風鳴翼、ガンプラを作る   作:いぶりがっこ

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響「いっや~、翼さん、どんなガンプラ買って来るのかな~」

マ「翼の事だから、どうせ武者頑駄無か何かじゃないかしら?」

切「きっとアストレイデスよ! それも戦国!」

調「天羽々斬つながりでスサノオかもしれないよ、切ちゃん」

未「意表を突いてシュピーゲルやスパローだったりして」


翼「ガリクソンにしたわ」


ク「ねーよッ!?」



第三話「SAKIMORI、イオリ模型店に行く」

 ――夏。

 

 真っ白な入道雲が町並みを見下ろしていた。

 一陣の風が立ち上る陽炎を吹き流し、少女のスカートを孕んでそよがせる。

 清楚なワンピースのちっぽけな後ろ姿を、軽快な足取りで翼が追う。

 

「すまないなエルフナイン。

 折角の非番の日に、わざわざ付き合わせてしまって」

 

「全然構いませんよ。

 響さんたちには学業がありますし、それにボクもガンプラは大好きですから」

 

 翼からの謝罪に対し、ワンピースの少女―エルフナインは、くるりと振り向きはにかんだ。

 

 少女、とは書いたものの、本来のエルフナインは少女では無い。

 キャロル・マールス・ディーンハイムによって作り出されたホムンクルスであり、生物学上の男女の区別を持たない存在だったのだ。

 その錬金術師キャロルが巻き起こした魔法少女事変も、昨今、ケリがついた。

 今はただ、エルフナインが宿るキャロルの器に倣い、便宜的に「少女」と記させてもらおう。

 

「それにしても、まさかこんな住宅街の一角に、エルフナインの馴染みの店があろうとはな」

 

「そうですね。

 単純に安さや品揃えを求めるなら、市内の量販店でも良いんですけど。

 翼さんと一緒に来るなら、人通りの少ない場所が良いかと思いまして」

 

「重ね重ねすまないな。

 気を使わせてしまっている」

 

「かしこまらないで下さいよ、今日だけはボクが、緒川さんの代わりですから」

 

 他愛のない世間話を重ねながら、二人の足はやがて、目的のテナントへと辿り着く。

 二階部分が居住空間となった、一戸建てのアットホームな店舗であった。

 

「ここが目的の店か。

 何と言うか、いかにも町のオモチャ屋さん、と言った感じの風情ね」

 

 率直な感想を翼が述べる。

 店舗自体は如何にも個人経営の手狭さを感じさせるテナントながら、その手入れの細かさは、整然としたショーケースの陳列一つとっても好感の持てそうな店であった。

 

「ここ、イオリ模型店は、世界的に有名なビルダーであるイオリさん親子の店なんですよ。

 店舗は小さいですけど、熟練のビルダーさん達の間でも、隠れた穴場として人気なんです」

 

「へえ、けれどそんな場所に、私のような素人が入って平気かしら?」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。

 ガンプラで分からない事があっても、すぐに美人の奥さんが対応してくれますから。

 翼さんもきっと、気に入ると思いますよ」

 

 そう笑顔で断言して、エルフナインがひょいと入口の自動ドアをくぐる。

 やや遅れ、翼も慌ててその後を追う。

 向かいうレジの先で、エルフナインの言う「美人の奥さん」イオリ・リン子が笑顔を向ける。

 

「あら? いらっしゃい。

 なあに、エルフナインちゃん、今日はお友達と一緒?」

 

「こんにちはリンコさん。

 今日はちょっと、この人に合うガンプラを探したいと思いまして」

 

「――えっ!

 あ、ああ、そうなんだ。

 それじゃあ、どうぞごゆっくり」

 

 エルフナインの後ろで軽く会釈する乙女の姿に、リン子は思わず、ぎょっ、と瞳を丸くした。

 が、流石に接客のプロである。

 すぐさま態度を軟化させ、いつも通りの営業スマイルでそれに応える。

 

「へえ……、凄いな。

 ガンプラっていうのはこんなにも沢山の種類が出ているのか」

 

 手狭な店内を、いかにも物珍しげに翼が見渡す。

 その一瞬の隙をついて、リン子がそっ、とエルフナインに耳打ちする。

 

(ちょっと、エルフナインちゃん。

 あの娘って、もしかして……)

 

(あ……)

 

 リン子の言わんとしている事、エルフナインには即座に理解できた。

 なにせトップアーティスト、風鳴翼の醸し出す大物的オーラ。

 あのようなチャチなサングラスでごまかしきれるハズもない。

 

(えーと、あれで本人、バレてないって思ってますから。

 うまいことお話をあわせてもらえると……)

 

(オッケー。

 まっ、後でその辺の事情を聞かせてよね)

 

「……?

 エルフナイン、どうかしたか?」

 

「いえ、今いきますよ」

 

 きょとんと首を傾げる翼の下に、ぱたぱたとエルフナインが歩み寄る。

 リン子は完璧なる営業スマイルをもって、その小さな背を見送った。

 

 

「さて、ひとえにガンプラと言ってみても……。

 これほどの数があっては目移りどころか目眩すら覚えるわね」

 

「ふふ、なにせシリーズ35年の歴史がありますからね。

 二桁を超すアニメシリーズにOVA、更にはSDやMSVと言った独自展開。

 初めての人が戸惑いを覚えるのも無理のない事だと思います」

 

「私は、ガンダムと言えば、まだアニメを一本見ただけなのだけれど……」

 

「あんまり難しく考えず、好みのデザインで選んでみるのも良いかと思いますよ。

 アニメから入ってプラモを手に取るのも王道なら、プラモから原作に遡行するのも、また一つの楽しみ方ですから」

 

「なるほど、そう言う物か」

 

 商品棚の隙間を縫うように進む少女の後ろ姿を、感心したように見つめ直す。

 どこか居心地の悪さを覚える翼に対し、心なしかエルフナインの足取りは軽い。

 

「エルフナインには、何か目当ての品があるのか」

 

「はい! あ……、ええっと。

 勿論、翼さんのガンプラ選びには全力を尽くしますけど。

 その、少しだけ、自分の買い物を済ませても構いませんか?」

 

「ええ、もちろん。

 ならば一つは今日のお礼に、私からエルフナインへのプレゼントとさせてもらおうか?」

 

「本当ですか?

 えへへ、それじゃあ、お言葉に甘えちゃいます」

 

 ぱっ、とエルフナインがはにかんで、きょろきょろと辺りの物色を始める。

 その愛らしい姿に、ふっ、と翼の頬も緩む。

 一つだけ、と言ったならば、エルフナインにとっての『特別』な機体は何なのか。

 ガンダムに馴染みの薄い防人であっても、興味の虫が湧く。

 

 スペースの端っこで、ようやくエルフナインはようやく目当ての品を見つけたのだろうか。

 商品棚の奥から箱を取り出し、翼の前に差し出した。

 

「翼さん、ありました。

 ボクの分はこれにします」

 

 そう言ってエルフナインが掲げて見せたのは、濃いミリタリーグリーンを基調としたジオン系統の機体であった。

 鬱蒼と生い繁る森林に溶け込み、必殺の時を待ち伏せるピンクの単眼。

「静」一辺倒のモチーフの中、赤熱化するヒートホークだけが物語の高揚を語る。

 

「これは……、ああ、確か『ザク』だったかしら?」

 

「はい。

 より正確に言えばMS-06FZ『ザクⅡ改』

 一年戦争末期に少数生産された、ザクⅡの最後期バリエーションですね」

 

「ふむ」

 

 と、饒舌なエルフナインの説明に意味も無く頷いて、防人が慎重に次の言葉を探す。

 

「その、せっかくの贈り物なのだから、別に遠慮しなくても良いのだが?」

 

「ふふっ、()()が良いんですよ、翼さん」

 

 そう笑って応え、エルフナインが手にした箱を、きゅっ、とおし抱く。

 その姿を見た翼の中に、一つの疑問が浮かぶ。

 

「改、と言ったけれど、普通のザクとは何か違うのかしら?」

 

「えっと、そうですね……。

 手がけたデザイナーさんの造形の違いや、後付けで加えられた設定の差もありますけれど。

 けど、本当は翼さんの言うとおり、何の違いもありません。

 元々はEndless Waltzのガンダムと同じで、OVA向けにリファインされたザクだったんです」

 

「普通の、ありふれた量産機、か」

 

「特別な要素は何一つありませんよ。

 戦争が日常の世界の中で、普通の民間人の少年と、パイロットの青年の交流の仲立ちを務める。

 この子の登場する『ポケットの中の戦争』は、そう言った普遍の日々の一幕を切り取った物語なんです」

 

「そうか。

 そう言う見方をするならば、そのザクは普通である事自体が特徴であり価値、と言う訳か」

 

「物語は本当に綺麗で、寂しいラストを迎えてしまうんですが……。

 けど、だからこそ遊びの世界では、このザクを手許に置いて置きたいんです」

 

 そうほっこりと笑顔を向けるエルフナインの姿に、ようやく翼も思い至る。

 

「……今さらながら、当たり前の事に気付かされたようね。

 ガンダムだけがガンダムの全てでは無いのだな」

 

 そう断言して、改めて翼が商品棚を見渡す。

 劇中のどこに登場したのか判別もつかないジム。

 大人の事情で戦場に投入されたビックリドッキリメカ。

 MSVと言う魅惑の錬金術によって生み出された謎のグフバリエーション。

 それら多彩な機体の全てが、ファンの心によって輝きを与えられ、等しく価値を持つのだ、と。

 

「そのアニメ、いずれ私も見てみたいものだな」

 

「今度、DVDをお貸ししますよ。

 翼さんも、きっと気に入ると思います……、あ、けど」

 

「ふふっ、まずは目の前の仕事、だな」

 

 小さく笑いあって、再びプラモの山の物色に移る。

 今度は翼も丁寧に、量産機の一つも見逃さぬようゆっくりと歩く。

 

「そう言えば、リーオーやエアリーズのようなWの量産機は置いていないのか?」

 

「ええっと、キット自体は出ていた筈ですけど、もう二十年近くも前の作品ですからね。

 新作が出るとしても、どうしても人気のあるガンダムやトールギスが優先になっちゃいますね」

 

「買い手あっての商売とは言え、寂しい話ね。

 私などは、あの物言わぬリーオーの面構えに、防人のかくあるべき姿を見ていたのだ、が……」

 

 はた、と、不意に翼の脚が止まった。

 鋭い瞳が、馴染み無い筈のゼロ年代の機体が並ぶショーケースの一点に吸い寄せられていく。

 

「翼さん、どうかしましたか?」

 

「あの機体、どことなくウィングに似ているようだが……?」

 

「ええっと、ああ『フェニーチェ』ですか」

 

 背伸びするようにショーウィンドウに手を伸ばして、エルフナインが一つ頷く。

 視線の先にあったのは、緑を基調としたトリコローレに身を包んだ、片翼のガンダムであった。

 

「あれはウィングガンダムフェニーチェと名付けられた機体です。

 原形機から大胆なアレンジが施されてはいますが、

 翼さんの言う通り、確かにウィングガンダムをベースとするカスタム機ですよ」

 

「かすたむ……?

 いや、しかし、こんな機体は劇中のどこにも登場していなかったと思うが?」

 

「あっ、すいません! そうじゃないんです」

 

 エルフナインがわたわたと両手を振って、はにかむような仕草を見せる。

 

「このガンプラは、アニメに登場した機体では無いんです。

 第7回ガンプラバトル選手権において、イタリア代表のリカルド・フェリーニ選手が使用していた愛機のレプリカなんです」

 

「現実の選手の……?

 そんな模造品までもが流通しているのか、ガンプラと言う世界は」

 

「ガンダムシリーズは今や、アニメだけの物ではありませんから。

 プロスポーツ選手のシューズや、バットや、あるいはレーサーレプリカと同じ。

 特にリカルド選手は、ガンプラバトルの黎明期から、華のあるファイトで観客を魅了してきた人気ファイターですし」

 

「なるほど、しかし、これが……」

 

 エルフナインの説明を受け、改めてショーケースを覗き込む。

 現代の防人の瞳に、剣の砥ぎを値踏みでもするかのような鋭い輝きが宿る。

 

「素人の私が、こんな事を言って良いのかも分からないのだけど……。

 これが本当に、世界大会に出場した機体だと言うの?

 見た所、重心が左に寄り過ぎているし、それに、片翼では変形もままなるまい?」

 

「ふわぁ、流石ですね、翼さん。

 翼さんの仰る通り、この機体は、お世辞にもバランスの良い機体ではありません。

 重心の偏りに加え、原形機の特性を大胆にもオミットした一枚翼。

 普通のファイターが使ったら、とてもじゃ無いけど、まともな戦績を残す事は叶いませんよ」

 

「……ただし、繰り手がリカルド・フェリーニである場合を除けば、と言う話か?」

 

 風鳴翼の断定に、エルフナインが力強く頷く。

 

「このフェニーチェは、リカルド氏が生まれて初めて作ったガンプラなんですよ、翼さん」

 

「初めてだと、バカな!

 これほどの改造、幼少の業前で施せるワケがあるまい」 

 

「そうですね。

 加えて言うなら、当時のガンプラバトルはダメージ設定の存在しない荒野の世界。

 まともな改造も覚束ないガンダムが、無傷で生き残れる場所ではありません」

 

「だったら……」

 

「直したんですよ、敗れる度に、壊れる度に。

 そして、その都度、機体に新たな手を加えた。

 戦いの結果を反省し、自分の立ち回りに不要な機能を取り除き、新たな手札を組み込んで。

 フェニーチェの歪ともとれるアンシンメトリーなシルエットは、彼らの戦いの歴史、そのものなんです」

 

「……そうか。

 長年かけてリカルド氏の癖のみに嵌るよう誂えられた、極端に偏った機体。

 その癇の強さがもたらすのが、相手の意表を突く慮外の牙と言う事か」

 

 ようやく得心の言った翼が、ふうっ、と一つ息を吐く。

 伝説の機体とファイターの馴れ初め。

 エルフナインならずとも、ファンならば我が事のように語りたくなるエピソードであろう。

 

 

 けれども、今、少女の言葉に強い感銘を受けながらも……。

 機体を見つめる風鳴翼の瞳は、全く別の原風景を追い駆けていた。

 

 

 

 ――片翼の、ガンダム。

 

 

 ――傷だらけのウィング。

 

 

 一人でも、何処までだって飛んでみせると、血を吐きながら叫んだ、あの頃。

 

 

(…………)

 

 

 ……見透かされている、気がした。

 

 左右で輝きの異なる、フェニーチェのオッドアイ。

 風鳴翼のパーソナルカラーである青い瞳と、そして、もう片方の赤――。

 

(この歴戦の傷だらけの機体は、あの頃の私を知っているのではないか?)

 

 ふと、そんな事を考えた。

 ふっ、とたちまち自嘲が零れる。

 

 分かっている。

 そんな事は、只の他愛のない妄想だ。

 

 かつて一振りの剣たらんと必死に背伸びした少女の抱く、実に他愛の無い幻。

 リカルド氏とこの機体の絆の間には、何の関係も無い空想の産物である。

 

 

 なれどガンプラはまた、持ち主の与えた光によって、如何様にでもその解釈を変える。

 

 この世に生を受け19年、初めてガンプラを手に取る日が来た事。

 初めて見たガンダムが新機動戦記ガンダムWで会った事。

 今日、このイオリ模型店を訪れた事。

 自分が『翼』であった事。

 

 

 あまり難しく考えず、好みのデザインで選べばいい。

 エルフナインのその言葉を、是とするならば――

 

 

 

「――気に入った、このウィングにするわ」

 

「えっ?」

 

 何らかの確信を得た防人の一言に、きょとん、とエルフナインが目を瞬かせる。

 

「ええっと、けど、いいんですか?

 さっきも話しました通り、お世辞にも初心者向きとは呼べない機体ですよ」

 

「構わないわ。

 機体の操縦には、何とか私の方で合わせて見せる。

 ……っと、な、何だか聞き分けの無い子供のようで、申し訳ないのだけれど」

 

 ふっ、と我に返ったかのように顔を赤らめた翼に対し、傍らのエルフナインがふわりと笑った。

 

「そんな事はないです。

 ボクもやっぱり、それが良いと思います。

 ガンプラバトルで勝つためには色々な事を考えなければなりませんが、

 けれど一番大切なのは、自分の好きな機体を使う事ですから」

 

 

「それじゃあね、エルフナインちゃん。

 約束、忘れないでね」

 

「はい、リン子さん、近い内に」

 

 短く『約束』を交わし、エルフナインが紙袋を受け取る。

 そうしてくるりと踵を返し、傍らの翼に話しかける。

 

「お待たせしました、翼さん。

 本番で使う機体も決まった事ですし、さっそく帰って組み立てましょうか?」

 

「…………」

 

「翼さん?」

 

「え? ああ、すまない。

 いや、なに、向こうの部屋には何があるのかと思ってな」

 

 翼のほっそりとした指先が、大きなガラス越しに映る隣室を指し示す。

 

「ああ、あそこはガンプラバトルルームですね」

 

「バトルルーム? 

 この店内でガンプラバトルの試合が出来ると言う事か?」

 

「そうです。

 何せ昨今、ガンプラの販促に最も効果的なのがガンプラバトルですから。

 気の利いた店舗なら、工作室とバトルシステムは必ずセットで置かれていますよ」

 

 と、そこまで説明した所でエルフナインも気が付いた。

 薄暗い隣室より、仄かに淡い燐光がガラス越しに溢れてくる。

 この世の奇跡の体現、プラフスキー粒子の放つ光である。

 

「どうやら先客がいるみたいですね。

 少しだけ見学していきましょうか」

 

「ええ」

 

 エルフナインの提案に短く応え、そっとバトルルームに忍び寄る。

 はやる心を抑え、窓越しに室内をのぞき込む。

 

「おお……」

 

 思わず感嘆が漏れる。

 硝子の向こうは武骨なキリマンジェロの荒野であった。

 

 切り立った寂寥たる岩肌の中を、ずんぐりむっくりとしたモスグリーンの機体が疾走していた。

 その数、およそ四機、いや五か。

 

「バトルシステムにデフォルトでインプットされている仮想敵『ハイモック』です」

 

 傍らのエルフナインが短く解説する。

 仮想敵、と言う以上は対人戦では無く、一人用の練習を行っていると言う事なのだろう。

 

 その迎え撃つガンプラに、翼の瞳が吸い寄せられる。

 青と白を基調とするすっきりとしたデザインに、シリーズの伝統を踏襲するV字のアンテナ。

 特徴を字に起こしただけならば、間違いなく『ガンダム』と呼ぶべき機体であろう。

 だが、外装が削げ落ち、フレームが剥き出しとなった細い腰部に、角飾りの下で光る鋭い眼光。

 何より、細身の外見とはアンバランスな、武骨な鉄隗を振りかざす異様な光景。

 その異形に、シリーズの主役たるガンダムの名を当てて良いのか、素人の翼には分からない。

 

「なんだ、アレは……?

 あの、悪魔のような出で立ちの機影も『ガンダム』だと言うの?」

 

「両方とも正解です、翼さん」

 

 ごくり、と生唾を飲み込んで、かろうじてエルフナインが呟く。

 

「ASW-G-08『ガンダムバルバトス』

 機動戦士ガンダム、鉄血のオルフェンズに登場し、かつての厄災戦の主役を務めた、

 72機のガンダムフレームの内の一柱です」

 

「バルバトス……、悪魔の名を持つ者?」

 

 ちらり、翼の視線が戦場の奥に立つファイターの姿を追う。

 背の低い、やせっぽちの少年であった。

 

 身に比してダボダボな、カーキー色のくすんだジャンパーに、足首まで覆う頑丈そうなブーツ。

 だが外見に反し、スフィアに伸びるミサンガを巻いた左手は、猛禽のような力強さに溢れる。

 整える事を知らぬボサボサの黒髪に太い眉。

 対し、青みがかった瞳は鏡のように澄んで、それが却って心理を読み取る事を困難としていた。

 

 一見、不愛想で感情の起伏が乏しそうな少年であった。

 けれどその手が操る「悪魔」は、まるで少年の内にある激しさを現したかのように躍動した。

 

 先行するモックの一機が、手にしたマシンガンより火箭を飛ばす。

 バルバトスはスラスターを蒸かし岩陰に逃れ、次の瞬間には一息に大地を駆け上がって、対主の頭上をとった。

 

 逆光を背負い、重力を加えた鉄槌を思い切り振りかぶる。

 そして、打ち下ろす。

 咄嗟に掲げられた機銃を両腕諸共に砕き、そのまま頭部を一息に叩き割る。

 ズンッ、と大地が揺れ、爆ぜた薬莢が僅かに蒼穹を焦がす。

 

 後背のハイモックが、ヒート・サーベルを唐竹に打ち下ろす。

 ぐるり、と縦の一撃を避け、そのまま振り向きざまに得物を振るう。

 遠心力を乗せた横薙ぎの鉄塊。

 武骨なボデイがくの字に折れ、ひしゃげた鋼が横方向に弾け飛ぶ。

 

「……なんと言うか、凄まじいな、これは」

 

 呻くように翼がこぼす。

 目の前で繰り広げられる光景は、翼の知る戦場のものでは無い。

 この戦場にエレガントは無い。

 そこにあるのは、軋みを上げる鋼鉄の肉体のみであった。

 

「ガンプラバトルと言うのは、こんなにも凄惨な競技であったのか」 

 

「あ、いえ、これは……」

 

 

「いいや、違うな。

 この戦場の色合いは、数多にあるガンダム世界の中でも、特に異質な光景なのだよ」

 

 

「「 ――! 」」

 

 不意に太い声が横合いより響いた。

 驚き振り向いた二人の視線の先にいたのは、腕組み仁王立ちで戦いの行方を眺める、恰幅の良い口髭の男であった。

 

「貴方は……?」

 

「あっ、つ、翼さん!

 えっと、こちらはですね……」

 

「あの苛烈な戦いの有様は、オルフェンズの舞台である、P.D.の技術的背景に起因している。

 この意味、お分かりかな、お嬢さん?」

 

「…………」

 

 エルフナインの仲立ちを尚遮って、謎の中年が問答を始める。

 男の言葉の真意を確かめるべく、翼がまじまじと戦場を覗き込む。

 

 そんなギャラリーの緊張を知る由もなく、鉄塊を担いだバルバトスが加速する。

 接近を阻むべく、モックが後方に逃れながらスプレーガンを乱射する。

 

「――!

 そうか、ビーム兵器。

 あのガンダムはビームサーベルやライフルの類を持ち合わせていないのか」

 

「その通り。

 高出力のビーム兵器開発技術の存在しない、異質な戦場。

 携帯性に秀でた高火力の武器を持ち得ぬ世界で、MSの重厚な装甲を穿とうと思うならば……」

 

「自然、MS戦の在り方は人類の歴史を逆行する所となる。

 さながら中世の騎士たちの駆る戦場のように。

 なるほど、なればこその『鉄血』か」

 

「え、ええっと……」

 

 重厚なる戦場の片隅で、重厚なる解説合戦が繰り広げられていた。

 何人をも立ち入る事の出来ぬ領域で、男と女は言葉を通じ、互いの素性を推し量らんと鞘当てを繰り返していた。

 

(この御仁、武術の心得が有るようでもないが……。

 しかし、この言葉の端々より溢れる自信、司令のような圧倒的重圧(プレッシャー)

 これが所謂、古参兵と言う者なのだろうか?)

 

(この少女、ガンダムに対する知識は全くの初心者だが。

 しかし、この年端に見合わぬ泰然自若とした態度、そこから紡ぎだされる深い洞察力はどうだ?

 いい目をしている、間違いなくこの娘は戦士だ、しかし――)

 

 

(( ―― 一体、何者なのだ!? ))

 

 

 

「ええ……」

「なに、あれ……?」

 

 戦場の一部と化したイオリ模型店の入口で、来客の少年少女が思わず凍り付く。

 

「あら、ユウくんにフミナちゃん、いらっしゃい」

 

 店番のリン子が気さくに挨拶をかけるも、今の二人には、それに応じる余裕すら無かった。

 

「あれって、トップアーティストの風鳴翼……、だよね?

 何かエルフナインちゃんまでいるし」

 

「なんでラルさんはさも当然のように談話してるんだよ。

 一体どう言う関係なんだ?」

 

 二人が呆然とする合間にも戦場は様変わりする。

 

 三体目を屠り去った白い悪魔が、眼前に迫る新手に目掛け、まっすぐに鉄塊を突き出す。

 インパクトの瞬間、先端より飛び出したニードルが得物の中心を捉え。

 

「ムッ」

 

 一瞬、少年の顔が曇る。

 ひしゃげたモックのボディに鉄槌が喰い込み、動きが止まる。

 横合いより、新手。

 迷わず少年はメイスを諦め、左肩に負った新たな得物をすっぱ抜いた。

 湾曲する片刃の大業物が、陽光の下で鈍い煌きを放つ。

 

「剣だとッ!?

 あのガンダム、太刀持ちか!」

 

「ふっ!」

 

 短く呼気を吐き出し、上段より大太刀を振るう。

 ガン、と火花を散らして兜が鳴いて、頭部のひしゃげたモックがよろめく。

 しかし、太い。

 完全に沈黙するには至らない。

 

 続け、第二打。

 袈裟懸けに放たれた一振りは、狙い違わず左肩へ深々と喰い込むも、やはり致命打には遠い。

 喰い込んだ刃先によって、却ってバルバトスの動きが制限される。

 

「ちぇ」

 

 短く吐き捨て、モックのドテッ腹にヤクザキックを打ち込む。

 思い切り蹴り飛ばし、その反動で刃を引き抜く。

 そうしてぶっ倒れたモックを見下ろしながら、いかにもつまらなさ気にポツリとこぼす。

 

「……なんか、使いにくいな、これ」

 

「それは違うわ、少年」

 

「え?」

 

 

 

「ええっ、つ、翼さん!」

「なッ い、いつの間に」

「嘘だろ!」

「彼女はさっきまで、確かにラルさんの隣に……!」

 

 イオリ模型店に戦慄走る!

 

 気が付いたその瞬間、翼は既に少年の傍らにあった。

 質量のある残像でもなければ、無論、量子化現象でもない。

 防人はただ、そうする事が当然であるかのようにドアを開け、悠々と少年の隣に進んだだけだ。

 心理上の一種の死角である。

 

「アンタ、誰?」

 

「太刀と言うのは、先ほどの鉄槌のような、質量を利して叩き潰す鈍器とは違うわ。

 刀身の反り返りと鋭利な刃先で以って切断、相手を斬るための武器なんだ」

 

「は?」

 

「狙いを関節に絞る慧眼は間違ってはいない。

 けれど、肝要なのは当てる前ではなく、その後。

 刃先を真っ直ぐに重ね、投げ捨てるのではなく、押し当て、引き切る。

 折角の一太刀、最後の最後まで大事になさい」

 

「アンタ……」

「呆けない、来るわよ」

 

 突然真横でおかしな事をのたまい始めた乙女。

 よろめきながら立ち上がるハイモック。

 少年は双方を交互に見つめた後、はあっ、と一つため息を吐いて、刀を構え直した。

 

 風を巻いて正面よりモックが迫る。

 その眼前で、バルバトスの斬撃が弧を描く。

 煌く白刃は違わず肩口の傷へと吸い込まれ、瞬間、バルバトスの腰が、手首が連動する。

 右肩を押し込み上体で圧を加えながら、刃先は正確に断面を滑る。

 

 ギン、と鈍い音が一つ震え、モックの左腕が、肩口から高らかと宙を舞った。

 

「おお!」

「へえ」

 

 思わず感嘆の声を上げた翼に対し、少年の口元、感心したように小さな笑みが浮かんだ。

 飛蝗の足でも引き千切る幼子のような、無邪気で無慈悲な笑みであった。

 

 バランスを大きく崩しながらも、モックが右手に残った手斧を振るう。

 バルバトスは機体を潜らせ一撃を避け、すかさず目の前の膝を裏から薙いだ。

 左膝が崩れ、どっかと仰向けに倒れ込んだ巨体の喉元目掛け、真上から刃を突き立てる。

 モックの赤い瞳の輝きが、やがてくすんで消え失せる。

 

「後方、最後の一体」

 

 風鳴翼が叫ぶ。

 だが、言われるまでもなくバルバトスは動いていた。

 振り向きざまにスラスターを蒸かし、上段に構えたモックの脇を駆け抜ける。

 

「うん、なんだか、分かってきた」

 

 短く呟き、今度こそは綺麗に「抜いた」

 すれ違いざまに脇腹から火花が走り、そのままモックは両膝を大地に屈した。

 程なく、ずるりと上体が滑り落ちた。

 

 

『 BATTLE END 』

 

 機械的なアナウンスが響き渡り、空間が解け、室内に照明が戻る。

 戦場からようやく帰還を果たし、防人がようやく安堵の息を吐く。

 

「凄まじいな、ガンプラバトルとは、これほどの物であったか」

 

 ポツリ、と小さく呟く。

 元来、剣とは対人戦のためのもの。

 柔い肉を裂き、戦闘能力を奪うためのもの。

 鋼鉄の塊を、あれほど容易く断ち切るなどと、完全に想定の外であった。

 

(いや、それは違うな。

 真に恐るるべきはガンプラではなく……)

 

 ちらり、と翼が横眼を送る。

 少年は先の感触が残る右手を、ぷらぷらと弄んでいたが、その内、思い出したように顔を上げた。

 

「そういや、アンタ、誰?」

 

「はっ!?」

 

 ようやく翼は我に返った。

 わざわざエルフナインを伴ってのお忍びにも関わらず、ゲームに没頭するあまり、だいぶ奇行に走ってしまっている自分に気が付いた。

 

「いえ……、と、通りすがりの買い物客よ。

 ごめんなさい、ガンプラはあまり詳しくは無いのだけど、剣の事となると、つい」

 

「剣?」

 

「あ、いや、すまない、それも忘れてほしい」

 

「やるの?」

 

「え?」

 

 言葉の意味を掴みかね、思わず翼が顔を上げる。

 

 やるの?

 

 バトルシステムの順番待ち、と言う意味か?

 

 翼自身のビルダーとしての技量を問われているのか?

 

 或いは、自分と()る気なのか?

 少年にバトルをふっかけている、そう勘違いされてしまったのか?

 

 ふっ、と自嘲がこぼれる。

 いずれであったとしても、今の翼が返せる答えは一つだけである。

 

「済まないが、本当に私は、まだ素人なのだ。

 何せ私が使う予定のガンプラも、あの通り未だ、箱の中だ」

 

 そっと、視線を送る。

 ガラスの外でエルフナインが、手にした紙袋を恥ずかし気に掲げる。

 

「……まっ、いいけど」

 

 その一言で、興味を失ったのだろう。

 少年は再び翼に背を向け、GPベースを動かし始めた。

 程なく、再び室内にプラフスキーの輝きが溢れ始める。

 

 ふうっ、と小さくため息を吐いて、翼は静かにその場を離れ――

 

「……二、三日」

「えっ?」

 

 不意に声をかけられ、思わず翼が振り向く。

 相も変わらず少年は、翼に背中を向けたままであった。

 

「仕事に穴が空いちゃったから……。

 ヒマな時は大体、ここにいる」

 

「……ええ、分かった。

 機会があればその時は、こちらから手合わせを願うとしよう」

 

 少年の背に、ふっ、笑顔を送り、今度こそ翼はバトルルームを後にした。

 

「それでは、また、いずれ」

 

「うむ、健闘を祈っているよ、お嬢さん」

 

 バトルルームの外で、見知らぬ御仁と挨拶を交わし、風鳴翼が去っていく。

 ややあってエルフナインがぺこりと一礼して、その背に続く。

 そして、入れ違うように先ほどの少年少女が、中年の下へと駆け寄ってくる。

 

「ラルさん! いつからあの風鳴翼と知り合いだったんですか?」

 

「風鳴、翼? 彼女が……、かね?」

 

「き、気づかずに声をかけていたんですか?

 相変わらず何て人だ……!」

 

「ふむ」

 

 呆れたように顔を見合わせる少年たちを尻目に、口髭は一人、思い出したように呟いた。

 

「なるほど、流石はメイジンの慧眼と言った所だな。

 来月のイベント、実に楽しげな事になりそうだ」

 

 

「ふふ、翼さんが乱入した時はびっくりしちゃいました」

 

「ごめんなさい、余計な心労ばかりかけてしまって」

 

 イオリ模型店からの帰り道を、エルフナインと二人、連れ添って歩く。

 ほんの小一時間ばかりの出来事であったと言うのに、まるで大冒険めいた心地よい疲労が二人を包んでいた。

 

「それで、どうでした?

 ガンプラバトルを初めて見た感想は?」

 

「ええ……、そうね」

 

 問われ、改めて今日の出来事を振り返る。

 凄惨に過ぎるリアルな戦場。

 一癖も二癖もある人間模様。

 煌く太刀筋の冴え。

 そして、恐るべき才能の片鱗を示す少年――。

 

「正直、少しばかり恐ろしかったわね。

 肌が泡立つあの感覚を憶えたのは、いつ以来の事だったかしら」

 

「……ガンプラバトル、いやになっちゃいましたか?」

 

「いいえ、逆ね。

 怖いからこそ、今は一刻も早く、この機体を組み上げたい」

 

 ふっ、と自嘲をこぼし、抱えた紙袋の上を指先でなぞる。

 

「我ながら、完全に職業病ね。

 怖いからこそ、纏うべきギアがない現状に耐えられないでいる。

 あの戦場で戦える剣を、早く手元に置きたくて仕方がないわ」

 

「……きっと、それは武者震いですね」

 

 翼の言葉をゆっくりと咀嚼して、やがてエルフナインがいつもの笑顔を向けた。

 

「それじゃあ翼さん。

 早い所、お家に帰って、すぐに安心しちゃいましょう。

 大丈夫ですよ、昨今のガンプラは、初心者でも簡単に組めるようになってますから」

 

「エルフナイン、ええ、そうね、ありがとう」

 

 エルフナインの笑顔につられ、防人の口元もようやく綻んだ。

 むくむくと、新しい情熱が沸いてくる。

 遊びに心を惹かれると言うのは、それこそいつ以来の感覚であった事か。

 

 自然、足取りが軽くなる。

 

 翼が笑った。

 エルフナインも笑っていた。

 

 二人、笑顔で玄関の扉を開けた。

 

 

 

 

「あ」

「あ」

 

 

 

 ――地獄があった。

 

 

 その日、最後の地獄は、風鳴翼のマンションの自室にあった。

 

 防人の指先から、ストン、と紙袋が零れ落ちた。

 

 エルフナインが、しょんぼりした。

 

 悲しい瞳であった。

 

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

 

 二人、無言であった。

 どれほどの時間が流れた事か。

 

 やがて、エルフナインがゆっくりと顔を上げ、言った。

 

「まずは、お部屋の掃除からですね」

 

 そう言って、笑った。

 

 健気な子だった。

 こうして世界は救われた。

 

 

 

 帰って来て良かった、強い子に会えて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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