トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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火の女神、襲来

 突然の帰国から一時間ほどの後、秋雅の姿は九州最南端の地、佐多岬にあった。腕を組み、眼下の海を睨みつける秋雅に、音もなく近寄ってきた三津橋が声をかける。

 

「稲穂さん」

「現状は変わらずか?」

「はい。相変わらず、ここから数十キロほどの海上をうろうろとしているようです。観測者の言葉を借りれば、まるで何かを探しているようだと」

 

 そうか、と三津橋の説明に秋雅は頷く。火急の報告から既に一時間も経ちながら、未だに秋雅は戦線を開いていない。その理由は、報告にあった二体の神獣が、何故かピタリと進軍を止めていたからであった。小刻みに北上や南下は繰り返しているようだが、どういうわけか陸地とは一定の距離を保ち続けている。本格的な空中戦や海上戦の手段を持たない秋雅にとっては、今はただひたすらに『待ち』の時間であった

 

「まったく、厄介だな。このままではどうともしようがない」

「思惑も分かりませんからねえ。二体の神獣が個別に組んでいるとは考え難い以上、裏に何かしらの存在があるとは思うのですが」

「カンピオーネ、では流石に無いだろうから、ほぼほぼまつろわぬ神だろう。しかし、一体どのような神がいるというのやら」

 

 顎をさすりながら、秋雅は思案げな表情を浮かべる。そんな彼の耳に、柔らかな女性の声が飛び込んできた。

 

「おそらくは、魔術に長けた神かと思います」

「――誰です!?」

 

 突然の声に、三津橋が急いで振り向く。彼の手配によって、周辺一体は完全に封鎖されている。そんな中で覚えの無い声を聞けば、まず警戒するのはおかしいことではない。

 

 しかし、三津橋の動揺とは裏腹に、秋雅は焦るそぶりもなく、むしろゆっくりとした動作で、声のした方へと身体を回す。それは、その声が彼にとっては聞き慣れた……どころか、つい一時間ほど前まで聞いていたものであったからだ。

 

「安心しろ、三津橋。彼女は私の知人だ。そうだろう――プリンセス・アリス?」

「プリンセス・アリス!? あの賢人議会の…………失礼致しました、白き巫女姫」

「いえ、突然に声をかけた私に非がありますので、そうお気になさらずに。稲穂様と親しいようですが、お名前を伺っても?」

「正史編纂委員会福岡分室所属、三津橋と申します」

「あら、では稲穂様の窓口と呼ばれる方ですか?」

「姫君にまで名が知られているとは、光栄なことです……」

 

 ふふふ、と笑うアリスに、三津橋は恐縮そうに頭を下げる。そんな二人を見てため息を一つついた後、秋雅は改めてアリスに視線を向ける。

 

「それでアリス殿、何故ここに?」

「ふふふ。少し面白そうでしたので、追いかけてきてしまいました。よくよくと考えてみると、あそこで置いてけぼりというのも生殺しのようですし」

「それで追いかけてきたと」

「はい」

 

 神速には劣るが、それに近しいだけの速度で移動する手段を彼女は持っていたはず。おそらくはそれで移動し、ここに辿りついたのだろう。場所を探れたことに関しても、急に封鎖された場所を探ればイコールとなる。違うにしても、彼女には霊視があるのだから、それを使ったと考えればそれで済む話だ。

 

「それに……稲穂様と同行している限り、私は自由に外出できますからね」

 

 茶目っ気たっぷりに言ったアリスに、あるいはそれが本心ではないだろうなと、秋雅は若干の呆れと共に思う。しかし深く突っ込んでも仕方がないと、秋雅は雰囲気を変えるために軽い咳払いを挟んでから口を開く。

 

「まあ、来たと言うならお付き合い頂く。アリス殿、先ほどの言葉の意味だが」

「神獣を二体も使役しているとなると、その手の術に長けた神であると考えるのが自然ということです。その二体も海と空で別種というならば、ますますそうでなければ操れないでしょう」

「納得できるな。そして、そういう神は往々にして頭脳派だ。目的もなく、ただただ享楽のみでこのようなことは犯すまい」

「同感です。ですが、それ以上となると」

「分からない、か。念のためお聞きしておくが、霊視で何か見えたりはしていないだろうか?」

「ご想像の通り、新たなものは見えておりません。お役に立てず、申し訳ありません」

「気にしないでいい。別にそれだけが貴女の存在価値というわけではないのだ。しかし、そうなると……」

 

 こきりと軽く首を鳴らせてから、秋雅は据わった目で海を睨む。

 

「いっそ、挑発の一つでもしてみるか」

「挑発、ですか?」

「ああ。神獣とまつろわぬ神が繋がっているとすれば、カンピオーネがこの地にありと知れば動いてくるかもしれない。何せ、まつろわぬ神とカンピオーネは不倶戴天の敵同士だ。元の目的はどうあれ、怨敵を討つべしと神獣を動かしてくる可能性はある」

「一理ありますわね」

「このままでは長期の海上封鎖を続けなければならないと考えると、確かにその方が良いかもしれませんねえ。しかし、どうやってです?」

「――こうやって、だ」

 

 言葉と共に、秋雅はその手に雷鎚を呼び出す。そして、それを天に掲げて叫んだ。

 

「雷雲よ、来たれ! その身に絶対なる破壊の力を携えて、我が敵の悉くを討ち滅ぼせ!」

 

 その言葉と共に、突如として陰が落ちた。いつの間にか地を照らす太陽は隠され、代わりに大空には荒れ狂う力に満ちた雷雲が現れている。

 

「雷雲よ! この地に稲穂秋雅ありと、不遜なる神々に知らしめるがいい!」

 

 秋雅の許しを受け、雷雲はその身に溜め込んだ力を解放した。海上の雷雲より轟音と閃光が放たれ、世界に示すかのように自身の存在感を誇示する。一度地上に放たれればたちまちに大きな被害をもたらすだろう雷が、空と海を切り裂いていく。

 

「さあ、来い……! この雷を受け、動いて来い!」

 

 祈るように、あるいは命令するかのように。大海を睥睨しながら、秋雅は力の篭もった言葉を紡ぐ。動くか、動かぬか。長期戦を覚悟の上の秋雅であったが、その顔色が変わるまでにそう大した時間は経たなかった。

 

「――来たか!」

 

 背筋を走る冷たい予感。身体から湧き上がる力と闘志に、秋雅は()の来訪を悟る。次の瞬間、何処からか少女のような声が響いた。

 

『見つけました、我が新たなる勇士殿……』

 

 少女のそれのような、麗しくも可憐な声。それはさしたる声量とも思えぬというのに、不思議と雷鳴にかき消されることも無い。そして、それと同時、雷雲を切り裂くように天上より光が降り注いだ。その光は影を生み、一つのシルエットを生み出した。

 

「女……!?」

 

 その三津橋の言葉が全てであった。たおやかですらりとした体型の、長い髪を揺らす女の影。それが目の間に広がる大海に、雲を突き抜けるほどの巨躯として立っている。

 

 しかし、それを見ても秋雅の表情に怯えの色は無い。むしろ不敵な笑みを浮かべ、目の前の『女』に対し叫ぶ。

 

「来たか、まつろわぬ女神よ! この先に在る二体の神獣は、貴様の手の物か!?」

『手の物だなんて、無粋な呼び方はお止めくださいな。あれらはほんの心づくし。僅か数ヶ月の間に幾度もの闘争の卦が顕れ、英雄方の気が荒れ狂うこの島にいらっしゃるであろう、名のある勇士をもてなす為の!』

「闘争の卦……ね。そういうことか」

 

 東京、福岡、北海道でのカンピオーネとまつろわぬ神との戦い。そして東京で二度起こった、カンピオーネ同士の戦い。どうやらこの女神は、それらの戦いの数々に惹かれてこの日本にやってきたらしい。そのうちの半数以上が秋雅の戦いであると考えると、これは秋雅にも責任の一端がある邂逅と言えるだろう。

 

「ならば、責任を取らねばならないな! 女神よ、その身をこの私の、神殺しの前に晒し、その末に討たれる覚悟はあるか!!」

『まあ、貴方様は神殺しの君であったのですね。ふふ、これはなんという奇縁でしょう! 貴方様の御前に参ずるのは望む所ですが、まずは我が心づくしをお受けくださいませ。積もる話はそれからに致しましょう!』

 

 その言葉を最後に、女神のシルエットは忽然と消え失せた。しかし、秋雅の身には未だ闘争の気が満ち満ちている。それこそがあの女神はまだ近くにおり、次なる手を打とうとしている証左であった。

 

「三津橋、周囲の者達を離れさせろ。君はともかく、それ以外の者では巻き込まれかねん」

「承知しました」

「アリス殿は好きになされるといい。貴女なら瞬く間に危険を回避することは、そう不可能なことではないはずだ」

「お言葉に甘えて、お傍にて御身の戦いを見守らせていただきます」

 

 背後に立つ二人に言葉を投げつつも、秋雅の視線はただひたすらに眼下の大海へと固定されている。

 

 そして、委員会の魔術師達の撤退が成され、岬から秋雅とアリス以外の気配が消えた頃合で、いよいよそれらは現れた。

 

「――来たか、もてなしとやら!」

 

 空を切り裂き、海を走り、二体の神獣が秋雅の前に現れる。天空より雷雲を抜けて現れたのは、翼長で十五メートルはあろうかという巨鳥。海の向こうから滑り来るのは、まるで小山にも見えるとぐろを巻いた大蛇。これらが翼を広げ、とぐろを解き、岬の秋雅達に対して咆哮をあげる。そのどちらもが、秋雅を獲物として見ているのがありありと分かる。

 

 しかし、その程度で怯む稲穂秋雅ではない。謎の女神の存在を考えると、『冥府への扉』はまだ使えないが、幸いにもここは人気の無い対岸だ。全力で迎え撃ってやると、秋雅は獰猛な笑みを浮かべながら『召喚』の魔術を使う。

 

「来たれ、雷を支配せし双の刃よ!」

 

 秋雅の両腰に二振りの刀剣が現れる。雷を切る雷切と、雷を生むカンナカムイの宝剣の内、秋雅は右腰の宝剣を抜き放つ。

 

「宝剣よ! 我が異なる名の元に、我が敵にその力を示せ!」

 

 秋雅の命の下、カンナカムイの宝剣がその力を発揮する。頭上の雷雲から迸る力が更に増し、今か今かと言わんばかりにいっそう雷鳴を轟かせる。

 

「焼き尽くせ!」

 

 秋雅の号令に応じ、雷雲がその力を吐き出した。放たれた無数の雷は、まさしく神速でもって二体の神獣に迫る。しかし、敵も然るもの。巨鳥はその巨体に見合わぬ速度で雷を避け、海蛇は尾で海水を巻き上げることで防いでしまう。

 

「ならば! 今こそ立て、我が(つわもの)達よ!」

 

 その言葉を合図に、突如として秋雅の周囲の地面が盛り上がった。たちまちに等身大にまで積み上がった土は、その姿を人の形へと変じていく。脚が、腕が、胸が、作られ、それらを覆うように甲冑が組みあがる。物も言わず、動きもしない顔面が最後に掘りあがり、おそらくは百を超えるだろう数の、土で出来た兵士が誕生する。

 

「これは……新たなる権能?」

 

 周囲に現れた土人形達を見て、アリスは驚いたように呟く。もしこの場に紅葉などがいれば、おそらくはそれに頷いたことだろう。そしてうっかりと、こうも言ってしまうかもしれない。これは、源義経から簒奪した権能である、と。

 

「弓を持て! 矢を番えよ! 我らの敵は、眼前に在り!」

 

 虚空より弓が生まれ、矢筒が生まれ、矢が生まれる。それらを一糸乱れぬ挙動で受け取り、土人形達は天空と大海に向けて構える。

 

「――撃て!」

 

 秋雅の号令の元、一斉に矢が放たれた。半数は巨鳥、もう半数は大蛇へと、目標に向かって一直線に空を舞う。これに対し、巨鳥は羽ばたきで風を、大蛇は再び尾で海水を巻き上げることで防壁を築こうとする。

 

「読み通りだ!」

 

 だが、それは秋雅の予測の範囲内であった。神獣達が防御の為に動きを止めたのに合わせ、秋雅は頭上の黒雲より雷を落とす。この囮と平行した本命の攻撃は、巨鳥には間一髪で避けられてしまったものの、大蛇の方には見事直撃させることに成功した。大蛇は苦痛の咆哮を上げ、まるで焼け焦げた鱗を隠すかのようにその身体を大きくくねらせる。

 

 また回避した巨鳥に関しても、雷を避けることで精一杯だったのか、逆に囮である矢の方に当たってしまっていた。貫通こそしなかったものの、数本の矢はその片翼に突き刺さっており、巨鳥の飛行は僅かだが精細さを欠いているように見える。

 

「このまま押し通る! 撃て! 放て!」

 

 再度の命令の元、天より落雷と地からの鏃が二体の神獣に向かって殺到する。圧倒的なまでの面攻撃に対し、神獣たちはそれぞれに回避と防御を行おうとしているようだが、その全てを凌ぐことは出来ていない。直撃こそ少ないものの、確実に攻撃は当たっており、ダメージを蓄積させているようであった。

 

「神獣相手に物量戦を成立させますか。流石ですね」

「だが、それも一時的なものだろうな。そろそろ……と、噂をすればだな」

 

 一方的に痛めつけられていた二体の神獣のうち、大蛇の方が大きく動いた。海水を使った防御を上空、つまりは落雷の方にのみ集中させ、その状態のままこちらに向かって突進を始めたのだ。おそらく、自身の鱗なら土人形たちの矢程度は防げると判断しての特攻なのだろう。確かに、土人形たちの火力は秋雅の落雷と比べればそうたいしたものではない。しかし、それはあくまで、これらを単独で使用した場合の話である。

 

「万物を焼き尽くす絶対なる炎よ。その力、我が臣下に授けん……!」

 

 大蛇の特攻に不敵な笑みを浮かべ、秋雅は更なる聖句を紡ぐ。『義憤の炎』の力を発揮させるその聖句は、土人形たちの鏃の全てに破壊の炎を宿させる。ここの土人形は確かに弱いが、その分、他の権能を受け入れるに十分な親和性と拡張性があるのだ。

 

「放て!」

 

 三度目の号令の元、土人形達は炎の矢を神獣達に放つ。軍神に対しても十分な効力を発揮した破壊の炎の追加。その効果はまさしく劇的であった。一直線に特攻してきていたために避けることもできなかった大蛇は、破壊神の力を乗せた新たなる矢の雨を受け、苦痛にその巨躯を大きくくねらせる。無謀無策であった大蛇に対し、その炎の雨はあまりに苛烈であったのだ。

 

「これで足は止まった! 全軍、続いて巨鳥を落とせ!」

 

 大蛇が足を止めた事を確認し、秋雅はその攻撃を巨鳥に集中させる。単純計算で二倍の数となった攻撃を巨鳥は避けきれず、矢を翼に受けてバランスを崩した所を、胴体に落雷を受けて墜落する。

 

「これで――ええい、ここでか!」

 

 二体の神獣を無力化一歩手前にまで追い込んだその時、突如として海上に女神のシルエットが現れた。何をするつもりかと秋雅が睨む中、女神のシルエットは優雅に腕を一振りする。すると、その動きに合わせるようにして天より火の粉が舞い落ちてきた。それが海上に在る巨鳥と大蛇の胴に当たった時、その変化は生じた。

 

 大蛇はその全身を白く輝かせた後、まるでゴムのようにその身体を数倍にまで伸ばす。巨鳥の方はその全身が爆炎に包まれ、まるで不死鳥の如く死に体であったはずの巨躯を再び大空へと舞い上がらせる。

 

「女神の力を受けて復活したというわけですか……」

「力も増していると見るべきだろうな。随分なおもてなしだな、女神よ!」

『ふふふ、火の女神とその下僕相手にここまで見事な器量を見せていただけたのです。私の方もそれに応えるのが相応というものでしょう!』

 

 天を仰いで吠えた秋雅に、女神の声は可憐さを崩すことなく答える。

 

「応える、か。ならば名の一つ、姿の一つも現して欲しいものだがな! 主催にしては些か礼儀を知らぬと見える!!」

『うふふ、みだりにその身を晒さぬのが乙女というものです。どうか私のことは火の女神とお呼び下さいませ』

 

 火の女神。その言葉を口の中で転がした後、秋雅は傍らのアリスを見る。霊視を持つ彼女ならば真の名も分かるか、という期待の込めた視線であったが彼女は残念そうに首を振る。どうやら彼女をもってしても、この秘密主義の女神の正体は様と知れぬらしい。

 

『久方ぶりに見出した勇士が神殺しであったとは……これも星の導きなのでしょう。ふふ、私はこの出会いに運命を感じます。勇士よ、御名を教えて下さいませ!』

「稲穂秋雅、それが私の名だ。真名も言わぬ女神にはもったない名前だがな」

『うふふ、稲穂様は誇りある方でいらっしゃるのね。確かにそうまで言われると、私も罪悪感を覚えないでないですわね。でしたら稲穂様、どうか私の招待に答えて下さいませ。余人のおらぬ場所にて二人きり、私の名も含めて楽しく語り合いましょう。ご安心を、私の方に稲穂様を害するつもりはございませんから』

「光栄だが、生憎と神獣を使いに出すようなものと語り合う趣味はない。本当に私と一時を過ごしたいと言うならば、剣ではなく握手でもってするがいい!」

『それも道理でしょう。しかし、稲穂様は無双の勇士たる方。招待を拒まれでもしたら大変です。前もって腕の一本や二本ももいでおかないと不安ですもの!』

 

 女神の凄まじい理屈に、秋雅も思わず顔を顰める。やはりまつろわぬ神と言うべきか、かなり歪んでいる(・・・・・)ようである。

 

『さあ、私の愛しい子たち。稲穂様を私の元に誘って頂戴!』

 

 女神の言葉を受け、巨鳥と大蛇が咆哮をあげる。休憩時間はもう終わり、後半戦が始まったというところか。復活した二体の神獣は、今度こそと言わんばかりに秋雅に向かって迫り来る。

 

「そうそう誘えると思うなよ! 兵よ、雷雲よ、此度こそ確実な終焉をもたらせ!」

 

 秋雅の命を受け、雷雲と兵達もまた動き出す。それらはよりいっそう苛烈さを増した面攻撃を放つものの、復活した神獣たちはこれを捌ききり、勢いを止めることがない。

 

「ならば次の一手を打つまで! 我が命の下、今こそ立ち上がれ!」

 

 突如、地面が揺れる。身体の奥底にまで響く音と共に、海中からそれ(・・)が立ち上がる。

 

「目覚めろ――弁慶!」

 

 体長十数メートル。僧服らしき格好に七つの長物を背負い、その巨人――武蔵坊弁慶が立ち上がる。無数の土人形と、この巨躯を自在に操る。それこそが秋雅が新たに簒奪した権能、『兵どもはここに在り』(ソルジャーズ・オブ・ザ・クレイ)の能力であった。

 

「弁慶よ! 我が炎と共に、我が敵を打ち倒せ!」

 

 秋雅の命令を受け、弁慶は迫り来る大蛇に大太刀を振るう。刃先に破壊の炎を乗せたその一撃を、大蛇は突進を止めることで回避した。復活したとはいえ、いや、復活させられる羽目になったからこそ、破壊の炎による痛烈な攻撃が忘れられないのだろう。その一挙一動を見逃さぬと言うように、一定の距離を保ったまま大蛇は弁慶とにらみ合いを始める。

 

 対し、残った巨鳥の方は真っ直ぐに秋雅の方に向かって来る。どうやら弁慶の相手は大蛇に任せ、自分だけで秋雅を討とうというつもりであるらしい。

 

「舐めるな!」

 

 そんな巨鳥に対し、秋雅は怯みもせず『我は留まらず』を使用する。雷鎚を構えたまま転移した先は、文字通り巨鳥の眼前。ぎょっと目を見開く巨鳥に口角を上げながら、秋雅は迫り来る巨鳥に向かって雷鎚を振るう。

 

「ハアッ!!」

 

 気合と共に放たれた一撃は、巨鳥がまとう炎を掻い潜り、見事そのくちばしを直撃した。圧倒的なまでの質量差のある両者だが、雷鎚の破壊力はそれを無視し、一方的に巨鳥の方を吹き飛ばすことに成功する。

 

「まだまだ!」

 

 悲痛の声を上げながら吹き飛ぶ巨鳥に、秋雅は追撃の手を緩めない。再度の転移を行い、その無防備な胴体を狙う。無論、巨鳥も何もせずに落下しているだけではない。全身を覆う炎を操り、秋雅を焼き尽くそうとする。

 

「破壊の炎よ! 我が衣となり、我に仇なすものを焼け!」

 

 秋雅の全身が炎に包まれる。しかしそれは巨鳥の攻撃が当たったからでない。特定対象のみを焼く『義憤の炎』を先んじて纏い、巨鳥の炎に対する攻勢の防壁を作ったのだ。

 

「再び落ちろ、不死鳥!」

 

 巨鳥の炎を焼き返し、秋雅は巨体の腹に再度の雷鎚を叩き込む。鈍い音を周囲に撒き散らした後、巨鳥は苦痛の声と共に落下速度を更に増加させる。しかも、この一撃がもたらすのは何も巨鳥の墜落だけではない。インパクトの方向を調整することで、秋雅は巨鳥の落下方向を弁慶の背に向かわせていた。

 

 それはつまり、

 

「今だ、弁慶!」

 

 秋雅の命令に、弁慶がその巨躯を大きく動かす。それにより、弁慶の巨躯で塞がれていた巨鳥と大蛇間の障害物が消失することとなる。数瞬先の未来を悟ったらしい大蛇が慌ててその場を離れようとしたものの、それよりも早く、秋雅は再び雷鎚を構える。

 

「これで――終わりだ!」

 

 三度の打撃。巨鳥は最高潮にまで達した落下速度のまま、海上にある大蛇に激突する。その衝撃たるや凄まじく、激突によって生じた衝撃波は弁慶をもぐらりと揺らがせるほどだ。

 

 しかし、それを受けた神獣たちの被害たるや、弁慶などの比ではなかった。何度となく打撃を受け続けてきた巨鳥はついに生命を失い、その巨躯を塵と化す。大蛇も身体の奥底にまで衝撃を受けたのか、弁慶が近寄ることも出来ぬほどにその巨体を大きくくねらせ、その場でのた打ち回る。

 

「二枚抜きとは行かなかったが……」

 

 もはや大勢は決したと、弁慶の肩の上に転移した秋雅は勝利を確信する。無論それはあの女神が動かなかったらという条件下での話だが、秋雅の直感はこれ以上の戦闘がないだろうということを彼に告げていた。そして、それを証明するように、女神のシルエットからは驚嘆と歓喜に満ちた声が降って来る。

 

『なんと猛々しい! それでこそ私の稲穂様ですわ! 貴方様の御力、とくと見せていただきました。どうやら稲穂様を歓待するには相応の備えが必要な模様。稲穂様、またの再会を楽しみにしておりますわ!』

 

 その言葉と共に、女神のシルエットは消え去った。秋雅の身体に満ちていた闘争の気が消えた所を見るに、どうやら完全にこの場から離れてしまったらしい。女神を追うように海上を力なく滑り逃げる大蛇をしばし睨んだ後、秋雅は追撃をすることもなく岬へと転移する。

 

「お見事でした、稲穂様」

「流石は稲穂さん、危なげない戦いでした」

 

 土人形たちも還った岬で、戦いを見守っていたアリスと一時撤退していた三津橋が秋雅を出迎える。二人の賞賛の声に軽く頷いた後、秋雅は視界の端に逃げる大蛇を収めながら口を開く

 

「三津橋、逃げる神獣の追跡を手配しろ。わざとだろうが、ああも堂々と逃げてくれているのだ。到来時のものも含め、あの女神の拠点と思しき場所を割り出せ」

「畏まりました。平行して今回の情報の封鎖と隠匿も行わせます。それと、帰りの足についても急ぎ手配しましょう」

「頼む。流石に少しばかり疲れた。ゆっくりと休めるようにしてもらおう」

「はい、ご意向のままに」

 

 恭しく三津橋は頭を下げる。それに応えた後、秋雅は次にアリスへと視線を向ける。

 

「アリス殿。こうなった以上、貴女にも最後までお付き合い頂きたい。今回の戦いのオブザーバー役として、私から正式に依頼したいと思う」

「承りました。今回の件に関して一切の口外をしないことも同時に約束いたします」

「感謝する。英国での礼もある、ひとまずは私の家にお招きしたい」

「まあ、稲穂様のお家に? それは名誉ですわね」

「色々な意味で人を招くような家でもないが、それでもよければ来て頂こう」

「お供させていただきますわ、この戦いが終わるまで」

「では、そのように」

 

 ふふふ、と笑うアリスを連れ立ち、秋雅は海に背を向けて歩き出す。そのまま、数歩ほど歩みを進めた秋雅であったが、ふとその足を止め、背後を振り返る。その視線の先にあるのは、じっと秋雅を睥睨する弁慶の姿がある。

 

「……次は、お前にも存分に戦ってもらう。今は、休め」

 

 見せ札以上の仕事をさせてやれなかった巨人に言葉をかけて、秋雅は再び歩みを進める。そんな彼に対し僅かに頭を下げ、弁慶はゆっくりと海に沈降していく。そんな従僕の姿を背に、秋雅は今度こそ帰宅の路に着いたのであった。

 

 

 




 原作とは逆の神獣を倒しつつ、秋雅と女神の戦いの始まりです。原作と違って『弓の御霊』が現時点で出てきていないのは、戦いが関東に集中していた原作と異なり、秋雅によって日本中で戦いが起こった為に勇士の気配を探りきれなかったから、としています。神獣が探し回っていたのも、火の女神が日本を探る為の中継役のような事をしていたからです。


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