それでは、どうぞ。
【士郎視点】
「「「「……」」」」
「いや、あのさ……皆、もう少しだけでも仲良くできないかな? せめて喋ろうぜ」
昨日の話し合いで遠坂達の事情に関わる事に決めた俺は、早速クラスカードの回収に駆り出されて河川敷に来ていた。すると、そこにはルヴィアと美遊もいた。そこまではまだ良かった。想定内だったしな。
だけど、漂う空気は最悪だった。遠坂達は言うに及ばず。そしてイリヤと美遊も険悪な雰囲気で睨み合っている。どうしてこんなに空気が悪いんだよ。最初の喧嘩の原因も良く分からないし、どうすれば良い?
「何が原因なんだ……」
『士郎さんだと思いますけどね』
「なんでさ?」
『いやぁ……流石にそれは言えませんよ。乙女の秘密ですからね♪』
「……いい性格してるな」
ルビーの軽口にも、もう慣れた。いちいち相手にしてたら身が持たない。ルビーの事だから、きっと根拠はないんだろう。僅かな時間でそれを悟った俺は、ルビーの言葉を真剣に考える事をしなかった。
「行くわよ、二人とも。敵は勿論だけど、ルヴィアにも十分に注意しなさい」
「う、うん。美遊さんに負けたくないし」
「お、落ち着け二人とも」
『あっはっは、私怨が混じってますね』
「行きますわよ美遊。速攻ですわ。戦闘開始と同時に敵との距離を詰め、極力、遠坂凛を巻き込むような形で仕留めなさい」
「後半以外は了解です」
『殺人の指示はご遠慮下さい』
な、何だかなあ、この空気。イリヤも少し意地になってるみたいだ。これから戦う敵よりも、お互いに火花を散らす遠坂達に、俺は冷や汗が止まらない。イリヤと美遊も鋭い視線を交わし合っているようだ。
昨日の夜、それとなく理由をイリヤに聞いてみたのだが、最初の印象が最悪だった事に加えて、学校でも色々とあったらしい。実は昨日、美遊はイリヤのクラスに転校してきたらしく、天才だったらしい美遊に、イリヤはコテンパンに負けたらしい。
密かな自慢だったかけっこでも負けたと、泣きながら抱き付いてきた。俺はそんな妹の様子に苦笑しながら、イリヤの頭を撫でて慰めてやった。美遊は完璧超人らしい。俺もイリヤの足の速さは知っている。
そのイリヤよりも速いとは。さらに美遊はイリヤに、クラスカードの回収も自分がやるから関わるなと言ったらしい。俺はその言葉に、美遊の優しさと覚悟を感じたが、小学生のイリヤはそのまま受け取った。
イリヤの心の中では、美遊の印象がさらに悪くなってしまったという事らしい。その事については誤解だと思うんだが、イリヤはそれよりも違う部分で美遊を敵視しているように見える。それは美遊も同様だ。
遠坂とルヴィアは相変わらずだ。お前ら、協力しろよ? 俺はこの空気に辟易としながら、アーチャーのカードを取り出した。イリヤと美遊も魔法少女の姿に変身する。何度見ても信じられない光景だな。
「……【
「……実際にこの目で見ても信じられない光景ですわ。まさかクラスカードに、こんな使い方があったなんて」
「……それについては同意するわ」
問題なく使えるな。俺は再びクラスカードで英霊に変身する事ができた。どうやってやってるかと聞かれると分からないけど。カードに呼びかける感じかな。遠坂達は、変身した俺を驚きの表情で見てくる。
『皆さん、準備は良いですね? それでは行きますよ~。限定次元反射炉形成!』
『境界回廊一部反転!』
『『【
ルビーとサファイアが、敵がいる空間へと転移する為の魔法陣を形成する。イリヤと美遊の足元にそれぞれ異なる色の魔法陣が浮かび上がり、周囲にいる俺達の体も包み込んでいく。そして俺の視界が、真っ白に染まっていく。さあ、第2戦の始まりだ。
「行くぞ!」
…………………………………………………
「……」
『いや~、参りましたね~♪』
「ほえ~……死ぬかと思ったよ……」
「何なのよあれ! 反則じゃない!」
「くっ……」
「み、認めませんわこんな結末!」
『現実を受け入れて下さいルヴィア様』
結論から言おう。負けました。それはもう見事にな。俺達は命からがら逃げてきた。敵がいる鏡面界に転移した俺達を待っていたのは、空を埋め尽くす程の魔法陣を従えた魔女だった。待ち伏せされていたんだ。
その光景に唖然とする俺達を見下ろして、空飛ぶ魔女は静かに
次の瞬間、空を覆い尽くす魔法陣から一斉に魔力弾が放たれた。あまりに突然なその攻撃に【
遠坂達はそれが信じられなかったらしく、混乱はさらに拡大した。カレイドステッキの魔力防御は半端じゃないらしく、それを魔力で貫いたという事が信じられなかったらしい。つまり、敵は規格外という事だ。
一発の威力がそれだけ規格外な上に、その魔力弾を発射できる魔法陣が空を覆い尽くしているという状況になる。詰んだ状況に絶望しながら、俺は熾天覆う七つの円環でイリヤと遠坂を守った。だけど動けない。
美遊が反撃の魔力弾を撃ったが、敵は一枚上手だった。奴の回りには、敵の魔力攻撃を逸らす魔法陣も張られていたのだ。その様はまさに、魔術の要塞だった。敵は万全の準備をしていたという事になる。
どうする事もできないと判断した遠坂達が撤退の指示を出したが、敵はとんでもなく高速で魔術を詠唱し、空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。俺達の真上で光り輝く巨大な魔法陣に、戦慄する。し、死ぬ!
誰もがそう思っただろう。イリヤの悲鳴が聞こえた時、辛うじてルビーとサファイアの【
「完敗、だな……」
「くっ、あいつ~!!!」
「サファイア! これは一体、どういう事なんですの! カレイドの魔法少女は無敵なんじゃなかったんですの!」
『私に当たるのはお止め下さい』
敗北した事実を受け入れる俺とは違って、遠坂は悔しそうに地団駄を踏み、ルヴィアにいたっては、サファイアに八つ当たりをする始末だった。似てるなぁ、この二人。この二人が犬猿の仲なのは、同族嫌悪か?
そう思ったが、さすがに鈍感と言われる俺でも、それを口にするとどうなるかを察して言うのはやめておく。サファイアを両手で伸ばすようにして八つ当たりするルヴィアを横目で見ながら、敵の対策を考える。
『サファイアちゃんを苛める人はこの私が許しませんよ! 【ルビーサミング】!』
「ぐはっ! ぬおおおっ!」
いや、ルヴィア。ぬおおおっ! って……淑女が上げていい悲鳴じゃないだろ。横で繰り広げられるコントに、俺の思考は横道に逸れていく。ルヴィアの眼球に、ルビーがピンポイントの一撃を食らわせたのだ。
あれは痛い。眼球を押さえて地面を転がるルヴィア。そんなルヴィアを冷静に見下ろしながら (顔がないから分からないけど) 、ルビーが正論を語る。魔法少女は無敵でもなんでもない。大抵の相手は圧倒できるらしいが、それでも相性がある、とな。
「つまり、今回の敵は相性が悪かったと」
『そういう事です士郎様。あれは、現在のどの系統にも属さない魔法陣に呪文です。恐らく、失われた神話の時代の物です』
「あれは【キャスター】ね、間違いなく。私達の魔術とは、まさに次元が違うわ」
サファイアの言葉に、遠坂が悔しそうに爪を噛みながらそう呟いた。キャスターとは英霊のクラスの事だ。英霊について、遠坂に聞いた知識を思い出してみる。英霊とは過去に存在した英雄達の事を指すという。
伝説に語られる英雄達。彼らは、死んだ後も魂が滅びない。世界に召し上げられて、その魂は英霊として存在し続ける。ただし実在した英雄じゃなくても、人々の信仰心があれば英霊になる事もあるそうだ。
つまりおとぎ話や創作物の登場人物でも、多くの人々に語られていれば、英霊として実体化する事がある。その辺りは、わりと弛いというか、曖昧になっているらしい。話が少し横道に逸れてしまったな。
話の肝心な部分は、遠坂達の目的のクラスカードが、その英霊を倒さなければ手に入らないという事だ。ただし正規の英霊ではなく、半ば暴走状態になっているらしいんだけどな。黒化英霊と呼称するらしい。
その黒化英霊を倒さなければならないが、その英霊の力をクラスという型に当てはめているとか。そのクラスは、その英霊がどんな力を持っていたかで決まるという。剣士なら【セイバー】といった具合に。
その英雄が得意だったと伝わっている力をクラスという型に当てはめる。そうする事で存在を最適化しているらしい。今回の敵はキャスター。つまり、魔術師の英霊という事だ。人間とは次元が違う魔術を使う。
現代の魔術師として、遠坂はあの敵の魔術の凄まじさを実感しているんだろう。俺はあまり良く分からないが、あの敵の厄介さは実感している。魔術の要塞。万全の準備をして陣地を構築していたあの狡猾さ。
「……衛宮くん、貴方の矢なら、あの防御陣を貫く事ができるかしら?」
「……できる、と思う。だけどあれを破る程の一撃を放つとなると、結構時間が掛かるんだ。5秒……いや、7秒くらいか? そんなに長い時間を、あいつがくれるとは思えないな。あれだけの数の魔法陣から、雨みたいに魔力弾を撃たれたら無理だよ」
「……そっか。無理もないわね。あんな所じゃ、満足に狙撃もできないしね。隠れる場所がないもの。アーチャーとしては、力を満足に発揮できないって訳か……」
そういう事だ。俺が使っているカードは、クラスがアーチャーだ。つまり、弓の英霊という事になる。まあこのアーチャーは剣も使うけどな。というか、このアーチャーが使う矢は、全部剣なんだよな。
この英霊の能力は、自在に剣を作り出せるというものだ。そうやって作った剣を弓につがえて放つというのがこの英霊の力だ。その事を遠坂とルヴィアに話すと、二人は驚愕していた。どこまでも常識外れだと。
「どうすれば良いのよ……」
『あの攻撃陣も反射平面も、座標固定型の様ですから、何とか魔法陣の上まで飛んで行ければ叩けると思うのですが……』
「あのねサファイア、簡単に言ってくれるけど、それができれば苦労はしない……」
「そっか。飛んじゃえば良かったんだね」
頭を抱える遠坂にサファイアが助言をしたのだが、遠坂の表情は晴れなかった。だがそんな遠坂の苦悩をよそに、それを聞いたイリヤが、当たり前のように飛んでいた。実に魔法少女らしい光景である。その姿に俺は、その手があったかと掌を拳で叩く。
「「なっ!?」」
『これは……』
その光景に驚愕する遠坂達。サファイアも唖然とした声を出した。どうしてそんなに驚いているんだ? 魔術に詳しくない俺とイリヤは、そんな皆の反応が分からずに、首をかしげる。そんなに驚く事なのか?
「ちょ、ちょっとイリヤ! 貴女、なんで当たり前のように飛んでるのよ!」
『凄いですよ、イリヤさん! 高度な飛行をこんなにもあっさりとこなすなんて!』
「え、そんなに凄い事なの?」
『強固なイメージがないと、浮く事すらもできない筈です。一体、どうして……』
「え、どうしてって言われても……だって魔法少女って、空を飛ぶものでしょ?」
「「な、なんて頼もしい思い込み!」」
へえ、そうなのか。俺は昔から、イリヤに付き合って魔法少女物のアニメを見ていたから、イリヤと同じ認識だったよ。魔術の世界では難しい事なのか。まさかこんな所でアニメの偉大さを実感するとはな。
「くっ、負けられませんわよ! 美遊! 貴女も今すぐに飛んでみせなさい!」
すると対抗心を燃やしたらしいルヴィアが美遊にそう言い放った。どうやらルヴィアは、遠坂側のイリヤにも負けず嫌いを発動させたらしい。その様子に呆れながらも、俺は美遊の様子がおかしい事に気付いた。
美遊はさっきから一言も喋らない。当たり前のように空を飛んでいるイリヤの様子を呆然と見上げている。どうしたんだ美遊? ルヴィアも様子がおかしい美遊に気付いたらしく、訝しげな表情を浮かべる。
「……美遊?」
「……ません」
「なんですの?」
「人は、飛べません!」
「な、なんて夢のない子!? その歳で、そんなに夢がない考えでどうしますの! そんな考えだから飛べないのです!」
ガクッ。美遊のあまりに見も蓋もない答えに俺はずっこけた。いやいや、魔法少女に変身してる女の子が言う事か? ルヴィアの言う通り、あまりにも夢がなさすぎる。固まった表情で、無理だと繰り返す美遊。
「しかしルヴィアさん、どう考えても無理です。何の動力も揚力もなく、あんな風に空を飛ぶなんて、理論上あり得ません」
「次までに飛べるように特訓ですわ!」
ルヴィアは、無理です、不可能ですと呟く美遊の首根っこを掴んで引き摺っていく。が、頑張れ美遊。何とも締まらない二人の後ろ姿を眺めながら、俺は密かに美遊を応援するのだった。次は飛べるのかな……
俺の二度目の戦いは、こうして完敗という形で終わりを迎え、準備と作戦を考えての再戦という事になった。果たして、美遊は空を飛ぶ事ができるようになるのか。俺はそんな事を考えながら、どうにかイリヤ達を仲良くさせる方法はないかと考える。
遠坂とルヴィアは、何だかんだ言っても、お互いの事を理解している。一件、険悪な感じに見えるが、本当の意味で敵対してるような雰囲気じゃないと俺は思う。いざとなれば、お互いに協力して戦うのでは?
と思う。だけど、イリヤと美遊の二人は、まだお互いに協力して戦うという感じまではいってないだろう。お互いに対する理解も歩み寄りもない。これでは大変危険だ。それにやっぱり、友達になって欲しい。
きっとこの二人は仲良くなれる筈だ。俺はそう確信している。何しろ、イリヤは俺の自慢の妹なんだからな。誰とでも仲良くなれる優しい女の子だ。だからきっと、美遊とも笑い合えるいい友達になれる筈だ。
俺は、あの夢の言葉を思い出す。美遊の兄として言葉を紡いだ俺は、確かこう言っていた。『美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように……優しい人達に出会って……笑い合える友達を作って……』と。
あの声に託された俺は、それを叶える義務がある。だって俺はこう答えたんだから。『任せろ』ってな。俺は正義の味方じゃないけど、あの俺も俺と同じで、お兄ちゃんだった。だから俺は任せろと言ったんだ。
イリヤのお兄ちゃんとしても、イリヤには笑い合える友達を作って欲しいと思う。だからこれは、利害の一致だ。あの二人が笑い合う姿を想像して、俺は顔を綻ばせる。なんとしても実現したい光景だと思った。
「よし、いっちょやるか!」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「何でもないよ。帰ろうか」
「うん!」
イリヤの頭を撫でながら、俺達兄妹は二人で我が家を目指すのだった。いつかこの輪の中に、美遊がいる光景を夢見ながら……
はい、今回は、士郎の決意でした。
これからお兄ちゃんの奮闘が始まります。
お楽しみに。
あと、無限の剣製、プリヤ士郎版の詠唱を考えましたので、それもお楽しみに。
バーサーカー戦かなぁと思ってます。
もしくは、ツヴァイのギル戦?
どっちかになると思います。
それではまた次回。
感想を待っています。