「下がりなさい。この男は私が直々に相手をするわ」
「許しを請う必要はないわ…死を以て償いなさい」
「お母様、お止め下さい!ワタルは私の恩人です!」
「黙りなさい」
エルドラがもう一度フェルヴィアに手を上げようとしたのを見て俺はもう限界だった。
「『風精霊魔法"精霊獣の牙"』」
俺はエルドラとフェルヴィアの間に精霊魔法を放った。
「ワタル!やめて!」
「今のは精霊魔法…?」
「そうだ、今のはわざと外した。けどそれ以上フェルヴィアを傷つけるなら容赦しねえ」
「貴方、人間よね?まさか貴方も精霊魔法を使えるとは思わなかったわ」
「えっ、今なんて…」
貴方"も"…?俺が聞き返す前にエルドラが手を前に出す。何か来る。
「
「!?」
「エイラ!」
俺は慌てて手を前に出す。二人同時に精霊魔法が放たれ、中央で触れた瞬間、爆発音と共に炸裂し、空気が震える。
「精霊魔法…だと…」
精霊が他にも居ることは聞いていたがまさかエルドラが契約しているとは思わなかった。そう思っているのは相手も同じようだ。
「他の精霊を使う者と会ったのは初めてだわ。顕現できるわよね?見せなさい」
相手の望むまま見せる必要もないが俺も相手の精霊には興味がある。
『エイラ、いいか?』
『はい』
光とともにエイラが姿を顕現する。それを見たエルドラは驚いた表情を見せる。そして
「あはははは!貴方、精霊に服を着せているの?これは滑稽だわ」
「何がおかしいんだよ。お前の精霊だって…」
「出なさい、フラム」
エルドラと契約を交わしている精霊が姿を顕現する。赤い髪に白い肌…そして、粗末な服に虚ろな目。
「その子がお前の精霊…なのか?何でそんな…精霊と主は対等な関係のはずだろ…」
「対等な関係?何を言っているの?精霊は私に依らなければ生きることすら出来ない存在なのよ?つまり…」
エルドラがフラムと呼ばれた少女の髪を鷲掴みにする。
「精霊なんて私の奴隷なのよ」
エルドラの言葉に俺の憤りが限界を超えた。
「…そうかよ…お前にはもう何も言わねえよただ…」
「お前に痛みってやつを教えてやるよ」
「やめておきなさい、同じ精霊使いでも貴方と私では格が違う」
「勝手に決めるんじゃねーよ!」
俺は右手を前に出し、精霊魔法を唱える。
「
「だから格が違うと言ったのよ」
「…!?」
エルドラが両手を前に出す。
「
精霊獣の牙じゃない…!?とにかく精霊魔法を…
「『
「
同時に放たれた精霊魔法だったが俺とエイラの精霊魔法は龍を形どった精霊魔法に飲み込まれた。この精霊魔法は、あの…
「っぐああああ!」
精霊魔法を放った瞬間で咄嗟に体を動かしたが避けきることが出来ず、大きく開かれた龍の
「ワタル!」
「来る…な…」
痛みによってまともに息もできなかったがどうにか言葉を絞り出す。
「"精霊獣の牙"しか使えないようね、よくそれで私に刃向かう気になったものだわ」
「ぐっ…!」
何も言い返せなかった。明らかに相手の方が精霊魔法の扱いに長けている。
「さあ、次はどこを焼かれたいの?腕?それとも足?」
「お母様、もう十分です!これ以上は必要ありません!」
フェルヴィアの言葉にエルドラは一瞥もせず手を向ける。
「お母様…?」
「精霊獣の牙」
フェルヴィアへ精霊魔法が放たれる。
精霊魔法はフェルヴィアの前に立ちはだかった俺の肩へと突き刺さった。焼けるような痛みに意識が遠くなる。
「ワタル…」
「お前…自分の娘に…何やってんだ…」
「これは躾よ。私の娘がこんな甘えた考えでは困るもの。そんなことよりも貴方は馬鹿なの?敵の娘を庇うなんて」
「お前は嫌いだよ…けどフェルヴィアは…俺が守るって決めたんだ!」
「勝手にしなさい。どうせ貴方は今ここで死ぬんだもの」
エルドラが両手を前に出す。
『エイラ』
『はい』
『俺はもう動けそうにない、だからこの精霊魔法に全魔力を使う。力を貸してくれるか?』
『宜しいのですか?』
『あぁ、行くぞ』
俺は両手を前に出す。修行の時は失敗したが四の五の言ってられない。出来なきゃ死ぬ。それだけだ。
「真似事はやめておきなさい。所詮、人間ごときに精霊を従えることは不可能なのよ」
「精霊龍の顎」
俺はエルドラの声に耳を貸さず、瞳を閉じ、深く息を吸い、吐く。そして、頭を流れる言葉を紡ぐ。
俺はゆっくりと目を開き、唱える。
「『
「『
大きな反動と共に白い龍を形どった精霊魔法が放たれる。二頭の龍が衝突する。
互いの精霊龍はぶつかり合い、周囲に衝撃を撒き散らしたまま動かない。
「…!フラム、何をしているの!あんな人間如きに…」
「あぁ…俺はただの人間で力も弱いし魔力も少ない…俺じゃ絶対に敵わない…けどな」
「精霊を奴隷としか見てないお前なんかに…"俺達"は絶対負けねえ!」
俺が僅かに残っていた魔力を振り絞ると白い龍の顎が開き、赤い龍を飲み込んだ。突然のことにエルドラは立ち尽くす。
エルドラの目の前で精霊龍が大きく口を開ける。
「ありえない…この私が…」
エルドラの体が大きく揺らいだ。押し出されるようにして精霊龍の前から離れる。そして代わりに顎の前に晒されたのは、フェルヴィア。
エルドラの目の前でフェルヴィアは精霊龍に飲み込まれ、激しい振動とともに壁へと叩きつけられた。
「フェルヴィア…なんで…」
俺は全ての魔力を使い切り、立っていることすらできずに膝をつく。
「ごめん…ごめんねワタル…でも…どれだけ虐げられても…私にとってお母様は…一人しか居ない…大切な存在なの…」
フェルヴィアはそう言い残して力なく項垂れる。まさか、死…
「フェルヴィア!」
エルドラがフェルヴィアに駆け寄る。声を掛けるが全く反応がない。
「何をしているの!早く娘を治療しなさい!」
エルドラが他の炎竜族に悲痛な声で命令する。フェルヴィアは無事なんだろうか…。安否が気になるが駄目だ…意識を保っていられそうにない…。俺の耳に最後まで残っていたのは娘の名前を何度も呼ぶ母親の声だった。
目を開けると知らない天井。そして手を握るメイル。俺に魔力を補給しながら怒っている。
「もう!無茶しすぎですよ!」
「あぁ、そうか俺…」
「そうだ!フェルヴィアは!?」
「治療をしているようですがどうなったかは分かりませんよ」
「そうなのか…で、この部屋は?」
見回してみると狭い部屋に寝台が置かれているだけの簡素な作りだ。
「エルドラ様がここを使って良いと言っていたんですよ」
「あのエルドラが?ほんとかよ」
「そうですよ、真意は分かりませんが有難く使わせてもらっていますよ」
てっきり捕虜か下手したら命すら危ういかと思っていたが、まるで客人かのような扱いに拍子抜けする。
「失礼します」
扉を叩く音とともに炎竜族と思しき人が扉を開ける。
「女皇様がお呼びです。こちらへ」
有無を言わさず、俺達は案内されて後をついていく。一体何の用だろう?正直、あれだけ敵対しておいてもう一度顔を合わすのはしんどいんだが…
案内された部屋は玉座の間ではなくいくつもある普通の部屋の一つだった。ゆっくりと扉が開かれ、俺は念の為、短剣の柄に手を掛ける。
広い部屋に置かれた大きな寝台に横になるフェルヴィアとその側に座るエルドラ。
エルドラがゆっくりと此方を振り向いた。
「目が覚めたのね、体は大丈夫なの?」
「えっ、あ、あぁ」
俺はエルドラからの予想外の声掛けに言葉が詰まる。
「フェルヴィアは?」
「今は意識を失ったままだけど命に関わるほどじゃないわ」
「良かった…」
俺は胸を撫で下ろす。確かによく見るとフェルヴィアは静かに息をしている。
「…貴方が私に言った事、覚えてる?」
「あー、その…色々言ったな…」
エルドラの表情から真意は読み取れないがもしかしてまだ俺に対して敵意を持っているのだろうか。
「私にとって周りの存在は全て敵か下僕かとしか見てなかった。全てが私に劣る存在で私に傅くのが当たり前だと思ってた。実の娘でも関係なく、ね」
僅かに俯きながら話すエルドラの表情は暗い。
「でもね、娘が…フェルヴィアが私を庇って精霊龍に飲み込まれた時に私は…」
「…絶対に娘を失いたくないと思った。私の声に反応しない娘を見て…胸が苦しかった」
「初めて理解したわ。これが"痛み"なのだと」
「エルドラ…」
「私に刃向かって、娘に怪我を負わせた貴方にありがとうとは言わないわ。けど…」
「感謝はしているわ」
エルドラがほんの少しだけ優しい笑顔を見せる。
「そんな、いいって。俺の方こそ女皇様に失礼な口を利いて悪かった」
俺は深々と頭を下げる。
「ぅ…ん…」
ベッドから聞こえた声に顔を上げるとフェルヴィアが目を覚ましていた。
「あれ…?私…」
「目が覚めたようね」
「っ!お母様、勝手な事をしてしまい申し訳ありません…!」
「本当にそうよ、反省しなさい。…今度また命を投げ出すようなことしたら許さないわよ」
「お母様…」
不器用なエルドラの態度に俺は思わず笑ってしまった。
「照れなくたっていいのに。正直に心配してたって言えばいいじゃないか」
「っ!なっ!私は別に照れてなんて…!」
「フェルヴィアも謝るなよ、先に謝られたらエルドラがお礼言いにくいだろ?」
「お母様が私を?」
「そうそう、フェルヴィアが気絶してた間のこと聞きたいか?実はさ…」
「今すぐ黙らないとその喉を焼き切るわよ」
状況が飲み込めずにおどおどとするフェルヴィア。先程まで敵意を剥き出しにしていた俺とエルドラが普通に話しているのだから無理からぬ事だ。エルドラがフェルヴィアに素直にお礼を言う姿なんて想像出来ないがきっと大丈夫だよな。なんてったって、かけがえのない母娘なのだから。
俺とメイルは城に入った時と同じく、外へと繋がる広場へ移動していた。
「途中までは彼女達に送らせるわ、宜しく頼むわよ」
炎竜族が二人、俺達の側で返事をする。歩いて帰るのは大変なのでとても助かる。
「別にゆっくりしていっても良かったのに」
「あんまり遅くなると心配する人が居るんでな」
「あぁ、あの銀髪の子?」
「あー…レアはたぶん気にしないかな…どうでもいいのか信用してるのか分からないけど」
「ふふっ、何それ」
フェルヴィアと話をしているとエルドラがわざとらしく咳払いをする。
「貴方、ちょっと」
「…?」
小さく手招きされて俺はエルドラの近くまで歩いて行く。
「これを持って行きなさい」
手渡されたのはとても小さな小瓶。液体の中に小さな丸い物が浮かんでいる。
「なんだこれ?」
「炎竜族の秘玉よ。売るなり好きにするといいわ」
「へえ、なんか名前からして大事な物っぽいけどいいのか?」
「私がいいと言っているんだからいいのよ。黙って持って行きなさい」
「そうか?じゃあお言葉に甘えて。ありがとな」
「お礼なんていいわ。早く行きなさい」
エルドラは追い払うように手を振る。
「それじゃあ行くよ。またな」
「うん、またね」
フェルヴィアが手を振り、エルドラは黙って見送る。そして俺達は炎竜族に連れられ、空へと飛び立った。
俺とメイルは街から少し離れた場所で降ろしてもらった。炎竜族に運ばれている姿を街の人に見られると恥ずかしいからだ。
俺達が礼を伝えると、炎竜族の使いは頭を下げ、飛び去った。
そして、俺達へ街へゆっくりと歩き出す。
「何かどっと疲れたな…」
「はい、私もですよ…」
「けどフェルヴィアは無事(?)に送り届けられたし、母娘の仲も少しは良くなりそうだし良かった良かった」
「ですね。そう言えばエルドラ様から何か渡されていませんでしたか?ずっと気になっていましたよ」
「あぁ、それは」
俺は小さな小瓶を取り出し、メイルに差し出す。
「炎竜族の…秘玉?だっけかな。売ればいいとか言ってたけど価値が分からないな」
「私も分かりませんよ。道具屋か武具屋にでも持って行くと良いと思いますよ」
「そうだな。ついでだから帰りに寄って行くかな…。メイルも来るか?」
「申し訳ないですが私は宿で休ませてもらいますよ。レアに宜しく伝えてくださいよ」
「そうか、いや、ほんとにお疲れさん」
俺達は街の入口で別れ、メイルは宿へ、俺は道具屋へと向かった。
下衆な話だが、俺は"炎竜族の秘玉"という名前からして結構な金になるんじゃないかと思っていた。が、結論から言うと道具屋でも武具屋でも買い取ってもらうことが出来なかった。理由は、店主がこの秘玉について知らなかったことと、俺が炎竜族の女皇と会ったことをまるで信じてもらえなかったからだ。
「どうすんだよこれ…いくら貴重な物でも使い道がないんじゃ宝の持ち腐れだぞ…」
俺は街道を歩きながら途方に暮れ、仕方がないので一度屋敷に帰ろうとしていた。
その途中、路地裏の見慣れた黒い店が目に入った。そういえばまだここが在ったな。うさんくさいと言っては失礼だが、得体の知れない物を扱っているあの店なら都合が良いかもしれない。
「お邪魔しまーす」
俺は入り口の分厚い仕切りを開け、店主のエンクリットに声を掛ける。相変わらず向こうからの返事はないが。
「今日は買い物に来たんじゃなくてさ、鑑定して欲しい物が有ってきたんだ」
「…?」
俺は小瓶をエンクリットの前にある机に置く。
「その…信じられないかもしれないけど炎竜族の女皇に貰った炎竜族の秘玉っていう物なんだ」
「…これが…?」
エンクリットが小瓶を手に取り、中に浮いた球体を眺める。
「…もしこれが本物なら…買い取る事は出来ませんが…貴方が使う事が出来る道具に錬成する事は…出来るかもしれません…」
「ほんとか!?いや~助かるよ、全く使い道が無かったからさ」
「…錬成には時間が掛かります…後日、またいらして下さい…」
「あぁ、分かった。それじゃ頼むよ、エンクリット」
俺は秘玉をエンクリットに預け、店を出る。どんな物に錬成されるのかは分からないが今のままよりはマシだ。これで心置きなく屋敷へ戻れる。
「ただいま」
「おかえりなさい、思ったより時間が掛かりましたね」
レアは俺が屋敷を出発した時と同じ状態で部屋に居た。割りと大変だったってのにこいつは…
「ちょっと色々あって…」
「そうでしたか。お疲れ様でした」
俺が道中あった事を話そうとするとレアは全く興味が無さそうに本を捲る。
「聞けよ!よく見ろよ、包帯とか巻いてるだろうが!」
俺は蜥蜴人やエルドラとの戦いで負傷した箇所を指差す。
「また誰かと事を構えたんですか?とんだトラブルメーカーですねあなたは」
ぐうの音も出ない。蜥蜴人はともかくエルドラとは黙っていれば戦うことにはならなかったはずだ。それにフェルヴィアだって怪我を負う事も無かっただろう、そう考えると俺は本当に正しい事をしたのだろうか。
俺が少し暗い顔をして自分の行いを反省していると、レアが小さく咳払いをする。
「ま、まぁ、あなたが理由もなく争うとは思っていませんが」
そう言ってレアが自分のベッドを軽く叩き、俺を座るよう促す。
「仕方がないので治癒魔法をかけている間だけ話を聞いてあげますよ、ほら、座って下さい」
俺はレアの隣に腰掛ける。少し長い話になりそうだ。まず何から話そうか…