幽香さん、優しくしてみる   作:茶蕎麦

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 三年ぶりでもう誰も覚えていないかもしれませんが、お久しぶりですー。
 色々と設定が出ちゃったりして東方全体を追いきれなく成っちゃったのですが、更新停止のままではダメだろうと一念発起し、自分の頭の中の止まった設定のまま書いてみました!

 とりあえず、この作品はこんな感じなんだなと読んでいただけますと幸いですー。


第十七話 天邪鬼に優しくしてみた

 鬼人正邪は天邪鬼である。

 そのように、彼女は鬼と種族名についてはいるがしかし実際は鬼とは程遠い、捻くれているだけの妖怪だ。

 生まれついて、何かが幸せであるとムカつくし褒められているとぞっとする。嫌がることは進んでするし、命令無視なんて当たり前だ。

 

 そのような、ある種哀れとすら思えるほどの常道嫌い。彼女は人から嫌われ妖怪としてもはみ出しもの。相手の前に差し出す舌の赤さにこそはっとされるが、次には相応のしっぺ返しが待っていた。

 そんな正邪は当然、安定平和を嫌う。空いた両手があるならその手で隣人を傷つければいいのに。相手のためを思うとか反吐が出る。その様にして、毎日平穏な幻想郷の半端なところで苛々とし続けるのがこの頃彼女の常だった。

 

「ちっ」

 

 今日は朝から程よく空に雲が湧いていて、日差しも柔くて珍しいくらいにいい天気である。鳥達が優しく鳴き合うのも快く、四季の合間の平らな空気に流れる妖精たちの幸せそうな様といったら思わず微笑んでしまいそうだ。

 勿論、素敵なそれら全てを嫌っている鬼人正邪は全てを評することすらなく舌打ち一つで背を向ける。どうでもいい、それを嫌がる自分には無意味なものだとして。

 だが、実際それらが無意味なものでないというのは、何より正邪こそ知っていた。何せ、全てが素晴らしく愛おしいと感じてしまうからこそ、彼女にとって気持ち悪いのだから。

 

 そう、天邪鬼である彼女は心の底からこの世が素晴らしいことを知っていて、だからこそ大嫌いなのだった。それこそ、愛が嫌いに変わる天邪鬼らしく。

 愛おしいからこそ傷つけたい。そんなどうしようもない自分が嫌いで好きでどこにもどうでもいいものがなく、結果的にとても彼女は生きるのが辛かった。

 

「せめて、こんな世界、変えたかったんだけれどねえ……」

 

 全てに平穏無事が約束されずとも、可能性として残されている。ここ幻想郷はそんな楽園であった。

 それでも、これまで正邪が笑ってしまうくらいの不幸はそこらに存在していて、まだ過ごしやすい部分もあったというのに。

 それもこれも、弾幕ごっこという命をかけない闘争が流行ってしまってからは、大分少なくなってしまった。今や、弱者の弱音を聴いてざまあみろと言っている時くらいが、心休まる時間である。

 

 だから、色々画策し、天上天下を逆さにして、過ごしやすくしようと目論んでいたが、無駄に終わりそうであった。

 それこそ、正邪が唯一尊敬している捻くれの極地である、風見幽香という天地がひっくり返ろうが手のつけようのない最強が皆のためにと動いているために。

 

「風見幽香が相手だと伝説の打ち出の小槌ですら、足りないだろう。アイツを相手して下剋上なんて夢のまた夢だ」

 

 鬼人正邪は捻くれているが、それでも物事の図りまで間違えることはない。誰より冷静に、悪行をするに他力が足りないことに歯噛みするのだった。

 そしてぎりと鳴る歯の理由には何よりあの自分と同等以上だと感じるくらいに捻くれていた幽香の変貌に対する苛立ちもある。

 本来ならば、あの嫉妬すら許さない抜群の妖怪は、下剋上が周囲に広がり地獄がこの世になろうが笑って構わず過ごすだろう、そんなへし曲がった心を持ち合わせていたはず。

 しかし、今やその複雑怪奇に曲がった心を真っ直ぐにして、優しく周囲に合わせている。そんなの、鬼人正邪には何度観ても信じられないものだった。

 

「アイツがああだと、ムカつく……」

 

 そして、彼女の幸せそうな姿を見ると時に正邪にも迷いが生まれてしまうのだ。もしかしたら、自分もああなれて、皆と幸せになれるのでは。そんなあり得ないが脳裏によぎる。

 

 自分が一人ぼっちじゃなくて幸せなんてそんな素晴らしい世界、反吐が出る。それが紛うことない正邪の本音。

 でも、そうとしか思えない自分の窮屈さだって、天邪鬼な彼女は嫌いだった。何もかもに背を向ける毎日はつまらなく、だから幸せになっても良いのではと血迷い、その度に朱いベロが出てしまう。

 

 だから、戻って欲しいと思う。幽香は加虐的で、不可逆的で、それで良かったのに。

 

「とはいえ、どうしたって風見幽香を変えるなんて無理だ……いや、本当にどうしてアイツ変わったんだ?」

 

 木々の間から垣間見える曇り空に向けて、正邪は疑問を呈す。当たり前のように、珍しくも真っ直ぐな彼女の疑問は何に届くこともなく、空に消えた。

 しかし、正邪の自力でいくら考えても、答えにはたどり着かない。まさか、幽香本人が、優しくしてみたいからそうしているなんて、そんなこと。

 だって、アイツはどうしようもなく個で生きていて、目も当てられないくらいに完結してくれていた。故に、その持つ加虐性を含めて正邪にとって好ましいものであったのに。

 

「ちっ、他の奴らに期待するもんじゃないな」

 

 そう、本気で思う。そして、幽香に入れ込みすぎていた自分を感じて、ますます機嫌を悪くするのだった。

 だが或いは正邪はひょっとすると、幻想郷いち幽香の持つ力に憧れていた存在だったのかもしれない。

 

 何せ、ちょっと物理的にひっくり返すのが得意な程度の能力しか持っていない木っ端妖怪の己相手にですら、あの最強は出逢えばきつい嫌がらせをしている。

 最強故に平等にどうでもいいからこそ、何もかもに嫌われるようなことが平気でできるのだ。花は無垢故に、残酷である。

 そんなの、嫌われたいから嫌われていて、結果一人ぼっちで愛おしい棘たちに苛々してばかりいる自分とは大違い。正しく格が違うと感じていた。

 

 それほどの幽香が、あんなに無様にも周囲の反応に一喜一憂して戯れている。ぞっとするというのは、このことか。幽香の変わりぶりの目的が正邪いじめであるのであれば、それは大成功である。

 

「はぁ……」

 

 いつも通り楽しくはない中、未来への楽しみすら立ち消えてよりつまらなく。吐く息にすら重しがついているかのように、どこか鬱々しい。

 そんな幻想郷の中で安堵できない正邪の彷徨い道中。逃避の道行きに、曇りが深くなる。

 ふと見上げれば、そこには世にも珍しい空征く城が。更にそれは逆さになって浮いている。普通ならば自分の正気を疑るレベルのとんでもない代物を見上げた鬼人正邪は。

 

「姫……私は抜けると言いましたよ」

 

 そう、冷静に呟く。それは、驚くのを天邪鬼らしく嫌がった結果という訳でもなく、こんなものには出入り放題慣れきっていたからだった。

 この大げさに異常な建物の名前は輝針城。魔力の尽きた打ち出の小槌によって生じた結果、直ぐに願いの逆さに成って天地逆転した上小人達を連れて鬼の世界まで飛んでいったとんでもない城である。

 それが、今や正邪曰く姫の乗り物同然。再び溜まっている打ち出の小槌の魔力を上手く使えているようで何よりと、出そうになる舌を我慢しながら正邪は表情でただ呆れを示すのだった。

 

「そんな大げさなもので追いかけてこなくても、姫なら天邪鬼一匹程度の代わりは幾らでも生み出せるじゃありませんか。放っといてくれませんか?」

「むぅー。正邪ったらいつも通り捻くれている上、いつになく弱気ね! 何がそんなに貴女を弱くさせたの?」

「それはもう、元々私なんて弱い存在ですから、最初から」

「あんたがそれをひっくり返すって言ったんでしょー! 私をそそのかしておいて、最初に降りるなんてズルい!」

 

 最下部にある天守から現れ飛んできたのは、大きなお椀を被った少女。天邪鬼に姫とされているのは少名針妙丸という名の子だった。

 針妙丸は元々物知らずの少女である。しかし、小人族であった彼女は打ち出の小槌という鬼の秘宝を十全に使うことが出来た。

 故に、目をつけられ長く正邪に世話され幻想郷での弱者の悲しみを吹き込まれて、さて準備もできたから下剋上を行おうという段に至って、発起人たる鬼人正邪の突然の一抜けである。

 

 これには、薄々利用されているのだろうなと理解はしていたが事態を楽しんでもいた針妙丸は、遊びに飽きられたかのようで怒りを隠せなかった。

 そのために、輝針城ごと雲の中に隠れながらいろんなアイテムで逃げる正邪を探して、見事森の中で見つけられた今がある。

 頬をぷんと膨らませながら、針妙丸は尚言い募る。

 

「なに? 下剋上が無理だと思って止めたの? あんたなら、無理そうでもギリギリまで粘ってから私を盾にしてそのまま逃げ隠れそうだけど」

「流石姫。よく私を分かってらっしゃる。なら、端からどうしたって無理なことだったら私はどうすると思います?」

「んー。始めるまでもなく、逃げちゃう?」

「その通りですよ」

「なに、それって情けない! 天邪鬼の名が泣くよっ!」

「顔で泣いて腹で笑うのが天邪鬼でしてね。名に背くならむしろ立派に私は私をしているということです」

「ああ言えばこう言う!」

 

 針妙丸は、今までになくつれない正邪に、地団駄を踏む。ぺたりぺたり、裸足の愛らしい音が鳴る。

 だがひらひら裾で大体のことなら魔力の続く限り叶う打ち出の小槌の力で少女といえるサイズになっている小人族の彼女が暴れると、なんとなく目にうるさかった。

 はぁ、とため息隠すことなく、正邪は子供の駄々に反応して両手を逆さに上げて言う。

 

「姫のわがままには参りましたね。しかし、私が抜けるのは仕方のないこと。何せ、私達と小槌の力だけでは、下剋上するには足りないのです。圧倒的に、力が」

「力? それがあればいいの?」

「ん? ええ、まあどうせなら幻想郷を支配できるくらいのものがあれば最高ですが……」

「やだ。正邪ったらやっぱり支配が目的? ……まあ、いいわ。力なら、実はさっき拾ったのよ!」

「……拾った?」

「ええ! その力っていうのはね……正邪も前に言っていた……っと」

 

 どこか上気した面の針妙丸は、言いながらぱたんという頭上からの音に顔を上げる。

 そして釣られて疑問とともに正邪が見上げた先にはとんでもないものが。

 

 それは、明らかにこの世にあって天上極まりない棘でありながら、その先端に煌めく華。美しく、何より悪どいそんな代物は今しかし他に対する棘をわざと曲げていて。

 

「ふふ。出来るなら、私に自己紹介、させてもらえないかしら?」

「え……」

 

 彼女はふわりと正邪の前まで降りてきて、携えた傘を光を嫌うようにばさりと開く。

 するとなんとも心地よすぎる香りが辺りを支配し、正邪の心を不快にさせる。だが、それに囚われることすら出来ず、相手の意外にどうしようもない間抜け面になった天邪鬼は。

 

「私は風見幽香。足りないと言うなら、私の最強の力を貸してあげてもいいわよ?」

 

 ふわりと、風のように軽やかにそう述べた幽香に対して、返事すら出来ないのだった。

 

 

 

 ところ変わって、場所は輝針城。雲を引き連れ幻想郷の空を征く逆さ城にて、上等な天板を踏みつけながら歩む妖怪が二人。

 彼女らは、出ていった親代わりの帰還に満足して先に戻った城主の後を追い、ゆっくりと城内を進んでいた。

 いや。実のところ片割れである正邪はゆっくりなどしたくもなく、疾く針妙丸に事の次第を問いただしたかった。

 だが、小心者の妖怪でもある天邪鬼は、幽香という最強に対してまともに応ぜずに険を持たれることを恐れ、歩調を合わせる。

 物珍しそうに、周囲を見定めている幽香。そもそも、針妙丸との出会いに勧誘も、逆さ城を雲の影から視認した彼女がふらりと物見に寄ったことが発端である。

 そんなことすら知らない正邪の横で、端正な顔をそのままに、幽香は呟き出す。

 

「下剋上とは穏やかじゃないとは思ったけれど、中々発想は面白いわね」

「はぁ、そう……ですか」

 

 姫め口の軽い、と内心で軽く罵倒しながら、幽香の言葉に正邪はただ頷く。

 穏やかではないのは当然である。それはもう、全ては針妙丸を乗り気にさせるための方便であるから。あの子供は、少し勇ましい物言いのほうがやる気がでるタイプなのだ。

 しかし、それが優しくすることを目的とする最近の幽香とは合致しないだろう、とは思う。そして不安になり様子をうかがう天邪鬼に、花の妖怪は滴より柔らかく続けるのだった。

 

「弱者が重しに痛むのは世の常。以前の私なら何も感じなかったでしょうが、今ならそれを面白くも、何とかしてみたいとも考えたりもするわ」

「それは……」

「無論、下剋上が天邪鬼である貴女の目的ではないとは分かっている。どうせ、どさくさに紛れて利を得ようと考えているだろうことは透けて見える」

「……分かってるなら、どうして」

「ふふ」

 

 小物の前で、大物はただ笑う。それは、全てを知って尚、面白いことがあるからに違いない。

 何しろ自然の権化である幽香にとって、不自然こそ愉快なものであるから。彼女の観点で言えば、無理に無理を重ねて天邪鬼であり続けようとしている少女がどうしようもなく楽しい。

 思わず、優しくしてみたくなってしまうくらいに、純で大したことの出来ない少女が、捻くれた妖怪の皮の中に見えて、だからこそ。

 

「でも、天上天下をひっくり返せば、私が何より下に来る。それを貴女が目的にしていると勘違いしてみるなら、面白い」

「はぁ?」

 

 酔狂を装って、風見幽香はそれらしく正邪の目論見に乗っかった。

 突然の頓珍漢な言葉に純粋に驚く少女。大きく空いた口の赤を見て、やはりこの子に悪役は無理があるなと思えども。

 

「さあ、鬼人正邪。これより一緒に、幻想郷をひっくり返しましょうか」

 

 レジスタンスの集う居所の中、新入りのフラワーブーケの妖怪はしかしこの場の誰より悪どく、そう宣言をしたのだった。

 

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