トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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閑話 王の会合・その四
剣の王と化身の王


『――やあ、護堂。元気にしていたかい?』

 

 草薙護堂にその電話がかかってきたのは、清秋院恵那との出会いから始まった一連の事件が一先ずの終わりを告げてから、数日ほど経ったことある夜のことであった。

 

「やっぱりアンタか、サルバトーレ・ドニ」

 

 そんな気はしていた、と護堂は電話口から聞こえてきた声にため息をついた。いつかにも見た、「通知不可能」の文字が再び携帯電話の着信画面に表示された時から、猛烈に嫌な予感がしていたのだ。それを承知で電話に出たとはいえ、実際に相手がそうであると分かると、脱力感を覚えずにはいられない。

 

「で? 今日は一体全体何の用なんだ?」

『せっかちだねえ、護堂は。会話のワンクッションを置こうって気はないのかい?』

「アンタ相手にはな」

『やれやれ』

 

 その言葉に、呆れているように首を振っているドニの姿を幻視してしまい、護堂の額に青筋が浮かぶ。電話を切りたい、という衝動を護堂がどうにか抑え込んでいると、

 

『まあ、別にたいした用事って訳じゃないんだけどね。君があの秋雅と戦ったって小耳に挟んだものだから、ちょっと話をしてみようかなってだけ』

「ぬぅ……」

 

 思わず、唸るような声が護堂の喉から漏れた。まだ記憶に新しい、稲穂秋雅との戦闘。草壁椿の手紙から判明したことから、自分達がまるで道化のようであったという事実。引きずっているわけではないが、しかしどうにも割り切っているわけでもない、苦々しさの残る記憶。それを、よりにもよってこの男に引きずり出された、ということに僅かばかりの不愉快を覚える。

 

『その反応、君が負けたってのは本当みたいだねえ。成る程、成る程』

「だったら何だよ」

『いや、羨ましいと思って』

「……は?」

 

 何を言っているのだ、と怪訝な声を上げた護堂の耳に、本当に羨ましそうなドニの声が届く。

 

『その反応から察するに、護堂は秋雅と本気で戦えたってことだろう? 僕は結局彼とはちゃんと戦えなかったから、そこが羨ましいんだよね』

「戦えなかった? 意外だな、アンタならどんな手段を使ってでも戦いそうだけど」

 

 自分の時のように、と護堂は言葉には出さず思う。しかし護堂がそう思ったことは伝わったのだろう。電話口から、何処と無く悔しそうにも聞こえる笑い声が漏れ聞こえる。

 

『いや、それはまったくその通りなんだけどね? ちょっと出し抜かれたというか、騙し討ちを喰らったというか』

「どういうことなんだ?」

『そうだね…………』

 

 と、ドニは僅かに懐かしそうな、あるいは苦々しそうな口調で語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした森の中に、ポツンと開けた場所があった。時にこの地の魔術師達が修練などで使うこの場所に、二人の男が立っている。一人は、つい先日に神殺しとして名を轟かせる事となった剣士、サルバトーレ・ドニ。もう一人は、ドニの旧友にして、今では彼のサポートなどを行っている大騎士、アンドレア・リベア。周囲に誰もいないこの場所で、二人がやっていたのは、一方的な言い争いであった。

 

「――まったく、貴様という男は何度も何度も!」

「そう怒らないでくれよ、アンドレア。というか、事ここに至ってそういう事を言うのはちょっと情けなくないかな?」

「誰の所為だと思っている!? 貴様がヴォバン侯爵のみならず、あの稲穂秋雅にまで喧嘩を売った所為で、俺がどれだけ奔走していると……!!」

「はっはっは、まあまあ」

 

 怒りの形相を浮かべるアンドレアに対し、ドニはいつものようにヘラヘラとした笑みを浮かべる。その態度に、アンドレアの額の青筋がさらに数を増す。

 

「落ち着こうよ、アンドレア。だいたい、喧嘩を売ったってのはひどくないかい? これでも一応、交渉の末に勝ち取った正当な決闘なんだけど。むしろ、ヴォバン侯爵を抑える代わりに後日戦ってもらう、っていう条件を取り付けた僕の手腕を褒めてくれないかい?」

「確かに貴様にしては頭の回った方法だったが、稲穂秋雅が魔女達を守っている間に、ドサクサ紛れでまつろわぬ神を討った貴様が言える台詞か!」

「いやあ、だって強そうだったし」

 

 アンドレアの怒声も何処吹く風か。まるで常の変わらぬドニの態度に、とうとうアンドレアは疲れたように頭を振る。

 

「……まったく、少しは稲穂秋雅を見習ったらどうだ。貴様より歳は下だというのに、まるで風格が違ったぞ」

「そういえば昨日会っていたんだっけ?」

「ああ、わざわざアポイントまで取られては会うしかなかったからな」

「用件はなんだったんだい?」

「これを作るためだ」

 

 そう言って、アンドレアは懐から封書を取り出した。特に何が書かれているわけでもないそれに、ドニは不思議そうに首を傾げる。

 

「手紙?」

「いや、手紙ではなく――」

「――待たせたな」

 

 突如として背後から聞こえた声に、バッとアンドレアは振り向く。声をかけられるまで気配を感じられなかったからだろう。一筋の冷や汗を流すアンドレアを横目に、ドニは振り向きもせず口を開く。

 

「いやあ、たぶん時間ピッタリなんじゃないかな。来てくれて嬉しいよ、秋雅」

 

 実の所、ドニとて彼の気配に気づいていたわけはない。秋雅が声をかける直前まで、確かに背後に誰もいないはずだと認識していた。そのことにまるで動揺していないのは、単に彼がそういう性格なだけだ。動揺するほどの危険は無い、と彼の勘がそう告げているというのもある。

 

 ともかく、このまま背中で話すのも面倒くさい。そう思い、ドニはゆっくりと振り向く。それにより視界に映るのは、まだ幼さも感じられる中性的な顔立ちをした東洋人の少年。身長の関係から僅かにこちらを見上げているのもあり、ともすれば微笑ましいとも思われる光景なのだろうが、しかして彼が静かに醸し出ている雰囲気は、地位ある人間のそれと全く劣るところがない。仮に今、この少年の前に跪いている人間がいたとしても、まるでそれを不自然であるとは思わないだろう。成る程、これがアンドレアの言う『風格』なのだなと、ドニは内心で納得する。

 

「一度取り決めた約束を破るほど、私は無法ではないつもりなのでね。故に、君との決闘を反故にするつもりはないが、少し条件をつけたい」

「条件?」

「そうだ。リベア卿、例のものを」

「……畏まりました、王よ」

 

 先ほどの動揺の残滓か、一瞬の間を置きつつアンドレアは手にしていた封書の口を切る。封書に押されていた厚い封蝋に反し、出てきたのはたった一枚の紙のみであった。

 

「何だい、それ?」

「些か略式ではあるが、私とリベア卿が作成した今回の決闘の取り決め書だ。その条件下で戦う事を、私は君に望む」

「また変なものを作るなあ。どれどれ……」

 

 と、ドニはアンドレアが示す取り決め書を覗き込む。しかし途中まで読んだところで面倒になったのか、彼はその視線をアンドレアへと向けなおす。その意味深な視線に、最初は鉄面皮を崩さなかったアンドレアだったが、途中でその忍耐も切れたのか、再び額に青筋を浮かべながら口を開く。

 

「……簡潔に纏めると、この決闘は制限時間を三十分とし、それを過ぎると無条件で貴様の勝利となる、ということだ」

「時間制限付き? 何故そんな風にするんだい?」

「それだけあれば十分だからだ」

「……それは、先達としての余裕かい?」

「不服でも、後輩?」

 

 ハッと、秋雅が不敵に笑う。ドニのそれとはまるで性質の違う、紛れもない嘲りの笑み。それを見て、ドニはふうんと鼻を鳴らす。

 

「――いいよ。その条件、飲もうじゃないか。三十分以内にけりをつけてあげるよ」

 

 そう言って、ドニは円筒形のケースから剣を取り出す。さしものドニも少しカチンと来たのか、その声には怒りの感情が混じっているようにも聞こえた。しかし、そんなドニの態度などまるで意に介していないように、秋雅は悠然とした態度で頷いてみせる。

 

「では、そのように。リベア卿、立会いを」

「畏まりました」

 

 恭しく頭を下げた後、アンドレアはその場から大きく飛び退いた。それをちらりと見た後、秋雅の姿がフッと掻き消える。次の瞬間、彼の姿はそこから数メートルほど後方に現れる。転移、おそらくは権能によるものだろうとドニは瞬時に理解する。

 

「この程度もあれば、間合いは十分だろう。では始めようか、サルバトーレ・ドニ。これより三十分の、我らの決闘を。先達の義務として、初手は君に譲ろう」

「じゃあ――遠慮なく!」

 

 言い切るや否や、ドニは地を強く蹴る。神速には及ばないとはいえ、常人としてみれば驚異的とも言える速度でドニは走りだす。いつもの、相手の懐にぬるりと入り込む独特の歩法ではないのは、先手を譲られたということに何処か怒りを覚えていたからか、あるいは単に距離があったからというだけか。とにかく、ドニはただ一直線に、秋雅に向かって跳ぶ。

 

 それに対し、秋雅は不気味なほどに動かない。目こそドニの姿を見据えているが、未だ腕組みをしたまま、仁王立ちの姿勢を保っている。余裕にしても奇妙だ。ヴォバン侯爵の時などでドニが見た限り、この少年に武芸の心得はそれほどない。いや、まったくないというわけでないが、精々修行中が良いところ。ドニの剣技に対応できるほどの目も技も、まるで持っているようには思えない。

 

「何が狙いかなっ!」

 

 ドニの問いかけに、秋雅はやはり答えることはない。ならいいか、とドニは更に一歩踏み込む。後一歩、その距離まで詰めた所で、

 

「――さあな」

 

 ようやく、秋雅が動いた。いや、それは果たして、動いたと言えるのだろうか。何故ならばその瞬間、秋雅の姿は掻き消えたのだから。

 

「うん?」

 

 代わり、ドニの視界に映ったのは、人の背丈ほどの大きさの円筒状の何か。何らかの機械の類とも、単に何かをしまうケースのようにも見える。それが突如、秋雅が立っていた場所に入れ替わりのように出現している。

 

「一体なんのつもりかな? まあ、いいけどねっ」

 

 なんであろうと問題ない。相手が何をたくらんでいるのかは不明だが、とりあえず切る。それがドニのシンプルな考え方だ。

 

 だから、ドニはその手の剣を振るった。相手の思惑に乗るでも、反るでもなく、単にそうしようと思い、ドニはそれを切る。

 

 瞬間、光が爆発した。

 

「――ッ!?」

 

 ドニの視界が歪み、感覚が麻痺する。爆音と閃光を受けたのだ、とドニが気付いたのは実はその戦闘が終わった後。この時点では、『何か』の影響で視界が、聴覚が、平衡感覚が狂わされた、と考えただけだ。いや、考えてすらもいないだろう。思考もまともに纏められず、どうにか膝をついたという程度。

 

「ゥ――」

 

 左手で頭を押さえながら、ドニは右の剣を構える。普段のそれとは明らかに精細を欠いた動きだが、状態を考えればそれでも上等、むしろ驚愕するに足る結果だろう。剣士として腕と、神殺しとしての生命力によって成った警戒。何処から来るか、と未だ纏らぬ思考の元で、ドニは出来うる限りの警戒をする。

 

 十秒……四十秒……二分……そして、五分。

 

「…………あれ?」

 

 ドニの五感が戻ってなお、警戒した秋雅の攻撃はなかった。何もかもが麻痺していた所為で時間感覚もややおかしいが、ドニとしてはもう既に数分は経っているように感じられる。その間、まったく攻撃が訪れていない。

 

 あちらも警戒したのか? 否、少し前の状態のドニ相手であれば、楽とは言わないにしても、相当やりやすかったはず。その機を逃がす愚を犯す相手であれば、そもそもあんな機械を代わりに置きはしないだろう。

 

 では、これはどういうことか?

 

「え……? いやいや、ちょっと待って」

 

 まさか、という推測がドニの中に生まれた。そんな馬鹿な、と思いつつ、しかしそれを否定する要素が何処にも見受けられない。

 

「もしかしてだけど…………逃げられた?」

 

 呆気にとられた表情で、ドニは呟く。その言葉がまさしく真実であったと彼が悟ったのは、これから二十分ほどが経った後。アンドレアが決闘の終了を告げた時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……と、まあこういうわけだったんだよね。いやあ、まさかあそこまで来て逃げられるとは、さしもの僕も思わなかったよ』

 

 苦笑と共に締めくくられたドニの説明に、護堂は唖然とした表情を浮かべる。まさか、カンピオーネが戦いもせずに逃走を選ぶとは。しかも、望まぬ戦いを強いられて逃げた、のではなく、元から逃げるつもりで戦いをセッティングしたという。平和主義を謳う護堂ではあるが、流石にこれを真似できるとは思わない。なるほど、こういうことをするから『例外』なのかと、何度目かになる納得の感情も抱こうというものだ。

 

「まあ……まさか最初から、自分から負けるために敗北条件を組み込んでいた、なんて思わないよなあ」

『気付けって方が無理だよ。その時点じゃ僕もアンドレアも、単に秋雅の挑発と余裕によるものだって思っていたからね。君の言うとおり、カンピオーネが順当に負ける手段を考えるなんて思わないよ。そういう意味じゃ、君のときはそこそこ警戒していたんだよね』

 

 無用だったけど、と笑うドニに何となくカチンときつつ、それにしても、と護堂は言う。

 

「話に出てきたけど、お前が切ったのって結局なんだったんだ?」

『ああ、それね。護堂はスタングレネードって知っている?』

「確か軍なんかが使う、でかい音と光で相手を無力化する手榴弾か何かの一種だよな? 直撃すると五感とか平衡感覚が狂うって聞いた覚えがあるけど」

『それそれ。アンドレアが調査させた感じ、あれはそのスタングレネードの強力版みたいなものなんだって。規模が大きすぎて、常人なら下手すると死ぬレベルだったとか。離れていたアンドレアも余波で行動不能にさせられるぐらいだったし』

 

 カンピオーネだから助かった。カンピオーネだからすぐさまに復帰可能だった。そのレベルのものを準備し、実行に移す。やはり、そういう部分において稲穂秋雅という王は侮り難いところがあるなと、護堂は自身の経験と共に頷く。

 

「稲穂秋雅がカンピオーネでも脳は揺さぶれるとか言っていたのはそういうわけか。でもお前なら防げたんじゃないか? ほら、あの鋼の」

『ああ、あれかい? そうだね、今なら防げたかもしれないけど、生憎あの時は手に入れたばっかりのときだったからね。その時点ではまだちゃんと掌握していなかったんだ。当然といえば当然だけど、まるで殺気も何もなかったから、咄嗟に発動も出来なかったんだよね』

「なるほどな…………それで、その後は結局再戦もしなかったのか?」

『そりゃ、僕はやりたかったけどね。なまじ秋雅が僕との戦いで負けた事を言いふらすものだから、動けなくなったんだよ。アンドレアもこの件に関してはあっちに回っちゃったし、お手上げだ』

「……ああ、勝った側が負けた側に再戦を挑むのは体裁が悪いって訳か」

『そういうこと。アンドレアはそういうのを結構気にするからね。僕が日本に乗り込んだりしないのも、流石にこればっかりは彼が許してくれないんだよ』

「そうだったんだな……」

 

 ドニの言葉に、思わず護堂はアンドレアと秋雅に感謝の念を抱いた。電話先のこの戦いたがりが乗り込んでこない理由が彼らにあったとは。先のことは一旦置いて拝むくらいはしても、まあ問題はあるまい。

 

『あっちもあっちで徹底していてね。事後処理も含めろくに顔を合わせていないんだよね。まあ連絡先自体は交換しているから、電話するくらいは問題ないんだけど』

「下手に顔を合わせたら出会い頭に切りかかってくる、とか思われているんだろ」

『まあ、我ながら否定は出来ないよね。戦おうって何度か誘ってもいるし。君の時みたいに本気でやってみたいんだけどなあ』

「やるなら俺の関係ないところでやってくれ。巻き沿いを食うのはごめんだ」

『善処するよ。で、僕の話は終わったけど、次は君のターンって事でいいかい? そろそろ、秋雅がどういう風に戦ったのかとか聞いてみたいんだけど』

「あー……そう、だなあ…………」

 

 話したくないなあと思うものの、長々と話を聞いたというのもまた確か。少しくらいは話してもいいだろうと思いつつ、何処から話したものかと護堂はしばし悩むのであった。

 




 会合かも怪しいし内容も剣と雷関係だしと、どうにもタイトル詐欺くさい閑話でした。この当時はまだ秋雅も武はまだまだだったので、リスクを避けて逃げの一手を選んだというわけです。一応先達は先達であったので、その辺りを上手く利用した感じです。まあ、真っ当なカンピオーネならまず選ばない手でしょうね。なお、このとき使ったでかいフラッシュグレネードは当時知り合った変人に作ってもらったものです。流石に最近はこの手のものを使う機会はあまりないですが、一応交友自体はあります。本編に出るかどうかは不明ですがね。

 次章は予定を変えて、その後にやるつもりだった話を繰り上げてやることにします。理由は、後の話の順番を考えると、この方がいいかなと思い直したからです。ただそのまま入れ替えると齟齬が出るので、章の内容を混ぜつつ大枠を入れ替える、という形をとります。その関係で次章は多分短め、紅葉たち関連の後日談等と前にも出た謎の結社関連、それと原作にも出てきたとあるまつろわぬ神一柱との戦闘を予定しています。まあ色々考えながらやるので、細かい所は予定も変わるかもしれませんが。そういうわけですので、一旦間を開けるかもしれませんが次章もよろしくお願いします。



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