それでは続きです。
【士郎視点】
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「起き上がれないと聞きました!」
「う、うん。取り敢えず落ち着いてくれ」
怖いから。俺は、お互いを押し退け合いながらやってきた妹達を宥める。あまり効果はなかったが。どうしてこの二人はこうも仲が悪いのかさっぱり分からない。イリヤも美遊も迫力が凄い。何が原因なんだよ。
「えっと、美遊ちゃん、だよね? 今日はどうして来たのかな? いや、いつでも来てくれて、俺は全然構わないんだけどさ」
「あ、えと……美遊、で良いです……今日ここに来たのは、お兄ちゃ……いえ、士郎さんが学校を休んだとルヴィアさんから聞いたからです。その……私のせいですし」
「そっか。じゃあ、美遊。俺は、この通りもう大丈夫だからさ。その事を気にするのはもうやめてくれ。イリヤもな」
「うん……」
「はい……」
俺は、昨日の事を気にする二人に、それはもう気にするなと言った。やはりこの二人は気が合うと思うんだよな。だから、少しの切っ掛けがあれば、仲良くなれる筈だ。それにしても、美遊の態度がおかしい。
もじもじしながらも、俺の顔をチラチラと見てくる。そのくせこちらが視線を向けると顔を逸らすんだ。気にはなるけど、踏み込めないといった雰囲気だ。そんな美遊を不機嫌そうに睨むイリヤ。落ち着けって。
「えっと、何かな?」
「あっ……その……私の名前……」
「ん?」
「私の名前、何で分かったんですか?」
ああ、そういう事か。あの時、俺が美遊の名前を呼んだから、それが何でなのか、と聞いているんだ。当然の疑問だな。だけど俺は、それに上手く答える事ができない。どう答えるべきかな。いっそ正直に……
「夢でさ……」
「え?」
「実は、夢で見たんだ、君の事を」
「っ!?」
「そこで聞いたんだよ。君の名前を。馬鹿な話だって思うだろ? でも本当なんだ」
「……」
信じて貰えないよなぁ、と思いながらも、俺は正直に答えた。現にイリヤは、微妙な表情を浮かべている。そうだよな。こんな話を信じられる訳がないよな、と思っていると、美遊は真剣な表情で俺を見てきた。
「……どんな夢でしたか?」
「え? ……え~っと、変な魔法陣の中心に美遊が寝かされててさ。それで……」
「っ!?」
「……はは、馬鹿な夢だよな? まさか、本当にあった事なのか、この夢?」
「……いえ、まさか。ありませんよ」
「だよな。あははは」
「……」
美遊の表情がなくなり、声もえらく冷たくなったような気がするが、これはどう考えるべきなのか。判断が難しいな。だけど、これだけは分かった。この話は、美遊にはしない方が良さそうだという事だけはな。
「……あの……」
「お邪魔するわよ、衛宮くん」
「大丈夫そうですわね」
美遊が何かを言おうとした時だった。遠坂とルヴィアが部屋に入ってきた。そして、美遊はそれを見て話すのをやめてしまう。美遊が何を言おうとしたのかは気になるが仕方ない。俺は二人の話を聞く事にした。
「遠坂達の事情、大体はルビーから聞いてるけど、詳しく話してくれるんだよな?」
「ええ。そして勿論衛宮くんも、貴方の事とかを話してくれるのよね?」
「俺に分かる範囲ならな」
俺達はお互いに、自分達の状況や目的等を話し合った。遠坂達は魔術師で、この冬木に来た目的はクラスカードの回収らしい。クラスカードとは、俺が使ったあのカードの事だ。昨日ルビーに教えて貰った。
このクラスカードは、突如この冬木に出現した正体不明の魔術礼装という物らしく、遠坂達が所属する魔術協会という魔術組織でもその全貌が掴めていないらしい。まさに魔術のブラックボックスだそうだ。
「そのブラックボックスを、魔術の存在も知らない一般人の筈の衛宮くんがあっさりと使っちゃったって訳なのよ」
「そうなのか」
「……あのね、本当に分かってる? 貴方はあり得ない事をしてくれちゃったのよ」
「とんでもない事ですのよ?」
「そう言われてもさ……」
皮肉げに言ってくる遠坂に、普通に答えた俺は二人に睨まれてしまった。なんでさ。そんな事を言われても、俺には何も分からないと答えるしかないんだが。俺はただ、必死にイリヤを守ろうとしただけなんだ。
「それがあり得ないって言ってるのよ! そのカードは、協会の魔術師達が総力を挙げて解析してもさっぱり分からなかったくらいの代物なのよ!? 精々、英霊の座にアクセスして、その宝具を使う程度しか分からなかったのよ。しかもそれは……」
「宝石翁、魔法使いゼルレッチが作った、世界最高の魔術礼装のカレイドステッキがあって初めて使えますの。それなのに貴方は、何の魔術礼装もなしに使ったのです」
「……」
「あり得ない。これだけあり得ない事は、他には知らないくらいあり得ないわ」
「奇跡という言葉すら足りない程に、とんでもない事なんですわよ!」
「しかも、当の衛宮くんは、何であんな事ができたのか分からない、ですって?」
「ふざけるのも大概にして下さいな!」
「お、落ち着け、二人とも」
「そ、そうだよ凛さん。というか凛さん、近いから離れて。今すぐに!」
「ルヴィアさんも近いです」
徐々にヒートアップする遠坂達。二人が、左右から挟むようにして俺に迫ってきた。二人の綺麗な顔が近付いてくるが、あまりの迫力に気圧されるしかない。昨日ルビーが言っていた通り、納得できないようだ。
二人の迫力に気圧される俺を、イリヤ達が守ってくれた。遠坂達にも負けない程の、やけに迫力がある雰囲気を纏いながらな。どうしたんだよ、二人とも? 俺は二人の様子に、首をかしげるしかなかった。
「……まあとにかく、それだけ衛宮くんがやった事はあり得ない事なのよ」
「今でも信じられませんわ」
何とか落ち着いたらしい遠坂達が、そんな言葉で締めた。納得はしてないようだが、聞いても無駄だと判断したらしい。実際、聞かれても分からないからな。どうやってあのカードを使ったのかは分からない。
「他のカードは使えるの?」
「えっと、どうだろう……」
「実際に見てみたいですわね」
そこで、遠坂がふと思い付いた、という風に聞いてきた。アーチャーのカード以外のカードも使えるのかと。俺は、昨日手に入れたカードを取り出して眺めてみた。だけど俺は、無理だと思った。何故なら……
「……無理だと思う」
「何でよ?」
「だって、このカードからは何も感じないから。このアーチャーってカードの方は、手に持った瞬間に、何て言うか……」
「何よ?」
「感じたんだよ。俺にとって、これはなくてはならない物だってさ。理屈じゃない。直感というか、上手く説明できないけど」
『相性が良かった、という事ですかね?』
『そういう事かもしれませんね』
「……まあ、確かにクラスカードの事は、まだ分からない事が多いからね……」
「……完全に納得はできませんけど」
「私達、置いてかれてるね」
「そう……だね……」
どうやら俺は、このアーチャーってカードしか使えないらしい。まあ、このカードを使った時に俺の体が変わったから、そうだとは思ってたけど。結局のところ、俺の事は何も分からないという事になった。
魔術の事を分かっている遠坂達と、分からずに置いていかれる俺達。必然的にイリヤと美遊の口は閉じて話が進んでしまう。俺も魔術の事はさっぱりだ。詳しい原理なんて俺には分からないし、どうでもいい。
要は、イリヤを守れれば良いんだよ俺は。遠坂達はクラスカードを回収する為に冬木にやってきた。だけど、カレイドステッキに愛想を尽かされてしまったらしい。遠坂達はそれを頑なに否定したけどな。
『聞いて下さいよ士郎さん。凛さん達ってば酷かったんですよ? 魔法少女としては年増のコスプレ状態でしたし、私達を使って下らない喧嘩を繰り返しましたし』
「うっさい! 誰が年増よ!」
「うん、まあ……」
「何よ衛宮くん、その顔は!」
「いや、何でも……」
ルビーがそう語った事で、どんな状態だったのか大体分かった。サファイアもそれを否定せず、ルヴィアが誤魔化すように顔を逸らしているから、俺の想像は間違っていないだろう。この二人は混ぜるな危険だ。
そこでふと、イリヤと美遊が変身した姿を思い浮かべてみた。いかにもな魔法少女的なあの姿。それを遠坂達もしていたと考えると……ぷっ、くくく……だ、駄目だ! 考えるな俺。そして、絶対に笑うな!
『凛さんなんて、さらにネコミミを……』
「ぶはっ! くくく……!」
「ネ、ネコミミ……? ぷっ、あはは!」
「わーっ、わーっ! 黙りなさいルビー! 大体あれはあんたがやった事でしょう! そして、笑うなーっ! 忘れなさい!」
だが、そんな俺の苦労は、ルビーの一言で打ち砕かれた。と、遠坂がネコミミだと? 俺とイリヤは、ついに堪えきれず大爆笑してしまう。そんな俺達兄妹を、顔を真っ赤にしながら怒鳴る遠坂。平和だ……
「おーっほっほっほ! 遠坂凛! あの姿の貴女は、最高に滑稽でしたわよ!」
「何ですって~!? あんただって、同じだったじゃないのよ!」
「だ、黙りなさい遠坂凛!」
『はい、ルヴィア様もネコミミでした』
「なっ!? サファイア!」
「「ぶはーっ!」」
「……クスッ……」
挙げ句の果てには、ルヴィアまでネコミミ魔法少女だったという事が発覚した。俺達兄妹は、もう限界だった。一瞬にしてこの部屋は笑いの坩堝に包まれてしまう。そんな俺達の様子を、楽しそうな笑顔で見ている美遊の事に、俺は気付かなかった。
…………………………………………………
「……こほん! 話を続けていいかしら、衛宮くん? さっきのは忘れたわよね?」
「……」
物凄い顔でこちらを睨んでくる遠坂達に、俺とイリヤは、無言でこくこくと頷いた。真面目な話に戻るらしい。お互いの事情と現状を認識し合った俺達は、それぞれの今後について話し合う事になったのだった。
「私達は、クラスカードを回収しなければいけないのよ。そして、その為には絶対にカレイドステッキが必要になる。だから、申し訳ないけどイリヤには付き合って貰わないといけないのよ。分かって貰えた?」
「……」
「まあ、遠坂凛達がいなくても、わたくしと美遊がカードの回収をしますから、何も問題はないのですけどね」
「ちょっとルヴィア! 黒化英霊をあまり甘くみない方が良いわよ? その子一人で相手にするのは危険すぎる! それにあんたはそれで良くても私は良くないのよ!」
「お兄ちゃん……」
「待て。美遊を一人で戦わせるのか?」
まず遠坂が、クラスカードの回収の為にはイリヤが必要だと言った。俺は、それに何と言えばいいか少し考えた。すると突然、ルヴィアが美遊と自分がカードの回収をするから心配するなと言ってきた。
すぐさま遠坂が反論するが、俺はそれよりも美遊を一人で戦わせるという言葉に反応した。そんな事はさせられない。美遊の事も守ろうと思い始めた俺には、それは到底無視できる言葉じゃなかったからだ。
ルヴィアの言葉に美遊の方を見てみると、美遊は決意の表情を浮かべていた。その顔に秘められた覚悟に、息を飲む。一体何がこの子をそこまで駆り立てるのか。俺は、そんな美遊の顔を見つめながらそう思う。
「私なら大丈夫です。全てのクラスカードは私が回収しますから、士郎さんはその子と平穏な暮らしをしていて下さい」
「……美遊」
「……美遊さん」
「美遊を一人でなんて戦わせませんわよ。わたくしが力を貸しますから、衛宮士郎はご心配なさらずに。行きますわよ、美遊」
「はい、ルヴィアさん」
「ちょっと、待ちなさいルヴィア! まだ話は終わってないわよ! こら!」
美遊が改めてその決意を語り、ルヴィアが俺を安心させるように言葉を紡ぐ。二人はそれだけ言うと、もう用は済んだと言わんばかりに、背を向けて部屋を出ていった。遠坂がそれを止めるが、止まらなかった。
「ったく、あいつは……」
「……遠坂……」
「……衛宮くん、ルヴィアはああ言ってたけど、あの子だけじゃ敵は倒せないのよ。イリヤの力が、どうしても必要なの」
「凛さん……」
「……分かった。ただし、イリヤ一人だけを戦いに出す事は絶対にさせられない。俺も協力させて貰うよ。それが条件だ」
「お兄ちゃん!?」
「……衛宮くん」
美遊をあんなのと一人で戦わせる事は絶対にさせられない。かといって、イリヤ一人を戦いに出す事もできない。だから俺はこの条件を遠坂に飲ませる事にした。イリヤも美遊も守る為には、この方法しかない。
「俺は戦力になる筈だ」
「……確かにね。またあの力を使えるならの話だけど。また使えるの、あれ?」
「ああ、多分な」
「……」
俺は真剣な顔を遠坂に向ける。遠坂の真剣な表情と、しばらく無言で睨み合う。俺の覚悟を伝える為に。すると遠坂は、ため息をついて視線を逸らした。俺は遠坂の返答を固唾を飲んで待つ。さあ、答えは?
「……分かったわよ。私の負け。衛宮くんの条件を飲むわ。実際、あの姿の衛宮くんの力は戦力になるどころの話じゃないし。全てのクラスカードを回収した時は、アーチャーのカードを返して貰うからね?」
「ああ、分かった」
こうして俺は、クラスカードという物を回収する戦いに身を投じる事になった。この時の俺は、まだ知らなかった。これが俺の運命を変える事になる事を。そして、二人の妹の運命も変える事になる事も。
…………………………………………………
「それで衛宮くん、ちょっと良い?」
「何だよ遠坂」
「怪我の方は本当に大丈夫みたいだけど、魔術回路の方はどうなってるの?」
「魔術回路って何だ?」
話が一段落してから、イリヤは宿題をする為に部屋に戻った。遠坂も、もう帰るかと思っていたが、遠坂は訳が分からない事を言ってきた。何だよ、魔術回路って。俺が首をかしげると、遠坂は頭を押さえた。
「ああ、そっか。そういえば衛宮くんは、魔術の事は知らないんだったわね。なら、魔術回路の事も分からないわよね……」
遠坂は、魔術回路という物についての説明をしてくれた。魔術回路とは、魔術を行使する為の擬似神経だと。魔術を使う者なら誰でも持っているという。あのカードを使用した俺にも魔術回路はある筈だと言う。
「ただ、衛宮くんの場合だと、魔術回路がどうなってるのか分からないのよ。英霊になるなんて無茶をして、衛宮くんの回路がどうなっているのかを見てみたいのよ」
「……命に関わる事か?」
「その可能性はあるわね」
そう言われてしまえば、俺は言う通りにするしかない。魔術の事はさっぱり分からないしな。専門家の遠坂に任せるしかない。遠坂は俺をベッドの上に座らせ、そのすぐ後ろに座った。少しまずい構図だな……
誰かに見られたら誤解されそうだ。特に、セラには見られたくない。殺されそうだと思ったから。そんな下らない事を考える俺を尻目に、遠坂は俺の背中に手を当てる。何をしてるのかは俺には分からなかった。
「それじゃ、服を脱いで」
「……は?」
「ほら、早く脱ぎなさい。服を着たままだと見られないのよ。さっさとする!」
「……分かったよ」
遠坂の言葉に、俺は着ていた服を脱いだ。さらに誤解されそうな構図になったな……上半身裸になった俺の背中に、再び遠坂が手を当てた。魔術回路とやらを見ているのだろう。遠坂は一言も喋らない。
「……開いてるわね、やっぱり。魔術回路の数は全部で27本。でもこれって……」
「何だよ」
「……神経が直接魔術回路になってる? 衛宮くん貴方、本当に何者なのよ?」
「……何を言ってるかさっぱりなんだが」
「簡単に言うと、貴方は異端って事よ」
どうやら、俺の魔術回路とやらは普通ではないらしい。どこまでも素人な俺に、遠坂は心底呆れたという様子だった。そんな事を言われても、俺にはさっぱり分からないんだが。遠坂によると、俺の魔術回路は、特に異常はないとの事だった。
すぐに命に関わる事はないという意味で。異端ではあるらしいけど。そして、回路の数はまあまあ多い方らしい。ただ、魔術師としての素質は、あまりないと言われた。別になりたいとは思わないけどな。
「遠坂の回路は幾つなんだ?」
「私? 私は、メインが40本で、サブが30本ずつよ。つまり、合計で100ね」
つまり、俺の4倍か。良く分からないが、遠坂はかなり素質があるらしい。少しだけ自慢気にその事を話す遠坂は、いつもより可愛く見えた。魔術師としての誇りがあるんだな。俺は少しだけ、遠坂に見惚れた。
「見てみる? 私の魔術回路」
「へ?」
すると、余程気分を良くしたのか、遠坂は軽く服をはだけて肩を見せてきた。いや、遠坂さん? それはちょっとまずいのではないでしょうか? 遠坂の白い肌が、俺の目に眩しく映る。視線が逸らせない……
「遠坂……」
「衛宮くん?」
「シロウ? お客様はまだお帰りに……」
俺がその肌に理性を失いかけ、遠坂の肩に手を伸ばした時だった。俺に絶望を告げる声が聞こえた。壊れたからくり人形のような緩慢な動きで部屋の入口を見てみると、そこにはエプロン姿のセラがいた。
扉を開けた体勢のまま、張り付いた笑顔で固まっている。俺の体も固まった。これはまずい。完全に誤解された。いや、もしかして誤解じゃないのか? 混乱する俺は、そんな馬鹿な事を考えてしまう。
「……夕飯を……食べていかれるかと……そう聞こうと思ったのですが、シロウ? 貴方は一体、何をしようとしたのです?」
「……落ち着けセラ。話せば分かる……」
「……貴方という人は……今朝私にあんな事を言った舌の根も乾かない内に……! しかもこの家にはイリヤさんもいるのに! 何をしようとしていたのですか!」
「頼むから話を!」
「問答無用!」
ああ、やっぱりこうなるのか。俺は、迫るセラの拳を見ながら、そう思った。そして我が家の家政婦さんの拳は、見事に俺の顎を撃ち抜いていったのだった。セラ、相変わらずいい拳だぜ。こうして俺は、またしても気を失ったのだった……
本誌のコンプエースの最新話を見て、奇跡のシンクロを感じています。
美遊兄士郎は、やはり美遊の事をもう見られない事を悔しがってましたね。
最新話もカッコ良かったよ士郎。
さて、それでは今回の話を。
凛とフラグが建った話でしたね。
感想を待ってます。