それではどうぞ。
【イリヤ視点】
「……うっ―――」
体中の痛みで、私は目を覚ました。私、どうして倒れてたんだっけ? はっきりとしない頭を二、三度振って、周囲を見回してみる。すると、そこには理解したくない光景が広がっていた。
「士郎さん、しっかりしてください、士郎さん!」
『美遊様、揺すってはいけません!』
「……え?」
何これ。そこには、お兄ちゃんに縋り付く美遊さんがいた。何してるの、美遊さん? お兄ちゃんがどうかしたの? 私は、その光景をぼんやりと見つめる。一体、何が起きているんだろう?
お兄ちゃんは、赤い液体の上に倒れている。あの赤い液体は何だろう? 理解できない。したくない。私は、何が起きているかを理解する事を拒んだ。だって、認めたくない。認めちゃったら……
「……お兄ちゃん……何で寝てるの? ……ねえ、早く起きてよ……」
「……イリヤスフィール……」
「ねえ、美遊さん……お兄ちゃん、全然起きてくれないよ? 何してるんだろうね」
「イリヤスフィール!」
「ねえ、何で倒れてるの!? 何で起きてくれないの!? 何が起こってるの!」
私は、癇癪を起こしてイヤイヤをする。美遊さんが泣きながら怒鳴ってくる。現実を見てと。理解してと叫んでいる。本当は分かってる。思い出してるよ。闇に飲まれる前のお兄ちゃんの背中を。
そして、お兄ちゃんをこんな目に合わせたあの敵の事を。意識して見ないようにしていたそれが、視界の端に見えた。黒い鎧を着た騎士。それが見えた瞬間、圧倒的な恐怖が私の心を支配する。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い。あの存在が怖い。圧倒的なあの強さ。お兄ちゃんの攻撃で黒いバイザーは砕け、全身を覆っていた鎧も砕け、額から血を流しているけど、それでも倒せない。
「う、うあああああああ!」
『イリヤさん、落ち着いてください!』
私の転身は解けている。美遊さんもだ。私と美遊さんがまだ無事なのは、お兄ちゃんが守ってくれたのと、カレイドステッキの魔力防壁のおかげだ。でも、あまりのダメージに転身が解けたんだ。
つまり、今の私達は無防備。もう防げない。殺されちゃう。もう一度転身する事は、今はまだできないだろう。仮に転身できたとしても、あの敵には絶対に敵わない。それが分かってしまった。
敵がこっちに近付いてくる。殺される。私も美遊さんも、凛さんもルヴィアさんも。そして、お兄ちゃんも。そこまで思った時。私は急に頭が冷めた。殺される? 誰が? ―――お兄ちゃんが?
「―――ダメだ」
「……イリヤスフィール?」
「―――そんなのダメだ」
オニイチャンガコロサレル―――私の中の恐怖が、全て消えた。そして、私の中でかちりと、何かが外れる音がした。何が起きたのかよく分からなかった。ただ、お兄ちゃんを守りたくて。
お兄ちゃんを失いたくなくて。それだけが私の頭を支配していた。
―――そして、私の記憶はここで途切れる―――
「あああああああああああああ!」
…………………………………………………
【???視点】
―――
ワタシは、地面に落ちているカードに手をついた。そして、強引に扉を開く。
「―――【
…………………………………………………
【美遊視点】
「えっ……? ……嘘……どうして……?」
私は、その光景に呆然とする。突然、イリヤスフィールの全身から途轍もない魔力が吹き荒れたと思ったら、彼女は更にとんでもない事をした。私のカードホルダーからこぼれたカードに手を……
『これは……』
『イリヤさん、士郎さんと同じ事を!』
そう、イリヤスフィールは、私のカードホルダーからこぼれた【ランサー】のクラスカードに手をついてその姿を変えていた。全身に青いスーツを纏い、その手には因果を逆転させる呪いの朱槍。
あり得ない。私には分かる。士郎さんのあれとは、また違う。士郎さんの方法も分からなかったけど、イリヤスフィールのこれも正規の手順とは違う。膨大な魔力で、強引に道を繋げたんだ。
「イリヤスフィ……」
私が声を掛けようとした瞬間、彼女は私の頭上を飛び越えていった。その速度は、視認できないほどのスピードで、私は彼女が消えたと思ったほどだった。後ろから、着地する音が聞こえた。
そこでようやく、彼女が私を飛び越えて後ろにいった事に気付いた。後ろを振り向くと、彼女はすでに敵の目の前に迫っている。速い。速すぎる。もしかして、あの敵よりも速いかもしれない。
「これは……」
敵に接近したイリヤスフィールは、視認できないほどの連撃を繰り返す。繰り出される朱槍の連撃は、あの敵をして防ぐのがやっとという感じだった。完全に押している。朱い軌跡が宙に走る。
『す、凄いですよイリヤさん!』
『……あのセイバーの攻撃も防御できています』
素人の筈のイリヤスフィールが、接近戦専用のクラスであるセイバーの攻撃を軽々と防ぎ、弾き返している。戦い方が変わっている。あれはまさに、英霊そのものだ。士郎さんと同じだった。
イリヤスフィールが操る朱槍が、敵の防御を貫いて頬を切り裂いた。さすがに敵も脅威を抱いたようで、後ろに下がりながら魔力を放出させる。防御に回していた魔力も攻撃に回すつもりだ。
そこからは、まさに人外の戦いが始まった。さすがは、接近戦専用のクラス同士の戦い。私の目には、その攻防を捉える事ができなかった。互いの獲物がぶつかる音と、火花だけが見えた。
攻防の衝撃で地面は抉れ、周囲に近付く事すらできなさそうだ。正面からの打ち合いでは互角だと思ったのか、イリヤスフィールの動きがまた変わった。敵の周囲を素早く動き回り、跳ねる。
「……速さで勝ってるから、それ主体に撹乱する動きに変えた?」
『そうみたいです。ランサーは、速さがウリのクラスですから』
『しかも、持ってる宝具からして、アイルランドの大英雄、クー・フーリンですからね』
私達の目の前で、まさに伝説が甦っていた。敵はアーサー王。世界で最も有名な聖剣の担い手だ。それに対するイリヤスフィールは、クー・フーリン。こちらもケルト神話に登場する大英雄だ。
手数ではイリヤスフィールが、一撃の威力ではアーサー王が勝っている。どちらも、切り札である宝具を使わない。攻撃のタメがあるからだろう。どちらも、敵の動きを止めようとしている。
私は固唾を飲んでその戦いを見守った。すると、次第に敵が押され始めた。イリヤスフィールの動きについていけなくなっているんだ。的確な連撃と素早い動きで、優位に立とうとしている。
「あっ!」
『押し勝った!』
ついに、イリヤスフィールの攻撃が敵の防御を抜けて肩を抉った。その隙を逃さず、槍を手元で回転させて石突きの部分で敵を殴り飛ばした。決めるなら今しかない。彼女もそう思ったのだろう。
『イリヤさん、宝具を使うつもりですね』
イリヤスフィールの全身から魔力が迸り、朱く光っている。前傾姿勢になり、右手に槍を構える。あの距離でも、あの速さなら一瞬で距離を詰められるだろう。これで決まりかと思った時だった。
「敵も使う気だ」
膨れ上がるもう一つの魔力を感じて、私は敵を見る。そう、敵も宝具を使うつもりだ。さっきと同じように、剣から黒い魔力が噴き出して巨大な剣になっている。あの聖剣をまた使われてしまう。
「【
『ギリギリですね。でも、敵の準備は遅いですし、その前に出せれば……』
ゲイ・ボルクの方が、タメが少ない筈だ。だから、聖剣の一撃よりも早く出せれば。敵は肩も負傷しているし、イリヤスフィールの方が有利な筈。希望的な考えだけど、私は祈るしかなかった。
でも、何故かイリヤスフィールは動かない。おかしい。もう準備は完了している筈なのに、宝具であるゲイ・ボルクを出さない。そうこうしている内に、敵が攻撃の準備を完全に終えてしまった。
「イリヤスフィール!?」
「……」
『【
撃たれてしまった。動かないイリヤスフィールに向けて、漆黒の聖剣の光が突き進む。私は、思わず目を背けてしまいそうになった。その時、イリヤスフィールが全身から膨大な魔力を放出した。
『これは、刺し穿つ死棘の槍ではありません!』
『あれは……』
イリヤスフィールが、斜め前方に跳ぶ。そして、全身を使って槍を振りかぶる。膨大な魔力をその槍に込めて。それはサファイアの言う通り、刺し穿つ死棘の槍ではなかった。あれは一体……?
「【
そう叫んだイリヤスフィールは、その槍を全力で投擲した。朱い流星が一筋、凄まじい速度で放たれた。そして聖剣の光と激突する。その瞬間、世界から音が消えた。しかしすぐに、轟音が響く。
「きゃあっ!」
衝撃波がこちらにまで届いて、私は吹き飛ばされそうになる。足元に倒れていた士郎さんの体が、その衝撃で転がった。呪いの槍と聖剣が、押し合いをしている。押し勝った方の勝ちになる。
「ううううううううう!」
『―――――ッ!』
槍を投擲したイリヤスフィールが、空中で片手を突き出して槍に魔力を送っている。敵の方もそれは同様で、全身から噴き出す魔力を剣に込めている。どちらが勝つのか。私は唾を飲み込んだ。
「……うっ」
「士郎さん!?」
その時、足元に倒れている士郎さんが呻き声を上げて身動ぎした。目を覚ましたらしい。私が呼び掛けると、士郎さんは弱々しい声を返してきた。彼は、まだ意識が朦朧としているようだった。
「……美遊、イリヤは?」
「……あそこです」
私は、その問いに前方を指し示した。士郎さんは、首を動かしてそちらを見た。そして、息を飲み込んだ。信じられない、という顔で。そこでは、今まさに戦いの決着がつこうとしていた。
…………………………………………………
【士郎視点】
「イリヤ……?」
何をしているんだ、イリヤ? 俺は、敵の攻撃と相対しているイリヤの姿に呆然とする。イリヤはその姿を大きく変えていた。その姿はまるで、俺がカードで変身している時と同じだった。
「……美遊、あれは一体どういう事なんだ?」
「分かりません。イリヤスフィールが、膨大な魔力でカードを使ったんです」
『見ていた私達にも、何が起きてるのか分からないんですよ。イリヤさんには、何か隠されている秘密があるのかもしれません。士郎さんには、心当たりがないんですか?』
「……ない。ある訳ないだろ。イリヤは、普通の小学生なんだ……」
そう、その筈だ。間違っても、あんなカードで戦うような娘じゃないんだ。それなのに、これは一体どういう事なんだよ。どうしてイリヤが、あんな姿で戦っているんだ。どうしてカードを……
「くっ」
「士郎さん、動いてはいけません! 酷い怪我なんですよ!」
「今動かなかったら、俺は一生後悔するんだ!」
「っ!?」
そう。だって俺は、イリヤを守る為にこの力を手にしたのだから。全身の痛みを無視して、俺は倒れたままで弓を構える。ダメージを与える必要はない。少しでも、動きを止められればいいんだ。
敵は肩に傷があるらしく、聖剣に力を乗せきれていない。その傷に狙いを定めて、【
「今だ!」
「うああああああああああ!」
俺のその叫び声が聞こえたのか、イリヤが槍に込めている魔力を爆発させた。黒い聖剣の光を押し戻し、敵の体を貫いた。その瞬間、敵のいた場所が大爆発を起こした。あれならさすがに……
爆発の衝撃波で俺達は数メートル転がった。やがて衝撃波は止み、爆発の光で焼けていた視界も次第に戻る。俺達はセイバーがいた爆発の中心点を見た。するとそこには、カードが落ちていた。
「……セイバーのカード……倒したか」
「そう……みたいですね」
『イリヤさんは?』
敵を倒した事を確認した俺達は、イリヤを見る。ランサーのカードの力を使って、英霊化していたイリヤ。最後に見た場所に目をやると、そこには気を失って倒れているイリヤの姿があった。
「イリヤ……ぐっ」
「士郎さん!?」
英霊化も解けて、気絶しているイリヤ。それを見た俺は、すぐに側に駆け寄ろうとした。だけど、気を失うような痛みを感じて、数歩進んだ所で倒れてしまう。ああ、そうか。俺は……
そうなってようやく、自分が怪我をしていた事を思い出した。くそっ、早くイリヤの所に行って、無事を確かめたいのに。痛みを無視して起き上がろうとしたが、指一本動かす事ができない。
「何やってるんだよ、俺……! イリヤを……」
「もう動かないでください! イリヤスフィールは、私に任せて……」
「……ちくしょう……」
「士郎さん……」
悔しかった。妹が、イリヤがどんな大変な事になっているのか分からないのに。本当は今すぐ側に行きたい。イリヤを守りたいのに、俺は何をやっているんだろう。何の為に力を手に入れた?
こんな所で無様に倒れているしかないなんて、俺はなんて無力なんだ。美遊の声も聞こえない程、俺は自分に憤っていた。もう二度とこんな無様は晒さないと、そう自分に言い聞かせながら……
…………………………………………………
「ったく、無茶をしたわね衛宮君。そんな傷で、新しい敵を倒すなんて」
「まったくですわ。けれど、良くやってくれましたわ。貴方の事を少し見直しました」
「……二人とも、傷はもう大丈夫なのか……?」
「アンタに比べれば大した事ないから黙ってなさい。治癒魔術で応急処置したし」
「とは言っても、わたくしもトオサカリンも治癒の魔術はあまり得意ではないのですけど。ですから貴方は少し大人しくしていなさいな。無理に動けば、傷口が開いてしまいますわよ?」
戦いが終わり、イリヤの無事も美遊が確認してくれた。まだ心配だが、魔術の素人である俺には、これ以上どうする事もできないので、ルビーとサファイアの二人(?)に任せておく事にした。
そして、気を失っていた遠坂とルヴィアを起こして、今は後処理の最中だった。セイバーのカードは回収し、通常の空間に戻っている。そして今、俺は二人の魔術師に傷の手当てを受けている。
セイバーは、俺が相打ち気味に倒した事にした。美遊達が、そうした方がいいと言ったからだ。イリヤがランサーのカードを使って英霊化した事は、この二人にはまだ黙っていた方がいい、と。
というより、この二人の背後にいる魔術協会には、という事らしい。俺のように、二人の目の前で変身してしまったのなら手遅れだが、イリヤはまだ見られていない。それならまだ間に合うと。
もし魔術協会に目を付けられてしまったら、イリヤの身に危険があるかもしれないと言われて、俺はその意見に同意した。俺はもう仕方ないし、自分で望んでやった事だ。だが、イリヤは違う。
美遊の話では、イリヤは半ば暴走していたように見えたそうだ。記憶もあるかどうか分からないという。イリヤに直接確かめてみないと分からないが、今の段階では、それもできそうもない。
あの力を誰かに知られてしまったら、今以上に戦いに関わる事になってしまうかもしれない。そんな事は絶対にさせられない。この二人を信用していないようで、俺は少しだけ心苦しかった。
「……ごめんな。遠坂、ルヴィア」
「何の事よ? これくらい、どうって事はないわよ?」
「そうですわ。貴方は、わたくし達の命の恩人なのですから」
そうじゃないんだ。そうじゃないんだよ。友達を信じられずに嘘を付くという事に対して後ろめたい俺が、自分の心を少しでも軽くしようとしているだけなんだ。俺は心の中で二人に謝り続けた。
ただの自己満足でしかないと、そう自覚しながら……
そして俺は、横で気を失っているイリヤの方に顔を向けた。イリヤ、お前がなんだろうと俺はお前の味方だ。何故なら俺は、お前のお兄ちゃんだからな。例え得体の知れない力を持っていても。
最後に、そう思ったのだった。
イリヤの覚醒。ランサーのカードを使っての夢幻召喚でした。
今回、何故投げボルクを使ったのかというと、普通のボルクでは、セイバーの攻撃の前に間に合わない可能性があったからです。先にエクスカリバーを撃たれてしまったら、負けが確実なので。
それと、何故投げボルクでエクスカリバーと拮抗できたのかについて。B+とA++ですからね。
これは、黒化のせいでカリバーのランクが一つ減ってる事と、イリヤの魔力で強化されてるから。
そして、肩の傷のせいでセイバーは魔力を乗せきれていません。これでさらにランクが減った。
なのでランクで表すと、カリバーがA、投げボルクもAになっています。
最後はさらに魔力を上乗せして、投げボルクがA+。だから勝てたんです。
以上、今回の解説でした。
それでは、感想待ってます。