魔法科高校の月島さん(モドキ)   作:すしがわら

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※注意※
「独自解釈」「捏造設定」「ご都合主義」「原作改変」等が多々含まれています!
原作に登場しないモブ(?)が登場します。少しだけなので許してください!


おまたせ(いろんな意味で)



ここまでこの小説がやってこれたのも、全部月島さんのおかげじゃないか!……とノリで言えるのも、月島さんのおかげ。


横浜騒乱編-5:「おかえり」

「昨日は危なかった」…第一高校1年の平河(ひらかわ)千秋(ちあき)は、そう思いながら一人公園のベンチでたそがれていた。

 

彼女が何故こんなところにいるかと言えば、つい先程、この近くで()()()と別れたばかりで手持ち無沙汰になっているからだ。

 

「明日は、これで……ふふっ」

 

千秋は自分の手元にある小型のバッグの中を覗きこみ、小さく微笑んだ。

 

 

昨日、千秋がしていたことは、単純だ。

()()()()()()()ターゲットの一人である司波達也…彼の尾行である。

 

その途中、達也に気付かれ、彼のそばにいた千代田花音が千秋を拘束しようとした。千秋は近くに置いておいたスクーターで逃走を図るが、五十里啓の魔法によりタイヤの摩擦が無くなり推進力が得られず、千代田花音が迫るが……。

千秋が乗っていたスクーターには改造が施されており、爆発とも言える噴射により、涙目になりながらも何とか逃亡することが出来た。

 

逃げることが出来たこと自体も幸運であるが、追いかけられる状況ばかりで顔を確認されなかったのも、千秋には幸運だっただろう。

 

 

「…けど明日は、あの司波達也をギャフンと言わせてやるんだから……!」

 

 

千秋にとって、司波達也という人間は「目の上のたんこぶ」…邪魔な存在だった。

 

千秋は魔法の実技については並以下だということは、悔しいが自覚はあった。だが、魔法理論については少なからず自信があり、事実、二科生の中ではトップクラスで大抵の一科生をも上回っていた。

だがしかし、司波達也は千秋の上をいっていた。

テストはもちろん、同じ二科生でありながら『九校戦』のエンジニアに異例の抜擢。さらには新人戦『モノリス・コード』に臨時で出場し、優勝して実力を示してしまった。

 

故に、千秋にとって達也は嫉妬の対象であった。

 

だからこそ千秋は、『全国高校生魔法学論文コンペティション』の代役に選ばれた達也のことが、なおさら憎かった。

 

 

 

第一、本来コンペティションのメンバーだったのは……

 

そう考える千秋の携帯端末から、コール音が響いた。

千秋が携帯端末を取り出し、相手を確認してみると……それは姉・平河(ひらかわ)小春(こはる)からの電話の様だった。

 

少し驚きつつも通話を始め、携帯端末を耳元に近づける。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、千秋?今どこにいるの?』

 

携帯端末ごしに聞こえてきた姉の声に()()()()()も、千秋は返事をする。

 

「えっ、いや、さっきまでちょっと友達と会ってて…」

 

『昨日、泊めて貰ったっていう友達?あんまり迷惑かけたらダメよ?…それで、今日はちゃんと帰ってくるのかしら?』

 

昨日、司波達也たちに追われた後、一時的に()()()の協力者の人たちに(かくま)ってもらい、家に帰れそうになかったために使った「友達の家に泊まる」という連絡を家に入れておいたのが、上手く成功していることに安心しつつ、千秋は姉からの質問の回答を考える。

……今日は誰かに追われたわけでもないため、このまま帰っても問題無いと判断する。それに、千秋はある人に言われた「なるべく普段通りにふるまったほうが成功する」というアドバイスを思い出し、帰宅することを決めた。

 

「うん。今すぐ帰るから、心配しないで」

 

『そう、良かったわ。…なら、お母さんたちにもそう伝えとくわね』

 

『まってるわ』という言葉の後、千秋が「うん、それじゃあね」と返してから切れた電話。

携帯端末をしまいながら、千秋はベンチから立ち上がって帰路へとついた。

 

 

 

「……あれ?」

 

家路の途中、千秋は自分自身の足どりが心なしか軽いことに気付いた。

「なぜだろう?」とひとしきり考えてから浮かんできたのは、先程電話ごしに聞いた姉の声。

 

……いや、あんな確認をとるだけの会話だったけれど、久しぶりの姉とのまともな会話だったことを、千秋は思い出した。

 

 

―――――――――

 

 

千秋の姉…小春は、ここ一ヶ月近くかなり(すさ)んでいた。

 

その始まりは、小春が技術スタッフ(エンジニア)として参加した『九校戦』から帰って来てからだったと、千秋は記憶している。

 

帰って来た小春は、遊んだりはしないで一心不乱に調べ物をしたり、一日中CADを(いじ)り倒したりしていた。

千秋はそれを少し変だと思ったが、両親は「受験生として一生懸命なんだろう」、「九校戦がいい刺激になったんだろう」と言って、むしろ感心していた。…千秋も「まぁ…確かにそうなのかな?」と半分納得した。

 

しかし、まるで何かに駆り立てられるようだと、千秋の目には相変わらず変に見えていた。

 

 

しかし、学校が始まる頃から、小春に変化が生じた。

情緒不安定になり、泣いたり怒ったりと手が付けられなくなり……ついには自室へと引きこもってしまったのだ。

 

これには両親も困ってしまい、「病院に入れるべきでは?」「でも、世間体が…」と何度も相談して、結局はどうしていいかわからず、放置に近い状態になってしまった。

それからというもの、千秋は小春(あね)とはまともに話せていないのだ。

 

千秋にとって小春(あね)は劣等感を抱いてしまう対象だった。…とは言っても、それは千秋が第一高校に()()()として入学してしまってからの事で、それ以前は……いや、今でも自慢の姉であり、憧れでもあった。

故に、小春がダメになっていく様を、千秋は劣等感からの解放の嬉しさと共に、大きな悲しみ・怒りが湧き上がってきているのを感じながら見てきた。

 

 

だからこそ、電話ごしではあれど前までのように普通に会話が出来て、千秋は少なからず喜びを感じていたのだ。

 

 

 

ある日聞こえた、言い争いをするかのような小春(こはる)の怒声。誰もいないはずなのに、ひとりで部屋で騒ぎだしたので「ついに壊れてしまったか」と思い、千秋はこっそりと様子を見に行った。

 

ドアの隙間から見えたのは、携帯端末を片手に何かを言い放つ小春。つまりは、電話の相手に向かって怒声を浴びせていたのだろう。

 

「私があんな奴に…一年生なんかに劣ってるっていうの!?なんで、三年間過ごしてきたあたし達よりも信用できるのよ!……そうよ、どうせあたしは工作を見抜けないおマヌケさんですよ!!」

 

千秋には、小春が何を言っているのかはよくわからなかった。しかし、これが小春が変わった原因だと半ば確信した。

 

千秋はその日の夜、寝静まった小春の部屋にこっそりと潜入した。

日記。もしくは携帯端末のメールか何かで、昼間に聞いた内容の全容を掴めないかと考えたのだ。小春(あね)の癖はわかっているため、パスワードなどは看破できると千秋は考えた。

 

そうして、探りだした千秋だったが……寝ていた小春が何か言い「起きたのか!?」と焦ったが、寝言の様で安心し息をついた。

だが、安心するとともに、何を言っているのかと興味を持った。

 

「…何で……何でわからないの…?何でなのよ……。私の何が月島君に劣ってるの……何が足りないっていうの…」

 

小春の寝言を聞いた千秋は、その中にあった「月島」という名前が耳に残った。

 

 

千秋は知っていた。その「月島」という人物を。

『九校戦』での活躍。『十師族』に負けず劣らずの実力を見せつけた、第一高校の超新星。だが、それ以前から千秋は月島を知っていた。

 

休み時間なんかに、千秋のクラスにいる剣道部の部員に勉強を教えているのを度々見かけた。

最初の頃は「一科生だから」という理由で、剣道部以外のクラスメイト達は月島に白い目を向けていた。

しかし、時間が経つにつれ、その対応は変わっていった。実技の授業の度に、剣道部員たちの結果が良くなっていっていたのだ。それに、話を聞けば魔法理論のほうも理解が深まって勉強がよく出来るようになっているそうだ。

次、月島がクラスを訪れた時、剣道部員に続いて他のクラスメイトたちも月島に寄っていっていた。月島はそれを嫌な顔もせずに受け入れていた。

 

…そんな月島を、千秋は好きにはなれなかった。

「一科生だから」とか「八方美人だから」とか、そういう理由ではなく、その態度が嫌いだった。

月島は、勉強について聞いてくる同級生たちに隔たり無く接し、優しく・丁寧に教える。その目は司波達也のように冷たい目…ではなく、まるで子供を見守る親のように慈愛に満ちたものだった。

だが千秋は、その目は相手を自分の下の存在だと判断した目だと、確信していた。故に、月島は人を見下す存在だと感じ、好きになれなかったのだ。

 

 

小春の寝言を聞いてから、千秋は『九校戦』における月島の活躍を…それと小春(あね)とを繋げる物事が無いかと、学校で噂を調査しだした。

 

『九校戦』の公式記録に残るような内容では無かったものの、思いの外、それはすぐに知る事が出来た。

本戦『ミラージ・バット』の裏側にあったCAD裏工作の一件を。月島が、小春(あね)のプライドをズタズタにしたのだと…それを理解した。

 

 

千秋の中で、その一件は(くすぶ)っていた。

そして、それがある人物によって突かれ、千秋は昨日の午前中、とある行動へと移った。

 

「姉さんの大切なもの(プライド)を傷つけたのだから、自分も大切なものを傷つけられて同じ痛みを知ればいいんだわ」

 

千秋は月島のいない…他の1-Aの生徒も極力いないタイミングを見計らい、月島が教室の机に入れておいたバッグの中から本を抜き取り……それを人目が無いところで燃やした。

元から気に入らない存在だったのだ。千秋には罪悪感は無かった。

 

 

―――――――――

 

 

自宅の玄関の前まで帰ってきた千秋。

少しばかりの不安を抱きながらも、玄関の扉に手をかけ、開いた。

 

「ただいま」

 

その千秋をまっていたのは……

 

 

 

「おかえり!千秋」

 

 

 

小走りで玄関まで来て、微笑んで迎え入れてくれた小春(あね)だった。

 

「お友達と仲が良い事は良いことだけど……遅くなるのは心配しちゃうのよ?…って、説教臭くなっちゃだめよね!学校、お疲れ様!」

 

「……!うん、こっちこそ遅くなって、ゴメン。明日は気をつけるよっ!」

 

千秋の返事に満足したのか、小春は「よろしい!」と言いながら嬉しそうに笑った。

 

「ふふっ、千秋が頑張っているのを見てると、「私も早く復帰しないと!」って気持ちになれるわ!」

 

 

千秋は嬉しくてたまらず、靴を脱ぎながらもつい顔がニヤついていた。

あぁ…これは、きっと復讐(ふくしゅう)を…(あだ)を取った千秋(じぶん)への、神様からのご褒美ではないかと、千秋は思った。

 

「お母さんが晩ご飯用意してるところだから、あと少し時間がかかるわ。その間に千秋は着替えたりしましょうか…その前に一回、お母さんに帰って来たこと、つたえよっか?」

 

「うん。そうだね」

 

廊下を歩きながら、千秋は小春と話す。

その廊下には、リビングダイニングからの光が伸びている場所がある。そのリビングダイニングとキッチンとは、カウンターで半ば仕切られている構造だ。なので、そこから顔を出せばキッチンにいる母親と顔を合わせることができるのだ。

 

「お母さん、ただいま!」

 

千秋の言葉に、キッチンにいる母親が顔を出して微笑みながら応える。

 

「おかえり、千秋ちゃん」

 

そこにいたのは、小春が引きこもってしまう前の、気苦労を感じさせない爽やかな笑みを浮かべた平河姉妹の母親だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お か え り」

 

 

 

 

 

母親の微笑みも、言葉も、千秋には届いていなかった。

「ただいま」と言いながら千秋が入ったリビングダイニング、そこにあるソファーに腰かけている人物に釘付けになって、思考が停止していたためだ。

 

「つき……しま……!?」

 

 

「お邪魔してるよ、千秋くん。…今日はずいぶん遅かったね?あまりお母さんとお姉さんに心配をかけちゃダメだよ」

 

混乱する千秋を置いて、学校と変わらない調子で話す月島。そんな彼に、千秋は震える声で言葉を投げかけた。

声で言葉を投げかけた。

 

「な、なんで…なんでうちにいるのよ……!?」

 

「なんでって、それは……」

 

肩をすくめながら何かを言おうとする月島……それをさしおいて、小春が首をかしげながら言った。

 

「何言ってるの、千秋?月島さんは()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「姉さん、何……何言ってるの?」

 

一昨日(おととい)。それは月島の本を盗むタイミングがいつがいいかを考えたり、本を燃やす場所の目星を付けていたりを、千秋は自分の部屋で一人考えていたはずだ。月島は勿論来ていないし、それどころか引きこもった小春にすら会っていない。

 

そんなことはありえない…と千秋が断言しようとする前に、話を聞いていたのか、キッチンのほうから姉妹の母親の声が聞こえた。

 

「あら?千秋ちゃんったら、小春ちゃんと月島さんと三人でCADのお勉強してたじゃない、お母さんだって憶えてるわよ?…忘れちゃったの?」

 

「はぁ…!?」

 

訳が分からずに、呆けた声をあげる千秋。

 

 

そんな千秋に対し、笑いながら言葉をかけたのは他でもない月島だった。

 

「一昨日は、千秋くんの調子が良くなくって、勉強の結果も(かんば)しくなかったからね。忘れたくなる気持ちも解らなくはないよ?」

 

「うんうん。確かに、千秋にしては凡ミスが多かったわね」

 

「まあ、それでも今日の先輩よりはマシだけど…」

 

「あー!月島さんヒドイ!…確かに今日はヤバ目だったけど、ちょっと前提を勘違いしてただけで……そ、それに!「先輩」だなんて他人行儀じゃなくて「小春」って呼んでって言ったでしょう!?敬語は直してくれたのに…」

 

「善処するよ……それと話逸らすの下手だね」

 

そんなやりとりをする小春と月島を見て、千秋は震え上がった。

 

ありえない。確かに小春(あね)は月島の事を恨んでいたはずだ。

なのに、だ。何故、こんなにも親し気に話しているんだ。何故、姉は楽しそうに笑っているんだ。

 

 

 

「おかしい……こんなの、絶対おかしい!!」

 

「…千秋?」

 

妹の様子を不思議に思ったのか、小春が首をかしげる。

それと同時に、月島が一歩、千秋に近づいていった。

 

「どうしたんだい、千秋くん?なんだか顔色が良くないみたいだけど…」

 

目線を合わせる様に片膝をつきながら千秋の額に手を当てようとする月島だったが……。

 

「触んないでよっ!」

 

その手を千秋がパシンッと思いっきり払い除けた。

そして、そのまま返す手で同じ目線になった月島の顔を引っ叩いた。

 

 

「月島さん!?」

 

突然の出来事に目を見開いた小春だったが、「千秋が月島の顔を叩いた」と理解した瞬間、鋭い目で千秋を睨み、怒声をあげた。

 

「千秋っ!あんた、何してるの!月島さんが何か悪い事した!?してないでしょ!!」

 

その声を聞いて、何事かと姉妹の母親もキッチンから顔を出した。

姉の剣幕に若干一歩引いてしまいながらも、千秋は負けじと声を張り上げた。

 

「したじゃない!姉さんのエンジニアとしての仕事を、信頼を、プライドを!それを壊したのはコイツじゃない!!何で仲良くしてるのよ!?全部コイツが悪いんじゃない!!」

 

「何言ってるのよ!私が引きこもったのは、新人戦女子の結果を全部引き上げた司波達也君との知識と技術の差に、打ちのめされたから!月島さんは何も悪くないわ!!」

 

「嘘よ!!そんな嘘つかないでよ!!」

 

言い合いをし、お互いに手が届く距離まで接近し、一触即発…とまでいきそうになったその時……。

 

 

「やめなさい!!」

 

 

その声に平河姉妹は止まった。

二人には覚えがある感覚だった。幼い頃、一つのものを取り合った時に叱りつける母親の声。故に、自然とふたりは離れて静かになった。

 

「千秋ちゃんも、小春ちゃんも……少し落ち着きなさい」

 

「……はい」

「…………」

 

小さいが返事をする小春と、うつむき気味になり黙る千秋。

ふたりを見てため息をついた姉妹の母親は……

 

「千秋、月島さんに謝りなさい。…どんなに苛立っていても、やったらいけない事ってあるの。わかる?」

 

「……なんでよ……なんでコイツなんかに…!」

 

「「コイツ」じゃないでしょう?月島(つきしま)昊九郎(こうくろう)って立派な名前があるのっ。小春ちゃんが引きこもっちゃってすぐのころ、お母さんやお父さんもどうしていいか解らない時に、心配して真っ先に来てくれた人、でしょう?」

 

母親は千秋にそう言い聞かせながら、小春のほうを向く。すると、小春は頷いて口を開く。

 

「私が壁に当たってくじけそうになった時、「失敗しても、わからなくても、目指す先があるなら何度だってやり直そう。僕もついているから」って言ってくれて……。また私が一歩踏み出せたのも、月島さんのおかげだもん」

 

そんな事、無かった。…そう、言おうとしても千秋の口は思うように動かなかった。

そんなことはお構いなしに、話は続く。

 

「千秋ちゃんも言ってたじゃない。「入試の時に緊張でガチガチになっていたところを月島さんに助けられた」って。それに、前の試験の時もたくさん教えて貰ってたじゃない。千秋ちゃんが良い成績を取れたのも月島さんのおかげでしょう?」

 

「違う!!」

 

そう叫び、千秋はそのまま部屋を飛び出す。

 

「待ちなさい!千秋ちゃんっ!」

 

「千秋ぃ!月島さんにちゃんと謝りなさいよ!!」

 

母親と小春…そして月島を残して、家から出て行こうとする千秋だったが……その直前、玄関を出たところで誰かとぶつかってしまう。

 

 

「わっと!?…って、千秋じゃないか!そんなに慌ててどうしたんだい?」

 

「お、お父さん!?」

 

予想外の出来事であれど、千秋からすればまたとない頼みの綱である。

大人……その中でも父親というのは、時に恐ろしく、時に心強いものだ。

 

「お母さんと姉さんがおかしいの!アイツが…アイツが敵なのにっ!私が悪いって!!」

 

「おいおい、落ち着けって。大体、アイツって誰なんだい?」

 

そう言っている間に、小春と母親が玄関まで来た。

 

「お父さん!千秋を捕まえて!!」

 

「千秋ちゃん、ちゃんと月島さんに謝りましょう?」

 

千秋は迷った。このままでは捕まえられてしまう。…だが、お父さんなら……お父さんならちゃんとわかってくれるんじゃないかと。そう希望を抱いた。

だが……

 

「ダメじゃないか、千秋。今度はどんなイタズラをしたんだい?いくら月島さんが優しいからって、悪い事ばかりしたら…。お父さんもついて行くから…な?一緒に謝ろう」

 

そんな希望は存在しなかった。

 

千秋からすれば一番怖いのは、父親が相変わらず「優しいお父さん」のままなことだった。もし、これまでに見たことも無いくらいに怒鳴り散らしてでもくれれば、別人だとか自分自身に言い聞かせることが出来ただろう。

だが、千秋の眼のお前にいるのは、まぎれもなく千秋の記憶の中にいる父親そのものだった。

 

 

「イヤャァァアァー!!」

 

 

千秋は、肩に優しく置かれていた父親の手を振りほどき、一心不乱に走り出した。

慌てて出たため、室内用のスリッパのままだということも忘れて……。

 

 

 

「ごめんなさい、月島さん!…もう千秋ったら、月島さんに謝りもしないで……!」

 

「本当にごめんなさいね。あの子ったら、一体どうしたのかしら…?」

 

「すまない、月島さん。私たちのほうからちゃんと言い聞かせるよ。そして、今度ちゃんと頭を下げさせに行くよ」

 

一歩遅れて玄関にたどり着いた月島に、小春と姉妹の両親がそれぞれ謝罪をした。

それに対して、月島は特に気にした様子も無くいつもの調子で答えた。

 

「僕のことは気にしないでくれ。…それよりも、少しお願いをしたいんだけど……」

 

「お願い…?」

 

「ああ。千秋くんが帰ってきたら、1、2日くらい、叱ったりせずに様子を見てあげてくれないかな?……彼女くらいの歳ごろになると色々と難しいところがありますから、一度自分の中でじっくり考える時間が必要だと思うからね」

 

月島の言葉に、平河姉妹の両親は頷いた。

 

「月島さんがそう言うなら、その通りなんだろうね」

 

「そうね。あの子と…月島さんを信じましょう」

 

ただ、小春だけはちゃんと納得してないようで、首をかしげていた。

 

「あの年ごろって……私はこんなことになった覚えは無いけど…」

 

「それは小春ちゃんが純粋なだけよ」

 

母親にそう言われ「そうかな?」と言う小春。それを見て笑う父親。

一人足りないとはいえ、十分な家族団らんの場と言える光景だろう……。

 

 

―――――――――

 

 

千秋はいまだに走っていた。

 

だが、さすがにスリッパと言うのは無理があり、途中こけてしまう。

 

 

「大丈夫?」

 

そんな彼女に声がかけられた。

小野(おの)(はるか)。第一高校にカウンセラーとして勤めており、『ブランシュ事件』以降活発に活動しているため、千秋とも面識があった。

 

「どうしたの、こんなところで……?」

 

遥の手を借りながら立ち上がった千秋は迷った。「()()かもしれない」と。

しかし、現状では頼れそうな相手はもやは目の前の人物しかいないのも事実だ。

 

そう考え、千秋が口を開くのよりも早く……

 

 

「僕が原因ですよ。小野先生」

 

 

その声に千秋は固まる。スリッパとはいっても、全力で走ったのだ。こけてからは一分も経っていない。

なのに、すでに追い付かれていることに驚愕する。

 

月島に対して…何か言おうとする千秋の口は、ガチガチと歯を鳴らすだけで上手く動いてはくれない。

その様子を見てか、代わりにとばかりに遥が月島に向かって問いかけた。

 

「どういうことかしら?月島君?」

 

「ご存知でしょう?小春さんのこと。……それでちょっと、千秋くんの機嫌を損ねてしまってね」

 

「なんだ、()()()()()()()()()()()。ダメよ、月島君。乙女心は複雑なんだから」

 

千秋は固まることしか出来なかった。小野遥(この人)も月島を疑いもせず、言葉を鵜呑みにするだけなのだと。

もう、信じられるものは無いのだと。

 

「見ての通りなんで、すみませんが小野先生が家まで連れて行ってくれませんか?」

 

「そうね、放ってはおけないし……それに、元々私も小春ちゃんの顔を見に来たわけだし問題無いわ」

 

 

そう言葉を交わした二人。

それを終えて、月島が「では…」と歩きはじめた。

 

千秋はもはや、月島が近づいてきても震えることしか出来なくなっていた。

 

 

そんな千秋の肩に月島が手を置く。

 

「大丈夫、小春先輩たちももう怒っていないよ。むしろみんなで食卓を囲む事を望んでいるさ。……早く帰ってあげるといい」

 

 

優しい言葉のはずなのに、千秋は自分の背骨がミシリッと音をあげたかのように体が強張り……もはや、月島がどの方向に帰ったのかも、確認できないほど、震えが止まらない自分自身のことで手一杯になってしまった……。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

『……ねえ、ちょっとかわいそうじゃない?』

 

「そんなことは無いさ。……精神操作を受けていたみたいだとはいえ、『ブック・オブ・ジ・エンド(月島さん)』を傷つけたんだ。当然の報いさ」

 

そう言いながら月島は手の中で、汚れ一つない「(しおり)」を弄んでいた。

 

 

「まあ、生餌としての役割がちゃんと出来たら、挟み込んで楽にしてあげるさ」




まだ(原作よりは)優しい。

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