トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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四者会談

 

 混乱に疑問、そして困惑。

 

 もし、万里谷祐理の現在の心境を纏めるとすれば、おおよそこのような言葉に集約されるだろうか。もし隣に草薙静花が居なければ、思わず立ち上がり、何故と叫んでいたかもしれない。それほどに、祐理にとっては予想外の人物が目の前に居た。

 

「まずは、こうしてこちらの要望にお答え頂いた事、非常に感謝します。突然の訪問と呼び出し、どうかお許し願いたい」

 

 稲穂秋雅。それが今、祐理の目の前で軽く頭を下げた、好青年然とした男性の名前であり、祐理を驚愕させた存在そのものであった。これは決して過剰な表現ではなく、同じく魔術の世界にある程度精通した者であれば、彼女と同じような反応を取っただろう。誰だって、あの(・・)カンピオーネの一人が突然目の前に現れれば、驚かずにはいられないだろう。

 

 特に祐理の場合、以前にサルデーニャで出会った時の記憶があることもあり、その際の非常に王の名に恥じぬ彼の振る舞いを覚えているからこそ、その驚きもひとしおだ。流石は、当代のカンピオーネの中でも、『例外』と評される人物であると、驚愕によって混乱している祐理はそんな感想すら抱いてしまう。

 

 しかも今回、秋雅がここを訪れた理由もまた不可思議だ。草壁椿――祐理の後輩にして、静花の友人である少女の、その現在の居場所を知りたい。それが今回、秋雅がわざわざここを訪れた理由だと言う。オブラートに包まぬ物言いをするならば、高々その程度の理由で来るのか、という話だ。普通であれば、誰か適当な遣い――それこそ、今彼の隣にいる、椿の姉らしき女性一人で十分だろう――を出せばいいだけだろうに、何故か彼が直接来ている。そもそも、椿が本格的に行方不明であるという時点で驚いているのに、それを調べに来たのか秋雅であるなど、驚くなという方が無理だ。

 

 そんな彼女の動揺など、まるで気にもしてないのだろうか。秋雅はその顔に浮かべた微笑を崩すことなく、祐理たちに対して、隣に座る女性――確か、草壁紅葉と名乗っていた――と共に、軽く頭を下げてさえ見せる。

 

「恐縮ですが、草壁椿さんの為にも、少々お時間をいただければ幸いです」

「私からも、妹の為、どうかご協力願えませんか」

「あ、その、お構いなく! あたし達も、椿ちゃ――椿さんのことは気にしていましたから。ね、万里谷さん?」

「……え、ええ。そう、ですね」

 

 いけない、と祐理は、静花の確認に頷いた後、小さく頭を振る。今自分がすべきことは、目の前の王に動揺することではない。さらに言えば、その思惑を探ることでもない。確かに、どうして秋雅が椿の行方を気にするのかというのは疑問であるが、今重要なのはそれではない。

 

「……私達も、彼女の事は非常に心配していました。何処までお力になれるかは分かりませんが、こうして私達が話をすることで彼女を見つけられるのでしたら、いくらでもお力をお貸ししたいと思います」

 

 今すべきは、一刻も早く行方不明の友人を探し出すことだ。たとえ祐理自身と椿との間にたいした交友がなかろうとも、彼女は紛れもなく祐理の大事な後輩であり、そして今隣に座っている静花の大事な友人であるのだ。今は表面に出していないが、友人が失踪したなどと聞いて、とても心穏やかな状態ではないだろう。彼女の心境を思えば、早く椿を見つけてあげたいところである。

 

 そうである以上、今祐理がすべきことは、彼女の捜索の為に、秋雅に協力を惜しまないことだろう。もっとも、静花はともかく、祐理に出来ることなどほとんどないだろうが。

 

 少なくとも、目の前でこちらをじっと見える秋雅の目に、嘘偽りの類は感じられない。隣に座る椿の姉にも、真剣に妹を探そうとする気配がある。おそらくこの人たちは、本気で椿を探そうとしているのだと、祐理は直感的に確信できた。だから、今は彼らに協力する。それ以外のことは、一先ずこの場では置いておく。護堂やエリカたちに相談するのはここでの会話が終わってからで十分間にあうはずだと、そう祐理は決意し、揺れていた心を纏めた。

 

 そんな祐理に、何故か少しだけ面白そうな笑みを浮かべて、秋雅が大きく頷く。そして秋雅が傍らの紅葉に対し何か目配せを送ると、紅葉が小さく頷き、身体を少し乗り出しながら口を開く。

 

「じゃあまずは、妹が行きそうな場所について伺いたいのですが」

「行きそうな場所、ですか? えっと、まさか家出ってわけじゃないですよね?」

「そうですね。まず間違いなく家出ではないと思っていますが、どうにも手がかりがないのが現状ですので、どういう方向にせよ情報を得たいと思いまして。恥ずかしながら、私も最近の妹の動向に関しては良く知りません。ですから最近の、今年の四月以降で訪れたような所などを教えてもらいたいんです」

「ええと……」

「ああ、すみません。地図を出しますね」

 

 そう言って、紅葉は地図を広げ、ペンを祐理と静花に差し出す。それを静花は素直に受け取ったが、祐理は少しだけ考えた後小さく首を横に振る。

 

「すみません。私は椿さんと一緒に学外に出かけた事がありませんので、そういうところではお力になれなないと思います」

「そうですか……」

 

 そもそも祐理の場合、友人とどこかに出かけるということがあまりない。同学年の友人ならまだしも、流石に部活の後輩である椿とは一緒に遊びに行ったことなどなかった。

 

「ええと……」

 

 対し、静花の方は時折考え込んだり、指で空をなぞったりしながら、地図に次々と丸を書き込んでいく。祐理の見る限り、静花も椿も同じく行動的なタイプであり、友人との交流などには活発であった。その二人で友人同士となれば、当然のように学外で一緒に遊ぶことも多かっただろう。実際、地図上の丸が十を超えても、思い出そうとする時間は増えたが、静花の手が完全に止まる素振りを見せることはない。よほど、一緒に遊びに行った経験があるのだなと、そのような感想を抱く。

 

「……ふむ、万里谷――嬢、少々よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか?」

「時間短縮も兼ねて、椿さんに関する話を先に伺ってもよろしいでしょうか? クロストークになるのもあれですし、申し訳ありませんが外で立ち話という形をとりたいのですが」

「……分かりました。お付き合いいたします」

「助かります」

 

 秋雅の提案に、祐理はさして間を置くことなく了承する。話をスムーズに、というのもそうだが、この状況でのこの提案は、静花抜きで話をしたいという誘いだと受け取れたからだ。どちらにせよ、今回の情報提供において祐理は静花ほど役に立たないだろうから、今のうちに話を通しておくのは悪くない提案であった。

 

「では静花さん、私達は一旦離れますが、そのままでお願いします」

「あ、はい。分かりました」

「紅葉、後は君に」

「ええ、分かっています」

 

 そう言い残し、秋雅は部屋の外に出る。祐理も、一度残る二人に軽く頭を下げた後、秋雅に続いて部屋を退出する。

 

 

 

 

 

 

 

 応接室は職員室よりの、一般の教室からは少し離れた場所に作られていた。その所為か、出てすぐの廊下には人気はない。精々が窓の外に下校中の生徒達の姿が見受けられるくらいだ。

 

「……さて、改めて久しぶりだな、万里谷祐理」

 

 部屋を出て早々、秋雅は祐理に振り返って言う。その雰囲気は既に、先ほどまでの柔和なものではなく、いつぞやに感じた圧力すら感じられる王の態度だ。

 

「お久しぶりにございます、稲穂様。先ほどは失礼致しました」

「いや、既に言ったが、今回は私に非がある。君が頭を下げるようなことはない」

 

 想像以上。そんなことを以前、エリカが言っていたなと、祐理はふと思い出した。確かに、これは想像以上と言っていいかもしれない。だからこそ、この王は『例外』と評されるのだなと、そんな納得すら覚えてしまう。

 

「それにしても、一応推測していたとはいえ、本当に君と草薙静花嬢が出てくるとは思っていなかった。もし運命というものがあるとするならば、そいつは私達を戦いに誘いたいのだろうな、まったく」

「戦い……稲穂様は、護堂さんと戦うためにこちらにいらっしゃったのですか?」

 

 思わず身を硬くして、祐理はそう問いかけるが、秋雅は小さく首を横に振る。

 

「少なくとも、こちらから積極的に戦うつもりはない。こちらのスタンスを理解してもらう為にまず言っておくが、今回私が来たのは本当に草壁椿の身柄を確保する為だ。可能であれば無傷で、な」

「はい、それは……そうであろうと思っていました」

 

 その点に関しては、祐理も疑っていない。少なくとも一緒にいた椿のお姉さんの態度は本物であったし、秋雅自身からも特に嘘をついているような気配は感じられない。無論、祐理が嘘を見抜けていないという可能性もあるが、祐理の直感は彼を信じてもいいと言っている。

 

 問題なのは、その()の事情だ。行方不明の少女を探すという名目だけで動くほど、『稲穂秋雅』という存在は軽くない。下手をすれば草薙護堂――もう一人のカンピオーネを刺激することになりかねないということを、彼は祐理以上によく理解しているはずなのだから。

 

「おおよそ勘付いていると思うが、私もただ従者の妹だからと草壁椿を探しているわけではない。私が直々に、しかもこの東京において活動する以上、それ相応の理由は無論ある」

「……その理由を、お伺いすることは可能でしょうか?」

「残念だが」

 

 祐理の訴えに対し、秋雅はゆっくりと首を横に振る。

 

「今回、君とわざわざ話しているのは、あくまで君たち――草薙護堂に警告をするためだ。私達の邪魔をするな、というね」

「邪魔……ですか」

「ああ。情報をあえて与えないのも、彼に邪魔をさせないためだ。私の目的も知らぬ状況では妨害の為に動くことも出来ぬだろうし、そもそもそういう行動自体を取れない」

 

 確かに、それも一理ある話だ。現状で仮に、秋雅の邪魔をするとして、護堂達はまず彼の目的を探る為に、情報収集を行う必要がある。首尾よく情報が集まり、彼の行動理由が判明したとしても、今度はそれを妨害する為の手段を考えなければならない。あちらの目的を知っているところからスタートするのと比べて一手は確実に遅れるし、その間に秋雅が目的を遂げてしまう可能性は十分にある。

 

 そもそも、彼の目的を知らない状況では、情報収集そのものに積極性が生まれないかもしれない。世間一般の評価において、稲穂秋雅という王は民草に対し優しい王であるとされている。少なくとも、これから彼が行うとしていることを、周囲に多大な被害をもたらすことであると思う者は現れにくいだろう。その逆であればともかく、だが。祐理自身、目の前の王がとても、暴虐の限りを尽くすような人ではないと判断している。

 

 だから、よほどの確信がない限りは、あくまで現状維持を取ろうという選択も、ないわけではない。第一、秋雅の目的というものが、護堂のスタンスと反するものであるという確証すら、現時点ではないのだ。妨害する、しないという考え自体、ナンセンスなものである可能性すらある。椿を無傷で、という彼の言葉を信じるのであれば、この一件を放置しても全く問題がないのだから。

 

「だが、知ってしまった場合に備え、私は君を介して草薙護堂に警告をする。もし、私の邪魔をするのであれば、私は彼と一戦交えるつもりすらある、とね。無論、あちらに戦う気がないのであれば、意味のない話だがね」

「……それは」

 

 カンピオーネ同士の激突。それがもたらすものは、祐理も良く知っている。護堂とヴォバン侯爵の戦いの記憶は、未だに彼女の中に強く残っていた。もし秋雅と護堂が戦うことになった場合、その時と同じ、あるいはそれ以上の被害がもたらされる可能性は高い。それに、もし戦いともなれば今度こそ本当に護堂が死んでしまうかもしれない。確かに護堂はヴォバン侯爵、サルバトーレ・ドニらカンピオーネ、そしてまつろわぬ神々と戦い、少なくとも生存してきたが、今度もまたそうであるとは限らない。先達たる王達を護堂が奇跡的に退けたのと同様に、歴戦の王である秋雅が護堂を討つ可能性は十分にあるのだから。

 

「……稲穂様の目的というのは、護堂さんに戦いを決心させるようなものなのですか?」

「さあな。だが、どのようなことであれ、カンピオーネ相手に絶対ということはない。何ということはないはずのことであっても、それが戦いにつながらないということは言い切ることは出来ん」

 

 つまり、あくまで戦うかは護堂次第であり、そしてその判断をさせないためにも情報を渡さない。それが、秋雅のスタンスであるらしい。ヴォバン侯爵のような、まるで隠そうという気もない豪胆な行動と比べて、極めて慎重で、そして合理的な行動だ。一見すれば臆病とも見えるが、立つステージがどのように変わろうとも行動を一貫させるのと、そもそも自分以外をステージに立たせないのでは、前提から全く違う戦法だと言える。どちらが厄介とは一概には言えないが、少なくとも祐理から見て、どちらが護堂と相性が悪いかといえば、圧倒的に後者の戦法であると断言できる。

 

「……畏まりました。稲穂様からのお言葉、確かに護堂さんにお伝えいたします」

 

 だから、祐理はそれ以上を問わず、秋雅の言葉を受け入れることにした。これ以上、自分に何か出来ることはない。現状である情報のみを持ち帰り、判断はエリカたちのようなこういったことに向いている人間に任せる。それが最善であるだろうと、そう彼女は判断した。

 

「うむ、間違いなく伝えてほしい」

 

 おそらく、彼女の考えなど秋雅にとってはお見通しなのだろう。だが、そうしたところで致命的なことは起きない。そう確信しているからこそ、祐理の返答に対し、秋雅は悠然と頷いて見せられるのだろう。

 

 稲穂秋雅にとって、祐理など所詮路傍の石に過ぎないはず。その程度の小石がどれほどに頑張ろうとも、稲穂秋雅を傷つけることなど出来はしないだろう。だが、その小石がたとえ、草薙護堂という大きな落石を引き起こそうとも、それを真っ向から粉砕できるだけの自信が彼にはある。そんな事実(・・)を、祐理は容易に察することが出来た。

 

「……よし、では後は室内でも言った通り、草壁椿に関する情報を可能な限り教えてもらおう。君たちがどう動くにせよ、彼女が見つからないことには何ともならん」

「椿さんを見つけるためであれば、私も協力を惜しむつもりはありません。ですが、私はあまり、彼女とは交流がなくて」

「それも予想はついている。紅葉も言っていたが、今は僅かでも情報が欲しい所だ。一見役に立たないような情報でも構わな――」

 

 そこまで言いかけ、ふと秋雅は視線を横に向ける。何事か、祐理がそのやや鋭さの含まれたその視線の先に目を向けると、そこに見えたのは、

 

「――何で、アンタがここに居るんだ?」

 

 何故かその両手にノートの山を持った、草薙護堂とリリアナ・クラニチャールの姿であった。

 




 話が進んでいませんが、間が空きすぎたので一旦ここまでで投稿します。静花視点で書いていたのを消して書き直していたら、思った以上に時間がかかってしまいました。


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