社畜に恋は難しい   作:小林 陽

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皆さんのおかげで少しずつこの物語も前に進んでいます。
こんな話を書けるのも皆さんのおかげです。この場を借りて最大級の感謝を。



◆ わらしべ長者

  風間隊オペレーター、三上歌歩はボーダーの食堂で少し少し遅めの昼食を食べていた。

  メニューは親子丼。歌歩の好物だ。

  それを口いっぱいに頬張り、舌鼓をうっていると横から声をかけられた。

 

「おっす、三上ちゃん」

 

  その声が聞こえた瞬間、歌歩の体はビクンと跳ね上がった。

  たぶんこれがこの人以外の誰かだったらこんなにも驚かなかっただろう。そう歌歩が密かに思いをよせる男。霧島柊ではなかったら。

 

「こっ、こんにちは、キリさん」

 

  歌歩は慌てて口の中の飲み込み、ごまかすために精一杯の笑顔を取り繕った。

 

「しかしあれだね、君は随分おいしそうにご飯を食べるね」

「……なにがですか?」

「いや、あんな口いっぱいに頬張ってたからさ」

 

  見られてたっ!

  歌歩はバッと手で顔を覆った。

 

「リスみたいでかわいかったけどね」

 

  一瞬なにを言われたのか分からなかった。そして数秒かけてやっと理解する。

  顔がリンゴのように真っ赤に染まり、机にがんと頭を打ち付けた。

  え?今私!?私が褒められたの!?それともリスが褒められたの!?

  明らかに冷静さを失っている歌歩の質問に答えるものは誰もいない。声に出していないのだから当たり前だが。

 

「おーい三上ちゃーん、だいじょーぶかー?」

 

  柊の声が耳元で聞こえてまたビクンと跳ね上がる。

 

「…………だいじょぶです…………」

「……?とてもそうには見えないけど」

「大丈夫です!大丈夫ったら大丈夫なんです!」

「お……おう、そうか……」

 

  歌歩に詰め寄られ完全に気圧されてしまったらしく柊はそんな曖昧な返事をした。

  話を逸らすならここだ。

  過去数度しか発動したことのなかったサイドエフェクト『女の勘』がそう言っている。

 

「そっ、そういえば!キリさん福引きに当たったって聞きましたけど!」

「うん、そうだよ。一泊二日の旅行券」

 

  だがしかし、逸らす方向を間違ったようだ。その剣先は歌歩の方へ向かっている。

 

「誰と行くか……決めたんですか?」

 

  自分がそれに誘われないことくらい分かっている。それでも聞いてしまうのはなぜだろう。

  どうせ傷つくことは分かっているのに。

  柊は首を傾げながら口を開いた。

 

「さぁ……たぶん好きな人と行くと思うよ」

「……そうですか」

 

  それはあまりに残酷な言葉だった。

『好きな人』

  そうぼかされたのは、柊には確実に好きな人がいて、しかもそれは自分でないということの証左だったから。

 

「キリさん……行かなくていいんですか?ほら、それ……渡しにいかないと」

「ん?あぁそうだね。じゃあ行ってくるわ」

「はい……がんばってくださいね」

 

  歌歩は無理矢理笑顔を浮かべた。そうしないと普通にしていられないから。

  食堂を後にする柊はちょうど入ってきた那須隊の攻撃手にして弟子の熊谷友子となにやら楽しげに話し始めた。

  やっぱりあの人なのだろうか。可能性としては十分ありえる。だって自分より熊谷の方が一緒にいる時間が長いのだから。

  それに柊はああいう方が好きなのだろうか……。

  歌歩は熊谷の胸と、自分の胸に視線を行き来させる。

  それに身長だって……。

  歌歩ははぁ……と深くため息をついて親子丼をつついた。

  そんな歌歩の元にまたも不意打ちで声をかけられた。

 

「どうした?三上」

「……風間さん……」

「あぁ、分かった。お前がそういう顔をする時はたいがい霧島のことだ。大方あの旅行の話だろう」

 

  ちょっとしたエスパーのように当てた風間に驚きつつ歌歩はため息混じりの返事をした。

 

「はい……どうやら熊谷せんぱいと行くみたいです」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「おっす、熊谷ちゃん。今日はひとり?」

「はい、今日はちょっと個人戦をしにきただけなので」

「そっか戦績は?」

「あんまりよくなかったです……。荒船さんに4対6でしたし……」

「いや、それでもスゴいよ荒船くんに4対6でしょ?師匠が知らない内に随分強くなっちゃって」

 

  柊はまるで自分のことのように笑いながらそう言ってくれた。

  こういう時この人の弟子でよかったと素直に思う。

  自分たちの活躍をまるで自分のことのように喜んでくれて、しかも忙しいにも関わらずランク戦は毎回チェックしてくれるというのだから、頭が下がる。

  だからかもしれない。

  少し甘えたくなった。

 

「柊さんこの後大丈夫ですか?今日やった個人戦の反省会したいんですけど」

 

  言った瞬間、後悔に襲われる。柊の笑顔が曇った。

  たぶん長く付き合った人では人ではなければ分からない変化だが、分かる人間には一目瞭然だ。そして奇しくもここにいる熊谷友子はそれが分かってしまう人間のひとりだった。

 

「うん……ゴメンね、俺今から今ちゃんのところ行かなきゃいけないんだ」

 

  しばし、驚きで言葉がでなかった。しかし頭だけは冷静に回っていた。

  いつもだったら『仕事でさ』との言葉が返ってくる。それなら断られても仕方がない。

  でも今回は違った。

  わざわざ『今ちゃんに』と明言したのだ。それも半ば口癖になりつつある『仕事で』の枕詞もつけずに。

  それはつまりそういうことなのだろう。

  先ほど荒船から聞いた柊が二泊三日で旅行に行くという話。

  きっと結花と行くのだろう。そのために会いにいったのだ。

  だったらせめて自分は笑って送り出そう。

 

「そうですか、残念。じゃあまた今度お願いしますね」

 

  でも、『残念』という言葉が出て来てしまったのはなぜだろう。

  自分の口から意図せず出たその言葉がどこまでも自分の本心を表していることに気がつくにはそう時間はいらなかった。

 

  柊さんは今せんぱいと行くのか……。

 

  頭の中で吐き出したその言葉は声にはならずに吐息となって空に消えた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  鈴鳴第一オペレーター今結花はランク戦が終わった後の作戦室で残務処理をしていた。

  そんな時、作戦室の扉が叩かれる。

  キリさんだ。

  モニターを見ずとも分かる。柊はなぜか扉をノックして訪問するのだ。

  結花はパネルを操作し扉を開けた。

  扉が開けば、そこにいるのはやはり柊だ。

 

「おっす、今ちゃん」

「こんにちは、柊さん。どうぞ掛けてください」

「うん、ありがと」

 

  結花は手で椅子を指し示した。柊はそこに座った。

 

「すいません、お茶もだせなくて」

 

  本拠地である鈴鳴支部でならすぐにでも出せるのだがいかんせんここにはあまりこないため物を置いてないのである。

 

「いいよ、いいよ。むしろ下手なもん置いたら太一くんに破壊されちゃうでしょ」

「あはは、そうですね」

 

  なまじリアリティがある辺り笑えない。結花はから笑いを浮かべた。

 

「それより、今日はどうしたんですか?」

「あぁ、そういえば、はいこれ」

 

  柊は手に持ったファイルから数枚の紙を取り出して結花に結花に渡した。

 

「……これは?」

「鈴鳴の書類。なんかの手違いで玉狛に来てたから届けにきましたよ」

「そうだったんですね、ありがとうございます」

 

  結花はそれを受け取り、机に置いた。

 

「そうだ、柊さん。これからなにか予定ありますか?」

「いや、ちょっと野暮用がね」

「そうですか……」

 

  残念だ。一緒にご飯でも。と誘うつもりだったのだが。

 

「あ、やべ。ゴメン今ちゃん、もう行くわ。」

 

  柊は時計を見て、忙しなく立ち上がった。

 

「あ、はい……」

「そんじゃ、また今度」

 

  そう言って作戦室を去る柊の背中に小さく手を振った。出来るだけ早く、また今度が来るといいな。

  そんなことを願いながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  少女は願った。

  早くまた、今度が来ればいいと。

  しかし、こんなものを見たいわけではなかった。

  こんな残酷な現実を突きつけられるかのような。

  食堂へ向かっている最中のことだ。廊下で柊が風間隊のオペレーター、三上歌歩になにかを渡していた。はっきりとは見えなかったが、横長の長方形の包み紙。

  でも、それだけで察してしまう。

  それを期待していなかったわけではないから。

  きっと柊は歌歩と行くのだろう。そうでなければ歌歩があんな笑顔を浮かべるわけがない。

  あんな幸せそうな笑顔。

  胸の中にすうっと寒々しい風が吹いた。

  この感情をなんと言うのだろう。

  淋しさか、喪失感か、あるいは――

 

 

 

 ***

 

 

 

『はぁ……』

 

  ガックリと肩をおとし、とぼとぼと歩く三人の少女。

  三人とも目に見えて落ち込んでいる。 そして悩みまで共通している。霧島柊だ。

  そんな三人が十字路でばったりと顔を合わせる。神様というやつがいるのならそいつは相当趣味が悪いらしい。

 

「ど、どうも」

「うん……こんばんは」

「……こんばんは」

 

  いくら冬だといえ、寒過ぎる。いつからボーダー本部はツンドラ気候になったのだろう。

  それも当たり前といえば当たり前だ。

  三人が三人とも会いたくない理由があったのだから。

  ピリピリとした雰囲気の中もうひとつの廊下から嬉しげな声が聞こえてきた。

 

「やった!ホントにありがとう霧島くん!」

 

  沢村の年甲斐もなくはしゃいだ声。あまりの珍しさに三人が耳を傾けた。

 

「二泊三日よ!?嬉しくないの!?」

「に……ぱ…」

「ついに念願が叶う!やった〜!」

「………すー」

 

  沢村のは大きくて聞こえるのに柊の声は小さくて聞き取れない。

  だが、沢村の言葉だけでなんとなく察してしまう。

  再びショックを受けそうになる少女一同だが頭にある疑問が浮かんだ。

 

「……あれ?」

「……うん?」

「……ん?」

 

  顔を見合わせる。

 

  少し情報をすり合わせようか。

 

  喋らずとも意思を伝えられた瞬間だった。

 

「みんな柊さんが旅行券当たったって話は聞いたのよね?」

 

  肯定。

 

「じゃあ、誰と行くかは聞いた?」

「聞いてないけどなんとなく……」

「あたしも……」

 

  うん?と再び三人の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「じゃあ、せーの、で指差してみようか」

 

  音頭を取ったのは熊谷だ。

 

「はい、せーのっ」

 

 

 

 

 

 

  ……………………?

 

  またも疑問符。

 

  歌歩は熊谷を、熊谷は結花を、結花は歌歩を。

  とんだ輪廻の輪が出来上がっていた。

  そんな三人に朗らかな声がかけられる。

 

「どうしたの、こんな道のド真ん中で」

 

  自分たちがこんなことになっているのに件の件の男はいつも通りである。

  それの怒りも含めて少女たちは叫んだ。

 

『キリさん!!』「柊さん!!」

 

『どういうことですか!!!!!』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  今現在俺が置かれている状況を整理しよう。

 

  福引きで旅行券が当たる。

  ↓

  沢村さんにあげるために探す。

  ↓

  食堂を探したけどいない。

  ↓

  熊谷ちゃんと喋る

  ↓

  ちょうどランク戦が終わったので今ちゃんに書類を渡す。

  ↓

  結局本部長室にいた沢村さんに旅行券を渡す。

  ↓

  沢村さんめっちゃ喜ぶ。

  ↓

  なんか有名な和菓子屋の商品券くれる。

  ↓

  死事部屋に戻る最中三上ちゃんと会う。

  ↓

  商品券あげる。

  ↓

  三上ちゃんが喜ぶ。

  ↓

  死事

  ↓

  マッカン買いに行こうとしたら沢村さんに会う。

  ↓

  忍田さんを誘えたらしくめっちゃテンション高い

  ↓

  めんどくさいので「にゃんぱすー」と答えていた。

  ↓

  ばったり三上ちゃん、熊谷ちゃん、今ちゃんと会う。

  ↓

  すごい勢いで詰め寄られる。←イマココ

 

  ……なるほど、分からん。

  なんだこれ、どうなってるの?

  俺が死事している間になにがあったの?

 

「だって、柊さん……今せんぱいと旅行に行くんじゃ……」

 

  歯切れ悪く言ったのはかわいい弟子のひとり熊谷ちゃんだ。

  しかしまだまだだな。

 

「熊谷ちゃん俺はね……二泊三日も休み……もらえないんだ……」

 

  三人が揃って目を見開く。

  その「あ!そういえば!」みたいな反応やめてくれませんかねぇ。ちょっと傷つくんですけど。

  てか女の子となんて行くわけないでしょ、恋人でもないんだから。行くとしたら、迅とかあの辺誘うわ。

 

「……ってことはキリさん」

 

  おずおずと伺うように聞いてきたのは三上ちゃんだ。

 

「ん?なに?」

「キリさんは旅行行かないんですか?」

「まぁそうなるね。残念ながら。」

 

  俺がそう言うと三人はほっと胸を撫で下ろした。

  なんだそれ、俺がいないと自分で死事しなきゃいけないから安心してるの?先輩泣いちゃうよ?

  涙がこぼれないように上を向いていると、ふとダースベーダーのテーマが鳴る。

 

「……はぁ、電話だから席外すね……はぁ……」

 

  俺がこんなに憂鬱なのも電話の相手が城戸さんからだからだ。

  どうせ忍田さんと沢村さんが休むことになったからお前が書類やれとかそういうことだぜ。

  はぁ……しんど……。

 

「はい、もしもし、しゃ……霧島です」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  取り残された十字路、少女たちの間には微妙な空気が流れていた。

  ちなみに沢村は見たことのないテンションのまま去っていってしまった。それもまたこの気まずさの一因なのだが。

  一番の要因はそれぞれがそれぞれ勘違いしていたことだ。

  恥ずかしさはいまだ留まることを知らず、三人の顔を朱に染め上げている。

 

「その……」

 

  その中でも一番顔が赤い三上が口を開こうとした瞬間結花の背後から「せんぱーい」と間延びした声が聞こえた。

  悪の化身別役太一だ。

 

「来馬せんぱいがもう帰るって言ってました!」

「……分かった」

 

  結花は呟いて熊谷と三上にペコリと頭を下げて、太一の後についていった。

  三人がいたことで成り立っていた均衡はひとりいなくなればすぐに崩れる。

  熊谷と三上もその波に乗って解散した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ……」

 

  俺はもう何度目か分からないため息をついた。なにがいいたいかって、死事が多い。

  こんなことなら沢村さんに渡さない方がよかったな……。でも、どうせ行く相手もいないしなぁ……。

  そういえば、さっき会ったあの子たちは何してたんだろうか。わざわざあんなところで話す内容……。

  たぶん俺が上げた商品券の話だろ。ほら三人とも和菓子好きだし。

  もらったものをまた誰かに上げるなんて申し訳ない気がするが、まぁ折角なら俺より喜んでくれる子が使った方がいいだろう。

  あの三人が仲良く和菓子でも買いに行ってくれればそれこそ僥倖だ。

  あぁ、いかんいかん。 手が止まっていた。

  今回は割りとシャレにならないレベルで死事が多いので今日も今日とて残業である。

  書類の束を切り崩しながら俺は切に願った。これだけやってやったんだ。

  頼むから沢村さん。

  幸せになってくれ。

 

 

 

 

 




アンケートをとったら休日をあげてくれ。っていうのが多かったんですが、残念。社畜に休みはないのさ。
まぁ近い内にやるので別の機会に回させていただいたいただけなのですが。
今回のテーマは『修羅場』です。
意見を下さったシミタカさまありがとうござます。
そんなわけで楽しんでいただけましたでしょうか。これからも応援よろしくお願いします。
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