「神事ってのがどれくらいかかるか分からないけど、しばらく休む…」
再び鐘が響いた。もう神事が終わったのか?いや、まだ数分も経っていない。それに鐘の鳴らし方が先程と違って明らかに異常を知らせるものだ。
廊下に出た俺達は外を覗く。暗くてよく分からないが人が人を襲っている…?町の住人同士の諍いか?俺の頭には疑問が次々に浮かんだが、襲っている人を目を凝らして見て氷解した。その口には鋭く長い歯が生えていたからだ。…アヤメが危ない。
俺は仲間に声を掛けて神事が行われると言っていた部屋へ急いだ。
巫女の部屋の扉を開けるとササラがアヤメの前に立ち、警戒をしていた。
「あなた方でしたか、外の様子はどうでしたか?」
「吸血鬼の仕業だ。街の人が襲われてる」
「どうして吸血鬼が…」
アヤメが呟くと同時に部屋の扉が開かれ、兵士が一人現れた。
「巫女様お逃げ下さい!奴ら…」
兵士の胸を黒い物体が貫いた。兵士は声を上げる間もなくその場に倒れた。
「御機嫌よう」
兵士を踏みつけ、血を滴らせながらこちらを見つめる女。いや、吸血鬼の女だ。俺は見たことがない相手だったがアヤメとササラは彼女と面識があるようだ。
「どういうことだよ、結界があって入れないんじゃなかったのか!?」
「ええ…そのはずなのですが…」
俺がササラに尋ねると彼女も見当がつかないと言った様子だ。
「結界とはこれのことか?」
吸血鬼の女は御札を取り出すとそれをヒラヒラと靡かせる。
「妾を低劣な吸血鬼と一緒にされては困る。吸血鬼の主たる妾をこのような紙切れでどうにか出来るとでも?」
吸血鬼の女は御札を破り捨て、言い放つ。
「結界の有無は別にしたとしても、我々と吸血鬼の一族との間には不可侵の協定があったはずです。どういうおつもりですか?」
アヤメはハッキリと伝えたが、吸血鬼の女はクスクスと笑うと
「人間風情が我々吸血鬼と協定?笑わせる。気が変わった。今日からこの街は妾がもらい、住人共は我が一族の餌となってもらう」
「貴様…!誰がそんな一方的な話を…」
吸血鬼の女がササラに手をかざしたと思ったら、黒い塊が放たれ、ササラは部屋の壁に叩きつけられ、悲鳴を上げる。
「人間風情が…口の聞き方を弁えよ」
「ぐっ…」
ササラは床に手を突き、立ち上がろうとするが腕が震え体を起こすことは出来ないようだ。吸血鬼の女を睨む顔には憤怒と憎悪を湛えていた。そんなササラの様子を吸血鬼の女は口の端を歪めて見下ろす。
「そこで這い蹲って見ておれ。お主の目の前でそこの女を屠ってやろう」
そう言って一歩踏み出した女の前に、サリアとメイルが、女の後ろに俺とレアが武器を構えて立つ。
「いきなり現れて滅茶苦茶言ってんじゃねーよ!アヤメには手を出させねーしここからも逃がさねえよ!」
しかし女はサリアとメイルを怪訝な顔で睨むと、再び目線を戻し真っ直ぐにアヤメの元へ歩く。その途中、サリアとメイルの間合いに悠々と入っていく。
「サリア!?メイル!?」
「か、体が…」
「動かな…」
女が間合いに入っても動かない二人に声を掛けたが、二人は体を震わせるだけで動くことが出来ない。そして女は二人の額に触れると
「失せよ、目障りな人間共よ」
「っ!」
「ぁっ…!」
二人はその場に倒れた。何をしたんだ?二人があんなにあっさり…
俺が疑問に思う間もなく吸血鬼の女はアヤメの首に手を走らせる。
「あっ…ぐっ…!」
アヤメが苦悶の呻き声を上げる。吸血鬼の女に首を掴まれたまま持ち上げられ、両足は空を掻く。
「アヤメを離しやがれ!」
俺は武器を構え、吸血鬼の女の背中へと突き立てる。が、女の姿が霧散したと思ったら今度は俺達から離れたところに移動していた。
「滑稽な。余程この女が大切と見える。気に入らんな、今すぐ死…いや、それよりも…」
吸血鬼の女がアヤメを掴んだまま何かを考えている。これだけは言える、絶対に俺達にとって有益なことじゃない。
女は口を歪めて笑うと
「こうした方が面白い」
女はアヤメを虚空へ放り投げた。次の瞬間、アヤメの体は闇に包まれ、姿を消した。
「お主らの大事な大事な巫女様は我々吸血鬼の玩具として扱ってやる。なに、たっぷりと愛でてやるから安心するがよい」
吸血鬼の女は愉悦を顔に浮かべ、クスクスと笑う。余りに荒唐無稽な女の言葉に理解が追いつかなかった俺だったが
「ふっざけんじゃねえ!」
俺は女に向かって走ったが、吸血鬼の女の姿が希薄になったと思ったらそのまま女は姿を消した。目の前であっさりとアヤメを連れ攫われた俺達は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
俺達と、街で生き残った人々は城郭の広場に集まっていた。吸血鬼達は撤退したが、血を吸われた人間は重傷だ。
「くそっ!」
俺は自分の無力さに腹が立った。目の前に居たのにまんまと連れ去られるなんて…。そしてその思いはササラも同じのようだ。
「一刻の猶予もない。直ぐに巫女様をお助けしなくてはならない」
集まった住人に向けて単刀直入に言うササラ。住人達もそれに異論はないようだ、が、気持ちだけでどうにかなるほど甘い状況ではないことも理解しているようだ。
「戦える者は装備を整え正門へ、準備が出来次第出発する」
住人達は頷くと各々、準備に取り掛かった。と言っても戦える人はそれ程多くはないようだ。
「あなた方にも迷惑をかけてしまい申し訳ありません」
「ササラが謝る必要なんて無いよ。悪いのはあいつらの方だ。体は大丈夫か?」
「このくらい問題はありません。今は一刻も早く巫女様をお助けしなくては…」
立ち上がれない程のダメージを負って問題がないはずはないがきっと止めても聞かないのだろう。
「それにしても突然の襲撃過ぎるな…何か心当たりはないか?」
「これと言って特には…先代の巫女様と、吸血鬼の主、名をクローリア・リューラウリア。元々この地に住んでいた我々に彼女の方から巫女様へ協定を持ちかけたと聞いています。それなのに…」
ササラはまるで心当たりがないようだ。が、俺の頭の中にある考えがよぎる。
「先代の巫女が亡くなってアヤメが新しい巫女になったのはいつだ?」
「およそ一年前です」
「…はぐれ吸血鬼が街に来るようになったのも一年前じゃないか?」
「…!確かにそうです。なぜ…」
「やっぱりか…。ササラ、今日、吸血鬼達が襲ってきたのは偶然じゃない」
驚いた顔をするササラに俺は続ける。
「元々吸血鬼ははぐれてこの街に来たんじゃなかったんだよ。巫女が変わったという話を聞いて奴らは探りを入れてたんだ。先代の巫女が居たせいで手を出せなかったこの街を自分達の物にするために」
これで全て合点がいく。アヤメが特別な力を持っているとはいえまだ子供だ。先代の巫女と同じ働きをしろというのが無茶な話だ。
「そんな…奴らは初めから我々を裏切る気で…」
信じられないといった顔をしていたササラだったがその表情は次第に怒りに満ちたものへと変わっていった。
俺も同じ気持ちだ。自分に都合の悪い敵が居る時は友好的に振る舞っておきながら、いざ相手が弱みを見せたらそこに付け込むというのだから。
「許せねえ」
「あぁ、奴らのしていることは許されることではない」
「私も許せませんよ!」
「皆さん…」
俺達は偶然今日この街にやって来ただけだったが、吸血鬼の奴らが、いや、クローリアを許せないという気持ちでは同じだった。俺達もアヤメを助けることに協力するという申し出にササラは快く応じてくれた。絶対にアヤメを取り返し、クローリアを止めてやる。