『足』を取りに行く、と秋雅が紅葉に言ったのは、朝方、ウル達が五月雨の運転の元マンションを出た、そのすぐ後のことであった。それに紅葉が否というわけもなく、すぐに秋雅に続いて外に出る。炎天下、とまではいかないが未だに暑さの残る青空の下、先導する秋雅に対し、ふと紅葉が口を開いた。
「ところで秋雅さん、『足』を取りにいくって言いましたけど、委員会の人に準備してもらわないんですか?」
「彼らに頼むとどうしても仰々しくなってしまうからな。俺の立場って物を考えるとそれも当然といえば当然なんだが、そうじゃないほうが都合良い時もある」
「今回もそうだ、ってことですか?」
「住所を見る限り君の家と俺の家はそう遠くないようだからな。知り合いに見られる可能性を考えると目立つ車に乗るのはちょっと、な」
「ああ、そういうことですか」
うんうん、と秋雅の言葉に納得がいったように紅葉は何度か頷く。それを横目に見ながら、それに、と秋雅は続ける。
「文字通りたまには趣味に走りたいからな、俺も」
「趣味? 秋雅さんって運転が趣味なんですか?」
「運転と言っても、車じゃなくてバイクの方だけどな」
「バイクですか?」
意外だ、というような表情で紅葉が首を傾げる。
「ああ。車の運転も出来るが、どうにも俺にはバイクの方が性にあっているみたいでな。時々知り合いから借りて走っているんだ」
「じゃあ、今日もバイクで?」
「ああ、知り合いにバイクの販売、改造を行っている奴が居る」
「販売はともかく、改造って大丈夫なんですか?」
「よっぽど無茶苦茶しない限りは合法だ…………体制に知られていなければ、な」
最後は小さくつぶやき、秋雅はそれ以上の説明を打ち切る。話そう、と思えば話しても問題ないものでもあるが、流石にそこまで語ると話が逸れすぎる。そのうち、また機会があれば、というのを言外にも醸し出すと、紅葉もまたそれを察したのか、なるほどと頷いて終わる。
「ああ、そうだ。今更で悪いが、バイクに乗った経験は?」
「生憎と運転する方も後ろに乗る方も経験はないですね。少し楽しみです」
言葉だけでなく、紅葉はその顔を綻ばせることで期待感を秋雅に示す。その事に微笑ましさを秋雅が感じる中、ところで、と紅葉は小首を傾げた。
「秋雅さんは何でバイクが好きなんですか?」
「特にこれといったものがあるわけじゃないんだが……強いて言うならスリルか?」
「スリル、ですか? こう言ってはなんですけど、秋雅さんの場合、バイクじゃなくてもスリルを感じる場面はいくらでもあるんじゃないですか?」
「まあ、そうなんだけどな。その気になればバイクよりも速く走る事だって出来ないわけじゃない」
ただまあ、と秋雅は軽く後頭部の辺りをかきながら言う。
「人間らしいスリル、って言うのかな? カンピオーネであるとかまったく関係ない、普通の人間らしい感覚を思い出せる、ってのが好きなんだろうな、たぶん」
「んー……分からないでもないですけど……」
何と返したらいいのだろうかと言いたげに、紅葉は悩む素振りを見せる。そんな彼女の様子に秋雅は思わず苦笑をこぼす。まあ実際、秋雅自身でもよく分かっていない感情なのだ。分かってもらいたい、と強制するようなものでもない。
「まあ、あんまり理解しようとしなくて良いさ。職業病の逆みたいなもんだし、あんまり他人に理解されるような理屈でもない」
「だからって切り捨てるのもなんか気が引けるんですよねー」
「そういうもんかね」
「なんて言ったって従者ですから、私」
「その理屈も、中々理解しにくいな」
そう言って、二人して顔を見合わせて笑う。何となくだが、どうにもよく笑っているなと、秋雅は紅葉の名前を聞いてからの数十時間の自分をそう評した。愛おしい、というわけでは勿論ないが、何だろうか、案外この女性は、こちらに安堵を感じさせるのだ。適度に気を抜けられる、とでも言えばいいのだろうか。とにかく、そういうタイプの相手である。まあ当然、秋雅にとっての一番の女性はウル・ノルニルのみであり、その手の感情を紅葉に対し抱いているわけではないのだが、まあ何にせよ、能力や性根に限らず、やはり人材には恵まれている、と秋雅は心から思うのであった。
そんな一幕からしばし、秋雅と紅葉は自分達が交わした会話にそれぞれ思いながら、ようやく目的地へと辿り着いた。大通りからいくらか外れたそこにあったのは、ひどく小さな町工場といった雰囲気の建物だ。入り口らしきやや大き目の扉の奥からは、何かの機械の駆動音らしきものが小さく聞こえてくる。
そんな建物が鎮座する敷地の入り口、そこに一人の男性が立っていた。当初男はぼうっと空を見上げながら壁に背を預けるようにして立っているだけであったが、そちらへと向かって来ている秋雅の姿を視界に収めるやいなや、その顔に喜色を浮かべて秋雅へと大声で呼びかける。
「よう大将、待っていたぜ!」
そう声をかけてきたのは、三十は超えているだろうかという見た目をした、がっしりと体格の良い男であった。顔は程よく日に焼けており、笑みを浮かべるとしわがやや深い。服の上からでも分かるほどに筋肉がついていて、暑さの所為か少しばかり汗の匂いがする。だが、不思議と圧迫感や不快感などは覚えなることはない。それは彼が浮かべている歳不相応な人懐っこい笑みの為であろうか。
そんな男の挨拶に軽く手を上げて応えた後、秋雅は差し出された右手を強く握り返す。その顔に浮かんでいるのは彼が時折浮かべる勝気な笑みだ。
「待たせたな。少々話しながら歩いたせいで遅れた」
「別に気にはしねえさ。今は結構時間があるからな。そんで? そっちが大将の同行者か?」
そう言って、男は興味深そうな視線を秋雅の後ろに立つ紅葉へと向ける。二人の会話に不思議そうな表情を浮かべていた彼女であったが、男の注目が自分に向いたと気付き軽くその頭を下げる。
「初めまして、草壁紅葉と言います」
「一応ここの持ち主の神田功ってもんだ。よろしくな、お嬢ちゃん」
お嬢ちゃんという呼びかけ――享年としては十八なのだが、おそらくは平均よりも低いその身長の所為だろう――にやや首を傾げたものの、まあいいかと紅葉は差し出された手を握り返す。
「よろしくお願いします」
「おう」
にかっと笑う神田の手は見た目の印象に違わぬ、大きくごつごつとした手だ。握りなれぬその感覚に紅葉は面白そうげに目を細める。
「……ちょいと聞くがお嬢ちゃん、まさか稲穂の大将の『コレ』かい?」
手を離した後、ふと興味深そうな目を紅葉に向けながら、その小指を立ててみせる。何とも古典的な表現ではあったが、その意味は十分に紅葉にも伝わったらしい。神田のジェスチャーに対し、彼女は笑って横に手を振る。
「まさか、私は秋雅さんの部下みたいなものですよ。第一秋雅さんにはウルさんっていう素敵な恋人さんがいますし」
「そうなのか……って恋人がいるのはマジなんだな。しかも名前から察するに外人さんか?」
「まあな」
「ほーん、まあ大将なら誰が恋人だろうが納得できるけどよ。つうか、部下のお嬢ちゃんを恋人よりも先に後ろに乗っける、ってのはどうなんだ?」
「生憎と、彼女は二輪よりも四輪が好きなのさ。そして彼女は自分でハンドルを握るのが好きな性質なんでね、俺はもっぱら同乗者だ……ああ、それで思い出したが、お前の知り合いに車を扱っている奴はいるか?」
「んー、そう聞くって事は普通の車じゃない方が良いってことかい?」
「弄っている奴のほうが、やれる事が多いのは確かだな」
「そりゃそうだ。ま、大将には世話になっているし、ちょいと知り合いにカタログでも作らせてみるか」
「感謝する……じゃあ、そろそろ本日の主役を持ってきてもらっていいか?」
「おっと、そうだったな。ちょっと待っていてくれ」
額をペチンと手で叩いた後、神田は急いで建物の方へと走っていく。その背を見ながら、紅葉が口を開いた。
「ところで秋雅さん、大将って何ですか? 秋雅さんの態度も結構フランクでしたけど」
「あだ名だよ。前に魔術がらみのトラブルに巻き込まれているところに偶然出会ってね、見捨てるのもなんだったから適当に助けたんだが、まあ色々あってこんな感じになったんだよ」
歳の差のわりに、と疑問を口にする紅葉に対し、秋雅は何でも無いように答える。何ともざっくりとしていて説明にもなっていないものであったが、とりあえずそれで納得できたのか、それ以上は聞かず紅葉は頷く。おそらくは秋雅ならばさもありなん、とでも思ったのであろう。
そしてしばし、というほどの時間が経つでもなく、神田が一台のバイクを押しながら二人の元へと歩いてきた。
「待たせたな、大将にお嬢ちゃん。お望みのバイクだ」
そう言いながら彼が見せたのは、バイクと言えば、と誰もが想像しそうな普通のバイクだ。大型というわけでもなく、奇抜なデザインや飾りをつけているわけでもないという、いたって一般的なバイクである。
「二人乗りをするって最初から聞いていたからな。いつもみたいなやつとは違ってあんまり弄ってねえ。操縦性をちょいと上げた程度でエンジンとかはほとんどノータッチだから、あんまり無茶苦茶な運転は出来ねえからな」
「サーキットならともかく、公道を爆走する趣味はない。必要に駆られれば話は別だが」
「大将の場合はその必要性ってやつが簡単に生じそうだからなあ。まあ、その辺りは一応信用しているぜ。料金はこの前一括で払ってもらったばかりだし、また今度ってことで」
「毎度思うが、こまめに払った方がそちらとしても楽じゃないのか? 改造費も少なくないだろう」
「そう思うなら大将よ、もうちょいこっちに払う分を抑えてくれや。アンタが毎度馬鹿みたいな金額を渡してくるから、逆に纏めてしまわないと受け取るのが恐れ多すぎるんだよ」
「そう思うならここの経営状態をもう少しどうにかしろ。裏帳簿の赤字、誰の金で補填出来ていると思っているんだ」
「しゃーないだろ、結構ギリギリの金額で提供しているってのに、それでも足元を見てくる奴が多いんだからよ」
「だから言っただろうが、俺がどうにかしてやろうかって」
「そこまで大将におんぶに抱っこは流石に気が引けるんだよ」
「今更だと思うがなあ、大体――む?」
ふと、秋雅は傍らの紅葉があらぬ方向を向いていることに気付いた。秋雅達の会話に興味がない、というよりは、二人の会話を耳に収めぬように全力で気を逸らしているように見える。考えてみれば直前の会話内容は中々に胡乱なものであったので、精神衛生か何かの為に聞かぬようにしていたのであろう。よくよく見れば、その首筋には一筋の冷や汗すら――霊体であるにもかかわらず――流れていた。
「……いや、その辺りはまた、ということでな」
その事に気づいた秋雅はそう言って話を切り上げる。突然の切り上げに神田はやや怪訝そうな表情を浮かべ、紅葉はホッと安堵の息を吐く。
「ん? まあ大将がそう言うならいいけどよ。んじゃ、ほいこれ」
「ああ、悪いな。紅葉も」
「え? ああ、はい」
神田が差し出した二つのヘルメットを受け取り、そのうちの一つを紅葉に渡す。そしてそれを被ろうとした所で、秋雅はそのヘルメットが通常のそれと異なることに気がついた。
「これは、マイクか?」
「ああ。二人乗りだって聞いたからな、走行中も互いに会話ができるようにくっつけておいた。滅茶苦茶短距離用だから、基本的に二人乗りしているときぐらい密着していないと使用できないと思っていてくれ。まあ、あんまり安全上良くはないだろうが、大将ならこれで事故るってこともないだろうさ」
「感謝しておくよ」
神田の計らいに微笑を浮かべつつ、秋雅は用意されたバイクに跨る。そして渡されたヘルメットを被った後、
「紅葉」
と、紅葉に対し手を差し伸べる。
「はい」
それに、紅葉もヘルメットを被った後、差し出された手を掴み、促されるように秋雅の後ろに座り、ぎゅっとその身体に抱きつく。
「じゃあ、また後で返しに来る」
「ごゆっくり、だ」
「ああ」
神田に軽く手を上げて感謝の意を示し、秋雅はバイクのエンジンをかける。紅葉がしっかりと自分の身体に抱きついている事を確認した後、神田に見守られる中でバイクを発進させたのであった。
紅葉の家――正確には彼女が高校一年生まで住んでおり、大学生に入学するにあたって戻ってきた生家だ――は秋雅が通っていた高校の近くにある。それはつまり秋雅の実家と彼女の家は距離的にそう遠くないということである。そして現在秋雅が住んでいるマンションから彼の実家までは、普段秋雅も電車等を使って移動する程度には距離がある。だからこそ秋雅は今の大学に通っているとも言えるのだが、まあそれはともかくとして、その距離をバイクで移動しようと思うとまあ多少は時間がかかる。それこそ、ちょっとした内緒話を行うには十分過ぎる時間が、である。
だからこそ、
「――それでは、そろそろ話を聞かせてもらおうか」
ふと、そんな風に秋雅が切り出したのは、彼がバイクを走らせ始めてから十分ほどが経った時であった。
「え?」
突然の言葉に、紅葉は驚いたような声を漏らす。しかし、そんな彼女の反応など聞いていないかのように、秋雅は前を向いたまま――運転中であるので当然だが、それだけではないのかもしれない――自分に身体を預けている紅葉へと言葉を投げる。
「君の家族のことだ。ここまでは聞かずにいたが、君の家に向かう以上そろそろ聞かないわけには行かないだろう……君が父親に対し、如何様な感情を抱いていようとも、な」
「……気付いていたんですか」
「今までの会話の内容から、君が父親、あるいは他の家族に対しても、何か思うところがあることは察していた。今まで聞かなかったのは、余人に聞かせたくはなさそうだったからだ」
例えばロンドンでの再会の時であったり、あるいは昨日の三津橋との会話であったりと、紅葉が家族というものに何かを抱いているということを秋雅は感じ取っていたのである。まあ、これに関しては秋雅が聡いというよりも、紅葉がわかりやすかったと評するほうが正しいだろう。彼女はどうにも、案外素直な女性なのである。
「正直に言えば、個人的には他人の心の内をむやみやたらに暴き立てる、というのは趣味じゃない。ただ、必要とあればやらなければならない立場にあるのは確かであるし、それは俺も受け入れていることだ」
単なる言い訳か、あるいは辛うじての説得であるのか。どちらとも分からぬ事を秋雅は口に出す。無言のまま秋雅の言葉を聞いている紅葉に、秋雅はさらに続ける。
「状況を考えると、君の父親が君の死に対し何らかの形で関わっている可能性は決して少なくない。であれば、君の父親の事を知る必要が生じてくる。理由こそ不明ではあるが君が家族のことに対し言いたくないのは分かる。だが、今回ばかりは主として命令してでも話してもらわないといけない」
だから、
「――稲穂秋雅が主として命ずる。草壁紅葉、隠している事を話せ」
そう、秋雅は命じた。そして、互いに口を開かない長い沈黙の後、
「分かりました」
決心したように紅葉はその言葉を口に出した。
「すみません、秋雅さん」
続いての紅葉の言葉は謝罪の言葉であった。そのことに、秋雅は怪訝な調子で尋ねる。
「すまないとは、何がだ?」
「きっかけ、秋雅さんに作らせちゃいましたから。本当なら、私の方から言うべきだったのに」
「……いや」
紅葉の言葉に、思わず秋雅は黙り込んだ。どう反応するのが正しいのかが咄嗟にわからなかったからだ。礼を言われるのはお門違いだ、というのは簡単だが、しかし本当にそう口に出してしまうというのも気が引ける。結局の所、思ったよりも紅葉が秋雅の従者としての立場に積極的であったというのが、秋雅の困惑の原因であった。
そんな、バイクの運転音などを置き去りにしたかのような沈黙が、二人の中に生じていた中、
「……秋雅さんは、ご両親をどう思っていらっしゃいますか?」
「は?」
突然、紅葉が秋雅にそんな問いを投げかけた。紅葉へどう答えるべきかと悩んでいた秋雅は、その突然の質問に面食らったような反応を見せたものの、
「……尊敬に値する両親であり、弟や妹達を含め、愛すべき家族であると思っているが」
質問の意図は分からなかったが、秋雅はすぐさまそう答えた。話の流れは分からずとも、これだけは絶対に断言できると、そんな意思を込めた返答だった。
「愛されているんですね、ご家族は……そして、ご家族も秋雅さんを愛していらっしゃる」
秋雅の返答を聞いて、紅葉は小さくそう呟いた。そんな紅葉の態度に、少しばかり状況が見えてきた秋雅は、あえて彼女に問いかける。
「……君の家は、愛のない家庭だったのか?」
「愛がない、というわけではなかったんです。ただ、それが私達には向けられていなかったというだけで」
ぽつぽつと、紅葉は語り始める。
「……私の両親は、所謂幼馴染だったそうです。物心ついた頃から一緒にいて、そして互いを恋愛対象としてみるようになって、当然のように結婚したと聞いています。だから、二人は互いを本当に愛し合っていました。子供の私にも、それはよく伝わっていました……だけど、結局はそれだけです。自分達は愛しても、両親は私達を愛さなかった」
「……それは、虐待を受けていたということか?」
「いいえ、違います。むしろ家庭内は円満で、一般的な観点から見れば幸せな家庭というものにカテゴライズされていたと思います。生活に不自由したことはなかったし、大抵の頼みは聞き届けてもらえました」
「ならば、何故愛されなかったと?」
「――笑顔、ですよ」
はっきりと、紅葉は言った。
「笑顔?」
「ええ。両親が私達を見る目は、どこか冷めていました。椿――妹はそうは思っていなかったみたいだったけれど、私にははっきりと分かっていました。両親にとって、私達はあくまで自分達が幸せな家庭を築いているということを示す為の
淡々と、秋雅の数度の問いにもまるで調子を崩すことなく、紅葉はまるで原稿を読んでいるかのような口調で言う。
「休みの日に遊園地へと連れて行ってくれた事がありました。家族で旅行に行ったこともありました。学校に授業参観に来たこともあったし、何かあれば心配もしてくれました」
「両親の何もかもがまるで演技のように見えました。心配も、アドバイスも、遊びも、励ましも、その全てがまるで台本を見ながらやっているようにしか見えなかった。唯一本心だと思えたのは、両親が互いを見ているときだけ。私と妹を見る目には、決して『愛』なんて言葉は存在してなかったんです」
ぎゅっと、紅葉が秋雅の胴に回す手の力が強くなる。まるで秋雅から離れたくないとでも言うかのように、紅葉は秋雅の背に身体を預けようとする。
「……夫婦は愛しいと思うから、だから愛し合う。でも、親は愛するべきだと思うから、子供を愛する。家族なんて、案外いびつな繋がりなんです。それが、私が人生で学んだことの一つです」
「それは……そうかも、しれないな」
本当は、その言葉を否定するべきであったのかもしれない。だが、秋雅はその言葉を否定しなかった。温かな家族を得ている自分だからこそ、彼女の言葉を否定する資格がないと、そんな風に思ったのだ。何を言ったところで、一人の人間が人生の中で得た『真理』を、他人が容易く否定できるものではないのだ、と。
「四年前に母が亡くなってから、父は私達のことなんてろくに気に掛けなくなった。引越しだってある日突然決まったし、その理由は終ぞ教えてくれなかった。私がこっちの大学を受けると言った時も、父はそうかの一言で済ませました。私にこっちの家の鍵だけをよこして。もう、演じる気すらなくなったんでしょうね」
――だから、こっちに戻ってきたんです。
項垂れるように、秋雅の背に頭をつけて、紅葉はそう言った。そこに篭っている感情は、秋雅を抱きしめるその手が震えていることから、察するに余りあった。
「……笑える話です。こっちに戻って、卒業後はそのまま適当に就職して、そして椿を呼び寄せて二人で生活する。そんな風に思っていたのに、結局私はその第一歩から踏み外してしまった。秋雅さんたちと会えた事は良かったと思っていますが、私の人生そのものには、本当に笑わずにはいられない……本当に、滑稽な話ですよ。何で、こんなことばっかり思い出しちゃったんでしょうね」
そう小さく呟いて、紅葉は力なく笑う。
背中越しに感じるその身体の震えに秋雅は、車であれば頭を撫でることもできたのにな、とそんな事を考えてしまう。
結局、その十数分ほど後、秋雅が何か行動を起こすよりも早く彼が運転するバイクは目的地である紅葉の家の前へと辿り着いてしまう。
だからであったのだろうか。
「――さあ、じゃあ頑張って調べてみましょうか」
到着した途端、紅葉は道中のことなどなかったかのように、いつもの笑みを浮かべながら、いつもの調子でそう言った。
「ああ……そうだな」
だから、秋雅が最後に思ったことも終ぞ表に出ることなく、そのまま、まるで何事も無かったかのように、元の二人に戻るのであった。
ちょっと無理やり纏めたので変な感じもしますが、紅葉の話に関してはこの時点でやっておく必要があったので強引にねじ込みました。もう少し秋雅の動きを考える必要があったかもと思いつつ、まあとりあえずこれで。次回は紅葉の死に関しての話題。父親がどうかかわっているかとかも書く、予定です。