人か、まぁいい。行くぞ。」

 

その男はハリスの言葉を無視するかのように歩いて距離を詰めていく。

 

「お前を殺してやるッッッ!!!!」

 

ハリスは側に落ちていた瓦礫を手で掴むと男へ襲いかかった。彼が男の頭部へ向けて叩きつけようとするが、容易く手首を掴まれて自身の首に空いた方の腕を突きつけられた。そのまま男の俊敏性にとんだ脚力により焼き焦げた壁へ叩きつけられた。

 

ハリスは手首と喉元を封じられてろくに動くことなどできなかったが、彼は怯まず仮面の男を殺気を帯びた目で睨みつけていた。

 

「良い顔だ。」

 

男はそういうとハリスを解放した。彼は力が抜けたのか地面へ座り込んでしまう。煙を大量に吸い込んでいたことや精神的なショックにより彼は限界を迎えていたのである。だが目線だけは男から離すことはなかった。

 

その男はローブについていたフードをとり、仮面を外そうと手をかけた。

 

「それでいい、恨みもまた生きる糧となる。これからも俺一人を狙い続けろ。」

 

彼はそう言うと仮面をとり素顔をハリスへ晒した。オールバックに整えた真紅の髪に血のように赤い瞳、額には小さく鋭い角のようなモノが生えていた。とても整った容姿とは裏腹に放たれるオーラと威圧感に彼は一瞬だけ殺気を解いてしまう。

 

男はハリスの首の後ろを掴むと自身の肩に抱える。そして再び仮面を被りフードで頭を覆うと振り返り、部屋から出て行こうとする。

 

 

 

「...離せ、離せよ。」

 

ハリスは顔をうつむかせながら男へ自身を降ろすように言う。だがその言葉を聞き入れることなく無言で男は歩き出す。

 

「...離せぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!!」

 

ハリスはアピマネラの亡骸へむけて手を伸ばしながら大声をあげる。当然のように腕の力を緩めることなく男は無言で己の用意していた影の扉(・・・)へ向けて歩みを止めることはなかった

 

 

 

 

 

 

 

 


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