社畜に恋は難しい   作:小林 陽

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14話 弱さ

 墓地というのは静櫃で神秘的な雰囲気に包まれている。それがこの冬場なら特に。

 俺は買ってきた鮮やかな青い花。リンドウを供えた。

 そして目を瞑り、手を合わせた。

 

「元気してたか?俺の方は相変わらずだよ」

 

  静かに語りかける。

  今はもういない俺のチームメイトに。

  俺が殺した恋人に。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 A級三位部隊を率いる風間蒼也はうどんを受け取って食堂をぐるりと見回した。

  生憎今は昼飯時、どこもかしこも満席だ。

  そんな時、食堂の隅にひとりで数十枚の紙幣を数えてはノートになにか書き込んでいる諏訪を見つけた。

 

「諏訪、相席いいか?」

「おう、いいぜ。でも汁飛ばすなよ」

「当たり前だ。それよりお前はなにをやっているんだ?」

「これか?賭けだ賭け。霧島がどこの部隊に入るかのな。雷蔵と組んで胴元やってんだよ。お前もどうだ?」

「今のところどこが有力なんだ?」

「一番人気は柿崎隊だな。次に影浦隊」

 

 確かにそのふたつの可能性は高い。

 柊なら親友である柿崎の頼みは断らないだろうし、今のところ霧島の力を一番活かせるのは影浦隊だ。太刀川隊なんてなかった。

 

「じゃあ人気がないのは?」

「那須隊だな」

「……やはりか」

 

  本人は決して認めようとしないが、柊は弟子である那須、熊谷、辻の三人を溺愛していると言ってもいい。

  どれだけ仕事が忙しくても彼らのランク戦はチェックするし、そこで活躍すれば柊の死事の速度は倍になるという噂もある。

  要は単純に弟子の成長や、活躍が好きなのである。

  それだけ聞けば那須隊や二宮隊が有力だろうが、霧島の指導方法は手取り足取り教えるタイプではなく、気づかせて成長を促す方針だ。

  しかも厄介なことにその方法は彼女らの敵になったほうがやりやすいのである。

  だとすれば柊は迷わずそちらを選ぶだろう。

  現に実力はA級に匹敵するだろう二宮隊ですら人気はない。

  霧島柊という男を知っていて那須隊や二宮隊に賭けるのはよっぽどのギャンブラーか馬鹿だ。

 

「諏訪、一口いくらだ」

「一口千円からだ。でも珍しいな、お前がこういうのに参加するなんて。」

「……む、万札しかないな」

「あ?じゃあしゃーねーな。ツケてやっても――」

「仕方ない。これで賭けるか」

「は?お前正気かよ!てかギャンブルとかするタイプじゃなかっただろうが!」

「目立ってるぞ、諏訪」

「誰のせいだと……!まぁいいわ。で、どこに賭けるんだよ」

「―――――だ」

 

  風間の発した言葉を諏訪は信じきれないようでポカーンと風間を見つめている。

 

「聞こえなかったのか?」

「逆だバカ!……お前本気で言ってんのか!?」

 

  諏訪の声は食堂中に響き、周囲の注目を集めた。

  その中でも風間は動じず静かに口を開いた。

 

「あぁ、俺は那須隊に賭ける」

 

  一拍。そしてざわめきが爆発した。

  風間は財布から一万円を抜き取り、諏訪の元へ置いた。そしてニヤリと笑ってこう言った。

 

「分の悪い賭けは嫌いじゃないんだ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  どれくらい手を合わせていたのだろう。

  立ち上がり、少し冷えた手をポケットに突っ込む。

 

  じゃあ、また近い内に来るわ。

 

  胸の中で小さく呟いた。

  本来ここにはあまりたくさん来るべきではないのだ。こいつにはゆっくり眠っていてほしいから。

  そう思っていても来てしまうのはきっと俺の弱さだ。

  ひとつ、嘲笑ともため息とも分からない息を吐き、背中を向けて、歩きだした。

  墓地の出口に寒いのかトレンチコートの襟をかきこむようにして立っている女の子がいた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「とりあえず、マフラーでも巻けば?」

 

 鈴鳴第一オペレーター今結花は柊が差し出したマフラーを見て、ピシリと固まった。

 

「いや!あの……大丈夫……です」

「……?いや、遠慮しなくていいよ?さっき寒そうにしてたじゃない」

 

 察しろ!恥ずかしいんです!

 

 心の中では威勢よく叫んでいるが現実は残酷である。

 現実では真っ赤になって俯く結花と不思議そうに結花を見ながら紺のマフラーを差し出す柊の姿。

 その柊がなにか名案でも思い付いたかのような顔をした。

 そしてニヤリと笑う。

 

「あれ?どうしたの?一緒に巻く?」

「……………………いいですよ。巻きましょう?マフラー」

 

 結花は精一杯胸を張ってできるだけなんともなさげに、余裕をたっぷりにそう言った。

 もちろん強がりである。

 こうやってからかうことが得意な柊でもこんな予想外なことをされればその憎たらしい笑顔もすぐに困り顔に変わるはずだ。

  そんなことを思いながら結花は柊を見上げた。

  そしてそれを見た瞬間この手が愚策だったと知る。

  結花の視線の先には小さな子どもでも見るような笑顔を浮かべた柊。

 

「よーし、分かった。そんじゃ巻いちゃおっか」

「いや、それは実は言葉の綾と言うかなんと言うか。というかそれはどうかと思いますし――」

「え?今ちゃんが言い出したんじゃない。今更逃げられてもなぁ……」

 

  なにこれ!いつからこんなに積極的になったんだ!バカ!

 

  またも罵倒するがその言葉は外には出ずに結花の内側で虚しく響く。

  というか、いつからそんなバカップルのようなことをする関係になったのだ。

  結花は必死に頭を巡らせるがどれも勝手に自分が勘違いした思い出しかない。

  だが今回ばかりは期待していいと思う。いや、期待したい。

  だが、確かに嬉しいが恥ずかしいこともまた確かである。

  結花はぎゅっと目を瞑ってその時を待った。

  しばし。そっとやさしく手を掴まれた。

  ドキリと心臓が跳ねた。

  動揺して手が開いているのか、握っているのか曖昧な形になる。

  まさか、こんなに柊が大胆だとは思わなくて。でもそれがどこかうれしくて。

  曖昧に握られた手にするりと肌触りのいい布がすべりこみ、握らされる。

  そして手首を握られ、首にぐるぐるとマフラーが巻かれた。

 

「はい、完成です」

「………………え?」

 

  なにかやりきった感を出している柊の顔を見て思わず間抜けな声が漏れる。

 

「……どういう……え?」

「そんな不思議そうな顔されても……。今ちゃんが一緒に巻こうって言ったからさ」

 

  たっぷりと数十秒間結花は考え込んだ。

  …………確かに言ってなかったな……。

  きっと柊にとっては結花がマフラーを巻けないから一緒に巻いてあげようか?ということだったのだろう。

  その結論に辿り着いた瞬間結花の顔はぼふっと急速に赤くなった。

  確かにこれは自分の勘違いだ。

  勘違いだが叫ばずにはいられなかった。

  柊の脇腹をつかみ、捻るようにつねった。

 

「このっ……ばか!!」

「いってぇぇぇ!!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「それで、なんの話?まさか俺の腹つねりにきただけじゃないでしょ?」

「それは……キリさんが……」

「ごめん、聞き取れなかった。もう一回いい?」

「もういいですよ」

 

  柊のマフラーに顔を埋めるようにして呟いたのでどうやら柊には聞こえなかったのかようだ。それがよかったのかはまだ知らない。

  それを考えるのが怖くて、結花は唐突に話を切り出した。

 

「キリさん……チームに入るんですよね」

「……まぁ、そうだろうね」

「ウチに来ることはできないんですか……?」

 

  結花の言ったひとことで柊の顔は少し歪む。

 

「ごめんね……城戸さんからは『本部で』って条件出されちゃったからさ」

「そうですか……」

 

  本当は知っていたのだ。つい先日来馬が直接誘ったことも、そして断られたことも。なのに聞いてしまった。そして柊にこんな顔をさせた。

  自分はなんて醜いのだろう。ただ、自分が諦めきりたいがためだけに柊を傷つけた。

  お日様の匂いがする柊のマフラーに顔を埋め、サイテー、と一言。

  それが聞こえていたのかは分からないが、柊はでもね、と呟いた。

 

「たぶん、頼み込めば鈴鳴に入ることもできると思うんだ」

「……え?」

「まぁ、その時には今ちゃんたちにも迷惑かけるんだろうけどね」

 

  言いながら柊は苦笑いした。きっと仕事のことを言っているのだろう。

  それくらいちゃんと受け入れられる。というか柊と仕事はセットである。ハッピーなセットについてくるおもちゃのようなものである。

 

「大丈夫ですよ。私たちだってそれくらい分かってますから」

 

  だから結花は胸を張ってそう言った。

  それを見て柊は弱々しく笑った。

 

「だからさ……俺は……どうすればいいと思う?」

 

  一瞬なにを聞かれているのか分からなかった。

  そんなことを柊が聞いてくると思わなくて、いや、思えなくて。

  結花が初めて見る柊の弱さだったから。それがどうしても信じられなかったから。

  それが自分にだけ聞こえた都合のいい幻聴なのではないかと柊の顔をじっと見つめるがどうやら現実らしい。柊の目が今までにないほど弱々しかった。

  結花は手を軽く握って自らの胸に押し当てた。

  今、自分の目の前にはほんの僅かなものが乗れば簡単に傾く天秤がある。

  そして結花の手に一本の藁が渡された。

  これを結花が鈴鳴のところに置いてしまえば柊は鈴鳴に来てくれる。

  そうすればもっと自分を見てもらえる。

  天秤に手が伸びる。

 

「キリさんは……」

 

  でも、そこに続く言葉を結花は紡げなかった。

  きっと、ふと香ったお日様の匂いのせい。

 

「……キリさん自身で決めるべきです」

 

  柊が弱さを見せる相手に自分を選んでくれたのは素直にうれしい。

  でも、私が好きになったのは柊だ。霧島柊が好きなんだ。

  こんな風誰かに道を決めてもらうのはただの甘えだ。霧島柊はそんなこと絶対にしない。いや、してほしくないのだ。

  それは結花が好きになった霧島柊の姿ではないから。

 

「例えキリさんと選んだ道が一緒だとしてもキリさんは

  私が選んだ道じゃ、きっと納得できないと思います」

 

  それがあなただ。

  私が好きなあなただ。

  だからどうか変わらないでいて。

  私があなたを好きで居続けるために変わらないでいて。

  そんな身勝手な理由で結花は握った藁を投げ捨てた。

  だから言葉を重ねない。

  どれだけあなたに勘違いされてもいい。私が分かっていればそれでいい。

 

「私はあなたに後悔してほしくないんです」

 

  柊はそれに答えなかった。でもそれでよかった。もう大丈夫だと分かったから。

  柊の目に柔らかな光が戻った。

  そしてゆるりと笑った。

 

「ごめん、今ちゃん。情けないとこ見せちゃったね」

「いいですよ、それくらい。でもこういう時はありがとう、ですよ」

 

  結花が冗談混じりに言うと柊はふっと笑って結花の頭に手を伸ばした。

 

「ありがと、今ちゃん」

 

  意外にも大きな手でやさしく撫でられた。

  顔が真っ赤にゆで上がり、胸がドキンと跳ねた。

  それを隠すように結花は三度マフラーに顔を埋めて顔の赤さをこのマフラーの温さのせいにした。

 

 




次回か、その次で迷子の社畜編(テキトー)は終わると思います。
ごゆるりとお待ち下さい。
あと、ふと気がついたのですが未だに彼のプロフィールを作ってませんでした。
この章が終われば書きますね。

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