トリックスターの友たる雷   作:kokohm

58 / 77




戦いは加速する

 護堂の眼前に、無慈悲な鉄槌が迫ってくる。その絶体絶命のピンチは、しかし同時にチャンスにもなった。

 

「――ウオオオオオオッ!!」

 

 身体の底から搾り出すように叫びながら、護堂はその右手を地面に叩きつける。そのちっぽけな拳が地を割り、大地を揺らす。それだけに留まらず、激震を与えたその力の反動で護堂の身体は地面を反発するように跳ね上がり、左半身を軸とするように一回転する。そのまま流れるように立ち上がり、そしてすぐさまに振り向けば、眉をひそめながら立つ秋雅の姿が見えた。

 

「なるほど、私の『雷鎚』は君の『雄牛』の化身を発動させるに足るのだな」

 

 不本意、と言いたげな口調で秋雅がつぶやく。彼が振るう、護堂の『猪』すら殴り飛ばせる『雷鎚』には、『雄牛』を発動させるに十分な力が込められていた。おそらく、サルバトーレ・ドニが権能で生み出した大剣を同じ理屈だろう。大剣はかなりの重量物であったが、ドニはまるで体の延長線上のように自在に扱う事が出来た。秋雅と『雷鎚』もまた、同じ関係なのだろう。おかげで、護堂は命の危機を回避するために『雄牛』の力を使い、窮地を脱する事が出来たのである。

 

 いや、窮地を脱しただけではない。『雄牛』の発動は、そのまま護堂に新たな攻撃のチャンスももたらしてくれた。

 

「今度はこっちの番だ!」

 

 『猪』が暴れた影響で、周辺にはコンクリートやらの破片や何やらが幾つも転がっている。そのうちの一つを護堂は拾い上げた。陸上競技の砲丸などよりもよほど大きく、そして重いが、『雄牛』の膂力と護堂の野球選手としての経験があれば十分な武器だ。そのまま振りかぶり、さながら野球のボールを投げるかのように、秋雅に向かって全力で投げ飛ばす。

 

「確かに速いが、この程度ならば」

 

 しかしその剛速()を、秋雅はひょいと避けてしまう。転移すらせずに、ただ数歩身体をずらしただけで、である。

 

「だったら、これはどうだ!」

 

 それを見た護堂は、今度は小さめの瓦礫を複数拾い、フォームに拘らず連続で投げる。重量と体積は落ちたが、むしろ速度は上がっている。これならば、と護堂は投げながら見るが、秋雅はやはり軽やかにそれを避けてしまう。どうやら瓦礫そのものを見ているのではなく、それを投げる護堂の動きを観察し、その射線上から逃れるように避けているらしい。

 

「こりゃ、野球ボールの方が当たりそうだな……」

 

 元々投げるためのものでもない以上、どうやったところで瓦礫を真っ直ぐ以外に投げるのは難しい。投擲の時点で方向が読まれてしまう以上、これはどうやっても当たりはしないだろう。

 

 どうするか、と周囲に視線をやると、ちょうどいいところに電柱が立っているのを発見する。これならば重さも長さも十分だろう。普段であれば絶対に武器などにしないが、ここはそういうことを気にしなくてもいい空間だ。

 

「――うおおおっ!!」

 

 電柱に手を突っ込み、中の鉄筋を掴みながら腕を思い切り手前へ引く。少々の抵抗の後、電柱は見事根元からへし折れ、護堂の腕に収められる。上空の電線も『雄牛』の膂力で引っ張ればすぐに切れ、ついに護堂は数メートルにもなるコンクリートと鉄筋で出来た『棍棒』を手にすることに成功する。

 

「だらあああっ!!」

 

 前方に走り出しながら、護堂は手にした『棍棒』を強引に振り回す。当たれば怪我では済まぬような豪快なスイングに対し、

 

「リーチは良いが、遅い」

 

 秋雅はそんな事を言いながら、その攻撃が迫る直前でまたパチンと指を鳴らす。その次の瞬間に秋雅の姿はその場から消え去り、『棍棒』は目標を失い空振ってしまう。

 

「ッ!」

 

 空振った瞬間、護堂の背筋に悪寒が走った。そのまま直感に従い、護堂は瞬時に全力で跳び退る。

 

「――っと、流石に」

 

 一瞬前まで護堂が居たその場所に、秋雅の姿が突然に現れる。その手には雷鎚を構えており、もし護堂が何も反応しなければ、そのまま振り下ろされていただろうことは想像に難くない。

 

「いかに威力があろうとも、当たらなければ意味がない。これは今の私達の、そのどちらにも言える理屈だが……」

 

 そこまで言って、秋雅は意味ありげに護堂を見やる。何を言いたいのかは護堂にもすぐに分かった。たとえ結果が同じでも、果たしてどちらの分が悪いのかと言いたいのだろう。悔しいことに、現状で分が悪いのは間違いなく護堂の方だ。

 

「さて、草薙護堂」

 

 パチン、とまたもや指を鳴らす音が辺りに響く。咄嗟に護堂は後方に跳び退るが、その着地した護堂の目の前に秋雅の姿が現れる。

 

「なっ!?」

「素直だな、君は!」

 

 護堂の回避を読んだ秋雅は、手にした雷鎚を振り下ろす。避けられない、と悟った護堂は振り下ろされる雷槌に向かって右腕を突き出し、それを受け止める。

 

「ぐっ……!」

 

 鈍く肉を打つ音が響く。見事、護堂は『雄牛』の力の元に雷鎚をその掌で受け止めていた。だが、無傷ではない。体勢が悪かったのか、護堂の力の使い方が未熟だったのか。『雄牛』の力を持ってしてなお雷鎚の破壊力を完全に受けることは出来ず、その痛みは腕を伝って護堂の全身を苛める。

 

「だが甘い!」

「がはっ!!」

 

 雷鎚を受け止めた所で、秋雅にはまだ自前の脚がある。護堂の防御に対し、秋雅はすぐさまにその膝を護堂に叩き込んだ。なまじ雷鎚を真っ向から受け止めてしまったために、その攻撃は護堂の腹に深々と突き刺さる。

 

「シッ――!」

 

 さらに、秋雅の攻撃は止まらない。護堂に掴まれた雷鎚を手放しながら一歩下がり、今度は護堂の顎に向かって脚を振り上げる。宣言通り、護堂の頭を揺らして行動不能にしようというのだろう。

 

「こ、のっ!」

 

 手の中に残る、異様なほどに重い雷鎚をその場に捨てながら護堂は身体を右に捻る。結果、掠めはしたもの護堂はぎりぎりその蹴りを避けることに成功した。

 

 そのまま、護堂は身体を捻った際に下がった右足を前に出し、右の拳を秋雅に向かって打ち放つ。完全に素人の拳だが、『雄牛』の力の篭ったそれは当たれば簡単に致命傷となりうるだろう。

 

「ふん……!」

 

 だが、それもあくまで、当たればの話。明らかに武術を学んでいるであろう秋雅には、その拳は児戯にも等しかったのだろう。密着しそうなほど近距離で放たれたにもかかわらず、秋雅は少し身体を動かすだけで護堂の拳を避けてしまう。そしてそのまま、今度は掌底を叩き込もうとしてくる。

 

 この距離は不利であると、護堂は今までの攻防からそれを察していた。故に、秋雅の掌底からの回避も兼ねて、護堂はまたもや後方へと跳ぼうとしたのだが、

 

「――ッ!?」

 

 これまででも特大の悪寒が、護堂の背筋を走った。このままではまずい。根拠もなにもない直感に従い、護堂は咄嗟に飛ぶ方向を後ろではなく右に、半ば転がるようにしてその場から回避する。

 

 次の瞬間、秋雅の掌から閃光と轟音が放たれた。ただの掌底と見せかけ、秋雅が雷を放ったのだ。もし護堂がそのまま後方に跳んでいたならば、今の雷によって深手を負っていたに違いない。

 

「くそ、マジで容赦なしだな!」

「言っている暇があるのか!」

 

 パチンと、何度目かの音が響く。条件反射的に護堂がその場から跳べば、秋雅がその近くに転移する。それを受け、護堂は更に跳ぶ。今度は『雄牛』の力も使い、今まで以上の勢いで跳躍する。それにより転移してきた秋雅に対し大きく距離を取る事が出来たが、そうするとまた、秋雅はパチンと指を鳴らして護堂の近くに転移をしてくる。

 

 こうなればいたちごっこだ。護堂が跳び、パチンと音がして、秋雅が転移する。それを幾度か、ほぼ止まることなく二人は続ける。先ほどのように護堂が跳躍先で捕らえられなかったのは、大地から引き出す『雄牛』の力を上げ下げすることで飛距離を変化させていたからだ。おかげで秋雅も先読みが出来ないようなのだが、しかしそれがどうしたと言わんばかりに、諦める素振りもなく指を鳴らしながら転移を繰り返してくる。

 

「いい加減、このままじゃキツイな……」

 

 そんなことも何度も繰り返すと、流石に護堂の忍耐力にも限界が生じてくる。このまま何処までも飛び跳ねていられるかと、いい加減嫌気が差してきたのだ。とはいえ、感情面を除いても、そろそろ何かをしないといけない頃合だ。『雄牛』の化身もいつまでも使えるわけではないのだ。そろそろ決めにかからないと戦う力を失うことになる。

 

 何か無いか、と護堂が辺りを見ると、先ほど捨てた『棍棒』が視界に入って来た。あれをまた使うかと、今度はそちらに向かって跳躍する。着地して拾い上げ、おそらく転移してくるであろう秋雅に対してカウンターを叩き込むしかないと、そのような策を護堂は立てる。

 

「駆け引きがなっていないな、草薙護堂!」

 

 だが、その動きは秋雅の前には些か素直すぎたようであった。護堂が着地したと同時、秋雅は護堂に向かって、手にしていた雷鎚を投げた。『雄牛』をもってなお異常とすら思う重量であるとは思えぬほど、雷鎚は風切音を立てながら凄まじい速度で護堂に迫る。

 

「くそっ!」

 

 唸りを上げながら飛んで来る雷鎚を、護堂は咄嗟に姿勢を低くして躱す。跳躍ではないのは、武器を拾い上げようとしゃがみかけていたからだ。地面に近くなった護堂の頭の上を、音を立てながら雷鎚が飛んでいく。

 

 無事、致死の一撃を回避できた。そのことに僅かに安堵しつつ、改めてと護堂は武器を拾い上げようとしたのだが、

 

「なっ――!?」

 

 目の前の光景に、思わず護堂はギョッとした。今しがた頭の上を過ぎ去ったはずの雷鎚が、またもや自分に対し向かってきていたからだ。どういうことか、と考える暇すらない。避けなければ、と護堂はまたもや武器を拾うのを止め、低い姿勢から跳躍しようとした。

 

 

 

 だが、一歩遅かった。

 

「――がっ!?」

 

 跳躍の前準備として、立ち上がりかけていた護堂の背に重い衝撃が走った。背骨に対し直角に放たれたそれは、護堂の動きを一瞬硬直させる。その一瞬が、どうしようもなく致命的であった。

 

「ご、は……っ!?」

 

 護堂の胸、右の鎖骨の下辺りに雷鎚が突き刺さる。その重量と勢いが肋骨を割り、その折れた骨と共に肺をひどく傷つける。

 

「う、うおおおおおっ!!!」

 

 致命傷を自覚したと同時、護堂は『駱駝』の化身を使用する。傷ついた肺を無理矢理動かすように大声を出しながら、背後にある気配に向かって回し蹴りを放つ。護堂にしてみれば間髪をいれずに放ったつもりの蹴りであったが、背の気配――秋雅にとっては予想通りだったのが、軽やかに跳躍することで回避してしまう。

 

「『駱駝』の化身を使ったか。なるほど、聞き及んでいた通りの鋭さのようだな」

 

 数メートルほど離れた所から、秋雅は感心したように言う。余裕綽々なその態度を見るに、やはり護堂が『駱駝』の化身を使うことも想定していたのだろう。

 

 それにしても、一体何が起こったのだろうか。鈍化した痛みを感じつつ、護堂がまず思い浮かべた疑問だ。避けたはずの雷槌は前に戻り、前にいたはずの秋雅はいつの間にか後方から奇襲をかけてきた。

 

 果たして、秋雅はどのような手を使ったのか。そんな護堂の疑問を解決したのは、二人の戦いを見守っていたエリカであった。

 

「気をつけて、護堂! 稲穂様の転移は自身だけじゃない! 自分と、それ以外の何かの場所を入れ替える事が出来るのよ!!」

「――そういうことか!」

 

 戦いの外から発されたエリカの警告の声に、護堂は何が起こったのかを理解する。おそらく秋雅は雷鎚が避けられたのを見て、雷鎚と自身の居場所を入れ替えたのだろう。その結果、入れ替わるように前方に現れた雷鎚は、再び護堂に向かって飛来し、後方に現れた秋雅は雷鎚を確実に当てるために護堂を強襲したに違いない。

 

 だが、それにそれにしても、もう一つ疑問もある。それは――と考えたところで、護堂はその答えに気付き、大きく顔を顰める。

 

「……こっすい手を使うんだな、アンタは」

「無様に引っかかった者が言っても、負け犬の遠吠えとしかとられんぞ」

 

 嘲るように言って、秋雅は指をパチンと鳴らす。しかし、それで秋雅の姿が消えることはない。そのことに、やはりと護堂は確信する。

 

「アンタの瞬間移動、本当は指を鳴らす必要なんてないんだな。でもわざとそれをやって、俺に必要なものだと誤解させた」

 

 だから、護堂は先ほどの攻防で秋雅の転移に気付けなかった。知らず知らずのうち、指を鳴らさなければ転移出来ないと思わせていたからだ。偽りの合図を信じた結果、肝心なところで護堂は致命傷を受けてしまったということになる。

 

「必要とあれば小技も使うのが私の戦いだ。そもそも、引っかかる方が愚かな手だろう。思い出してみるといい。初めて会った時に、私はそんなことは一切行っていない」

 

 確かに、護堂が秋雅と初めて会った時、秋雅は魔導書と入れ替わりで掻き消えたが、その際に予備動作の類はとっていなかった。護堂が誤解に気付いたのも、エリカの警告からそのシーンを思い出したからだ。もっとも、こうも見事に嵌ってしまった後では、一歩遅かったと言わざるを得ないが。

 

 

「――だああっ!」

 

 これ以上後手に回ってはいけない。そう判断し、護堂は秋雅に向かって一直線に駆け出した。深手は負っているが、『駱駝』のおかげで傷の痛みは鈍化している。どうにか耐えられると、護堂は身体に鞭を打って走り、そして秋雅に向かって蹴りを放つ。

 

「真っ直ぐだと言っただろう!」

 

 しかし、その攻撃を、秋雅は余裕をもって回避する。如何に鋭い『駱駝』の蹴りであろうとも、その蹴りが届く前から避けられては当てようが無い。

 

「この!」

 

 さらに走り、再び蹴りを放つ護堂であるが、やはり距離を詰め切る前に回避されてしまい、ただただ虚しく空を蹴るばかりだ。

 

「『駱駝』の化身を知る私が、わざわざ格闘戦を挑むと思うのかね?」

「クソッ……」

 

 秋雅の嘲るような物言いに、護堂は大きく顔を顰める。どうやら護堂が『駱駝』を使っている間、秋雅は積極的に距離を詰める気は無いらしい。一定の距離を取り続け、護堂が『駱駝』の使用を止めた瞬間に決着をつける気なのだろう。いやらしいというか、どこまでも油断をしない。勝つための戦い方と言うよりは、負けないための戦い方と評するべきだろう。しかも、彼の目的を考えれば、それが最終的な勝利に繋がるのだから更にえげつない。

 

 

「……ふむ、やはりそうするつもりか」

 

 数分ほど、そうこうと攻撃を繰り返していると、ふと秋雅の視線が横にずれた。何だ、と護堂もそちらに目を向ける――勿論、秋雅から完全に意識を逸らしたりはしない――と、そこにはこちらを見守っているエリカたちの姿がある。いや、もしかしたら護堂の援護をするつもりであるのか、エリカとリリアナに関しては今すぐにでもこちらに駆け出しそうな雰囲気がある。

 

 そんな皆に、一体何があるというのか。警戒と困惑を深める護堂の前で、秋雅はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は十数分ほど遡る。ちょうどエリカが、護堂に対し警告を発した辺りの事だ。

 

「やっぱり、良くないわね」

 

 対峙する護堂と秋雅を見ながら、エリカは眉をひそめつつ呟く。それは先の秋雅の奇襲と、それに対する護堂の反撃に対する感想であった。弄ばれている、とまではいかないにしても、完全に戦場の流れを秋雅に掴まれてしまっている。このままでは、護堂は自身のペースに乗る事が出来ず、敗北を喫してしまう可能性が高い。戦場を客観的に見ているからこそ分かる、エリカにとってもあまり出したくない結論だ。

 

「ああ、完全に稲穂秋雅の術中に嵌ってしまっている。多少強引にでも抜け出さないと、草薙護堂の身が危うい。やはり、あの転移の権能が厄介だな」

「そうね」

 

 リリアナの見解に、エリカは小さく頷く。稲穂秋雅の持つ、物体の位置を入れ替える転移の権能。これがある限り、ほぼほぼ護堂の攻撃は当たらないだろうし、逆に秋雅は如何様にも奇襲をかけ放題となってしまう。今も護堂は『駱駝』の化身を使っているが、それでどれ程達人並みの格闘能力を誇ろうとも、距離を詰める前に転移されたらどうしようもない。今までの戦闘の流れから、おそらく秋雅は護堂が『駱駝』の化身を使っている間は積極的攻勢には出ず、専守防衛を行いそうだという推測が出来るのもまた面倒な所だ。結局、護堂と秋雅では火力や手数以上に、ただただ機動力の一点において差がありすぎる。

 

「やっぱり言霊の剣……『戦士』の権能を使うしかないわ。あれならば、転移の隙を突いて稲穂様の足を奪えるかもしれない」

「だが、そのためには切る対象の、権能の元となった神の知識が必要だ。あの転移の術がどのような神から簒奪したものなのか、貴女には分かるのか?」

「いいえ。少なくとも、賢人議会が公表しているものではないと思うけれど……」

 

 カンピオーネの脅威とその権能の情報を発信する結社が、イギリスに本拠を置く賢人議会である。近年に限るとはいえその情報収集能力はかなりものであり、新世代の神殺しの情報に関してはその大部分を把握しているらしい。

 

 そんな彼らだが、稲穂秋雅に関して公表している情報は極僅かだ。権能に関して言えば、雷と鉄槌を操る『万砕の雷鎚』と、自身と対象を異なる空間に引きずり込む『冥府への扉』の二つだけ。確かに『冥府への扉』の関係で戦闘の情報が集め難いとはいえ、明らかに情報が少なすぎる。しかもこの二つに関して、その権能の元となったであろうまつろわぬ神が容易く予想がつくにもかかわらず、その名をまったく載せていない。その行動から、稲穂秋雅への調査に対して本腰を入れていない、あるいは結果をわざと秘匿していると他の魔術師達が考えるのも無理からぬ話だろう。故に、本来カンピオーネと敵対している立場の賢人議会が、稲穂秋雅とは友好関係にあるという噂すらあった。

 

「『万砕の雷鎚』は彼の持つ雷鎚と雷を操る権能で、『冥府への扉』は言うまでもない。やはりどちらもあの転移と関係があるとは思えない。そもそもそれらの元となったであろう北欧神話のトールや、ギリシャ神話のハーデスにそういった伝承はないわ」

「ああ、転移という所を見るに、旅神などの類だと思うが……」

「…………いいえ、違います」

 

 静かな声が響く。二人が振り向くと、そこには虚空を見つめる祐理の姿があった。霊視による一種のトランス状態。目の前の光景と二人の会話から、彼女にかの権能に関する啓示が降りたのだ。

 

「旅をするが、しかしそれが主ではない……神々を騙し、神々を救う者……時に立ち位置を変え、決して一所に留まらない……厄と益の、そのどちらも呼び込む……善悪ではなく、己の心のままに動く、最後には災厄をもたらした悪戯なる神……その神とは――」

 

 ハッと、祐理の目が正気に戻る。

 

「分かりました! 稲穂様が討ちし神の名が! あの方が討たれたのは北欧の、神々と反する血を引きながらも主神の義兄弟となり、雷の戦神の友でもあった、悪戯なる神です!」

「それは――北欧神話におけるトリックスター、ロキか!」

 

 リリアナが出した名に、祐理が強く頷く。それを聞いて、成る程と口を開いたのは甘粕であった。

 

「ロキという神は気まぐれで、善の立場にも悪の立場にも気軽に変わる神です。雷神であるトールと旅をしている間でも、彼はトールを危機に貶めたり、逆に窮地を救ったりとその二面性を発揮しています。まさしく、北欧神話最大のトリックスターと言える存在でしょう。そういった、同じ場所に留まらないという性質があの権能なのかもしれませんね。あるいは、神話の中でロキが様々な手段で宝物の類を手にいれ、それを他の神々に渡しています。さっきの入れ替えなんかはそういう、価値あるものを手に入れる、他と入れ替えるという部分かも知れませんね」

「なるほど、納得の出来る解釈ね」

 

 甘粕の解説に頷きつつ、エリカはその細い顎に手をあて、しばし考え込む。その後、リリアナに向き直り、難しい表情を浮かべながら口を開く。

 

「……リリィ、分の悪い賭けに乗る気はある?」

「何だ?」

「私達二人で稲穂様に仕掛ける。稲穂様が乗ってきたらどちらかが時間稼ぎをし、残った方が護堂にロキの知識を『教授』する。可能であればトールの知識も教えたいところだけれど、そこまでは多分厳しいでしょうね」

「それは……確かに分が悪いな」

 

 エリカの提案に、リリアナは眉をひそめる。もう護堂の勝利を信じて見守っている、という状況ではないことは理解しつつ、しかし明らかに危険な策にリリアナが難色を示すのは当然の話だ。武器の無い二人がカンピオーネに戦いを挑むなど、分が悪いなどというものでもない。例え武器があったところで無謀の極みだというのに、だ。

 

「そもそも、稲穂秋雅が乗ってきてくれるのか?」

「難しいとは思う。でも、仮に私達が戦闘を仕掛けたとして、稲穂様が私達を殺さないとも思うのよ」

「何故だ?」

「いくらなんでも、稲穂様の動きが悠長すぎる。手を抜いている、と言ってもいいわ。『猪』を撃退して以来、頭上の雷雲を動かさないのがその証拠よ」

 

 確信をもって、エリカは自身の見解を告げる。今回の秋雅の動きは些かおかしい。まるで、わざと護堂を嬲っている様でもある。

 

「たぶん、稲穂様には誰も殺す気はないと思う。草壁椿を除いてね。もし私達を殺してもいいと思っているなら、わざわざ護堂と戦うような真似をする必要が無い。私達を巻き込まないように戦う時点で変なのよ」

 

 そもそもがおかしいのだ、とエリカは心の中でさらに付け加える。今、草壁椿の身柄は、秋雅の部下達が預かっている。殺すならさっさと殺せる状況なのに、何故か秋雅はそれを指示してこない。決闘の褒賞とするにしても、今までの秋雅の言動を考えれば、騙し討ちで椿を殺す事を躊躇うような性格とは思えない。必要とあれば何処までも卑怯に、冷徹になれるであろう秋雅がそれをしないのは、他に何か理由があるのではないか。そういう疑惑が、エリカの中にはある。その何かにはまるで見当がついていないが……今はまだ、そこまで考えなくてもいいだろう。

 

「何かの思惑があるから、仮に私達が戦いを挑んでも殺さないだろう、ということか。根拠は薄いが、しかしそうしなければ勝ち目がなさそうなのもまた事実か」

 

 仕方がないな、とリリアナはエリカに対し同意の意味をこめた頷きを返す。それを受け取って、エリカは次の祐理と甘粕のほうに目を向ける。

 

「祐理はここで待機をしていて。最悪、護堂にこっちに来てもらって、貴女に『教授』をさせることになるかも知れないから、そのつもりで」

「わ、分かりました」

「甘粕さんは祐理の護衛をお願いするわ。たぶん大丈夫だと思うけれど」

「まあ、微力を尽くします。たいしたことも出来ないでしょうが」

 

 祐理は躊躇いがちに、甘粕はいつもの調子でそれぞれに頷く。色々と不安の多い策ではあるが、考えてれみればこれまで、護堂と付き合って分の良い戦いをしたこともない。上手くやるしかない、とエリカは改めて心の中で決意を固める。

 

「エリカ、稲穂様との戦闘は私が引き受けよう。僅かとはいえ交友のある私のほうが、貴女よりは殺され難いだろう」

「分かったわ。基本的にそれで、場合によっては――」

 

 と、最後の打ち合わせを行おうとした、その時であった。

 

「――勇猛だな、エリカ・ブランデッリ! そしてリリアナ・クラニチャール!」

『ッ!?』

 

 突如、エリカたちに対し鋭い声が突き刺さる。ハッと見れば、護堂と交戦中である秋雅が、エリカたちに対し剣呑な視線を向けている。

 

「やはり、君達はそういう選択肢をとったようだな。だが、今君達に邪魔をさせるわけにはいかない。ヴェルナ! スクラ!」

「はいはーい」

「ええ」

 

 秋雅の呼びかけに、遠くからこちらを見ていた双子の少女たちが応える。長い髪を一つに纏めた少女は楽しげに、逆に襟元で短く揃えた少女は無表情に、それぞれエリカたちと秋雅達の間にゆっくりと移動する。

 

「それで秋雅、ご用命は?」

「知れたこと。我らの戦いに割って入れぬよう、エリカ・ブランデッリとリリアナ・クラニチャールを無力化せよ!」

「――しまった!」

 

 秋雅の命令に、エリカは己の失策を悟る。護堂を助ける為にエリカたちが動いたように、秋雅の命令で彼女らが動く可能性も考えるべきであったのだ。

 

「アンタ、何を!?」

「君のためでもあるのだよ、草薙護堂。それとも、私に彼女らを殺されたいのかね?」

「ッ……!」

「精々君の騎士達を信じるがいい、それもまた王の生き方だ」

 

 護堂をやり込めて、秋雅は少女達を見る。

 

「ヴェルナ、スクラ、追加命令は三つ出す。重傷を負わせるな。重傷を負うな。必ず勝利せよ。いいな?」

 

 秋雅の確認に、二人の少女は小さく笑う。美しいが、しかしどこか獣の獰猛さも感じさせる笑みだ。その笑みに、エリカとリリアナは一気に警戒のレベルを引き上げ、構える。

 

「ヴェルナ・ノルニルとスクラ・ノルニルは、その命令を承諾するよ!」

「私達の主の命よ。付き合ってもらうわ、二人の大騎士たち!」

「っ――こうなった以上、仕方ない! 迎撃するわよ、リリィ!」

「ああ! 彼女らを倒し、草薙護堂を援護する!」

 

 そして、まるでタイミングを合わせたかのように、四人の少女達は駆け出すのであった。

 




 考え、結局ヴェルナ達とエリカたちの戦いも書くことにしました。予定通りなら次話で決着、延びてもその次の話の冒頭で戦闘は終わるはずです。ちなみにエリカが秋雅の戦闘の奇妙さに言及していましたが、彼が舐めプとはいかないにしても余力を残した戦いをしている理由は、三分の一が情報を与えない為で、三分の一が呪力が回復しきっていないための省エネ、そして残った三分の一にまた別の思惑がある、といった感じ。たぶんこれは決着が付いた後に明らかになると思います。


 ここからは章全体の後書き。というか前章なども含んでのネタばらしですが、実は当初、義経は二章あたりで登場し、全体的な内容の圧縮の後に、三章で護堂の戦闘を書くつもりでした。というか、トラウィスカルパンテクートリとの戦闘自体、当初は予定していなかったものです。何故こうなったかと言うと、一章で道真、二章で義経で義経とまつろわぬ神を出した場合、歴史上の人物を元にした神が続いてしまうことになります。こうなると若干くどいし、そういう神を出す事を主にした作品なのかなと勘違いされる可能性もあると考え、間を挟むことにしました。それで挟んだのがトラウィスカルパンテクートリです。元々雷に関係ない攻撃手段があったらいいな、それが破壊神ならなお良いなと思っており、結果としてトラウィスカルパンテクートリが採用されたわけです。

 当初は紅葉は先生で椿は秋雅の妹の友達という設定もあったので、そういう初期設定のまま書いていたらここでの話も色々変わっていたかと思います。初期案になかったという意味ではカンナカムイの宝剣もそうですね。そもそもあれを義経に持たせたのもアドリブですし、結果として秋雅の手に渡ったのもキャラが勝手に動いた結果です。私がプロットの類を全く書かない結果とも言えますかね。まあ、誇れることじゃないですが。

 とりあえずこんな所で、書き忘れた事がある気もしますが、思い出せないのでここまでとしておきます。次話ではこの護堂との戦いにおける裏話なんかを書くつもりです。忘れていなければ、ですが。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。