GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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22.5:Plan-B/陰謀のセオリー

 

 

 

 

 

 

 ――――長い夜が明けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<06:28>

 伊丹耀司 陸上自衛隊・二等陸尉/タスクフォース141・サバイバー

 大島空港

 

 

 

 

 伊丹は、チャックと名乗る指揮官の右手が拳銃へと伸びた時点で、彼もまた行動に移っていた。

 

 まず片方だけ動く右腕を持ち上げると、すぐ目の前に立たせたレレイを右腕一本で引き寄せる。サラリとしたショートカットの銀髪はいとも容易く伊丹の胸元に収まった。

 

 少女の首に右腕を巻き付けるように引き寄せたので、自然とその先の右手に握られている物体も周囲の目に晒される格好となる。そもそもそれが伊丹の目的だ。より周りへ見せつけるように右手はレレイの顔の隣まで持ち上げておく。

 

 

「栗林!」

 

 

 部下へ鋭く告げると同時に、安全ピンのリング部分に差し込んでおいた親指をぐいと動かした。

 

 手のひら大の物体――破片手榴弾の安全ピンが外れる。残り4本の指で破片手榴弾本体と安全レバーを把持する。

 

 指の力を緩めれば安全レバーも弾け飛び、信管に点火し、数秒後には周囲を巻き込む致死的な爆発が生じる事になる。

 

 もし勢いのまま伊丹の頭部を撃ち抜いたとしたら、爆発を防止する安全レバーを固定するだけの力が失われてしまう。

 

 素早く伊丹の手から手榴弾を奪って遠くに捨てられれば良いが、それは文字通り生死を賭けたギャンブルだ。失敗すれば目標である特地からの来賓どころか自分達の命も危ない……

 

 それ故、目を手元に落とす事無く機械のように正確に拳銃を掴んで引き抜き、しかし決して伊丹から視線を外さなかったお陰で彼の取った行動を見逃さなかったチャックは瞬時に判断を下し、銃口の狙いを伊丹の額に据えつつも引き金を絞らなかったのである。

 

 動きを見せたのは伊丹とチャックだけでなく、チャックが引き連れた兵士らも一斉に手にしていたサイレンサー付きのサブマシンガンやPDW、短銃身のカービンを伊丹とその隣に立っていた栗林へと向けていた。

 

 

「ごめんテュカ!」

 

 

 栗林も栗林で、伊丹の合図を受けて驚きと戸惑いを顔に張り付けながらも安全ピンが外れた手榴弾片手に、前に立っていたテュカへとピタリと張り付いている。

 

 その際、手榴弾を握る手を掲げるのに伴いローブの前が開いてしまい、今やローブ以外に隠してくれる物が何一つないバスト92を誇る胸部装甲が一部露わになってしまったのだが、生憎この場にそれらに意識を奪われてしまうような中途半端な心構えの兵士は1人もいなかった。

 

 沈黙がその場を支配した。誰も口を開こうとしない。驚きと緊張、混乱と戸惑い、それらが一挙にぶつかり合った結果、口を開くのが憚られる空気が勝手に形成されてしまったからだ。

 

 

「…………」

 

 

 伊丹は無表情に右手に破片手榴弾を握り締め、彼の腕の中に捕らえられたレレイは虚を突かれた様子で目をパチクリと瞬かせ、キョトンとした様子のテュカの背後で栗林が緊張のあまり顔中に脂汗を浮かばせつつあった。

 

 チャック、そして彼の部下らは現在進行形でレレイとテュカという確保対象を肉盾に利用している伊丹と栗林にピタリと銃口を合わせたまま動かない。否、動けなかった。映画か人質事件のワンシーンのように兵士らは武器を突きつけ合ったまま時間が過ぎていく。

 

 人も音も凍りついた空間を打ち砕いたのは伊丹の左胸元、窓から突っ込んだ折にヘッドセットがイヤホンコードごと外れてしまった携帯無線機から発せられたプライスの声であった。

 

 

『イタミ! ユーリ! ニコライ! ……ええい誰でもいい、無事ならさっさと応答しろ!』

 

 

 レレイの首元へ回された状態のまま右手の位置をずらし、伊丹は無線機の送信ボタンへ触れた。勿論手榴弾は握ったままだ。

 

 

「爺さん、俺だ。伊丹だよ。今テュカとターミナルにいる」

 

『イタミか。無事か? 人質は確保できたのか? ユーリやニコライ達はどうした? オスプレイに乗ってたのはさっきの米軍か?』

 

 

 矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる様子からして、流石の歴戦の老兵も焦っているのが手に取るように伝わってきた。

 

 かつての部下であるソープを筆頭に多くの戦友を失ってきたプライスにとって、伊丹・ニコライ・ユーリといったTF141時代の生存者は彼の中で特別な地位を占めている。偏屈で不愛想な皮肉屋な面ばかり目立つが、彼なりに仲間を大切に思っているのも紛れもない事実なのだ。

 

 

「ユーリとニコライは分からない。乗ってたヘリが墜落して、俺とテュカだけ振り落とされたんだ。ターミナルはそれほど被害を受けてないみたいだから、多分建物を超えて駐車場辺りに墜ちたんだと思う」

 

『クソッ! ……人質は、部下と魔法使いは確保できたのか』

 

「何とかぁね。ちょっとばかり危なかったけどグルジアやアフガンの時みたいにプランBが上手くいってさ。アメリカさんも駆け付けてくれたお陰でどうにか助かったよ」

 

『……そうか。こちらもお姫様(ピニャ)その御付き(ボーゼス)は無事確保できた、飛行機と一緒にな。今からそちらとの合流に向かう』

 

「いやいや、こっちの方が近いんだから爺さん達はその場を確保しといてくれないかな」

 

『分かった、ニコライ達の事はそちらに任せる』

 

「その無線機を捨ててもらおうか」

 

 

 プライスの声が聞こえなくなるや、伊丹が送信ボタンを押し直すよりも先んじて間髪入れずチャックが口を挟んだ。

 

 一通り会話が終わるまで待った上で言葉を発したのは、伊丹が無線機の送信ボタンを押しているタイミングではチャックの声も拾われてプライス側に聞こえてしまうからである。逆にプライス側が話している時、伊丹が送信ボタンを放して受信状態になっているとこちら側の音声は全く拾われず、プライスらに届く事はない。

 

 無線が繋がった時に何故伊丹がプライスらへアメリカ側の裏切りを伝えなかったのかは疑問である。

 

 ……恐らく横取り狙いのアメリカ側が待ち受ける中へ仲間や別のVIPを近付かせたくなかったからであろう。実働部隊の実質的なリーダーである元海兵隊偵察部隊(フォース・リーコン)のハイデッガーはそう判断を下す。

 

 通信を終えた伊丹はチャックから言われた通りに無線機を外し、足元へ落とした。手榴弾での自爆をほのめかして相手の行動を制限しているとはいえ、銃口を突きつけられているのも事実である。余計な刺激は与えないよう従う事にした。

 

 しかし手の中の手榴弾はそのままに、指先だけを使って器用に専用のポーチから無線機を引き出す際、指先を滑らせてハンズフリー機能へ切り替えるボタンを操作しておく。

 

 伊丹のさりげない行動は、何時爆発するか分からない手榴弾という存在の方に気を取られていたせいで誰にも気付かれる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 無線機が床に落ちて硬い音を響かせたのが合図となり、唖然呆然と凍りついていたテュカが我を取り戻して絶叫した。

 

 

「ちょっとちょっと何なのよこれ! 助けが来たんじゃなかったの!?」

 

 

 自衛隊組と米軍組、双方の突然の凶行にエルフ娘は混乱しきりである。

 

 栗林も咄嗟に上官の事前の指示通りに行動してしまっただけで事情を理解できている訳ではない。

 

 だが自他共に認める脳筋とは言え、元より特地に派遣された自衛官として『門』が開いて以降、日本が置かれている周辺国家との微妙な外交関係に関して一定の知識と認識を最低限有しているのが、栗林とテュカの大きな違いである。

 

 そんな栗林の脳裏で不意に参考人招致直後に味わった逃避行の記憶が蘇った。当時襲撃してきた工作員らと目の前の兵士らが重なり、直感的に答えを導き出すなり栗林は反射的に口走ってしまった。

 

 

「まさか、彼らもテュカやレレイ達を攫いに!?」

 

「そうとしか考えられないでしょ。ドサクサに紛れて俺達から来賓を奪ってアメリカ本国へご紹介、って魂胆だったんだろうねぇ」

 

「つまり彼らは元老院での報告(参考人招致)のあと、我々を襲ってきた不審集団の同類と見做して宜しいと」

 

 

 顔のすぐ横に安全装置の外れた爆発物が存在する状態で拘束されているにもかかわらず、レレイの声も顔色もいたって平静であった。

 

 

「そそ、それと一緒。テロリストのせいでレレイ達が特戦群や日本政府から引き剥がされたもんだからここぞとばかりに……」

 

 

 伊丹は一旦言葉を区切らせ、わずかに考え込んだかと思うと目を細め、銃の構えを解かないアメリカ人の一団を鋭く一瞥する。

 

 

「いや、違うな。こいつらは最初からこうなる事を前提に動いていたんだ」

 

「つまり私達が『てろりすと』の捕虜となり、この『くうこう』に連れてこられるのも彼らの計画通りだった、という事だろうか?」

 

「ああ。この分だと増援のヘリが攻撃を受けて箱根に飛んで来られなかったのもアメリカさんの仕業だろうし、それに――」

 

 

 また言葉を切ると一際鋭い視線をチャックへ浴びせ、

 

 

「旅館から脱出した俺達の車に空爆を行って事故らせたのもアンタらの仕業だろ」

 

 

 見えない刃の切っ先でも突きつけるかのように伊丹はそう云い放ったのである。

 

 相対するアメリカ側の指揮官、チャックの表情は変わらない。氷塊から削り出したかのような冷徹な眼差しもそのままだが、しかしほんのかすかに彼の気配が揺らぎを見せたのを伊丹は見逃さなかった。

 

 

「アンタらは無人機を使って箱根で起きた戦闘の一部始終を監視してた。で、自衛隊のヘリを飛べなくして救援部隊を送れなくしたのはいいが、生憎俺達は独力で襲撃側の包囲網の突破に成功しそうになった。

 そうなったらアンタらにとっては都合が悪い、だから念の為爆装しておいた無人機で爆撃して俺達を事故らせ、追いついてきた連中に捕まるよう仕向けた。違うかい?」

 

「……分からないな。どうしてその事故の原因になった爆撃が我々アメリカによるものだと? テロリストのヘリによる攻撃ではないという根拠は何処にある?」

 

「爆発の規模とパターン。あの時の空爆はヘリのロケット弾じゃない、もっと上の高度から発射されたヘルファイアによる爆発そっくりだった」

 

 

 チャックの目元が1ミリばかり変化し、伊丹は己の推測が間違っていない事を改めて確信した。

 

 つい状況も忘れて栗林が口を挟む。

 

 

「隊長、どうしてそこまで分かるんですか?」

 

「海外時代に何度も間近で見てきたからな。ロケット弾かミサイルか、そうじゃないかの区別ぐらいはつくようになるさ」

 

 

 口で言うのは簡単だが、あの時伊丹は装甲車のボンネットの上に必死にしがみついていた最中だった筈だ。

 

 あの状況でよくそこまで観察できたものだと、驚くやら呆れるやら関心するやら反応に困る栗林である。

 

 

「宿で寛いでいたレレイ達を直接自分達がかっさらうよりも、悪いロシア人達に誘拐させてから助けたって形で横取りした方が周囲からの外聞もまだマシだし、日本国内で大々的に動く大義名分も手に入る。

 日本側も悪名高いマカロフの残党の後始末をアメリカにしてもらう格好になるから、大声で文句は言えなくなるだろうしな。アメリカは世界の警察として名を売れるし、堂々と特地の来賓を自分の国に招待する大義名分も一応手に入る。

 その最低条件として、レレイ達がアレクシィらの手に落ちる必要があったわけだ」

 

「……どうとでも邪推すればいい。だがそちらは知らないようだが、今回の来賓については上の方で政治的に話がついている。今すぐこちらに来賓を渡すのであれば、こちらもこれ以上の手出しはしない」

 

「いや、問答無用で銃向けておきながら今更言っちゃう?」

 

 

 ぬけぬけと言い放つチャックに、大いに呆れたとばかりに伊丹が表情を歪めた。

 

 それは栗林も、また伊丹らに人質として扱われているレレイやテュカも同様であった。それどころか本来チャック側に属する筈のハイデッガーを筆頭とした工作員らまでも「何言ってんだコイツ」と言いたげに微妙な視線を送っている始末だ。

 

 

「どうせこの分だと最初からレレイ達に張り付いてた俺達は排除する前提で動いてたとしか……」

 

 

 その時、伊丹の脳裏で不意に姿を現した当初からのチャックの態度や言動に行動、そこへ更に過去のとある苦い記憶が入り混じりながら蘇り、やがてある考えが彼の胸中に生まれた。

 

 浮かんだ推測は果たして正解か否か。それを確認する為に伊丹は敢えて軽い口調を心掛け、チャックへと質問を投げかけた。

 

 

「それともさ――レレイ達を攫うだけじゃなくて俺個人の抹殺(・・・・・・)も作戦目標に含まれてたりするのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 出し抜けに伊丹が言い放った問いかけを受けてアメリカ陣営の人間が見せた反応は大きく分けて2つ。

 

 ハイデッガーを筆頭とした権謀術数よりもドンパチの方に長けてそうな雰囲気の、アウトドアファッションの下からでも分かる程逞しい体格揃いのコマンド要員らは工作員の性として動揺を押し殺しつつも、それでも大なり小なり戸惑いの感情を表情や目元に覗かせた。

 

 ただ1人、伊丹の真正面に立つチャックだけが感情の揺らぎを毛ほども見せず、冷徹な視線を伊丹へ浴びせ続けていた。

 

 ハイデッガーらコマンド要員とは違い、根っからの情報部員として真っ黒な謀略に暗躍してきたチャックは、他の工作員とは桁違いのレベルの自制心と忍耐力を行使し、動揺を表に出す事無く無表情を貫く事に成功してみせた。

 

 しかしそれこそが、彼の今日最大の失敗であった。

 

 例えるならオセロの盤面が白一色で埋まっている中、1枚だけ黒色の石が置かれたかのような状況に近い。

 

 周囲が動揺の色を覗かせているというのに独りだけ動揺を見せていないというその様子は、伊丹の予想が正しかった事をこれ以上無いほど雄弁に語っていたのである。

 

 最悪の予想がものの見事に正鵠を射たと理解した伊丹は、それはもう盛大に深く重い溜息を長々と吐き出した。白い吐息がレレイの耳に触れて少しくすぐったそうだった。

 

 

「そっかー。まさかとは思ったけど、やっぱそこまで危険人物扱いされてたのかねぇ俺って。もしくは参考人招致でバラまかれた写真が決定打になったのかな?」

 

 

 苦笑いを浮かべる。驚きよりも納得の色が濃い事に、むしろすぐ隣で聞いている栗林の方が驚いてしまう。

 

 

「まーでも当然だよな。死人に口なし、アメリカさんにとって命取り間違いなしな情報を握ってる相手がスキャンダルで大いに注目されてるとあっちゃ、そりゃあ口封じしたくなるかぁ」

 

「でも、でも隊長は英雄なんですよ!? 世界を救って、銀座でも多くの人を助けた紛れもない英雄なのに、何でアメリカに命を狙われなきゃいけなくなるんですか!」

 

「私にも理解不能。聞いている限りイタミの功績は称えられて当然の事。それが何故『あめりか』という国から命を狙われる理由になるのかが分からない」

 

「そうよそうよ! 納得いかないわ!」

 

 

 姦しい女性陣の反応に口元がまたも笑みの形に歪む。

 

 それは再びチャックへ視線を移した次の瞬間には掻き消え、伊丹の目つきが皮肉気で鷹を思わせる鋭いものへと変貌した。ここまで強烈な眼光を宿した伊丹を見るのは栗林やレレイも初めてであった。

 

 

「なぁ栗林。俺が海外時代に所属していた部隊、タスクフォース141はどうして壊滅したと思う」

 

 

 端的に説明はしたが詳細は語っていない部分である。チャックの表情が目に見えて強張り、語らせまいと口を挟む。

 

 

「おしゃべりはそこまでだ。今すぐ来賓を引き渡せ。でなければ貴様ら後悔する事になるぞ」

 

「待てチャック、話を最後まで聞いてからでも遅くはない」

 

「ハイデッガー! 貴様っ、任務を忘れたのか! 軍法会議にかけてやるぞ!」

 

「何が任務だ軍法会議だ。組織の右手と左手が互いのしている事を知らないのはよくある話だがな、現場で命を懸けて任務を遂行する我々にまで黙ってお前だけ上の連中とコソコソ企んだ、その結果がこれじゃないのか!」

 

 

 根っからの諜報畑と体育会系の戦闘要員が仲間割れを起こしたのは伊丹にとても好都合な展開であった。

 

 もうしばらく時間は稼げるだろう。だが永遠にレレイとテュカを人質に取り続けながらおしゃべりを続けるわけにもいかない。

 

 オタクトーク以外でもそれなりに舌は回る方とはいえ、伊丹の舌にも限界があるのだ。いつも以上に饒舌なのも、全ては仲間が救援に駆け付けるまでの時間稼ぎの為。

 

 

(頼むから俺の合図、理解しててくれよぉ爺さん)

 

 

 

 

 決しておくびに出さないようにしながら伊丹は必死に祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<数分前>

 イリューシン-76機内

 

 

 

 

クソッたれめ(Bloody hell)!」

 

 

 伊丹との交信を終えるなり激しく悪態を吐き捨てたプライスに不意を突かれた富田達は、揃って目を丸くしながら彼を見つめた。

 

 主にバッタバッタとハルバードで敵兵を両断していったロゥリィ無双の結果、無事救出に成功したピニャとボーゼスも、初対面である異人の老兵の剣幕に若干の怯えすら覗かせていた。それほどまでに今のプライスは怒り心頭といった様子である。

 

 

「ちょっとぉ、今の悪態ぃ? そんなに怒り狂ってどうしたのぉ」

 

「そうですよプライス大尉、米軍も救援に駆けつけてくれたというのにどうしてそんなに怒っているんですか」

 

 

 考えてみれば富田とロゥリィはTF141が辿った悲劇を知らないのだ。理由を知らないのであれば今のプライスを襲う怒りと焦燥感も理解できないのも当然である。

 

 短く、だが深く息を吸って、冷たく新鮮な酸素を取り込む事でわずかながら落ち着きを取り戻す事に成功したプライスは、たった今伊丹から受け取った無線の真意を早口に語っていく。

 

 

「海外で作戦行動を行い、マカロフの重要な手がかりをもう少しの所で掴む寸前まで迫っていたタスクフォースが何故壊滅したのか。理由は伊丹から聞いていないのか?」

 

「いえ、聞いていませんが」

 

「それはだな若いの、部隊に裏切者がいたからだ。

 シェパード中将、よりにもよってタスクフォースの総司令官だった米軍の現役将官だった男が最悪の裏切り者だったんだ。TF141は奴の流した偽の情報によって孤立し、分断された挙句、シェパードの送り込んだ私兵どもの奇襲を受けて壊滅した――それが語られなかった真実だ。

 それだけじゃない、シェパードはマカロフの下に潜入していたCIA工作員の情報を流し、その結果マカロフはザカエフ空港でのテロの際に潜入捜査官の死体を残す事でアメリカに濡れ衣を被せ、第3次大戦の引き金を引く事に成功したというわけだ」

 

 

 富田の口があんぐりと大開になった状態で固まった。

 

 プライスが語った真実は、今や一般的な認識である第3次大戦が起きる原因となった空港テロの顛末、その全てがマカロフの陰謀によるものという通説が覆され、ようやく鎮火したWW3という名の世界を燃やし尽くそうとした劫火を再燃しかねない程に危険な情報であった。

 

 いや、WW3の再燃どころではない。WW3はロシアとアメリカ・欧州各国という構図であったが、この真実がもし世間にも知られてしまえばどうなるか――

 

 最悪の場合、ロシアとアメリカの立場がひっくり返った上で今度は第四次世界大戦(WW4)が勃発しかねない。そしてWW3では核の使用は最小限に抑えられたが、WW4も同じように済む保証などどこにもないのだ。

 

 愕然と凍りついていた富田の顔色が、真っ白を通り越して死人じみた土気色に変わった。彼の顔色の急変にボーゼスが慌てた様子で声をかけるが、今の富田には届かないようだ。

 

 思わぬ世界の真実を知らされてしまって今にも倒れてしまいそうな若き自衛隊員の心中などお構いなしに、プライスは手元の無線機を何やら弄り始めた。

 

 すると横で話を聞いていたロゥリィが肝心な疑問を尋ねる。

 

 

「イタミぃが昔いた部隊が壊滅しちゃった理由は分かったけどぉ、ならどうしてぇ今になってそんなに怒り狂ってるのかしらぁ貴方はぁ」

 

 

 未だ血脂が刃から滴るハルバードを軽々と握りながら質問する亜神に、プライスはこれっぽっちも鼻白む事無く吐き捨てるように答えてやった。

 

 

 

 

 

「グルジアとアフガニスタン、この2つは罠に嵌められたタスクフォースが壊滅した時の作戦に送り込まれた地名だ。そしてイタミは米軍が駆けつけてきたとも言った。

 つまりイタミが言いたかったのはこういう事になる――助けに現れた米軍は裏切者(Betrayer)で俺達も殺そうとしている。

 プランBは裏切り(Betrayal)のBだ。遅かれ早かれ、連中は俺達も殺そうとしてくるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『欺瞞し、裏切る。これ人間生来の心根なり』 ――ソポクレス

 

 

 

 




強引な展開に感じられたら申し訳ありませぬ。
まぁ原作でも政治的取引で撤退させられた特戦群はともかく、レレイ達の近くに張り付いていた伊丹らは最初から排除前提だったらしいので…工作員同士の鉢合わせとロゥリィ無双がなかったら伊丹達もどうなってた事やら。


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