一話完結
あまり長くありません。
「ふふっ、もう逝ってしまうのですね」
金髪の女が傘を広げ、目玉が見える空間の裂け目のような場所に座って床に寝転ぶあなたを眺める。
その通りだ、ここらがあなたの限界。人の人生はとても短いものなのだ。あなたは金髪の女をかろうじて見える目を向ける。
「本当に、短いですわ。人の一生は、まるで花火のよう」
あなたは花火では本当に一瞬ではないか、せめて桜にしておいて欲しいところだ。と思いながら苦笑した。とはいえ、彼女から見ればそうなのかもしれない。あなたは人としては長い時間を過ごしたが彼女はもうすでに自分の十倍は生きていることだろう。そう考えながらぼーっと金髪の女を見る。
つまりいくら若々しい見た目をしていても重ねた年月は人から見れば老婆なのだ。と考えるあなたをジロリと見た金髪の女は妖しく微笑む。
「失礼なことをお考えになるのね。私に対して少し態度が大きすぎるんじゃなくて? 死の間際だからかしら?」
かもしれない。どうせ死ぬのだ。もう死が怖いなどという期間は過ぎてしまった。今ここで殺されようとも殺されずともどうせ明日を待たずに六文払って素敵な川をわたることになるだろう。あなたはそんなことを考えながら笑う。
それに女とも長い付き合いだ。今更この態度を変えても仕方ないだろう、むしろ最後の最期で変えたらそちらが拍子抜けするのではないだろうか。
「まぁ、そうですわね。あなたは私が妖怪だからと態度を変えるような人ではありませんでしたわね」
それはそうだ。あなたは少しだけ首を動かし肯定する。一部の妖は人と意思疎通が出来るのだ。例え人より強くとも、例え人を塵としか見ていなくとも、意思疎通が出来るのならば問題ない。人にだって色んな奴がいる。妖怪と変わらない奴だってたくさんいる。人と意思のある妖に差はないとあなたは思っていた。
「そんな考えをするのはあなただけですわ」
そうでもないとあなたは思う。あなたは知っている、海の向こうにはとても広い大地がまだまだ広がっているのだ。そんな広い世界だ、探せば同じようなものなどいくらでも出てくるだろう。
あなたは金色の髪の妖から視線を逸らし、天井を見る。
「今のところあなただけですので」
この女がその気になればきっと見つかるだろう。というよりも彼女は必要ならば育ててでも作るだろう、そういう女だ。
そういえば、何十年か前に聞いたあのことはどうなったのだろう? 死の間際だからかあなたは普段なら思い出さないようなことを思い出した。特に話すことも無いのでそのことについて聞いてみることにした。
「ああ、幻想郷ですわね。いつか必ず実現させてみせますわ、私の夢、私の陽、私の居場所。あなたにも見せたかったのだけれど…。仕方ありませんわね」
そう、そうだ。幻想郷という名前だった。人と妖が共存し、生きていく楽園。それはとても素敵なことで、見てみたかったなとあなたは思う。
しかし時間が無い。それが出来るのはきっとまだ先の話だ。今日明日の命であるあなたはそれが見られない。
「ええ、私もあなたにみせたかったですわ」
あなたは意外だと思った。この女は自分のことをどうでもいい暇つぶしが出来る存在程度にしか認識していなかったと思っていたがどうやらもう少し自分の評価は上だったらしい。あなたは少しだけふっと笑みがこぼれた。
「あなたのような人がいれば、妖と人の橋渡しになれたでしょうに」
そんなたいそうなことは出来ないだろう。あなたは普通の人間だ。よく考え方を異端視されることはあっても体は普通の人間だ。妖怪に攻撃されてしまえば一瞬で死んでしまうだろう。一部の人間は人間誰もが持つ霊力というものを行使して妖怪と渡り合えるらしいがあなたにそんな能力はない。橋渡しの役などすれば人間に舐められたと思った妖怪が気まぐれにあなたを殺して終わりだろう。
あなたは動かなくなってきた頭の中でそう考える。
「別に強さなど関係ありませんわ。大事なのは妖怪であろうと関わることが出来る人間がいることです。強さなどは強いものが近くにいればいいのですから」
あなたは自分を覗き込んでいる妖の顔を見る。
何故この妖は自分をこうも評価するのだろう? あなたは不思議そうに妖の瞳を覗き込む。体が思うように動いていたなら首をかしげていたかもしれない。
「人と妖の共存。一つの箱庭の中に一緒に入れればたちまち喰い、喰われ。祓われ、祓う。そんな関係の人と妖を限られた土地の中で生活させること。私の夢、そう夢物語のような夢を語ったときあなたは何といって、何をしたか、自分で覚えているかしら?」
あなたは自分の擦り切れた記憶を掘り起こしながら思い返す。
そうして少しずつ思い起こした記憶、数秒か、数分か、思い起こすのに時間はかかったがあなたはしっかりと思い出すことができた。
あなたはこう言ったのだ。
「そう、あなたは嘲ることなく、純粋に微笑みながら言ったの。私の夢を見てみたい、と。夢を抱いてその時までとても永い間、一度も理解も肯定もされなかった。あなたは私のはじめての理解者」
あなたは少なからず驚いた。あの時あなたははじめて言葉をしゃべる妖と出会ったのだ。人づてに一部の妖は言葉をしゃべると聞いていたあなただったが本当に会ったのは彼女がはじめてだった。見た目も人と変わらないその存在を見て貴方は人と同じモノに見えた。
そして妖は気まぐれだったのか、誰かに理解されたかったのかはわからないが、夢を語り出した。言葉をしゃべる妖がいて、見た目も人と変わらないならその妖の言う理想郷は叶うだろうと思ったあなたはそれを肯定し、見てみたいと言ったのだ。何もおかしいところはない。なのに自分が最初の理解者だったという。
「当たり前ですわ。それを夢見た私でさえ笑ってしまうような夢物語ですわよ? あなたは本当に可笑しな人ですわ。でもだからこそ、あなたは私の友足り得たのですわね」
あなたは妖の言ったことを頭の中で反芻する――可笑しな人。自分の人としては少し長い、妖から見れば短い一生で間違いなくあなたはそう評価されたことが一番多い。何が可笑しいのかあなたにはよくわからなかったがあなたは皆がそう思うのならそうなのだろうと生きてきた。
あなたは別におかしいと言われても嫌な気分にもならなかったというのも理由の一つだ。
それにしてもとあなたは思う。この目の前の絶世の美女といった姿をしている妖は直接的な表現を嫌う節がある。今まで彼女があなたをどう思っていたのかあなた自身がしらなかったのはそのためだ。そんな妖が随分とストレートに言ったではないか、あなたを友だと。珍しいこともあるものだ。
「最期ですから…。あなたはいつも察しが悪いので苦労しましたわ」
あなたはふっと息を吐きながら笑う。あなたはそんなことを言われたのははじめてだ、もしかしたらみんな遠慮して言っていなかったのかもしれない。いやそういえば自分の交友関係はかなり狭かったなとあなたは思い直す。だから気付かなかったのか、と。
あなたは今更自分に友人が少ないことに気づいた。だがあなたは思う、後悔はしていないと、自分では可笑しいとは思わなかったがあなたはかなり変な生き方をしていた。故に友人は少なかったが――あなたは妖の黄色い瞳を見つめる――こんなにも素敵な友人が出来たのだから。
「おやすみなさい。私の愛しい友人。もうあなたの眠りを妨げるものもない、きっと、あなたの眠りは私が守りますわ」
――それはとても安心できる。あなたはそう思いながら微睡みに落ちて行った。