社畜に恋は難しい   作:小林 陽

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霧島柊
企画部の人に頼んで「働いたら負け」「休みをください」「働きたくない」とプリントしてある服を作ってもらった。(全一色、全十五種)
なお、その服はヘビロテどころか毎日着ているという。
ちなみに左から入隊一年目、二年目、三年目である。
服にプリントされた言葉が段々と直接的なものになっているような気がするのは気にしてはいけない。
今年はどんな言葉が入るか賭けが行われているとかいないとか。





15話 世界で一番やさしいサイドエフェクト

 恒例の書類死事タイムですよっと。

 忍田さんが気を利かせてくれているとは言え、多いもんは多い。

 特にこの入隊者の書類の確認俺の死事かなぁ。

 よしんば隊員にやらせるとしても暇そうな太刀川さんとかいるじゃんか。

 心の中では愚痴を吐き続けているがそれとは別に手は勝手に動いている。

 基本、死事をやる時は俺の意識と体は切り離されて自律式死事マシーンと化す。

 なにそれすごい、酷い。

 今日も今日とてそんな風にやっていたのだが、ふと来客を知らせるチャイムが鳴った。

 俺は誰かも確認せずに「はーい」と返事をしてしまった。ドアが開いた時そこにいたのは、紙やらなにやらが飛び出している段ボール箱を抱えた熊谷ちゃんだった。

 それを見た瞬間扉を閉めてロックをかける。

 1拍置いてドンドンと扉を叩く音が木霊する。

 

「ちょっ、柊さん!?開けてください!」

「その手に抱えた段ボール箱を置いてきてから出直しなさい!!!」

「え?いやこれは……」

「言語道断!死事を持って師を訪ねるとはなんとも愚かな行為よ!」

「……仕事?違いますよ?これは資料ですよ」

「それをまとめる死事でしょ?知ってるんですよ!私は!」

 

 なんせ四年間も社畜なんですからねぇ!

 そう続けようとも思ったがさすがに鬱になりそうなのでやめておく。

 

「いいから開けてください!」

「嫌だ!今日の死事はこれだけなんだ!」

「だから仕事じゃないんですって!」

「……本当だね?」

「柊さんは自分が育てた弟子のことを信じられないんですか?」

「………………」

 

  それには答えず無言で扉を開ける。俺が自分の弟子を信じていないわけないだろう。

  だが往々にして、俺が信じていても相手に裏切られることがままあるのだ。それが意識していても、いなくても。

  扉が開くと同時にがっと熊谷ちゃんの足が差し込まれた。

  必死に閉じるボタンを連打するもどうやらトリオン体らしい。ピクリともしない。

  それどころか扉を手でつかんでガガガと無理矢理扉を開ける。

  アレー、これ手動でオープンするタイプじゃないダケドナー。

  てかホラー。マジホラー。

  今の俺の状況を整理してみる。

 

  デカい、強い、死事持ちとかいう最強の熊谷ちゃん。

  ↓

  それがゾンビが如く迫ってくる。

  ↓

  怖い

  ↓

  現実逃避の準備を始める。←イマココ

 

  これをホラーと呼ばずなんと呼ぶ。バイオなんかよりよっぽど怖い。

  熊谷ちゃん(トリオン体)に襟首をがっしり掴まれて、なすすべなく引きずられ、ポーイと緊急脱出用兼仮眠ベッドに投げ捨てられた。

 

「なんで閉めたんですか?」

「え、あの、いや、違くてですね……」

「そんなにあたしが嫌でしたか?」

「いえそんなことはなくてですね。(師匠)熊谷ちゃん(弟子)が大好きだということを今一度ちゃんと言っておくということと、嫌なのは死事ですということを明言しておきたいと思いますはい」

「…………」

 

  なぜだか知らないがいきなり俯いて押し黙ってしまう。なんでや、死事のせいですか?なるほど、分かります。私、すごく分かります。

 

「まぁ、いいや。それで、なんで君がこんな物騒なもの持ってきたのさ」

「……それはさっき、廊下を歩いていたら迅さんが『ちょーっとお願いがあるんだけど』って言ってきたので仕方なく」

「……野郎……熊谷ちゃんになんてもん運ばせてやがる……」

「ただの書類なんですけど……」

「それは死事ってついてないからなんでもないことみたいに聞こえるんだよ」

「柊さんは死事になんの恨みがあるんですか……」

「聞きたいかい?」

「遠慮しておきます」

 

  この即答である。

  なに?なんか未来とか見えてんの?ほとんどくい気味だったけど。

 

「……てか、これ結局誰の死事なんだ?」

「迅さん……ですかね……?」

「よし……殺るか」

「字が違う気がする……」

 

  ハハハ、なにを言っているんだ。どこも間違ってないぞ?俺の中では殺意100%だからな。

  そんなことを考えながら、俺は段ボール一杯の書類を見ないようにしながら部屋の隅に運んだ。

 

「あ、そうだ。熊谷ちゃんなんか温かいものでも飲む?って言ってもコーヒーくらいしかないんだけど」

「はい、いただきます」

「はいよー」

 

  熊谷ちゃんがそう答えたのを聞きながら俺は給湯室に入ってコーヒーを作り始めた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  遡ること数十分、熊谷友子はソロランク戦を終えて、ボーダーの廊下を歩いていると、背後からお尻をぺろんと触られた。

  こんなことをするのはひとりしかいない。

  熊谷は反射で振り向き、勢いそのままに拳を振り抜いた。

  赤く染めた頬をさすりながら迅は唸った。

 

「うーん、体重の乗ったいいパンチだ」

「…………」

「あ!一発で終わらないんだ!ちょっ!まっ!」

 

  もう一発殴って熊谷はふうと息をついた。

  こんなに思いっきり殴れるのも迅がトリオン体だからだ。さすがに生身だったら最初の一発で許している。

 

「それで、どうしたんですか?」

「それ……殴る前に聞いてくれないかな……」

「迅さんがセクハラするのが悪いんですよ」

「反省はしている。後悔はしていない」

「してください」

 

  熊谷にピシャリと言われ、迅は肩をすくめた。

 

「まぁ、そんなことより、今日は熊谷ちゃんに頼みがあるんだよねー」

「普通人に頼み事をするときにセクハラしますかね?」

 

  せめて、頼み事が終わってからにならないものか……。いや、それも困るか。

 

「そんな小さいことを気にしないで、この話はきっと熊谷ちゃんにとっても悪い話じゃないからさ」

 

  迅はそう言って怪しげな笑みを浮かべた。

  柊もそうだがこういう顔をするときは大抵ロクでもないことを考えているのだ。拒否しても無駄なことを嫌というほど知っている熊谷は諦めて

 

「はぁ……とりあえず話だけなら聞きますよ。あたしはなにをすればいいんですか?」

「簡単だよ、これを持っていってほしいんだ」

 

  迅が軽く持ち上げたのは先程から抱えてる段ボール箱。

  少しはみ出しているのは書類だろうか。

 

「仕事……ですか?」

「そ、だから頼むよ。急ぎの仕事なんだってさ」

「じゃあなおさらセクハラなんてしてないで行けばよかったじゃないですか……」

「いやぁ、ついね」

「ついじゃないですよ!つい、じゃ!」

 

  思わず大声を上げてしまうが迅はまったく堪えていないといったようにヘラヘラと笑う。

 

「じゃあ、セクハラしたお詫びにひとついいことを教えてあげよう」

 

  迅の顔が微かに真剣さを持った気がする。柊や嵐山など付き合いの長い人間しか分からないほど微かに。

  そして静かに口を開く。

 

「言えなかったことはさ、いくら遅くなってもちゃんと伝えるべきだよ」

 

  ばっと弾かれたように顔を上げた。

  この人は知っているのか。

  あの日、あたしが言えなかったことを。なにも言えなかったことを。

 

「なんか思い当たることがあるみたいだね」

 

  答えない。いや、正確には答えられない、言うべきか。

 

「……そっか、でも頼む。君にしかできないことなんだ」

 

  言いながら熊谷に段ボール箱を渡して、迅は手を振った。

 

「お願いねー」

「……はい、がんばります……」

 

  熊谷は小さくペコリと頭を下げて柊の仕事部屋へと歩を進める。

  未来の天秤を動かす藁をその手に握り、一歩一歩確実に。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  そして今に至る。

  熊谷は柊の入れてくれた自分好みに味付けされたコーヒーに息を吹き掛けながらチロリと柊の様子を伺う。

  先程熊谷が持ってきた段ボールを部屋の隅に押しやり満足げな顔をして体が心配になるほど甘いコーヒーを啜っていた。

 

「ん?どうしたの?俺の顔になにかついてる?」

「いえ!そんなことはないんですけど……!」

「じゃあどんなこと?」

「……それは……その……」

 

  マグカップから漂う湯気で顔を隠す。

  なにを話すかは決めている。だがそれがまだちゃんと整理出来ていないのだ。

  そんな熊谷を見てか、柊は話をスッとスライドさせた。

 

「あ、そうだ。さっきまでソロランク戦やってたんでしょ?結果はどうだったの?」

「あ……えと……ザキさんと10本やって6:4でした」

 

  違う。

 

「へぇ、カッキーに勝ったんだ。また強くなったんじゃない?」

「そうですかね?ちょっと分からないですけど……」

 

  あはは、と曖昧に笑う。

  違う。違う。違う。

  本当はそう叫びたいのに。こんなことを話したいわけじゃない。

  でも言葉はまだ整理出来てなくて、ようやく生まれた言葉もすぐにほどけて、口から出る前にホロホロと消えてなくなる。

  じゃあどうすればいい。あたしは――熊谷友子はどうやってあなたに言葉を届ければいい。

  そんなの決まってる。正直に、ただあなたにだけ届くように。

  熊谷は顔を上げて、柊をまっすぐに見つめて立ち上がった。

  静かに近づき、柊の手をぎゅっと握った。

 

「なっ!ダメだ!今君は――」

 

  生身だろ。柊はきっとそう言いたかったのだろうが、もはや遅かったらしい。

  熊谷が握っているのと逆の手で自らの頭を抑えた。

 

「やめろ……離せ……」

 

  聞いたことのないほどに冷たく、低い声。

  それでもやめない。

  これがあたしの伝えたいことだから。

  しばらくするとふっと柊は腕の力を抜いた。

  そして小さく呟いた。

 

「君は知ってるだろ……どういうつもりだ」

「……なにが視えましたか?」

「俺の質問に答えてくれないかな。どういう――」

「いいから!……お願いします」

「……君の目の前で倒れる那須ちゃん。それが救急車で運ばれた。君が病院についた時には那須ちゃんはコードをいっぱいつけて眠っていた。それがすごく怖かった……たぶんそんな感じ」

「……当たりです。流石ですね、柊さん」

 

  心からの言葉だったのに柊はハッと皮肉るように笑った。

 

「こんなこと正解してもなんの役にも立たないよ。精々気味悪がられるのが関の山だ」

 

  歪んだ笑顔を見ながら熊谷は改めて思った。

  柊は自らのサイドエフェクトを憎んでいるのだ。

  彼の能力は無遠慮に、人の心の一番痛いところに土足で踏み込む能力なのだ。

  それは最も霧島柊が嫌う行為であり、憎む行為なのだろう。

  でも、

 

「それは違いますよ、柊さん」

「……まったく、熊谷ちゃんはやさしいね。庇ってくれなくていいのに」

「庇うつもりなんてないですよ。だって柊さんの能力は誰よりもやさしいんですから」

「…………」

 

  柊冷たい仮面のような表情に変わり、押し黙った。

  初めて見る表情に僅かな動揺を感じながら熊谷は口を開いた。

 

「だって、そうでしょう?人の一番見たくない過去が見えるってことはそれを分かってあげられるってことじゃないですか」

「……分からないよ。そんなこと」

「それでもいいんですよ。柊さんは分かろうとしてくれるじゃないですか」

「それはやさしさじゃないよ。視てしまった罪滅ぼしに分かったつもりで接しているだけの最低の自己満足だ」

 

  吐き捨てるように言ったその顔は酷く苦しそうで、辛そうだった。

  自分がそれをさせているかと思うと胸が張り裂けそうだったが、今更退くことはできない。

 

「分かったつもりでもいいんだと思います……。きっと分かろうとすることがやさしさだから」

「…………」

 

  柊は押し黙ったまま、コーヒーを啜る。そしてカタンと音を立ててカップを置いた。もう湯気は立っていない。

 

「……もうこんな時間か。ごめん、熊谷ちゃん。そろそろ鬼怒田さんに書類出しに行かなきゃなんだ」

「あ……そうだったんですね……。じゃ!じゃああたし帰りますね!」

 

  熊谷は勢いよく立ち上がり、小さく頭を下げて部屋を出た。

  もういい加減分かる。

  柊がなにかを隠す時に浮かべる笑みも、自分がやってしまったことが取り返しのつかないものだということも。

  柊は言っていた。

  自分は分かったつもりになっただけの最低の人間だ、と。

  もしかしてあれは熊谷に向けられた言葉でもあったのではないか。

  だとすれば、だ。一体、最低なのはどこの誰だったのか。

  熊谷は窓ガラスに映った自分自身の姿を殴り付けた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  熊谷ちゃんが部屋を出ていった数分後、入れ替わるようにして入ってきたのは俺の元チームメイト、迅悠一だった。

 

「おーっす、どうした柊。浮かない顔して」

「さてな、どうしてだと思う?」

「なるほど〜、トリガー起動してにじりよって来るくらいにはおれのせいか〜。っいったい!!!」

「とりあえずはコレで勘弁してやる」

 

  思いっきり頭をひっぱたき、俺はソファーにどかっと腰かける。

 

「それで、なにしに来た?」

「ん〜?決まってるでしょ。親友のお手伝い」

「それが迷惑だってことにさっさと気づいたほうがいいぞ」

 

  俺の皮肉を聞く素振りもなく迅は俺の机へと歩み寄り、倒されていた写真立てを立てた。

  そこに写っているのは小さな少女に飛び付かれ半ばおんぶのような体制になっている黒髪の少年。その左右にはそれを見て、オロオロと慌てている幼げな少女と楽しげに笑っている茶色がかった黒髪の少年がいる。

  胸元には夏だというのに柊の花が咲いている。

  それを懐かしげに眺める迅にポツリと呟く。

 

「……あの子がさ、言ったんだよ……」

 

  迅はなにも言わずに俺の言葉を待ってくれている。この辺はやはり間合いを分かっている。

 

「『柊さんの能力は誰よりもやさしいんですから』ってさ」

「……誰かさんみたいだね」

「だろ、あんまりにもそっくりだからビックリしたよ」

 

  でも、俺は最低だ。

  その言葉が熊谷ちゃんから出たことに驚いて、怖くて受け入れられなくて、遠ざけた。

  知らず、握った拳に力が入る。

  それを見て迅はニヒルに笑った。

 

「くだらないね、ばーっかじゃない?」

「…………」

 

  思わず、迅をまじまじと見てしまう。その間も迅はその気持ちの悪い笑顔を崩さない。

  ダメだ。

  そう思った時には遅かった。

  俺のなにかが切れる音がした。

 

「……ハハッ、ハハハハハ!!!」

 

  静櫃な部屋に俺の笑い声が響く。

 

「はー、あー、ダメだ。お腹痛い」

「笑いすぎだろ……」

「いやー、悪い、悪い。そうだよな」

 

  だいぶ痛くなった腹をさすりながら俺は迅を見た。

 

「ありがとな、迅」

「いやいや、気にしなくていいよ。だって……うん、これはいいかな」

「なんだ?気になるだろ。言えよ。」

「やだよ、言ったら怒るだろ」

「言ったら怒るようなことしてるわけだし、これギルティだろ」

「いやいや、推定無罪って知ってる?」

「なにそれ食えんの?」

「うわ、目がマジだ!?」

 

  大袈裟なほどに驚き、するするっと軽やかに俺の横を抜けた迅は扉を開けた。

  そして背中を向けたまま小さく、一言。

 

「決めたんだな……」

 

  まぁな。そう返そうとしたのに迅は俺の答えも聞くことなく、去っていった。

 

「まぁ、お前のお陰でもあるんだけどな」

 

  もう届かないことを知っていても、言葉は自然と口から溢れた。

  俺は深いため息をつき、迅がわざわざ立てて帰った写真立てを眺めた。

 

  決めたよ、楓、咲良。俺は――

 

 

 

 

 







ノゲノラの作者は素直にすごいと思います。文才ある上、自分で絵書いちゃうんですからね。
いやぁ……すごい。
一体いくら稼いでんだろゲフンゲフン。
なにが言いたいかって言うと、絵を描く才能が欲しかった。ふと思っただけです。すいません。

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