本格的な戦いです。
【士郎視点】
「……う~ん……はっ!?」
何故か悪寒を感じて、本能のままに俺は目を覚ました。それと同時に、顎に痛みが。そこで俺は思い出す。そうだった。確か俺は遠坂に掌底を食らって気絶して……その事を思い出した俺は、ふと視線を感じた。
「あら、目が覚めたようね……ちっ……」
「今、舌打ちしませんでした!?」
その視線を辿って横を見てみると、そこには不機嫌そうな表情で俺を見る、保険医の『
もし俺が目を覚まさなければ、その得体の知れない薬品を注射するつもりだったとかじゃないですよね? さっき感じた悪寒はそれが原因だったのだろうか。俺は、その想像に心の底から震え上がってしまった。
「気のせいよ。それよりも、目が覚めたのなら早く起きなさいな。健康な人間ほど、私の嫌いなものはないというのに……」
「さらっととんでもない事を! あんた、本当に保険医かよ! 怖すぎる……」
こんな保険医を採用した穂群原学園は本当に大丈夫なのだろうか? そもそも、名前からしてふざけてるだろう。何だよ、その無理矢理当て字したような漢字は。暴走族かよ。絶対偽名だろ。良いのか、これ?
「ほら、さっさと帰りなさい。その程度の怪我でいつまでもベッドを占拠しないで」
「本当に酷いなあんた! って、もう夕方じゃないか! 何時間気絶してたんだ?」
「大体九時間くらい? 自分がどれだけの迷惑をかけてたか分かったかしら?」
「……その間、先生は何してたんです?」
「寝てたけど? 貴方がベッドを占拠してたせいで、この固い机の上でね」
「罪悪感が消えましたよ! さっきの迷惑をかけてたってのは先生にですか!」
「ん? 他にあるの?」
この人、本当に駄目な人だな! こんな人にイリヤを任せるのは本当に不安だった。穂群原学園は小中高一貫校だからな。だからイリヤが怪我をした時も、この人が応対をする事になる。兄として本当に不安だ。
この人相手だと、敬語を使うべきなのかと疑問を持ってしまうから不思議だ。実際、つい敬語を忘れる時がある。俺とそんなに歳が違わない外見をしているのも原因だ。俺は深いため息をついて起き上がる。
「それでは、さようなら」
「はいはい、さっさと帰りなさい」
最後まで敬意を抱けないような態度を取る華憐先生に呆れながら、俺は帰宅した……
…………………………………………………
「ただいま」
帰宅した俺は、そう言って玄関に入った。だけど、返事は返ってこない。誰もいないのかと思ったが、鍵は開いてたしな。そう思って足元を見てみると、小さな靴が二つあった。一つはイリヤの靴だろうけど……
「……まさか」
俺はある可能性に思い当たり、足早に靴を脱いで家に上がった。セラとリズの靴はなかったから、買い物でもしてるんだろう。そんな事を考えながら、俺は自分の部屋に荷物を置く事もせずにリビングに向かう。
ある期待を抱きながら。リビングの扉を、体当たりする勢いで開けて、中に入った。するとそこには、期待通りの光景が……
「……航空力学はおろか重力も慣性も作用反作用も無視したデタラメな動き……」
「えっと、これはアニメだから、そういう堅苦しい考えはしちゃだめだよ……」
あった……のかなあ? そこには、イリヤがいつも観ている魔法少女のアニメを見て愕然としている美遊と、そんな美遊を見て冷や汗を流しているイリヤがいた。美遊は固まった表情で、専門的な事をブツブツと呟いている。その様は、かなり怖かった。
「……無理そうなのか、美遊?」
「はっ!? お兄……いえ、士郎さん!」
「あ、お兄ちゃん、お帰り~♪」
『聞いて下さいよ士郎さん。美遊さんは、全然ダメダメですよ。魔法少女としては、固定観念に囚われすぎです。これでは飛行は難しいと思いますよ。MS力不足です』
固まった表情の美遊に声を掛けると、美遊達はそれぞれの反応を返してきた。俺は、イリヤに改めてただいまを言い、美遊にはいらっしゃいと答えた。だが最後のルビーには何と答えれば良いか分からない。っていうか、何だよMS力って。知らないぞ。
『知らないんですか? 【魔法少女力】の略です。美遊さんのMS力は、見た目なら高いのですが、心構えが足りないのです。MS力とは戦闘力や容姿、性格等の魔法少女的な社会影響力を総合したものでして』
「……」
『ちなみに、イリヤさんのMS力は約一万くらいになります。かなり高いですよ?』
「何か訳分からない数値をつけられた!」
「ははは……」
最早、突っ込むのも面倒くさい。ルビーの戯言に真面目に付き合ったのがそもそもの間違いだった。そういえば、こういうやつだったな、このステッキ。ルビーの戯言に過剰反応するイリヤがいっそ哀れだった。
「あの、士郎さん、それとイリヤスフィール。お邪魔しました。私はこれで……」
「え、もう帰っちゃうの? もうちょっとゆっくりしていけばいいのに……」
「イリヤの言う通りだ。どうせなら、夕飯を食べていかないか? 俺が作るからさ」
ルビーと下らないやり取りをしていると、いつの間にか、美遊が帰ろうとしていた。俺とイリヤはそんな美遊を引き留めようとしたのだが、美遊は少しだけ振り返って、首を横に振った。少し寂しそうに笑って。
「いえ、お気持ちだけ頂きます。これから少し特訓をしたいので。それから、あの、イリヤスフィール……」
「え、なに?」
「……ありがとう……少しだけ、ヒントが浮かんできた。貴女のお陰で……」
「あ……うん!」
良かった……この二人は、少しだけ仲良くなる事ができたようだ。少し恥ずかしそうにイリヤにお礼を言う美遊と、それに呆気に取られてから満面の笑みを浮かべるイリヤを見ながら、俺はそう思ったのだった。
「それから士郎さん……」
「ん?」
「えっと……その……お弁当、とても美味しかったです。私の分まで作って頂いて、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
「むぅ~……」
『おお、これは大変面白い展開に……良い感じに修羅場になりそうな予感がします』
どうやらイリヤは、ちゃんと美遊にお弁当を渡してくれたようだ。そう言って貰えると作った甲斐があるというものだな。この二人が仲良くなる切っ掛けになってくれたようだし。俺の目論見は上手くいった。
ただ、そんな俺達のやり取りを見たイリヤが何故か膨れっ面になり、ルビーのやつがまた訳の分からない事を言い出したけど。そんなイリヤ達の様子に首をかしげるが、今は気にしても仕方ないと思い直した。
「それでは、また今夜の戦いで……」
「ああ。今度は勝とうな」
「はい」
そう言い残し、美遊は帰っていった。美遊はすぐ向かいのエーデルフェルト邸に住んでるから、送る必要はないだろう。俺は、イリヤと美遊が少し仲良くなれたような気がして嬉しくなった。まずは一歩前進だ。
「で、どんな感じで美遊と話したんだ?」
「えっとね、まずは朝に一緒に特訓しようと誘いにいったんだけど、ルヴィアさんがすでに連れ出してたみたいで……」
「そうだったのか?」
「うん。だから、仕方なく一人で特訓する為に裏山に行ったの。そこで、お兄ちゃんが手に入れてくれた【ライダー】のカードを試してみたりしてたの。そうしたらね、突然空から美遊さんが落ちてきたの」
「……」
ルヴィアは一体どんな特訓をしてたんだ。イリヤの言葉に唖然とする。空を飛ぶ特訓をすると言ってたけど、もしかして空から突き落としたんじゃないだろうな。俺は、その想像に目眩を起こす。無茶苦茶だろ。
「美遊さんはサファイアのお陰で無傷で、空を飛ぶ私の姿を見てこう言ってきたの。『空の飛び方を教えて欲しい』って……」
「なるほどな」
『その時にサファイアちゃんが、イリヤさんが空を飛ぶイメージを持てた理由を聞いてきたんです。その結果、こうしてイリヤさんのイメージの元になった魔法少女物のアニメを観る事になったんですよ』
「それで、さっきに繋がるって訳か」
「うん。お兄ちゃんのお弁当も、アニメを観ながら二人で食べたよ。あ、そういえば一つ気になってたんだけど。お兄ちゃん、いつもよりお料理が美味しくなかった?」
「……今日は調子が良かったんだよ」
「そっか~、良かったねお兄ちゃん」
イリヤ達から経緯を聞き、状況を理解する事ができた。そこまでは良かった。自分の作戦が上手くいった事が嬉しかったから。だけど最後のイリヤの言葉に、俺はある事を確信する。やはり俺は変わったんだと。
アーチャーのカードを使った影響だろう。自分で選んだ事だし、絶対に後悔しない。だけどそれでも、俺はうすら寒さを感じずにはいられなかった。俺は一体、どうなってしまったのだろうかと思ってしまった。
俺という存在は、どうなるのだろうか? そう思わずにはいられなかった……
…………………………………………………
その夜の事。俺達は再び河川敷の橋の下に来ていた。昨日のリベンジの為だ。緊張の面持ちをするイリヤを横目で見ながら、俺は目も合わせてくれない遠坂の機嫌を直す事はできないかと必死に考えていた。
「あのな遠坂。あれは事故であってだな。決して故意じゃなかったんだ……」
「……」
駄目だ。聞く耳を持ってない。必死に遠坂に言い訳をする俺を、イリヤと美遊が不思議そうな顔で見てきた。やめてくれ。頼むから、そんなに純粋な目で見ないでくれ! 俺は大変居たたまれない気分になる。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「何かあったんですか?」
「いや、それはだな……」
「気にしちゃ駄目よ二人とも。それから、そいつにあまり近付かない方が良いわよ? どこを触られるか分からないからね」
「なっ、遠坂!?」
イリヤ達の前で、その事を言うなよ! 兄としての威厳がなくなるだろ! 抗議する俺を冷たい視線で射抜き、遠坂はまた顔を逸らしてしまう。その視線の鋭さと、ぐうの音も出ない事実に、俺は小さくなる。
「わざとじゃないのに……」
「ふんっ!」
「「?」」
「ちょっと貴方達、今はキャスターだけに集中して下さいな。何があったのかは知りませんけど、任務に私情を挟まないで下さいまし。特に遠坂凛! 貴女は、この任務の重要性を分かっている筈でしょうに! これだから脳筋のお猿さんは嫌なのです」
「くっ! ああーっ、もう分かったわよ! 衛宮くん! 今だけは今朝の事を忘れてあげるわ! ただし、勘違いしないで! 許した訳じゃないからね! これが終わったら、覚悟しておきなさいよ!」
「……了解」
何をされるのかは、考えないようにした。取り敢えず怒りの矛を収めてくれたらしい遠坂は、早速作戦会議に入った。小回りの利くイリヤが陽動と撹乱、そして、突破力のある美遊が本命への攻撃担当になった。
「俺は?」
「衛宮くんは、地上から弓で援護。イリヤが敵の攻撃を引き付けるから、イリヤ達の為に敵の隙を見つけて揺さぶりをかける。それから、二人への攻撃を防ぐのよ。やる事が多くて大変だと思うけど、頑張って」
「分かった。任せてくれ」
そういう作戦になった。イリヤ達の援護。願ってもない役目だ。アーチャーのカードを懐から取り出しながら、俺は密かに気合いを入れる。イリヤ達が魔法少女の姿に転身し、俺も【
「そういえば美遊、空を飛べるようになったのか? 数時間しか経ってないけど」
「それは……」
『飛行【は】無理でした。しかし、美遊様は独自の方法を編み出しました』
「つまり……」
「大丈夫という事です。見ていて下さい」
「そっか。それじゃあ任せたぞ」
「はい!」
サファイアの言葉に安心した俺は、美遊の頭を撫でてやりながらそう言った。美遊がこう言ってるのだから、俺は信じて任せるしかないだろう。美遊は嬉しそうに返事を返して、照れたように笑った。可愛いな。
「むぅ~……」
『息を吐くようにフラグを立てますねえ、士郎さんは。いつか刺されますよ?』
「なんでさ……」
どうしてイリヤは膨れっ面に? そして、なんで俺が刺されるとか、物騒な話に? イリヤとルビーの反応に、俺は訳が分からずに首をかしげる。何もおかしな事はしていない筈だろう。本気で分からない。
「ほら、さっさと行くわよ、ルビー」
『はいはい。それでは行きますよ?』
『皆様、イリヤ様と美遊様の側に』
結局、どういう事かは分からずじまいで、遠坂によって話は中断された。ルビー達の指示に従って、俺達はイリヤと美遊の側に集まった。そしてルビー達は、鏡面界に飛ぶ為のお決まりの呪文を唱え始めた。
『限定次元反射炉形成!』
『鏡界回廊一部反転!』
『『【
視界が真っ白に染まる。さあリベンジだ!
…………………………………………………
キャスターが待つこの場所に、俺達は再びやってきた。上空には、あの時と同じように空を覆い尽くす程の魔法陣を従える魔女が浮かんでいる。魔女は、再びやってきた俺達を見て冷たい笑みを浮かべた。
「一気にカタを付けるわよ!」
「二度目の負けは許しませんわよ!」
遠坂とルヴィアの言葉で、二度目の戦いは開始された。それを合図にしたかのようにして、上空の魔女は一斉に魔力弾の雨を降らせてきた。イリヤと美遊が駆け出していく姿を見送って、俺は弓を構えた。
イリヤが空を飛び、魔力弾の雨を躱わしながら魔女の元に向かっていく。上空の魔女はそれを見て、イリヤに攻撃を集中する。俺はイリヤに命中しそうな物だけを狙って撃ち落としていく。さすがはアーチャー。
この程度はお手の物らしい。遥か遠くの敵がはっきり見える。俺の存在を厄介と判断したらしい魔女がこっちにも魔力弾を撃ってくるが、俺はそれを、悉く撃ち落とす。決め技を使う隙はないが、これなら……
「こっちは大丈夫だ! だから敵を倒すのは任せるぞ二人とも! 二人の事は絶対俺が守るから、安心して攻撃に集中しろ!」
「うん!」
「任せて下さい!」
絶え間なく撃ち込まれる魔力弾。だけど、それを撃ち落としながらも片手間で二人の援護をする余裕もある。攻撃を考えずに、防御に専念しているからだろう。これが、英霊の力なんだ。俺は改めてそれを知る。
「美遊さん!」
「分かってる!」
イリヤが魔女の攻撃を引き付けながら美遊の名前を呼ぶ。すると美遊は、空中を足場にして空高く跳躍した。その光景に、俺達は驚いた。これがサファイアが言っていた事か。飛行は無理だったと言っていた。
だけど、独自の方法を編み出した、とも。美遊は空中に足場を生み出して、その上を跳んで上空へと駆け上がっていく。確かにこれは独自の方法だ。だけど得られる結果は変わらない。これならいける!
イリヤと美遊は、上空に浮かぶ魔法陣より高い場所を目指していく。俺はイリヤ達に撃ち込まれる魔力弾を撃ち落として、援護していく。時に敵の注意を引く為に魔女に攻撃しながらな。当然、それらの矢は防御の魔法陣に阻まれてしまうが、構わない。
「いけ、二人とも!」
順調だった。このままいけば、間もなく敵を倒せるだろう。だけど、少し順調すぎるような気もする。違和感を感じているのは俺だけなんだろうか? イリヤ達が魔女の元に接近していく姿を見ながらそう思う。
「……本当にこれで終わりなのか?」
簡単すぎる。それに、あの敵はまだ魔術を使っているだけだ。あのライダーのような切り札はないのだろうか? 確かあれは、【宝具】って言ったっけか? それにまだ他に使える魔術があったとしたら?
「中ぐらいの……【散弾】!」
そう思った時、イリヤが魔女に攻撃をして動きを止めていた。散弾銃のような、拡散する魔力弾を放つ事でな。魔女はその攻撃を防御するが、後ろががら空きだ。美遊はその隙を見逃さずに、後ろから接近する。
「ランサー、【
決まった。誰もがそう思っただろう。俺もイリヤも遠坂もルヴィアも。美遊はカードを使って必殺の【宝具】を使おうとした。サファイアにカードを当てて。この攻撃が決まれば、確実に倒していただろう。
「なっ!?」
決まっていれば、な。次の瞬間、美遊の目の前から突然敵が消えたのだ。俺達はその光景に唖然とする。そして、俺達は知る。英霊とはやはりとんでもない存在だとな。標的が消え失せ、美遊は動きを止める。
「はっ! 美遊、後ろだ!」
「えっ!?」
動きを止めた美遊のすぐ後ろに、あの魔女が現れた。俺の声に美遊は背後を振り向くがもう間に合わない。遥か遠くの敵を視認できるアーチャーの超視力が、冷たく
「美遊!」
魔女の攻撃をまともに食らって、鉄橋まで吹き飛ばされる美遊。やはりキャスターはまだ切り札を隠していたんだ。俺達はその事を思い知らされたのだった……
キャスターは、次回で決着です。
そしてその次は……
士郎の最初の試練ですね。
今回士郎が立てたフラグは、美遊と凛です。
華憐は……どうしようか迷ってます。
それではまた次回。
感想を待ってます。