1月5日。高校生や中学生などは冬休みでウハウハな一方。世間一般では死事始めという地獄を味わっているのではないだろうか。
その日はボーダーにおいて少しだけ特別な意味合いを持つ日である。
そう、入隊式が執り行われるのだ。
前途ある若者たちが各々の光輝く夢を持って入隊していく姿は非常に美しい。
しかし、そんな裏では汚い大人たちの必死の死事があることを忘れてはいけない。
***
新入隊員のデータ入力に入隊式当日の動線配備や進行。開発室と協力して隊員に配られる訓練用トリガーの設定。それに加えて通常業務。それがA級5位嵐山隊に課せられる死事である。
しかしいくら彼らの本分は学生であり日中は学校に行くしただでさえ忙しいのが嵐山隊という部隊である。
では、誰がヘルプに入るのかと言えばもうお分かりだろう。
そう、私である。
もうヘルプとかそんなレベルでなくメインを張っている私である。
なんならトリガーの設定とか全部俺がやってる。おいこれ開発室の死事じゃねぇのかよ。俺も頼みごとしたからしょうがないっちゃしょうがないんだけど等価交換って知ってる?
まぁ言っても書類に書いてあるトリガーを組み込むってだけの簡単な作業だから俺に回したんだろうけどさ。でもね鬼怒田さん、この書類穴だらけなんだ。
嵐山隊でこんなガバガバな書類書くのなんてひとりしかいねぇよちくしょう。
トリガーの設定も一段落したところで椅子にもたれ掛かり伸びをする。
時計をチラリと見れば午後5時。よーっし、定時で帰ろっかな。人生の内で一度は言ってみたいセリフを心の中で呟きながら俺は佐鳥くんのガバガバ書類を直していく。
そもそも打ち込む前のデータが今手元にあるってどういうことだよ。完全にやらせる気だったじゃねえかよ。
頭の中で文句を垂れ流しながらも手はカタカタとキーボードを叩いている。俺ぐらいの社畜になると別のこと考えながら書類とか打てちゃうから。嫌な進化である。
それにしてもあれだ。前日になってもトリガーの設定が出来てないってどうなんだよ。いやまぁテニサー撲滅委員会の作戦会議で三門市内全域の立体図作ってトリオン核爆弾で全滅させるシュミレーションとか作ってた俺らが悪いんだけどさ。
でもため息は出ちゃう。だって休みたいんだもの。
深いため息を吐きながら俺はひとりキーボードと夜を越した。
***
「遊真たち目立ってるかなぁ」
「目立つだろうなぁ。むしろあの子たちが目立たなかったらそれはそれで問題だろ」
「あー、確かに」
本人には預かり知らないところではあったのだが入隊前から鮮烈な印象を残し、なおかつ一発目に小南から一本取る空閑くんにバカみたいなトリオンを誇る千佳ちゃん。この玉狛が誇る二大巨塔が霞むとかそれどんな化け物? 本部粉砕するくらいしないと無理じゃね?
………………あれ、これヤバくね?
「なぁ、千佳ちゃんってさ狙撃手だよな」
「そうだな」
「狙撃手の訓練ってさ一通り触るじゃん」
「そうだな」
「あの子がアイビス使ったらどうなるわけ?」
「…………ダイジョブだよ」
「おい待てなんで目逸らした」
「いやいやいや、大丈夫大丈夫。鬼怒田さんなら許してくれるって」
「鬼怒田さんだからダメなんだろうが!」
だってあの鬼怒田さんだぞ。開発室職員じゃない俺によく自分の死事を押し付けてくる鬼怒田さんだぞ。許してくれるはずがないだろ!
そう思っていたが迅の一言により俺はあっさりと意見を変えることになってしまった。
「でも千佳ちゃん鬼怒田さんの娘そっくりじゃん」
「あぁ……確かに」
鬼怒田さんには超がつくほどに溺愛している娘がいる。正確にはいた。という方が正しいだろうか。今は奥さんと別れたため中々会えないため普段娘に注ぐエネルギーをどこに向けているかというと死事とその娘さんと同い年くらいのボーダー隊員たちを可愛がることである。
確か最近だと茜ちゃんがお気に入りなのだが鬼怒田さんが茜ちゃんの頭を撫でたりしていると完全にそれ系の犯罪者にしか見えない。お兄さん的にそれはちょっと見過ごせないのでさりげなく引き離したりしたら俺のデスクに山盛りの書類が積み上げられていた。あのクソタヌキめ……。
おっと話が逸れた。とにかく鬼怒田さんは幼女が好きな変態なので千佳ちゃんは絶対に責められないだろう。
「後は……まぁ空閑くんなら大丈夫か。強いし」
「そうだな遊真は、な」
「なんだよその思わせ振りな言い方。なんか見えてるわけ?」
俺が聞くと迅はニヤリと笑みを深めた。
「なにも目立つのは遊真たちだけじゃないってことさ」
その言葉を聞きながら俺は大きくため息を吐いた。
こいつがこういう顔してるときって大抵ロクでもないこと考えてるときなんだよ。
***
「ただいまー」
言いながら愛するマイホームの扉を開ける。そこではすでに夕食が始まっていた。
「あ、シュウさんだ」
「おっす遊真くん、それに雨取ちゃんとメガネくんも」
「こんばんは」
雨取ちゃんはちょうど口にカレーを入れていたところらしく口をリスみたいに膨れさせてペコリと頷いた。
なんだこの小動物かわいいんだけど。俺の汚い心が浄化されていくのを感じる。
というのに日本人ばなれした巨漢が俺の目の前に現れた。
「帰ってきたんならさっさと手を洗ってこい」
「はーい、すいません」
言いながらテキトーに手を洗い、キッチンへ向かう。
するとそこではレイジさんがコトコトとカレーを煮込んでいた。
相変わらずエプロン姿がゲイバーの店員にしか見えない件。
しかし、これをホントに言うと全力の拳骨を落とされるのでやめておく。
知ってるか? 漫画とかに出てくるたんこぶってデフォルメじゃないんだぜ。
ガチの人間から放たれるガチの拳骨は頭皮が腫れて浮くんだよ。
あぁ、思い出したらなんだか痛みが……。
さりげなく頭をさすっていると目の前までレイジさんの岩のような手が迫っていた。
思わずビクッと体を仰け反ってかわすとレイジさんが怪訝そうな顔をしていた。
「あぁ、すいません。ちょっとボーッとしてて」
「熱でもあるんじゃないか? こっちはいいから座って待ってろ」
「ありがとうございます」
でもねレイジさん。たぶん熱じゃなくて死事のしすぎだと思うな。これどこに行けば処方箋だしてくれんの?
そんなことを考えながら迅の隣に座る。
好き好んで野郎の隣なんかに座りたくはないのだが、雨取ちゃんの隣は宇佐美ちゃんが座っていた。
残念ながらただでさえ女っけが少ないのにその内一人は県外にいるので更に少なくなっている。
「あれ、そういや小南は? 防衛任務?」
「さぁ、たぶん違うと思うよ。なんか小綺麗にして出ていったから」
「あぁ、なるほど。それお嬢様モードだろ」
「そういえば確かに見たことない服だったな」
「友だちにでも会いに行くんじゃねぇか?」
まぁ、わざわざ隠してまで会いに行くのを友だちというのかは知らないけど。
そんなことを話しているとコトリと目の前に大皿が置かれた。
大きな皿からレイジさんがスパイスから作った特製カレーのスパイシーな香りが鼻腔をくすぐって食欲をそそられた。
ちなみに基本的に辛いものが苦手な俺でも食べられるようにやや辛いくらいになっている。
どれくらい辛いかというとだいたいカラムーチョと同じくらい。だが辛いもので食べられる限界がカラムーチョなだけであって正確に同じなのかは知らん。
レイジさんにペコリと頭を下げて俺は手を合わせる。
「いただきまーす」
スプーンでカレーとご飯を一緒に掬う。ちなみに俺のおすすめの比率はご飯が6でカレーが4。これだとあんまり辛くなくて非常に食べやすい。
その黄金比の醸し出す極上の味わいに舌鼓を打っていると俺のはす向かいでご飯を食べていたメガネくんに話しかけられた。
「柊さん、ちょっといいですか?」
「あぁ、いいけど。どうした? 好きな子でも出来たの?」
「そんなっ! 訳ないっ……ですよ……」
え、なんで千佳ちゃんチラ見しながら顔赤くするのさ。いや、マジだったの? 余計なことしてゴメン!
恐る恐る千佳ちゃんの方をチラリと見れば千佳ちゃんはきょとんとした顔でカレーを食べていた。
……なるほど。
「なんか……ホントごめん」
「大丈夫です」
俺とメガネくんの間に微妙な空気が流れる。それをぶち壊したのは迅だった。
「まぁまぁ、そんなことよりなんか話があったんだろ?」
そう言って迅はメガネくんを見た。その目の奥には楽しげな笑みが見えたような気がした。
それを訝しげに思いながらも俺はメガネくんに声をかけた。
「ごめん、なんだっけ?」
俺がそう聞けばメガネくんははっと思い出したように口を開いた。
「この後ってなにか予定ありましたか?」
「いや、特にはないけど」
「じゃあご飯食べ終わったらちょっと付き合ってもらえますか?」
「何かするの?」
「ちょっとランク戦に向けて作戦を練ってるんですけどそれの相談にと思って……」
「ふーん、そか」
テキトーな返事をしながら俺は隣にいるゴーグルを見やった。
俺の視線に気づいた迅はバチコーンとウインクをひとつ。
ま、こいつの差し金だろうとは思っていたけどな。
俺が答えなかったのを不安に思ったのかメガネくんはおもむろに俺の顔を覗きこんできた。
「あぁ、うん。大丈夫だよ。先に作戦室行っててくれる?」
「はい、ありがとうございます!」
メガネくんはばっと頭を下げると心なしか早足で部屋を出ていった。
それを横目で見ながら俺はカレーをカレーをパクパクと食べ続けた。
迅がニヤニヤしてるってことはどうせロクでもないことなんだろうなぁ。
もう俺に迷惑がかかることが決定してるも等しいので先にやりかえしておくことにした。
どうでもいいけど電車のなかで指先踏まれると痛くて変な声出ちゃうよね。
くらいやがれ、迅。
「いってぇ!」
***
作戦室のドアを開けるとパソコンの前でなにやらカチャカチャとやっているメガネくんがいた。
一瞬昔の自分がフラッシュバックしたもんだから「まだ死事なんてしなくていいんだよ……」 と優しく囁きながら抱き締めてしまいそうだった。ふー危ない危ない。
そんなことを考えていると俺に気がついたらしいメガネくんがいそいそとコーヒーの準備を始めていた。
うーむ、出来る子だな。いや、まだ信用しちゃダメだ。太一くんはこの後コーヒーを持ったまま転んで俺の頭にあっつあつのブラックコーヒーをダイレクトアタックしてきたからな。
いつでもその場から離脱できるように半身で座ってメガネくんを待った。
しばし待つとメガネくんは両手にマグカップを持ってしっかりとした足取りで俺の前にマグを置いた。
これで第一関門突破。しかしまだ油断してはいけない。
太一くんは余程焦っていたのか入れ直したコーヒーに死ぬほどコーヒー豆をぶちこんだのである。いやぁ、あのときは三日くらい寝られなかったね。控えめに言って死ぬかと思った。
そんなことを思っていたのだがメガネくんはマグの横にすっとミルクと砂糖を置いた。
……こいつ……中々やるな……。
素直にミルクと砂糖をたーっぷり入れたマッカン風コーヒーを口に運びながら口を開いた。
「それで、何するのさ」
「柊さんにランク戦での作戦の相談にのってほしいんですけど」
……へぇ、そうかそうか。そういう子なのか。
一瞬空いた間を否定と捉えたのかメガネくんは恐る恐る俺の顔を覗きこんだ。
「あぁ、別にいいよ。今なら時間もあるし」
「ありがとうございます!」
ガバッと頭を下げるメガネくん。なんだよ。そんなに頭を下げてこられたら俺が悪い人みたいじゃん。
「ほら、頭上げて。さっそく検討していこうぜ」
「はい。じゃあこういう場合なんですけど」
「あぁ、それはね……」
***
柊が出ていき宇佐美と千佳が風呂に入ると必然的に部屋には迅と遊馬だけになる。
二人の仲は別段悪くない。というか遊馬には割と目をかけているほうだ。
だからこんな風に会話も普通にする。
「ねぇ、迅さん。柊さんって今那須隊でしょ?」
「そうだな」
「ランク戦で敵同士なのにウチらが強くなる手伝いしてくれるの?」
その質問を聞いて迅はくすりと笑った。
「大丈夫だよ。あいつにとってのランク戦ってのはそういうもんじゃない。柊はお前たちが思ってるより器の大きいやつなんだぜ?」
言いながら迅は笑みを深めていく。まるで親に甘えきった子どものように、信じきったもの特有の笑顔で迅は言い切った。
「だって、柊はおれたちの隊長だからな」
***
メガネくんは全てのマップでの一応の基本方針を考えていたらしい。
それはどれもこれもそこそこの出来でどれも及第点といったところだった。
「そんじゃあ今度模擬戦しよっか」
「……はい?」
「いやだから模擬戦。君の勝ちの絵を書く才能は高いと思うよ。でも圧倒的に経験が足りない。だから模擬戦で経験を積もう。そしたらきっとこの作戦の改善をすることだって出来るよ」
「……相手はどこなんですか?」
「それはもちろん俺の所属する那須隊。後はいくつかチームに声かけてみるわ」
「いいんですか?」
「なにが?」
「その……なんか柊さんのチームの手がバレちゃうんじゃ……」
「あぁ、なんだそんなことか。気にしなくて大丈夫だよ」
ランク戦が進んでいけばいずれ手なんてバレることだし所詮ランク戦なんて実戦のための練習なのだ。そこに徹底した情報統制なんてしても仕方がないだろう。
それに俺らとしてもどこかと練習試合はしておきたかったのだ。
しかしメガネくんにはそれは分からないのかポカーンとしたままありがとうございます。と呟いた。
「日程は決まり次第こっちから連絡するわ」
言いながら俺は立ち上がって歩きだす。そしてドアに手をかけたところでふと思い出した。
「あ、そうだ。俺ばかり知ってるのはちょっとフェアじゃないからそれ使いな」
指差した先にあるのはパソコンの隣にぐちゃっと置いてあるUSBのひとつ。
それをメガネくんが手に取ったのを見届けて俺は部屋を出て、死事を始める。
とりあえず半日休みをもらえればちゃんと戦えると思う。
しかし半日休みもらうために5日間働かなきゃいけないのはどうしてなの……。
そんなことを考えながら俺は一番したくなかった自室での死事を始めた。
もう何度言ったのかも分かりませんが更新遅れてホントに申し訳ありません。
たぶんあと2週間で私の方も落ち着いてくると思うのでそれまでしばしお待ちくだされば幸いです。