そして、遂にあいつが……!
【イリヤ視点】
「これで終わりだよ! 【
今の私にできる最大威力の攻撃。魔力を収束して威力を高めた砲射が、動けなくしたバゼットさんに向かって飛んでいく。幾らあの人が常識外れの怪物でも、これさえ決まってくれれば勝てる筈!
「お願いっ! ……えっ!?」
祈るように見つめるその先で、私は信じられないものを見た。動けないように拘束していた魔力防壁。それは強固な枷だった。幾らなんでもあれで動けるなんてあり得ない。そう思い込んでいた。
いや、そう思いたかった。でも……
「避けた……!? あの状態から……!」
「拘束が二重だったら、貴女の勝ちでした」
魔力砲が命中する寸前、バゼットさんは拘束していた魔力防壁を砕いて無理やり避けた。私の全力攻撃は、バゼットさんの服を僅かに破っただけに終わってしまった。嘘でしょ……信じられない。
破れた服から、奪われていた四枚のクラスカードがこぼれて地面に落ちる。それを呆然と見ている間に、バゼットさんはまだ残っていたもう片方の魔力防壁も砕いて完全に自由を取り戻していた。
「な、ならっ……もう一度……!」
それを見てハッと正気を取り戻した私は、今度は二重に拘束しようと意識を集中させる。けれど、バゼットさんはまったく同じ手が二度通じる相手じゃなかった。その場で屈んで、手を地面に……
「ちょっ!?」
バゼットさんがやってきた事に、私は目を剥いて固まってしまう。なんとバゼットさんは、地面をひっくり返してきたのだ。大きな土の塊が、私の視界を完全に遮ってしまう。地面で畳返し!?
「がっ!」
驚愕に目を見開く私のお腹に、バゼットさんの拳が深々と突き刺さる。完全に固まっていたので、物理保護に魔力を集中する事もできなかった。土の壁を突き破ってきたその拳に、息を吐き出す。
いや、吐いたのは血だった。あまりの痛みに頭が真っ白になって、私は数メートルも吹き飛んだ。そしてそのまま、受身も取れずに地面に落ちる。まともに息する事もできない痛みが、頭に響く。
「……っ……!」
『イリヤさん大丈夫ですか!? 《直撃……! これは、ちょっとやばいですよ……!》』
「無駄な抵抗をせずに、大人しくクラスカードを渡していれば良かったのです。さて……」
「あっ……」
息もできずにお腹を押さえてうずくまる私に静かに近付いてきて、バゼットさんは私の足を無造作に掴んで宙吊りにしてきた。そして、私の左足に括りつけられているカードホルダーを奪い取る。
「あうっ……!」
「……【アサシン】と【シールダー】のカード。これで、残りはあと二枚ですね……っ!?」
絶望に染まる私の耳に、なにかが激しくぶつかる音が聞こえてきた。痛みをこらえて見てみると、そこにはバゼットさんに朱い槍を突き出している人影がいた。あ……これって、もしかして……
「先程の少女……! もう復活しましたか!」
「もう少し寝てたかったのに、誰かさんのボディブローで叩き起こされたわ。やってくれたわね」
やっぱり、クロ! 良かった、無事だったんだ。服はボロボロになってるし、身体中に無数の傷があるけど、クロはまだ動けるみたいだ。私の痛みも感じている筈なのに、クロはまだ戦うらしい。
クロは槍を受け止めてるバゼットさんを睨んで、さっきのお返しとばかりにルヴィアさんの屋敷の瓦礫に向かって蹴り飛ばした。そして、心配して声を掛ける私の方を振り返って、鋭い声で叫ぶ。
「カードを拾ってイリヤ! 一枚もこいつに渡さないで! それまで、私
「
クロの言葉に、バゼットさんが疑問の声を発した瞬間だった。バゼットさんの後ろの瓦礫が吹き飛んで、その中から小さな人影が現れる。その人影は
「『美遊』!」
「ちっ!」
その姿に、私は喜びの声を挙げて、バゼットさんは忌々しそうに舌打ちをした。後ろから奇襲する事に成功した美遊は、サファイアに魔力を込めてバゼットさんを殴り飛ばした。無事だったんだ!
「遅くなってごめんなさい、イリヤ。受けた傷を治癒するのに時間が掛かってしまって……」
「ちょっと、呑気に話している暇はないわよ二人とも。さあ美遊、打ち合わせ通りに行くわよ!」
「了解!」
「次から次へと……!」
美遊の攻撃を腕でガードしていたバゼットさんは特にダメージを受けた様子もなく、クロと美遊を睨む。クロと美遊はその視線を受けて表情を引き締め、バゼットさんを挟み撃ちする位置につく。
「うくっ……!」
クロと美遊がバゼットさんと激しい戦いを始めた光景を見ながら、私は必死に地面を這う。カードを拾わなくちゃ。今のうちに、早く。クロの指示を思い出しながら、痛みを無視して私は進んだ。
『駄目ですよイリヤさん! まだ受けた傷が癒えていません! 早く治癒に専念しないと、命に関わるレベルのダメージを受けているんですよ!』
「治癒なんて……待ってられないよ……」
私しかいないんだ。クロと美遊がカードを拾わないのは、バゼットさんを足止めする為だ。私はまともに戦える状態じゃないから、時間稼ぎもできない。そして、あの人は一人では抑えられない。
だからまだまともに動ける二人が時間を稼いで、私がカードを拾わなくちゃいけない。なのに、体がしびれて上手く動いてくれない。早くしないといけないのに、どうして動いてくれないのよ!
「皆で……命懸けで……集めたカード……」
お兄ちゃんと、美遊と、凛さんとルヴィアさん。クロだって、セイバーの時に力を貸してくれた。あんなに苦労して、やっと集めたカードだ。皆の努力が、想いが詰まってるんだ。絶対渡せない。
「二人が足止めしてくれてる内に……」
『イリヤさん……!』
「一枚でも……!」
周りの音も聞こえない。ただ必死に、私はカードに手を伸ばした。地面に幾つも落ちてるカード。私は、無意識の内に『あのカード』に手を伸ばしていた。そして、やっとカードに手が届いた。
「い……っ……!」
そう思った瞬間、カードに手をついた私の手首を黒い靴が踏みつけた。まさか。そう思って見上げてみると、そこには冷たい目で私を見下ろす鳶色の瞳があった。その手には、五枚のカード……
「―――子供ながら、よくここまで持ちこたえたものです。貴女達三人とも、ね……」
「クロ、美遊っ!」
バゼットさんが視線を横にずらして言った言葉につられてそっちを見てみると、そこにはクロと美遊が並んで倒れていた。二人は痛みに顔を歪めながら、こっちを悔しそうに見ている。そんな……
『無理もありません。クロさんはイリヤさんが受けている激痛を共有していますし、美遊さんだってあの短時間で完全に治癒できる筈がありませんから。あれだけ動けたのが異常だったんです』
再び絶望的な状況になる。ルビーの説明で、クロと美遊もさすがにもう戦えないという事を嫌でも実感させられる。そして、バゼットさんはほとんど無傷。そのデタラメな強さも思い知らされた。
「……カードから手を離しなさい」
「……っ! やだ!」
冷たい声で命令されて、体の芯から震え上がる。でも、それでもカードは渡せない。どんなに怖くたって、痛くたって。あの戦いの日々が頭の中に甦る。私達が出会い、仲良くなったあの日々が。
「手加減をしてあげているのが、まだ理解できませんか? その気になれば貴女の手首ごとカードを奪う事だってできます。意地を張るなら……」
怖い怖い怖い! 痛い痛い痛い! 心が、そして体が同時に悲鳴を上げている。もうやめろと全身が訴えている。それでも、この手だけは絶対に離さない。心と体が屈しても、魂だけは屈さない。
「このまま骨を踏み砕きましょうか」
「……げる……」
「……?」
「……告げる……」
「何を……?」
渡さないから。私は、心の中でクロと美遊に謝りながらも約束する。せっかく時間を稼いでくれた二人の為にも、このカードだけは絶対に渡さないからと。そして、クロと美遊を思い浮かべて……
「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
「なっ!?」
『イリヤさん、まさか!?』
クロがやっていた事を、そして美遊が教えてくれた方法を思い浮かべて、私は言葉を紡ぐ。そんな私の体の下に魔方陣が浮かび上がって、バゼットさんが驚きの声を上げる。でも、もう遅いよ。
「―――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
そして、私はこの時に初めて、自分の意思と力でそれを使った。そして叫ぶ。【
…………………………………………………………
【美遊視点】
「イリヤ……」
「あの子、この土壇場で……」
光が
その突撃の威力は凄まじく、イリヤの攻撃が通りすぎた地面を大きく抉っていた。イリヤは、その突撃の勢いのままに遥か上空に上昇していった。そして、光の軌跡を描きながら高速で旋回する。
「桁違いの突進力……そうか、それが……クラスカード【ライダー】の真の力……!」
バゼットが驚愕を隠せないという様子でイリヤを見上げている。そしてイリヤは、上空で制止してそんなバゼットを無言で見下ろしている。美しい白き
鎖のついた杭のような短剣を手にして、英霊に変身したイリヤはバゼットを片目で睨む。何故片目かというと、右目に眼帯をしているからだ。残された左目が、強い意思を宿して敵を見据える。
「前に美遊が見せてくれた方法よね、あれ」
「……うん」
でも、そんなに簡単にできる事じゃない。方法が分かれば使える訳じゃないんだ。英霊と同調する事ができなければ。その感覚は口で説明できる事じゃない。きっと、クロの感覚を思い出して……
そんな事を考えている間に、イリヤは再び攻撃を開始した。とてつもない速さで急降下してくるイリヤに、バゼットが初めて焦りの表情を浮かべて突進を回避する。完全に、ライダーの独壇場だ。
あの位置。そしてあの距離。接近戦しかできないバゼットには、あの突進に対抗する手段がない。しかもその威力はバゼットでも完全に防げない。きっと、正面から戦えばバゼットが勝つだろう。
単純な戦闘力では、ライダーは大した事はない。けれど、ライダーの真価は、正面からの打ち合いではない。あの
「……仮説はありました」
再び上空に上昇し、旋回して位置を整えようとしているイリヤを見上げながら、バゼットが呟く。ネクタイを外して、破れたスーツの上着を地面に脱ぎ捨てる。いよいよ、本気になったようだ。
「礼装を媒介として英霊の力の一端を召喚できると判明した時、ならば人間自身をも媒介にできるのではないかと。しかし、カードに施された魔術構造は極めて特殊で複雑。協会は、いまだ解析に至っていない。それを―――いとも容易く……」
『協会も、カードの力の秘密を少しは理解していたようですね。しかし、完全には解けていない』
「……そうみたい、だね……」
バゼットが語った話が本当なら、やはり魔術協会にクラスカードを渡す訳にはいかない。今はまだ解析できていなくても、いずれは判明してしまうかもしれない。そうなったら、大変な事になる。
封印すると言ってるけど、もしその封印を破って自分の為に英霊の力を使う人が現れたら? 絶対ないとは言えない。あのカードは、本来ならこの世界にあってはいけない物だと私は知っている。
「……貴女だけは、絶対に許さない」
「……」
そんな事を考えていると、イリヤがそう言いながら右目の眼帯に手を掛けていた。あれはまさか。
『イリヤ様、まさか!? 駄目です!』
「サファイア?」
イリヤが勝負を決めるつもりだと思う私の隣で、何故かサファイアが血相を変えた。どうしたの?
『いけません、彼女に【宝具】は……!』
サファイアの焦った声が、私の心に響いた……
…………………………………………………………
【イリヤ視点】
「絶対に、許さない!」
そう繰り返しながら、私は右目の眼帯を外してバゼットさんを睨み付けた。その瞬間、封印されていた力が解放される。使ってみて分かったけど、どうやらこのカードは、私とはあまり相性が良くないみたいだ。もうあまり時間が残されてない。
ここで決める! お兄ちゃんがやられた石化の魔眼が発動して、バゼットさんの動きが鈍くなる。ここだ。完全に動きは封じられなくても、これで十分。これさえ躱わされなければ、それでいい。
鎖の短剣を、光の手綱に変える。この時私は、頭に血が上っていた。クロと美遊が必死に頑張ってくれた事も、そんな私の心情を後押ししていた。ルビーに言われていた事を、完全に忘れていた。
『イリヤさん、落ち着いてください!』
「【
『駄目ですッッ!』
「
あまり相性が良くないカードを使った事で、変身していられる時間が短いと感じていた事も原因の一つだっただろう。とにかく私は勝負を焦った。ルビーの言葉が聞こえない程に、焦ったんだ。
「……この瞬間を……」
凄まじい速度で突進している間に、不思議な事にバゼットさんの声がハッキリと聞こえた。そんな事はあり得ない筈なのに、確かに聞こえた。それはもしかしたら、走馬灯だったのかもしれない。
「待っていた!」
自分の宝具で、視界が光に遮られている。彼女が一体何をしてるのか、私には全然見えなかった。ただ、向かう先で魔力が跳ね上がるのを感じた。それでも、今さら攻撃を止める事はできない。
「【
そう聞こえた瞬間に、静寂は突然訪れた。え? 私は空中に制止していた。なにが起きたのか全然分からない。目の前には、右手を振り切っているバゼットさんがいた。宝具が、消されたの……?
さっきまであんなに眩しかった視界が、一瞬でクリアになっている。宝具の突進で発生していた衝撃波も……いや、それ以前に突進そのものが……私はゆっくりとバゼットさんの前に移動して……
「あうっ!」
殴り飛ばされた。地面を滑って、力なく倒れる。そして、体からライダーのカードが排出される。その瞬間、カードのお陰で忘れていた痛みがまた私の体を襲い、体を折りながらそれに耐える。
「……な、なにが起きたの……?」
『―――だから言ったでしょう。彼女に対して、【決め技】や【切り札】の類は絶対に使用してはいけません、と。その理由がこれなのです』
混乱する私の耳に、静かなルビーの声が聞こえてくる。敵の切り札より後に発動しながら、
『フラガが現代まで伝えきった神代の魔剣。
「っ!?」
『分かりましたか? 彼女に対して宝具を使用すれば、必ず負けるのです。かといって、通常攻撃のみで倒すには、彼女は強すぎる。これは、最初から詰んでいる勝負だったんですよ』
そんなの、反則すぎる。どんなに威力がある宝具を使っても駄目だなんて、どうやって倒せばいいんだろう。そうか、だからルビーは中々私を転身させようとしなかったんだ。戦えば負けるから。
『本当に危なかったです。ライダーの宝具がもし使用者自ら振るうタイプの宝具だったら、心臓を貫かれていたのはイリヤさんの方でしたからね』
そうか。ライダーの宝具は、私自身が突進する訳じゃない。だから私の代わりに、突進した
「イリヤ、後ろ!」
「っ!?」
クロの声が聞こえた瞬間、右足を掴まれた。見るまでもない。バゼットさんが、冷たい視線で私を見下ろしながら私を宙吊りにしている。そして、私は声を出す事もできずに首を掴まれてしまう。
「予想以上に手こずらされましたが、今度こそ終わりです。ライダーのカードはもらいますよ」
「あっ……」
「イリヤ!」
「この……」
バゼットさんは右手で私の首を掴み、子供に言い聞かせるように告げる。実際私は聞き分けがない子供なんだろう。でも、そんなの当たり前だよ。だって、この人を放っておいたら、次は……
「さて、次は……」
バゼットさんの冷たい瞳が、動けないでいるクロを射抜く。やっぱり! この人は、クロの体からランサーのカードを抜き取るつもりなんだ。でもそれは、クロの消滅を意味する。それだけは……
「……クロ……逃げ……て……」
そう言ったつもりだった。でも、首を掴まれて声が出せないから、掠れた息が漏れただけだった。……お願い、助けて……誰か……助けてっ……!
「……助け……お兄……ちゃんっ……!」
「何を……っ!?」
最後の気力を振り絞って、私は声を出した。私がこの世で一番大好きで、いつだって助けてくれる人を呼ぶために。そんな私に不審な視線を向けたバゼットさんが、慌てて私の首から手を離した。
「……俺の妹から、手を離せ」
「あ……」
「……遅いわよ、もう!」
「『士郎さん』!」
私達が、一斉に笑顔になる。そこには、誰よりも頼りになる人が立っていた。黒い弓を構えて。
「お兄ちゃんッ!」
衛宮士郎が、そこにいた。
次回、士郎VSバゼットです。
さあ、盛り上げていきますよ!
イリヤがライダーのカードと相性が悪いというのは公式設定ですが、変身時間が短いというのはこの作品だけの設定です。
もしかしたら原作もそうかもしれませんが。
それでは、感想待ってます。