女神と神殺しの激闘。その口火を切ったのは、二条の雷鳴であった。
「穿て、雷槍!」
『灼熱の雷火よ!』
神鳴りの銃口と光の渦。それぞれから放たれた雷が、その中間地点で激突し、そして互いに消滅する。しかし、所詮は牽制の一撃である。どうなろうとも変わらないと、秋雅は動揺することもなく追撃をかける。
「立て、兵! その矢で我が敵を射抜け!」
秋雅の号令の下、大地から土人形たちが出現する。彼らは一糸乱れぬ動作で矢を番えた後、すぐさまにそれを光の渦に向かって放つ。
『風よ、払いなさい!』
女神の声に応じ、強風が吹く。それは光の渦の前を横に駆け抜け、放たれた矢軍の悉くを奪い去ってしまう。更に、女神は鋭い声と共に大地に命じる。
『緑なす棘の者どもよ!』
茨のツタと、それに付随する大輪の紅薔薇が地中より出でた。土人形たちの至近に出現したそれらはあっという間に彼らに絡みつき、その身体を締め上げていく。彼らの身体は所詮、土と空気の集合体でしかない。このまま放置すれば、遠からずただの土塊の山が創造される事だろう。だが、それをむざむざと傍観するほど、秋雅も暢気ではない。
「炎よ! 小癪なる雑兵を焼き尽くせ!」
声に応じ、土人形たちの体表を炎が舐める。攻撃としては防がれた『義憤の炎』であるが、女神自身が対象で無かったからか、流炎は何に邪魔されることも無く、茨の拘束を焼き尽くすことに成功する。
息つく間もない攻防。しかし、それを成した内の一人である秋雅は、ふと僅かな違和感を抱く。
「どうにも温い、か?」
手を変え品を変え繰り出される、魔術の神と呼ぶに相応しい女神の攻撃。だが、それらの攻撃が秋雅には何処か、妙に精細を欠いているように思われた。どれも対処するに易い攻撃ではないのは確かなのだが、しかしその中に『粘り』のようなものが感じられないのだ。豊富な手段を駆使している、というよりはむしろ、一つの手で押し通せないからではないかとすら思えるほどに、だ。
こういう特徴が、アイデンティティに弱い神格にありがちなものであるということを、秋雅はこれまでの経験から知っている。たとえ有名な神であれ、自己の弱い神は最後の最後で粘れないし、無名であれど各個たる自己を確立している神であれば、最後のその瞬間まで油断することは出来ない。しかし、目の前の女神に対し、自己が弱いという評価はとても似つかわしいものではないのは明確だ。行動原理は同あれ、ここまでのことを出来る相手のアイデンティティが弱いとはとても思えない。
つまりこの粘り弱さには、他の要因があるに違いない。それは一体何であるのか。数秒の沈黙の後、秋雅は不愉快そうに鼻を鳴らす。
「そういうことか。まったく、何処までも忌々しい。そう思わないか、火の女神よ」
『何が、で御座いましょうか』
「あの男、アレクサンドル・ガスコインに決まっている。火の女神、貴女は奴に止めを
『……お気づきになられますか、稲穂様』
僅かな沈黙の後、火の女神は秋雅の言葉を肯定する。それを受け、秋雅は戦闘の最中とは思えぬほどに長く、深い嘆息を吐き出す。
「そうか……そうなのか」
考えてみれば、当然のことであるのだ。幾らアレクサンドル・ガスコインの逃げ足が速いとはいえ、まつろわぬ神相手に完全な逃走を決めようと思えば、それなりの足止めが必要となる。『大迷宮』を用いて閉じ込めたというのは事実だろうが、目の前の女神がそれをむざむざと見過ごすわけもないし、使用後にしても何かしらの手を打つぐらいの力量はあるだろう。にもかかわらず逃げ切ったということは、女神に対し追走を行えない程度には消耗を強いる、あるいは重傷を与えるなりしたということなのだろう。
そしてその際に受けた女神の傷は、未だに癒えていないらしい。それこそ、生命力の幾ばくかと削られるほどの深手であった可能性すらある。なるほど、その点を見れば、確かに秋雅にとっては得なのだろう。相手が手負いであるほど、相手が実力を発揮できぬほど、彼の勝率は上がるであろうから、普通はそう思うのが自然である。
「――不愉快だな。ああ、まったくもって、不愉快以外のなにものでもない」
しかし、秋雅が感じたのは、決してそのような肯定的な感情ではなかった。顔の大半を手で覆い、その隙間から光の渦を睨みつけながら、秋雅は半ば本気で吐き捨てる。
「この私が、稲穂秋雅が、あのアレクサンドル・ガスコインの尻拭いをさせられるなど、不愉快の極み。あの男の不手際に巻き込まれ、その不始末のけりをつけさせられるなど、不快で不快でたまらない。今すぐにでもここを発ち、あの愚か者の首を今こそ討ち取ってしまいたいとすら思えてくる……」
憎々しげな雰囲気で、秋雅は本心と直結した言葉を口の端から漏らす。目の前の敵を放置したくなるほどの不快感と、それを解消出来るだろう方法を実行してみたいという欲求。それらの誘惑に、秋雅は抗い難い衝動を感じる。
「だが……」
だが、だからと言って、それを本当にやってみるわけにはいかない。故に、内から生まれたそれら二つの誘いを、秋雅はどうにか押さえ込もうとする。
「稲穂様! お気持ちは分かりますが、今はその時ではありません! 今御身が成すべきは、眼前の敵と相対することのはずです!」
常の様相からは中々考え難い、力強く放たれたアリスの説得の声もまた、秋雅の中の葛藤を押さえ込むのに一役買った。背後にあり、自分の戦いを見守っている者がいる。普段と違うその存在に、秋雅は熱くなりかけていた頭が冷えていくのを実感する。
「…………そうだな、アリス殿。ああ、まったくその通りだ」
熱を体外に出すかのように大きく息を吐いた後、秋雅は顔を覆っていた手を下ろす。既にその表情は、平常のそれへと戻っていた。不快感が消え去ったわけはないが、彼の中の理性的な部分がそれを宥め、どうにか抑え込んでいる状態だ。そんな中、秋雅の指摘から何故か沈黙を保っていた火の女神が、不意に声を投げかけてきた。
『ふふふ、そういうことですか。稲穂様、どうやら貴方様は他の神殺しの方々とは異なる
「女神にまでそうと言われるとはな…………隙を撃とうとしなかったのは、それを見極めるためか?」
『否定は致しません。貴方様ほどの勇士が見せた、勇猛さとはまた違う憎悪。愛しき方の新たなる一面を知ることもまた、その方を一層愛おしく思えることなのですから』
「蓼食う虫も好き好き……いや、あばたもえくぼと言ったところか」
『実の所、少しばかりの危惧も合ったのです。アレクサンドル様がそうであったように、まさか稲穂様までも、大言壮語とは間逆の逃げ足を見せるのではないか、と。しかし、今の貴方様のご様子から、私はその心配をすっかり消し去りました。やはり、貴方様は無双にして勇猛なる戦士。あの方とは違う、雄雄しく不撓不屈である勇士であると!』
「……お褒め頂き光栄だ、と応えておこうか。更に、葛藤の最中の敵を討たなかった事の礼に、貴方に一つ助言を差し上げよう」
『あら、何でしょう?』
「目の前の男を賞賛するのに他の男を引き合いに出すのが、常に男の気を良くするとは限らない。特に、それが不倶戴天の敵であるなら尚更な。愛を語ると言うならば――とくと覚えておくがいい!」
言い切ったと同時、秋雅は『我は留まらず』を発動させる。転移先は空中、光の渦の斜め上の地点。その位置に再出現した秋雅の手には雷鎚が握られており、その目は渦の中心へと向けられている。八つ当たり、というわけでもないが、
「穿ち抜かせてもらう!」
『ッ! 雷の子よ!』
女神の声に、地上の巨人が反応する。うろちょろとするウルへの対処を止め、宙に浮かぶ秋雅へと視線を向ける。自身の欲求よりも女神の命令を優先したらしい巨人は、その右手を天に掲げ、咆哮を上げる。すると、たちまちのうちに頭上に黒雲が現れ、轟音と共に数本の雷を放った。狙いは言うまでもなく、空中に在る秋雅だ。
「ハッ! 私相手に!」
だが、秋雅に焦りの色は全く無い。むしろ不敵な笑みを浮かべながら、彼は落ちてきた雷を受け止める。数こそはあったが、しかし程度の知れる威力しかないそれは、秋雅の『実り、育み、食し、そして力となれ』の雷吸収能力の前に、瞬時に秋雅の呪力となる。
『何と!?』
「馳走の礼だ、受け取れ!」
吸収した呪力をすぐさまに使い、秋雅は光の渦の中心に転移する。そして渦の中にあった、おそらくは火の女神の本体と思わしき光の集合体に対し、秋雅はその勢いのままに雷鎚を振り下ろす。秋雅の防御方法に動揺していたのか、さして回避も防御も見せることなく、雷鎚はあっさりと集合体の真芯を捕らえ、そして打ち抜いた。
『きゃああああっ!』
やはり、集合体は女神の本体で合っていたらしい。集合体が渦の中心から吹き飛ばされるのに合わせ、女神が悲痛な声を上げる。致命の一撃だ、と手ごたえから秋雅は判断する。
「チッ!」
しかし、本体に良い一撃を入れたことよりも、本体を吹き飛ばし、視界を切ってしまったことに秋雅は迂闊の文字を浮かべる。一刻も早く補足しなければと、秋雅は視界を頭上に動かし、渦の外に転移する。
「女神は…………むっ」
光の渦の直上に転移し、女神が吹き飛んで行った先に視線を戻すと、そこには地上に向かって尾を引きながら墜ちる光の集合体の姿があった。追撃を、と転移を行おうとした秋雅であったが、光は地面に激突する直前で球状となり、そのまま島の中心部へと飛び去ってしまった。その様は魔女の使う飛翔術にも似ているが、重要なのはそこではない。
「逃げた…………戦神ではないからか、か?」
体勢を立て直すためではなく、完全にその場から離れるためだけの逃走。その事に一瞬虚を突かれた秋雅であったが、おかしなことではないと考え直す。そう秋雅が思ったのは彼が戦士であり、そして戦神であればそうするだろうという経験則もあったからだ。しかし、相対しているこの女神は、そういう類の神格ではない。自身の身の危機に対し、思わず理屈ではない選択を取るのは、むしろ自然な反応なのだろう。
「とはいえ、今は一旦置いておかないと――なっ!」
言葉の途中で、秋雅はその場を飛び退る。次の瞬間、風切音を上げながら放たれた拳が地面に突き刺さった。未だ健在であった独眼の巨人が、女神の命令のままに秋雅を襲ったのだ。
「ごめんなさいね、シュウ! そいつ、完全に狙いを貴方に定めたみたい!」
「構わん。この状況なら、どうとでもなる」
背後から投げられたウルの言葉に、何でもないと秋雅は後ろ手を振って応える。さて、と目の前の巨人を見上げてみると、思った以上に傷だらけだ。深い傷こそないものの、細かい切り傷は全身の至る所にある。神獣相手にこの結果というのは賞賛に値するのだろうが、逆に言えば今の装備ではこれが限界だという証左でもあるのだろう。
「ウルでも
観察しつつ、放たれた拳を危なげなく回避する。それなりに鋭い攻撃ではあるが、秋雅から見れば権能も使わずに避けられる程度の攻撃でしかない。よほど油断でもしない限り、そうそう一撃を貰う事は無いだろう。とはいえ、ずっと回避を続けている意味も無い。そろそろ反撃でもしようか、と動きかけた秋雅であったが、
「……武装といえば、
思い出したように呟き、秋雅は軽く頷く。余裕綽々といったその動作が気に入らなかったのか、巨人は咆哮を上げつつ三度目の拳を放つ。
「単調だな。怒っているのか?」
嘲笑うように言いながら、秋雅は放たれた拳を避け、伸ばされた腕に飛び乗る。そのまま軽やかに、巨人の上半身に向かって駆け抜けながら、秋雅は神鳴りを持った左手を横に伸ばす。
「――我が手にて、我が意のままに入れ替われ」
飛び上がり、巨人の頭部に着地したと同時、秋雅は静やかに聖句を唱える。神鳴りの姿は消え、代わりにあるもの――四角い金属の箱と、その中心から伸びる巨大な杭で出来た武器が出現する。以前にヴェルナから渡された、曰く一つの趣味的兵装。それを巨人の頭部に向かって振り下ろしながら、秋雅は不敵な笑みで叫ぶ。
「穿ち貫け、全ての敵を――!」
音声認識による安全装置の解除と、手元のトリガー操作の元、杭が巨人に向かって撃発された。暴力的な激突音と共に強力な衝撃が秋雅を襲うが、武器の四隅につけられた固定用の鉤爪と、秋雅自身の膂力がその反動を完全に受け止める。これよりその威力を完全に発揮した杭打ち機は巨人頭部を完全に撃ちぬき、杭の大半をめり込ませる。
「ハッ、中々どうして……!」
悲痛な咆哮を上げ、痛みに暴れまわる巨人の上で、秋雅は感嘆の声を上げる。期待していたとはいえ、実際に神獣の硬い外皮を打ち抜いて見せたのだ。その結果そのものと、これを作り出したヴェルナに対し、賛美の言葉でも紡ぎたい気分にもなるというものだ。
「だがまだまだ――――うん?」
そんな満足から一点、秋雅の表情が困惑に変わる。グイと引き抜こうとした杭が、何故か抜けない。射出とは逆向きの、装填用の魔術を発動させても、どういう訳が上手く動作しないのだ。
「引っかかったか? まあいい」
そう言って、秋雅は杭打ち機を地上の適当な場所に転移させる。彼の右手が開いたのも一瞬、今度は一丁の自動拳銃が現れる。神鳴りとは違う、しかし同製作者の銃口を、秋雅は目の前に開かれた
「これで仕舞いだ」
呟き、秋雅は引き金を引く。連続して三発、間髪入れずに弾丸を撃ち込み、巨人の頭から跳ぶ。そのまま危なげなく、彼が前方に着地した瞬間、
「――爆ぜろ」
撃ち込んだ三発の魔術式炸裂弾が作動し、巨人の頭が破裂する。硬い外皮が災いしたか、衝撃が途中で抜けることなく――まあ、多少は穴から抜けただろうが――互いを増幅しあった結果、木っ端微塵という言葉がふさわしい結果となったようだ。
そういうわけで、頭部を失った巨人があっけなく消滅する中、秋雅は立ち上がり、軽く首を鳴らす。
「まあ、気晴らしにはなったな。普段はやらないような事をするっていうのも、こういう時には悪くない」
僅かばかりの爽快感に、秋雅は燻っていた不快感が収まっていくのを感じる。まったくなくなったというわけでは無いが、少なくともわざと油を注ぐような真似をしなければ、これ以上悪化することもないだろう。あくまで、今この時は、という話であったが。
「……こりゃまた、酷いもんだ」
近くにあった杭打ち機に視線をやり、秋雅は呆れたように呟く。成人男性に匹敵する長さを持つ杭が、根元から見事にひしゃげている。やはり神獣の外皮が硬すぎたのだろう。貫通こそしたものの、反動で曲がってしまったらしい。
「強度不足か、中々難しいな」
言いつつ、秋雅は再び神鳴りと交換する形で、杭打ち機を転移させる。大きさが大きさなため、『召喚』や『送還』の魔術が使えないのも欠点の一つと言えるだろう。反動も含め、実用にはまだまだ問題が山済みな武装だが、可能性を示せたという意味では悪くない結果でもある。
「まあ、これは後回しだ」
今は、一先ず置いておこう。そう判断した秋雅の元に、ウルとアリスが駆け寄る。安堵の表情を浮かべるアリスと、常の微笑の掲げるウルの対比が、自身との付き合いの違いを示しているようで、少しばかり面白くも感じられる。
「稲穂様、ご無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ。そちらも、問題なさそうだな」
片や霊体、片や自分以上の実力者と、まあ予想通りの結果ではあるのだが、そこは言わぬが花だろう。とりあえず満足そうに頷いてから、秋雅は視線を島の中心に在る山の方に向ける。
「さて、どうしたものか。追いかけるのは当然だが、この場では中々手間取りそうでもある」
「『大迷宮』が維持されている以上、まっすぐは向かえないでしょうね。プリンセス、貴女の精神感応で道を見つけるのは、やはり難しいかしら?」
「その事なのですが……」
と、アリスが思わせぶりな視線を秋雅に向ける。何か、と秋雅が見つめ返すと、彼女は自信なさげに口を開く。
「ただの思いつきなのですが……稲穂様の『冥府への扉』を使うというのは、如何でしょうか?」
「……どういう意味かな?」
「アレクサンドルの『大迷宮』も、稲穂様の『冥府への扉』も、場を作り、そこに引き込むという意味では近しい能力です。もしかすれば、互いを相殺させることも出来るのではないか、と。あくまで思いつきでしかありませんが……」
やや恥ずかしげに、アリスは目を伏せる。思いつきと自分でも言っているように、あまり自信があるわけではないのだろう。しかし、そんな彼女の態度に反して、秋雅の目は鋭い。世界屈指の霊視能力を持つ、プリンセス・アリスの提言だ。むしろ思いつきであるからこそ、その発言には一定以上の信憑性が生まれることになる。
「やってみるか――来たれ、冥府の果実よ」
小さく呟いた秋雅の手の中に、真っ黒なザクロが出現する。それをじっと見つめた後、秋雅は不意にこれを握りつぶした。普段であれば、これは対象を冥府へと引きずり込む予備動作であるが、今回生じたのは、まるでガラスが砕け散るような甲高い破壊音だ。常と違うその反応に、秋雅はむしろ満足そうに口の端を歪める。
「これは……!?」
突然の破砕音に顔を上げたアリスが、ハッと目を見開く。その姿勢のまま僅かに固まった後、アリスは秋雅に対し、驚愕に満ちた視線を向ける。
「精神感応の枝が伸びるようになっています……稲穂様、これは」
「貴女の言葉を参考にさせてもらった。感謝する、アリス殿。『冥府への扉』は当分使用出来そうもないが、これで道は開かれた」
フッと笑って見せつつ、秋雅は軽く地面を叩く。すると、地面から土で出来た三頭の馬が出現した。『兵どもはここに在り』で生み出したそれに飛び乗った後、秋雅はウルとアリスに向かって言う。
「――さあ、決着を着けに行こうではないか」
後一話、多くて二話でこの章は終わらせるつもりです。