アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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Epilogue

 あの頃の私には、冒険と恋の間に、はっきりとした境界線はなかった。あの頃の私は、恋というものは自分よりも幸せな誰かがするもので、自分には遠い夢物語のように思っていて、無意識のうちに諦めていたのかも知れない。もしかしたら、自分自身が経験した冒険というのが、こうして振り返ってみると、十三英雄の冒険譚に出てくる話のように、それが現実とは思えない話ばかりだから、冒険をしながら恋という名の白昼夢を見ていただけなのかも知れない。

 

 まだ小さかったあの頃の私は、身の丈に合わない杖を持ち、大きなバッグを背負い、いつもモモンの後ろを歩いていた。

 

 

「クーデリカおばぁちゃん! アルシェおばあちゃんが目を覚ましたよ!」

 アルシェが寝ているベッドの傍らで、アルシェの看病をしていたクーデリカの孫が隣室で控えている人たちに呼びかけた。

 

「お姉さま……」

 クーデリカとウレイリカが、アルシェの手を取る。

 

「クー、ウィー……」

 

「自分より若い弟子を見送る……何度経験しようとも悲しいものだな。慣れん」とアルシェの生涯の師となったフールーダが呟いた。その瞼が皺だらけとなりながら鋭さと輝きを失わない瞳には、うっすら涙が浮かんでいる。

 

「お姉さま、ニグン最高神官長様からお手紙が届いていますのよ」

 クーデリカは、アルシェのベッドの横に置いてある椅子に座り、手紙をアルシェの代わりに読み上げた。

 

「それに、こんな珍しいモノまで同封されていたわ」

 

「ほぉ。これは、口だけ賢者が残した”フォトン”だな。それにしても、まだ釣りをやっておるのか」と、フール―ダは、手紙に同封されていた写真を見ながら言った。

 

 その写真には、釣った魚を嬉しそうに掲げるニグン。その傍らに寄り添うレイナース。そしてその周りにいるのは、彼等の息子娘、そして孫たちが写っていた。そして、ビーストマンが写っていた。

 

「しかし、ビーストマンも釣りをやるとは……しかも人間と一緒に……。百年前なら想像もできんかったことだ」と、フールーダが呟く。

 

「ニグンさん、相変わらず世界を飛び回っているのね……」

 自分よりも年齢が上のはずのニグンが今も元気に世界を飛び回っている。一方の自分は、命がまさに燃え尽きようとしている。しかし、アルシェには後悔は無い。

 冒険者を続ければ、そして困難な依頼をすればするほど、命の危険を伴う。仲間の命を救うため、自分の命を代償にするということも多々あった。命を削って魔法を使う。無理が祟ったということかも知れない。けれど、それを後悔したりはしない。

 

「手紙の内容だと、やはりリ・エスティーゼ王国との交渉が難航しているようですね……。やはり、あの時、戦士長を討ち取れていたら……」

 

「過ぎたことだし、討ち取れなかったのはアルシェのせいではないわ」と、イミーナが言う。

 

 イミーナ。アルシェが所属した、冒険者チーム”フォーサイト”のメンバーの一人だったハーフエルフだ。フォーサイトのリーダー、そしてイミーナの夫であったヘッケラン・ターマイトと、回復役であった神官のロバーデイク・ゴルトロンは、既に寿命で先に亡くなっていた。イミーナは、エルフの血が半分流れており、人間とは寿命が違い、まだイミーナは二十代のような姿だ。

 

 スレイン法国、バハルス帝国、竜王国、カルサナス都市国家連合、ドワーフ王国、飛竜騎兵部族、ビーストマン族、ローブル聖王国、アーグランド評議国、牛頭人(ミノタウロス)国、エルフ国、ダーク・エルフ国など、種族間の争いの停止と種族間の平等に関する条約を締結し、新たな時代を迎えている。

 

 しかしその中で、リ・エスティーゼ王国は、人間の人間による、人間のための国家という思想を是とし、隣国であるバハルス帝国やドワーフ王国に対して、毎年のように小競り合いを仕掛けてきていた。

 

 そのリ・エスティーゼ王国を率いているのが、容赦のない外道な権謀術数を巡らす”腐っても黄金”と畏れられるラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。若いころからその智謀を轟かせていたが、年老いてもその知識の泉は衰えることなく、和平を拒み続けていた。

 また、リ・エスティーゼ王国には、齢百歳を超えているのにも拘らず武力と体力の衰えを知らない王国戦士長ガゼフ・ストロノーフがいる。

 

 戦士長が戦場に現れると、死者数が膨大となる。王国戦士長を抑え、被害を最小限にとどめるというのが、現役の冒険者であった時のアルシェやレイナース、フォーサイト、その他の仲間たちの大きな課題であった。

 

 また、スレイン法国のニグン最高神官長や”片腕の賢帝”と称されるバハルス帝国の皇帝は、その争いの被害を最小限に食い止めるために外交上で腐心していた。しかし、その努力は未だに結実していない。

 リ・エスティーゼ王国の悪辣な行為に苛立ちを憶えるアーグランド評議国の永久評議員の一部などからは、王都を焼き払うのに協力するというような過激な意見も出てきており、その意見をニグンやジルクニフは抑えつつ和平交渉に臨むという、敵を守りながらその敵と和平の交渉をするという、”腐っても黄金”が作りだした複雑な外交上の立場に立たされているのだ。

 

 重苦しい雰囲気が室内を漂ったが、それは室内に飛び込んできた子供の声によってかき消される。

 

「凄いよ! 家の周りが花畑になってる!」

 部屋に飛び込んできたのは、ウレイリカの孫であった。そしてその両手には抱えきれないほど花を抱えていた。

 

「紫苑の花? この時期に?」と、イミーナは首を傾げる。あまりに季節外れだ。

 

「あら、本当だわ。珍しいこともあるのね」と、クーデリカが部屋の窓を開き、外を見る。クーデリカが窓を開くと、紫苑の花の香りが室内に流れ込んできた。

 なだらかな丘の上に建てられた屋敷。まるで屋敷を囲むように、紫苑の花が咲き誇っている。

 

 子供たちは季節外れの花が突然咲き乱れるという異様な光景に興奮をしているようであった。そして、大人たちはその光景に首を傾げている。

 ただ、アルシェだけは、ウレイリカの孫が抱えている花を見て、涙を流す。

 

「クー。私の引き出しに小さな木箱が入っているから、それを……」

 

「これかしら?」

 クーデリカは、寝ているアルシェにその木箱を渡す。

 

 痩せ細った手でアルシェは、その木箱をゆっくりと開ける。

 

 そこに入っていたのは、一輪の紫苑の花ビラだった。薄い紫の花びらと、黄色い雄しべ。花弁の何枚かは落ちてしまっている。折れ曲がってしまった花弁もある。けれど、その紫苑の花は色褪せはいなかった。

 

「あ! この花と同じ花だ! アルシェおばあちゃんはこの花好きなの? だったらこれもあげる!」とウレイリカの孫はアルシェにその花の束を渡す。

 

「ありがとうね……」とアルシェはその花を受け取りながら涙を流す。

 

 ・

 

 ・

 

 遠い昔の日だった。アルシェがその後、何度訪れていても固くその門が閉ざされていたナザリック地下大墳墓。そこに最初に、モモンと向かう途中だった。忘れることなどできない。

 

「私に? ありがとう……。そういえば、私、花を男の人からもらったの初めてかも」

 

「そうか……。それは悪いことをしたな。俺なんかで悪かったな……。取り消すか?」

 

「ううん。嬉しい。だけど……貰うなら両手に抱えきれないくらいが良かったな」と自分はわざと頬を膨らましたのをはっきりと覚えている。

 

「ははは。そうか。そうか。いつか貰えるとよいな」とモモンが笑ったのをはっきりと覚えている。

 

 

 ニグンさんがかつて自分に語ってくれた。

 フライ・フィッシングをする際に最も重要なのは、「川を読む」ことなのだという。そして、誰しもが、自分の人生を語るにおいては、同じように、流れ続ける止まることのない時間の中で、自分の人生を読まなければならないのだと言う。

 濁ったまるで泥川のような人生であると読むのか、穏やかな平野をゆっくりと流れる川であると読むのか。それは人それぞれによって違ってくる。だけど、人は、自分の人生を悲劇の川であると読んでしまいがちだという。

 自分も、モモンに出会わなければ、自分の人生は、水の流れさえも堰き止められて腐った川。そんなように自分の人生を読んでいたのかも知れない。

 雨が降り、水かさが増して流れの強い、全てを押し流してしまいそうな川。透明な水の中を、優雅に魚が泳ぐ川。

 川も、その時々でその姿を変える。自分の人生というものも、同じようなものだという。たとえ真夏に干上がったとしても、水が堰き止められ異臭を放つようになっても、また雪解けの冷たく清らかな水が、春の到来と共にその川底を潤すのだ。間違いなく。

 

 あの頃の私には、冒険と恋の間に、はっきりとした境界線はなかった。冒険と恋と、そして私という存在が融解し、融合して、たった一つの存在となって、私の人生を確かに彩り続けてくれた。憂鬱な曇りが続くような時も、モモンがくれたその輝きが、私を絶望から救ってくれた。

 

 

 アルシェは、紫苑の花を見つめながら、「ありがとうモモン。最期に会いに来てくれたんだ」と呟き、『遠くにいる人を思う』という花言葉を持つ、紫苑の花を抱えながら永遠の眠りへと入っていった。

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

「マーレ、御苦労だった」

 

「モモンガ様のお役に立てて良かったです!」

 

「モモンガ様……最期にお顔くらいお見せになった方が良いのではありませんか? ずっと陰ながら見守っていたことを伝えたら、彼女は喜ぶのではないでしょうか」とモモンガの後ろに控えていたアルベドが呟く。

 

「そうか? だが、これで十分だろう。しかし……アルベド……、お前にとって人間は下等な生き物なのだろう? 随分と優しいじゃないか」

 

「人間は薄汚い下等生物です。ただ……あの女、アルシェ・イーブ・リイル・フルトには、多少の親近感が湧くというものでしょう」

 

「そうなのか? 珍しいように思えるぞ?」

 

「モモンガ様。それが女という生き物なのです。彼女は、私と同じ男を愛した女ですから……」

 

「……。マーレ、アルベド。先に、ナザリックに戻っていろ」

 

「畏まりました」

 マーレとアルベドは、モモンガの言葉を受けてナザリック地下大墳墓に帰還する。

 

 一人残ったモモンガは、丘の上に建てられた屋敷を見つめる。

 

「アルシェ……さらばだ」

 

 モモンガの言葉は、風に乗って運ばれていった。そして『君を忘れない』という花言葉を持つ、紫苑の花がいつまでも風に揺れ続けているのであった。




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