お久しぶりです。
 瑞鶴が葛城をかわいがります。まだもうしばらくこの瑞鶴を書きたいと思います。

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 ズイカツを一度書きたかった。
 ちょっとわがままかもしれない。




「瑞鶴先輩、聞いてますか」

 なんだ? 何があった?

「聞いてますか」

「あ、うん、聞いてる……かな」

「聞いてください。また魂が抜けてました」

 仰々しく葛城が言う。

「私が何かした?」

 挑発と受け取ってくれたらいいんだけど。

「何考えてるんですか?」

「質問に質問で返すのね」

「聞いてますか」

 無表情を作った葛城は少しだけ語気を強める。

「何を考えてるかって?そんなの覚えてないわよ」

「覚えてない?じゃあ今は?」

「あんたが鬱陶しい、かな」

「鬱陶しいなら、どうしたいですか?」

「あんたは何を言ってるの」

「私をどう思いますか?」

「鬱陶しい」

「今じゃなくて」

「そんなの、知らないわよ」

 葛城の顔が険しくなる。私はため息をついた。

「あんたがね、私を慕ってくれるのは構わないけどさ、なんて言うんだろ、私はどうも思ってないのよ」

「私は思ってるのに?」

「何が言いたいの? 答えてくれてもいいじゃない」

「私をどう思いますか?」

「また聞くのね」

「答えてください」

「あんたはどうなの?」

 はたと葛城の口が止まる。戦場に出ても見せないような厳しい顔をしてそれから気が抜けたみたいに大きくため息をついた。

「やっぱり、つかみどころのない人」

「そうしてんの」

 難しい顔で中空を見る。

 タバコを吸いたくて仕方ない。葛城に嫌な顔されるけど。

「よく言えば雲の上の存在」

「気になる接頭語ね」

「悪く言えば目の上のたんこぶ」

 葛城は澄ました顔で言う。

「超えなきゃいけない存在」

「ふぅん」

「殺し合い以外なら自信ありますよ」

「私は殺し合いも自信あるかな」

「超えてみせますよ」

「ケガするわよ」

 葛城が微笑む。歩き出す。

「何か飲みません?」

「あの自販機ロクなん入ってないじゃん」

 足元が覚束ない。大きくため息をついてからハシシのジョイントに火をつけて咥える。

「タバコじゃないですね」

「タバコよりマシよ」

 耳に集まっていた熱が全身に回って抜けた気がした。少し残った熱は実体を持ったみたいに背中を駆け巡る。埃っぽい臭いが気道に微かに残る。

 自販機の前。葛城は500ミリリットルの水を2本買って左手に持ってる方を私に突き出す。

「天然水。文句無いでしょう?」

「なんで得意げなのよ」

 舌が喉の奥に張り付いて取れなくなるほど口の中が乾いている。水を全部飲んだ。

「いいこと思いついた。ついてきてよ」

「殺し合いは嫌ですよ」

「私も。いいから、来て」

 空のペットボトルを投げ捨てる。コンクリートの上を滑るペットボトルが視界から消えた。

「もうちょっと真面目にしてくださいよ」

「一本吸う?」

「ハシシですか? 塊で下さいよ」

「あんたジャンキーだっけ」

「先輩ほどじゃないです」

「怒られない? 天城なんか嫌いそうだけど」

「怒られはしないです。心配されてますけど」

「雲龍は?」

「何も言われないんですよ。どう思ってるんだろ」

「ふぅん」

 翔鶴姉は私のことをどう思ってるんだろう。

「弓道場? どうしてこんなところ?」

 弓道場のドアを開ける。開けるのにコツがいる。

 誰もいない空間で蛍光管の光だけが自己を主張している。一本だけ点滅している。

「例えばさ、ど真ん中に当てろって言ったら何回くらいで自信ある?」

「ど真ん中? ……運が良ければ10回でしょうか。ど真ん中に当てる意味があるんですか?」

「10回、へぇ」

「先輩はどうなんですか」

「意味なんてないよ」

 自分の弓を手にとる。

「私ね、教科書通りにやるのが大っ嫌いなの」

 今まで何万回もやった、手続き。息を止める。横向き、一番しっくりくる角度、弓を固定する。腕の向きは水平より少し下、矢を一本右手に。葛城を一瞥して的に向き直る。葛城と目は合わない。矢を弦にかけて1秒で引く。1秒右手を固定してから右手のすべての指を解放する。0.5秒で的にたどり着いた矢は正鵠をぶち抜いた。

「どう?」

「もう一回やってください。信じられない」

「今は風がないから」

 腕の角度と引く力と長さが同じなら同じ放物線を描くはずだ。

 矢は予期した速度を持って的には当たらずさっき放った矢に当たって地面に落ちた。

「理屈は分かるでしょ?」

「誰が分かるんですかそんなの」

「理屈よ、理屈。同じ構え同じ力なら何万回やっても同じところに当たる。出来るかなんて関係ないの、理屈は分かるね?」

「前言撤回します。超えられるはずない。何ですかあなたは?」

「あんたは最後まで生き残ったのよね」

「艦として? そうです」

「そんなに活躍できなかったんでしょ?」

「残念ながら、何もできませんでした」

「この格好になってからは? 死にかけたことは?」

 葛城に一歩近づく。

「まだ無いです」

「この距離で矢を向けられたことは?」

「は?」

 爪先を葛城の踵に引っ掛けて眉間を突き放す。葛城が一瞬視界から消える。

 葛城が私を見る。尻餅をついた葛城は動けない。

 抵抗される前に、理解される前に葛城に向けて弓を引く。

「1ミリも動かないでね」

 2秒間の手続きの間葛城は1ミリも動かない。

 鉄の鏃は葛城の左の頬を掠めて一筋の擦り傷を作り、濡烏色の髪を掻き分けてから床に当たって私の視界から消えた。

 頬から血を垂らす葛城は私じゃない何かを見ながら肩で息をする。

 弓を背後に投げ捨てる。

 葛城が遠くなるような感覚に襲われて少し息を止める。息を吸うとあらゆるものが遠くなる気がしたし、息を吐くと溶けて崩れ落ちそうになる気がした。

 息を止めても床と天井が同じになる感覚は消えることがなくて、少しだけ視界がぼけた。

 葛城は涙を流す。それは何の涙だ?

 膝をつく。右の親指で葛城の左の瞼を閉じる。

「死線くぐり抜けてから出直して来な」

 指に少し力を込める。私と同じにしてあげようかとも思ったけど、やめた。それは戦場でやるべきだから。

「あげるよ」

 ハシシのジョイントを一本。さっき私が吸ったのと同じ。ホントは徹底的に壊してやりたいけど。

「ちょっと考えてみ、超えて見せてよ」

 葛城は1ミリも動かない、動けない。

 微笑みかけてみてもプラスチックで作った人形みたいに動かない。

 鼻を鳴らして、突き放す。

「せいぜい頑張ってね」

 立ち上がって、葛城に背を向ける。

 ドアを抜ける前にタバコに火をつける。今度は普通のタバコ。

 限界まで煙を肺の中に入れる。唾も一回飲み込んで、それから長く息を吐く。

 ため息に混ざった煙は拡散してすぐに空気の中で存在を失った。

 ドアを閉じた次の瞬間にドアの向こうから長い長い、憎しみと恐怖と愛情と怒りと悦びと腹の奥から湧き出てくる笑いと渇きと顳顬の裏側で渦巻く小さな波と呪詛と怨嗟とを喉の奥で混ぜ合わせて何かの音で標識した耳障りなほどの縦波が一直線に飛んできた気がした。

 あの感情は絶対に発散できない。ガラスを拳で叩き割っても、同じ拳で私を殴っても今みたいに大声を出しても戦場に出て何隻敵艦を沈めてもハシシをやってもエクスタシーをやってもシャブをやってもヘロをやっても、あの感情は消えない。薄れることはあってもいつまでも脳の奥深いところに噛み付かれて絶対離れない。

 それこそ脳ミソを掻き回されるみたいなものだ。

 歩きにくい。奥歯でタバコを噛み潰す。

 さっきと同じ自販機でコーラを買う。私はたぶんコーラを飲み干した後タバコの吸い殻をペットボトルに入れてそれを足元に投げ捨てる。地面に落ちた瞬間の音は私に届くがそれに反射した光波を私は知る由もない。

 葛城は強くなるか? そんなことはどうでもいい。勝手に強くなればいい。

 私はどこに向かっているんだろう。このまま歩くと海に出る。凪の海は私に何を見せてくれるだろうか。

 歩きにくさはほぐれない。体は重いのに地面からの抗力を感じなくて歩いてる気がしない。空が絵みたいに見えてそのペンキが全部剥がれ落ちてそれが空気中の水と混ざってドロドロの無限大の雨になって私に降りかかってくる感じがして、私がそれに溺れる気がして、私は唾を地面に吐き捨てる。

 コーラは残り半分。味を感じない。吸い殻はペットボトルに入れられることなく地面に捨てられて、踏み潰された。

 今にも雨が降りそうだ。


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