カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキー1977

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第四十二話 「3+5+1-2」

「……お疲れ様でした。カチューシャ様」

「我ながら情けないわ。せっかくクラーラが身を挺してくれたのに、一両しか持って行けなかったなんて」

 

 遊園地南東部、白旗を上げた二両のT-34を前に二人の少女が言葉を交わす。カチューシャとクラーラだ。

 カチューシャは中央広場の方に目を向けた。既にエリカ達の姿は見えなくなっており、砲声が耳に届くばかりである。

 許されるならばこのまま間近で決戦の推移を見守りたかったが、連盟の回収班によって彼女らは会場の待機席に移され、ここからはプロジェクターの映像で見届ける事になる。

 

「……いいえ、これで少なくともバミューダ・トリオの連携は崩せました。それは間違いなくカチューシャ様の功績です」

「だと良いんだけど……あとは、あの子達次第ね」

「はい。彼女らの健闘を祈りましょう」

「それは違うわ、クラーラ」

 

 クラーラの言葉をカチューシャは否定した。

 

「祈るんじゃないわ、信じるのよ。私たちを倒した大洗の実力を」

「はい、カチューシャ様」

 

 その時、ふとカチューシャが動きを止めた。

 

「……?」

 

 

 

 劇場版カタクチイワシは虎と踊る  第四十二話 「3+5+1-2」

 

 

 

「トウコからの通信が途絶した?」

 

 遊園地北西部、中央広場へと続く通り。

 オイ車の辻つつじは通信手からの報告に眉を寄せた。

 

「はい。大洗側の豆戦車と交戦していたようですが……先ほどから通信が途絶えました」

「撃破されたか。口ほどにもない」

 

 口元を歪ませ薄く嗤うと、つつじは車長席の覗き窓から前方を見た。こちらの砲撃を細かく避けつつ必死に逃げるCV38。その進路が中央広場に向かっている事につつじも気づいている。おそらくは結集し、反撃を試みるつもりなのだろう。

 

「ならば逆に好都合だ」

 

 つつじはそう考える。先の大会では初戦で不覚を取り、このオイ車の威光を示す事ができなかった。ここで“西住姉妹”の西住みほを破り大学側の勝利を確かなものに出来れば、知波単OG会もオイ車の今後の起用を再度考えるだろう。そうなれば汚名に塗れたつつじの名も、再び返り咲くというものだ。

 

「見せてやろう、我がオイ車の力を!」

 

 包帯の巻かれた顔に狂気を宿しつつ、つつじは笑った。

 

 

 

「うおおおっ!?」

「口を開くな。舌を噛むぞ」

 

 150㎜砲の至近弾に舗装されたアスファルトが派手に飛び散り、軽く車体後部が浮く。

 思わず声を上げるアンチョビに、CV38の操縦桿を素早く動かしつつ冷泉麻子が言った。

 

「あ、あと、どれくらいだ麻子!?」

「そんなには遠くない。もう数分もあればっ……!」

「くっ!?」

 

 急に右に体を引っ張られ、アンチョビはバランスを崩しかける。直後にその左側に撃ち込まれる砲弾。

 

「腐っても元知波単隊長、狙いは正確か!」

「もう少し引き離すか?」

「……いや、このまま誘導する」

 

 現在、オイ車とCV38の車間は3~400mほど。戦車の戦闘距離としては至近距離と言える。CV38の最高速度なら完全に振り切る事も可能だ。

 しかし、それではオイ車がこちらの追撃を諦めるかもしれない。そうなればアンチョビの狙いも白紙に戻り、新たな戦術を考えねばならなくなる。リスクは高いが、今の距離がアンチョビの考えるギリギリであった。

 アンチョビは揺れる車内の中、何とか通信機を手に取り西側で交戦中の筈の鶴姫しずかへの通信を開いた。

 

「こちらアンチョビ! あと少しで中央広場に到着する、しずか、福田さん! もう足止めは大丈夫……?」

『………』

「繋がってないな」

 

 麻子が冷静に言った。彼女の言う通り、二人ともに通信が繋がっていない。撃破されたか。

 

「……!」

 

 アンチョビは無念に目を閉じ、すぐに顔を上げた。通信相手を切り替える。

 

「西住さん、聞こえるか!?」

『アンチョビさん!? は、はい! こちらティーガーⅠ、現在、センチュリオンと交戦しつつ中央広場に向かっています!』

「了解した! 何とかそのまま広場まで逃げてくれ、そこで迎撃を仕掛ける!」

『分かりました! あと数分で到達します!』

 

 通信を切り、今度は南東部にいるはずのエリカへ通信を開く。

 

「エリカ、そっちはどうだ!?」

『隊長!? こっちは中隊長の一人を撃破したけど、カチューシャとクラーラがやられたわ。敵は残った私たちを無視して中央広場に先行中。追いかけてるけど、このままだと先に着かれる』

「分かった。こっちも、西住さんも広場に向かってる。無理に追いつこうとせず、そのまま向かってくれ!」

 

 激しい揺れと轟音の中でアンチョビは考えを巡らせる。これで大学側はオイ車を含めて残り五両。通常メンバーのパーシングが一両残っていたはずだが、哨戒役か何かで別行動をしているか?

 これをオイ車のコントロールの主導権を握った上で撃破するには──

 

「うわぁっ!?」

 

 至近弾の衝撃で車体が軽く浮いた。軋むサスペンションの機嫌を取りつつ麻子が言う。

 

「見えてきたぞ」

 

 どうやら、悠長に考えを纏めさせてくれる時間は無いようだ。

 

「……あとは、出たとこ勝負か!」

 

 その区画だけで小さな遊園地ほどもある中央広場。

 遠くに見えてきたそれにアンチョビは目を向けつつ、不敵に笑った。

 

 

 

「砲塔7時の方角! 速度落とさず、センチュリオンの手前を狙ってください! 撃てっ!」

 

 砲塔を後方に向けて走るティーガー、そこから身を出しつつ西住みほは砲撃の指示を出した。轟音と共に放たれる88㎜砲。しかしその弾道を予測していたかのように後方のセンチュリオンは静かに減速し、回避する。

 こちらの砲撃を待っていたのか、間髪入れず反撃が返ってくる。これをティーガーはかろうじて躱した。舗装された石畳が爆ぜる。

 

「………!」

 

 髪にかかる破片を振りはらい、みほは目を凝らし、センチュリオンの砲塔から同様に身を覗かせる愛里寿の姿を確認する。口頭で指示を出しているにしては動きがスムーズだ。ハンドサインか、あるいは何かしらの符号でメンバーに指示を出しているのだろう。

 強い。素直にみほは思った。まほを撃破した超長距離狙撃といい、つい先ほどのエミとツェスカを同時に撃破した戦術眼といい、今までのみほが遭遇してきた戦車乗りの中でも愛里寿の技量は図抜けていた。あるいは母であるしほにも匹敵するかもしれない。その迅速な指示に充分に応えるセンチュリオンの搭乗員にしても、大学選抜の中でも一流のメンバーを揃えているのだろう。

 

「だからって……!」

 

 かつてのみほであればまほが撃破された時点で心が折れ、満足な指揮も取れなくなっていただろう。あの頃の自分は姉を支えるために、そして西住流の名を守るために「勝たないといけない」という義務感で戦っていた。

 しかし、今は違う。今のみほには「勝ちたい」という確かな意思があった。例えどんな状況であろうとも最後まで勝利の可能性を求めようとする決意があった。

 

「みほさん! 中央広場、見えてきました!」

 

 操縦手からの連絡に、みほは前方に向き直る。

 様々な廃棄された巨大遊具が並ぶ広場が視界に映る。おそらくは、あそこが決戦の場所になるだろう。

 

「ジグザグに動きつつ全速前進! 後方の敵の攻撃を少しでも抑えます、砲撃準備!」

 

 メンバーに指示を出しつつ、再びみほは後方の愛里寿へと顔を向けた。

 

 

 

「……よく動く。流石は高校戦車道最強の“西住姉妹”の妹だけはある」

 

 センチュリオン車上、島田愛里寿はそう呟きつつ前方のみほのティーガーを見た。

 中央広場での大洗勢の結集前にティーガーは潰すつもりだったが、既に広場が見えてきた。合流は許してしまうか。

 愛里寿は口頭マイクに手を伸ばし、哨戒役に回していたパーシングへと通信を開いた。

 

「こちらセンチュリオン、敵勢力は全車両が中央広場に集結する見込みだ。哨戒を中断して合流を」

『………』

「……?」

 

 愛里寿は僅かに眉をひそめた。通信が繋がっていない。

 あり得る可能性としては通信機の故障か、あるいは──自分の知らぬ内に撃破されたか。

 だが、撃破されたならば「撃破された」という一報が入るはず。

 いずれにせよ、通信が繋がらない以上は仕方ない。愛里寿はメグミ達へと通信先を切り替える。

 

「メグミ、そちらの状況は?」

『こちらメグミ、遊園地南東部を中央広場に向かって前進中。アズミがT-34に撃破されましたが、私とルミの二両が残っています』

「十分だ、そのまま向かえ。私も間もなく到達する」

『隊長! オイ車とトウコのT-34ですが、既にこちらのコントロールを離れています。発見されたら、即撃破を!』

 

 緊張感あるルミの声が割り込んでくる。自分の後輩の不始末に、少なからずの責任を感じているのだろう。

 

「分かった……ルミ、お前が気にする事ではない。トウコには後で私から言っておく」

『は、はいっ!』

 

 トウコ、彼女は戦車同士の撃ち合いに熱狂めいた楽しみを求めるところがあり、それが同時に彼女の能力の高さに直結していると愛里寿は踏んでいたが──どうやらこの戦場は彼女には()()()()()らしい。特にオイ車は敵に回せば面倒ではあるが、最初から来るという前提であれば手の打ちようもある。実際、島田流においては欧米戦車道のレギュレーションを前提とした対超重戦車を想定した戦術も存在している。

 通信を終え、愛里寿は手を砲塔の中に入れると内部の搭乗員にハンドサインを出した。蛇行しつつ減速。

 その指示から数秒を待たずにセンチュリオンの左前方の石畳がはじけ飛んだ。ティーガーの88㎜徹甲弾が着弾したのだ。

 前方のティーガーが中央広場へのゲートを超える。愛里寿は再び加速の指示を出し、空いた手でポケットの中のボコの小さなぬいぐるみに触れた。

 大洗に対して愛里寿個人に憎しみや因縁がある訳でもない。廃校寸前の状況にも一個人としては同情もしよう。

 しかし、こちらにも負けられない理由がある。

 

「ボコ……待ってて」

 

 誰にも聞こえない声で、愛里寿は小さく呟いた。

 

 

 

「くそっ、お前の相手をしているヒマは無いんだよ、こっちは!」

 

 遊園地南東部、中央広場へ繋がる通り。

 後方からのⅣ号戦車の砲撃に、ルミは焦りも露わに悪態をついた。

 お互いに全速で移動している中での砲撃だ。まず当たるものではないと分かってはいるが、気持ちばかりが焦る。

 

『あと少しよ。中央広場に到着次第、動きが不確定なオイ車とトウコのT-34を撃破。そこから大洗の残存勢力の掃討に当たりましょう』

「ああ、分かってる!」

 

 確認ができた限りでは、残る大洗側の戦力でパーシングやセンチュリオンに拮抗できるのはティーガーとⅣ号戦車の二両のみ。残りはアンチョビのCV38などの豆戦車ばかりだった筈だ。大洗の予想外の奮闘とトウコの暴走で混沌としてきた戦況だったが、落ち着きを取り戻しさえすればこちらに負ける要素は無くなる。

 島田愛里寿、究極的には自分たちが例え犠牲になろうとも彼女だけが残ればいい。13歳という幼さと小さな身体で、彼女は常に自分たちの期待に応えてくれた。故にルミたちは、それを敬愛と忠誠で返してきた。今の大学選抜の強さは、その絆の強さにある。

 

「間もなくゲートを超える、周辺警戒!」

 

 搭乗員にルミはそう指示を出し、自身も砲塔から身を出した。

 左右に立ち並んでいた街並みが途切れ、円状の広い空間にパーシングは到達する。壁回りにはかつては来場者に様々な料理を振舞っていたであろう屋台の数々。広場内には大小さまざまな遊具が立ち並び、北側には富士山を模したちょっとしたビルほどの高さの山の模型。中央には大型のメリーゴーランドが見える。

 ルミは咄嗟に愛里寿が向かってきていた筈の南西部のゲートを見た。大洗のティーガーが走りこんでくる。その後に続くセンチュリオン。

 愛里寿の無事を確認してひとまず安堵すると、次いでルミは視線を北西部に向けた。オイ車とT-34が来るとすればそちら側からの筈だが──

 

「……な!?」

 

 その光景に、ルミは言葉を失った。

 

 

 

「先行のパーシング、広場に入りました!」

「待ち伏せの可能性は低いわ。このまま前進して」

 

 Ⅳ号戦車、操縦席からの華の声にエリカは答えた。広場到達までの撃破はできなかったが、それはある程度想定内。あとはアンチョビの考え通りにオイ車が動いてくれるかどうかだ。

 大学側の強みは日ごろの練習で培われた息の合った連携の強さだ。それをオイ車で乱し、勝機を探る。

 その時、みほのティーガーから通信が届いた。

 

『こちらティーガー、広場入りました!』

「こちらⅣ号、こっちもすぐ着くわ。隊長、そっちは?」

『こっちももう目の前だ! 密集すれば狙い撃ちにされる。遊具を障害物として活用。散開しつつ通信で連携を取る!』

「了解」

 

 よくよく奇妙なものだ、こんな状況ながらエリカは思った。

 大洗女子学園の廃校を防ぐために死闘を繰り広げたみほと、こうして再びの廃校を防ぐ戦いで最後の決戦に挑もうとしている。

 とはいえ、感傷に浸るのはまだ早い。残っている大学側戦力は愛里寿に中隊長二人、オイ車もアンチョビの誘導に上手く乗ってくれるとは限らない。

 

「広場に入るわ! 優花里は次弾装填。入ったらまずは壁際に沿うように……」

 

 ゲートを超える。エリカは指示を出しつつ周囲の状況を確認した。前方を走る二両のパーシング、南西ゲートからのティーガーとセンチュリオン、そして──

 

「………!?」

 

 

 

「よしっ! 何とかここまでは来れたか!」

 

 北側のゲートを超え、アンチョビはハッチを開けると身を乗り出させた。前方を巨大な山の模型が塞いでいて、全体を把握する事はできない。

 後ろからは相変わらず酷い軋みと共に轟音が聞こえてくる。オイ車はちゃんと付いてきてくれたようだ。

 

「麻子、ひとまずエリカや西住さんの状況を把握する。左から迂回してくれ」

「了解」

 

 やがて、山の陰を抜けると共に視界が広がってきた。南東部のゲートから入ってきた二両のパーシングと、その後ろから追撃するⅣ号戦車が見える。

 

「……ん?」

「……! ……!」

 

 Ⅳ号の車上のエリカが何か叫んでいる。とはいえこの轟音の中だ。まともに聞き取れない。

 やがてエリカは自分が喉頭マイクを使っていない事に気づいたのだろう。首筋に指をあてると、アンチョビの耳に彼女の声が飛び込んでくる。

 

『ちょっと、隊長! それ!?』

「ああ、ちゃんとオイ車を連れてきた! これで……」

『違う、後ろ!』

「……後ろ?」

 

 エリカの声に激しい動揺が込められている。アンチョビは怪訝な表情で後方を見た。

 オイ車が、横から転がってきた巨大観覧車の直撃を受けて浮き上がっている。

 

「え?」

 

 

 

 大洗連合・残り三両。

 大学選抜・残り三両。

 

 ──観覧車・一台

 


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