前日、帝国の商店街でアインズはある行商人から見慣れないようで見慣れたアイテムを幾つか購入していた。執務と部下の期待に疲れる最中、息抜きがてら魔導国内の自室で確認してみることにするのだが---

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時系列的には九巻終了から十巻開始あたりぐらい。こんなネタあるから書いてみてくださいというのを見かけて面白そうだと思い書いたものです。


もたらされた道具

 執務机の上に乗せられた山積みの本。その一冊一冊が辞書のように分厚く、それらが積み上げられて織り成した紙山は、埋もれてしまえば全身にダメージを受けそうなほど威圧感を放っていた。

 

 その山から一冊の本がぱさりと落ちる。すると、落ちてから二秒も立たずにその本は拾い上げられ、元あった山の場所に落ちないようバランスよく戻された。

 

 本を拾い上げた人物---本日のアインズ様当番の一般メイドに、山の向こうから声がかけられる。

 

「助かる」

 

「いえ! アインズ様のお役に立てて光栄でございます!」

 

 かけられた一言は短く、姿も顔も見せないその姿勢は一般的に見れば無作法にも程がある。しかし一般メイドは瞳を大きく輝かせ、人生最高の瞬間だとでも言わんばかりの笑顔で本の山に深々と一礼した。

 

 当然のことだ。なぜならば本の山の向こう側には、至高の王にて偉大なる支配者、アインズ・ウール・ゴウンが鎮座しているからである。

 

 日課であるアルベドや死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達との書類確認等も既に終わらせたアインズは、一般メイドには複雑すぎて到底読み切れない本をめくり時間を過ごしている。日々発揮される叡智はこうして養われるのだと、一般メイドは頂点にして尚高みを目指す主人に心から尊敬を抱いた。

 

 その至高の御方の一片でも役に立てるだけでも至上の幸福。その上自分のような愚劣な身に対しても愛情と慈愛をもって接してくれるというだけで、一般メイドの美しい碧色の瞳に涙を浮かばせるには十分だった。

 

 天井で警戒にあたっていた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も、支配者然としながらも部下を気遣うアインズに感動で身を震わせる。

 

 無論、その場で涙を流すという至高の御方の邪魔になることなどするはずがない。一般メイドは目からあふれ出す忠誠心をぐっと抑え、腰かけていた椅子に座り直し再び役に立てる機会を待つ。

 

 しかし、本の山から飛んできた声は彼女にとって良いものではなかった。

 

「これから実験を始める。全員部屋の外へ出てもらいたい」

 

 ひゅっと綺麗な白肌の喉が鳴る。自分は何かとんでもないことをしでかしてしまったのかと一般メイドは絶望の淵に追い詰められたが、アインズが放った言葉の前半部分も脳で理解するとそれが間違いであったことに胸をなでおろす。

 

 だが、今度はそれに再び不安感で心を強く痛めた。至高の御方は自分とは比較することすらおこがましいほど気高く、そして強大だ。それでもその身に万が一があったと想像してしまうだけで、一般メイドは先ほどとは別の意味で涙が溢れ出てしまいそうになる。

 

「アインズ様をお一人にすることなど!」

 

「せめて一人だけでも御身の警護に!」

 

 天井に張り付いていた数匹の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も御身の強大さを理解していながら独り身にできるはずなく、音も立てずに着地して首を垂れる。

 

 危険性を心配しての発言とはいえ、アインズの言葉にたてつくということがどれほどの大罪かを理解しての発言。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が先に行動していなければ、それを覚悟のうえで自分もそうしていただろうと一般メイドは開きかけた口を閉じる。

 

 椅子が引いた音の後、山岳から昇る荘厳な朝日のように骸骨の顔が現れる。全てを見透かすような眼下に宿る赤い瞳が、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)と一般メイドに下ろされた。

 

 反抗するとは不快だ、とこの場で殺されようとも一般メイドは構わない。むしろ、自らの最期を至高の御方直々に散らせてくれるなど人生最大の祝福、胸の中を至福でいっぱいにして逝ける。

 

「今から行う実験は……その、なんだ。私のような聡明で明晰な頭脳でなければ、発狂してしまって耐えられないものだ。そのような危険な実験にお前たちを巻き込むわけにはいかない」

 

 そこへかけられた一言は、まさに神からの慈愛。アインズは不愉快を表情に出すどころか、ただのシモベでしかない自分たちの身の安否を気遣ってくれていたのだ。

 

 抑えていた忠誠心が堪え切れず、思わず瞳から流れ出てしまう。潤んだ視界で見れば、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達もアインズの優しさに触れて顎をがちがちと打ち震わせていた。彼らに涙腺という器官があれば、自分と同じように頬を濡らしてしまっていただろう。

 

「で、ですが、それでもやはり御身を一人にするなど…。聡明な方であれば、アルベド様を警護につけるというのは」

 

「あ、いや。アルベドも多忙の身、そのようなくだらない理由でいちいち呼び戻すわけにもいかない。それに彼女の頭脳をもってしても、今から私が執り行う実験についてこれるかは分からない」

 

 ナザリックの二大頭脳---アインズを抜いた場合の話だが---とも呼ばれるアルベドを持ってしても到達しえない深淵の儀式。一般メイドはどこかで耳に挟んだ「智謀の王」という異名を、この瞬間アインズが放つオーラからひしひしと感じ取った。

 

 やはりこの御方は我々の数手先を常に読み、そしてそれを実現させてしまう策謀の持ち主なのだ。改めてアインズの支配者たる風格に圧倒され、一般メイドはますますの忠義を捧げることをこの場で誓う。

 

 その行動すら目の前の御身は既に理解していると思うと、幸福で頭の中が埋め尽くされそうになる。

 

「そういうわけだ。悪いが速やかに出ていってもらいたい。わかっているとは思うが、決して覗くではないぞ。少しでも覗き見してしまえば、お前たちでは発狂してしまうかもしれないからな」

 

「はっ! かしこまりました!」

 

「はい! かしこまりました!」

 

 先に返答した八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達に負けない声で一般メイドは強く返答する。アインズは満足げに頷くと再び本の山の後ろへとその姿を隠した。

 

 至高の御方のお望みならばすぐに従わなくてはいけない。一般メイドは多少残る心配に後ろ髪を引かれる気分だが、自分たちを心配し、そして信頼してくれているアインズの慈しみを無下になどするはずもない。数匹の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達と共に足早に執務室を後にするのだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 待機していた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)とアインズ様当番のメイドが部屋から出て行った音を聞いたアインズは、鉛のように重い溜息を吐く。

 

 念のため生命の精髄(ライフ・エッセンス)で部屋の中に自分以外の生命がいないことを確認し、積んである本の一冊を適当にとって手中で遊ばせた。

 

「何が聡明で明晰な頭脳だよ…あったら俺の空っぽの頭に入れといてほしいよ。はあ、疲れるんだよなあ」

 

 何が、と聞かれれば、四六時中付くアインズ様当番のメイドと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達の視線だ。元の世界基準では相当な美人の部類である異性から敬愛の眼差しで見つめられているだけでも居心地が悪いというのに、常時警戒を担当している八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)がいるために支配者ロールプレイの止めどころが見つからないのだ。

 

 アンデッドの肉体は決して疲労することはない。しかし、ただの社会人であった鈴木悟の部分が限界だと悲鳴をあげることは日常茶飯事だ。かたっ苦しい授業が終わった後の生徒のように、アインズは背もたれに全身を預けるようにだらりと身体を伸ばす。

 

 この山積みの本だって好きで読んでいたわけではない。偉大な支配者であるアインズ・ウール・ゴウンのイメージダウンを防ぐために用意したカモフラージュに過ぎないのだ。実際、見つめられていることを忘れるために何冊か目を通してみたが、本当に同じ言語で書かれているの不思議なくらい頭に入ってこない。

 

「やる必要もないノルマを部下が見てるからって理由で仕方なくやってる感じだ。何だよ『鉄人が独裁』ってのは。朽ちない者が政治すれば完璧ってことか?」

 

 口に出してぼやき、割とそうなのかもしれないとくだらないことを思いつつアインズはなんとなしにめくっていた辞書のような本をぱたりと閉じる。

 

「さて、と。それじゃやるか」

 

 立ち上がったアインズは山積みの本をアイテムボックスに放り込み、代わりに無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に登録したアイテムを床の上に並べていく。

 

 これらは全て、モモンとして帝国に足を運んだ時に商店街で購入したアイテムだ。王国とは毛色の違う帝国のマジックアイテムにも興味は少しあったが、アインズが出したこれらのアイテムはある共通点をもったマジックアイテムだった。

 

 アインズは手近に置いたマジックアイテムを取り、すみずみまでじっくり見落としがないようにそれを調べる。

 

「---やっぱり、これって扇風機だよな」

 

 そう言って戻したマジックアイテムはアインズが元いた世界---つまり「リアル」の時に見かけた高額な家電用品に酷似したものだった。

 

 平べったく接地面の多い土台、真っすぐ伸びたポールについた円柱状の物体、そこに規則的に配置された三つのプロペラのようなもの。材質や形は記憶の物とはだいぶ違って見えるが、知っている者はそれを一目見ただけで間違いなく「小型扇風機」と分かる代物だ。

 

 家電用品と銘打っておきながら、貧民層の足元を見た値段にあちこちから文句が殺到していた時のことを思い出す。鈴木悟が勤務していた会社は夏の間だけ扇風機を取り付けたりしていたが、ただ回転したプロペラが首を回しているだけなのに全身を包む清涼感は今でもよく覚えていた。

 

 汚染された空気をかき回して何が清涼感なんだか、と当時の自分への一人ツッコミを終わらせてアインズはこのマジックアイテム---仮に「ニセンプーキ」と名付けよう---を改めて観察する。

 

「コンセントは流石に見当たらないか。リモコンもない。スイッチがあるとは思うんだが」

 

 表から、裏から、上から、下から、横から、ちょっと一回転させてみて、アインズはあらゆる角度からニセンプーキの起動方法を探す。だがそれらしいつまみやひねりは見当たらない。

 

 散々捜索したアインズは、もしかしてとコホンと一つ咳払いする。

 

「---動け」

 

 その瞬間、何かが起動する音と共にニセンプーキのプロペラもどきが緩やかに回転を始めた。徐々に回転数を上げていくプロペラから、鈴木悟時代に感じたあの清涼感を伴う微弱な風が発生し、アインズのすかすかな身体を通り過ぎていく。

 

「うわあ懐かしいなあ。中身がないからか、あの時よりも風が気持ちいい」

 

 この世界の空気が清浄だからかもしれない、なんてことを同時に考えながらアインズは(しば)し身体をすり抜けていく風に身を任せる。

 

 回転数や風圧は、リアルの扇風機とは比べ物にならないくらい遅い。本来緻密な設計や電力で稼働させていたものを、魔法や別のアイテムで代用しているためだ。本物に比べごつごつしいポールの中に、これらを補っているマジックアイテムが詰め込まれているのだろう。出来に関して評をつけるとしたら、紛い物もいいところだ。

 

 だがアインズはそんなことなど全く気にならない。暑さを無効化しているとはいえ、ささやかながらも涼し気なこの風を浴びてはならないというわけではない。

 

「ワ レ ワ レ ハ ウ チュ ウ ジ ン」

 

 回るプロペラの前でアインズは口を開く。空気が揺れ動く中で声を出せば、音の波である声もそれにかき混ぜられて不気味な音に変わるという原理をアインズは知らない。が、知らなくても声が変わるというだけで小学時代の自分は無邪気にはしゃげていたものだ。

 

 宇宙人が本当に存在するかは天文学的上認められているんだったか、とアインズは永遠に開けることのなかった曇り空を想起する。この世界の夜空のような心にぐっと刺さる絶景は、本当にあの厚雲の上に広がっていたのだろうか。

 

 ひとしきりニセンプーキを堪能したアインズはそこでふと我に帰る。素早く周囲を目線だけで見渡したが、自分以外の気配を感じることはなかった。

 

「懐かしいと、まだ思えるものなんだな……」

 

 虚空へ消えていくその呟き。アインズはニセンプーキに静止の言葉をかけて停止させて床に戻す。そして、他に並べたマジックアイテムにそれぞれ目を通していく。

 

 どれもこれもが、アインズの中に残る鈴木悟の残滓に強く響く姿かたちをしたアイテムだった。冷蔵庫の模造品、ストーブの類似品、パラボラアンテナのような何か、はては懐中電灯そっくりの筒まである。

 

 帝国でこれらを捌いていた行商人にマジックアイテムの詳細を尋ねた際、これらのアイテムは全て「口だけの賢者」と呼ばれた牛頭人(ミノタウロス)がずっと昔に考案したマジックアイテムだと行商人は売り文句を添えていた。

 

 珍妙な異名について問うと、画期的な道具のアイデアは閃くのだが、どうしてそのような形になるのか、仕組みはどうなのか、自分では作れないのかと、閃くばかりで他は何もできなかったためについた罵名のようなものだ。戦士としては大陸を揺るがすほど一流と伝えられているが、それすら眉唾に近いと行商人は笑っていた。

 

 その話にアインズは同じように笑って返したが、内心では言葉で言いぬぐえない感情が飛び交っていた。表情が変わらないはずの髑髏顔はますます真顔になっていただろうし、汗腺があったならばあらゆる場所から流せる汗を分泌していただろう。

 

「やはりいるのか? 未だ形跡だけしか遺されていないところが不気味だが」

 

 自分と同じ世界からの来訪者。そしてこの世界で最も警戒すべき存在。デミウルゴスやアルベド達から上がってくる情報で片鱗のようなものは見え隠れしている。この「リアル」よりもたらされたマジックアイテムらもその一つだ。

 

 「リアル」という存在をNPC達は正確に把握していない。せいぜい、至高の御方々がお隠れになってしまわれた場所、という曖昧な認識だろう。故に、「リアル」を色濃く残すこれらのマジックアイテムをNPC達に直接見せることをアインズは躊躇った。

 

 知ってしまえば、話さなくてはならないから。皆が崇める創造主(なかま)達が、なぜこのナザリックをす---去ってしまっていったのかを。そしてその「リアル」にいた自分たちは何者だったのかを。全てを話さなくてはならない。

 

「そういう意味では、見たら発狂するっていう言葉も嘘ではないよな」

 

 まして、それが自分より遥かに頭の回るアルベドやデミウルゴスになど見せられるはずがない。どこで何を勘付くか全く読めない天才コンビだ。あとパンドラズ・アクターも、と一応付け加えておく。

 

 だから、これらのマジックアイテムの調査は「リアル」を最も知る自分一人でやるべきなのだ。

 

 では、そのような機密をこのような警備も防壁も薄い場所で行おうとしているのかというと---

 

「---今日、ずっと暇だしなあ」

 

 疲労も、食事も、睡眠も必要ないアンデッドの肉体だが、暇つぶしも必要ないというほど万能には作られていないらしい。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 場所が場所なので、大型道具は後日機密性の高い部屋で改めて調査をすることにしたアインズは、手ごろなサイズのマジックアイテムを三つ机の上に順に並べた。

 

 まず一つ手にしたものを、アインズは無造作に縦に開く。掌の中に収まるそれはぱかっとされるがままに開帳し、おおよそ百六十度くらいまで開ききった。

 

 中に収納されている「針」があることを確認し、アインズは開いたそれを閉じる。しっかりと音が鳴るのを聞き届けた後、執務机の引き出しから余っていた白紙を四枚ほど取り出し、端っこが揃うように合わせてきちんと揃えた。

 

 しっかり重なり合った白紙の角に、アインズは手に持ったそれを強く押し付ける。

 

「……書類を作成して上司に出していたあの時を思い出すな」

 

 想像通り、まとまっていた白紙には先ほどまでなかった銅色の小さな線が張り付いていた。本来そこにはスチール製の針が刺さっているもので、代用として使われている銅のせいか紙らしからぬ重みに違和感を覚える。

 

 紙束を裏返して同じところを見てみると、刺された針が些細な衝撃でも抜けないように真横に折れ曲がって「返し」になっていた。ただ、その返しが内側ではなく外側になっているところを見ると完全に技術を伝播できていたわけではなかったようだ。

 

 嫌な気持ちしか思い出せないアインズはそれ---命名「すてーぷらー」を机に戻す。全てが違う異世界にこのホッチキスの原理をここまで再現させることに成功したのは、ある意味素晴らしいものだと感心する。

 

 書類整理の時に度々(たびたび)世話になるだろうな、と先のことを思いつつ次のアイテムを手に持った。

 

 次のマジックアイテムは、半透明の容器に少し粘り気のある液体がゆっくりと波立っている。容器を軽く揺らしてみると、ゆったりとした動きで液体がさざ波立つ。

 

 容器の上半分は急に細まり、先端にはきめ細かい網が張られたノズルが装着されていた。ノズルのすぐ下にはレバーが取り付けられており、これを引くことで容器内の液体を噴射する構造になっている。

 

 試しにノズルを空中へ向けて噴射してみる。すると、容器内の組み上げ機関を介して霧状に変化した液体が、キラキラと星空のような輝きを放ちながら空中に拡散された。

 

「うわ、なんだこれ。ただの洗浄スプレーがどうして光るんだ」

 

 マジックアイテムを代用して変化させた影響か、それともこの液体自体にそういう特性があるのか。いずれにせよ、消えゆく花火のように光ながら四散していく洗浄スプレーにアインズは茫然とする。

 

 どうしてただの洗剤用具が謎の発光機能を伴ったのか、そもそも光る意味あるのか。そこはもうアインズの知る由ではないだろうし、考えるだけ無駄だ。

 

 いっそ飾りつけにでも使えそうな洗剤スプレー---命名「光り丸」---を戻し、アインズは最後の一つを両手で抱え込む。

 

 ケーキのホール一つ分ほどの形をしたそれは、アインズ知る元の道具よりも厚みが増していた。内部の構造をこの世界の科学技術では復元できるとは思えないので、おそらくそれを補完すべく多種のマジックアイテムが内蔵されているのだろうか。わざわざ開けてまで調べる必要はないが。

 

 重量のあるそれをアインズは床に置き、尖った顎をさすりながらしばらく観察してみる。探せどスイッチのような箇所は見当たらないため、ニセンプーキのように言葉をキーとして作動する仕組みらしい。

 

「動け」

 

 同時に、内部から様々な魔法が起動したことをアインズは察知する。それもこれも最下位の魔法ではあるが、それらが反発せずに各々の役割を果たしていることにアインズは少し興味をひいた。

 

 全ての準備が整い、床に置かれたそれは定められた目的に従い動き出す。

 

 

 ウイイイイイイイイイ

 

 

 奇妙な駆動音を鳴らしながら、床を牛歩の歩みで進む円盤上の物体。それだけでは何も分からないので、アインズはさっき綴じた紙束の角をちぎり、それの進行方向へぽいっと放り投げた。

 

 それが転がった紙束と触れた瞬間、紙束は瞬時に円盤状の中へと吸い込まれてしまう。

 

「なんていったっけな、これ。改良型が多すぎてコロコロ名前変わるんだよなこいつ」

 

 未だ三歩分ほどしか進んでいない円盤を見ながら、アインズはそれの元の道具の正式名称が何だったかを記憶の海から懸命にひねり出す。

 

「確か…前の型式では『ルンボ9T』だったっけ? いや、『ルンボSJ-52』か?」

 

 とにかく、これが元の世界でいう掃除道具だったことだけは覚えている。初期タイプから度重なる改良を加えてきたこのタイプは、まず部屋の形や区画を把握するためくまなく移動して回り、その時の移動距離や壁にぶつかった回数、果ては段差の幅や階段の段数を記憶して全自動で清掃してくれる便利な道具だった。

 

 このタイプが一般普及するまでは手動でホースのような吸引機を持ちながら掃除してまわっていたと、昔ギルドメンバーの誰かが言っていた気がする。さらにその前に遡ると---これ以上は余談か。

 

 とはいえ、ぶっちゃけ掃除に関しては一般メイド達が下手な清掃用ロボットよりも丹念に仕上げてくれるために必要としていない。というかむしろいらない。床一つに埃でも落ちていようものなら意気揚々と数人がかりで除去に向かうほどだ。

 

 自分の部屋にこれを放っておいて延々掃除させておいてもいいが、そうすると「自分たちの存在意義を奪わないでください」とNPC達が命乞い以上の懇願を大勢で迫ってくる未来が容易に見えるので却下する。

 

 「……暇なときにペット感覚で眺めるってのも悪くはないか」

 

 コツンと壁にぶつかって向きを変えるそれ---命名「ルンルンくん」---を眺めつつ、本来の用途で使えるビジョンが思い浮かばないアインズはそう思った。使う機会がくればの話だが。

 

 とりあえず手ごろなマジックアイテム三つを確かめたアインズは、さてこれからどうしようかと思案する。流石にこれ以上時間をかけると外に待機させた一般メイド達が不安がるし、そろそろ呼び戻して支配者ロールプレイを再開するべきだろうか。

 

 自分でも忘れかけていた「リアル」の記憶とこれらを照らし合わせて見物するのも、存外楽しめたし時間もつぶせる。中には過大解釈の結果危険なアイテムに変貌したものがある可能性もあるのでそこまで呑気していられないが。

 

「『口だけの賢者』という奴が何を思ってこれらを普及させようと思ったかは今となっては知る術もなしか。いや待て、確か牛頭人(ミノタウロス)なんだよな。亜人種ならばまだ寿命が尽きていないのか? どうだろうな」

 

 ひとまず外に出した一般メイド達を戻そうと、叡智溢れる支配者オーラを演出するためにひっこめていた本の山を執務机に展開させる。続いて「すてーぷらー」、「光り丸」を回収し、「ルンルンくん」も収納するために振り返って一歩踏み出した。

 

 途端、妙にすべすべしいものを踏んづけた感触が足元に伝わった。

 

「あっ」

 

 いつの間に移動していたのだろう。踏んづけたそれがひたすら己の仕事を果たしていた「ルンルンくん」だと気付いた時には、アインズの視界が急激に頭上へと切り替わっていく。

 

 とっさに何かに掴もうとして手を伸ばす。そして掴んだものがばさりとした紙束の感触だったことで、アインズはこれから起こる悲劇に消えた涙腺が潤みそうになった。

 

 

ドンガラガッシャアアアアン!!

 

 

「きゃああああああ! アインズ様が! アインズ様が!!」

 

「至急アルベド様にご連絡を! それまでの間、最大警戒態勢と共に我々でアインズ様を襲撃者から御守りする!」

 

「待て、違、落ち---」

 

 

 全ての誤解が解けた後、部屋の隅に何かの破片のようなものが残っていたような気がしたが、表情が前髪で隠れて見えない守護者統括が即座に回収していったのを見てアインズは全部忘れることにした。

 

 

 

 

 

 




なお原作では賢者さんの存在すら知ってるか怪しい模様。

もしかしたら他の現代道具バージョンでまた何話かあげるかもです。これとか面白そうじゃない!とかあれば遠慮なく教えてくださいな。


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