「そうか、槍は手に入らなかったのだな」
件の槍の確保に失敗した。その知らせを秋雅が受けたのは、彼がSSIに連絡をしてから数時間が経ち、そろそろ日も沈もうかという時間であった。
「……いや、気にしなくていい。元より不確定な情報だったのだ、その上での確保で失敗したからといって、君達を叱咤する気などない」
電話越しにも分かる怯えの声に対し、秋雅は嘆息交じりにそう告げる。ジョン・プルートー・スミスという王が既にいる関係で、秋雅はSSIとは繋がりがあまりない。それ故に、まだ稲穂秋雅という王の行動パターンを知らないSSIの一魔術師からしてみれば、ひどく勇気をふり絞った報告だったようだ。まあ、秋雅からすればむしろその程度でああだこうだと文句をつける気などないのだから、勝手に緊張などしないで欲しいと思わないでもないことなのだが。とはいえ、カンピオーネという存在のこれまでの所業を鑑みると、そうしてしまう向こうの気持ちもよく分かってしまうので、どうにも痛し痒しなところであった。
「それよりも、確保失敗の理由を聞こうか。何があったのかね?」
そう秋雅が尋ねると、電話の相手であるSSIの男性は、しどろもどろに説明を始める。
曰く、秋雅の報告を受けたSSIの人間はすぐさま行動を開始し、どうにかこの広いワシントンから件の好事家の所在を突き止めたらしい。その後、適当な口実を作ってその好事家に接触し、例の槍の確保を行おうとしたそうだ。
だが、その槍をSSIの魔術師が発見し、その槍から発せられている呪力を脅威に感じた彼が即刻再封印を行おうとしたところ、突如その槍が光を放ち、どこぞへと飛び去ってしまったらしい。封印の魔術の発動が何かと干渉してしまったのか、あるいは単純に
そういう経緯で、今秋雅に報告をしているのである、というような内容を、やや回りくどく、こちらを十二分に警戒しながら男は秋雅への説明を終える。
「……説明、ご苦労」
そう言った後、秋雅は顎に手を当てながら何事かを考え始める。その思考による沈黙に対し、男は恐る恐る声をかけてくるが、秋雅はそれに返答をせず思考を続ける。
そのまま数分――おそらく男にしてみれば恐怖に満ちた数分であったのだろう――が経った後、秋雅は致し方ないと呟いた後、
「こうなった以上、相手をおびき出す方向で話を進める。何処でもいい、この辺りである程度破壊されても問題ない、広い場所はないだろうか?」
そのように秋雅が質問を投げかけると、男はやや驚いたような声を漏らした後、お待ちくださいと言って黙る。おそらくは都合の良い場所を探している、あるいは探させているのであろう。
それから三分とも経たず、男から返答があった。ワシントン近郊にある、とある公園の名前と場所。有名所ほどではないが、しかし日本のそれと比べれば圧倒的に広く、何より人気もそう多くないその場所ならばと、男は秋雅に提案する。
「よし、ではその周囲を閉鎖、最低でも朝まで一切の立ち入りを禁じさせてもらいたい。努力はするが、どうしても多少の被害は予想される。復旧と情報規制の準備も進めておいてもらおうか。それと、最低限の準備が終わり次第、君達も周辺区域からの離脱しておいたほうがいい。私も、君達を余波などに巻き込みたくはないのでね」
そう、秋雅が命ずると、男は間髪を入れずに了承する。男の怯え様を考えれば、ここで渋るような真似をするわけもないだろう。
「では、よろしく頼む……ああ、虫の良い話だが、これから私がすることにあまり混乱しないように願う」
付け加えた言葉に困惑した気配を見せる男に対し、秋雅は何を言うでもなく電話を切る。
そのまま、特に準備をするでもなく用意されたホテルの一室を出て、秋雅は屋上へと向かう。
「誰もいない、な」
屋上に誰もいない事を確認した後、秋雅は隣のビルへと跳躍する。日本では猿飛びとも呼ばれる、人に過大な跳躍力と身軽さを与える体術を駆使し、秋雅はビルからビルへと飛び移っていく。特に隠蔽系の魔術を使っているわけではないが、その速度を鑑みれば、偶然見られたところで気の所為で済ませられるだろう。
空を駆けていき、都合の良い高い建物がないところでは『我は留まらず』を用いて転移していく。そうして、大幅な時間短縮を行いながら――タクシーなどより生身の方が速いというのも大概な話だが――秋雅は目的の公園へと辿り着いた。
「――っと」
華麗に、公園の大地に秋雅が降り立つ。そのまま秋雅がざっと気配などを探ってみると、周辺に人がいる様子はない。元々人気が少ないというのもあったのだろうが、ここはSSIの仕事の迅速さを褒めるべきであろう。
「混乱しないでくれると助かるが、そうはならんよな……」
面倒くさそうにため息を吐いた後、秋雅はその手に『雷鎚』を呼び出す。
「――来たれ、我が頭上に」
短く聖句を唱え、秋雅はその身の呪力を高める。すると、秋雅の頭上、つまりはこの公園を覆うようにして、段々と空に黒雲が集っていく。それは秋雅が生じさせた、呪力に満ちた雷雲であった。その呪力たるや、普通の魔術師が見れば天変地異かと恐れを抱いてしまうほどの物だろう。
無論、これは遊び半分で発生させたわけではない。これは何処かにもうすでに降臨しているであろう、まつろわぬ神に対する篝火だ。この尋常の物ではない雷雲を見て、
「さて、どうなるか」
頭上の雷雲を仰ぎつつ、秋雅は小さく呟く。可能であれば手早く現れて欲しい、そう思う秋雅であったが、
「――っ!!」
突如、その場を大きく跳び退る。秋雅自身も理解が追いついていない、純粋に直感からきた反射的な行動であったが、それが秋雅にとって幸いした。
先ほどまで秋雅がいた場所、そこに一本の槍が突き刺さる。それは間違いなく、例の写真に写っていた槍に相違ない。余程の膂力にて放たれたのであろうそれは、秋雅が立っていた地面を大きく抉り、貫く。秋雅が咄嗟に回避をしなければ、間違いなくそれは秋雅の身体の中心を貫いていただろう。
「来たか!」
篝火を目印に
空中、雷雲の下にそこに佇んでいたのは、豪奢な仮面をつけた人間大の
秋雅は直感する――まつろわぬ神である、と。
「――避けたか、神殺しよ」
そう、まつろわぬ神は呟く。距離を考えれば絶対に秋雅の耳に届かないであろう声量であったにもかかわらず、それはまるで脳裏に直接響いたかのように秋雅にその言葉を認識させる。
「我を呼び機寄せるとは、やはり不遜な――」
「――悪いが」
何事か、言葉を紡ごうとするまつろわぬ神を遮って、秋雅は右手を開く。
「我、冥府にある者なり。我、汝を冥府に招かんとする者なり。故に告げる――汝は既に、かの地に縛られし者なり――!!」
そこに握られた真っ黒なザクロの実をまつろわぬ神に見せ付けるようにしながら、秋雅は素早く聖句を唱える。
その瞬間、公園からまつろわぬ神と秋雅の姿が消える。稲穂秋雅が誇る権能の一つ、『冥府への扉』の発動であった。
「……謀ったか、神殺し」
冥府、赤黒く不気味なその世界において、宙に浮かぶまつろわぬ神は不愉快そうに呟く。秋雅の思惑通り呼び出され、そのまま流れるように秋雅の支配領域へと引き込まれたことに対するものであろう。
「生憎と無駄に被害を出すわけにはいかないんでな、謀りもする」
「民を支配し、隷属させし神殺しがそのようなことをのたまうとはな。不愉快極まりないことである」
言いながら、まつろわぬ神の手に先ほどの槍が現れる。一応、この『冥府』において秋雅の了承なく外部にある物体を呼び出すことは出来ないはずなのだが、それを易々とやってのけるとは、流石はまつろわぬ神と言ったところだろうか。
「お前達にどう思われようかなどどうでもいいことだ――それよりも」
雷鎚を構え、秋雅は未だに宙に浮かぶまつろわぬ神に対し、宣言する。
「――我が名は稲穂秋雅、貴様を滅ぼす者なり!!」
そして、その手の雷鎚をまつろわぬ神に向け、叫ぶ。
「名乗れ、我が敵よ!!」
「よかろう――」
対し、まつろわぬ神もまた、地上にいる秋雅にその穂先を向け、名乗る。
「――我が名はトラウィスカルパンテクートリ! 汝、不遜なる神殺しを討つ者なり!!」
ここで一旦切ります。一話か二話ぐらいで戦闘を収めたい所存。それと今回出てきた神様ですが、一応調べてはいますがそれほど詳しいと言うわけではないので変なところもあるかもしれませんが、まあお許しを。とはいっても、これに関してはこの話に限らずこの作品全体に通じることなんですが。ついでに実際の地理とかもそういう感じで頼みます。ワシントン郊外に広くて歴史的な価値の低い公園があるかどうかとか知らないです。