GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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予想以上に御託が長くなったので区切って投稿します。


Last(下):When Soldier Comes Marching Home/兵士達の行進

 

 

 

 

 

<10:55>

 去る者と往く者

 銀座上空/CH-47機内

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ着陸するぞ。皆用意はいいな」

 

「もちろんです隊長」

 

「妾達は大丈夫だ」

 

「こっちもいいわよぉ」

 

 

 次々と返される声を受け止めながら、念には念を入れるべきであると考えた伊丹は各自の身なりや持ち物を目視で確認していく。それぞれ身嗜みを整え直し、己の荷物を手に着陸の瞬間を待ち構えていた。

 

 行きとは違い、帰路にはプライス・ユーリ・ニコライというタスクフォース141の生き残りも加わっている。

 

 彼らは何故か自衛隊の迷彩服に身を包んでおり、そこへフェイスマスクで顔を隠し更に色付きのゴーグルも装着すると一部の隙も無く肌が見えなくなり、詳細な顔立ちや人種を判別する事は不可能となった。

 

 ヘリは今や窓越しに施設を目視できるほど銀座駐屯地へ接近しつつあり、駐屯地最大の特徴である『門』を内外から保護する為の半球形のドームもハッキリと視認できる。

 

 ドームの外側を正方形に取り囲むフェンスと鉄条網の外側には多くの人の姿が見えた。人々という表現では足りないが大群衆にはやや遠い。空から直接見下ろしている分、全容が分かり易かった。

 

 

「私達が通って来た『門』の周りって、空から見るとこうなってたんだ」

 

「我々の世界では、このような空からの風景は竜騎士でもない限りほとんど見る事は出来ないからとても興味深い」

 

「イタミ殿、あの群衆は一体?」

 

「殿下達のお見送りですよ多分。別に大して気にする必要はありませんよ」

 

 

 駐屯地を包囲する群集の最前列が揃ってカメラの砲口を降下途中のチヌークへと向け始めたのに気付いた伊丹は、内心溜息を漏らしながらもピニャには笑顔を向けてはぐらかす。

 

 今度は別の窓から眼下の景色を眺めていたロゥリィが尋ねた。

 

 

「ねぇイタミぃ、あそこにあるのは何の施設かしらぁ?」

 

 

 銀座駐屯地唯一の営門、そのすぐ外側に設けられた小さな小屋のような施設をロゥリィは指差す。

 

 意識を目元に集中させると、亜神特有の強化された感覚により、そこへ訪れる人々が皆花束を捧げては手を合わせて祈っている事に遅ればせながら気付く。

 

 

「ああ……あれは最初に『門』が開いて帝国軍が銀座に攻め込んできた時に亡くなられた犠牲者の為の慰霊碑だよ」

 

 

 一瞬言い淀んだのは『銀座事件』には無関係とはいえ、特地の住民であるロゥリィに教えてしまっていいものか一瞬迷ってしまったからか。

 

 

「へぇ、そうなのぉ」

 

 

 伊丹からの答えを聞いたロゥリィは普段よりも真面目な色合いを帯びた声色で以って相槌を返す。

 

 そして輸送ヘリが更に高度を下げた事で視界から外れて見えなくなる瞬間まで、彼女はずっと慰霊碑を見つめ続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

<10:57>

 集まった者達

 銀座駐屯地/地球側『門』周辺

 

 

 

 

 

 

 その日発生した混沌は、まず深夜から早朝にかけてネット上に出回った情報がきっかけとなった。

 

 曰く、箱根が戦場になった。

 

 曰く、箱根の温泉宿に泊まっていたら就寝中に連続して爆発と銃声のようなものが何度も聞こえてきた。

 

 曰く、何台もの車がカーチェイスしているのを見た。曰く、ロシア軍のヘリが何機も飛び交うのが見えた。曰く、武装した兵士が銃撃戦をしていた。

 

 文章だけならガセ扱いされても当然の突飛な内容ばかりだったが、現場で撮影された画像や動画―道路に残された戦闘痕、クラッシュした車両に散らばる銃火器類、そして炎上する軍用ヘリと兵士の死体―も同時にアップされると一気に情報は真実味を帯びた。

 

 そこへ新たな情報が飛び込んでくる。伊豆大島近海に謎の貨物船と武装集団が出現し大島空港を占拠。日中に1本か2本しか離着陸便が飛んでこない、常駐の職員がおらず夜間には閉鎖される離島の空港なのが幸いであった。

 

 武装集団の目的はあくまで空港施設の利用であり、少なくとも住民を襲うつもりは無いようだ……と安堵したのもつかの間、今度は謎の武装ヘリと在日米軍が空港を強襲。

 

 ミサイルが飛び交い、ヘリが次々墜落し貨物船は炎上のち沈没、空港施設も大損害を負う程の激戦に、島の住民は大いに肝を潰す事となった。これまた奇跡的に島の住民に被害は出なかったのだが、しばらくは戦闘の後処理と復興と本土マスコミからの取材に彼らは振り回される羽目になる。

 

 そこに加えてWW3を引き起こした悪名高きロシアのテロ集団による女性自衛官の公開処刑ライブである。

 

 人質の処刑そのものは未遂に終わったとはいえ、人が狙撃される決定的瞬間からヘリより飛び降りた兵士が窓を突き破って突入してくるというアクション映画顔負けの映像。そして日本国内で激しい戦闘が行われる光景が機銃掃射でカメラが破壊されるまで生放送で流れ続けたのだ。隠蔽や誤魔化しのしようもなかった。

 

 これらの事件だけでも『門』の開通、そして『門』をきっかけに発生した『銀座事件』に匹敵するほどの衝撃を日本のみならず世界中へと齎すには十分過ぎる規模と内容である。

 

 ……仮に、今回の騒動がここまでで幕引きを迎えていたならば。事件の顛末を知った国民らは、異世界からの侵攻者に続き、悪名高きテロリストの跋扈を許した政府や関係機関へ非難の声を上げ。

 

 何処の国の人間か分かりゃしないぐらいに与党政府を目の敵にする野党議員と市民団体が意味不明な理屈でもって責任追及を求める奇声で喚きたて、マスコミもそれに倣い過剰にセンセーショナルな文句で煽っていたであろう。

 

 そんな怒涛の騒動を聞きつけていざお祭り騒ぎに励もうとした人々の下へと飛び込んできたのが、本位首相による伊丹耀司二等陸尉ならびにタスクフォース141についての情報公開、この発表にロシアとイギリスが賛同したという報せである。

 

 本居首相のこの行動は、いわば料理における差し水の役割を果たす事となった。

 

 すなわち現役自衛隊員が秘密裏に海外で実戦参加していたという情報の漏洩、そして日本国内でのテロリストの跋扈によって沸騰寸前であった国内世論は。

 

 騒動の当事者である伊丹が、その実ロシア大統領を救出し、第3次大戦を終焉に導いた張本人であると諸外国からのお墨付きで公表された事によって、一気に沈静化したのである。

 

 しかしそれはあくまで表面的なものに過ぎず、情報公開という差し水によって破滅的な混乱は免れたとはいえ、沸騰寸前まで高まった熱量が消えた訳ではない。

 

 国民の感情は何時破裂してもおかしくない程に張りつめたままだ。ただ政府や報道機関、ネットからもたらされる情報があまりに極端かつ衝撃的な内容ばかりである為、思考がオーバーフローを起こした結果、表面上は落ち着いているように見えているだけなのだ。

 

 実際、SNSや匿名掲示板といったネット界隈では、お祭りや炎上といった表現が生温く感じる程に称賛と批判と罵詈雑言が飛び交う電子的な無法地帯と化しており、膨大な更新頻度とデータ量の増大にサーバーの方が耐え切れず、一時的に利用不可能となる事態が多発している状況にある。

 

 

 

 

 

 

 

 そして舞台は『門』のある銀座へと移る。

 

 現在の銀座には普段以上に多くの人々が集まっていた。

 

 集まった人々の3割は日頃から銀座で働くサラリーマンや店の従業員、2割はテロ対策に臨時で銀座駐屯地の警備に派遣された自衛官や警察官であるが、残りの5割は今回の騒動を受けて様々な思惑を胸に、銀座駐屯地へ押しかけてきた無関係の者達であった。

 

 例えばマスコミ。彼らがここに集まった理由は分かり易い。

 

 今や世界的有名人と化した伊丹も元は特地派遣部隊の一員であり、また国会中継にも出演した特地からのお客様(赤髪と金髪のお嬢様風の2人も特地関係者と推測)がテロリストに誘拐されその姿もネットに流れた。

 

 そして特地に戻るにはこの銀座駐屯地にある『門』を通過しなければならない。なので駐屯地を取り囲むフェンス越しにあわよくば一瞬だけでもその姿を捉えられれば、という魂胆であった。

 

 当事者の姿をカメラに収められなかったとしても、厳戒態勢に入った警備の自衛隊員と警官隊の物々しい様子だけでも売り物の絵としては十分だった。何なら通行人に今回の騒動に関するインタビューを行うのもアリである。

 

 マスコミ以外にも昔ながらのレフカメラやデジタルカメラ、或いはスマートフォンを使って撮影している非職業的集団もいる。

 

 彼らは特地の美女美少女の生写真が目的の者もいれば、普段はイベント以外では間近にお目にかかれない自衛隊や警察官の装備を目当てに撮影している者も存在する。中には単純に銀座周辺の騒ぎを撮影して動画サイトにアップしようと訪れた、今流行りの動画クリエイターも多々混じっていた。

 

 自衛隊員の海外における非合法な実戦参加に対する抗議を急遽行うべく訪れた反戦団体の姿もあったが、その数は極めて少数である。

 

 抗議しようにも、彼らの非難対象とされるべき伊丹は今や世界が認める核戦争阻止に貢献した英雄だ。

 

 即ち彼が戦った事によって世界に平和が齎されたと言える訳で、そんな彼を槍玉に挙げてデモを行おうものなら、今の世間は逆に団体の方こそ悪役として叩くであろう事は、少し冷静に考えれば容易に想像出来る。

 

 つまり今回銀座にデモをしようと集まった参加者は筋金入りの愚か者揃いという事に他ならない。また当日に慌てて招集をかけたとあって尚更参加者が集まらなかったというのが、事の真相であった。

 

 そもそも日本においてこの手の団体は与党叩きを目的とした野党、ひいては日本の国政を妨害したい某半島や某共産国家の紐付きというパターンは珍しくない。

 

 しかし本位総理は今回テロリストの跋扈を許したのは機密暴露の発端となった野党の女性議員、また彼女を唆した海外の勢力の責任であるとして、これを機に外患誘致の魔の手を一掃すると正式に宣言。

 

 かのような紐付き団体の多くは今後、大幅にその影響力を削られる事となるのは間違いあるまい。

 

 中には政府や自衛隊に対してではなく、『門』の向こう側から来賓を招いた事や『門』の存在が今回の事件を招いたとして抗議に訪れた団体も混じっていたが、こちらも反戦団体と似たような状況であった。

 

 ただ抗議団体側のメンバーらはデモの開始前に慰霊碑へ献花し、黙祷を捧げていたのが反戦団体との大きな違いである。『門』関係の抗議団体には『銀座事件』に巻き込まれた犠牲者の縁者親類が多く所属しているのだ。

 

 極少数ながら外国人の姿もちらほらと見受けられた。彼らはカメラを駐屯地の設備や人員に向けたりシュプレヒコールを喚き立てるのでもなく、喧騒に溶け込みつつさりげなく銀座へ集まった人々を監視しているという点で共通していた。

 

 上記の区分に当て嵌まらない残りの人々は単なる野次馬である。

 

 テロリストの残党が銀座駐屯地まで押しかけてくるという可能性なんぞ考えつかないとばかりに、今話題の英雄や特地の美少女らを一目見ようとやって来た、筋金入りに危機管理能力の低い者達。その数は軽く4桁に達し、今も増大しつつあった。

 

 どうやらWW3や国内での戦闘を体験しても、日本国民全体が平和ボケから抜け出すにはまだまだ長い時間と対策が必要なようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな熱気と喧騒に包まれた銀座のど真ん中へ向けて、伊丹達を乗せた輸送ヘリは着陸態勢に入りつつあった。

 

 マスコミの報道ヘリや警察航空隊で運用されている機種とは一味違う、大出力のエンジン音に相応しい大柄な迷彩柄の機影が降下してきているのに気付くと、群衆はにわかにどよめいた。カメラの砲列が高度を落とすヘリを一斉に追いかける。

 

 輸送ヘリは『門』を守るドームと駐屯地から外へ出る唯一の営門の間のスペースへと着陸した。

 

 銀座駐屯地自体がビルの乱立する銀座の中心部に急遽設置された場所だ。その立地上ビルとビルの間を貫く通りへ降りる格好となり、ダウンウォッシュによって近隣のビルの窓ガラスがびりびりと震える。敷地外に集結した群衆にも強風が襲い掛かり、ちらほらと驚きの悲鳴が上がった。

 

 

「よし、急いで降りるぞ! このヘリはすぐに飛び立つから絶対に忘れ物するんじゃないぞ!」

 

 

 谷間のような狭い地形へヘリコプターが降下すると、ローターの生み出す風圧が跳ね返ってヘリそのものを不安定に揺さぶってしまう。長時間滞在すればするほど墜落のリスクが上がるので、伊丹達が降り次第すぐに離陸する手筈となっていた。

 

 開放された後部ランプから次々と降りる一行。伊丹が全員降りた事を無線でパイロットへ伝えると機体はすぐさま上昇、危険なビルの谷間からあっという間に離脱を果たす。

 

 ヘリの羽音が遠ざかるにつれ、入れ替わりに駐屯地を取り囲む群衆のざわめきが聞こえてきた。

 

 

「そんじゃさっさと『門』を通って特地に戻ろうか」

 

「ですね、今となっては特地の方がよっぽど落ち着いて過ごせますよ」

 

「全くの同意なんだけど、日本より異世界の方が安全って何だか複雑な気分……」

 

 

 愚痴りながらも最低限警戒は緩めずドーム方向へ向かう伊丹達。

 

 しかし1人だけ反対方向、すなわち外へ通じる営門方向へ歩き出した者がいた。

 

 ロゥリィである。

 

 止める間もなくどんどん営門へと近づいていく彼女を、伊丹は慌てて後を追う。

 

 

「待てロゥリィどこ行くつもりだ!?」

 

「もちろん、死者へ祈りを捧げに行くのよぉ。鎮魂の象徴に祈りも捧げず立ち去るなんてぇ、死と断罪の神エムロイの使徒失格だものぉ」

 

「言いたい事は分かるけど、もし万が一アレクシィの仲間があの中に混じってたら――」

 

 

 説得の言葉を聞き終える事無く営門前に辿り着いたロゥリィの姿は、次の瞬間伊丹の視界から一瞬で消え去り、更に数瞬後には何と営門の外側へと出現していた。もちろん営門は閉め切られたままだ。

 

 己の身長の倍以上は高いフェンスをロゥリィは軽々と飛び越えてみせたのである。

 

 彼女の身体能力の凄まじさは何度も目撃していたが、改めて見せつけられた伊丹は一瞬呆けたかと思うと、「クソッ」と吐き捨てて伊丹以上に驚愕で凍り付いていた詰所の門衛へ指示を飛ばす。

 

 

「俺達も出るから今すぐここを開けろ!」

 

「は、はぁ?」

 

「だから早く開けろって言ってんの!」

 

「ちょっと出ちゃって良いんですか隊長!?」

 

「いくらロゥリィが強いからって1人だけほったらかしにする訳にはいかないだろ!」

 

 

 そこへ律儀に後を追ってきたレレイとピニャが口を挟む。

 

 

「では私達もイタミやロゥリィと行動を共にする。その方が我々としても安心できるし、彼女の言い分も正しい」

 

「妾もレレイ殿に同意しよう。集まった民衆が見ている前で妾達が鎮魂の祈りを捧げる事無く帝国に帰還しまっては、帝国に対し二ホン側の民衆が余計な悪感情を抱いて今後の和平交渉に差し支えが出るやもしれぬからな」

 

「うーむ、確かにそうかもしれないけど」

 

 

 ロゥリィは伊丹だけが追いかけ、栗林らにはそのままレレイらを『門』の向こうへ先に送らせるつもりだったが、妙な展開になってしまったと伊丹は頭を掻き毟った。

 

 彼が思索に耽ったのはほんの数秒だけであった。もう1度「営門を開けろ」と門衛に身振りで促すと、揃いも揃って追ってきた部下と戦友と護衛対象の少女らへ真剣なまなざしを向け直す。

 

 

「これだけ人が集まっての騒ぎだ、どこから襲ってくるか分からないし何が起きるかも分からない。レレイや姫様はこっちが合図したらすぐさま『門』に逃げ込めるよう意識しておいてくれ。

 不測の事態が発生した時は栗林はレレイ達の誘導を、富田は撤退の支援だ」

 

「我々はどうするね?」

 

「ニコライや爺さん達は俺と一緒に周囲の警戒を頼む。日本人じゃないってバレたら駒門さんらが困るから頼むから英語とロシア語は禁止で。ああそれからカメラを銃と間違えて撃たないでくれよ?」

 

「敵かそうじゃないかを見誤るほど耄碌しちゃいない」

 

 

 薬室に最初の1発を装填しながら、マスク越しでも仏頂面と分かる声でプライスが発した反論に伊丹は苦笑した。

 

 

「それじゃお披露目といきますか」

 

 

 最後に一声皆に声をかけると、先頭に立った伊丹はゆっくりと開き始めた営門へと歩み寄る。途端に伊丹達の出現に気付いた野次馬が構える様々な種類のカメラレンズが、一斉に伊丹へと向いた。

 

 

(コスプレイベントで写真撮られる側ってこんな感じなのかね)

 

 

 いつもは撮る側なんだけどねぇ、と声に出さず独りごちながら伊丹は営門を通過し、銀座駐屯地の外へ1歩足を踏み出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロゥリィの登場は集まった群衆にとってまさに不意打ちだった。

 

 まさか可憐な少女が営門が開くのを待つのではなく、身の丈をはるかに超える鋼鉄のハルバードという大荷物を小脇に抱えた状態から、高跳びの世界記録を軽々と突破してしまうほどの跳躍力でもって飛び越えてしまうなど、亜神の能力を知らぬ民衆の誰が予想できるだろうか。

 

 決定的瞬間を目撃した最前列の人々は、決定的瞬間に驚嘆の声すら漏らせず呆気に取られた。

 

 中にはテレビ局から生中継中のレポーターも混じっており、彼らはスタジオ側からの問いかけに答えるのも忘れて慰霊碑に近づくロゥリィを目で追うばかりである。

 

 それから突如開いた営門から現れた一団の存在に気付いて我に返ると、慌ててそちらの方へとカメラと意識を向け直す。

 

 まず営門から出てきたのは富田と栗林を引き連れた伊丹であった。

 

 自衛官である彼らだが、3人のうち正式な自衛隊員らしい格好をしているのは迷彩服姿の栗林だけだ。

 

 ヘリ内で伊丹に迫った時とは違い、当然ながら迷彩服の胸元はきっちり閉じて防寒ジャケットを羽織っている。一応護身用兼警護の為として自動拳銃をレッグホルスターへ収めて携行している。

 

 伊丹と富田に至ってはコンバットパンツ、上は私服にタクティカルベストを直接羽織るという、箱根と空港での戦闘時そのままの格好を貫いていた。自衛隊員というよりかは、中東かアフリカ辺りで活動するPMC(民間軍事企業)オペレーターを思わせる装いだ。

 

 服装のみならず、伊丹は手にはM4カービン、レッグホルスターにサイドアームのグロック18を。

 

 富田もSA58・OSWアサルトライフルととSIG・P320自動拳銃で武装している。

 

 余談ながら、自衛隊の正式採用品ではない銃器を持つ伊丹と富田の姿が映像に流れた瞬間、自衛隊や銃器を愛好する人々が集まる匿名掲示板で一気に議論が活発化したという。

 

 また壮絶な一夜を過ごしたとあって大なり小なり負傷した伊丹ら3人の顔や首元、手首はガーゼと包帯で覆われていた。

 

 特に目立つのはやはり伊丹である。空爆に巻き込まれるわ車から転げ落ちるわ(それも2度)、挙句墜落寸前のヘリからも振り落とされて窓ガラスを突き破るわと、何度も死にそうな目に遭ったのだから当然であろう。

 

 脱臼した左肩は、骨まで痛んでいないのと吊っていては動きが制限されるのを嫌って固定せずに鎮痛剤と湿布で誤魔化している。

 

 時折鈍く痛むが逆に言えばその程度、緊急入院が必要な重傷まで負っていないのは経験の賜物か、もしくは単に強運のお陰か。

 

 ともかく頭には包帯が巻かれ頬にはガーゼ、首筋からもうっすらと血で汚れた包帯を覗かせる今の伊丹は、傍目には満身創痍のようにしか見えない。

 

 しかし彼の眼光は鋭く、普段は冴えない印象の顔つきは得体の知れない迫力に満ち溢れていた。むしろ一見手負いその姿は、壮絶な修羅場を突破した猛者としての風格を生み出している。

 

 武器を手に文字通りの臨戦態勢にあるその姿は、野生の狼を思わせる威圧感となって観衆に叩きつけられた。

 

 直接伊丹の気配の矢面に立つ格好となった最前列の群集は、冬特有の乾いた空気とは別の理由で口の中に渇きを感じ、見えない圧力に押されて2歩、3歩とたじろいでしまう。

 

 伊丹の移動に合わせて人垣は割れ、結果自然と営門から慰霊碑までの道筋が構築される。

 

 道の終点では先にさっさと出て行ってしまったロゥリィが悠然と待ち構え、威風堂々と近づいてくる伊丹へ楽しそうに微笑みを向けている。

 

 

「これが第3次大戦の英雄か」

 

 

 今日銀座に集まった群衆の中でも年長の、紛争地帯での取材経験も持つカメラマンは、畏怖の念を篭めてそう呟きながら行進する伊丹らの姿をカメラに収めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 自衛官らに続いて姿を現したのはレレイ・テュカ・ピニャ・ボーゼスの特地組だ。

 

 ピニャとボーゼスは、往路や外務省との極秘会談の際にも着ていた特地における冬季用の礼服姿である。

 

 それぞれ帝国第3皇女とその側近として数々の式典に参加してきた存在として群衆から感じる注目の気配に高貴なる者のスイッチが入ったのか、背筋を伸ばし表情を引き締め、騒動の疲れを思わせぬ堂々とした美貌と振る舞いを日本の観衆へ見せつけていた。

 

 3人娘と違い(外見上は)成人し、帝国屈指の高級階級の出として女としての研鑽も磨いてきたのがこの2人だ。凛とした彼女らの姿に、群衆の中には撮影も忘れて見惚れてしまう者も少なくない。

 

 一方でレレイとテュカは梨紗とのショッピングで入手した地球の冬物ファッションに身を包んでいた。先んじて飛び出したロゥリィも同様だ。

 

 3人娘と帝国組、両者の違いは箱根から大島空港にかけての戦闘で衣類に大きな被害を受けたか否かである。

 

 特にロゥリィの場合はロケット弾の直撃を受け止めるわ、己の得物に串刺しにされるわで、トレードマークのゴスロリ調神官服はボロボロの血まみれという、ゴミ箱逝き確定の有様だったのだから仕方あるまい。

 

 そんな彼女らに共通しているのはそれぞれ内側から膨らんだ紙袋を所持している点だ。地球で調達した戦利品の他、レレイらの場合は行きに着ていた衣類も収めてある。

 

 元々の素材が良いとあって、地球流のファッションは異世界の少女らにもよく似合っている。

 

 テュカのサラサラ金髪から覗くエルフ耳は良いアクセントになっており、単に髪を染めただけでは到底出せない透明感を誇るレレイの銀髪は吸い込まれるようで、ロゥリィが着込むファー付きの白いコートは漆黒の長髪を見事に際立たせていた。

 

 参考人招致に出席した際、テュカは銀座に到着してから調達したビジネススーツ姿であったが、レレイとロゥリィは特地の民族衣装を着ての参加だ。

 

 それもあってかテュカはまだしも、国会中継時はそれぞれ黒ゴスドレスと賢者風ローブ衣装だったロゥリィとレレイが日本のファッションに身を包んでいるというギャップに、群衆のテンションは瞬く間にウナギ上りである。

 

 自衛隊組(正確には伊丹個人)の威圧感によって途切れていたストロボの閃光が一気に復活する。

 

 国会の時を超える連続閃光にちょっと腰が引けそうになりながらも、彼女らはなるべく堂々と伊丹らに続いて足を動かし続けた。

 

 殿を務めるのはプライス・ユーリ・ニコライらタスクフォース141の生き残りだ。

 

 先に述べた通り彼らは自衛隊の迷彩服にマスクに色付きゴーグル、加えてグローブまで嵌めて一部の隙無く肌を隠している。

 

 それ以外にも防弾チョッキにヘルメットも陸上自衛隊で採用されているタイプを着用。おまけにH&K社のHK416・アサルトライフルで武装もしている。これらは全て駒門が用意して飛行場で着替えさせたものだ。

 

 銃器以外を除けば陸自の普通科隊員と大差はない。しかしながら3人が着込む迷彩服には一線を画す違いが見受けられた。

 

 それは迷彩服の左腕に張り付けられたワッペンの存在。日の丸、剣、鳶、榊を象ったその意匠は着用者が一般部隊からかけ離れた所属である事を示す。

 

 

「あれは特殊作戦徽章!?」

 

「特殊作戦群が来賓の護衛に就いていたのか!」

 

 

 主にミリタリー関係に深い造詣を持つ者を中心とした群衆の一画から驚嘆の声が上がった。

 

 考えてみれば、かの伊丹耀司も海外派遣前は特殊作戦群に在籍していたのだから、その関係で超VIPである特地来賓の護衛に英雄の古巣で、かつ日本屈指の精鋭である特殊作戦群が充てられるのも当然なのでは?

 

 騒めく人々の間で新たな意見が上がる。

 

 

「特戦群がこうして伊丹と異世界のお客さんらと行動を共にしてるって事は、箱根や大島空港で起きた戦いにも特戦群が参加してたんじゃないか?」

 

 

 実際の特戦群は確かに箱根山中でテロリストと一線を交えはしたがそれは使い捨ての囮に過ぎず、罠にかかり伊丹らと分断させられた結果、機甲部隊を含めた本隊や大島空港近辺での決戦にも不参加を余儀なくされたのが真相である。

 

 しかしそこまで詳細な―正確には正直に公表したら各所から叩かれてしまう都合の悪い内容の―情報は市井に公表されていない。

 

 また自衛隊員でもない外国人ばかりで構成された助っ人の存在も現時点では伏せられているので、箱根と伊豆大島での戦闘は今のところ『在日米軍の支援を受けた伊丹率いる自衛隊員らが誘拐された特地来賓の奪還に成功』という扱いにされていた。

 

 それもあってか、群衆は顔を隠したプライスらを特殊作戦群の一員としてあっさりと誤解してしまうのであった。

 

 むしろ滅多にお目にかかれない特戦群の雄姿を、特に64式や89式以上にレアな特戦群限定採用の銃器を詳細に記録すべく熱心に撮影する始末である。

 

 当のプライス達も身分を隠すのは過去の任務で何度となくやってきた事とあって、不自然な態度を見せず堂々と群衆の警戒に就いている。

 

 この場で肝心なのは、プライスら外国人組が『特地来賓を護衛する特戦群隊員』と観衆に認識される事だ。わざわざ本来着用の場が限定される特殊作戦徽章をわざと誇示するように左腕へ身に着けてアピールしているのも偽装工作の一環である。

 

 白人系のイギリス人にロシア人という、どこからどう見ても外国の人間であるプライス達を『門』の向こうで保護するのは3人の出身国との裏取引によるものだ。表沙汰に出来ない取引である以上、現時点で3人の特地入りを世間に知られる訳にはいかない。

 

 もし表沙汰になってしまっては、弱みを握られたアメリカはまだしも、強かな中国(と己の器量も弁えず意味不明に騒ぐのが大好きな韓国)があらゆる手管を使って『自分も入れろ』と騒ぐのが目に見えている。

 

 かといってグダグダ特地入りの手続きをしていたら付け入る隙を参周辺国家に与えかねず、何より往生際の悪いテロリストの残党がまた日本国内でやらかさないという保証もないのだ。

 

 ――ならば情報公開で国内も他国も混乱している間にさっさと問題の人物を特地に送り込んでしまってから対処すれば良い、というのが駒門の考えであった。

 

 立案者の公安警察官としてはさっさと『門』を通って世間からの目が届かない特地に向かってくれれば万々歳だったであろう。

 

 ロゥリィが勝手に駐屯地を出て群衆の真っ只中に出て行ってしまい、伊丹達も後を追わなければならなくなったのは誤算であったが、これは流石に駒門の怠慢とは言えまい。

 

 むしろドローンや駐屯地周辺のビルから望遠レンズを使っての撮影、はたまた偵察衛星の存在も視野に入れての対策として、わざわざ特戦群採用の装備と特殊作戦徽章まで用意した念の入れようを賞賛すべきであった。

 

 実際彼の手配のお陰で、見事に群衆の目を騙す事に成功しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 かのような堂々と武装した兵士らと彼らに護衛された異世界からの賓客という一団は、その異様さと神秘ぶり、制御されてはいるが鋭く濃密な暴力の気配に守られながら、群衆からの妨害を受ける事無く慰霊碑の前まで辿り着く。

 

『門』の向こうからやって来た異世界からの客人らは慰霊碑の前で跪くと、深く頭を垂れて黙祷を捧げた。その間自衛隊組を筆頭とした兵士らは引き金に指はかけないものの、安全装置を解除した銃器を手に周囲の警戒を厳に行う。

 

 群衆のざわめきがにわかに止むのと引き換えに、決定的瞬間を求めてカメラのフラッシュが一層激しく瞬いた。

 

 黙祷を終えるとロゥリィがゆっくりと立ち上がり、おもむろに周囲を見回す。

 

 

「鎮魂の鐘が必要ねぇ。誰かぁ、鐘を鳴らしてくれるかしらぁ?」

 

 

 そう声を上げるのと同時、銀座有数のトレードマークに数えられる時計塔の針が11時を指す。

 

 まるで彼女の呼びかけに呼応したかの如く重厚な鐘の音色が鳴り響き、ロゥリィの口元に満足げな笑みが浮かぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『英雄が兵士を戦わせるのではない。戦った1人の兵士が英雄となる』 ――ノーマン・シュワルツコフ陸軍大将

 

 

 

 

 

 

 




今週中に次の更新をもって今度こそ完結予定です。



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