トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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再びの鍛錬

 秋雅が功刀の道場を訪れたのは、昼はまだ先という頃合いであった。朝の身支度等を済ませ、道場に一報を入れたところ、

 

『俺も午後に用事が入ったから、早い方が都合いい』

 

 という師匠――功刀の返答があったため、普段よりもずいぶん早い訪問となった。寂れた門をくぐり、道場の中に入っていくと、奥の板の間に気配がある。功刀のものだ、とすぐに察した秋雅は、あえてそのまま奥に行かず、手前にある着替え部屋に入る。突発的に訪れた、という場合でもない限り、そういう風にするのが常であったからだ。来て、道着に姿を変え、相対する。そういうサイクルである。

 

 かつて、私服で戦うか、という提案を功刀からされたこともある。実戦で服を着替えることなんてない、おおよそそういう時は私服で戦うことになる。それが、功刀が提案を投げた理由である。それもまた道理なのだろうが、結局秋雅はその提案を辞退した。汗の問題等も勿論あったが、それ以上に、道着によって思考を『切り替える』ことを望んだからである。これはあくまで『鍛錬』と『試合』であり、『殺し合い』ではないということを戒めるための切り替えだ。

 

 ここを怠り、反射的に権能を使ってしまうようなことがあれば、まったくもって意味がない。権能とは関係のない部分を伸ばすための道場通いであるし、そもそも功刀は魔術に関係ない人間だ。そこの区切りは絶対に必要であり、そのための切り替えスイッチとして秋雅は道着を纏うということを選んだのである。

 

「…………うん?」

 

 そのような前提もありつつ、いつものように着替え、気持ちを切り替えていて秋雅であったのだが、その最中でふと、微かな違和感を覚えた。確かなことは言えないのだが、誰か――自分や功刀以外の誰かがここを利用したような気がする。はっきりと根拠があるわけではないが、妙に気になる。

 

「新しい弟子でも取ったのか?」

 

 だとすれば珍しいことだが……などと考えつつ、一先ず思考に区切りをつけ、着替えを終えた秋雅は部屋を出て、改めて奥の板の間に足を踏み入れる。

 

「――おはようございます、師匠」

 

 入ったと同時、軽く頭を下げながら言うと、やはり、道着を纏った功刀がそこに居り、秋雅に対して軽く手を上げて応える。

 

「おう、来たか」

「はい。お久しぶり……ですかね?」

 

 考えてみれば、道真と戦った直前――梅雨の時期から今まで、この道場を訪れていない。今がもう秋頃であると考えると、それなりに長い時間が経っていた。

 

「ずいぶんとご無沙汰だったのは事実だな。アルバイトが忙しかったってところか」

「ええ、色々とありまして」

「まあ、適度に忙しいのは良いこった。それで、今日は徒手空拳でやりたいって話だったな?」

「はい。あるいは、近日中に『使う』かもしれませんので」

 

 そう答えた秋雅の脳裏に、一人の女性の姿が浮かぶ。ゆるりとした漢服に身を包み、悠然と佇む見目麗しい女。そしてまた浮かぶのは、その美女が放つ、目にもとまらぬ数々の武技。名を、羅濠教主。権能による金剛力と、修練の果てに身に着けた武功を持つ、神殺しの先達。魔術戦もさることながら、こと格闘能力に関しては並ぶもののないほどの女傑である。

 

 そんな彼女と秋雅の関係は、現時点においては、決して敵対的なものではない。少なくとも、目が合ったらすぐに戦う、というような致命的な間柄ではなかっただろう。

 

 だが、朝の一報が、それを変じさせる可能性を秋雅に見せた。彼女の弟子がこの国を訪れるという、かの知らせ。決して確定したわけではないが、ひょっとすると矛を交えることになるかもしれない。それくらい、神殺しの間の繋がりというのは、常に変動の可能性を含んでいるものなのだ。

 

 だから、

 

「すみませんが師匠――ちょっと今の俺を『試させて』貰えますか」

「へえ、言うじゃねえか」

 

 面白そうに笑い、功刀はスッと立ち上がる。ただ立ち上がっただけに見えるが、しかしその全身からは確かな殺気が放たれている。相対してくれるという合図だと受け取り、秋雅は軽く左足を引き、右半身を前に構える。

 

 対し、功刀は自然体にしか見えない立ち姿を崩さない。隙だらけに見えるが、実際はどのように打ち込んでもすぐ様に反応されるだろう。未だ修行の身と自覚している秋雅ですら、その程度のことはすぐに察せられた。

 

「ふぅー…………」

 

 相対しつつ、秋雅は細く息を吐きだす。腰を軽く落とし、身体の各所の筋肉にわずかに力を入れ、如何様にも動けるように準備する。

 

「では――指南願います!」

 

 床を強く踏みしめ、そして蹴りだす。一駆けで距離を詰め、勢いのままに左膝を功刀に放つ。

 

「おう、来いや」

 

 気の抜けた口調と共に、功刀は秋雅の初撃を片手で受け止める。『入った』感触はない。だが、受け止められるのは予想通り。膝を抑えられた体勢のまま、秋雅は右足で床を蹴り、受け止められた膝を軸に、功刀の顔面に対し回転蹴りを放つ。

 

 しかし、それに対する功刀の反応もまた早かった。秋雅の動作と共に掴んでいた膝を放し、僅かに足を引くことで秋雅の蹴りを鼻先で躱す。間合いの見極めが上手い、と感嘆を言語化する暇もなく、秋雅は振り回した足を戻し、バネのように身体を屈める形で着地。一瞬の思考の後、後方ではなく前方に身体を跳ね上げた。

 

「ほう!」

 

 感心したというような声を漏らす功刀に反応を見せず、秋雅は彼の胴体に右肩をぶち当てる。手足によるガードはなかったにもかかわらず、功刀は平然と秋雅の突撃を受け止めてしまう。下っ腹に力を入れた、程度ではない。腹筋と体幹、脚力を用いた合わせ技だ。

 

「今日は攻撃的じゃねえか!」

「ッ!」

 

 背に感じた攻撃の気配に、秋雅はとっさに後方へと身体を跳ねさせる。一秒とない視界移動で見えたのは、右肘を勢いよく振り下ろしている功刀の姿。あと一瞬反応が遅れていれば、おそらくその鋭い一撃が秋雅の背骨をしたたかに打ち付けていたに違いない。

 

「ちっ……」

 

 着地し、改めて体勢を整えなおしながら、秋雅は小さく舌打ちをする。

 

 苛立ちがあった。しかし、それは功刀に防がれていることにではなく、自分の未熟さに対してだ。そもそも、今回の修練の目的は、仮に羅濠教主と対ずることになった場合、それなりに張りあえるようにすることである。だが、そんな目的に反して、今の秋雅の攻防は、まるで見るに堪えないものだ。

 

 防がれては駄目なのだ。受け止められては駄目なのだ。一撃必殺の武技を放つ彼女に対して、下手に足や手を取られるのは致命的な隙になる。掴まれ、そのまま手刀を下ろされる。あるいは掴まれたまま、その剛力で握りつぶされるだけでも十分すぎるほどに恐ろしい攻撃となりえるだろう。

 

 そんな相手を想定しておきながら、この体たらくは何か。そもそも前提が駄目だ。選択が駄目だ。戦法が駄目だ。

 

 やるべきは回避、そして絶え間ない攻撃。決して相手に捕らわれず、常にこちらが攻め続ける。

 

 それでなければ、意味がない。それでなければ、勝てない。

 

 大きく息を吸い、吐き出す。自身の心を定め、これからの動きを想定し、それを成すための更なる動きを定めていく。

 

「――参る!」

 

 再び、気合と共に駆け出す。拳を引き、抜き打つと見せ、正面まで跳ぶ。当然、これほど愚直な攻撃に、功刀が対応できないはずがない。あちらもまたわざとらしく、カウンターを取ると言いたげな姿勢を取ってくる。

 

 故に、跳ぶ。正面、拳の射程範囲に入る直前で、右前方に身体を跳ばす。功刀もまた追ってくるが、それから逃げる、あるいは先を取るように、秋雅は功刀を中心とした右回転を続ける。横跳びではなく、斜め跳びといった形で累計三度右に跳び、次で一周、というタイミングで今度は左に跳ぶ。

 

 しかし、やはり功刀もついてくる。多少のフェイトではやはり、『このレベル』には通じない。右、左、左、左、右と、続けざまに身体を跳ばすが、どうしても隙は見いだせない。それでも押し通すか、否か。

 

 否、と秋雅は自答する。相手を羅濠教主と想定している以上、力押しはそれ以上の力で返される。相手には触れられず、こちらは有効打を放つ。そういう動きでなければ『この相手』には勝てない。だが、それにはどうするべきか。

 

 そう、秋雅が思考を巡らせた、その瞬間であった。

 

「いい加減、面白くねえよなあ」

「くっ!?」

 

 突如、秋雅の顔面に拳が迫った。秋雅の動きを捉えた功刀により、抜き打ちで放たれたそれを、秋雅はとっさに手で払い、躱す。しかし、功刀の追撃も止まない。拳、手刀、膝、蹴りと、続けざまに攻撃を放ってくる。避けようとした秋雅であったが、距離が絶妙に近いのと、何よりも功刀の攻撃が速いために、いなす、受けるといった、どうしても『当たった上での回避』しかできない。防御としては上々の対応であり、攻撃自体はしっかりとさばけているので、ダメージはほとんどないと言っていい。

 

 だが、それでは駄目だ。(・・・・・・・ )

 

 避けなければならない。触れられてはならない。触れられるということは、あの妙技と金剛力の餌食になるということだ。それでは彼女(・・)には――

 

「――おい、馬鹿弟子」

 

 気のない、しかし怒気の混じった声。それが耳に届いたと秋雅が知覚した、まさしくその瞬間。秋雅の身体は宙を舞っていた。

 

「なっ――!?」

 

 意識を一瞬失っていた。そう誤解しそうになるほどに、秋雅にとってそれは、突然の事態であった。しかし、そんな状況であれ、戦い慣れした秋雅の身体は、最適な行動を取った。すなわち、吹き飛ばされた全身を制御し、衝撃を極力逃がせるように、しなやかに着地する。

 

 足をつけ、衝撃をコントロールしきったところで、初めて秋雅は、腹部の鈍痛に気が付いた。痛みすらも遅れさせるほどに速く、強力な一撃。それを放たれたのだと察し、秋雅は思わず瞠目する。予想以上の技に驚愕する秋雅に対し、功刀はつまらなそうな表情を浮かべつつ口を開く。

 

「ったく、馬鹿弟子が。秋雅、お前は頭がいいが、時々変なところでしくじるのが玉に瑕だな。慣れてねえとはいえ、これはちょいと頂けねえ」

「……どういう意味でしょうか」

「分からねえか? だったらこう尋ねてやる。秋雅、お前はこれまで誰かを倒すために(・・・・・・・・)鍛錬を重ねたことはあるのか?」

 

 数秒、秋雅は投げつけられた言葉に対し、頭を巡らせた。質問自体と、そのような質問をされた意味を考える。誰かを倒すため、とはどういうことか。

 

 そして、数秒の後。

 

「……失礼しました、師匠。些か、浮足立っていたようです」

 

 そうか、と納得の表情を浮かべた後、秋雅は深々と頭を下げた。自分の行動が、師に対する侮辱であると察したからである。仮にも真剣な相対を望みながら、その相手である師に他人を投影し、その投影した相手のみを見ていたということに気づいたのだ。功刀の問いかけから、秋雅は自分がそのようなことをしていると理解できたのだ。

 

 そもそも、考えてみれば、今まで秋雅は多様な方法で自らを高めてきた。だが、それに際して『誰かに勝つために』と明確な目標を決めたことはない。それは秋雅の敵が、常に突発的に現れてきたからだ。

 

 例えば、スポーツの試合であれば、相手のことを調べるのは容易いだろう。誰々と戦うことが決め、それが何時かを決め、そして戦うという流れであるために、その流れの中で情報を集めることは難しくない。そしてそれを基に、対策としての専用の練習を行うというのも、またそう難しいことではないだろう。

 

 だが、秋雅の戦いは、そして鍛錬はそういう流れではない。敵が誰かというのはほとんど直前、あるいは最中にしか分からず、故に事前の対策を立てることがない。敵と対峙する前に鍛錬を挟む、ということも一度としてない。だから秋雅にとって修練とは、明確な目標に向かって行うものではなく、ただ自分の地力を高めるだけに行ってきたものだ。

 

 そんな秋雅であったが、確定していないこととはいえ、初めて『明確な相手(羅濠教主)』との戦いを待つ状況となった。そして、そんな相手に対し、対策に励むことが出来るかもしれないという手段もまた持っていた。そんな状況は、あるいは初めてのことであり、言ってしまえば『ビビって』しまっていたということなのだろう。勝てないかもしれない、と事前に理解していたからこそ、それを覆すためにある種の暴走をしていたのだ。『誰かを倒すために』という功刀の言葉から、秋雅はこの事実と自らの愚行に気づいたのである。

 

 だが、だからと言って、自己弁護するわけにはいかない。これは師に対する無礼であり、暴挙である。故に、秋雅は素直に、すぐさまに頭を下げたのである。

 

 そんな秋雅に対し、功刀からはやや驚いたような雰囲気が感じられた。謝ったことが意外、というよりは、おそらくこうも早く秋雅が察したことに驚いたのであろう。

 

「相変わらず、無駄に頭の回る奴だな……まあ、そういうこった。明確な目標を持つのはいいが、だからって目の前の相手を蔑ろにしているようじゃ、誰にも勝てねえぞ」

「はい、肝に銘じます。重ねて申し訳ありません」

「まあ、今回はすぐに理解できたようだし、もうしくじらないってならそれでいい。その上で、ちょいと『見せて』やるよ」

 

 その言葉と共に、やや弛緩しかけていた空気が一気に引き締まった。雰囲気の変化に秋雅が顔を上げると、功刀が軽く足を引き、こちらに対し構えている姿がある。その変化につられ、秋雅もまた気持ちを切り替え、同じように軽く構える。

 

「さっきのだがな、実際は今のお前なら、まあ頑張れば対応できるはずだ。久々に、ちと教導してやる。ゆっくりと見せてやるから、よく見ておけ」

 

 言いながら、ゆっくりと功刀は身体を動かしていく。非常に微弱な動きであり、一見すると姿勢を変えていないとも思えるほどなのだが、不思議と秋雅には、その動きを知覚することが出来ていた。

 

「分かっているとは思うが、何事においても、『見る』ってことは重要だ。僅かな相手の動きを見て、それが何に繋がるのかというのを理解すれば、更に先も予想できるようになる。まあ、その辺はお前も十分に理解しているし、ある程度は実践できているはずだ」

 

 気づけば、功刀の立ち姿は始まりの時とすっかり変わっていた。一つ一つの変移が非常に小さく、あまり自然に体勢を変えていたために、ずっと見ていたにもかかわらず、自分の目の方を疑いそうになるほどの妙技。それを前に、秋雅は息を大きく吐き出す。

 

「だが、相手だけを見ているようじゃまだまだだ。周りの空気の動きや、踏みしめる地面の僅かな変化もきっちりと見ていけ。そうすりゃ、僅かな動作から次の動きが分かるようになる。一つに集中しすぎても駄目だ。鋭敏化させた集中力はそのままに、それを全体に広げていけ。全てを見逃さす、自分の中で組み立てろ。そうすりゃ、予知に近い予測だって出来るようになる――」

 

 来る。理屈よりも早く、秋雅はその二文字を意識した。限りなく反射的に、両腕を胸の前で交差させながら、しっかりと床を踏みしめ、その場に身体を留める。

 

 そして、

 

「――ったく、マジで優秀な弟子だ」

「恐れ入ります」

 

 両腕の痺れを知覚しつつ、目の前で苦笑する功刀に対し、秋雅は神妙な表情で返した。瞬間そのものは、見えなかった。身体をそうと操ったのも、ほとんど勘のようなものであった。

 

 だが、今度は対処できた。両腕にこそ拳は突き立てられているが、秋雅の身体はその場から一歩も動いていない。完璧とは言い難いが、先ほどは知覚すらできなかった攻撃を、一応は防ぎきったのだ。

 

「まあ、これで勘のとっかかりは出来ただろう。こっからはあえて『見せる』ような真似はしねえ。真面目にやってやるから、お前もついてこい」

「はい」

「ああ、それと俺はたぶん明日から当分いねえ。その分今日は昼までみっちり仕込んでやる」

「分かりました。では――」

 

 頷き、二人はその場を飛び退る。十分な距離を得て、改めて秋雅は対処の為に構え、待つ。

 

「胸、お借りします」

「おうよ」

 

 そしてまた、おおよそ二時間ほど、秋雅は新たなる鍛錬に励むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やれやれ、と。ちょいとばかし、疲れたか」

 

 秋雅が帰った後の道場で、功刀は首を鳴らしながら呟いた。彼以外居ないその板の間で、身体をほぐすように右肩を大きく回す。

 

「まったく、末恐ろしいもんだ。とっかかりを与えりゃ、いつの間にやら真似事程度は出来るようになりやがる。最後の辺りはかなりやばかったし、流石はカンピオーネ(・・・・・・・・・)ってところか」

 

 サラリと、秋雅が決して話していないその正体を口に出しながら、功刀はパチンと指を鳴らす。途端、功刀が纏っていた服が姿を変じた。造りとしては洋服のようだが、どこか漢服の雰囲気もある、ゆったりとした服。魔術によるものであると、魔術師の一人もいればそう指摘するだろう。だが、実際にこの場にいるのは、功刀一人である。誰に指摘されるでもなく、功刀は面白そうに口角を上げる。

 

「一つ一つきっちり仕上げ、必ず成長していく。全体をまんべんなくやっているからちと遅いが、果ては文字通りの器用万能、まさしく大器晩成ってところか。まったく、楽しい野郎だ」

 

 そこまで呟いたところで、功刀はふと、考え込むように顎を撫で始める。

 

「しっかし、秋雅のあの態度は何があったのかね。序盤の動きの硬さを見るに、羅家の女傑辺りに絡まれたか? 欧州の天才剣士っぽくは見えねえし、他の神殺し相手ってのもそんな気がしねえ。まあなんにしても、如才ないあいつにしちゃあちょいと珍しい――っと」

 

 言葉を切り、功刀は懐に手を入れる。取り出した携帯電話の画面を軽く一瞥し、流れるように電話に出る。

 

「功刀だ……ああ、そりゃちょいと無理だ。今日はこれから用事があってな。ひょっとすると長く空ける可能性もあるから、当分はこっちに来ても意味ないぞ…………そういうこった、とりあえず自己鍛錬でもしていろや。じゃあな、五月雨」

 

 最後にそう言って、功刀は電話を切る。

 

「仮にも室長様だっていうのに、フットワークの軽い奴だ。その辺は秋雅と同じだが、その秋雅と同じ道場に通っているなんて知ったら、流石に来なくなるか? その辺、三津橋はどう言って誘導したのやら」

「――くっくく。楽しそうだねえ、功刀」

 

 突如、女の声が板の間に響いた。脈絡のなく生じたその声に驚くでもなく、功刀は面倒くさそうに鼻を鳴らし、後ろを振り返る。

 

「前から言っているが、転移と隠れ身の魔術を合わせて勝手に入ってくんじゃねえよ。神祖様にはプライバシーって概念がないのか?」

「神祖様だなんて、そんな他人行儀な呼び方はショックだねえ。もっと愛を込めて、お義母様(・・・・)と呼んでもいいんだよ?」

「百だが二百だか前に拾って、ちょろりと育てた程度で母親面してんじゃねえ。アンタに恩を感じることがあるとしたら、あんまり老けもせずに今も生きている程度だ。というか、いい加減姿を見せろ。このまま喋るのは面倒くせえ」

「くっくく、相変わらず口の悪い子だねえ」

 

 ゆらりと、空間が歪む。魔術による隠蔽の膜から、一人の女が現れた。長い赤色の髪をさらりと流し、同じく赤色の瞳を楽しげに輝かせたその女は、自身と対称的な表情を浮かべている功刀に対して、頷きながら口を開く。

 

 

「それじゃあ、功刀。ミスティさんの悪だくみに、ちょいと付き合ってもらおうか」

 

 

 




 ちょっと思うところがあったので、一部権能の名前を少々変更しました。しっくりこなければまたいじるかもしれません。





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