風鳴翼、ガンプラを作る   作:いぶりがっこ

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第九話「SAKIMORI、絶唱する」

 第7回ガンプラバトル選手権は、ガンプラバトル史の光と闇の全てを体現する歴史の分水線であった、と、後の時代の識者は語る。

 

 例年の市場規模を遥かに上回る、一大ガンプラ・ブームの到来。

 名だたる優勝候補たちの敗北と、新たな力の台頭。

 粒子変容技術と言う、その後のメイン・ストリームの発露。

 

 そして決勝戦の会場を襲った『アリスタ暴走事件』

 解き放たれたパンドラの箱の奥底で少年たちが見せた、一握りの奇跡――。

 

 やがて、一つの時代が終わりを迎え、ガンプラの歴史は、新たな夜明けを迎える事となる。

 

 ここに、エンボディ、と呼ばれるシステムがある。

 

 元々はフィンランド代表、チーム・ネメシスお抱えの技術者集団、フラナ機関が開発した脳波制御装置であり、メインファイターであるアイラ・ユルキアイネンの粒子視認能力を補助する目的で構築された理論であった。

 

 結果的には、思春期の少女の精神に多大な負荷をかけるシステムの存在は、遅かれ早かれ破綻する運命にあったと言え、ただ脳波の制御を通じて他人の精神に干渉し得ると言う特性のみが、後に最悪の形で決勝の舞台を破壊する事となるのであった。

 

 次代の狭間に垣間見た、黒歴史の体現、そのものであった。

 

 

 

 ――乾ききった風が、無常の荒野を吹き抜けていく。

 

 一夜限りのオアシス。

 音楽とバトルの融合。

 ガンプラファンとミュージシャンの紡ぐ夢の懸け橋。

 そんな物はもう、微塵も残ってすらいない。

 

 ぐしょり、と、打ち捨てられた鋼鉄の指を踏み締め、単眼の行軍が大地を鳴らす。

 悪魔の名を冠するガンダムが尖兵、デスアーミー、その数およそ百。

 

 対するは、崩れたザクの半身を抱く、蒼きガンダム、ただ一人。

 

「こんな……、くっ! 何故だ、何故ですか、メイジン!?」

 

 フィールドの向こう側にあるメイジンの横顔に対し、風鳴翼が叫んだ!

 スフィアを握り締めた指先に、先の力強い男の掌が甦る。

 

 あの瞬間、翼は刻の狭間を垣間見た筈だった。

 サングラスの内に秘められた戦士の瞳を。

 過酷な舞台に生きる一流のファイターが見つめる、戦いの向こう側を。

 

 歌とガンプラ。

 身を置く戦場は違えども、同じ光景を夢見る朋友の存在を、あの一瞬で知った筈であった。

 そんな男の作りだした世界が、ここであると言うのか?

 

 メイジンは、しかし瞳を合わさない。

 サングラスに遮られた横顔は、何も語らず、ただ無謬の世界へと向けられている。

 

「…………」

 

「メイジン! 何とか言って下さい!?」

 

「いけません翼さん、今メイジンを刺激しては」

 

 身を乗り出した翼の背を、傍らのエルフナインが抑える。

 ドレスの裾を握る小さな手が、ふるり、と微かに震える。

 

「あのサングラスの輝きは、まるでエンボディ……。

 メイジンは今、何者かの脳波制御を受けている可能性があります」

 

「エンボディ、システム、だと?」

 

 ぞく、と背筋に冷たい物が流れる。

 フェニーチェの何度も何度も刃を突き立てる、あの悪鬼の映像が脳裏を走る。

 

『ホウ、中々に利発なお嬢さんだ。

 天下のカザナリ・ツバサはご友人にも恵まれていると見受けられる』

 

「――! 何奴ッ!?」

 

 金っ気混じりの男の声に、防人の意識がたちまち現実へと引き戻される。 

 ブン、と言うノイズと共にオーロラビジョンが暗転し、会場に困惑が溢れだす。

 

 スクリーンに映し出されたのは、恰幅の良い紳士であった。

 落ち着いた色合いのフォーマルなスーツに、銀色のタイピンに抑えらたブランド物のネクタイ。

 取りようによってはマフィア的にも見えるライトブルーのマフラーが、しかし男の厳つい体格には良く似合っており、決して悪趣味には映らない。

 だが、そんな紳士然とした印象すらも、沈黙の場内を上滑りしていく。

 それもその筈、その男、首から上は鉄仮面であった。

 

 歴代のファラオのようにそそり立つ、威厳に満ちた鋼鉄製の顎。

 見る者に昭和の巨大ヒーローの必殺技を想起させる、銀色に輝く鋼鉄のモヒカン。

 金属の瞼の間からうっすらと開かれた、御仏のような慈悲深さに溢れた瞳。

 

 控え目に云ってカロッゾ・ロナであった。

 より具体的に描写するなら、仕事帰りのカロッゾ・ロナ?

 ないし宴席でカロッゾ・ロナの仮装を披露するサラリーマンのような風体の男であった。

 

「鉄仮面……、だと?

 貴様、一体、本当に何者なのだ?」

 

「私の名は……。

 そう、差し当たってアイアンマスク卿、とでも名乗っておきましょうか?」

 

「アイアンマスク卿?

 鉄仮面の名を持つ者……って、そのままではないかッ!?」 

 

「私の名前などどうでも良い事なのですよ、ツバササン」

 

 思わず柄にもなくツッコミに廻ってしまった翼に対し、鉄仮面卿が人差し指を振るう。

 

「我々がこの場をジャックさせていただいた目的はただ一つ。

 ぶっちゃけ最強のガンプラファイターの追及。

 レギュレーションだの倫理だの下らぬ壁を取り払った時、理想的な戦士とはいかなる姿なのか?

 今日はそのテストケースのお披露目に伺ったのです」

 

「理想的な、ガンプラファイター……?」

 

 風鳴翼の呟きに、鉄仮面がどこか遠い目をして眼下のメイジンを見下ろす。

 

「八年前……。

 PPSE社代表・マシタは、一つの真理に近づきながら、最後の最後でヘマを犯しました。

 稀代の超新星、ユウキ・タツヤ少年に冷徹な魂を押し付ける事に成功したにも関わらず、

 その力を私的な制裁の為に利用しようとしてしまったのです。

 結果、メイジンは十全たる力を発揮出来ぬままに敗北を喫し、全ての答えは幻と消えました」

 

 鉄仮面は寂しげに肩を落とし、しかる後に高らかと諸手を掲げて声を奮った。

 

「しかし、今ならばどうでしょうか?

 アリスタ暴走事件より八年。

 今や世界最高峰の高みに達したメイジンが、一切の良心の呵責を捨て去り、

 存分にその腕を振るったならば?

 あの日失われた万人の納得する最強の姿を!

 今度こそ映像に収める事が出来るのではないでしょうか?」

 

「貴様、そのような事の為に……。

 メイジン・カワグチの心を、ファン達の夢を踏みにじったと言うのか!?」

 

 風鳴翼が激昂する。

 凛然たる乙女の魂が、ビリビリと会場を震わせる。

 そんな重圧をもどこ吹く風と吹き流し、鉄仮面卿がどこまでも不敵に嗤う。 

 

「お叱りはご尤も。

 なれど我らは所詮、力の殉教者」

 

 鉄仮面の弁舌に呼応して、メイジンの指先が熟練のピアニストのように流麗に滑る。

 

「仰りたい事があるならば、言葉では無く、剣で語っていただきたい。

 八年前の、イオリ・セイ、レイジ少年たちのように。

 ツバササンの心の光で、メイジンの闇夜を照らし、世界を救って見せるのですッ!」

 

「――ハッ!」

 

 振り向きざま、風鳴翼が、フェニーチェが抜き打ちざまに太刀を振るった。

 ギン! と言う鈍い金属音が大気を震わし、横薙ぎの一閃が空気の壁にでもぶつかったように食い止められる。

 

 いや。

 

 魔法が解けていく。

 空間が陽炎のように揺らめき、刃の先に無骨な金砕棒を握り締める一つ目鬼が現出する。

 隠形、後方からの不意打ち。

 撃灼の瞬間、死神との一戦で培われた第六感が、防人の窮地を救っていた。

 

「ミラージュコロイド!?

 コズミック・イラ謹製の光学迷彩までもデスアーミーに組み込むなんて!」

 

「いや……ッ

 それだけでは無いようだぞ、エルフナイン」

 

 スフィアを握り締める翼の両手が、思わず強張る。

 鍔競合い。

 デスアーミーの単眼が狂戦士のように真紅に染まり、フェニーチェが太刀ごと押し込まれる。

 

「このパワーッ、フェニーチェが力負けすると言うのか!」

 

「まさか、対ニュータイプ用オペレーティング、EXAMシステム!」

 

 

 ――ギンッ!

 

 

「カハッ!」

 

 再び鈍い音が響き、手元を離れた太刀が中空に踊る。

 激しく岩壁に叩き付けられたフェニーチェを追って、狂気の単眼が金棒を振り被る。

 

「この程度で死んでくれるなよ、剣の歌姫!」

 

「……無論だ! メイジン!」

 

 返す言葉に合わせ、バシュン! と左の肩口から小柄が飛び出した。

 腰を落として金棒を避けながら、悪鬼の影目がけ刃を投げ放つ。

 狙いは違わず、影を穿たれ硬直したデスアーミーに、天地逆転、フェニーチェが決死で身を躍らせる。

 

 ――刹那、フェニーチェ両の踵から、ビームサーベルが生えた!

 

「ハアァァァッッ」

 

 斬った!

 斬った!

 斬った!

 斬った!

 斬り裂いた!

 

【 逆羅刹 】

 

 両手を軸にフェニーチェが独楽のように回転し、桃色の光の軌跡が火花を散らし、悪鬼の上体を膾に刻む。

 火花が潰え、片膝を突いたフェニーチェの後ろで、ずんばらばらりんと機体がほどける。

 わっ、とたちまち歓声が上がる。

 

 ……しかし。

 

「ホウ、流石はツバササン、見事なる業前。

 さあ、残るメイジンは99機。

 歌姫の最期の悪足掻きを見せて下さい!」

 

「く……」

 

 鉄仮面の小癪な挑発に対し、翼がスフィアを握り直す。

 しかし、力が伝わらない。

 痙攣するフェニーチェの両脚が、立ち上がるための第一歩を踏み出してくれない。

 

 騎刃の一閃、蒼の一閃、影縫い、そして逆羅刹。

 立て続けの大技によって失われてしまった粒子。

 辛うじて直撃を免れたとは言え、至近での核爆発によって装甲に負ったダメージ。

 何より、見知らぬ戦場での立ち回りによって、翼自身の精神を蝕む疲労。

 機体もファイターも、既に限界の時を迎えようとしていた。

 

「不甲斐ない。

 歌の世界の懸け橋となり、人々に一夜の夢を届けようと、勢い勇んでみたものの……」

 

 ズシン、ズシンと、隊列を組んだデスアーミーの群れが、無力なリーオーを押し潰さんとするビルゴのように翼へと迫る。

 

「所詮、素人は素人。

 どれ程に足掻いたとて、メイジンの力に抗える筈も無い」

 

「翼さん……」

 

 ズシン、ズシンと、フェニーチェの許に足音が迫る。

 

 足音が……

 

 足音が……

 

 足音……

 

 

「…………」

 

 迫り来る鋼鉄の軍靴の中に、風鳴翼は幻聴を聞いた。

 天と地の狭間から、オルゴールのように郷愁を誘う旋律が微かに届く。

 ふっ、と自嘲がこぼれる。

 誰よりも峻厳なる防人たるべき自分が、戦場でこんな甘い夢を見ようとは。

 

「……いや」

 

 はっ、と天空に瞳を向ける。

 空が、宇宙(ソラ)へと染まって行く。

 心震わすムジーク。

 煌めく星々の狭間を、青い鳳がどこまでも飛んで行く。

 

「歌……、戦場に、歌が……?」

 

「――あ、ああ!」

 

 傍らのエルフナインの声が歓喜に上ずる。

 観衆の間からも、ざわざわと興奮が溢れだす。

 

「あの機体は、ガンダムフェニーチェリナーシタ『アルバ』!?

 ウィングガンダムの正当な後継機を想定して設計され、

 かのエビカワ氏描き起こしの設定画までもが寄稿された、ウィングカラーのフェニーチェです」

 

「フェニーチェの系統機!

 ならば、乗っているのは当然」

 

「……リカルド・フェリーニ」

 

「イィィ―――ヤッハハァ―――――ッッ!!」

 

 メイジンの断定に応じるように、イタリアの伊達男の歓声が夜空に響く。

 かつての愛機の頭上を優雅に巡り、華麗なターンで挨拶を一つ。

 

「ハハッ!

 天下のカザナリ・ツバサに御贔屓にして貰えるとは、フェニーチェはとんだ果報者だなァ!」

 

「ちょっとォ!?

 若い娘に鼻の下伸ばすのも結構だけど、私を振り落とさないでよ!」

 

「俺が? 冗談じゃない!

 リナーシタの背中は、キララちゃんのためだけのタンデムシートなんだぜ」

 

「……どうだかね。

 さあ、一丁カマしてやるわよ!」

 

 パン、と乙女が気合いを入れて両頬を叩く。

 リナーシタの背中の上で、MSが厳ついバズーカを夜天へ構える。

 

 

「ソロモンよッ! 私は帰ってキタァ―――ッ キララン☆」

 

 

 ドン! とたちまち巨大な花火が天空を焦がし、ピンクの機影を白日の下に晒し出す。

 ああ! と観衆がどよめき、そちら方面のスペシャル達が雄叫びを上げる。

 

「あ、あの機体はまさかッ!?

 五年前の武道館ラストステージのフィナーレを彩った伝説のッ!

 『LIVEザクウォーリア☆すーぱーキララカスタムF2000』実在したのかッ!?」

 

 

「キーララァ――――ッッ!!!!」

 

 

 ラルさんが叫んだ!

 オールドタイプが一斉に叫んだ!

 こんな奇跡があって堪るか!

 

 伝説のラストステージより五年。

 彼女だっていい加減、結構な妙齢だ。

 そうでなくても今の彼女は、押しも押されぬハリウッド女優。

 俳優としてのイメージがある。

 事務所だって赦しちゃくれない。

 ミーア・キャンベルめいたピンクのツインテールに、色んな意味でキワどいヘソ出し衣装。

 普通だったら絶対やらない。

 しめやかにマウンテンサイクルの奥地に封印されて然るべき過去だ。

 

 鳴呼、それなのに彼女は帰って来た。

 女優・ミホシとしてではなく、ガンプラアイドル☆キララとして。

 どんなに手の届かぬ存在になったとしても、彼女は古巣を忘れてはいなかったのだ。

 こんなにも嬉しい事は無い。

 

「ようし! 行けェ、ドラグーン!

DeRAsuGOi(デラスゴイ)ONkyou(オンキョウ)system(システム)

 全方位音響攻撃(オールレンジ・サウンドステージ)よッ!」

 

 気高い乙女の雄叫びと共に、ザクの左手が高らかとかざされる。

 同時に背面より77個のサウンドブースターが周囲に展開し、仮想空間がたちまち即席のライヴハウスに変貌する。

 

 そして奏で、紡ぎ出される歌は――?

 

「逆光の、フリューゲル……」

 

 ぽつり、と翼の口より戸惑いがこぼれた。

 戦場には場違いな甘酸っぱい想いが、乙女の胸の中いっぱいに広がる。

 

「ほら、さっさと立ちなさいよ風鳴翼。

 アイドルがいつまでも生き恥を曝してるもんじゃないわ」

 

 逆光のフリューゲル。

 かつて、伝説のユニット『ツヴァイウィング』をスターダムにのし上げたナンバーを、稀代のガンプラアイドルがカバーする。

 戦場の真っただ中で、ピンクの装甲に身を包んだアイドルが歌う。

 そうだ。

 何も剣と槍を取り合うばかりが戦争では無いのだ。

 

 

「ト・キ・ハ・ナ・てぇ―――ッ」

 

 

 オールドタイプが一斉に叫んだ。

 今にも主砲をブチ込まんとするブライトさんばりに叫んだ。

 プラフスキーに煌めくステージ、響き渡るシンセサイザー。

 ガンプラとバトルとサウンドの融合。

 これが、ガンプライブだ!

 

「……えっ?」

 

 それまで沈黙を守っていたカミキ・ミライが、すっ、とスポットライトの下に躍り出た。

 同時にザクの左肩に、ぴょこん、と水色のぷちっガイがよじ登る。

 

「まさか……!」

 

 ユウマが呟く。

 思った瞬間、やはり彼女もまた鮮やかに歌い始めた。

 何と言う反逆、ご本人目の前である。

 風鳴翼のパートを、なんの迷いも無く高らかと謳い上げる。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの戦慄は正しい。

 彼女こそはアイドルの歴史を塗り替える新時代のラクス・クライン――。

 

 

「ツ・キ・ア・ゲ・てぇ―――ッ」

 

 

 コーディネイターが一斉に叫んだ。

 たゆんたゆんと主砲を振るうマリュー艦長ばりに叫んだ。

 ガンプラアイドルの過去と未来が、逆光の下に重なり合う現在。

 これがガンプライブだ! 戦争だ。

 

 バリバリの機体で殴り込みを駆けて来た歌姫二人に対し、新旧のガンプラアイドル達が、敢えて敵の十八番で迎え討つ。

 何と言う夢の競演である事か?

 会場の興奮が夏の夜空を染め上げる。

 ファンの垣根を超え、人々は興奮と感動の世界に一緒に飛んでいた。

 ぶっちゃけもう鉄仮面とかメイジンの安否とかどうでも良くなっていた。

 

「……ふっ、はは、あはははは!」

 

 ふっ、と両肩の力が抜けた。

 からからと、まるで無邪気な少女のように笑った。

 戦うばかりがガンプラではない。

 アイドルとファンの心の光で紡がれていく無限のステージ。

 たかだか百機のデスアーミーに、何を破壊できるものか?

 

「けれど、それを聴かされてしまってはな。

 私とて、いつまでもここで寝ているわけにはいくまい!」

 

 傍らに突き立った太刀をぐっ、と握り締め、再び乙女が立ち上がる。

 腰を入れ、足を踏ん張り、フェニーチェが震える両手を正眼に構える。

 

「まだ立ち上がる、ですと?

 そんな容易いダメージでは無いハズ。

 ツバササン、貴方は一体、何を握って力に変えたと言うのです?」

 

「分かるまい!

 戦士とは、心・技・体の調和に依って成り立つもの。

 自ら鼎の一つを捨て去った鉄仮面に、この観衆の心の光は理解出来まい!」

 

「けれどメイジン! 本来の貴方にだったら分かるハズだァ!!」

 

 

【 ―DOVER✝GUN― 】

 

 

 一条の閃光が戦場を貫いた。

 ギャラリーから一際甲高い歓声があがる。

 宵闇の空に漆黒のマントをたなびかせ、純白の機体が高らかと大槍を捧げる。

 夜風を孕むピンク・ブロンドの髪の毛に、万人を寄せ付けぬ、不屈の意志を宿した瞳。

 

 一体何処に行っていたんだ、現代のジャンヌ・ダルク。

 僕たちは君を待っていた。

 救世主マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 薔薇よりも尊く気高きガングニールの少女。

 

「無事だったのか!? マリア!」

 

「フフ、心配かけたわね、翼。

 エルフナインからもらった仁丹が効いてきたから、もう大丈夫よ!」

 

 バッ、と鮮やかにマントを翻し、マリアが英雄に相応しい鬨の声を上げる。

 

「さあ、みんな、今こそ反撃の時だ!

 ガンプラ界の至宝たる現代のメイジンに、私たち乙女ビルダーの意地を見せてやりましょう!」

 

「ちょっせえーいっ!!」

 

 マリアの咆哮に呼応して、突如彼方よりミサイルの大軍が飛来した!

 懐かしい爆音が、ドワオズワオと天地を焦がし、マリア軍団の反逆の狼煙を上げる。

 

「このどこかで見慣れたやり口……。

 まさか、第二号聖遺物、イチイバルか!?」

 

「へへ、遅くなっちまったなあ、先輩。

 何せコイツの()()()()に、ちょっとばかし手間取っちまってさあ」

 

 呆然とする防人の前に、赤と黒のツートンでビシッ!とキメたヘビーアームズが姿を現わす。

 実に雪音クリス的な両腕のダブルガトリング砲を筆頭に、肩胸腰腿を移動要塞と化したマシマシミサイルバルカンのランボー者のコマンドー。

 あまりにもテカテカと気合いの入ったその仕上がり。

 本当にカラー以外は仕様通りなのかと目を疑ってしまう程に運命めいた、完全にクリスちゃんなガンダムの姿がそこにあった。

 思わずニヤリ、と翼の頬に笑みが張り付く。

 

「ふふっ、雪音クリス此処に在り、だな。

 お前ならやはり、その機体を選ぶと思っていたよ」

 

「まあ、遅れた分はキッチリサービスしてやるからさ。

 先輩がたは後ろの方で、ふんぞり返っててくれりゃあいいんだよォ!」

 

 言うが早いか、たちまちヘビーアームズが高らかと上空へ跳び上がった。

 お前のような砲戦機がいるかと突っ込まざるを得ない勢いでムーンサルトを繰り出して、算を乱した敵陣目がけ、無骨な双の銃口をジャキリと構える。

 

「よォく見とけよトロワ・バートンッ!

 狙い撃つって言うのはこうやるんだよォッ!!」

 

 

【 OPERATION BILLON METEO 】

 

 

 ガギャギャギャギャン!ガガギャンギャギャギャン!と、

 回転する四連の砲塔が薬莢をバラ撒き、重厚なヘビイメタルが生と死の狭間に刻まれる。

 デスアーミーのハードなダンスが戦火を彩り、雪音サーカス劇場の道化を演ずる。

 

「オラオラァッ! ちゃっちゃと出て来い一年コども!!

 先輩様にばっか仕事させてンじゃねえ!」

 

「デスデスッデース! 先輩の先輩と言えば、我が先輩も同然デース!」

 

「アインラッドで来ました」

 

 姦しい声と同時にズワッ、とゲートが開き、無敵の砲台と化したきねクリ先輩の両翼に、新たなMSが展開する。

 ニューチャレンジャーの登場に、会場が新たな歓声に沸き返る。

 

「ライムグリーンの死神だと! まさか暁のデスサイズッ!?

 そしてそちらのパールピンクは月読の……ッ!

 月読の……、ジャバ、じゃなくてシャイタ、でもなく、えっと、ゴ、リグ、コンティ……!

 そう! トリム! トリムアットかッ!」

 

「……ゾロアット、です」

 

 ちらり、調が一瞬、寂しげな横顔を見せ、しかしすぐさまキリリと燃える猫目を前線に向ける。

 

(クリス先輩の前線を支えるための陽動と撹乱。

 それこそがアインラッドを擁する私の勤め)

 

 前傾を取り、両手のスフィアを全開に倒す。

 鉄輪車が勢い良く大地を蹴って、加速する世界の先に敵影が迫る。

 

(一人のガンプラビルダーとして、今、メイジンに挑む。

 ガンプラバトルの未来のため、そして――)

 

 アインラッドを横に滑らし、ビーム砲の射線を外す。

 すかさずバーニアを全開、アインラッドを跳ね上げ、機体が鮮やかに宙に踊る。

 

「――そして何より『RGゾロアット』の未来のために!」

 

 廻る、廻る、少女が廻る。

 一回転、二回転、三回転。

 巧みなスラスター捌きで背面を取り、すかさずビームガンでコックピットを穿つ。

 鮮やかに着地を決め、華麗なる調が敵機の間を縫うように抜けていく。

 

「ト、トリプルアクセル!? 何て可憐な……」

「ふ、ふつくしい……」

「ゾロアットのクセに!」

 

 ギャラリーからため息混じりの歓声がこぼれる中、調の指先は尚も淀みなく動く。

 

「分離する!」

 

 

【 V式・ウォーク ザ ドック 】

 

 

 両の脚でアインラッドを蹴り上げ、自らは宙へ。

 ビームローターを広げて身を翻し、空いた左で超電磁ヨもといビームストリングを振るう。

 慌てて銃口を向けたデスアーミーの群れに、無線誘導のアインラッドが更に背後から襲う。

 

「むむむ、流石は調。

 ザンスカール製のビックリドッキリメカを扱わせたら世界一デス」

 

 敵陣を戯れるように切り裂くパートナーの姿を横目に、暁切歌がむうっ、と唸る。

 

「私は所詮若葉マークのデスサイズ。

 クリス先輩のような生まれつきのガトリングセンスもなければ、調のような熟練のテクも持ち合わせてはいないデス」

 

 軽くため息を吐き、しかしすぐに顔を振るって戦場を見据える。

 

「けれど、ガンプラは自由なんデス!

 足りない分は、私の創意工夫で補って見せる!」

 

 両手の鎌を力一杯に握り締め、少女が一陣の風となる。

 柄尻に繋がれた鎖がギャリギャリと擦れ、引き摺るガンダムハンマーが蒙々と砂煙をあげる。

 

「デェ―――――ッス!!」

 

 気勢を吐き、旋風を巻いた死神の鎌が唸りを上げる。

 刃の根元に据えられた小型ブースターが炎を吐いて、死の一閃が加速する!

 相対したデスアーミーをずしょりと胴体から斬り飛ばし、そのまま体を軸に大回転。

 ぶおんと遠心力で旋回したハンマーが、中空の上体と衝突して高らかと吹っ飛ばす。

 

 

【 斬ルyou! 砕駆龍ッ!!】

 

 

「デエエエェェェ―――――ッッス!!」

 

 ガンダムハンマーのブースターにも火が入り、回転する死神の姿がいよいよ竜巻へと変わる。

 触れるものみな全てを切り裂き、叩き潰して木端微塵に吹っ飛ばす。

 ギャリギャリと岸壁を削り取りながら、殺人旋風が加速する。

 

「鎖鎌だとッ!? 何と言う凄まじい必殺技をッ

 あの加速と破壊力、もはや何人たりとも行く手を遮る事は叶うまい」

 

「ええ、そうね翼。

 あれほどの大竜巻と化してしまっては、自分自身でも止める事は出来ないでしょうね!」

 

「うわあぁあぁぁん!

 誰か、誰か止めて欲しいデ―――ス!?」

 

「いけない切ちゃん!?

 今、回転を止めたら袋叩きにされてしまう。

 あとこっちに来ちゃダメ!」

 

「ひ、酷いデス!? 調がいじめるうぅぅぅぅぅっ!!」

 

 くわばらくわばらと道を開けたデスアーミー達のド真ん中を、切ちゃん旋風が突き進む。

 少女の絶叫が轟き、通過し、彼方へと消え、そして何事も無かったかのように戦闘が再開する。

 

「メイジン、火中の栗を拾う必要はありません!

 とにかくはツバササンのフェニーチェにトドメを刺すのです!」

 

「さぁせるかああぁぁぁ―――――!!!!」

 

 戦場に新たな咆哮が轟き渡り、たちまち新たなゲートが開く。

 色めき立つデスアーミーの眼前で、少女の豪腕が唸りを上げる。

 

「最速で! 最短で! 真っ直ぐに! 一直線にッ!

 胸の響きを! この想いをッ!

 伝えるためのビィムラァリアァァアァァ――――――ットォォッッ!!!!」

 

 

 ――ドワォッ!

 

 

 爆音がフィールドを震わせた。

 スクラップと化した機体が後続の集団に直撃し、鮮やかなストライクを決める。

 哀れなデスアーミーの群れが空中に跳ね上がり、ドウッ、と砂煙の中に消える。

 

 あまりの出来事に静まり返ったフィールド中心で、ガギョン、ガギョンと乙女がやってくる。

 一説には仏像を模したとも言われる「神」の姿。

 その胴体からムキンムキンとビルドアップした、鋼鉄の筋肉に満ち満ちた「巨人」の手足。

 神々しくも逞しい鋼鉄の巨神。

 神と巨人が混じり合い最強に見える。

 

「さあ来いデスアーミーどもッ!

 翼さんの行く手を遮る奴は、私の『 ゴ ッ ド タ イ タ ス 』が相手だッ」

 

 

 ドン引きする群衆の中心で、僕らの立花響が高らかと咆哮を上げた。

 

 

「た、立花……!」

「じーっ」

「ゴッド、タイタス……だと?」

「デ、デ、デェス?」

 

「……って、バ、バカかテメエはッ!?

 何トチ狂ってゴッドガンダムとタイタスをゲイジングしようとか考えやがったッ!?」

 

 ようやくクリスちゃんがツッコんだ。

 神々しいオーラがたちどころに消え失せ、響がおろおろと狼狽する。

 

「そ、それがクリスちゃん、私にもてんでワケが分からないんだよ。

 何だか私、この機体を使わなきゃいけないような気がして。

 こんなの絶対おかしいよって、私だって作ってる間中、ずっと思ってたのに……」

 

「やめてクリス! 響の好きなようにさせてあげてッ」

 

「うるさい! お前もお前だッ

 何しれっとライジングガンダムとスパローをゲイジングしてやがるんだ!?

 お前が甘やかすからこのバカが付け上がるんだよッ!」

 

 目ざとくクリスちゃんがツッコんだ。

 至極もっともなお叱りを受け、小日向ライジングスパローがモジモジと紅潮する。

 

「だって私、やっぱりはじめてのガンプラは、響とお揃いが良いなって」

 

「ありがとう、未来。

 やっぱり未来は私にとっての陽だまりだよ」

 

「響……」

 

「ああもう私が悪かったよコンチクショウッ!?

 いいからとっとと戦場に戻って来いバキャローども!!」

 

 

 ――ポン、ポン、ポン、と。

 

 

 響渡る柏手が、漫才の時間の終わりを告げる。

 ようやく結集したS.O.N.G.ヒロインズを前にして、尚も不敵に鉄仮面が嗤う。

 

「ふ、ふ、ふ、つくづくツバササンは良いご友人をお持ちのようだ。

 ガンプラバトル最大の危機に手を取り合って立ち向かう少女たち。

 奇しくも八年前の、アリスタ暴走事件の再現のようでは無いですか?」

 

「アイアンマスク卿!

 貴様、わざわざ今日というステージを狙った理由は何だ!?」

 

「はてさて?

 取り敢えず、各国政府に領土の割譲でも要求してみましょうか?

 ねえ、アイドル大統領」

 

「グ、グワアァァ―――――ッ!?」

 

「しっかりしろマリア!

 おのれ貴様ッ 何のつもりの当て擦り!?」

 

「フフ。

 私に一つ言えるのは、ようやく時が来たと言う事だけです。

 かつてのように、少女たちの友情パワーが新たな奇跡を起こすのか?

 あるいは2代目メイジンの峻厳なる掟が、全てを力で捻じ伏せるのか?

 雌雄を決する時が来たのです」

 

 ギュン、とデスアーミーたちの単眼に、紅の炎が宿った。

 一軍はたちまち動きを変え、鵺のように奔放に流れ、少女たちの周囲を取り囲む。

 

「ハア、ハァ……!

 調子に乗って手札を全部切ったまでは良かったけれど、

 さて、ここから一体、どうしたものかしらね?」

 

「何も考えていなかったか。

 流石だなマリア」

 

「一人あたま十機少々……、エンドレスワルツほど安くは無えよなあ」

 

「迂闊に前に出ても各個撃破されるのがオチ。

 さりとてこのまま固まっていては、核バズーカの格好の的」

 

「とりあえず、私も仁丹が欲しいデス……」

 

「響……」

 

「…………」

 

 傍らの未来の不安げな声に対し、響はゆっくりと瞳を開け、輩を見渡し、言った。

 

「――みんな、歌おう」

 

 

 さようならガンプラバトル。

 

 

「はァ? お、お前は一体何を――」

「いや」

 

 クリスちゃんの折角のツッコミを遮って、風鳴翼が思案に耽る。

 

「実の所、薄々ながら私も感じてはいたのだ。

 胸の内で聖詠を諳んじる時の、なんとは無しの一体感を。

 あの感覚、まるでパーツの一つ一つがギアとなって繋がっていくかのような」

 

「――かつて、人類史の知能たるフィーネを以てしても解析しきれなかったアリスタの光。

 ガンプラの世界にはどのような奇跡が眠っていたとしても、おかしくは無いと言う事ね」

 

「おかしいに決まってんだろ!?

 アンタら揃いも揃ってどうしちまったんだ!?」

 

「私は……、私は響を信じる!」

 

「メイジンがダメになるかどうかの瀬戸際なんだ」

 

「やってみる価値、大アリデス!」

 

「くっ、そいつは確かに私だって……。

 ええいチクショウ! もうどうにでもなりやがれッ!」

 

「クリスちゃん、未来、それにみんな、ありがとう」

 

 とうとう最後の良心、雪音クリスが軍門に下った。

 みんなの心が一つに固まり、立花響の頬に柔らかな笑みが浮かんだ。

 さようならビルドファイターズ。

 こんにちは戦姫絶唱シンフォギア。

 

「……と、言うワケでキララちゃん!

 スイマセンが、BGM、チェンジでお願いします!」

 

「ハァ!? 

 突然何を言い出すのよこの子はッ!?

 そ。そりゃあ出来なくはないけれど……」

 

「すみませんミホ……、キララちゃん。

 今は立花の流儀に合わせてやってください」

 

「ハハ! 良いじゃないのキララちゃん!

 俺はこう言うバカが大好きだぜ」

 

「……ったく! 赤っ恥掻いても知らないわよ人気者!」

 

 文句を言いつつキララちゃんの指先がボーナストラックをまさぐる。

 風が止み、無音の空に痛いくらいの静寂が訪れる。

 観衆に緊張が伝搬する中、やがてホルンの響きが、雄大なオーケストラが新たな局面を開いた。

 

 

「ん、たったったったったったった♪」

「たかたんっ! たーった たーたた―――↓」

「たかたんったた たーった たーったた―――↑」

「たーたか たーたか たーたか たった」「たーたか たーたか たーたか たった」

「たかたんっ! たーたたかたんっ! たーた」

 

「たんたかたんたかた~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 一斉に、乙女たちの歌声が伴奏と重なり合って世界に広がった。

 困惑する群衆を置き去りにして、得物を携え手に手を取り合い、一斉に敵陣へと吶喊する。

 歌声と、絶叫と、爆発と金属音が重なり合って戦慄のハーモニーを刻む。

 

 行軍歌であった。

 戦いの痛みと悲しみを知りながら立ち上がる挽歌であった。

 今を生きる人々の呼び声に生き様を探す戦士の歌であった。

 凛呼とした魂が共鳴しあい、少女たちの肉体に、そして鋼の肉体に黄金の魂が宿る。

 

「ラルさん! これは……!?」

 

「あ、ああ、間違いない、この雄大なハーモニー。

 機動武闘伝Gガンダム挿入歌『勝利者達の挽歌』だ!?

 けれど、なぜこの場面でこのチョイスを?」

 

「いや、て言うかなんで彼女たちは歌いながら戦っているんだよ?」

 

「けれど、強い……!

 メイジンが手ずから作り上げたデスアーミー軍団を、まるでバターでも切るかのように」

 

 フミナ先輩の言う通りであった。

 雪音クリスのヘビーアームズが敵勢の足を止め、トールギスとゾロアットが機動力で回り込む。

 フェニーチェとデスサイズが痛烈な斬撃で敵陣を押し込み、陽だまりの声援を受けたタイタスがフライングボディプレスでド真ん中に突っ込む。

 まさしくは阿吽の呼吸。

 オーガニック的な何かが働いて、熟練たるメイジンの指揮系統をズタズタに切り裂いていく。

 

「……!

 ラルさん!? もしかしてアレは」

 

「気づいたかセカイくん、アシムレイトだ!

 彼女達はおそらく歌によって共鳴現象(レゾナンス)を引き起こし、鋼鉄の機体に己を重ね合わせているのだ」

 

 ごくり、歴戦の大尉が思わず息を呑む。

 アシムレイト、ファイターとガンプラのシンクロが引き起こす闘争の究極形。

 ならば、今の彼女たちの魂に火が点いたような攻勢も理解できる。

 

「そうか、いかに実力差があろうとも、今のメイジンはあくまでも指揮者(コンダクター)

 個々の操縦技術、刹那の判断力、機体のレスポンス。

 いずれも今の彼女たちの状態なら凌駕できる。

 少数精鋭の巧みな連携によって、彼女たちはデスアーミーの集団戦術を殺しているのか!」

 

「けど! ダメだユウマ、このままじゃ……」

 

 カミキ・セカイが悲痛な叫びをあげる。

 アシムレイトとは痛みまでをも繋がり合わせる魂の共鳴。

 高々七機で本気のメイジンとぶつかり合ったなら、彼女たちの肉体は――!

 

 

「燃えよ羽々斬! 翼と変われェ!」

ブッピガン

【 風 輪 火 斬 ―蒼翼― 】カッ!!

 

「銀の左手、アガートラームッ!」

キラキラキラキラ

【 HEAT✝ROD 】

 

「ウオオ――ッ もう弾切れを気にする必要はねえ!!」

ダダダダダダダダダ

【 FULL OPEN 全部全部全部全部全部ッ!! 】

 

「ストリングプレイスパイダーベイビー!」

キリッ

【 ストリングプレイスパイダーベイビー 】

 

「デスデスデース! 死神様のォ!お通りッデェーッス!」

フッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ

【 直伝!稲妻スカイキリカー砕駆龍 】

 

 

「プラフスキーパワァーッ! プラァースッ!」「プラフスキーパワー、マイナス!」

「石破ァッ」「ラブラブ!」

 

「「 ク ロ ス ボ ン バ ー !!」」ドワオ!

 

 

「……彼女たち、メチャクチャ平気そうなんですけど?」

 

「最近の女の子は、タフだな」

 

「なんか、自信なくしちゃうな、俺……」

 

 呆然とする観衆を置き去りにして、尚も戦場は苛烈さを増していく。

 ピシリ、と紅に染まったメイジンのグラスに、一本の細い亀裂が走る。

 

「フ、フフ……、紡ぎ合う歌による極限のコンビネーション。

 素晴らしい! これが世界最高峰の歌女が奏でるガンプラバトルかァ!」

 

「メ、メイジン?」

 

 鉄仮面の疑念を遮って、メイジンの十の指先が別個の生き物のように律動する。

 たちまちデスアーミーの連携が変わり、戦場が再び色合いを変える。

 戦いの中で分析を重ね、切り崩された戦闘パターンを即興で再構成し攻め手を変える。

 戦いが縺れる、消耗戦が装者たちの鎧を傷つけ、その肉体に疲労の色を刻んでいく。

 

「くそっ、口惜しい!

 こんな大事な局面に対して、僕には指をくわえて見ている事しか出来ないなんて」

 

「ユウくん……、けれど仕方ないわ。

 あの戦いに参加できるのは、エントリー資格を手にした幸運なファイターだけ……」

 

「いや、違う!

 俺たちにだって出来る事はあるッ」

 

 カッと、両目を押し開き、カミキ・セカイが立ち上がった。

 

「俺たちも歌うんですよ、先輩ッ!

 勝利者たちの挽歌が、彼女たちの立ち上がる力になると言うのなら」

 

「え、ええ!?

 ちょ、落ち着いてセカイくん!!」

 

「いや、その通りや! カミキ・セカイの言う通りや!」

 

 観客席の片隅で、大阪出身のビルダー、サカイ・ミナトが叫ぶ!

 

「おいどん達は所詮、この世紀の一戦に敗れ去った、ツキのないファイターでごわす!」

 

 鹿児島出身のファイター、サイゴウジ・ミチトシが叫ぶ!

 

「じゃが! ガンプラバトルはワシラんシマじゃッ!!

 何もせんと黙っとる事なんぞできるかい!?」

 

 広島出身のファイター、ヴィクトリー・オオトモが叫ぶ!

 

「翼はんたちの想い、ちゃんとみんなに届いてはる言うこと。

 ウチらのお歌で伝えてあげるんどす」

 

 京都出身のファイター、ビョウドウイン・マイコが叫ぶ!

 

「わだすたづの想いを、うだでつからさ変えるっぺ」

 

 秋田出身のファイター、ホンジョウ・ユリが叫ぶ!

 

「ガンプラビルダーの矜持、ナメたらアカンぜよ!」

 

 高知出身のファイター、サカモト・カツヲが叫ぶ!

 

 俺も僕も私もワチキもあっしもワイもアッチもそれがしも――!

 会場中のモブファイターたちの魂の声が、少女たちに勝利を掴めと轟き叫ぶ!

 

「たーった たーった たーった たーった……」

「たーった たーった たーった たーった……」

「たたたたたた たたたたたた たたたたたた たたたたたた……」

「たたたたたた たたたたたた たたたたたた たたたた!」

「ん!たーたたー↓ ん!たたたたー↑」 

「んったったったったったったったったん! たたたん!」

 

 麗しい間奏が重なり合い、再び戦の奔流がシュトゥルム・ウント・ドランクする。

 少女たちの鋼鉄の肉体が、眩いばかりの金色に染まる。

 斬撃が走り、閃光が突き抜け、旋風が刻み、爆風が煌き、超電磁ヨーヨーが飛び交い、巌流島コンビネーションが炸裂する!

 大勢は決した。

 これはもはや100対7の戦争ではない。

 メイジンたった一人対、特設会場の収容人数三千……、いや!

 モニターの前の君も一緒に歌っていてくれるならば、それは億を超す力となって少女たちを支えているのだ。

 

「たかたんっ! たーった たーたた―――↓」

「たかたんったた たーった たーったた―――↑」

「んったたたたー↓」「んったたたたー↑」

 

「たかたんたっ たったったったった! たたんた たたたんっ!!」

 

 そして、勝利者たちの挽歌がとうとう完走した。

 その頃には、既に地に立つデスアーミーは一人として残っていなかった。

 たちまち割れんばかりの歓声が、戦いの主役たる七人の少女を包み込む。

 

「さあ! 決着はついたぞッ!

 観念してメイジンを解放するのだ、アイアンマスク卿ッ!!」

 

「ふ、ふふ、流石はツバササンと愉快な仲間たち……、と、言いたい所ですが!

 何を勘違いしてやがるのですか!

 メイジンのターンはまだ、終了してはいないのですよ」

 

「へっ、何を負け惜しみを言ってやがる。

 メイジン虎の子のデスアーミー軍団は、もう一匹も残っちゃあいないじゃないか!?」

 

 雪音クリスのもっともな指摘に、しかし鉄仮面は、自慢の大顎を震わしくつくつと嗤う。

 

「本当にそうお思いですか、お嬢さん?

 我々が史上最強のガチンコを提供するために用意した機体が、物量にモノを言わせた量産機軍団に過ぎないと!?」

 

「――ハッ」

 

 瞬間、エルフナインの両肩が、電気でも走ったかのようにビクン、と震えた。

 

「ど、どうしたの! エルフナインちゃん!?」

 

「……もしも、デスアーミー軍団が原作の通り、

 DG細胞によって生み出された兵器の一部に過ぎないと言うのなら。

 鉄仮面卿の言う通り、メイジンの機体には、未だ傷一つ付いていません」

 

「!?」

 

「デ、デ、デビルガンダムデスかッ!?」

 

「あり得ない。

 あんな規格外の大型MSの存在を、私たち全員が見逃すなんて」

 

 月読調の言葉に対し、顔面蒼白となったエルフナインが、力なく首を振る。

 

「デビルガンダムが最強ガンダムの一角と語られる理由は、ハード自体の性能ではありません。

 その内部に組み込まれた『自己再生・自己増殖・自己進化』の三大理論に由来します。

 もしもメイジンが、三大理論の疑似的な再現に成功していたとしたら。

 デスアーミー百機の役割が、三大理論のための時間稼ぎに過ぎなかったとしたら……!」

 

「ま、まさか……」

 

 

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 

 

 最悪の可能性を肯定するかのように、フィールド全体が深い鳴動に包まれ始める。

 

「さあ、メイジン! 今こそ見せてやるのです!

 貴方の生み出した究極のガンダムをッ!!」

 

「現出せよッ!

 アメイジング・アルティメット・ガンダアァァ―――ムッッ!!」

 

 ――パッチィーン!

 

 メイジンが高らかと指を鳴らした。

 瞬間、大地が崩壊した!

 地の底から数多ものガンダムヘッドのレギオンが溢れ出し、フィールド全体を侵食する。

 夥しい数の触手が抗う間もなく絡み付き、少女たちの全身をあらん限りの力で締め上げる。

 

「ぐっ、何と言うパワー、これが、究極のデビルガンダムだとでも言うのか!?」

 

「出力が上がらないッ!? 機体内部の粒子を吸い取られているのか!」

 

「ち、違う、マリア、これは……!」

 

「デスサイズが……、ガンダムが喰われちまっているんデス!?」

 

「バトルフィールドの全てを、三大理論で喰い散らかしたとでも言いやがるのかッ!」

 

 

「フハハハハハ! 怖かろうッ!!

 しかもメイジンは脳波コントロール出来るのですッ!!」

 

 

 会場に悲鳴と怒号が溢れる中、究極の神体が姿を見せる。

 幾重ものガンダムヘッドが折り重なった、天まで貫くカ・ディンギル。

 ガンプラバトルの必勝法。

 それは、世界そのものを支配する事――

 

「ズバババァ――――ン!!」

 

「立花ァ――――ッ!!」

 

 地獄の釜の奥底で、二人が必死に手を伸ばし合う。

 いや、二人だけではない。

 未来が、クリスが、マリアが、調が、切歌が――

 

 絡み付く運命に必死に抗い、少女たちが手を取り合って、一つの小さな輪を作り出す。

 

「……?

 なんです、お祈りの時間ですかな?

 良いでしょう、天国でも寂しくないよう、せめて最期は諸共に――」

 

 

 不意に、鉄仮面の哄笑が止まった。

 会場の混乱も悲鳴も空気すらも止まった。

 バトルフィールドの崩壊も止まっていた。

 トドメに入っていた筈の、一切の躊躇いがない筈のメイジンの指先さえも止まっていた。

 

 歌っていた。

 静止した時間の中で、ただ、少女たちだけが、澄み切った調べを奏でていた。

 戦いのための歌では無い。

 救済のための歌でも無い。

 

 美しく、悲しく、あまりにも儚い旋律であった。

 

 やがて、少女たちの唇が閉じた。

 聖詠が潰え。

 

 ――そして地獄の奥底から、眩いばかりの閃光が放たれ、世界を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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