夢幻召喚
【士郎視点】
『俺はお兄ちゃんだからな。妹を守るのは当たり前だろ?』
不思議な夢を見ている。まったく見覚えがない景色と、不思議な紋様。その中心に寝かされた女の子に、カードを手にして微笑む俺。知らない。俺は、こんなのは知らない。だが……
その言葉は、酷く俺の胸を打つ。その言葉に、俺は頷く。そうだ。当たり前だよ。妹を守るのは、兄として当然。例えどんな奴が相手でも、お兄ちゃんは妹を守らなければならないんだ。
俺の妹、イリヤ。血は繋がってないがそんな事は関係ない。俺は胸を張ってそう言える。これは夢だ。そんな事は分かっている。だけど、この俺も妹を守ろうとしている。ならば俺は……
『ーーがもう苦しまなくていい世界になりますように。優しい人達に出会って……笑い合える友達を作って……あたたかでささやかなーー』
知らない妹の手を握って、祈るように呟く俺。ただ静かに、それだけを願うように呟く。その姿は正義の味方? 違う。ただのお兄ちゃんだ。だけど、だからこそ誰よりも優しい願い。
景色が、霞んで光の中に消えていく。
夢から覚めるんだ。そう理解した時、もう一度声が聞こえた。
『ああ、だけど……もう俺は側にいてあげられないんだな。それだけが本当に悔しいよ。だからもう一つだけ願う。どこかの俺。俺の妹を、頼むよーー』
悔しそうに、だけど嬉しそうに、そう呟く声が聞こえた。それを受け取った俺は、聞こえるか分からないけどその声に答えた。ただ一言……
『任せろ』ってな……それに、知らない俺は安堵したような気がした。
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「……」
朝、目を覚ました俺は、何故か不思議な夢を見ていたような気がした。夢の内容は思い出せない。だけど、とても大切な願いを託されたような。こんな気分は初めてだ。いつもより早い時間に目覚めてしまった俺は、少し悩む。
「まだ五時か。せっかくだし、朝飯の準備でもするかな。またセラに文句を言われるかもしれないが……」
我が家の家政婦さんが、脳内で文句を言っている。またシロウは私の仕事を奪って、みたいな感じで。今日の当番はセラだからな。家庭内ヒエラルキーが家政婦達より低い俺は苦笑する。
「でも、目が覚めちまったものは仕方ないからな。また寝る気にもなれないし、時間の有効活用ってやつだ」
時間がたっぷりあるから、いつもより凝った料理を作る事も可能だ。ついでに妹のお弁当も作ってやるのも悪くないかもしれない。どうせ、一成に弁当を作ってやる約束もしてたし。
「今日も良い天気になりそうだ」
カーテンを開けて白んできた空を見ながら、俺はそう呟いた。そして、朝飯の準備をする為に一階に降りていく。
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「シロウ……今朝の当番は私だった筈ですよね? また私の仕事を奪って……」
「せ、セラ、落ち着け。ほら、味見をしてみてくれよ。今日の朝飯は時間があったからちょっと凝ってみたんだ」
「そんな事では誤魔化されませんよ! む……しかしこれは中々……」
案の定、文句を言ってきたセラに料理の味見を頼む。セラの舌を唸らせる事ができたみたいで良かった。イリヤの弁当を用意しながら、最後の仕上げをやっていた朝飯の味に自信を持つ。
あとは完成を待つだけだ。あと10分くらい煮込めばいいな。そんな俺達のやり取りを、起きたばかりらしいリズが目を擦りながら見ていた。真面目なセラとは違って、相変わらずリズは、家政婦として働く気がないようだ。
「セラもシロウも飽きないね」
「リズ! また貴女は、そんなやる気がない格好を……もう少し自覚を……」
そしてまたセラがそんなリズに説教を始める。うん、いつもの朝だ。俺はそんな光景に笑ってしまった。本当に優しく愛しい、俺の世界。この世界が失われるなんて想像もつかない。
「シロウ~、そろそろイリヤ起こした方が良くない? 時間的に」
「貴女がやりなさい、貴女が!」
「あはは。いいよ。俺が起こすから。セラは、出来上がった料理をテーブルに運んでくれよ」
「シロウ! そうやって貴方がリズを甘やかすから、この子はいつまで経ってもメイドとしての自覚が……」
セラの説教の矛先がこっちを向いた。おっと、まずいな。俺は妹のイリヤを起こすという名目で、セラの説教から逃げ出した。これが俺の分岐点だったのかもしれないと、後に俺は思う。
だけど、この選択は必然でもあった。あの夢の中で、知らない俺に託された願いが俺を導いた。だからきっとこの選択は必然だったんだ。俺は、非日常に足を踏み入れる選択をした。
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「イリヤ、朝だぞ。起きろ」
「う~ん、あと五分……」
「何てベタな寝言だ……」
俺は妹の寝言に呆れた。俺の妹イリヤは朝が弱い。そして、追い詰められると逃げ出すという癖がある。可愛い妹であるのは間違いないんだが、その癖は直して欲しいと俺は思う。
「いいから起きろって」
「う~ん……」
「まったく」
困った妹だ。だが、愛しい妹だ。全てを懸けて守ろうと思えるくらいにな。そう思った瞬間だった。俺の頭に鋭い痛みが走ったのは。
くっ、何だ、今の? 頭の中に、知らない光景が見えた。
イリヤではない妹が、不思議な紋様の中心に寝かされている。そして俺は、その妹を見下ろしている光景。妹は、悲しそうに泣いている。全てを諦めたような雰囲気で。それを俺は……
『妹が、もう苦しまなくていい世界になりますように……俺の妹を、頼むよ』
「くっ……何だこれ……」
頭の中に浮かんできた光景に、俺は頭を押さえてよろめく。そしてイリヤの机に手をついて膝をつく。不可思議な頭の痛みは、その内、引いていった。一体何だったんだ、今の光景は?
痛みが引いて、俺は立ち上がる。その時、手をついたイリヤの机に何かある事に気付いた。丁度、ついた手の下に何かがあるようだ。見てみると奇妙なカードだった。何なんだ、これは?
「……イリヤのか? 机の上にあるって事はそうなんだろうけど、イリヤの趣味とは少し違うような? もしイリヤなら、魔法少女みたいなステッキとか……」
弓を構えた兵士のような絵が描かれたカードだ。とてもじゃないが、イリヤが好きな魔法少女物に出てくるようなデザインじゃない。俺は何故か、このカードに惹き付けられた。
目が逸らせない。まるで、これが俺にとってなくてはならない物のような、そんな気がした。俺が奇妙なカードに見入っていると、後ろからイリヤの眠そうな声が聞こえてきた。
「……お兄ちゃん? おはよー」
「っ!? あ、ああ、おはよう」
その声にハッとして、俺は何故か咄嗟にカードを後ろ手に隠した。イリヤはまだ寝惚けてるらしく、あれー? 何でお兄ちゃんがいるの? 何て事を言ってくる。やれやれ、まったく……
「早く目を覚ませ、イリヤ」
「ん~? ……はっ!? お兄ちゃん? 本物のお兄ちゃん……!? 私の妄想の夢じゃなくて!? ルビーの幻とかじゃなくて!? 現実にいるの!?」
「落ち着け、訳が分からないぞ?」
「いや~! 出てって! こんな寝起きの寝惚けた姿、見られたくない!」
いや、今さらそんな事を気にするか? 妹の難しい女心を理解する事は俺にはできなかった。イリヤに部屋から追い出されて、俺はため息をついた。俺の妹も、難しい年頃になったか……
「……あ、カード……」
持ってきちまった。まあ、後で返せばいいか、と俺は軽く考えてしまった。
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「遠坂凛です。皆さん、これからよろしくお願いしますね」
「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申しますわ。皆さん、わたくしの事もどうかよろしくお願いしますわ」
学校に来て早々、俺達は担任に転校生達を紹介された。その転校生は二人とも美少女で、二人ともロンドンから来たという話だった。当然、クラスの男子達は一斉に沸き立ったのだった。
俺と一成を除いてな。俺は普段から、セラ達で美女、美少女に慣れてるし、一成は寺の僧侶だからな。普段から女子とは距離を置いてるし、単純に興味が薄いのだろう。多分だけどな。
そう思っていると、何故か先生と二人の転校生が俺の方を見ていた。あれ? しまった、話を聞いていなかった。何か言われたのか俺? 俺がそんな風に怯えていると、先生が呆れた。
「話を聞いていたのか、衛宮? お前が二人の転校生に学校の中を案内してやってくれと言ったんだが?」
「あ、ああ……分かりました」
そうか。よく考えれば、当たり前の事だよな。俺はそれを了承したのだが、何故かその瞬間、クラス中の雰囲気が険悪になった。なんでさ。男子達は、あからさまに俺を睨み付けてくる。
そして、女子達は二人の転校生を険悪な表情で睨んでいる。隣の席の森山なんて、何故か泣いている。どうしたんだ森山!? 俺はこの状況をどうしていいか分からなくなってしまった。
「えっと、じゃあ放課後に……」
「よろしくね、衛宮くん」
「よろしくお願いしますわ」
取り敢えず、引き受けた仕事について話す事にした。転校生の二人は、教室の雰囲気をまったく気にしていない。豪胆だな~……こうして俺は、放課後に転校生二人に学校を案内する事になったのだった。部活休まないとな……
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「……で、ここが音楽室」
「へえ、中々綺麗じゃない」
「ですわね。わたくしの屋敷に比べるとみすぼらしいですけど、及第点はあげられますわね」
「うわっ、アンタ、相変わらず上から目線ね。そういう所がムカつくのよ」
「あらあら、お猿さんの負け惜しみ? 実に貴女らしいですわね」
「誰が猿よ!」
「ま、まあまあ、落ち着け二人とも」
放課後になった。予定通り、転校生の二人に学校を案内する。弓道部は部長に話を通して休ませてもらった。もう少しで案内も終わる。二人の転校生は最初は猫を被って丁寧な言葉遣いをしていたが、俺がやめるように言った。
せっかく同じクラスになったんだし、もっと親しみ易く話したかったから。すると二人は、面白そうな顔をして、本性を見せてきた。正直、こっちの方が親しみ易いのだが、この二人は、事ある毎に喧嘩をするらしく……
まさに犬猿の仲。水と油。混ぜるな危険の二人だったのだ。お陰で俺は二人の喧嘩を仲裁しまくる事になった。これは大変だな。二言話せば喧嘩する、というくらいに仲が悪いらしい。
「ほ、ほら、次で最後だから……」
俺はそう言って、最後である校庭に二人を誘導した。帰り際に男子達が案内役を代わってくれと言ってたが、こんな事なら代わってやれば良かったな。そんな事を考えながら校庭を案内し、俺の波乱の学校案内は終わった。
「助かったわ。ありがとう衛宮くん」
「わたくしからもお礼を」
「いや、この程度なら幾らでも。また何か困った事があったら、何でも言ってくれよ。できるだけ力になるから」
「そうね。その時は遠慮なくこき使ってあげるわ。覚悟してね?」
「お、お手柔らかに……」
怖いな。遠坂の言葉に戦きながらも、俺は約束した。何か困った事があれば力になると。そしてそれは、意外な形で果たされる事になるのだった。遠坂達も予期していなかった形で……
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「……眠れない」
その夜の事。俺は、何故か眠れない夜を過ごしていた。思えばこれは、予感だった。何かが始まる。そんな予感が俺の目を覚まさせていたんだ。そんな俺の耳に、微かな足音が聞こえた。
「……こんな時間に誰だ? ……これは、階段を降りる音? イリヤか?」
夜中に目が覚めて、水でも飲みに行ったのか? それともトイレか? 俺は何故か気になり、イリヤの後をそっと追い掛ける事にした。あのカードも、返さないといけないしな。
イリヤに気付かれないように、静かに階段を降りる。何故気付かれないようにしたのかは、まだ分からなかった。これも、嫌な予感というやつだったのかもしれない。イリヤは、台所にもトイレにも向かわず、玄関に向かった。
「……おいおい、こんな時間に外出?」
俺も靴を履いて、イリヤの後をそっと追い掛ける。本当ならイリヤを捕まえて問い詰めるべきなのかもしれない。だけど、何故かそうする気にはなれずに後を追い掛ける。一体どこに?
「が、学校?」
そこは、学校だった。俺とイリヤが、毎日通っている学校にイリヤはきた。そして、そこには待ち人がいた。その待ち人に、再び驚かされる。何故ならその待ち人は、俺の知り合いだったからだ。しかも学校の案内までした。
「……遠坂? 何で遠坂とイリヤが?」
遠坂とイリヤは何かを話している。だけどここからじゃ、遠すぎて話の内容までは聞き取れなかった。遠坂達はこんな時間の学校で、何をするつもりなんだ? そんな疑問が湧いた時……
「あれは……!?」
イリヤが変なステッキで魔法少女に変身した。俺は、夢でも見てるのか? しかもそのステッキ、何か動いて喋ってるんだけど。うわっ、気持ち悪い。その時、胸のポケットに入れていたあのカードが脈打った。な、何だ!?
「イリヤの周りに、魔法陣が……」
っ!? その光景に、俺はあの時の夢の内容を思い出す。魔法陣のような紋様の中心に寝かされていた女の子。これは、このカードに触れる前にも見た光景じゃないか!? まさかイリヤが酷い目に遭うんじゃないか!?
「そんなの駄目だ! イリヤーッ!」
「え!? お兄ちゃん!?」
「衛宮くん!?」
『おっと、飛び入りですか?』
気がついたら俺は、その魔法陣の中に飛び込んでいた。イリヤの肩を掴んだ瞬間、世界が変わっていた。あまりに非現実的な事に、俺は声すら出ない。
「お兄ちゃん、どうして!?」
「衛宮くんが、イリヤのお兄ちゃんですって!? 聞いてないわよ!?」
『面白くなってきましたね~』
「こら、ルビー! ふざけた事言ってるんじゃないの! どうすんのよ! もう鏡面界に入っちゃったじゃない!」
『ついでに、あちらさんもおでましのようですけどね? あっはっは』
「な、何あれ!?」
もう大混乱だ。驚くイリヤと遠坂と、ついでに俺。そして、一人楽しそうに笑う不可思議なステッキ。極めつけに空間の裂け目みたいな所から這い出てくる黒い人影。イリヤと俺は悲鳴を上げるしかない。何だよあれ!?
「黒化英霊!? ちっ、こんな面倒な時に! とにかく、イリヤ、あれが私達の敵よ! 戦いなさい!」
「ええーっ!? 聞いてないよ!」
「な、何!? イリヤにあれと戦えって言うのか! 正気か遠坂!」
「ああーっ、もう! 少し黙りなさい、衛宮兄妹! 今は争ってる場合じゃない……って、やばっ!?」
『凛さんはうっかりさんですね~』
「きゃあーっ!」
「くっ!」
言い争う俺達を、現れた黒い人影が容赦なく吹き飛ばした。咄嗟にイリヤを抱き抱えて庇ったが、俺は数メートルも飛ばされた。地面に強かに打ち付けられる。くそっ、滅茶苦茶痛い!
このままじゃイリヤが……俺の妹が殺されてしまう。そんな事、絶対にさせてたまるか! 気力で立ち上がるが、敵は圧倒的な存在感を放っている。今の俺じゃ、イリヤを守れない?
「……力を……」
力をくれ。どこの誰でもいい。この俺に妹を守れる力を! その為なら俺の全てを懸けてもいい! 周囲の状況も声も今の俺には届かない。イリヤが黒い人影と戦い始めたのも見えない。
遠坂が、俺を必死に引っ張る事にも気付かない。俺はただ、世界に向かって力の限り叫んでいた。力をくれ、と。そうしている内に、イリヤが再び俺達の前に吹き飛ばされてきた。
「って、やばい!」
「何かヤバそうな事やってる!」
『大ピンチですね~』
「も、もう駄目だ~!」
「……させてたまるか……」
俺の声に小さな声が応えた。そして俺の目の前には、あのカードが浮かんでいる。黒い人影が巨大な魔法陣を描いていくのが見える。あいつはイリヤを殺そうとしている。そんな事は……
「絶対にさせない! イリヤは、俺が守る! 力を貸せ、『ーーー』!」
俺は無意識に、俺の声に応えた小さな声の持ち主の名前を呼んでいた。その名前は、何故か聞き取れなかったが。その存在がいる場所にアクセスする。カードを使って。そして、俺は叫ぶ。
『
こんな感じで。プリヤ士郎がカードを手に入れたのは、美遊兄士郎が願ったからです。美遊が幸せになれるようにと聖杯に願って、その声がプリヤ士郎に届いたから、という感じです。
プリヤ士郎がアーチャーカードを夢幻召喚できたのは、美遊兄士郎と同じ理由です。エミヤがプリヤ士郎の声に応えたので夢幻召喚できた。この作品を書く事になれば、問題はクロですね。
アーチャーカードはプリヤ士郎が使う事になるので。プリヤ士郎が夢幻召喚した姿は、美遊兄士郎と同じですね。当たり前ですけど。それではこの辺で終わります。続きはどうしましょう。
ピクシブの作品とは、所々違う部分がありますが、同じ作品です。作者も、私自身です。
できれば、感想下さい。一言でもいいので。
続けるかどうかのモチベーションになるので。