「ええいっ!」
風切音と共に迫る巨大な刃を、間一髪の所で秋雅は躱す。体長十数メートルにも及ぶ弁慶が振るうのは、その巨躯に見合う大きさの薙刀だ。見た目以上の膂力から振るわれるその薙刀は、ともすれば先端部などは神速にも迫るのではないかと思えるほどの凄まじさで、地に立つ秋雅に何度も焦りを感じさせる。
いや、焦りを感じさせるのは、何も弁慶が振るう薙刀だけではない。
「――っ、このっ!」
気付けばすぐ真横まで迫っていた槍を、秋雅は身体を捻ることで回避する。さらに、その動きの延長で、長剣の姿をとったトリックスターを振るい、土人形達を纏めて切り捨てる。防御力こそないが、義経の影響か先ほどまでよりも格段に動きがよく、何より数が多い。リーチの短い雷鎚から、状況に対処しやすいトリックスターへと得物を変更しているものの、どうにも数が減ってくれない。
弁慶はともかくとして、能力だけで見ればまったく驚異的でないこの人形たちに苦戦しているのは、人形たちからいわゆる『気配』というものがまるで感じられないのが原因だ。当然のように呼吸はなく、動いた際に発する音も極めて小さい。流石に弁慶ほどの巨体ともなると発する音は大きいのだが、等身大である土人形たちは厄介なほどに静かであり、予兆を感じとることが難しい。
おかげで、かなり近くまで迫られない限り、その存在に中々気付けず、度々ひやりとさせられる場面があった。『実り、育み、食し、そして力となれ』による全体強化の一環として聴覚を強化することで、ある程度対応しているものの、普段重視しているものが利用出来ないというのは、秋雅にとって非常に不利な状況だ。
これに加えて、土人形達は突然に、地面から生えるようにして出現してくるというのも厄介だった。何処にでも、というわけではないのだろうが、少なくとも義経の近くであれば大体の地点には出現可能であるらし、前兆はなく出現し、音もなく攻撃を仕掛けてくる。致命傷となりえる攻撃こそ、持ち前の野生じみた勘で避けているものの、かすり傷はいくらか負ってしまっている。『実り、育み、食し、そして力となれ』によって強化された回復能力ですぐに治癒するとはいえ、相手の攻撃に当たってしまうというのはあまり精神的に良いことではない。
そしてなにより、弁慶の巨体やその一々の動作によって巻き上げられる土煙が、秋雅の前方視界を塞いでくるのが実に痛い。『我は留まらず』による視界内の転移が行えず、咄嗟の緊急回避が封じられてしまっているからである。
「流石に抜け目ないな……っ!」
再び迫り来る攻撃を躱しながら、秋雅は吐き捨てる。この『我は留まらず』封じが、狙って行われているものであると察しているからだ。今は見えないが、弁慶が土埃を自発的に上げるようになる直前、義経がニヤリと笑みを浮かべるのを秋雅は見ていたのである。軍神の慧眼、侮りがたしといったところなのだろう。
そう悪態をつく間にも、猛攻は収まるところを知らない。秋雅が回避を取り次の行動へと移ろうとするその直前、またもや秋雅に対し矢が雨の如く降り注いでくる。
「ええいっ! 炎よ、焼き尽くせ!」
秋雅の全身から炎が噴出し、ドーム上に広がりながら迫る矢を焼き尽くす。そのまま、周囲に居た人形達も一気に焼失させるが、範囲内に居た弁慶に対しては数秒ほどその足を炎に包みこそしたものの、すぐさまに消え去ってしまう。
「やはり
こちら、と秋雅が吐き捨てたのは理由がある。秋雅が『義憤の炎』と名づけたこの権能であるが、短い調査期間の中で、性質として二種類の炎があることが判明している。一つは、武器に纏わせることで発現する炎だ。これを剣や槍といった、刃のある武器に纏わせることで、貫通力や打撃力を増すことが出来るようになる。さらに、纏わせた炎を自在に操ることで、より広範囲の攻撃が可能となっている。加えて言うと、この対象となるのはトリックスターのような特定の武具に限らず、それこそ市販のナイフであろうとも破壊力を増すことが可能だ。
そしてもう一つの、今回の戦闘において秋雅が使っている炎であるが、これは対象となったものだけ、あるいは対象以外のもの全てを焼失させる事が出来る、という性質を持っている。ここで言う『焼失』というのは、実際にその対象を焼き尽くす攻撃、というよりは、その対象を『焼失』という『無』の状態に変化させるという方が正しい。つまり、系統としては秋雅自身が持つ『過去か、未来か』やヴォバン侯爵の持つ『ソドムの瞳』等の権能に近く――ただし、あちらと違い、魔術そのものや物理的な実体のないものも焼き尽くすことが可能となっている――呪的抵抗力の高い相手には効き目が薄い、という弱点があるのだ。そのため、有象無象の土人形であればともかく、まつろわぬ神として強大な呪力を秘める義経や、それに負けず劣らずな呪力を内包している弁慶には、ほとんど意味を成さない。
とは言え、他の状態異常を発生させる類の権能と違い、『義憤の炎』の場合は込める力を増せば呪的抵抗力の高い相手にも通用する可能性が高い、と秋雅は直感的に察していた。例え相手がまつろわぬ神であっても、その腕の一本ぐらいは燃やし尽くせるかもしれない。
しかし、そうであるにしても、それほどの呪力を使用すれば、後々が厳しくなるのは自明の理だ。そのため、分かってはいてもその手を使う事が出来ない。下手に纏めて焼き払おうとした所で、おそらくはその後が続かないだろう。
「だが、何処かで動かないことには……」
実際問題、今の膠着状態は圧倒的に秋雅不利な状況だ。瞬間出力では勝ろうとも、基本的にはカンピオーネがまつろわぬ神に地力で勝ることはない。この流れのまま、下手に持久戦となった場合には、確実に秋雅が先に音を上げることになるだろう。秋雅が可能な限り消耗を抑えながら戦うにしても、無尽蔵な土人形達に相対するには分が悪いどころではないだろう。故に、どこかで流れを変える必要があるのだが、その機会がどうにも見つからない。
「――チッ、仕方ないか!」
こめかみを狙って放たれた矢を避けながら、秋雅は強引に流れを変えることに決めた。このままずるずると現状を維持したところで、遠からず破綻が来るのは目に見えている。現在、義経の姿は直接視認出来ていないが、呪力の気配からおおよその現在位置は把握している。後は、そこまでの道を作るだけだ。あまり気は乗らないが、無理やりにでも勝機を作りにいくことを秋雅は決意する。
「来い、神鳴り!」
雷鎚を消し、代わりに秋雅は一つの銃を呼び出す。一般的な拳銃よりも優に一回りは大きいそのオートマチック拳銃は、トリックスターを共にスクラから送られた銃だ。
「撃ち抜け!」
聳え立つ弁慶、その額の辺りを狙って秋雅は引き金を引く。義経が放ったものとは比べなれない威力で、しかしその鋭さから貫通力は勝っているであろう雷が、ピタリと狙いをつけた銃口から放たれた。神速で放たされたその一撃は、過たず弁慶の額を撃ち、小さくたたらを踏ませる。
「そして切り裂け!」
トリックスターの刀身に、秋雅の身体から迸った雷が巻きつく。雷を宿したその長剣を、秋雅は前方に向かって大きく振るう。秋雅の言葉と共に放たれ、扇状となった雷は、空間を切り裂き、秋雅の前方にいた土人形達を残らず両断しながら進んで行く。最後には弁慶の脚に切り傷をつけたところで消滅をしたものの、神鳴りの一撃も相まって弁慶に膝をつかせる。
「――そこ!」
これらの攻撃により、土人形たちの後ろに隠れていた義経を発見した秋雅は、『我は留まらず』を用いることで目視したその地点へと跳ぶ。トリックスターを消し、右の手には雷鎚を構えた秋雅は、こちらを見据えていた義経の眼前に転移したと同時、その手の雷鎚を大きく振り下ろす。
これまで幾体もの神獣と、そしてまつろわぬ神々を葬ってきた、必殺の一撃。常であれば、このとき、秋雅は勝利の可能性を感じ取っていたはずであった。
だが、
「――っ!?」
義経の眼前に現れ、雷鎚を振り下ろした、その瞬間。秋雅は自分が失策をしたことを、この上なく理解させられた。何故ならば、秋雅がそこにいると確信した、その場所にいたのは、あの義経ではなく、その格好をした、ただの土人形であったからだ。
「しまっ――」
嵌められた、と思うよりも早く、秋雅はその腹部に、何かが貫くような感覚を覚えるのであった。
「かかったな、神殺しよ」
弦が小刻みに揺れる弓を構えながら、とあるビルの屋上にて義経は小さく呟く。その視線の先にあるのは、今しがた義経が放った矢を腹部に生やす秋雅の姿だ。しかも、矢、と簡潔に言ったものの、実際は普通の矢ではない。ともすれば槍とすら思われそうなほどの、一際に大きな矢である。義経の力によって放たれたそれは、義経の策略に気付くことに遅れてしまった秋雅を貫き、その勢いのままに秋雅を大地に縫い付けている。
秋雅の視界を奪い、その隙に己は前線から離れ、代わりに自身の呪力の大半を一体の兵へと注ぎ込み影武者とする。消耗戦を嫌った秋雅が勝負に出るとき、影武者を囮とすることで、隙を突いて秋雅を討つ。それが、義経が用いた策の流れだ。
「……戦においては如何なる手法も是となる。卑怯汚いは敗者の戯言なり」
ふと、そんなことを義経が呟いてしまうのは、頭では分かっていても、影武者を囮とするこの策に、些か思うところがあるからであろうか。一騎当千の強者を討つ策としては上々であれども、やはり真っ向から打ち破りたいという、武人としての矜持が、そんな言い訳めいた言葉を彼に言わせたのかもしれない。
「ふん…………行け、兵たちよ!」
そんな未練めいた感情を振り切るかのように、義経は眼下の戦場に声を投げる。すると、その声に応じるかのように、秋雅の周囲に無数の、弓を構えた土人形たちが出現する。そして、出現に間髪をおくことなく、土人形達は秋雅に向かって矢を速射した。あくまで距離は詰めず、遠距離から射殺そうというのだろう。
そんな矢の雨に対し、秋雅はやや力なく手を振るう。その動きに合わせて再び炎が秋雅の手より発せられ、ドーム上に降り注ぐ矢を、そして放った土人形達を焼き尽くそうとする。
「それは読めている! 弁慶!!」
義経の命令に、炎の壁を突き破るようにして弁慶の拳が秋雅へと向かう。それに秋雅も反応こそはしたものの、彼が何某かの行動に移るよりも早く、その巨大な掌は秋雅の全身を掴み取ってしまう。
「――取ったぞ、神殺し!」
囮で追い込み、義経の矢で動きを封じ、土人形の攻撃で攻撃と視界を奪い、そして弁慶を本命とする。それこそが、義経の策の全貌であったのだ。
「……ぁぁあああああ!」
義経の耳に、秋雅の苦痛に満ちた声が聞こえる。歴戦の勇士であり、苦痛にもそれ相応に慣れている秋雅であるが、しかし流石に、全身を握りつぶされ、骨という骨を砕かれる苦痛というものは経験がない。大抵の痛みであれば声など上げない秋雅も、その痛みの前には随分と前に吐き出しつくしたと思っていた、悲痛の叫びが漏れ出てしまう。
「良いぞ、そのまま握りつぶしてしまえ!」
秋雅の苦痛の声に、義経は弁慶に命を飛ばす。
「あの神殺しに防御の手段はおそらくなく、転移は視界の通らぬ地点には出来ぬ。弁慶の手の中ではあの長剣も振るえず、雷を感じさせる鎚も、その威力を十全には発揮出来まい……」
今までの戦闘から秋雅の能力を推察したのであろう。弁慶が秋雅を握りこむのを見ながら、義経はそんな事を呟く。弁慶の拘束を逃れる手段はなく、このまま行けば遠からず秋雅は死ぬ。勝利を確信、とまではいかないだろうが、おおよそ勝てる、と義経はそう推察していた。
その推察は、ある意味においては正しい。現状、秋雅が死に近づいているというのは、確かな事実である。
だが、しかし。その推察は大きく間違ってもいる。
何故ならば、
「…………何だと?」
「これは、まさか……!」
異変に気づき、天を仰いだ義経は絶句する。彼が目を見開きながら見ているのは、自身が呼び出した雷雲。秋雅には効かないということで、そのまま放置されていたそれが、義経の意思に反し、その身を光らせ、雷鳴を轟かせようとしている。
「神殺しめ!! 我が雷を奪うつもりか!」
吐き捨てながら、義経はカンナカムイの宝剣を天に掲げる。奪われかけている雷雲のコントロールを奪い返そうとした彼であるが、その命令に雷雲は従おうとしない。結局のところ、義経が持つ雷への支配力というものは、彼のもう一つの名であるオキクルミ、その父であるカンナカムイから借り受けたものでしかない。主の危機にあたって、秋雅が持つ権能、強大な破壊力と雷に対する絶対的な支配力を要する『万砕の雷鎚』が、義経の支配力を上回っていたのだ。
「ぬうっ、やる!」
歯噛みする義経の前で、弁慶の身体に雷が降り注いでいく。頭、背、腕、胴体と、元は義経のものであったはずの雷が、容赦なく叩きつけられる。
「耐えよ、弁慶!」
内なる呪力を高めながら、義経は弁慶にさらに強く命ずる。これにさえ耐え、先に秋雅を握りつぶしてさえしまえば勝ちだと、義経は弁慶に発破をかける。
だが、義経の命も虚しく、弁慶は大きくよろめき始める。それは降り注ぐ雷によるダメージだけではなく、何か他の要因があるように見える。
「どうした、弁慶!?」
弁慶の様子に、義経は感覚を弁慶とリンクさせる。彼は自分が呼び出す土人形たちと、その五感をリンクすることで、相手が認識している全ての情報を受け取る事が出来るのである。
「――何だ、これは!?」
そうしてみて始めに感じたのは、身体の中で暴れ狂っている熱の存在。比喩表現ではなく、まさしく炎そのものが、弁慶の身体の中で暴れ、その身を内より砕こうとしている。
「これは神殺しのあの炎か!? だが、あの炎にこれほどの威力は無いはず。いや、そも剣を振るう隙間もないあの場所で、どうやってこのようなことを……」
確かに、今弁慶の手の内にある秋雅は、長剣を振るうほどのスペースを有せていない。故に、義経が秋雅が如何様な手を打ったのかと疑問に思うのは当然の話だ。
だが、義経は秋雅が持つ長剣、トリックスターが自在に形を変えられると言う事を知らない。そして、秋雅が持つ『義憤の炎』に、武器に纏うことで物理的な破壊力を増加させる力がある事を知らない。知らないが故に、義経は油断してしまったのだ。
そう、降り注ぐ雷によって僅かばかりに空いたスペースを用いて、炎を纏いつつ短剣へと姿を変じたトリックスターを、弁慶の掌に突き刺す程度であれば、今の秋雅でも可能であった。そうすれば、後は簡単な話だ。僅かでも生まれたひびから、その体内に破壊の炎を流し込み、内より破壊すればいい。それを秋雅は、耐え難い苦痛に苛まれながらも、見事やってみせたのである。
「いかん、弁慶!! 兵よ、構えよ!」
これ以上は分が悪い。そう判断した義経は、弁慶に秋雅を放すように命ずる。それもただ放すのではなく、放り投げた所を地上に立つ弓兵たちに狙らわせる。さらに、自身も弓を構え、先ほど放ったものと同じ矢を番えて、宙に放り投げられる秋雅を狙い打とうとする。
「――撃て!」
弁慶が手の中の秋雅を放り投げたと同時、義経たちは空中の秋雅に向かって矢を放つ。しかし、それが届こうかという一瞬前、投げられた勢いで回る秋雅の身体が、義経の方を向いた。
時間で見れば一秒とない僅かな時、その刹那に義経が見たのは痛みに耐えながらも、してやったという、義経に対し見せつけたのであろう笑み。その笑みに、義経が何かを思うよりも早く、秋雅の顔は逸れ、そして彼の身体が消え去った。
「…………逃がしたか――やるな」
何も無い空間を虚しく通り過ぎた矢を見ながら、無念そうに、しかし何処か嬉しそうな口調で、義経は弓を下ろしながら呟く。決着がつかなかった残念と、まだ戦を続けられる楽しみが入り混じっているようでもある。
しかし、それを感じさせたのも一瞬。すぐさまに真剣な面持ちへと戻り、見上げるのは弁慶の姿だ。幾度も雷に打たれ、その身を内から破壊されたことで、弁慶の身体の各所にはひびが入っており、先ほどまでは堅牢そうであったその巨躯も、一回りほど小さく見えてしまう。
「良くやった。今は休め、弁慶」
義経の言葉に、弁慶の身体が地中へと埋まっていく。それをなんとなしに見届けた後、義経は大きく手を振るう。すると、義経に寄り添うようにして、さらに数体の土人形が現れる。しかし、よくよくと見ればそれらがつけている装備は有象無象達がつけているものと比べ、少しばかり豪華な仕様に見える。無論、主である義経には及ばないのだが。
「本陣を移す。汝らはこの義経の兵を率い、それぞれにかの神殺しを討つべく動け」
義経の命に、土人形達は膝をつくことで了承の姿勢をとる。その後、何処かへと去っていく土人形を見た後、ふと、義経は呟く。
「……そういえば、かの神殺しの名、未だに聞いていなかったな。果たして、その名を聞く時が訪れるか…………」
次に会う時は決着の時であり、その時に暢気に話をする時間は無いだろう。そんな思いから放たれたのであろう言葉は、義経の背後にて、雷雲より何処かに放たれた雷鳴の中に消えるのであった。
予定より短いですが切りも良いですし、何より二つの意味で無駄に長くなってしまったので一旦ここまでで投稿します。話がどうにも進まないので、ちょっと元から考えていた流れを少し変えて、決着までをもう少しスムーズになるようにするつもりです。色んな意味で、カンピオーネの戦いは短期決着じゃないと難しいと実感しました、はい。