GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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22:Guess Who's Coming to…/決定事項

 

 

 

 

 

<06:17>

 栗林 志乃 第3偵察隊・二等陸曹

 大島空港

 

 

 

 

 

 

 ――鮮血が、呆然と見上げるレレイの顔を真っ赤に汚した。

 

 しかし視界が瞬く間に霞んで見えなくなったり、体が痙攣ののち脱力したり、意識が遠のいて暗転するといった肉体的異変……要は死の瞬間に発生するであろう反応は、何時まで経っても起きる気配がない。

 

 

「……へ?」

 

 

 ようやく栗林は自分の身に何も起きていない事に気付く。

 

 首に刃が突きたてられた感触も、大量の出血による脱力感も皆無である。しかし目の前でへたり込むレレイを汚した鮮血は紛れもない本物だ。なら誰の血で、一体何が起きたというのか。

 

 事態を把握したのはその直後、今にも彼女を処刑しようとしていた筈のアレクシィが、大量に出血しながらパイプ椅子に拘束された栗林の隣へ倒れ込むのを目撃した時だった。彼が手にしていたナイフがレレイの近くへと滑る。

 

 左胸のやや外寄りに穴が穿たれ、そこから血が溢れ出ている。それが銃創であると栗林はすぐに見抜いた。

 

 

「これって、狙撃? って事は……!」

 

 

 ロビー内にいるアレクシィの部下らが血相を変えて物騒な武器を手に動く。彼らは興奮した様子でアレクシィへ駆け寄る動きを見せた。

 

 だが栗林の背後に広がる巨大な窓へ視線を移したかと思うと、兵士らの多くは栗林の横を通り過ぎて窓へ近づき、窓の向こう側に広がる滑走路に向かって撃ち始めた。拘束されっぱなしの栗林からは上半身ごと首を捻っても後ろの様子を伺う事が出来ず、非常にもどかしい。

 

 狙撃によって明らかに重傷を負ったアレクシィは他の部下らによって搭乗用ロビーに隣接する空港レストランへと運ばれていく。

 

 と、返り血を真っ向から浴びるという、殺人鬼が暴れまわる類の映画じみたトラウマ物の体験に茫然自失で固まっていたかに思われたレレイがおもむろに動きだした。

 

 こっそりとした動きでアレクシィのナイフを拾おうとしている。敵の大半が窓の外に気を取られているのを見て今のうちと判断したようである。

 

 後ろ手に拘束されているので手を伸ばす事は出来ない。必然的に体ごとナイフににじり寄らねばならなかったが、どうにかこうにか指先が触れる距離まで近付く事に成功する。

 

 

『動くんじゃない!』

 

 

 残念ながら上手くいったのはそこまでで、下の階から駆けつけた敵兵が―大島空港旅客ターミナルの2階は1階チェックインカウンターとエスカレーターで繋がっている―レレイの行動に気付いて銃口を向けた。

 

 ロシア語の警告だったが、言葉の意味は分からなくても武器を向けられてしまっては如何にマイペースで鉄面皮なレレイでも動きを止めざるをえない。

 

 自分に注意を向ければ何とかなるかも? そう思った栗林が行動に移ろうとした刹那、レレイに銃を向けていた敵兵の視線が持ち上がった。

 

 欧米人らしい碧眼が大きく見開かれたかと思うと、その兵士は突然回れ右をして上ってきたばかりのエスカレーターを駆け下りていった。彼だけでなく、窓側に集まっていた兵士らまでも、何やら母国語の悲鳴を発しながら、下の階やレストランへと逃げてしまった。

 

 敵の謎の行動に、栗林は現状も忘れてキョトンとしてしまうばかりである。

 

 

「な、何よ一体?」

 

「……おそらくあれが原因」

 

「だから私の後ろを指差されても見れないんだけど」

 

 

 役に立たないレレイの説明につい突っ込みを入れてしまった次の瞬間、様々な異変が同時に発生した。

 

 まず轟音を伴いながら建物が震えた。栗林の頭上、ターミナルの屋根を鋼鉄製の巨大な爪が引っ掻いたかのような異音と振動。続けざまに栗林の背後でガラスの粉砕音も響く。

 

 

「きゃっ!!?」

 

 

 建物を襲った異様な衝撃と背後での異変、加えてアレクシィから流れ出た血が栗林の足元にまで広がっていたのも重なり、彼女諸共パイプ椅子はその場でひっくり返ってしまった。

 

 

「大丈夫?」

 

「いたた、一体何が……」

 

 

 受け身も取れず床に肩をぶつけ、衝撃でナイロン製の拘束帯が栗林の手足に一際食い込んだ。血が滴る。

 

 更なる痛みに襲われたものの、苦痛と引き換えにパイプ椅子の向きがズレた事で、これまで見る事が出来なかった窓方向もようやく視界に収められるようになった。首を捻り、滑走路と面する巨大な窓の方を見やる。

 

 

「ちくしょぉ、今日何度目だよこんなの。いい加減死んじまうぞぉ」

 

「た、隊長ぉっ!?」

 

 

 そして苦痛の呻き声を漏らし、ふらつきなからも立ち上がろうとしている伊丹――窓を突き破って飛び込んできた張本人である上官と、かれこれ数時間ぶりの再会を果たしたのである。

 

 

「ど、どうして隊長が?」

 

 

 思わず尋ねてしまう栗林。

 

 彼女の質問は『何故窓を突き破って現れたのか』という意味での問いかけだったのだが、別の意味に受け取ってしまった伊丹は、微妙に見当違いな回答を苦痛に顔を歪めつつそっけなく告げた。

 

 

「どうしてって、大事な部下や護衛対象が敵に攫われたんなら助けに行くのは当然だろうが」

 

「ぁ…………っ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が急に締め付けられる感覚に襲われた栗林は、しばしの間二の句が継げなくなってしまう。

 

 栗林志乃という女は、下手をすれば小学生に負ける小柄さと、背丈に反比例するかのように非常に豊かな爆乳という特徴に似合わぬ、格闘徽章持ちが自慢の自他共に認める腕っ節に優れた人物である。

 

 特にその膨らみに魅了され、格闘訓練のドサクサに紛れて胸に触ろうと試みた結果手痛い返り討ちに遭った男性隊員は数知れず。今では腕っ節の強さばかりが目立って彼女を口説こうとする猛者は皆無であった。

 

 そこに伊丹の出現である。

 

 一見だらしなくてやる気のない根っからのオタク、しかしその正体は第3次大戦終結にも多大な貢献を果たした知られざる英雄。

 

 表の顔と裏の顔、真の実力もこの数日で嫌というほど見せつけられた。そのギャップの大きさは、栗林の伊丹に対する感情を塗り替えるには十分過ぎるレベルであった。

 

 駆けつけた伊丹の発言は端的で、声のトーンにも甘ったるさなどこれっぽっちも含まれていない。

 

 だが窓ガラスに激突した衝撃と破片で傷を負い、血に汚れて、何度も死にかけるような思いをしてまで助けに飛び込んできてくれた上官の姿は、所謂吊り橋効果のフィルターにより栗林の目には後光を背負っているかのように映ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 栗林が場違いなときめきを覚える一方、彼女よりも冷静な思考と正常な眼球を保っていたレレイは伊丹に問うた。

 

 

「ところで、彼女は平気だろうか」

 

「そうだテュカ! おい大丈夫か、しっかりしろ!」

 

 

 伊丹の腕の中でテュカは意識を失っていた。

 

 激突の間際に伊丹に庇われたとはいえ、墜落寸前のヘリから振り落とされガラスを突き破った挙句に搭乗用ロビーに叩き付けられた衝撃は、寿命と魔法以外は生身の少女と変わらない若きエルフから意識を刈り取るには十分であった。

 

 むしろ彼女を庇った筈の伊丹が傷を負いながらもこうして動けている方がおかしいのだ。普段の冴えないオタクぶりからは信じられないタフネスと言えよう。流石は極秘合同部隊の数少ない生き残り、という事か。

 

 現在の伊丹は左腕をだらんと垂らし、血が滴り落ちている。突入そしてロビーに転がった際に強打しガラスで傷ついたのか。折れているのまでは分からないが少なくとも動かせないようだ。

 

 M14・EBRは振り落とされた時に手放してしまったが、グレネードランチャー付きのM4カービンはスリングで携帯していたので火力は十分。問題はリロードだが片腕でも一応可能である。

 

 

「ここにいた敵はどうしたんだ」

 

「イタミ達が乗ってきた『へりこぷたー』がこの建物へまっすぐ向かってくるのに驚いて逃げ出した模様」

 

「そうか。クソ、皆無事なら良いんだが」

 

 

 そういう伊丹であるが、無線で安否確認を行うよりもまず栗林らの安全確保を優先に動いた。ナイフを鞘から抜き、動く右手だけで栗林の腕を拘束するハンドカフの切断を行う。

 

 すると我に返った栗林が声を上げた。

 

 

「そうだ隊長、ピニャ殿下とボーゼスさんが――」

 

「あの2人なら心配ない。そっちの方は富田と爺さん、それにロゥリィに任せたから大丈夫だ」

 

「富田ちゃんとロゥリィは分かりますけど……お爺さん?」

 

「古……くはないけど昔の友人でね。いざって時に救援を頼んでおいたのさ」

 

 

 栗林の両腕が拘束から解放されたその時、階下や2階レストランからロシア語のやり取りが聞こえてきた。

 

 

「連中も混乱から復活し始めてるな。俺が敵を抑えるから後はさっさと自分で解いてレレイとテュカの面倒を頼む!」

 

 

 言葉と共にナイフが手渡された。局部的な圧迫が原因の血流不足によって両手には痺れが残っているが十分に動く。栗林は一つ頷くと己の足の拘束を解きにかかった。

 

 ものの数秒足らずで両足の解放を終えると、今度は後ろ手に縛られたレレイのハンドカフを切断する。ようやく完全解放された2人はまだ意識を取り戻さないテュカを両脇から抱え、待合ロビーの奥へと運ぶ。

 

 

「敵だ!」

 

 

 叫ぶと同時に伊丹が右手だけでM4を発砲。

 

 片手1本で反動を抑えなければならない分着弾はバラけているものの、銃撃に驚いた敵兵の動きが鈍る。

 

 

「通路だ! 搭乗用通路へ入るんだ!」

 

 

 大島空港には通常の空港では一般的な設備であるボーディング・ブリッジ―ターミナルビルから直接飛行機内へ搭乗する為の可動式通路―が存在しない。

 

 その為、大島空港から旅客機に乗る場合、利用客は2階の待合ロビーと直結した搭乗用通路から一旦滑走路へ下り、滑走路を横切って飛行機に乗るという形式になっている。細い搭乗用通路前には大型のケースが積まれた状態で放置されていた。

 

 搬出途中で伊丹らの強襲を察知し急いで中身を持ち出したからか、開けっ放しで放置状態にあったケースからは幾種類かの武器と弾薬類が顔を覗かせていた。

 

 

「ラッキー貰ってこ!」

 

 

 銃撃戦の最中に武器が手元にない状況へ心細さを感じていた栗林は嬉々として銃と弾薬を掴んだ。

 

 H&K・G36C、ドイツ製のコンパクト化されたアサルトライフルを手に取り、100連発のドラムマガジンを叩き込む。レレイと一緒にテュカを運んでいる間は片腕が塞がるので再装填の隙を大量の弾数で補おうという魂胆である。

 

 重ね重ねになるが今の栗林は色気の欠片もない迷彩柄な下着しか身に着けていない。流石に下着に予備の弾薬を挟んで持ち歩くわけにもいかないので、通常用の30連マガジンを数個ばかりテュカの上着のポケットを借りて運ぶ事にした。

 

 荷物の山に反応したのは栗林だけではなかった。

 

 

「私の杖、見つけた」

 

 

 レレイ愛用の杖がケースの山に立てかけられていたのだ。退却時に通路を利用する際に回収する魂胆だったのかもしれない。

 

 ともかく杖を取り戻した以上はレレイも立派な戦力に数えても良いだろう。

 

 

「クリバヤシ、少しの間だけ彼女を頼む」

 

 

 実際杖を握り直した彼女は一見無表情な幼い顔立ちを鋭いものに変えたかと思うと、、気絶中のテュカの面倒を栗林に任せ、杖を掲げながら早口に詠唱を開始した。

 

 そこへ装填分のアサルトライフルを撃ち切った伊丹がサイドアームのグロック18にスイッチして応射しつつ、3人の下まで後退してくる。

 

 

「早く下がれってば!」

 

 

 伊丹の怒声も無視して詠唱を完成させたレレイが杖を振るう。すると彼女の動作に合わせて武器ケース、その中身である銃器がまるで無重力のように浮き上がり、少女の周囲に固定される。

 

 

「これはお返し」

 

 

 更に杖を振りかざすと、大小様々な―だが人を痛めつけるには十分以上な質量を秘めた―鋼鉄の塊が、伊丹の後退に合わせて追撃を試みようとしていたインナーサークル構成員らへ降り注いだ。

 

 その威力は顔に当たれば骨ごと顔面を砕かれ、胴体に当たれば防弾装備越しでも無防備な腹に強烈なボディブローを食らったボクサーよろしく、被弾箇所を抱えて悶絶して動けなくなる程である。

 

 中でも武器ケースの直撃を食らった不運な兵士に至っては、交通事故の被害者もかくやな勢いで何メートルも吹っ飛ばされてしまった。

 

 レレイの透き通るような瞳がどことなくおっかない光を帯びているのは、決して伊丹と栗林の見間違いではあるまい。

 

 

((レレイだけは怒らせないようにしよう))

 

 

 この瞬間、上官と部下の思いが珍しく一致した。

 

 ともかくレレイの魔法により敵の足は止まった。この間に搭乗用通路へと向かう伊丹達。

 

 が、そこから先が上手くいかない。通路の半ばまで辿り着いたその時、窓ガラス越しに駐機場で蠢く影の存在を捉える。

 

 

「伏せろ!」

 

「屈んでレレイ!」

 

 

 もつれ込むように身を投げ出した栗林らの頭上を銃弾が通過していった。

 

 下から上に向かって放たれた弾丸が窓ガラスを斜めに貫通し、通路の屋根に突き刺さる。ガラスと天井の破片が栗林らに降り注ぐ。

 

 

「あたいた背中が痛ったい!」

 

 

 胸元と秘部ぐらいしか隠れていない栗林の背中へと鋭利な破片が容赦なく襲いかかる。床に突っ伏したまま、堪らず栗林の口から悲鳴が漏れた。

 

 今や栗林の背中は椅子ごと転げた時に付着したアレクシィの血のみならず、背中に追った複数の小さな傷から流れる自らの血によっても汚れつつある。

 

 見かねたレレイが丈の短いポンチョ風のローブを伏せたまま器用に脱いで栗林に手渡す。

 

 

「これで隠した方が良い」

 

「あ、ありがとレレイ!」

 

「礼はいい。むしろもっと早く渡すべきだった」

 

 

 外から轟き続ける銃声に掻き消されまいと感謝の声を張り上げながら、栗林はレレイのローブを上半身に巻き付けた。

 

 

「援護する、進め!」

 

 

 片腕で器用に新しいマガジンをリロードし直した伊丹が駐機場の敵へ射撃を加える。

 

 彼の方へ敵の注意が引き付けられた分、こちらへ向かって飛んできていた銃弾の数が減ったのを見計らい、栗林とレレイはテュカを抱えて身を起こした時、栗林の胸元で不意に違和感が生じた。

 

 するりと胸周りの僅かな圧迫感が消えたかと思うと同時、ローブの下から迷彩柄の布地が栗林の足元に滑り落ちた。

 

 ブラを留める背中側の紐が先程破片の雨を浴びた際に傷つき、身を起こした時に限界を迎え、下着としての役目を果たせなくなったのだった。

 

 

「ああもう今は無視!」

 

 

 寒気に硬くなった先端がローブと擦れる感触を出来る限り考えないようにしつつ、伊丹を残して再び滑走路方向へと通路を進む。突き当りの階段を下りればすぐに滑走路だ。

 

 階段を駆け下りようとした栗林だったが、その足がおもむろに止まる。下の方で扉が蹴り開けられる音を耳にしたからだ。

 

 荒々しい足音もどんどん上ってきている。しかも複数。お荷物(テュカ)付きの此方は明らかに不利だ。

 

 

「敵よ、先回りされたわ。早く戻って!」

 

 

 叫びながらG36Cを階段の下へ向けてフルオート射撃。当たらなくてもいい、弾幕で敵を足止めする為の銃撃だ。

 

 通路を一気に突っ切り、反対側に留まっていた上官の下へ滑り込むとすぐさま報告した。

 

 

「隊長、こっちはダメです! 敵が滑走路からも上がってきてます!」

 

「仕方ない、ならもう1度援護するから今度はロビーを突っ切って反対側に逃げ込め!」

 

 

 早口に指示を飛ばし、次いで滑走路側から階段を上ってきた敵兵の気配を敏感に察知した伊丹の右手が、戦闘ベストの胸元に吊り下げた円筒状の物体へと伸びる。

 

 安全ピンのリング部分を歯で固定し、円筒から乱暴に引き抜く。すぐさま安全ピンによる固定から解放されたレバーも弾け飛んだ。

 

 

閃光手榴弾(フラッシュバン)!」

 

「レレイ耳塞いで目をつぶって!」

 

 

 伊丹が信管に点火した円筒を階段に投げつけると同時、栗林はレレイとテュカの頭を覆い隠すように圧し掛かりながら、彼女もまた目をきつく閉じて耳を塞いだ。

 

 大音量と閃光によるショック効果に特化した手榴弾が階段の手前に落下した直後に炸裂。階段をちょうど上ってきたばかりの敵兵らを直撃した。

 

 あまりの轟音に通路全体がビリビリと震え、わずかに生き残っていた窓ガラスや天井板が完全に崩壊してしまった。殺傷力自体は無きに等しいが、視覚と聴覚に痛烈な一撃を食らった敵兵らはしばし行動不能となる。

 

 そこへ伊丹は容赦なく追い打ちをかけた。

 

 

「おまけをどうぞっ!」

 

 

 胸元からさっきとは別、鋼鉄の球体を手に取ると、先程同様安全ピンを抜いてまたも階段方向へ投じた。

 

 フラッシュバンよりも少しだけ余裕をもって設定された破片手榴弾(フラググレネード)の信管は点火して約4秒後、中身の高性能爆薬を爆発させ、バラまかれた破片と爆風が階段周辺を悶絶中の敵兵ごと蹂躙した。

 

 しかし滑走路から通路へ上がってくる敵兵はまだ残っており、ロビー周辺も同様である。未だ窮地から脱せてはいない。

 

 唯一好転した事といえば、フラッシュバンとフラグの連続爆発という墓場の死体も蘇りそうな轟音を受け、気絶していたテュカが「わわっ何何何!?」とようやく飛び起きてくれた事ぐらいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声とは別種の喧しい異音の接近に栗林が気付いたのは、上官が今度はロビーを横断する為の目くらまし用に発煙手榴弾を握り締めた時だった。

 

 

「隊長、何か聞こえません?」

 

「何、この音? もしかして鋼鉄の天馬かしら?」

 

「ヘリのエンジン音――いやこれは違うぞ」

 

 

 ヘリのそれに似てはいるがより高出力のエンジン音が急速に建物へ近づきつつある。

 

 だが上空支援に飛来した米軍の戦闘機とも別物だ。強烈なダウンウォッシュが通路に吹き込み始め、寒風に栗林の肌が粟立つ。

 

 次の瞬間、『ぬっ』っと窓の外にエンジン音の主が姿を現した。

 

 従来のヘリ用エンジンよりも出力の高い専用のエンジンを2機搭載し、プロペラとエンジン部の向きを可変可能なティルトローター式を採用する事でヘリコプターと固定翼機、2種類の航空機の能力を兼ね備える事に成功したV-22・オスプレイが駐機場上空へと舞い降りた。

 

 V-22は可変翼の構造上、攻撃ヘリ程の重武装が難しい機体である。しかしターミナルのすぐ外でホバリング中のオスプレイは胴体下部にIDWS、要は遠隔操作式の機銃用ターレットが追加されており、M134・ミニガンの銃口が搭乗用通路を睨み付けていた。

 

 束ねられた6本の銃口がゆっくりと回転し始める。それを見て取った伊丹は咄嗟に女性陣を手元へ引き倒した。

 

 

「伏せろ!」

 

 

 巨人向けに誂えた特注のブザーを思わせる銃声が轟いた。

 

 毎分数千発の銃弾が滑走路と通路を繋ぐ階段部分へと降り注ぐ。弾丸の嵐の前に薄いコンクリの壁などほとんど通用しない。階段に集まっていた敵兵は構造物ごと蜂の巣にされた。

 

 咆哮が途切れると、瞬間的な高速連射によって早くも赤みを帯びた銃身が向きを変える。通路を舐めるように移動しながら銃口は伊丹らを通り過ぎ、やがてロビーへと向けられた。

 

 そこからも一瞬である。再びミニガンが吠え、数百発の7.62ミリ弾がロビーを蹂躙し、弾幕に引っかかった存在は人間も道具も問わず悉く粉砕されていった。

 

 それは栗林の処刑中継からアレクシィの被狙撃の瞬間、極めつけに伊丹のダイナミック突入の顛末を撮影者が居なくなってからも撮影を続行していたビデオカメラ、また一部始終を全世界へと流していた中継機材も同様であった。オスプレイの機銃掃射を最後に中継は終了した。

 

 掃射が途絶えると伊丹と、彼に覆い被さられていた栗林やレレイにテュカも恐る恐る顔を上げ、ロビーの方を見やる。

 

 ロビーには今や誰も立っていない。内装諸共揃って薙ぎ払われ、血の海に沈む男達の死体が転がるばかりである。

 

 だが今わの際に最後の力を振り絞って銃を撃ってきたり、手榴弾のピンを引き抜いて道連れを企んだ敵兵を何度となく目撃してきた伊丹は決して油断せず、何時でもとどめの銃弾を見舞えるよう、取り回し易いグロックに持ち替えて警戒を怠らない。

 

 窓の外ではV-22がホバリングしながらその場で旋回し、尾翼が建物に触れないよう細心の注意を払いつつゆっくりと開けっ放しの後部ランプをロビーへ接近させているところだ。

 

 やがて方向転換を終えると、後部ハッチから次々と武装した男達が直接ロビー内へと飛び移ってくる。

 

 

「んんん???」

 

 

 救援らしき男達の顔ぶれを観察した栗林の脳内に浮かんだのは、安堵の念ではなく疑問符であった。

 

 何故なら、オスプレイから現れた兵士達は揃いも揃って外国人だったからである。白人もいれば黒人もいるし黄色人種も混じっている。

 

 また日本国内で自衛隊以外にオスプレイを運用しているのは在日米軍であるが、この場に現れた兵士の格好は市販品のアウトドアウェアにジーンズの上に防弾ベストやチェストリグと、陸軍・空軍・海軍・海兵隊のどの戦闘服にも当て嵌まらない服装であった。

 

 ぶっちゃけ肌の色や人種的特徴の微妙な違いがなければ、インナーサークルのお仲間と勘違いしてしまいそうな集団であった。

 

 所持している武器は最新鋭のサブマシンガンやPDWばかり。サイレンサーを装着したそれらをピタリと構えた兵士らはロビーに降り立つなり散開する。

 

 そして栗林らが見ている前で、倒れているインナーサークル側の兵士へとキッチリ2発ずつ、頭部へと銃弾を撃ち込んでいった。

 

 レレイやテュカが息を呑むのが伝わってきたが、彼らの行動は現代戦に於いて極々理に適ったものである。しかし淡々と確実に止めを刺して回るその様子は明らかに手馴れており、細かな身のこなしから伝わる無駄のなさも並みの兵士とは思えない。

 

 

(この人達、正規の部隊じゃない?)

 

「……」

 

 

 隣に立つ上官の沈黙に、栗林は何故か畏れを覚えた。むしろ未だ戦闘中かのように鋭い気配が彼の背中から滲み出ているのを感じ取った。

 

 ――彼は一体何を警戒しているのか。

 

 

「栗林」

 

「は、はい、どうしましたか隊長」

 

「ちょっとこれを持っといてくれ。それで俺が合図したら――」

 

 

 振り返らぬまま突然上官から告げられた命令と手渡された代物に、栗林は大いに困惑する羽目になった。

 

 

「いやいや隊長何でそんな事」

 

「保険ってヤツさ。ちょっとこういう展開にはイヤーな記憶があるもんでね……」

 

 

 ロビー内の死体の確認作業(・・・・)を終えた部隊のリーダー格らしき人物が近付いてくる。細面で骨っぽく、顎髭を生やした人物。

 

 顔を真正面から見据えるなり、栗林は鼻白みそうになってしまった。それほどまでに救援部隊の指揮官は酷薄そうな眼光をハッキリと浮かべていたのだ。彼が引き連れる兵士らからの視線も似たような雰囲気が感じられた。

 

 嫌な予感がする。伊丹から渡された存在を周囲から隠すように握る栗林の手に力がこもった。

 

 

「ラプター・2-4、こちら大ガラス。滑走路上空で待機せよ」

 

 

 オスプレイのコールサインはラプター・2-4というらしい、指揮官が無線に呼びかけると高度を上げ、建物から離れていく。

 

 

「アンタが無線で喋ってたアメリカさん側のチームリーダーであるチャックさんかい?」

 

 

 機先を取ろうとするかのように伊丹が話しかけるが、チャックもチャックで伊丹の問いかけなど聞こえなかったとばかりに、レレイとテュカへ視線を向ける。

 

 

「彼女らがVIPか」

 

「ああそうだ。国会中継は見なかったのかい?」

 

 

 伊丹はさりげなく自分の前へ賢者見習いとエルフ娘を押し出した。その際、2人の少女の体に遮られた伊丹の右腕が周囲から隠れる形になる。

 

 

「事前の情報ではあと3人、特地からの来賓がいると聞いているが」

 

「残りは別の所でこっちのお仲間が保護してるよ」

 

「――そうか」

 

 

 チャックが小さく相槌を打ったその直後だった。

 

 

 

 

 彼の右手が毒蛇のように閃いた次の瞬間には手品のように拳銃が出現し、そしてその銃口がピタリと伊丹の額へ向けられたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<数時間前>

 日本-アメリカ間ホットラインに於けるやり取りを一部抜粋

 

 

 

 

 

『だ、大統領、もう一度仰っていただけますか』

 

『勿論良いとも。私はねモトイ、君はあくまでホウジョウ前政権の負の遺産を押し付けられたいち被害者に過ぎないと私は考えているのだよ。

 何でも聞いたところによれば件の海外における非合法任務に携わったジャパニーズアーミー……おっと失礼、自衛隊員の派遣に関するGOサインを出したのはホウジョウ前政権当時の上層部だったそうじゃないか。

 つまりだ、君は今回野党とマスコミに暴露された件についてはあくまで無関係であり、全ての責任はホウジョウ前政権に償ってもらう――

 そうするのが良いと私は考えているのだよ。何だったら我々も君の無実を証明する為に全力でバックアップさせてもらうとも』

 

『……ありがとうございます大統領』

 

『気にしないでくれたまえ……ああそういえば今そちらは他にもトラブルに見舞われているそうじゃないか』

 

『おや何の事でしょうか?』

 

『誤魔化さなくていいさ。実は我が国のエージェントが事態の一部始終を見守っていてね。

 そちらの面子もも考えてこれまでは手出しを控えていたのだが、エージェントからの報告によるとだね、あの悪名高き狂犬マカロフの残党どもに大事な特地からの来賓をみすみすと連れ去られてしまったそうじゃないか。違うかね?』

 

『っ……』

 

『無論、日本のジエイタイが万事を尽くしてガードに就いていた事は重々承知しているとも。

 しかしこう言っては何だが、かのWW3まで引き起こした狂犬の跋扈を、我々としてはこれ以上見過ごす訳にはいかないのだよ。核や化学兵器の使用すら躊躇わぬ連中に異世界の技術や資源までも渡ってしまう事は断固として避けるべきだ。

 その為ならモトイ、私はこれまでの前任者と同様に、断固たる決意でもって行動するつもりだよ』

 

『まさか……在日米軍を戦闘態勢で日本国内に展開するつもりですか!? 内政干渉ですよ!』

 

『重々理解しているさ。だがこれは必要な事なのだよ。そう、ヨーロッパの時と同じように。

 それに――事態を知った世間はどう考えると思うかね? 国内に潜伏した世界の敵の敗残兵どもにむざむざと特地からの来賓を誘拐された実戦を知らぬ国の軍隊と、彼らの尻拭いの為にわざわざ動いてくれた実績ある世界の警察官……世論はどちらを支持するかな』

 

『…………』

 

『ただまぁ今は此方(アメリカ)も色々と懐が寂しいものでね。後始末を行う分の手間賃を少しばかりいただく事になるが、すまないが許してくれたまえ。

 そうだな……手間を省くには丁度良い機会だ。レディ達を救出した暁にはそのままの流れで来賓を我が国にご招待させてもらうというのはどうだろう』

 

『それ、は、しかし』

 

『ふぅむ、ところで我が国の調査機関がこのような資料を入手したそうでね……』

 

 

(しばらくFAXの印刷音が続く)

 

 

『こ、これは!?』

 

『いや幸運だったよ。毎朝新聞の編集部に持ち込まれる寸前でこれを抑える事が出来たのだからね。幾ら非合法派遣については誤魔化せてもこれが持ち込まれていたらどうなっていた事やら』

 

『…………』

 

『まぁこれは君と私の友情の証とでも思っておいてくれたまえ。ところで先程の件についてだが、考え直してくれたかな?』

 

『……良いでしょう。しかし私にお約束できるのは、あくまで日本側の護衛の手出しを控えさせる事までです。

 それに現在は情報が錯綜しており、状況も混乱の一途を辿っていますので、此方の指揮下から外れた現地の人間が独自の判断で行動した場合や、来賓がそちらの意にそぐわなかった場合に我々へ責を求める事はしないで頂けますかな』

 

『勿論だとも。ああそういえばもう1つ』

 

『……何でしょうか』

 

『来賓の案内役として同行しているのは参考人招致にも出ていたヨウジ・イタミで間違いないなかったね?』

 

『その筈ですが、それが何か』

 

『いや何、彼は『銀座の英雄』として人々から持て囃されているそうだが、実際には例のスキャンダルの当事者でもあるわけだ』

 

『一体何を――』

 

『ある哲学者はこう言ったそうだ。曰く「どんな英雄も最後には鼻につく英雄になる」と』

 

 

 

 

『国家の趨勢をたった1人の英雄に左右されては民主主義は崩壊したも同然だ――ならそのような英雄など存在しない方が良い……そうは思わないかね?』

 

 

 

 

 

 

 

『浅はかな知恵での企みは、ひどい結果に終わる』 ――イソップ

 

 




ちょくちょくMWキャンペーンタイトルをもじっていくスタイル。
そして栗林の痴女度も酷い事に…


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