結局、昨日は夜まで休み、ナタリアに看病してもらってしまった。少し甘え過ぎただろうか。だがそのおかげで今日の体調はバッチリだ。俺はいつも通りの時間に目覚めて、レアを起こし、一緒に朝食を食べていた。
「旦那様、お体の具合は如何ですか?」
「ああ、もうバッチリだ。ナタリアのおかげだよ。あっ、レアもな」
「別に私は何もしてませんが」
そう言ってレアは料理を口に運んでいる。
「俺は今日はまた修行に行くけど、レアはどうするんだ?」
「私は特に何も」
レアがそう言うと、ナタリアがクスッと笑う。
「レア様も旦那様が外出された後、教会に通っていたではありませんか」
「っ!なんで知って…」
レアが手を止め、ナタリアに顔を向ける。
「偶然、買い出しに行った時にお見かけしまして」
「へえ、俺の知らないところで頑張ってたんだな」
「いや、別に、ちょ、ちょっと用事があっただけで…」
「夕方までずっとですか?」
ナタリアの言葉に、レアが「余計なことを言うな」という顔をしている。
「隠さなくてもいいじゃんか、隠れて努力するタイプなんだな、レアは」
「違いますから!自分を守るための魔法を覚えてただけですから!」
俺とナタリアが笑顔でレアを見つめていたが、レアの顔は真っ赤だ。珍しい物が見れて良かった。
レアも頑張ってるんだ。俺も頑張らないとな。
「じゃあ行ってくるよ、夕食には戻るから」
「お気をつけて」
俺はナタリアに見送られ、屋敷を出た。
「いい天気だ」
最近、空を眺めることなんてなかったな。なんだかずっと下を向いていたような気がする。俺は、軽い足取りで廃墟へと向かった。
「昨日は修行に来なかったが、何かあったか?」
俺が廃墟に着くなり、アンセットが聞いてきた。
「いやー、ちょっと無理が祟ったみたいで」
「だろうな、いつまで持つかと思ってたが」
「気付いてたなら言ってくれても良かったのに」
俺は不満気な顔をしてアンセットに言う。
「言っても聞かなそうだったんでな。体でわかってもらうことにした。それに今のあんたを見てよく分かるよ。良い仲間を持ったんだってね」
「ほんと、俺には勿体無いくらいだよ」
その後、俺は病み上がりということもあり、狩人の修行よりも風の補助魔法の練習に力を入れてやった。
「今日はここまでにしておこう」
日が沈みかけた頃、今日の修行は終わった。少しずつだが風を纏ったまま体を動かせるようにはなってきた。が、どうしても風魔法の制御と狩人の動きが両立できない。どちらかだけならなんとかなるんだが、まさにアンセットの言った通りだ。
「言う必要もないかもれないが、また無理をするなよ」
「大丈夫大丈夫、もう嫌ってほど言われたよ。今日はもう何もしない」
そう言って俺は立ち上がり、アンセットに別れを告げて屋敷へと戻る。夕食の時間までは少し余裕がある。よし、
俺は少し遠回り道をし、途中にある広場へと移動した。一回くらい今日の復習をしといてもいいだろう。
広場の中心に立ち、目をつむり、流れる風を意識する。ただ俺を通り過ぎるだけだった風が少しずつ流れを変え、輪を描くように俺の足元に集まる。そしてそれは少しずつ体全体を…
「主様」
「うわっ!」
突然の声に、俺を取り巻いていた風が弾けた。目の前にはエイラだ。
「なんだ、エイラか、驚いたぜ」
「申し訳ありません。ですが先程、『今日はもう何もしない』と仰っていたように見受けられたのですが」
「まぁ、そうなんだけどさ。復習ってやつだよ復習。ありがとな、心配してくれて」
「心配というわけでは…。主様が宜しいのでしたらこれ以上、私から申し上げることはありませんが」
そう言ってエイラは再び姿を消そうとする。
「あっ、ちょっと待ってくれ」
「何でしょうか」
「最近、俺の魔力が空になるほど修行してただろ?エイラにも迷惑かけちまったか?」
「私が主様から借りている魔力と主様の魔力は別物です。主様の魔力がどれほど減少しても私には影響が御座いません」
「そ、そうなのか。それもなんか複雑な気分…」
俺はそう言いながら、一つの考えが頭を過る。
「ってことはもしかして、エイラだけでも魔法が使えるのか?」
「?、もちろんその通りですが、結局、主様の体をお借りしなければ魔法として発動することができませんので、主様が魔法を使うのと同じことです」
エイラは俺の質問の意図がわからず不思議そうな顔をしていたが、俺はエイラの答えに、ある可能性を感じていた。
「試してみたいことがある」
翌日、俺はいつも通り廃墟へ修行に来た。いや、いつも通りというのは語弊がある。
俺は風を纏い、廃墟の前の広場を疾風のように駆ける。そして、森の木々から落ちる葉を短剣で数枚、全て真ん中を切り裂く。
「どうだ?師匠」
「たった一日で何があったんだ、風魔法の制御と狩人の動きを同時に…」
流石のアンセットも驚いた顔を見せる。当然だ、不可能だと思われていたことを一晩で可能にしてしまったのだから。
「こいつの力を借りたんだ」
俺がそう言うとエイラが姿を現す。
「一人で二つを制御できないなら、二人で二つを制御すればいいんだよ。一人が風魔法の制御、もう一人が狩人の動きをさ」
「その少女は一体…?」
「あぁ、風の精霊でエイラって言うんだ。契約を結ぶことになったのは偶然なんだけどな」
「…」
エイラは一言も話さない。俺以外と話さないというのは本当らしい。
「やれやれ、参ったよ。そんなやり方があったなんてな」
「ただ、問題があって…」
俺の周りから風が消える。
「エイラ自身の魔力が少ないからさ、長時間使えないんだ」
「…それは主様の元々の魔力が少ないということに起因しますが」
エイラが小さな声で言った。聞こえてっからな。
「よし、これからはその状態に慣れる練習をするとしよう」
「うす!」
それから、俺はエイラと二人による、風魔法と狩人の力の同時制御の練習をした。いつも以上に大変だったが、新しいことを掴んで、それを向上させていくのは楽しかった。
「悪いな、エイラまで付きあわせちゃって」
屋敷へ帰る途中、俺はエイラに話しかけた。
『謝る必要などありません。主様のお力になれるのでしたらいくらでもお付き合い致します』
そう言いながらも姿を現していないのは魔力が尽きそうだからなのだろう。エイラには申し訳ないが明日からも付き合ってもらうことになるだろう。それほど、今の修行には手応えを感じている。明日からも頑張らなくては。俺がそう考えながら歩いていると、見覚えのある陰が二つ。
「おーい、サリア、メイル」
俺の声に二人が振り向く。
「ワタル、なんだか久しぶりだな。修行の帰りか?」
「そうそう、二人はどうしたんだ?」
「私達も修行の帰りですよ。さっき偶然会ったので、一緒に帰っていたのですよ」
「二人も頑張ってるんだな。修行の方はどうだ?」
二人は顔を見合わせて笑うと、俺の方を向き、
「秘密だ」
「秘密ですよ」
声を揃えて言う二人。気になる。が、見たところ上手くいっているようだ。俺も負けてられないな。
「そうだ、せっかく三人揃ったのだから、ギルドでも覗いていかないか?」
「例の隻眼の黒狼人のことも気になりますよ」
「たしかにそうだな…、ちょっと見ていくか」
夕食の時間までは少しある。ギルドを覗いて帰る時間くらいはあるだろう。
そして、俺達はギルドへと向かって歩き出した。