社畜に恋は難しい   作:小林 陽

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16話 斯くして未来はゆっくりと前進を始めた

  翌日、俺はとある部隊の作戦室へと向かっていた。

  全員揃っていてくれると嬉しいのだが、いかんせんああいうチームだ。揃うときなんてちゃんと用がある時しかないだろう。

  彼らの作戦室は俺の死事部屋からそう離れていない。歩いて五分もすれば着く。

  俺は彼ら――B級二位影浦隊の作戦室のチャイムを鳴らした。

 

 

 

 ***

 

 

 

  そのニュースは光が如く、ボーダーに駆け巡った。

  そのニュースとは、

 

『霧島柊が影浦隊に所属すると決めた』

 

  ということだ。

  いや、正確には影浦隊の作戦室に入る柊をとあるA級隊員Mが、同い年のKと歩いていたところ、発見したという。

  前者だけが騒いでいるならともかく、後者も目撃したのだからこれはそう捉えてしまっていいだろう。

  それを食堂で聞いていた那須隊狙撃手、日浦茜は弾かれたように走り出した。

 

「大変、大変、大変」

 

  うわ言のように呟きながら向かったのは自らの隊の作戦室。

 

「大変です〜!!!」

 

  ラグビーのトライでも決めるかのように飛び込んできた茜を見て、熊谷は目を剥いた。

 

「うわっ!なに!?どうしたの!?」

「そ……それが……柊さんが……」

 

  柊の名前を聞いて熊谷の顔が僅かに強張る。

  昨日のことは鮮明に頭に焼き付いている。

  そんな熊谷の様子に茜が気付くはずもなく、声を上げた。

 

「柊さんが……影浦隊に入るって!!!」

 

  不思議と驚きはなかった。

  だってそうだろう。

  そもそも、可能性の低いことだった。

  影浦隊の方が彼を活かせる。

  あたしが、彼を傷つけた。

  でも、どうしてだろう。

 

「……先輩?」

 

  こんなに悔しいのは、悲しいのは、寂しいのは、どうしてだろう。

 

「え!?先輩!?」

 

  はらりと一粒、涙が零れ落ちる。

  ダメだと思った。

  これが壊れたらもう止められないと思った。

  俯き、枯れてしまえと思いながら手を強く握る。

  ふと、その手を温かいなにかに包まれる。顔を上げればそこには熊谷の親友、那須玲が慈母のような笑顔を浮かべていた。

 

「……玲……ごめん……ごめん」

「大丈夫だよ……大丈夫、大丈夫」

 

  柔らかな声と共に熊谷の背中を撫でる那須の手にすがりつく。

  壊れたようにごめんと言い続ける熊谷を茜も驚いたように見ている。自分の尊敬していた先輩がまさかこうも泣き崩れてしまうとが思っていなかったのだろう。

  茜はその信じがたい光景を眺めながら立ち尽くしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

  風の噂を耳にして三上歌歩はぽけーっと呆けた顔をしながら歩いていた。

  理由はひとつ。

  霧島柊の所属する部隊の件だ。

  風の噂で聞いたがどうやら影浦隊に所属するらしい。

  それは少し、意外だったとも言える。

  柊のことだ。きっと親友である柿崎の頼みは断らないと思っていた。

  それに彼の大好きな弟子である那須や、熊谷、辻などに説得されればあっさりとそちらに転がりそうなものと思っていた。

  それなのに、歌歩が無意識に選択肢から除外していた影浦隊に入った。

  歌歩の所属する隊の隊長、風間も予想を外した。

  実は諏訪が行っていた賭けのオッズでは影浦隊が二番手だったのだが沢村本部長補佐を筆頭とする『みかみかの笑顔守り隊』の働きによりそれの存在すら知らなかった歌歩には知る由もない。

  そんなことも知らずぽぼんやり歩いていた歌歩は前方に件の男を発見した。

  深い青色のコートの下に『働いたら負け』と大きくプリントされたTシャツを着こんだ長身の男。

  紛れもなく、霧島柊である。

  とててっと小動物のように柊に近づき、コートの端を引っ張って柊を引き留める。

 

「お、三上ちゃん。おはよ、今日も早いね」

「おはようございます。キリさん」

 

  いつもと変わらない笑顔を浮かべてそう言う柊。

  でも、もうきっと違うのだ。

  彼はB級二位影浦隊所属の霧島柊になるのだ。そうなれば今までのように気軽に、柊のもとを訪ねることはできなくなる。

  それはなんだか少し寂しくて、寒い。

  だからかもしれない。こんなに未練がましい言葉が漏れたのは。

 

「もう……決めたんですか?」

「あぁ、チームのことね。うん、決めたよ」

 

  清々しげに言う柊を見て、歌歩の心に棘。

  隣にいるのに柊が遠い。

 

「楽しくやれそうですか?」

「うーん、まだ分かんないけどね。でもまぁ楽しそうなところではあるよ」

「そうなんですか……」

 

  なんだか、嫌だな。

  そうは言えなかった。本来なら祝福すべきところだったから。四年ぶりに彼がチームを組むことを決心できたことを本当は喜ぶべきことなのだ。

  なのに――なのに、どうしてこんなにも――

  その歪んだ考えを振り払うようにして歌歩は口を開いた。

 

「き、キリさんは今からなにしに行くんですか?」

「俺は今から那須隊の作戦室に行くつもりだよ。でもどうしてそんなこと?」

「あぁ、いえ!なんとなく気になって……」

 

  柊は興味があるのかないのか「ふーん」と、言ったきりだった。

  普通なら分かっただろう。これがもう終わり。のサインだと。

  しかし今日は普通ではなかったのだ。

  こんなことを聞いてしまったことを歌歩はすぐに後悔する。

 

「どうして那須隊ののところに?」

「……そりゃまぁ、話があるからだけど」

 

  歌歩は一瞬考える素振りを見せたが、すぐにポンと手を打った。分かったのだから、言わなくてもよかったろうに、口が滑った。

 

「那須先輩たちに謝りにいくんですね?」

 

  そんなことがなければこんなこと聞かなくてもよかったのに。

  柊は不思議そうに首を傾げた。

 

「……いや、なんで?」

「…………え?行かないんですか?」

「だからなんで俺が謝らなくちゃいけないのさ。向こうが誘って来たのに」

 

  理解することができなかった。それはあまりにも柊らしくなくて。

  感情も理屈も置き去りにして、拒絶が走り出した。

  けれど残酷にも歌歩の頭は正常に回り、ゆっくり言葉を咀嚼していく。

  少し時間を置いて、ストンと歌歩の頭にひとつの理屈が組上がった。

  それはつまり、自分は悪くない。ということか。

  ゾワリと背中が粟立つ。恐怖ではない。怒りだ。

  柊は今こう言いたいわけだ。

  那須隊に用があるけど、「誘ってくれたのにごめんね」と、その一言さえも、言わないつもりらしい。

  だって、それは向こうが誘ってきたから、自分が入れてくれと頼んだわけではないから。

  先程、この感情を怒りと呼んだが、訂正する。失望も追加だ。

  そうか、これが私の好きになった人か。

  ――私が大好きだった。そう、だった。今はもう違う。

  歌歩はきっと今だかつて誰にも見せたことのないほど鋭い目付きで柊を睨み付け、胸に渦巻く感情と共に言葉を吐いた。

 

「…………テーです……」

「ん?なにどした?」

 

  今はそう聞いてくる姿さえ、腹立たしい。

  感情が――爆発した。

 

「最低です……あなたは……最低です!!!」

 

  柊にありったけをぶつけて、歌歩は柊の脇を走り抜ける。

  横を抜けた時に柊に肩がぶつかったせいなのか、酷く胸が痛かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

  なんかいきなり三上ちゃんに『サイテーです!』と罵倒された挙げ句、軽いタックルまでくれて全力疾走で逃げられた。

  俺がなにをしたって言うんですか。

  泣きそう。先輩ちょっと泣きそうだよ三上ちゃん。

  三上ちゃんには悪いけど今の優先順位はこちらだ。

  ……だが、なにもしないというのも憚られる。風間さんに気を遣ってもらうようにメールを打っておく。

  ……これで、よし。ケータイをポケットに突っ込み、那須隊の作戦室の扉を叩く。

  しかし、返事が一向に返ってこない。もう一度インターホンを押す。

  なおも返事はない。

  いないわけではないんだと思うんだよな。なんか聞こえるし。

  …………もしかして避けられてる?

  なにそれ、今日厄日?辛すぎるんだけど。

  自然と肩はガックリと下がり、口からはため息が転げ出る。

  また今度にしようかな……。

  クルリと踵を返し、一歩踏み出した瞬間ゴーっと音を立てて扉が開く。

  振り向けば暖かそうなヒートテックに薄い青色のカーディガンを羽織った那須ちゃん。珍しく生身である。

  おっす。と手を上げた俺に那須ちゃんはにっこりと笑いかけながらトリオン体に換装した。

  そして俺が口を開く前に後ろ襟を掴んでずるずると引きずって作戦室に運ぶ。

  なんか、最近こういう扱い多い気がする。

  抵抗しても無駄だと知っている俺はなんの抵抗もなく、されるがままになっていた。

  そしてぽーいと投げ捨てられた。若干飛びかけていた意識を手繰り寄せ、目を開けるとそこには熊谷ちゃんちゃんに抱きつき、「どぅわああああ〜!!!」と個性的というにはあまりにも特殊な泣きかたをする茜ちゃんと、俺のことをポカーンと間の抜けた顔で眺める熊谷ちゃん。よく見れば目元が赤い。

 

「……どうかしたの……?」

 

  俺の声に反応して茜ちゃんが振り向いた。

  そして目を見開き、なにやらプルプルと震えた震えた指を俺に向けた。

 

「な……な……な……なんでぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  人間アンプリファイアーかと間違うほどの茜ちゃんのシャウトを間近で聞き、俺の耳はほとんど使い物にならなかったが、那須ちゃんに目と仕草で、ここに座れと言われたことは分かった。

  でも、せめて下になにか敷いてくれませんかね。下フローリングで正座すると非常に痛いのですけれど。

  そんな思いのこもった目線を向けても返ってくるのは沈黙だけ。へへっ、辛いぜ。

  そんな俺を気遣ってくれたのか、椅子に座っていた那須ちゃんが口火を切った。

 

「それで、柊さんはなんのために来たんですか?」

「そりゃあまぁ……那須隊に入れてもらうために……」

 

  パキーンとどこぞのイマジンブレイカーさんのようなな音が聞こえてきそうなほど見事に空気が固まる。

  あれ?もしかして俺歓迎されてない?誘われてたと思ってたのは俺の勘違いですか?なにそれ死にたい。

  そんな言葉を込めて那須ちゃんを見れば彼女も動揺しているようで震える声で聞き返してきた。

 

「え……柊さんって……影浦隊に入るんじゃ……」

「いんや、そんなことないよ。ってか誰がそんなこと言ってたの?」

 

  聞き返せば那須ちゃんと熊谷ちゃんの視線はすうっと茜ちゃんの方に向かった。

  なるほど、犯人は君か。

 

「えぇ!?わたしですか!?」

「君が伝えたんでしょ?」

「みんなが噂してたんですよ!柊さんが真剣な顔で影浦隊の作戦室に入っていったって!」

「いや、それはちょっと報告書作成の量を減らしてくれって頼みにいっただけだから」

 

  まぁ、無理だったけど。

  ヒカリちゃんに書類やらせようなんて俺には無理ですわ。てかゾエくん。君はおもむろに席を外すんじゃないよ。

  カゲくんとヒカリちゃんができないんだから後は君しかいないだろ!ユズルくんはまだ子どもだからいいのだ。子どもは死事のことなんて考えずにのびのびと遊びなさい。

  で、なんの話だっけ。とこちらの子どもは口をポカーンと開けて呟いた。

 

「え……?それだけ?」

「え……?それだけじゃダメ?」

 

  この場にいる全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

  なんか意識のすれ違いが起きているような気がする。

 

「このままじゃ埒があかないからちゃんと言うね。那須ちゃん、熊谷ちゃん、茜ちゃん。俺を那須隊に入れてください」

「え!?そんな土下座なんて!頭を上げてください!」

 

  那須ちゃんが慌てて、俺の顔を上げさせようとグイグイと肩を引っ張る。しかし、俺の意思は固く、那須ちゃんのようにか弱い女の子が引っ張ったくらいではまったく揺るがない。ごめん、意思が固いとか嘘。ただおろおろする那須ちゃんが面白かっただけ。

  だが、楽しんでいたのも束の間、体がひょいと持ち上げられる。

 

「顔をあげてください」

「う……うぃっす」

 

  俺の弟子が怖すぎる件。君、俺のことこうやって持つの気に入ってるの?

  そんなくだらないことを口にする前に俺の目の前にいた那須ちゃんが手を差しのべる。

  そこにあるのは柔い笑顔。

 

「私は――いえ、私たちは柊さんを歓迎します」

 

  それに俺も笑い返して、手を取った。

  その手はいや、この部屋の中は酷くやさしくて、温い、太陽みたいな匂いがした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  こんな顔は見せたくなかった。こんな涙で濡れてぐちゃぐちゃの顔は柊に見せたくなかった。

  だから、わざわざトリオン体に換装してまで隠したのにどうして、まだ涙が溢れるんだ。

  これじゃ、また同じ事の繰り返しじゃないか。

  ごしごしと目を拭うも、溢れだす。

  どうすれば――どうすれば止まる。

  再び、腕で目を拭おうとした時そっとその手を大きな手で掴まれる。

  そして無言で頭を撫でられる。

  それが無性に恥ずかしくて、安心して、熊谷は柊の胸にすがりついた。

  そうすると余計に、涙が零れることに気がついた。

  でも、もうよかった。

  その涙はさっきと違ってすごく暖かかったから。

  柊の胸も、手も、すごく、温かったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  失敗した。返す返すも失敗した。

  その日の夜、三上歌歩は自らの枕を全身で抱き抱えながら、身悶えしていた。

  今日の防衛任務が終わった後、廊下を歩いていた歌歩の耳に届いたのは柊が那須隊に入ったということ。

  最初はもちろん嘘だと思った。

  だが、徹底的に問い詰めたところ、本当らしい。事実忍田本部長にチームの加入願いも提出しにいったらしい。

  つまりはそう。

  歌歩の勘違いだったのである。

  だというのに、歌歩は思いっきり、全力で、全身全霊で罵倒したのにまさか勘違いだったなんて。

  明日からどんな顔をして柊に会えばいいというのだ。

  そんなことを考えながら枕に顔を埋めて足をバタバタと上下させた。そして小さく唸る。

 

「うぅぅぅぅ〜……キリさんのばかぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




社畜のチーム探し編終了。
いやぁ、ここまで長かった気がします。でも時間にすると2ヶ月くらいしか経ってない不思議。
今回は連続投稿で自己紹介も作りました。そちらの方も読んでくだされば幸いです。
ご意見、感想、評価、お待ちしてます。
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