風鳴翼、ガンプラを作る   作:いぶりがっこ

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(デンデケ デンデケ デンデケ デ! デッデッデッデー)

 みなさん!いよいよお別れです!
 
 ライヴを守るマリア連合は大ピンチ! 
 しかもアメイジング・アルティメットガンダムへ姿を変えたメイジンが、
 防人たちに襲い掛かるではありませんかっ!
 
 果たして、ガンプラバトルの運命やいかに! 
 姫動武闘伝シンフォギア最終回!


「風鳴翼大勝利! 見た事ない世界の果てへレディ・ゴー!!」





第十話「SAKIMORI、未来を奏でる」

 けたたましく鳴り響く警報の音が、蒸熱い真夏の夜を震わせていた。

 

 反響するスクランブル

 艦内にたちまち緊張が走り、S.O.N.G.の制服に身を包んだ職員が慌ただしく配置につく。

 未だ結成より日が浅いとは言え、その前進は特務災害対策機動部二課の出身者が多く、また直近では、先の魔法少女事変の最前線を担って来た組織である。

 不測の事態に対しても動じる事無く、ベテランの職員たちは即座に情報の収集に移っていた。

 

「もういい、警報を切れ!

 どうした、一体何が起こっている?」

 

 おっとり刀で現れた司令官、風鳴弦十郎の声に、司令部のそこかしこで安堵の息が洩れる。

 ただそこに在るだけで人々の精神的支柱となり得る太い声である。

 情報処理担当の友里あおいがすぐさま振り向き、状況の報告に移る。

 

「都心の西方より、フォニックゲインの爆発的な上昇が確認されました!

 発生源は六……、いえ、七つ!

 いずれもほぼ同地点で、連鎖的な反応を見せています」

 

「爆発的な上昇……!

 それは、周辺の区域に被害を及ぼす規模のものか?」

 

 弦十郎の問い掛けに対し、あおいはやや戸惑い気味に首を振った。

 

「い、いえ、それが、奇妙なのですが……。

 絶唱に匹敵するほどのフォニックゲインが溢れだしているにも関わらず、

 その影響は、極めて閉鎖的な一部の空間内に限られているようです」

 

「発生源の特定、出来まし……、え、こ、これはッ」

 

「どうした! 藤尭ァ」

 

 手元のパネルを操作していた藤尭朔也が、信じられない、と言った表情でモニターを凝視する。

 

「観測地点は、静岡県静岡市――

 イベント会場のど真ん中ですッ」

 

「静岡!?

 あそこは今、ガンプラバトル選手権世界大会の真っただ中よッ!

 あんな所で二次災害が発生したら、二年前のライヴの二の舞になります」

 

「……まさかアイツら。

 またぞろ何かに巻き込まれていやがるのか?」

 

「か、解析結果、出ますッ」

 

 藤尭の叫びと共に、中央の巨大なスクリーンいっぱいに、ただちに象徴的なアルファベットが羅列される。

 

 

【 GUNPLA BATTLE 】

 

 

「――!?」

 

 その場に居合わせた一同が、たちまち絶句した。

 

「……ガッ」

 

「ガン?」

 

「ガンプラバトル……、だとォッ!?」

 

 

 

 眩いばかりの閃光と衝撃が、世界を震わせていた。

 

 赤

  青

   黄

    白

     桃

      緑

       紫

 

 強大な光の柱が大地から立ち上り、虹色の螺旋を描いて遥か天空に吹き抜けていく。

 

「キャアッ!?」

 

 ゴウッ、と大気を切り裂き通過していく光の渦を、フェニーチェの背中でキララが見上げる。

 

「くそっ、しっかり掴まってろ、キララちゃん」

 

「何? なんなのッ、何の光よ!?

 フェリーニ、一体何が起こっているの?」

 

「分からねえ! けれどこれはもう、普通のガンプラバトルじゃない」

 

「まさか、あの歌?

 あの子たちが世界を変えたっていうの」

 

 天空より、光景の一変した大地を見下ろす。

 異形パーツのガンダムヘッドと触手の海に支配された世界。

 ただ一点、七つの光の重なる円だけが、絶対不可侵の領域として新たな奇跡を生み出している。

 

 時を同じくして、スクリーンごしに戦場を見つめる鋼鉄の顎からも戸惑いがこぼれ落ちた。

 

「メ、メイジン!

 彼女たちに何が起こったと言うのです?」

 

「……特注のテンタクラーロッドを。

 アルティメットガンダムの吸収能力を焼き切るほどの強烈なエナジー。

 彼女たち機体のドコに、それほどの力が残っていたと?

 あるいは、これは……、彼女たち自身の……」

 

 冷徹な瞳を隠した紅いグラスが、真っ直ぐに光を見つめる。

 光の只中に居る七つの機体、そして七人の少女たち――。

 

 

「……たかだか七つ、たった七つの小さな絶唱」

 

「けど、このガンプラバトルのフィールドとやらも、

 せいぜいステージ一つ分のちっぽけな世界に過ぎねえ」

 

「所詮はポケットの中の戦争。

 メイジンのガンプラが、世界を呑み込むと言うのならば……」

 

「こちらには、世界(ガンプラ)を壊す、歌があるんデェス!」

 

「響イィ――――――ッ!!」

 

「S2CA! セブンスソードバーストッ!

 全てのフォニックゲインを、翼さんのフェニーチェへッ!」

 

「ぐっ、うぅ、うぅああぁあぁァ―――――ッ!!」

 

 少女たちの咆哮が重なる。

 七つのデコシール……、ギアが淡い煌めきを放ち、光が徐々に収束し、フェニーチェの全身が白色の輝きに染まって行く。

 

 Surerb Song Combination Arts

 

 本来ならば「他者と手を繋ぎ合う」立花響の特性を基幹に据え、絶唱の持つ力を極限まで引き出すコンビネーションである。

 だが生身ならいざ知らず、即席のニコイチゴッドガンダムに、七機分のエネルギーを引き受ける強度はない。

 

 代わりに、一つの予感があった。

 風鳴翼だけでなく、他の少女達にも。

 左に備えた蒼い翼。

 右に負った白刃の野太刀。

 煌びやかなメタリックブルーに染め上げられた胸甲……。

 

 風鳴翼の姿を映すこのガンプラは、単なる改造の出来不出来を超えた何かを宿している、と。

 

「この光、プラフスキー粒子……。

 いや、あるいは彼女たち自身の?」

 

「ええいメイジン! 何を戸惑っているのですか!?」

 

 膨大な光の前に立ち竦むメイジンに対し、鋼鉄を震わし鉄仮面が叫んだ。

 

「敵の光が何であったとしても、まだ、フェニーチェのチャージは完了しておりません。

 今、このタイミングで、ツバササンを叩くのです!」

 

「…………ぅ」

 

「何を躊躇うのです!

 無防備な彼女たちを討てば、それで終わりではありませんか!?」

 

「ぐっ、ぬぅ……!」

 

「撃つのです! この好機に、真の最強の何たるかを証明するのです!!」

 

「うッおおおオォォォ―――――ッッ」

 

 ズンッ、と再び大地が揺れた。

 たちまちガンプラの残骸を掻き分けて、一際巨大なガンダムヘッドがズワッと首を伸ばす。

 

「!」

 

 一手、遅れた。

 手を紡ぎ合う少女の前に、MSまで一飲みせんと怪物が大顎を広げる。

 

「――つ!、翼さん!?」

 

「くッ!?」

 

 

(オォールフェ~ン……)

 

 宇宙(ソラ)が歌う黒人霊歌(ブルース)が聴こえた。

 胸に迫る絶望と、惨劇の予感。

 

 

 ――ブッピガンッ!!

 

 

「!?」

 

 刹那、悪魔が降って来た!

 空気が揺れる! 大地が砕けるッ!

 大口を開けたガンダムヘッドが、一瞬にしてくしゃおじさんと化す!

 

「なッ!? ガンダムバルバトス、だと!

 ……もしや! 乗っているのは少年か!?」

 

 翼が叫んだ。

 その厳つい鉄槌で、大顔面を脳天から下顎まで一息に貫き串刺しにする悪魔の背中。

 右肩に大業物を背負い、両足で敵を踏み付け、手にした大槍を情け容赦も無く抉り込む。

 ガンダムバルバトス。

 厄災を象徴する72の悪夢の一柱。

 

「――残業、思ったより手間取っちゃってさ」

 

 厄い機体を飄々と操りながら、少年はいつも通り事もなげに応えた。

 ふっ、と思わず翼の頬も緩んだ。

 

「……ふふ、ガンダムの名を冠する悪魔が相食む時代とは、ガンプラバトルの世も末ね」

 

「下らない事言ってないで、早いトコ決めちゃいなよ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ……、ありがとう、少年」

 

 短く謝意を伝え、風鳴翼が、フェニーチェが直ちに駆け出した。

 ガンダムヘッドの顎を踏み締め、バルバトスの肩を踏み台にして、フェニーチェが跳ぶ。

 跳んだ……、飛んだ!

 

「おお! アレは!?」

 

 ラルさんが叫んだ。

 観衆も一斉に叫んだ。

 一瞬、バランスを崩しかけたフェニーチェが、次の瞬間、空中で鮮やかに翼を開いた。

 

 左の肩から、青を基調に塗り直された、機械仕掛けの翼が広がって行く。

 右の肩から、プラフスキーの輝きに形どられた、柔らかな赤い光の翼が広がって行く。

 

 蒼翼と緋翼。

 二つの翼を大きく広げ、今、フェニーチェが天空へと舞い上がった。

 

 

 ガンダムフェニーチェ【ツヴァイ】

 

 風鳴翼の口からその名が宣言された時、往年のファン達は興奮の渦中に一抹の寂しさを憶えた。

 そもそも、この片翼のウィングが、何故に「(ツヴァイ)」であるのか?

 

 リナーシタとは系譜の異なる、ガンダムフェニーチェの正当な後継機としてのツヴァイ?

 無論、違う。

 この機体を風鳴翼が使う時、ファンたちの多くは、もっとシンプルな回答に思い至る事だろう。

 ツヴァイウィング。

 かつて、風鳴翼と天羽奏が手に手を携え謳い上げた伝説のユニット。

 

 現在でこそ国内を代表するアーティストとして高い評価を受ける翼だが、彼女にとって最も幸福であった時代とは、パートナーの傍らで無邪気に歌えていたあの頃であろうと人は言う。

 戻らぬ光、青春の瞬き、黄金時代。

 失われた光の大きさが、皮肉にも彼女の歌に、聴く人の胸に迫る深い豊かさを与えた事を、ファンたちは良く理解している。

 

 かつて、双翼であったウィング。

 風鳴翼が、二度と戻らぬかつての日々を、どれ程大切に思っているかのが、その名前だけでも伝わってくる。

 あまりにも温かく、健気で、そして悲しい機体。

 

 だが、そんな推測もまた邪推でしかは無かった事を、観衆はようやく理解しつつあった。

 

 ――あの不死鳥は、初めから()()だったのだ。

 

 風鳴翼は、その胸の内にもう一枚の翼を隠していた。

 目に見えずとも、たとえ触れられずとも、翼ははじめからそこに在ったのだ。

 繋ぎ合う手が、紡ぎ合う歌が、プラフスキー粒子の輝きが、ようやく今、誰もが理解できるだけのそれを形にしてくれていた。

 

 

「……本当に、剣じゃなかったんだな」

 

 呆然と天空を見上げる少年の許に、赤く染まった柔らかな羽毛が、粉雪のように舞い降りる。

 世界が、暖かな光に埋もれていく。

 見上げる少女たちの口から、次々と歓声が沸き上がる。

 

「この羽……、この羽、奏さんだよ!」

 

「そうだね響、凄い、さすが翼さん」

 

「……へっ、へへ、ここまでやるかァ? 人気者」

 

「ガンダムよ、天に昇れェ――――ッ!」

 

「うぅ~っ、やっぱりツヴァイウィングのステージは最ッ高デェーッス!!」

 

「持って行けェッ! 風鳴翼ァ!!」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴが動いた。

 手にした大槍を、力一杯、殺人的な加速でブン投げた。

 天空目がけ、ガングニールが一直線に風となる。

 フェニーチェはゆるりとその身を翻し、迫りくる槍の柄を、パシリと空いた左手で掴み取った。

 

 久しぶりに揃った。

 二枚の翼と、槍と剣、そしてステージと大観衆と。

 ラストソングの幕が開く。

 

 

『――よう、どうだい翼、娑婆の景気は?』

 

「……相変わらず、いつも通りよ。

 こっちは何一つ変わらないわ。

 今日も今日とて、私はこうして生き恥を曝している」

 

 フェニーチェが飛ぶ。

 二枚の翼を目一杯に燃やし、遥かな空の彼方まで。

 

『それにしたって、随分と久方ぶりだったじゃないか。

 今日はなんだい、また泣き事でも聞いてほしくなったのかなぁ?』

 

「お生憎さま。

 折角の機会だから最後に一つ、ニュータイプの真似事でもしてみたくなっただけよ」

 

『そいつは重畳だ。

 私もどうやら、余計な心配する必要も無くなったってワケだ』

 

「そう、だから今は楽しみましょう?

 私とあなたのガンプラバトル」

 

 翼を畳み、鮮やかにその身を翻す。

 まるでちっぽけな楊枝のようになってしまったカ・ディンギルを眼下に見下ろす。

 

『カーテンコールは無しだぜ。

 だったら最後に一丁、派手に決めてやろうか』

 

「ええ、いっそこの世界が丸ごと壊れるくらい、激しいナンバーを」

 

 無邪気に笑い合い、そして、加速する。

 緋と蒼、二つの翼を炎の如く後ろに引いて。

 一直線に。

 まるで天からこぼれた流れ星のように。

 

 

「いっけえぇぇぇ――――――――ッッ!!」

 

 

 少女たちの声援を一斉に受け、双翼の流星が光を纏う。

 左手にガングニール、右手には天羽々斬。

 両手に槍と剣をかざし、レギオンの中心、一際巨大なガンダムヘッドを目指す。

 

 視線が交わる。

 地上を見下ろす翼の瞳と、天空を見上げるメイジンの瞳と。

 刹那、刻が見えた。

 初めて出会った時と同じ、男の見る戦いの向こう側の世界が、再び翼の瞳にも見えた。

 

「ならば今は、幕を下ろしましょう、メイジン。

 今宵の最高のステージの」

 

 両の得物が燃え上がる。

 赤く、蒼く、ステージを彩る。

 二つの刃が、真っ直ぐに重なり、共鳴する。

 

 

 ―― 双 星 ノ 鉄 槌(DIASTER BLAST) ――

 

 

 大気が震え、世界が眩い閃光に染まった。

 

 

 

 

『 BATTLE END 』

 

 

 戦いが終わり、静岡には生温い夏の夜の空気が戻ってきていた。

 御伽の時間が終わり、物語は現実に還る。

 

 みな、無言であった。

 居合わせた3000の大観衆も、ステージ上の少女たちも、今宵の舞台を飾ったスターたちも無言であった。

 

 静寂のステージの中央で、三代目メイジン・カワグチと、現代の歌女・風鳴翼が真っ直ぐに向かい合っていた。

 カツン、と真紅のサングラスが床に落ち、乾いた音を立てる。

 

「双星ノ鉄槌。

 素晴らしい技を見せて頂きました、翼さん」

 

 穏やかな瞳をしたユウキ・タツヤの言葉に、ゆっくりと翼が首を振るう。

 

「今日のステージの成功は、全てメイジンのビルダーとして腕前があってこそ。

 こちらこそ、最高の一夜をありがとうございました」

 

「そう……、そう言ってくれますか」

 

 ふっ、とタツヤが吐息をこぼす。

 ややあって差し出された翼の右手に、しかしタツヤは、悲しげに視線を外した。

 

「けれど翼さん。

 私は貴方に一つだけ、どうしても謝らなければいけない事があるのです」

 

「謝る……?」

 

 メイジンの思わぬ言葉に、翼は一瞬、怪訝な瞳を向けたが、すぐにハッ、と目を丸くした。

 寂しげなタツヤの口元に、つっ、と一筋、赤い糸が走る。

 

「ガハッ!」

 

 直後、タツヤが吐血した。

 たちまち体が前のめりに崩れ、会場に悲鳴と混乱が溢れだす。

 

「メイジン!?」

 

「いかん、アシムレイトだッ!?

 メイジンは原作のキョウジ・カッシュよろしくデビルガンダムの核となり、

 その身に深刻な深手を負ってしまったのだッ」

 

「そ、そんな……!

 メイジン、しっかりして下さい」

 

 崩れ堕ちる体を抱き止め、風鳴翼が必死で叫ぶ。

 うっすらと瞳を開け、タツヤが震える口元に微笑を浮かべる。

 

「い、いいのです、これで良いんですよ、翼さん」

 

「バカなッ!? 気をしっかり持って下さい、メイジン!

 貴方が居なくなってしまったら、ガンプラバトルは……!」

 

「あ、アレを見て下さい、それで全てが分か、り……」

 

「この上、何を……?」

 

 メイジンの震える指先が、真っ直ぐにオーロラビジョンを指し示す。

 ゆっくりと翼が振り返る、その視線の先には――!

 

テッテテー!

 

【 ドッキリ! 大・成・功!! 】

 

 

 ――なんと、そこにはお約束のプラカードを掲げる鉄仮面の姿が!?

 

 

「……え?」

 

 パァン! とド派手なクラッカーが打ち上がり、客席がどっ、と歓声に沸き返る。

 打ち上がる花火が少女たちの横顔を彩る中、呆然とする防人を置き去りにして、メイジンが通常の三倍の速さで起き上がり、三倍の速さで代えのサングラスをはめ、三倍の速さで口元のトマトジュースを拭き取る。

 このメイジン、ノリノリである。

 

「メ、メイジン、これは?」

 

「本当にスイマセンでしたァ――ッ!!」

 

 そして、通常の三倍の誠意で謝罪する!

 客席がたちまちおおっ、驚愕に包まれる。

 もしも人前で過ちを犯したとき、三代目メイジン・カワグチは、果たしてどのようなアクションを取るのか?

 酒の席でしばしばガノタの口に上るネタの一つであった。

 

 ①若さゆえの過ちは認めない、ゆえにメイジン・カワグチ。

 ②サボテンの花の話をする、修正してやる! メイジン。

 ③アクシズを落として忌まわしき記憶をリセットする、情けないメイジンめ!

 

 正解は④だった!

 これもまた一生モノのお宝映像であろう。

 

「い、いやあ、参っちゃったな~。

 すっかり騙されちゃいましたねぇ、翼さん」

 

「立花……」

 

 呆然と佇む防人の下に、どこかよそよそしい笑いを浮かべた少女達がぞろぞろと集まってくる。

 

「ええっと、すまない。

 私はまだ思考の整理が追い付いていないのだが……。

 そんなあっさりと許してしまって、立花はそれで気が済むのか?」

 

「うーん、その、許す、と言うか何と言うか……」

 

 純真無垢な翼さんの問いに対し、少女たちは困ったように互いの顔を見合わせる。

 

「ホント、言いにくい事だけどさ。

 この場で本当に最後まで騙されてたのって、先輩一人じゃねえかな?」

 

「最強のファイターを証明するためにアイドルのイベントを襲うって、意味が分からないよね」

 

「ヤジマ商事の仕切る会場のセキュリティは万全ですし」

 

「さすがにリアルで鉄仮面は無いわ」

 

「メイジンダークマターがスクリーンいっぱいに映った時は、腹筋が殺されるかと思ったデース」

 

「そ、そんな!」

 

 一縷の望みを賭け、防人が捨てられた子犬のような瞳で少年の方を振り返る。

 

「ないよ」

「そ、そうか……」

 

 防人がしょんぼりした。

 かわいい剣であった。

 

「い、いや!? ちょっと待ってくれッ!

 だったらあやつは、あの鉄仮面は何者なのだッ!」

 

 ハッ、と我に返ったように翼が叫んだ。

 まさしく最後の悪足掻きであった。

 

「私デス、ツバササン」

 

「な……ッ

 そ、そんな! あなたはまさか……!

 トニー・グレイザー氏!?

 世界的敏腕音楽プロデューサーのトニー・グレイザー氏じゃないですか!?」

 

 鉄仮面の下から現れた禿頭の紳士に、今度こそ翼は仰天した!

 だがしかし、客席には今一つ彼女の衝撃が伝わっていない。

 微妙な温度差の中、「誰だよ」などと呟きがそこかしこで溢れ始める。

 

「トニー・グレイザー?

 何者なんです、ラルさん」

 

「いや、その、すまないセカイくん。

 私にもさっぱりだ」

 

「確か、風鳴翼の海外公演を担当してる偉いオッサンだったと思います」

 

「……トニー・グレイザー。

 イギリスのレコード会社『メトロミュージック』に所属する音楽プロデューサーよ」

 

 頼りない男衆を横目に、ホシノ先輩が一つ溜息を吐く。

 

「これまで数々の大物海外アーティストをスターダムにのし上げて来た敏腕プロデューサー。

 本国イギリスでは音楽界最後の大物とまで評価されていて、彼の演出が無ければ風鳴翼の海外進出は成功しなかったとまで言われているわ。

 少なくともこんなイベントで、鉄仮面のコスプレをやっていいような立場の人物じゃない。

 ある意味で、今、あの舞台にいる誰よりも豪華なゲストよ」

 

「ほう、詳しいなフミナくん」

 

「そりゃあ凄い……、けど、ガンプラ関係ねえ!?」

 

「まったくだよッ! 運営何やってんのッ!?」

 

 ユウマが再び切れた。

 さもありなん、彼の叫びは会場中のガノタたちの困惑そのものであった。

 

「隣の会場では世界選手権やってんだぞッ!

 なんかもっとこう……、いるだろ? この場に相応しいサプライズゲストが!

 フェリーニ選手をチョイ役で使っといて黒幕が見ず知らずのオッサンってどう言う事だよ!?

 誰だよプロデューサー、素直に感動させてくれよッ!」

 

「落ち着いてユウくん、プロデューサーはあそこで頭下げてるメイジンよ」

 

 そんな会場の混乱もどこへやら。

 舞台上では真犯人がついに仮面を外し、解決編の幕が開こうとしていた。

 

 

「ツバササン、まずは謝罪させて下さい。

 このような芝居を打ってまで、貴方を試すような真似をした事、心からお詫びいたします」

 

「そんな、頭を上げて下さい、グレイザー氏。

 あなたほどの人物がなぜ、このような場で鉄仮面の真似事などを……?」

 

 柄にもなく困惑の色を露わとする翼に対し、グレイザー氏は深い諦観の吐息を吐きだした。

 

「……今だから、全てをお話しいたしましょう。

 実は私は前々から『カザナリ・ツバサをバラエティに挑戦させる』と言う、

 貴方のマネージャー、オガワ氏の方針に疑念を抱いていたのです」

 

「えっ、そう、だったのですか?」

 

「カザナリ・ツバサは音楽界の至宝です。

 尊い時間と才能を、歌謡以外の舞台で浪費させ、あまつさえ衆目の笑い者にするなどと。

 とうていプロの仕事では無い、と、今日の今日まで私はそう考えていました」

 

「グレイザー氏、けれど、それは……」

 

「良いのです、ツバササン。

 今日の舞台で、全ての答えが分かりました」

 

 抗弁を試みる翼に対し、ふっ、とグレイザー氏が微笑を向ける。

 

「カザナリ・ツバサが、新たな世界に挑む時。

 そのひた向きな姿はそれだけで見る者を惹き付け、新たな感動を呼び起こします。

 踏み締めた一歩から世界が広がり、そこに新たな歌が生まれる。

 誤っていたのは、私たち大人の方でした。

 貴方の未来を守る、などと立派な事を言いながら、

 危うく私自身のエゴで、一人の少女の可能性を摘み取る所でした」

 

「グレイザー氏……」

 

 ゆっくりと、トニー・グレイザーが満員の観衆を見渡す。

 サカイ・ミナトが泣いていた。

 サイゴウジ・ミチトシもヴィクトリーオオトモも、マイコもカツヲもユリっぺも泣いていた。

 会場中の誰も彼もが、今日の舞台を「よくあるショーの一環」と認識していながら、それでもひた向きにメイジンを救わんと闘う乙女の姿に、感涙を禁じ得なかったのだ。

 

「私のような若輩の将来を、そこまで気にかけて頂き、心より感謝いたします。

 ミスター、トニー・グレイザー」

 

「ツバササン」

 

「風鳴翼は、本当に人に恵まれています。

 私の背中を支えてくれる、沢山のファンの皆さんに、かけがえのない友人たち。

 そして貴方のような、立派な大人の方々にも」

 

 そして、振り返る翼の視線に合わせ、グレイザー氏は顔を上げ、満員の観衆へと向き直った。

 

「歌とガンプラとこよなく愛する日本のみなさん。

 私が言うような事でもありませんが、これからもカザナリ・ツバサをお願いいたします。

 みなさんの声援が彼女の……、いや、彼女たちの新たな夢へと変わるのです」

 

 そう言って、グレイザー氏は深々と頭を下げた。

 暖かな拍手が、緩やかに会場全体を満たし、見つめる少女たちの胸を柔らかく叩く。

 

「本当に今日は、素晴らしい一夜を有難うございました。

 次の機会には、余計なしがらみを抜きにした舞台でお会いしましょう」

 

 メイジンが再び、力強い掌を差し出す。

 

「ふふ、これからもフェニーチェを頼みますよ、ミス・ツバサ」

 

 イタリアの伊達男が、愛嬌たっぷりにウィンクを見せる。

 

「あ~あ、結局、オイシイところは全部持ってかれちゃったわね。

 翼ちゃんの体当たりの気合は、後輩たちにも勉強させたいわ」

 

「翼さん、次にご一緒する機会があれば、私とも一戦お願いします」

 

 新旧ガンプラアイドルが寄り添って、どちらからともなく笑いあう。

 

 万来の声援が、熱狂の夜空を焦がしていた。

 ガンプラ・フェス、第一夜。

 激情の戦場を駆け抜けた乙女たちの戦いは、しかし終わってみれば当初の目的通り、苛烈な選手権の合間に揺蕩うオアシスとして、人々の乾いた心を満たしつつあった。

 

「流石は風鳴翼ね。

 まったくのド素人から、わずか二週間ばかりの間に、ここまで人の心を掴んで見せるんだから」

 

「だけど翼さん!

 ガンプラバトル選手権はまだまだ始まったばかり。

 年に一度のガンプラ・フェスも、いよいよ明日からが本番ですよ!」

 

「…………」

 

「ん? あれ、翼、さん……?」

 

 ポン、と響が翼の肩を叩く。

 しかし、何かおかしい。

 妙によそよそしい、と、言うより、心ここに在らずといった風で反応が薄い。

 

「……ふ、ふふ、見てくれ奏。

 今日も今日とて、私はこうして、生き恥……を……」

 

 

「「「「「「 血 涙 ッ!?」」」」」」

 

 

「ガハァッ!」

 

 少女たちが一斉に叫んだ。

 同時に防人が血を吐いた。

 

「わーっ!? つ、翼さんッ!

 しっかりして下さいッ!?」

 

「いけないッ アシムレイトよッ!

 翼はガンプラバトルにのめり込み過ぎるあまり、

 絶唱七人分のバックファイアを引っ被ってしまったんだわ!」

 

「何やってんだよ!? アンタは!」

 

「遊びに本気出し過ぎデース!」

 

「ふ、ふふ、安心して、奏。

 わたしはもう、これしきの事でポッキリいくようなヤワな剣じゃあ無いわ……」

 

「やめて翼さんッ!?

 それ以上、奏さんとお話ししないで!」

 

「……ああ、わたしにもまだ、帰れる所があった、か。

 こんなにも、うれしい、こ、と……」

 

 

「つ――!」 

 

 

 

「 ズ バ バ バ ア ァ ―――――― ン ッ !!!! 」

 

 

 

 

 

 ――その後。

 

 絶唱慣れした風鳴翼の肉体は、チャチなアシムレイトを速攻で跳ね除け、わずか小一時間ほどで完全回復するに至った。

 担当医の診断では、「ドッキリのショックによる過労」と説明がなされ、乙女たちの戦いを収めた『ガンプラフェス・スーパーライヴDVD』は、辛くもお蔵入りの危機を免れたのであった。

 

 なお余談ではあるが、今回の一件を機に、S.O.N.G.とヤジマ商事の間に正式に技術提携の場が設けられる所となり、膨大なガンプラバトル公式大会レギュレーションの条項には「1.装者は絶唱禁止!」との一文が、ひっそりと書き加えられたと言う……。

 

 

 




 最終回と言ったが、アレは嘘だ。
 もうちょっとだけ続くんじゃ。



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