「シッ――!!」
困惑するトラウィスカルパンテクートリに対し、鋭い呼気と共に秋雅が駆け出す。同時、その身体から雷光がバチバチという音と共に漏れ出す。既に見た強化と思わしき術に、一直線の軌道。同じ目線に降りてきたトラウィスカルパンテクートリ狙いの突撃だ。
「ぬうっ!」
高速で迫る秋雅に、トラウィスカルパンテクートリはすかさず槍を向ける。不可思議や負傷はある。だが、それを強引に飲み込んで、神殺したる秋雅を討ち滅ぼすことを優先することを選択した。
「何であろうとも!」
叫び、トラウィスカルパンテクートリは破壊の炎を秋雅に対し放つ。穂先より放たれたそれは真っ直ぐに、そして周囲に広がりながら秋雅を目指す。
「狙いは読めているぞ、神殺し!」
トラウィスカルパンテクートリはまたもや、自身の身体を破壊の炎で包む。秋雅の不意打ちに対する備え、だけではない。炎はトラウィスカルパンテクートリの周囲を包むだけに飽き足らず、その勢いのままに天空へと昇っていく。狙いは上空にある雷雲、多少の自傷を糧に、秋雅の不意打ちの全てを防ごうという魂胆だ。
「これで――」
炎が雷雲へと手を伸ばし、その姿を焼き尽くした所で、トラウィスカルパンテクートリは勝利を確信する。もはや、秋雅に打つ手はない。それを口に出そうとした、その瞬間、
「――なっ!?」
正面、炎の壁を突き破って、何かが飛来してくる。それは真っ直ぐに、ただトラウィスカルパンテクートリを狙って向かってくる。秋雅が手に持っていた武器、『雷鎚』である、とトラウィスカルパンテクートリの視覚は捉えた。同時、破壊の炎すらも乗り越えてきたかの鎚を受けてはならない、と直感する。
「うおおおっ!!?」
叫び、トラウィスカルパンテクートリはその身を捻る。炎を吐き出す槍を手放してでも、トラウィスカルパンテクートリはその雷鎚を強引に回避する。ギリギリであり、わずかに頭部を掠めはしたものの、結果として直撃を受けてはいない。
「苦し紛れ程度――」
トラウィスカルパンテクートリの目に飛び込んできたのは、またしても不可解な光景だった。今しがた避けたはずの雷鎚が、何故か再びこちらへと迫ってきていたのだ。何故と思うよりも先に、トラウィスカルパンテクートリは悟る。これは避けられない、と。
そうトラウィスカルパンテクートリが悟った瞬間、その眼前に石版が出現する。自身を攻撃より守る、イツラコリウキの石だ。
激突音が響き、石版の皹がさらに広がっていく。だが、皹が広がりはしたものの、その身を砕くまでには至っていない。完全に防御した、そう判断できる。
「――ぐ、はっ!?」
だが、トラウィスカルパンテクートリは確かな痛みを感じた。正面ではなく、背中に、である。
身が打ち砕かれそうなほどの威力を持った、熱く激しい雷の衝撃。先ほど受けたものと同じ、いや、それ以上の威力の雷が、確かにあるはずの炎の壁を打ち破ってトラウィスカルパンテクートリにまで届いたのだ。
「ぐおおおおっ!!!」
痛みにトラウィスカルパンテクートリは叫び、自分を守ってくれた石版を押しのけるようにして――その際に見れば、石版に雷鎚が刺さっていた。この所為で攻撃が続行中であると解釈され、背後への攻撃に反応しなかったのであろう――前に跳ぶ。そして、背後にいるであろう神殺しを視認するために、急ぎ振り向く。
「――そういう、ことか!」
そこにあった秋雅の姿を見て、トラウィスカルパンテクートリはどうやって今も纏っている炎の壁を打ち破り、己に雷を当てたのかを悟る。
「神殺し! 貴様、己が肉体を盾にしたのか!?」
その言葉に対し、
「それなりに無茶がきく身体なんでね。痛みもろくに感じないほどに威力があったおかけでもあるが」
言いながら、秋雅は無傷の左腕を見せる。確かに一瞬前まで失われたはずのそれが、突然に元に戻っている様を見て、トラウィスカルパンテクートリはすぐさまに声をあげる。
「それは蛇の――不死の、権能か!? 貴様は、蛇に連なる存在より、その不死性を奪ったのだな!!」
「流石に、気付くか。まあ、だからどうしたという話だが」
――かつて秋雅が倒したギリシャ神話に登場する不死なる蛇の怪物、エキドナより簒奪した権能。四肢を失うなどの重症を負った際に、その負傷を含めた全身を一瞬にして再生させる、脱皮という蛇の属性を現した権能の名を、秋雅は『
その権能を、今回秋雅は使用したのである。正確には、基本的にオートで発動する権能であるので、使用したというよりは、それによるリカバーを前提とした策を組んだ、というほうが正しいか。攻撃を喰らうことには変わりないのであまり積極的には策に組み込まないことのほうがいいのだが、今回はそうする必要があったと判断したのだ。事実、そうしなければ、いかに避けられた雷槌と自身を『我は留まらず』で入れ替え、雷鎚の再度攻撃と後方よりの奇襲という策が通った所で、ろくに攻撃を通す事が出来なかったであろう。
「ぬう……っ」
がくりと、トラウィスカルパンテクートリが膝をついた。既に身に纏っていた炎はない。二度の雷の直撃と自身を覆った炎のダメージに、いよいよ限界に近づいてきたのだろう。満身創痍、という言葉が相応しいように、秋雅には見えた。
「膝をつく、か。ならば、討たせてもらうぞ」
そんなトラウィスカルパンテクートリに対して、秋雅の方はまだ余力があった。呪力こそかなりの量を消費しているが、肉体的な不調は一切ない。厄介な石版も雷鎚で足止め出来ている現状、雷なり徒手空拳なりでこのまま決着をつけることは十分に可能であろう。
「……討つ? この我を、貴様如きが討つだと?」
勝敗は決した、と言わんばかりの秋雅の台詞に、トラウィスカルパンテクートリは呼び寄せた槍を杖に立ち上がり、秋雅を見る。仮面でその目を見ることは出来ないが、おそらくは憎々しげに睨みつけていることだろう。
「貴様のような、不遜にして傲慢なる神殺しが、このトラウィスカルパンテクートリを討つだと? そのような大言――許すものかあああああああああ!!!」
叫びと共に、トラウィスカルパンテクートリの身体が膨張する。仮面は弾け、槍は吸収され、その身は段々と大きくなり、空へと昇っていく。巨大化し、変質したその姿を見て、秋雅は思わず呟く。
「翼を持った蛇……だと?」
十数メートルはあろうかという長い体躯に、その身体より生える巨大なる両翼。アステカ神話において、そのような姿を持った神はたったの一柱のみ。アステカ神話における農耕、文化を司り、かなりの力を誇る高位の神。平和の神でもあり、後に金星に姿を変えたという伝承から、トラウィスカルパンテクートリを化身とするその神の名は――
「――ケツァルコアトル」
十数メートル上空、その巨躯を悠然と揺らす翼持つ蛇を見上げながら、秋雅は驚きをもってその名を口にする。
「トラウィスカルパンテクートリがケツァルコアトルの化身であるという伝承から、逆にその姿をとったのか……なんと出鱈目な」
「神殺し! この姿をもって、貴様を滅してくれるわ!」
吠えるようにして『蛇』はその口から炎を吐き出す。それを大きく後方に跳んで回避しながら、秋雅は仕方がないと呟く。
「やりたくはないが、あの巨体相手には
ちらり、と秋雅は公園の外、ビルが立ち並ぶ街並みのほうを見る。
「あっちに誘い込むか。やれやれ、外じゃなくて本当に良かったな」
ぼやき、秋雅はビル群に向かって駆け出した。『我は留まらず』は使わず、強化された脚と跳躍を駆使し、秋雅は公園を出て走る。
「逃げるか、神殺し!」
逃げる秋雅を、『蛇』が追う。幸いにも、その速度はそうたいしたものでもなく、巨体による圧迫感こそはあるものの、しかし秋雅は追いつかれることなく街中を走っていく。
「……炎以外撃ってこないという事は、見掛け倒しみたいだな。やはり、ケツァルコアトル自身じゃなきゃその程度ってことか」
「何処まで逃げるつもりだ、神殺しよ!」
小さな秋雅の呟きが聞こえるはずもなく、攻撃もせず、ただただ背を向けて走る秋雅に気をよくし、『蛇』は嘲るようにして笑う。それにも特に反応することなく、秋雅はビル群の中、街道を駆けていく。それを数分ばかり続けたところで、秋雅はようやく足を止め、上空を振り向いた。
「……良い位置取り、だな」
「ようやく諦めたか! 大人しく我が裁きを受け入れよ!!」
足を止めた秋雅に対し、『蛇』は大きな口を開けて炎を吐き出す。しかし、それが当たるよりも早く、秋雅は『我は留まらず』を発動し、『蛇』から数十メートルは遠かろうかという地点にまで転移する。
「まだ逃げるか!」
「さて、どうだろうな」
聞こえない、と分かっていながら秋雅は口の端を軽く歪めて言う。それは結局秋雅の狙いを見抜く事が出来なかった、『蛇』に対する嘲りの声だった。
そして、
「――さあ、決着の時だ!」
バチバチと、秋雅の両の手の間に雷が迸る。溢れ出さんとするそれを抑えつけながら、まるで投擲を行うが如く、秋雅は雷光を掲げる。
「うおおおおおおおおっ!!!」
叫びと共に、秋雅の身体より呪力が溢れ出す。それに比例して手の内にある雷光がさらに力を増し、一つの姿へとなっていく。その姿を一言で現すのであれば、
「雷の……槍?」
秋雅の手にある雷を見て、戦くように『蛇』が言う。それに秘められし圧倒的な力に恐怖を覚えたのか、『蛇』は僅かに身じろぎをした後、その場から逃げようとする。
だが、それは叶わない。その巨躯は周囲に立ち並ぶビルに阻まれ、ろくに身動きをとることもできない。上昇をするには時間が足りず、可能なのは前進をすることぐらいだ。
「まさか!? これを狙ってか?!」
ことここに至ってようやく、『蛇』は秋雅が何故ここに走ったのか、その理由を悟る。誘い込まれてしまったのだと、後悔と共に『蛇』は理解した。
「この――神殺しがぁあああ!!!」
『蛇』の口より、炎を纏った槍が秋雅めがけて吐き出される。その悪あがきにも等しい攻撃を認識しつつ、秋雅は聖句を唱える。
「――宇宙すらも破壊するケラウノスよ! 今こそ我が手に宿り、この世界の悉くを焼き尽くすがいい!」
これこそ、多神教たるギリシャ神話において唯一神的な扱いを受けることもある、強大にして絶対的な力を持つ天空神ゼウスより、秋雅が死闘の末に簒奪した最強の雷。秋雅の身に宿った際に槍の姿を得たそれは、全ての敵を破滅させる絶対的な破壊の力。そのあまりに強大な威力から、最後の切札という立場を秋雅より位置づけられた、その権能の名は――
「これで――『
秋雅の手より放たれた雷槍は、上空に在る『蛇』を滅ぼさんと駆け、空を割る。途中、破壊の炎纏いし槍を飲み込み、消滅させながら、雷槍は『蛇』へと激突し、その光を解放する。
「まさか、まさかこの我が――!!?」
『蛇』は、トラウィスカルパンテクートリは、信じられぬように叫びながら、その光に飲み込まれる。雷光は蛇を飲み込むに飽き足らず、周囲にあるビル群すらの飲み込み、際限なく広がっていく。
……一体どれ程の時間、その雷光は在り続けたのだろうか。それがようやくに収まった時、そこには何もなかった。まつろわぬ神も、立ち並ぶビルも、道も、何もかもがない。ゆうに数キロは円状に消滅し、残ったのは地面にある大きなクレーター状の穴だけだ。ぽっかりと、街の一部を丸く切り取ったかのように、そこには何も存在しなかった。
「相変わらず……馬鹿げた威力だ、な」
その光景を、さらに数キロほど離れた地点から、秋雅は呆れるよう呟きながら見ていた。『終焉の雷霆』の使用後、残った呪力を『我は留まらず』に注ぎ込んでここまで移動して来たのだ。そうしなければ、かの雷光は秋雅すらも飲み込んでいただろう。威力もさることながら、発動後の見境の無さもまた、秋雅がこの権能を最後の切札として普段は絶対に使わないようにしている理由であった。
「は、あ。流石に、疲れた……」
ぼんやりと背に感じる権能が増えた重みを感じながら、秋雅は傍にあった街路樹にもたれかかるようにして座り込む。正真正銘、呪力は空っぽ。戦闘が終わったことで張り詰めていた緊張の糸も切れ、もう一歩も歩く気力がない状態だった。
「朝まで、って言っておいたしなあ。このまま、寝てしまおうか……」
身体に感じる疲れに、秋雅が呟く。SSIにまつろわぬ神討伐の知らせを一刻も早く伝えるべきなのは分かっていたが、身体が言う事を聞かない。万一を考えると、安全になったここを出るのもリスクがある。そんなことをつらつらと考えていると、段々と秋雅のまぶたが重くなってくる。思考に関係なく、秋雅の身体は休息を欲していた。抗えぬその欲求に、段々と秋雅の意識が闇に飲まれていっていく。
「……ああ、そうだ」
そんな中、何かに気付いたかのように秋雅は呟く。
「そう言えば……ここで寝ると、
最後にそう呟いて、秋雅の意識は完全に闇に飲まれるのであった。
これで決着。次話でこの章は終わる予定です。