それではどうぞ。
【士郎視点】
「う~ん、いい朝だ」
「なっ、シロウ。また貴方は勝手に朝食を作って……!」
「おはようセラ。あ、じゃあ俺、イリヤ起こしてくるな」
「待ちなさい! 今日こそは言わせてもらいますけどね……(くどくど)」
いつもの朝。セラの文句という名の説教を笑顔で躱しつつ、俺は台所を後にする。もう何年も同じやり取りを繰り返しているから、俺もセラも慣れたもの。セラは文句を言いながら味見をする。
「大体シロウ、貴方は病み上がりなんですからね? あまり無茶は……」
「もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとな、セラ」
「べ、別に心配してなんか……」
「テンプレツンデレだね、セラは」
「誰がデレてますか! リーゼリット、貴女とはじっくりと話す必要があるようですね」
家政婦二人の、これまたいつものやり取りを背中で聞きながら、俺は妹を起こす為に二階に上がっていく。涙が出るくらい、穏やかな時間だ。妹の部屋に辿り着き、部屋の扉をノックする。
「イリヤ、朝だぞ。朝ご飯できてるから、起きて着替えろ」
『う~ん……』
起きないか。仕方ない、以前見ないでと叩き出されたが、遅刻をさせる訳にはいかない。時間的にまだ余裕はあるが、美遊と一緒に登校する約束をしてたし、美遊を待たせる事態は避けたい。
「入るぞ、イリヤ」
一応声をかけて、俺は部屋に入る。するとそこには、気持ちよさそうに寝息を立ててる妹がいた。それに笑みがこぼれるが、起こさなければならない。イリヤのベッドに近付き、体を揺する。
「ほら、起きろイリヤ。美遊と一緒に登校する約束してただろ?」
「……あと五分……」
「またそれか。やれやれ、まったく……」
本当に愛しい、俺の日常。命を懸けてでも取り戻したかった穏やかな日常が、やっと戻ってきたと実感する。ベッドの上のカーテンを開けて、太陽の光を部屋に呼び込む。さあ、起きろイリヤ。
「……眩しいよお兄ちゃん……」
「ほら、こんなにいい天気だぞイリヤ」
「……自分で起きれない……起きるから、だから抱っこ……」
「う~ん……」
甘えるなと怒るべきか、それとも、この懐かしいやり取りに従うべきかな。4年くらい前までは、イリヤはこう言ってきていた。最近は恥ずかしくなったのか、言わなくなっていたんだが……
寝惚けているイリヤは、両手を伸ばして抱っこをせがんでくる。久しぶりに全力で甘えてくる妹に嬉しさを感じてしまう自分がいる。まだ兄離れをして欲しくないと思ってしまうんだよな。
『イリヤさんもブラコンですが、士郎さんもシスコンですよね』
「うわっ、ルビーか。そういえば、お前はここに残ったんだったよな……」
兄として、もっと甘えて欲しいという気持ちに悩んでいると、もはや聞き慣れてしまったルビーの声が横から聞こえてきた。ルビーは、遠坂達の任務が終わってもここに残る事になったらしい。
『ええ、それはもう。こんな面白……いえ、いいマスターは他にはいませんので』
「言おうとした言葉がすぐ分かってしまう所がお前だよなぁ……」
本当にこいつは、ろくでもない性格をしてるよな。イリヤを完全におもちゃ扱いしている、性悪なステッキに呆れながら、これが新たな日常なんだと再認識する。悩むだけ時間の無駄なんだ。
『いやあ、それほどでも♪』
「褒めてないからな」
俺も慣れたものである。普通に、魔法のステッキと会話している自分に微妙な気分になりながら、深いため息をつく。隙あらば俺の事もからかおうとしてくるから、一時も油断ができない。
『しかし、士郎さんは本当に凄いですね。色んな意味で』
「どういう意味だ?」
『たった一日で、もう普通に歩ける状態に回復するなんて。どうなってるんですか貴方』
「そんな事言われてもさ。動けるんだから仕方ないだろ」
丸一日大人しく寝ていたら、軽い痛みはあるが問題なく動けるまでに回復した。自分でもこの回復力には驚くが、そういえば昔から、怪我で入院とかは一度もした事がないような気がする。
「まあ、大きな怪我とかも一度もなかったから実感がないんだけどな」
そう言ってから、何故か少し頭が痛んだ。でも、すぐに収まった。何だ今のは? 不可思議な痛みに少し頭が混乱したけど、ここ最近はこんな事がよくあるから、一々気にしない事にした。
『ほう。凛さん達の治癒魔術があったとはいえ、それでも凄いですよ』
「そういえばそんな物があったな。だからきっと、遠坂達の魔術が凄かったんだよ」
『そうなんですかねえ。まあ、そうしておきましょうか。あ、それよりも士郎さん、イリヤさんを起こしに来たのではなかったんですか? イリヤさんのご要望の通り、五分経ちましたし』
「あ、そうだった。ほらイリヤ、五分経ったぞ。今度こそ起きろ」
そんなこんなで、取り戻された日常の朝はこうして過ぎていった。目を覚ましたイリヤが再び悲鳴を上げて、それを聞きつけたセラに殴られ、それを見たリズに笑われて。騒がしくも愛しい日常。
それが返ってきたんだ。何度目になるか分からないが、俺はそう思ったのだった。
…………………………………………………
「おはよう、美遊」
「ご、ごめん美遊! 待たせちゃった?」
「ううん、そんなに待ってないよ。おはよう、イリヤ。士郎さんも、おはようございます」
『おはようございます、皆さん。姉さんも』
『おお、サファイアちゃん。おはようです』
そして、新しく俺達の日常に加わった美遊と朝の挨拶を交わす。家を出てすぐの屋敷。ルヴィアの屋敷に住んでいる美遊と一緒に、学校に行くのだ。ルビーだけでなく、サファイアもいるが。
「サファイアも残るんだな」
『はい。美遊様を新たなマスターに選びましたから』
ルビーとサファイアは、それぞれイリヤと美遊の髪の中に隠れている。そんなサファイアも、俺の日常に加わっていくらしい。そういえば、ルヴィアが帰っても美遊はここに住むんだろうか。
「えっと、それが……」
「あはは……」
『ぷくくく、それは学校に行ってみてのお楽しみですよ士郎さん』
「は?」
どういう事だ? 俺の疑問に、イリヤと美遊が気まずそうに視線を逸らし、ルビーがおかしくてしかたないと言いたげに笑いを堪えながらそんな事を言ってきた。まさか、まだ何かあるのか?
『士郎様がご心配されているような事はありませんので、どうかご安心ください。士郎様とイリヤ様の日常は、間違いなく取り戻されました。それは絶対です。ですが……』
『おっと、ネタバレは禁止ですよサファイアちゃん。黙っていた方が面白いですから』
サファイアの言葉に安心する俺だが、釈然としない気持ちになる。まあ、別に悪い事が起こる訳でもなさそうだし、いいんだけどさ。学校に向かう道すがら、イリヤと美遊と話しながら歩く。
「イリヤと美遊が友達になれたようで、俺は嬉しいよ」
「うん。あの日から、上手くやれそうな気がするんだ」
「私も、イリヤと話すのは楽しいです」
それは良かった。お互いの顔を見ながら楽しそうに話す二人を見て、俺は心の底から幸せな気持ちになる。そして、あの日見た夢を思い出す。全ての騒動の始まりの夜に見た、あの夢の事を。
『――美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように。優しい人達に出会って――笑い合える友達を作って――あたたかでささやかな――どこかの俺。俺の妹を、頼むよ――』
これでいいか? なあ、夢の中の俺。こんな光景が見たかったんだろ? あんな夢を本気で考えるなんて、自分でも馬鹿みたいだと思う。だけど、いいじゃないか。笑い合う二人の妹達の笑顔。
これが見られるだけで、俺もこんなに幸せな気持ちになれるんだから。この光景を守り続けていきたいと、そう思えるんだから。あれが本当かどうかなんて、そんな事はどうでもいい事だった。
「イリヤだけじゃない。クラスの子達とも、ちゃんと友達になればもっと楽しいと思うぞ」
「そうだね。美遊、タツコ達とも友達になろうよ」
「士郎さんがそう言うなら、考えてみます」
俺の提案に、イリヤは嬉しそうに同意した。以前、イリヤの友達とは微妙な壁を作っていたと聞いていたからな。俺達にそう言われた美遊は、少し悩んだ表情をしたものの、素直に頷いてくれた。
言葉が微妙に重い気がするが。まさか美遊は、俺に言われたら何でもするとでも言うのか。いや、きっと俺の気のせいだ。そうに違いない。そうであって欲しい。頼むから、そうであってくれ!
視線も微妙に重い気がする美遊に、少しだけ気圧されながらも、俺は二人の妹との会話を楽しみながら学校への道を歩いた。その途中で、イリヤが手を繋ごうとしてきて大変だったりもした。
対抗するように美遊が同じ事をしようとしてきて、それを見て俺達と同じように登校している最中の学生達に白い目を向けられたりしたからだ。イリヤだけなら、いつもの事だったのだが……
今回は妹の友達らしい女の子までいるもんだから、『おい、見ろよ衛宮の奴。とうとう、妹の友達にまで手を出したのか?』だの、『いつかやると思ってたんだよな』だの言われたりした。
おい、どういう意味なんだよ。シスコンと囁かれるのは、不本意だが慣れているので問題なかったのだが、ロリコンと言われた時は本気で涙目になった。誤解だと言っても無駄だったし。
なんでさ。普段俺は、周囲にどんな目で見られているのだろうか。知りたいような、知りたくないような複雑な気分になりながら、ある意味地獄のような登校時間は過ぎていったのだった。
「それじゃお兄ちゃん、行ってくるね」
「士郎さん、また放課後に……」
「ああ、二人とも勉強頑張ってな」
俺達が通う穂群原学園に到着し、俺は高等部へ、イリヤ達は小等部へと向かう為に別れた。イリヤは元気よく右手を振りながら、そして美遊は行儀よくお辞儀をしながら挨拶してくれた。
それに俺は片手を上げて答えながら、二人を送り出す。これから毎日、こんな日が続くのだろう。こうして新しく始まった俺の日常は、以前よりも賑やかになりながらも、幸せに満ちていた。
「まあ、いなくなった奴らもいるけどな」
クラスカードの回収が終わり、その為に来ていた二人の女の子は帰ったのだろう。この時の俺は、そう思っていた。ルビーの言葉と態度の意味を知らないまま、俺は上靴を履いて教室を目指した。
…………………………………………………
「……? 何だ、何か騒がしいな」
自分の教室に近付いた俺は、妙に騒がしい教室の様子に首を傾げる。見てみると、教室の入り口に人が大勢溜まっていた。そして、俺の友達である柳洞一成が、頭を押さえて教室の中を見ていた。
「一成、どうしたんだ? 皆も、何で教室に入らないんだ?」
「おお、衛宮か。おはよう。って、それどころではなかった。あの二人を止めてくれ!」
「あの二人? 止める?」
「中を見てみれば分かる」
一成に聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。人垣をかき分けて、どたばたと騒がしい教室の中を見てみる。するとそこには、全ての答えが居た。『あった』ではなく、『居た』のだ。
「アンタが手柄を独り占めしようしたせいで、こんな事になっちゃったじゃない!」
「お黙りなさい、自分の事を棚に上げないでくださいまし! 貴女にも責任がありますわ!」
「ほんっとアンタはムカつくわね、金髪ドリル!」
「お互い様ですわ、ツインテゴリラ女!」
「……ああ、うん。一目で分かったよ一成」
教室の中には、これまたもう見慣れてしまった二人のやり取りがあった。ボロボロになった遠坂とルヴィアが、お互いの髪を引っ張り合いながら取っ組み合いの喧嘩をしていた。お前らなあ……
机は倒され、床は荒らされ、黒板消しやチョークなどが散乱していた。って、どうしてまだ、この二人がこんな所にいるんだ? クラスカード回収の任務は終わった筈だから、帰ったんじゃ?
「って、そんな事気にしてる場合じゃなかった! 二人ともストップ!」
ここ数日でこの二人の喧嘩は皆も見慣れてしまい、驚く人達はいなかったが、この二人を放っておく訳にもいかない。激しく喧嘩する二人の間に割って入り、俺は喧嘩の仲裁を試みる。
「邪魔をしないで衛宮君。今日こそは、こいつに引導を渡してやるのよ」
「それはこちらの台詞ですわ。
「だから落ち着けって。どうしたんだよ二人とも。ロンドンに帰ったんじゃなかったのか?」
二人を宥めつつ、俺は気になっていた事を聞いた。するとその瞬間、二人の怒気が増した。あれ、もしかして俺、地雷踏んだ? 二人の表情が、悪鬼羅刹もかくやという顔になる。こわっ!
「ええ、そうね。衛宮君の言う通りだわ。そうなる筈だったのよ。こいつさえいなければね!」
「ふん、貴女が突っかかってこなければ、事態は穏便に進みましたのよ」
「きっかけはアンタでしょうが!」
「おーっほっほっほ、聞こえませんわ」
「な、何があったんだ?」
聞くのは怖かったが、聞かなければ話は進まない。クラスメイト達が、不穏な空気を察して教室の前から逃げ出し始めたのを横目で見ながら、俺は慎重に話を進める。気分としては爆弾処理班だ。
一成がアイコンタクトで、先生を呼びに行ってくるから事態の把握を頼むと伝えてきた。薄情者。俺一人に任せるつもりか。教室内の空気が、一秒ごとに悪くなって歪んでいく気がする……
「クラスカードを全部回収した私達は、ロンドンの時計塔に帰る予定だったわ。けれど、この性悪金髪ドリル女が手柄を独り占めにしようとしたのよ。私をヘリから突き落としてね!」
そんな大声で言っていいのかと思ったが、気が付くと教室の前には誰もいなかった。多分だけど、遠坂が魔術で人払いでもしたのだろう。最初からそれ使うか、屋上にでも行けとは言えなかった。
今、口答えでもしようものなら、遠坂の怒りの矛先は間違いなく俺に向くだろう。そんな恐ろしい真似はできなかった。この二人の言葉をなるべく邪魔しないようにしながら、事情を聞く。
「手柄を独り占め? どういう事だ?」
「衛宮君にはまだ教えてなかったわね。私達が今回の任務を受けたのは、有名な魔法使いである人の弟子になる為だったのよ。この任務を無事にやり遂げたら、二人とも弟子にすると言われて」
「はあ……」
「その時に、ちょっと暴れたりもした訳だけど……」
「ちょっと、ね……」
きっとちょっとじゃないだろう。1+1並みに簡単な答えだが、それは口にしない。遠坂達の事情を把握した事で、さっきの遠坂の言葉を思い出す。ルヴィアが手柄を独り占めしようとした。
つまり、ルヴィアはカードを自分一人でロンドンに持ち帰り、自分だけその人の弟子になろうとしたという事だろう。その為に、遠坂をヘリから突き落としたと……容易にその様子が想像できる。
「……それで?」
「聞いてくださいまし衛宮士郎。このツインテゴリラ女は、野蛮にもわたくしが乗るヘリを宝石魔術で撃ち落としたんですのよ! 危うく死んでしまうところでしたわ」
「誰がゴリラ女よ!」
「……」
撃ち落とそうとした、ではなく、撃ち落としたなのか。ルヴィアもルヴィアだが、遠坂も遠坂だ。そこからの展開は、もう聞くまでもなかった。目に浮かぶようだ。派手な魔術戦を演じたと。
「こいつからカードを取り戻す為に、持てる限りの魔術を使ったわ」
「一晩中戦い続け、気が付いたら朝でしたわ。わたくしの髪も服もボロボロで……」
「それで周囲を破壊し尽くした、と?」
「良く分かったわね衛宮君。それで、その事が大師父にバレちゃってね。大目玉食らったのよ」
「
「ふざけんじゃないわよ金髪ドリル女!」
もう帰ってもいいかな。俺、十分やったよな? この二人の終わらないやり取りを聞きながら、俺は深いため息をついた。こいつらに魔術を持たせる事が、そもそもの間違いなんじゃないのか。
「で、罰則食らっちゃったのよ。しばらく日本で、和を学んで来いってね」
「留学期間は、一年だそうですわ。まったく、冗談じゃありませんわ」
成程な。つまり厄介払いされたのか。これを言うと二人を怒らせる事は明白なので口には出さず、俺は心の中で納得した。したのだが、日本の迷惑も考えてくれと思わずにはいられなかった。
イリヤ達のあの微妙な表情は、これが原因だったのか。頭が痛くなってきた俺は、二人の魔術師を交互に見た。ハチャメチャな二人がこれから俺の新しい日常に組み込まれる事になるのか。
なんだか、それって……
「……ふっ」
「何よ衛宮君。人の顔見て笑って」
「少し失礼なのではなくて?」
「いや、そうじゃないんだ。二人を馬鹿にして笑ったって訳じゃなくてさ……」
どうやら、俺の日常はさらに賑やかになりそうだ。頭は痛いが、少しだけ楽しみになっている自分に気が付いて、俺は笑ったのだ。少なくとも、退屈だけはしなさそうだ。限度はあるけどな。
取り戻した日常と、これから始まる騒がしくも楽しみな日常を思い起こして、俺は笑った。
「これから宜しくな、遠坂、ルヴィア」
「……分かったわよ」
「やれやれですわ」
笑顔で二人に手を差し出すと、二人はしぶしぶながらもそれに応えてくれたのだった。
はい、無印編はこれで完結です。次回からはツヴァイ編。
凛とルヴィアが士郎に本気で惚れる話は、番外編とかで書くかもしれません。
今までもフラグは立っているんですが、任務優先で難しかったんですよね。
あ、今回、ある伏線を仕込んでおきました。丸分かりかもですが。
そういう事ですね。これについてはおいおい。ツヴァイ編で書きます。
それでは、また次回。感想を待っています。