「受けよ!」
先に動いたのは、トラウィスカルパンテクートリの方であった。手に持つ槍、その穂先を秋雅に向けると、その穂先より業火が放たれた。その豪華は空中へと広がっていきながら、地面に立つ秋雅へと真っ直ぐに向かう。
それに対し、秋雅は特に動揺する素振りも見せず、瞬時に『我は留まらず』を発動させ、その場から転移する。秋雅の正面、トラウィスカルパンテクートリから見て後方となる位置だ。
その後、炎は秋雅がいた地面を舐めるように覆い尽くす。数瞬し、炎が消え去った時には、特に燃えるようなものがなかったはずの大地が抉り取られるようにして消滅していた。振り向き、その光景を確認した秋雅の脳裏に、僅かばかりあるアステカ神話の知識がよぎる。
――古代アステカにおいて、金星からの光はあらゆる災いをもたらすものとされていた。それ故か、その金星の化身たるトラウィスカルパンテクートリは破壊神として恐れられており、激しく燃え盛る槍を投げつける姿で現されたという。
つまりこの炎は、破壊神としての力の一旦ということであろう。破壊というよりは消失、ないし焼失というべきその様に、秋雅は一層と気を引き締める。
「逃がさんぞ!」
秋雅が回避をした事を認識し、トラウィスカルパンテクートリは振り返り槍を振るう。その動きに合わせ再び穂先から炎が出現し、転移直後の秋雅を焼き尽くさんとする。
「ええい、面倒な!」
吐き捨てるように言いながら、秋雅は再び転移をする。炎の効果範囲が広すぎるため、『我は留まらず』による転移でないと回避が間に合わないからだ。
「ちょこまかと!」
トラウィスカルパンテクートリのほうもまた、秋雅の転移にあわせ槍を振り回す。その動きに従うように、まるで鞭のように炎がしなり、秋雅を執拗に狙う。それをまた秋雅が転移により回避し、またもやトラウィスカルパンテクートリが槍を振るう。
「そろそろこちらも、動かせてもらうぞ!」
連続跳躍の後、秋雅がようやく動いた。十分に距離を取った事を確認して、秋雅は右手より雷を放つ。牽制としての一撃、それに対しトラウィスカルパンテクートリは穂先より炎を出して迎撃する。
「その程度の雷!」
炎と雷による、一瞬の拮抗。敗れ去ったのは、雷の方であった。破壊の炎が、秋雅の雷を上回ったのである。仮にも破壊神が操る炎だ、本気で放った雷や権能そのものでもある『雷鎚』でもない限り、おそらくは容易く破られてしまうだろう。
「囮なんだよ!」
しかしそれも、秋雅にとって織り込み済みのこと。攻撃ではなく、迎撃としてトラウィスカルパンテクートリが炎を放ったその隙に、秋雅は現実世界で見せたように、上空に雷雲を生み出す。
「落ちろ!」
秋雅の号令と共に、雷雲より十数の雷が一度に落ちる。その落雷は真っ直ぐとトラウィスカルパンテクートリを目指し、まつろわぬ神を焼き尽くさんと轟音を鳴らす。
「むう!?」
自らを目指す落雷に、トラウィスカルパンテクートリは咄嗟に槍を天に掲げる。そして穂先より横に広がるようにして炎が展開し、トラウィスカルパンテクートリを落雷から守る。
「そこだ――!」
トラウィスカルパンテクートリが防御に炎と意識を向けたその隙を、秋雅は見逃さない。『我は留まらず』を発動し、無防備なその胴体に雷鎚を叩き込まんと腕を振り上げようとする。
その瞬間、
「っ!?」
思わず、秋雅の表情が驚愕に歪む。転移したと同時に感じた身も凍えそうなほどの冷気と、それに付随して突如鈍くなる身体の動き。何が、と秋雅は思わず疑問に思う。
が、それも一瞬のこと。今自分がすべきことは何かと、秋雅は思うように動かない腕を振り下ろし、トラウィスカルパンテクートリを打ち砕かんとする。
激突音が響き渡る。直撃した、と音だけを聞けば誰もがそう思っただろう。
「――なにっ!?」
だが、一撃を与えたはずの秋雅が漏らしたのは、確かな驚きに満ちた声。何故ならば、彼の視線の先、雷鎚が当たったのはトラウィスカルパンテクートリの胴体ではなく、一枚の石版であった。雷鎚の一撃を受け、放射状に皹が入っているものの、しかしその等身大ほどの石版はトラウィスカルパンテクートリを秋雅より守らんと、両者の間に浮遊している。
「こいつは――」
どういうことか、と秋雅の頭脳は理由を探ろうとする。
しかし、当然ながら、そのような暇はない。未だ、秋雅の敵は健在であるのだから。
「神殺し!」
「っ!!」
攻撃に反応したトラウィスカルパンテクートリの声に、秋雅は咄嗟に目の前の石版を蹴り、後方へと跳ぶ。直後、秋雅の眼前を槍の穂先が駆け抜けた。
「ちいっ!!」
間一髪。ギリギリではあったものの、反撃を避けた。そのまま勢いのままに落ち、着地したタイミングでさらに後方へと大きく跳び退く。猿飛を併用した二度の跳躍により、どうにか秋雅は安全圏までの退避を完了させた。
「……今のは」
大きく下がったことにより、ようやく秋雅に先の出来事について考える余裕が生まれた。追撃を受けぬように雷雲から連続して雷を降らせつつ、秋雅は思考の一部を推測へと回す。まず思い出すべきはトラウィスカルパンテクートリについて、どのような神であるのかという知識だ。
「確か――」
曰く、トラウィスカルパンテクートリは、かつて誕生した太陽神トナティウが生贄を求めたことに対し腹を立て、その槍を放ったとされる。が、太陽によって槍を跳ね返されてしまい、自身の頭に槍が突き刺さってしまった。その瞬間より、イツラコリウキという神に転じてしまったという。そして、イツラコリウキが司るのは、石と寒気であるとされる。夜明け前の冷え込むのも、またこの神の仕業であるそうだ。
「――そういうことなのか?」
そこまでを思い出したところで、秋雅は悩みつつもそう呟く。致し方のないことだが、専業魔術師と比べると秋雅の神話に関する知識はそう多くない。特にアステカ神話というあまりに自身とかかわりが薄いことに関しては、ほとんど知らないといっていい。だが、今回に関してはそれで十分であるようだった。
「たぶん、さっきの冷気と石版はイツラコリウキ由来のもの。身も凍えるほどの冷気は単純な物理現象に囚われず近づいた者の動きを鈍らせ、石は石版となって自身を守る、と。あの感じからすると石版は自動防御か? 今見えないのは必要時のみ転送されてくるのか、あるいはただ隠れているだけか。冷気の方も、常時展開の可能性が高いか。どっちもこっちに反応して展開した素振りはなかった」
推測を進めるため、秋雅は思考をそのまま口に出していく。回避や牽制を行う必要もあるので、きっちりと思考の中のみで推理を収める事が難しいというのもあった。
「だとすると厄介だな。この感じだと遠距離は通し難いが、かといって近接もかなりの負荷がかかる。その上、最低でも一撃は防がれる可能性が高い。いや、二枚以上はないか? あるなら最初からそっちに防御を任せ、自分は攻撃に専念した方がいい。やはり非常時用の可能性が高い……か? 情報が足りないが、下手に突っ込むわけにも……」
どうすればこの神を攻略できるか。その策を考えつつ、秋雅は回避を続ける。この間にも、トラウィスカルパンテクートリからの執拗な攻撃の手は決して止んでいないのだ。
「……とはいえ、このままじゃ事態は好転しない。幸い、トラウィスカルパンテクートリは破壊神で武神の類じゃない。近接能力はそこまで高くないはずだ」
秋雅の見る限り、トラウィスカルパンテクートリの近接格闘能力はそう高くない。そうであるならば、先ほどのような場面でもっと早く反応するか、あるいはそもそもあのような隙は作らないと判断できるからだ。持っている武器が槍という、近接戦闘においてかなり強い武器である事がネックではあるが、使い手が達人でないのであれば、どうにか間合いの内側に入り込むことも不可能ではないだろう。
「――やってみるしかないか」
確定情報は少なく、状況は良いとは言えない。だが、このままではジリ貧になってお仕舞いとなるのがオチだ。であれば、無理を通すより他にない。そう、秋雅は決心した。
「雷よ、我を育み、鍛えあげよ。雷よ、我にとって唯一無二の力となれ……!」
秋雅の言葉と共に呪力が溢れ、バチバチと秋雅の全身で火花が散る。『実り、育み、食し、そして力となれ』を用いた身体強化だ。身体能力が低下させられるのであれば、それを踏まえた上でそれ以上に強化すればいい。単純だが分かりやすい手である。
「落ちよ、雷! 我が道を阻む敵を、その光でもって討ち滅ぼせ!」
続けて唱えるのは、雷雲を強化するための『万砕の雷鎚』の聖句。それと共に秋雅の身体から再び呪力が迸り、頭上にある雷雲は敵に対し威嚇するかのように雷鳴を響かせる。
「何を企もうとも!」
秋雅の動きを察知し、トラウィスカルパンテクートリは先んじて攻撃を放つ。何度となく見た、槍より放つ破壊の炎だ。
「どうかな!」
それに対し、秋雅も『我は留まらず』を発動させ、転移する。場所はトラウィスカルパンテクートリの真下の地面だ。
「――くっ!」
転移と同時、秋雅の身体を冷気が襲う。イツラコリウキの冷気、そしてそれに付随する身体能力低下の結界だ。今秋雅は地上におり、トラウィスカルパンテクートリは地上五メートルほどにいるので、その効果範囲は最低でも半径五メートルの球状。身体の周辺だけだろうと思っていた秋雅の予想よりも、はるかに大きい結界だ。
「だとしても、関係ないな!」
叫び、秋雅の手に雷が満ちると同時、上空の雷雲もその身から雷光を放つ。天と地より、二つの雷がトラウィスカルパンテクートリを挟み込むようにして放たれる。
「小癪な!」
同時、トラウィスカルパンテクートリは真下に、秋雅に向けて穂先を向ける。防御と攻撃、その二つを一度に行おうという魂胆だろう。トラウィスカルパンテクートリの炎であれば、雷を飲み込んで秋雅を焼き尽くすことも難しいことではないのだから。
故に、その選択は秋雅にとっては読めていた。冷静に、取り乱すことなく、先に決めていた通りに秋雅は転移する。
「――そこ!」
転移場所はトラウィスカルパンテクートリの右側面部すぐ傍、秋雅に対しどうやっても槍を振るう事が出来ないはずの位置だ。
そこで、秋雅は雷鎚を振るう。冷気の影響は未だ受けているが、しかし『実り、育み、食し、そして力となれ』のおかげで身体能力自体は先のそれよりも上がっている。故に、身体能力の低下などものともせず、秋雅は雷鎚による攻撃を敢行する。
同時、天と地、上下からの雷もトラウィスカルパンテクートリに迫る。下方は炎が、上と横の攻撃にも石版による防御が入るだろうが、しかしあれが一枚であるのならば、もう片方の攻撃は通る。
「くらえよ!!」
三方よりの同時攻撃、先ほどの反応速度から見てもどれかは通るはず。その思いで、秋雅は雷鎚を振り下ろした。
「ぐ、がっ!?」
苦痛の声。それを漏らしたのは、紛れもなくトラウィスカルパンテクートリであった。秋雅の雷鎚は石版によって止められ――皹から見て、おそらくは先ほどのものと同じであろう。今の一撃でさらに皹が広がっている――下方よりの逆向きの雷は炎に飲み込まれたものの、しかし直上よりの落雷は、狙いを違わずトラウィスカルパンテクートリの身体を捉えた。必殺、とはまでいかないにしても、その強力な雷はトラウィスカルパンテクートリに多大な痛手を負わせたと秋雅には見えた。
「――な、めるな!!」
しかし、深手を負いはしたものの、トラウィスカルパンテクートリもまたさるものであった。怒りの叫びと同時、その全身を炎が包み込んだのだ。
「なっ!?」
これには、秋雅も思わず驚いた。破壊の炎は槍のみから出ると、そのように考えていた事が原因である。まさか、トラウィスカルパンテクートリが自身を炎に包み、強引に秋雅を焼こうとするなどとは、流石に思考の範囲外であったのだ。
そこから生まれてしまった、一瞬の空白。咄嗟に『我は留まらず』を使用し、転移こそしたものの、攻撃として前に突き出していた秋雅の右手は完全に炎に巻き込まれて、焼失してしまい、その手にあった雷鎚はそのまま――やはり、流石の破壊神の炎も、権能そのものとも言える『雷鎚』は破壊できなかったらしい――地面へと落下していく。
「くっ……!」
転移後、秋雅は思わず膝をつく。しかし、すぐに失った右手を見せぬかのように左半身を前にして立ち上がり、敵を見据える。
「ぐ、ぬう……」
秋雅の視線の先、トラウィスカルパンテクートリもまた地上に降りていた。先ほどの傷のせいか、あるいは再度の挟撃を受けないようにする為か。どちらとも知れないがしかし、トラウィスカルパンテクートリはここで初めて、秋雅を見下ろすのではなく、秋雅と同じ高さに立った。
「……やってくれたな、神殺しよ。この我が、かような手傷を負うとは思ってもみなかったぞ。だが、それは貴様も同じ。その腕ではもう同じことは出来まい」
「それは、どうかな」
痛みを感じつつも、しかし秋雅は不敵な笑みを浮かべる。その事に、トラウィスカルパンテクートリは怪訝そうな声を上げる。
「我を侮っているのか? 如何な手傷を負っていようとも、片手を失いしものに劣るほど、このトラウィスカルパンテクートリは弱き存在ではないぞ」
「確かに、そうかもな。だが、お前は一つ勘違いをしている」
「何だと?」
「どうして、俺が片手を失っているなんて思っているんだってことだよ」
「むう……?」
不審を露にするトラウィスカルパンテクートリに対し、秋雅は身体の正面を向ける。そして、
「――貴様、何故……!?」
「さあ、トラウィスカルパンテクートリよ」
驚きの声を上げるトラウィスカルパンテクートリを真正面に捉えながら、その
「――決着をつけようか!!」
たぶん次話で決着をつける、と思います。それに付随して現状で秋雅が持つ残りの権能も露になる予定。まだ名前を出していない二つのうち、一つは最後に使ったものです。ま、まだ底を見せていない権能もあるんですけどね……。