モッ...モリアさんは最強なんやで(棒読み)   作:ニルドアーニ四世

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長らくお待たせして申し訳ありません。何度も小分けして投稿するのもどうかと思ったので残りの回想編を一話に纏めました。もちろんこれまでの時間は投稿だけに専念ししてきたわけではありませんが失踪は避けたいと考えているのでこれからもゆっくりと進めていきます

自分史上最高の文字数で日本語のおかしな点や誤字脱字、手抜きが目立つかもしれませんが、どうかお楽しみいただけたら幸いです


犠牲

 

 

 

 

〜半年後〜

 

 

 

 

<グランドライン、海軍養成所>

 

 

 

 

 

ここはグランドライン前半の海に位置する海軍の養成所である。粗暴で手のつけられない者や正義に燃える者が正義のコートを掲げるために日夜鍛錬を積んでいた。そして今日は開校して以来、最も大物の海兵が視察に訪れている。

 

「大将殿、遠路はるばるご苦労様です!」

 

ここの学長にして元海軍少将である初老の男が敬礼をビシリと決めて大物の機嫌を伺う。男は特徴らしい特徴はほとんどなく胸から腕にかけて花のような刺青を掘っていた。政府の最高戦力にして海軍大将の一人、“赤犬”サカズキである。

 

「うむ、今年の生徒はどうじゃ?」

 

彼は視察とは別に骨のある生徒に目をつけておこうと考えていたのである。当然のように優れた新兵は当人の希望と上層部の話し合いでどこへ属するか決められるため自分達のところへやってくる可能性は低かった。だがこういう視察で有能な者に声をかけておくことで所属の希望先を自分の船にさせるよう仕向けたかったのである。

 

「えぇ、今年は豊作です。アガー少将の息子は六式の習得間近、ノルマン大佐の娘は気候を見抜くことにたける、そしてゴドーという学生は銃はかなりの腕前。」

 

学長は生徒の資料をペラペラとめくりながらサカズキへめぼしい生徒の情報を提供する。2人は歩きながら学校の設備や鍛錬をしている生徒達の様子を遠目から観察する。

 

「その生徒達のとこへ儂を連れてけ。ん、あそこは道場か?」

 

サカズキの目の前には独立した小さな小屋のような建物があった。換気のために空いている小窓から見える特有の床からそう判断したのである。

「剣術の得意な生徒の名は?」

 

「...えぇと、その。」

 

思い出したように学長に尋ねると彼は少し冷や汗をかいて焦りの表情を見せる。何か見られたくない様子でもあるようだった。サカズキは軽く鼻を鳴らして道場の中へ入ろうと進路を向ける。学長は止めたいのか他の施設の説明をするが特に意味はなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

〜道場〜

 

 

 

 

 

サカズキの目に飛び込んだのは白い髪の、あどけなさの残る一人の青年とその周囲を取り囲むように倒れている学生達であった。一人の青年以外は折れた木刀を持ったまま顎が割られていたり、手や足の骨を折られて泣きながら痛みに耐える者達、ましては呼吸すらせずに動かない者もいた。奥には教官らしき男がこめかみに筋を入れ顔を真っ赤にさせながら怒鳴っている。

 

リアネス(・・・・)、これで何度目だ!!? 仲間を再起不能にする気かッ!!!!!」

 

リアネスと呼ばれた青年は偽名を使っていた。本当の名前はハリスという。だが彼には本名を話せない理由がある。かつて天竜人の奴隷であったということだ。“マリージョア襲撃事件”の際に彼は海賊に命を救われると同時に己の愛する者の命を奪われた。その海賊は他に助けられた他の者達の盗み聞いた話によればかなりの大物らしかったが特に興味のなかったために調べようとはせずに数日後、滞在していた島から出た。

 

その後、彼は愛する者の最後の言葉でこれから自分のやりたいように生きると決心した。それはその海賊を殺すことである。一度襲いかかったことがあり、戦闘には自信があったのに全く歯が立たなかった。その海賊の庇護の元でいきるのは耐えられなかったので彼は純粋に強さを求めた。そこで最も都合のよかったのが海兵となることである。力を蓄えることもできるし、上の地位に登ればその海賊の情報を手に入れることも難しくないだろうと考えたのである。

 

偽名を使っているのは詳しく説明する必要はないだろう。その名前の由来は愛する者と自分が2人で一つという意味を込めて2人の名前の一部を組み合わせて名付けた。書類審査はマリージョア襲撃事件のゴタゴタや当時の七武海が満席でなかったためにとても緩かったので偽造したのが見抜かれなかったのである

 

 

 

 

 

ハリスは血がポタポタと滴り落ちる木刀を軽くふるって血を払う。ピュッと床へ垂れると彼はニヤリと冷たく笑った。

 

 

「貴様...、なにがおかしい?」

 

教官は拳を強く握りしめ、異常性を物語る得体の知れない冷たさを感じながらも問い詰める。

 

「海賊は海兵の命を奪いに来るやろ?だったら奪われる訓練をせないかん。」

 

ハリス、もといリアネスは淡々とこの惨劇を引き起こした動機を語り始める。彼は純粋に自分がやりたいようにしているだけだったのである。ただ暴力、破壊行為が好きなわけではない。ただ純粋に鍛錬を誰よりも本気に臨んだだけだ。彼の強さを追い求める姿勢は本物だった。教官の目から見ても海兵になるため、または強さを求める姿勢は教官達の大半は高く評価している。だが常人では無意識にストッパーをかけるレベルの攻撃を彼は仲間でさえ、友人でさえも容赦なく叩き込む姿勢が危険であると認識させられている。

 

「もしよかったら先生(センセ)がボクを殺しに来てくださいよ、殺す気で戦うんは慣れても殺しに来られる経験がなさ過ぎて訓練にならんわ。」

 

彼は己の冷たい殺気を辺りへ放った。死線を何度も潜り抜いた教官を物怖じをさせるほどの圧はないが、この冷たいオーラを纏う年端のいかぬ青年の異常性を物語っていたのである。

 

まともな環境で育ったような男ではない、履歴書にはグランドラインでも有数に荒れたスラム街出身とされており、生まれながらに戦闘と殺し合いを身近に感じ過ぎたからこの様な歪んだ感情となったのだろうと結論付けられていた。

 

 

 

「た、大将殿。ヤツはこの学校始まって以来の問題児でして、その見苦しい姿を...。」

 

学長はリアネスのことは良く思ってはいなかったものの海兵としての心構えだけは高く評価していた。だがサカズキの視察により海軍本部からの査定に響く可能性があるとして避けていたのだった。

 

「何がじゃ?あのガキ一人に対して皆で攻撃を仕掛けたのがわからんのか?」

「ひっ...」

 

サカズキは査定などに興味はなかった。純粋に優秀な生徒に目をつけに来ただけだったのである。そしてあくまでも冷静にリアネスという青年を見ていた。性格に難はあるかもしれないが腕は確かな様だった。他の生徒達は彼を取り囲むように倒れている。つまり皆でリンチに近かかったと判断できた。更に彼の持っている木刀のヒビや傷の場所を観察してみると疎らに存在している、この痕跡が物語ることは彼は“剣術の腕は然程ない”、そして“純粋な反射神経と身体能力”だけで叩きのめしたという事である。

 

「それにヤツは正論しか言うちょらん。じゃつたら儂と手合わせせんか?」

 

「あんた、誰?」

 

「誰でもいいじゃろう、ならば海賊と思え。」

 

サカズキはかかってこいといい放ち、不遜な態度で待ち構える。するとリアネスの目は突然として鋭さを増し地面を強く蹴って間合いを詰め木刀を振りかざす。

 

サカズキは容易く腕で木刀を受け止め、そしてリアネスの脇腹へ強烈な蹴りを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜数十分後〜

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ...。」

 

全身に打撲の跡のついたリアネスは息切れをしながら立ちあがる。全身から汗は吹き出し傷に染みてヒリヒリとした痛みに襲われているにも関わらず気にする様子はない。彼は折れた木刀を持つ手に力を込めて間合いを詰めるがサカズキは容易く躱して力を込めた拳で殴り飛ばす。リアネスは地面に倒れると剣先で身体を支えながら立ち上がろうとする。

 

「まだやるんか?」

 

「海賊を前に負けを認める海兵なんか、シャレにならへんやろ。俺は職務放棄はせん。」

 

その言葉を聞くと鉄仮面であるサカズキの表情が誰にも気づかれない程に微かに緩む。彼はリアネスへ向けて歩き始め目の前で立ち止まり声をかける。

 

「お前、名は?」

 

「...リアネス」

 

「そうか、明日から儂の船に乗れ。」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

三年後

 

 

 

 

〜海軍本部〜

 

 

 

 

 

 

リアネスはある海賊を狩るための作戦会議のために海軍本部へ訪れていた。彼は赤犬の元で海賊を捕らえながら鍛錬を積み大佐の座についていた。サカズキの船に属していながらも稀有な能力からメンバーに選ばれたのである。

 

彼が本部の会議室へ向かっていると向こう側から1人の長身の男が目に入る。モジャモジャの黒い髪、額当てのようにアイマスクを装着しており欠伸をしながら歩いている。

 

リアネスは無言で廊下の端に寄って頭を軽く下げる。道を譲るという行為は階級ゆえの礼儀ではなく、彼は純粋にこの男のことが嫌いだったのである。男の名前は己の師と同じ海軍大将の座につく“青雉”クザン、だらしない性格でありながらも己の正義の貫く姿勢、部下や民間人への振る舞いから海兵として最も信頼されている者の1人である。

 

 

「お、こりゃ噂のルーキー君じゃないの?」

 

「...。」

 

クザンはフランクに声をかける。だがリアネスはビシッと敬礼のポーズをとった。この2人は何度か会って言葉を交わしたことはあるのだが互いに肌が合わなかったようだ。

 

「無視かい?こりゃ手痛いな。」

 

クザンは己より遥か下の階級であるリアネスの無礼な振る舞いに気にも留めない様子だった。だがリアネスはその対応が嫌いなのである。

 

「お前の正義は気に食わんのや、先日海賊をワザと逃したらしいな?」

 

リアネスは目に敵意を滲ませながらクザンを睨みつける。だが彼は特に咎めることなく質問に返事をする。

 

「あぁアレか、ありゃ市民は襲わずに海賊から奪う善良な海賊だったのよ。まぁそこそこ腕は立つから海賊を狩ってくれそうじゃない?」

 

「理解できんわ、ソイツらがこれからも善良である保証はないんに信じるんはマヌケや。」

 

クザンの楽観的な答えにリアネスは苛立ちを隠せずに軽く罵倒する。彼は海賊を野放しにする可能性を摘むべきだと考えているからだ

 

「あ〜、その、アレだ。まぁいいや。面倒くせぇ。」

 

クザンはリアネスの言葉に納得はしていないために言い返そうとするが、途中で中断してしまう。そんな態度に苛立ちを隠せないリアネスは後ろへ振り返って立ち去ろうとする。その背中を見たクザンは珍しく真剣な表情をして問いかけた。

 

「そんなやり方、息が詰まんねぇか?赤犬の受け売りならやめときな、正義っつうモンは自分で見いだすべきだ。」

 

「おかしなこと言うね、ボクは貴方の言葉通りボクの正義を貫いてるわ。」

 

先人の言葉も虚しくリアネスは無言でその場から離れた。クザンの視界から彼が消えて誰もいない空間になると哀愁を感じさせるような声でつぶやいた。

 

「あらら、ありゃ厄介だな。」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

3ヶ月後

 

 

 

 

新世界を巡回しているリアネスは本部から応援要請を受けて小さな民家に訪れていた。経緯は港に海賊船が停泊しているのを発見して破壊して逃げ道を防ぎ、そのまま上陸して海賊団を探した。結論を言えば民家で略奪している最中であったのだ。姑息な船長は市民を人質にして膠着状態が2日続いていた。海兵は取り囲み投降を呼びかけるが受け入れられることはなかったのである

 

統括者である大将サカズキは躊躇することなく人質諸共マグマで焼き尽くしていた。これが彼の掲げる“徹底的な正義”、悪を滅ぼすためならば、可能性が少しでもあるならば民間人を巻き込んでも滅することを享受としている。その思想にリアネスは傾倒しており今日までサカズキと共に海兵として生きていた

 

 

 

海賊達は相手がサカズキであると知ると人質を捨てて応戦することにした。曲がりなりにも新世界の海賊として戦闘から逃げることはなく、船長や己らのシンボルを守る為に全身全霊をかけているようだ。だがサカズキの兵は感情を捨て去るほどの心構えが無くては正気を保てない。当然、鍛錬も他の部隊より過酷である。

 

リアネスは己の部下達に突撃命令をかけると自分は丸腰で奥へ奥へと進む。ときおり銃弾や剣の刃が彼を襲うが見えない壁に遮られ全ては防がれる。それに驚く間も無く首筋へ蹴りが飛び、胴体と頭が切り離される。

 

リアネスは民家のドアを蹴破ると中には赤子を庇うように震えている若い夫婦を見つけた。夫の手には薪割り斧があり、海賊であれば命かけで戦うつもりだったのだろう。

 

夫婦は正義と刺繍された白いマントを身につけた男を見て、胸を撫でおろすように安心してお礼を言おうと近づくが海兵の冷たい表情に足を止めてしまう。確実に自分達を保護に来たのではないと理解させられたからだ。

 

「さて、死んでくれへん?」

 

リアネスはニコニコとした表情を崩すことなく夫婦へ歩み寄る。すると夫が大声をあげながらリアネスへ思い切り斧を振り下ろした。だが斧が男を叩き斬ることはなく、当たる寸前に刃先から粉々に砕け散った。

 

「公務執行妨害やね。まぁ、そんなもんなくても死ぬんは変わらんけど。」

 

リアネスは唖然とする男の頭を鷲掴みにして持ち上げる。そしてほんの少し覇気を込めて力を強めるとトマトを潰したときのように血が飛び散った。妻の悲鳴と赤子の泣き声がが家の中で響き渡るが夫の返り血を大量に浴びたリアネスは笑いながら近づいていく。

 

 

「あなた達は海兵でしょ!!!市民を守るのが仕事じゃないの!!!!」

 

「ん、確かに言えてる。でもボクはそんなに真面目じゃないんよ。」

 

ハリスは笑みを浮かべながら手を払って血の水滴を飛ばす。

 

「海賊をただ駆逐したい。そしてその可能性のある全てを踏み潰してるだけ。」

 

リアネスの言葉に母親は怒りの表情を浮かべながらも冷静に子供を生かす方法を模索する

 

「じゃあ、海賊でなければ、海賊でないと示すことができたら見逃してくれるの?」

 

「ん〜、そやね。」

 

ハリスは興味なさげに返事をする。

 

「この子は赤ん坊、海賊であるわけもない。私はいい。この子だけは助けて。」

 

 

(...女の子。)

 

 

リアネスは赤子を受け取るとほんの少し揺れ動いた。確かに理にはかなっており、彼自身も生かしてよいのではないかと考えた。だが自分の上司は一部の同僚達は殺せと言うだろう。

 

「まだこの世界を何も知らない子供なの。お願い、この子に生きるチャンスをあげて。」

 

その言葉にリアネスは目を見開いた。自分の中の大切な人と赤子は同じであると理解したからだ。この子は自分が密かに連れ出して保護しようと決意を固める。リアネスは赤子を受け取ると白いカバーウォールにリアネスの手についた父親の血が染みていく。そして母親の決意に答えなければならないと口を開く

 

 

「わかっ...ッ!!!」

 

その瞬間にリアネスは機械仕掛けの人形のような冷たく精密に敵を滅するというような殺気を感じて素早く後方へ飛んだ。

 

自分の左斜め前から真横へマグマの咆哮が通り過ぎたのだ。母親とマグマの触れた家具などは一瞬で燃え上がり炭となる。人の焦げる臭いを感じる前に鼻の粘膜が火傷する。

 

家の壁を抉り取るように放出した男は右手から水滴を垂らすようにポタリポタリとマグマを落としている。己の上司であるサカズキであった。その背後には副官の准将がおり彼の最も信頼している部下の一人である。リアネスの手におさまっている赤子を見て彼は少し眉を細めて詰め寄った

 

「柄にもなく情でも湧いたんか?」

 

サカズキは彼の背後にいた副官と共にリアネスの反応を伺う。場合によっては彼を悪とみなして始末せねばならないからだ。

 

「...この子を保護してから戻るわ。」

 

ハリスはさりげなくこの場から離れようと彼らの真横を通り過ぎようとする。

 

「貴様、本気で言うとるんかい。」

 

サカズキのマグマを垂らす勢いが増していき周囲の温度があがっていく。

 

「悪の根が世代を超えて正義に楯突く可能性がある以上、根絶やしにせねばならん。」

 

世代を超える、とは彼に言わせてみれば赤子が海軍を逆恨みして自分達に牙を剥く可能性があるといいたいのだ。彼は可能性が僅かでもあるならば抹殺すべきという正義を掲げており内外からの批判は強いものの政府は最も効率的な評されている。

 

「殺せ。」

 

サカズキは冷たい表情で命じる、だが彼はリアネスか応じないことを知っていた

 

「...ボクにはできんわ。」

 

リアネスは少し間をおいて正直に答えた、彼もまた自身の置かれている状況を理解していたからだ。

 

「儂の見込み違いじゃった、軟弱な海兵は儂の船に要らん。」

 

サカズキを纏っていたマグマの勢いを強め凝縮するようにして破壊力をあげる。そして拳を振りかざすと赤子諸共、焼き尽くそうと地面を蹴って殴りかかった。

 

副官は一歩も動かぬリアネスが死を選んだのだろうと思った。彼は確かに将来が有望で楽しみな男だ。だが大将が相手では取るに足らない器、逃げるにしても不可能に近い。

 

だがリアネスの目はいつになく鋭く赤犬の目だけを見ている。死を受け入れるなど連想させるわけもなく彼は静かに静かに殺気を放っていた。

 

サカズキの拳が触れるほんの数センチ前で透明な壁に遮られる。マグマが阻まれて左右にはみ出すように地面へ流れていった。床は焼けて蒸気を立ちのぼらせる。

「貴様、なんの真似じゃ?」

 

サカズキはリアネスの腕を見込んで与えた悪魔の実の能力の所為であると知っていた。彼は事前の知識では自身の能力と対抗できうる能力とは知らなかったが、やはり能力は使い手次第で化けるのだと思い直させられたのだった。それから数年は経つだろう、サカズキはあえて彼の能力を自身の側から離さなかった。いつの日か自分に牙を剥いた時に自分の手で確実に殺せるようにするためだった。なぜならサカズキはリアネス、いやハリス・アーノルドが天竜人の奴隷であったことを知っていた(・・・・・)からだ。

 

彼がその情報を得たのはリアネスを自身の船へ向かい入れた時だ。大海賊時代の最中、政府は多くの戦力を求めていたために基準がとても緩かった。荒れた環境では孤児や捨て子が問題となり、その子供達を政府は支援と引き換えに政府の戦力として鍛えた。その中の一人がリアネスである。孤児でスラム街にいたという経歴をサカズキは本当なのか疑いの目を向けていた。ごく稀に海賊のスパイが海軍へ送り込まれる事が露見することがあるからだ。

 

サカズキは一人残らず素性や家族構成、経歴から性格まで調べ尽くした上で自身の船へ迎え入れる。だがリアネスは特例であった。彼はサカズキが自ら見て感じて己の想う正義を背負うに値する人間であると感じたのだ。だからこそ自分が調べる前に部下にしようと決めたのである。

 

後々にサカズキが調べてみると天竜人の逃亡した奴隷のリストにリアネスらしき男がいた。足跡を辿ると彼は“死の行商人”の息子であり罪人であることが判明したのである。すわなちサカズキにとっては確かな悪の芽であると言える。しかし彼はそうしなかった

 

己の懸念以上にリアネスという海兵を評価していたのだ。いつか自身の右腕になりうる男でありそれ相応のポテンシャルを秘めている。鍛錬、同期の生徒達より誰よりも全力で臨み、志は誰よりも気高く悪を滅っさんとしていた。だからこそサカズキは自分の側からリアネスを離さず常に期待と警戒の目を向けていたのである。

 

そしてリアネスはサカズキの想いを裏切るかのように人間としての心を、己の道しるべとしていた彼女の言っていた心を確かに思い出していた。彼はこの子を守るまでに全身全霊をもって戦い、正義の看板を失おうとも守り抜いてみせよう。

 

彼はそう決心した

 

 

 

 

「ボクはこの子を殺したくなどない。ボクの矜持に反する(やりたくない)や。」

 

リアネスはそう言い放つの素早く大気を圧縮していた透明な壁を戻した。激しい暴風は焦げかけた家の壁にヒビを入れ土煙を舞わせる。その勢いにサカズキのマグマの水滴は容易く吹き飛ばされたために彼はマグマを生身の状態へ戻した。

 

その隙をリアネスは見逃す事はなかった、一瞬で地面を圧縮して間合いを詰めたのである。彼は赤子を背後の地面に残しており右手の指を全て伸ばして武装色で硬化してナイフのようにしていた。そしてサカズキの心臓へめがけて貫こうとしたのである。

 

ロギア系マグマグの実の能力者のサカズキの身体はマグマと同じである。仮に覇気を纏って彼本体の実体を捉えたとしても能力そのものを無効化するわけではない、ゆえに彼の攻撃はマグマの中へ手を入れるようなものだった。しかしリアネスは右手を捨てる覚悟でサカズキの命を取ろうとしたのである。

 

 

 

 

しかしそれは叶うことがなかった、かろうじてリアネスの視線に捉えたのは副官のグローブをつけた拳であった。後方へ飛ばされ地面へ叩きつけられる。一瞬、全身の力が抜け落ちたような感覚と顎への鈍い痛みを覚えた頃には地面へうつ伏せの状態で制圧されており、自分の背中に陣取られ肘の関節を固めている。そして海楼石の破片が表面にコーティングされたグローブで首を後ろから掴まれていた。

 

 

 

 

(余計な真似をするな、お前の能力を失うのは惜しい。)

 

副官はリアネスにしか聞こえないほどに小さな声で囁いた。リアネスはそれに応じることなく抵抗を続けようとするものの、海楼石によって全身の力が奪われて動けない。

 

そして2人の目の前にサカズキが立っておりリアネスをまるでゴミでも見るかのような冷めた目で睨んでいた。

 

「腑抜けが...。」

 

サカズキは自分とリアネス達の間にいる赤子を見た。彼女は戦闘の騒がしさから泣き喚いており、あやす者がいないため声はどんどん大きく叫ぶようになっている。

 

彼はその事に気にも止めず右手にマグマを纏い殴りつける。マグマはまるで赤子を呑み込むように襲い痛みや暑さを感じさせる間も無く命を奪った。リアネスの叫びとマグマの熱のみが漂うその空間でサカズキは静かに言い放った。

 

「お前は二度と儂の船には乗せん。」

 

その場から2人は立ち去る。だがリアネスはただ引火して燃え盛る家の中にいた。かつてもこのような状況に自分は置かれていたことを思い出させられる。自分が助けたくても助けられなかった人が、護りたいと思った存在は自分より強い者に阻まれ叶うことはない

 

焼け焦げた赤子へリアネスは手を伸す

 

三年前の自分が嫌で嫌で強く残忍になったつもりだった、だがボクは護りたいモノすら護れない弱い自分のままだった

 

恨みを糧に生きて来たのに、生きて来た存在理由はいつも誰かに奪われ続ける。父親から彼女、赤子に至るまで全てだ。

 

だったらボクがもっと強くなって護るしかない

誰よりも強く、誰よりも優しく、

 

ボクはもう海兵じゃなくていい

イチからやり直すんや

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

数日後

 

 

 

 

〜海軍本部〜

 

 

 

 

悪に怯える人々を護る正義の要塞である海軍本部にて、海軍元帥センゴクは部下の報告を受けて頭を悩ませていた。

 

「はぁサカズキめ、リアネスを除隊させるとは。ヤツの能力を失うのは痛手だな。どうしたらいいものか」

 

サカズキはあの後、リアネスを自分の船から追放した。これは彼に限ってよくあることであった。正義の暴走とも揶揄できる彼のやり方に反発した者や精神を痛めた者は海兵としてふさわしくないと断定され他の隊へ飛ばすか引退を命じていた。その者たちの大半は海軍を去ってしまうため将来が楽しみなリアネスを何としてでも引き止めなければならない

 

センゴクは長考をする寸前に自分が用があって招いた部下がいたことを思い出して中断させる。

 

「あぁ待たせてすまんな、青雉。」

 

「構わねぇよ、あんま口を挟むのは好きじゃねぇが、リアネスがどうかしたの?」

 

サカズキと同じく海軍大将の一人であるクザンであった。彼はセンゴクから事情を聞くと間髪入れずに静かにこう言った

 

「ふーん、じゃソイツ、俺にくれよ。」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

数年後

 

 

 

 

〜新世界、G-5 海軍支部〜

 

 

 

 

あれからリアネスはクザンの船へ迎え入れられ少しずつ自分本来の姿を見出して言った。あんなに海賊を憎む一心で海兵となった彼は市民を護るために任務や鍛錬により一層深く取り組んだ。そのおかげか大佐の地位を超えて少将にまで出世している。いまではクザンを尊敬しており、激しく毛嫌いしていた昔の自分が恥ずかしくなるようだ。

 

 

そして少将になると同時に軍艦と部下を持つ立場になった。彼はもう感情を失ったモンスターではない、誰よりも熱い心と優しさを持つ模範とすべき海兵となっていた。部下からの信頼も厚く彼の船へ乗りたいと望む新兵も多いらしい。

 

 

 

 

リアネスの乗る船は任務を終えて己の駐屯支部へ帰還していた。気候の変化の激しい新世界であっても海軍や極一部の航海士しか知らない比較的落ち着いたルートを通っている。四皇の縄張りでもないためとても平穏な航路である。しかしそれは一瞬で消え去った。

 

 

「リアネス少将、大変です!」

 

情報部員の兵が甲板で皆を見守っていたリアネスへ報告をする。ただならぬ様子に彼は落ち着くよう声をかけて息を整えさせた。開いた口から発っせられたのは衝撃の事件であった。

 

「我らの拠点とする基地が海賊の手に落ちました!」

 

リアネスは目を見開くと同時に部下達の間にどよめきと不安が漂う。基地にはいつくかの少将や中将達が駐屯しており決して容易に落とせるわけはない。それに海賊が自ら近寄る事もほとんどない、あるとすれば四皇クラスの猛者達が縄張りを広げるために邪魔な基地を抑えるぐらいだろう。今までもそうして攻め落とされた事件は何度かあった。

 

「すぐさま救援を行う!全速力で進め!」

 

 

リアネスは部下達へ鼓舞するかのように指示を出すと素早く船を進めた。

 

 

基地へ着くと海賊は懸念したような四皇の者達ではなかったものの、新世界でそこそこ名を馳せた海賊団である。この海賊は民間人と海兵を人質に物資と仲間の解放を目的に襲いかかったという。どうやら最近、捕らえられた仲間を助けに来たようだ。基地に待機していた海兵を制圧したのはいいものの援軍が駆けつけたため、やむなく立て籠もったらしい

 

基地を背後に海賊達は入り口付近で人質と共にいた。この基地に駐屯しているおよそ半数の海兵は上陸しており、全体を取り囲んで投降を呼びかけていたが応じる気配はない

 

「おい、オメェら!お仲間を大砲で吹き飛ばされたくなきゃ、近寄んじゃねぇよ!」

 

倉庫に仕舞われていた軍艦用の大砲を向けられて歯をくいしばって悔しがる海兵を盾に海賊達は離れるように言う。その中には何処からか捕らえた民間人も数人おり、こちらも手を出せずにいた。

 

 

船を預かる者達は持ち場を離れずに伝達役を介して話し合いを行った。民間人と仲間か、この海賊を逃した場合に起こる市民の被害かを天秤にかけた結果、リアネスの能力で隙を生み海賊達を捕らえるという強行手段に出る作戦になった。

 

 

リアネスは両手をあげてゆっくりと海賊達へ近づいて行った。優しく投稿をするように呼びかける振りをして能力を発動させるタイミングを伺う。そして彼は隙を見て彼らの空気を軽く圧縮して一気に戻した。人を吹き飛ばせるほどの風圧を生み出すと海賊達や人質は左右へバラバラに飛ばされる。そしてほどよく離れていた海兵達は素早く武器を持って目の前の人質と海賊へ向けて走り出した。人質を保護しながら孤立した海賊達へ各々が銃を向けてまばら制圧する。完全に自体は収束するかと思いきや、海賊団の船長だけは踏ん張って飛ばされなかったのである。

 

「クソ野郎共がぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

唯一、その場から離れなかった船長はそう叫ぶと大砲を自分に迫り来る海兵へ向けて火をつけた。砲弾は発射されると同時にリアネスは剃を行って部下の大砲の間へ移動する。彼は至近距離でその砲弾を受けると爆発するように火花と土煙は舞う。

 

ヤケクソになって大砲を撃った船長はざまあみろと高笑いしていた。そして土煙の隙間から真っ先に目に入ったのは一人の人影であった。

 

 

完全に土煙が晴れるとリアネスは身を呈して部下を大砲から護ることに成功したのである。彼は覇気を纏ったとはいえ背中に鈍い痛みを感じる。だが海兵達の命を護れたのだと考えれば安いものだった。

 

リアネスは振り返ると唖然とする船長へ間合いを詰めて真横に立つと顎を弾いて失神させる。彼はゆっくりと振り返り笑みを浮かべるがその場はあり得ないほどの静けさが漂っている。すると突然、背後の海兵達の間からG-5 の基地長が現れる。リアネスはそれに気づいて振り返り、声をかけようとしたが思いつめたような表情の上司に対して何も言えなかった。

 

「罪人、リアネスを捕らえよ(・・・・・・・・・)

 

その言葉に彼は唖然とした。なぜ自分が罪人なのか?罪を犯した覚えなど何もない。彼はふと背中から直接、風を感じた。

 

つまり背中があらわになっていたのである。大砲の爆風により正義のコートは吹き飛ばされ、その下に来ていたスーツは焼けていた

 

そしてリアネスの背中には天竜人の紋章が確かに刻まれていたのである。海兵達が震えながら持つ銃を自身へ向けられて彼はもう何も弁解することができなかった。

 

 

リアネスへ銃口を向けるほとんどの海兵達の脳裏にシャボンディ諸島での天竜人の振る舞いがよぎる。人を人として扱わずどれほど傍若無人なことをしでかそうと誰も止められない。ヤツらが悪であると誰もが理解していながらもどうすることもできない。ただ彼らの機嫌を損ねぬように静かに息を殺していたのだ。

 

 

天竜人に逆らった者がどうなったか?

そして、紋章を見た者は報告の義務がある

 

「基地長、確かにボクは...

 

リアネスはようやくほんの少しだけ落ち着きを取り戻し、この場を凌げる可能性のある言葉をなげかけようとした。

 

だが自分の口から鉄臭い液体が溢れ出ていることに気がついた。そして自身の腹部に空いた幾つかの穴と痛みを感じる。彼はゆっくりと膝と手をつきながらも血走った眼で自分を撃った者を探した。目の前の海兵達の目線は後ろにあり、彼は痛みに震えながら後ろを見た。すると煙の立ち昇る銃を持った数名が腰が抜けたように倒れていたのを確認した。

 

それは自分が身を呈してまで護った海兵達であった

 

彼らは自分がしでかしたことを改めて理解すると後悔するかのような声を発する。そしてそれ以外の海兵達は震えながらリアネスとの間合いを詰めていく。

 

「...え?」

 

銃口が自身へ向けられたことに彼は理解ができずにいた。その想いが彼の普遍的な頭脳が著しく働いた。

 

 

(僕を撃つんが正義なん?法に則り、正義を執行するのが本当に正しいんか?)

 

 

彼は自分の中の理想とする正義の答えを、本質を問い詰めていた。

 

 

(所詮は己の保身の為の正義、護るべきモンやと思ってたモンは僕を護ってくれんのか。僕の居場所はここでもないん?)

 

 

 

「なんでボクはいつもこうなんや...」

 

 

彼の眼は潤み出すと地面へ雫が垂れた。だが彼の感情は突然、悲しみから怒りへ変わり、怒りが彼の理想とする正義の答えを導いた

 

 

 

法や正義がボクを護ってくれんなら

ボクがボク自身を護るべきや

即ちボクこそが正義

これからボクのやりたいように貫く

どんなに犠牲を産もうとも構わない

もう立場なんてどうだっていい

ボクの歩む道こそが正義や

 

 

 

彼はそう考え尽くと同時に地面に触れ己の能力を発動した。己の可能な限り地面を圧縮し続ける。

 

対象は“地面”であり、人や動物、建物や森林、岩などはそれに含まれない。それら全ては足場を失くして海へ落ちていった。やがてリアネス一人がいられるほどの小さな岩のようになると彼は静かに呟いた

 

 

“全てを護る”ということ自体が間違ってた

どんなモンにも犠牲は産まれるという事にボクは目を逸らしていた。

 

 

ボクは“犠牲を産む正義”を誓う

最も大きな護るべきモンだけを護る正義

それ以外は犠牲になるべきや

 

ボクは溺れている人達(こいつら)を切り捨てる

なぜならボクの方が正しく多くを護れる

 

 

 

リアネスはその後、大気を圧縮してそれを伝ってその場から去り行方をくらませた。政府は自体を重く受け止め堕ちた海兵として手配書を配布することとなった

 

 

リアネスでなく

“元天竜人の奴隷”ハリス・アーノルドとして

 

彼はその後、世界を転々としながら護るべき存在を護って生きていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

〜新世界、とある島(現在からニ年前)〜

 

 

 

 

 

リアネスはフードのついたローブを見に纏いながら寂れた街を歩いていた。彼は放浪生活を送っていたのである。貯金口座は凍結されいまでは海賊船を襲って金品を奪い、命を繋いでいた。ここでは特に海賊の被害はなさそうだったため通り過ぎようとしていると、突然背後から誰かにつけられていると感じた

 

狭い路地へ入った。半ばまで進み、立ち止まると振り返って待ち構えた。自分をつけていた者も同じくローブで顔を隠している。尾行がバレても逃げようとせずにこちらへ歩いてくる。

 

 

「よう、リアネス。いやハリスと呼んだ方がいいのか」

 

その聞き覚えのある低い声にリアネス、もといハリス・アーノルドはフードをとって口を開いた。

 

「青雉さん。赤犬さんと大喧嘩したようで」

 

ハリスは自分がその男の尾行を見抜いたのではなく、あえて自分の尾行を見抜かせたのだと理解した。その男はフードを取ると懐かしいアフロが目に入る。クザンであった。

 

頂上戦争の後にセンゴクが元帥の座を退き、青雉と赤犬はその座をかけて決闘を行なったのである。結果は赤犬が勝者となり青雉は療養中というニュースは新聞で確認していた

 

「あらら、痛いとこ突くなぁ、まぁ最近退院したばかりなのよ」

 

「なぜここにきたんですか?少なくとも仕事やないでしょ」

 

「まぁな、少なくともお前を見つけたのは偶然よ。」

 

「...。」

 

クザンののらりくらりとした態度にハリスは無言で見つめた。

 

「なんだ、何か言いたい事でもあんのか?」

 

クザンはよっ、と言いながら地べたへ座った。ハリスもその様子を見て腰を下ろした。

 

「ボクを捕まえないん?」

「なんだ、捕まりてぇのか?」

「いや...」

「ならいいじゃねぇか」

 

クザンは懐から酒を二本取り出すと一本をハリスへ投げて渡した。二人は栓を抜いてひと呑みするとクザンが口を開いた。

 

 

「俺は少し前に海軍を抜けてきた」

「ッ⁉︎」

 

ハリスの驚く様子をよそにクザンは続けた

 

「赤犬の元じゃ俺の正義は貫けねぇからな」

「これからどうするんです?」

 

クザンはもう一度、酒を呑むと口を開いた

 

「俺が海軍を無断で抜けたら、すぐに勧誘が来たのよ。」

 

ハリスはクザンという戦力を政府が手放すわけがないと知っていたし、なにより彼自身が手続きを面倒くさがったのだろうと考えた

 

「勧誘して来たのは誰です?」

「海賊だよ、それも大物のな」

 

クザンの言葉にハリスの目は少し鋭くなる。彼はその様子を気にすることなく口を開いた。

 

「俺はその海賊に力を貸す約束をした。利害の一致ってとこか?まぁ俺は俺だ。」

 

彼はそういうと立ち上がってハリスの横を通り過ぎようとしたが、すぐに立ち止まった

 

「お前も来るか?」

 

 

 

***

 

 

 

 

 

〜パンクハザード、SAD製造室(現在)〜

 

 

 

 

 

「誰もが正義となり、誰もが悪に成り得る。だったら考えるだけ無駄なんや、答え(わからんもん)を無理に出すよりも惚けてる方が余程いい。」

 

ハリスは指の曲がった左手で折れた右腕を庇いながらも静かにルフィへ語り始めた。走馬灯のように流れた自身の生き様から得た経験をなぜか無性に語りたくなったのである。

 

 

「この世に悪など存在しない、仮にそうでないとしても誰かの感情の一つに過ぎない。」

 

「...?」

 

 

 

(僕も君らもモリアも海軍も誰かにとっては悪となりうる。だから正義か悪かなんて考えるだけ無駄な話)

 

(本来、正しいはずの正義がぶつかり合う時点で悪などないよ。互いに尊重できひんなら自由にぶつかり合うだけや。)

 

 

(でもそれはあくまでも理論的な話、感情的なモンは権力者の独断や大衆評価で全ては決まり、それらにそぐわぬ者が悪とされ犠牲となる。つまり世界で最も大切なのは犠牲)

 

 

 

 

「ボクが自分が殺したいと願っていた男の下についた。それは一つの結論に達したからや」

 

ハリスはルフィへそう言うが彼は特に理解していないようだった。それでいいのだ。彼は理解をしてほしいために話したのではない。己の正義が折れないように自らを奮い立たせるために話したのだ。

 

「ボクの正義の最大の焦点は海賊をこの世界から消すにはどうしたらいい?ということ、その答えは新たな海賊王が誕生させることや。ワンピースさえ手にすれば夢を追う海賊が出てこなくなる。」

 

ワンピース、海賊王という言葉にルフィは目の色を変える。だがハリスはその様子に気がつくことはない。

 

「だからボクはヤツを王にする。その為には犠牲はやむを得ん。ボクの怨みもまた犠牲になるべきや。」

 

犠牲(・・)?」

 

ルフィはハリスの言葉の中で犠牲というワードが引っかかる。彼の脳裏には茶ヒゲ、子供達、シーザーの非道な行為があった。

 

「モリアはそんなこと許さねぇぞ!!!あいつはそんな事するようなヤツじゃねぇ!!!!」

 

ルフィの中でモリアという男は一つの目標のようだった。彼は自分と同じ自由という事を大切にしている。かつて敗れた後も筋を通す男で民間人にだけは手を出すことはないと知っていた。越えるべき壁として、海賊として認めていたのである。

 

 

「あの人は変わったよ、でも流石に子供達はボクと参謀の独断。ボスは知らんはずや。」

 

彼はそう言うと指が折れているはずの左手へ白い光を蓄え始めた。

 

「ボクの夢は大海賊時代を終わらせること、すなわちモリアを王にする。彼らもその為の犠牲に過ぎん!!!」

 

そう叫ぶとハリスはルフィへ向けて殴りかかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」

 

 

2人は激しく息切れをしていたが客観的に見れば対等な状態ではなかった。ハリスは全身がボロボロの状態で左手は無残な状態になっている。ルフィは傷やダメージというより体力が限界という様子である。“ギア4”は全身に負担がかかり長時間の戦闘に適していないからだ

 

 

 

「なんでそこまですんだよ。もう勝負はついてんだろ⁉︎」

 

ルフィはハリスの状態を見て大声をあげた。もはや精神力だけで立っているかのようだったからである。もはや彼には怒りという感情は微塵もなかった。素直に殺めたくないという気持ちからでた行動である。

 

「確かにね、でも負けようが死のうが構わん。これはボクの決意と覚悟や。ボクはお前を潰すために全力を注ぐ」

 

 

彼はもはや感覚すらない左手ではなく右手へこれまでにないほどに白く巨大な光を纏わせたのである。時空が歪むと錯覚させるほどの大気の圧縮、それに耐えられる強度をハリスの身体は持ち合わせていない。血が飛び散って骨がミシミシ言わせながら時折折れるような小さな音がする。

 

 

「お前、腕がッ!!!」

 

ルフィはハリスの正義への狂信者ぶりを目の当たりにさせられ、戦意を喪失しかけていた。かつてこれ程までに己を排除しようという敵と合間見えたことがなかったからだ。

 

「構わんよ。この一撃で腕一本を犠牲にするだけ。ただそれだけのことや!!!!」

 

ハリスはそう叫ぶと全身全霊の最後の一撃をルフィへ与えようと走り出した。彼は決して勝てるような戦いでないことを知っている。ただここで退いてしまうと己の矜持を、正義を踏み躙ることになるからだ。

 

ルフィもまた自分も海賊王という目標のためには死ぬ事を厭わないような男だ。それが虚勢の類いでないことを本能で理解した。むしろ自分が手を抜いて彼と戦うことこそが間違っていると思わさせられたのだ

 

「“ゴムゴムのぉ〜、大猿王銃”ッ!!!」

「ウガぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

 

もやはハリスのそれは人としての理性を捨てさり死にかけた野生動物の本能そのものだ。犠牲と引き換えに当人の持ち合わせる力量を遥かに超える最後の攻撃は確かに放たれたのである

 

それに対してルフィの渾身の攻撃はハリスへ向けて撃ち込んだ

 

 

 

爆風にも似た風圧がパンクハザードの一室を襲った。床は剥がれSADを溜め込んだ金属製の容器は破壊され、壁は激しくめり込みあたり一帯にヒビを入れる。もはや災害に近い激突であった。

 

 

土煙とは言い難いモノが晴れルフィの目に入ったのは自分とハリスの間に1メートルほどの隙間があったということだ。確かに殴った感覚はあったのである、彼はふと思い出した。これは透明な壁なのではないか?

 

だがハリスの能力ではないようだった、気を失い目の前へゆっくりと倒れていったからである。だが地面へ倒れることはなく、何かにもたれかかるように空中で静止した。

 

するとスゥという音と共に1人の男がその場に現れたのである。貴族のような黒を基調とした服装と青の線が入った白い帽子を被ったそいつは全身は人間だが、顎がライオンのようだった。

 

「お前はあの時n...

 

ルフィはそう言いかける途中で全身の力が当然抜けて倒れてしまう。呼吸は荒くなり会話をするのが精一杯なぐらいに弱っていた。

 

「悪いな、麦わら。此処は退かせて貰う。」

 

アブサロムはハリスを背中へおぶると、そのまま歩き始めた。だがルフィは納得していないのか口を開いた

 

「待て...。」

 

「俺がお前のトドメをさせるんだ、ここで手打ちにしてやるよ。」

 

アブサロムはそう切り捨てるとその場から立ち去ろうと歩き始めた。やがて人気のない通路へ差し掛かるとポケットの中から“でんでん虫”を取り出してある人物を呼び出した。

 

「大事な茶会(・・)の前にすまねぇな。ハリス、...シーザーの裏切りだ。どうする?」

 

アブサロムの言葉に聞いた電話の向こうの男は静かに答える

 

「スリラーバークへ連れて帰れ。ひとまず話だけはそこで聞く。裏切り者は始末せねばな」

 

 

 

 







ちなみに全部で16525字でした、詰め込みすぎたかもしれませんね

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