「…」
「……」
「それは構わないが…魔力は残っているのか?」
俺はサリアへ簡潔に作戦を伝えたが、サリアは不安気だ。信用してないわけじゃない。心配してくれているんだ。
「俺は大丈夫だ。むしろサリアが空振らないか心配だぜ」
「それだけ言えるならば大丈夫そうだな」
「あぁ、任せろ」
魔力の限界を感じるがやるしか無い。
「『風精霊魔法”精霊獣の牙”』」
とりあえず一発は撃てたが、ここからだ。
「この期に及んで精霊魔法とはの。学習をせんのか?お主は」
ルルリスの突き出した手に精霊獣の牙はかき消された。
「まだまだ!」
俺は更に精霊獣の牙を放つ。残り魔力を全て注ぎ込んだ三本の牙がルルリスへと真っ直ぐ飛んでいく。が、無情にも精霊獣の牙はルルリスの体に牙を立てることはなく、突き出された両手によって掻き消された。これで…
「予定通りだよ!」
ルルリスの突き出した両腕がサリアの大剣によって弾き飛ばされ、大きく体が揺らいだ。直ぐ様、がら空きの胴体へサリアが大剣を振りかぶる。
「なっ…いつの間に…いや、それより…」
「俺が精霊魔法を使えば必ずその手で吸収すると思ってたよ。確かに生気吸収は強力な力だ。けど余裕ぶらずに避けるべきだったな。そんな無造作に手を出したらただの的だぜ」
「ぐっ…!まっ」
ルルリスの体へサリアが大剣を振り切った。大剣の剣身に反射した光が残光となって一本の曲線を描く。
ズルズルと何かが擦れる音が聞こえてきた。何の音だ…?音の正体は耳ではなく目で分かった。斜めに切り裂かれ、徐々にズレが広がっていくそれはルルリスの後ろにあった太い柱だ。まさか…
「…ワタル、すまない」
「巫山戯るでない!情けのつもりか!」
ルルリスがサリアの首を掴む。わざと攻撃を外したと思っているルルリスの顔には怒りがありありと表れている。当然、サリアはわざと空振ったわけじゃない。
「ぐっ…!」
力を込められ、サリアが呻き声を上げる。
「言っておくが儂が手心を加えることなどない。乾涸びて死ぬがよい」
頭上から何かの崩れる音がした。見上げた先には支えを失った天井の梁が音を立てて崩れ落ちていた。先程、サリアによって柱が寸断されたせいだ。
幸い、あの位置なら俺の所へ落ちてくることはなさそ…う…
俺は重い体を無理矢理動かして立ち上がり、駆ける。崩れ落ちてくるであろうと察した場所には人が居たからだ。くそっ、精霊魔法が使えれば…
俺は少女の上に覆い被さるようにして、少女を守ろうとする。一瞬の覚悟の後、俺を痛みと重さが雪崩のように襲った。
押し潰されそうだ…このまま倒れてしまいたい…しっかりしろ!この子は…フリリラは俺が守らなくちゃ駄目だ。
「大…丈夫か…?」
「おまえ…なんで…」
フリリラの頬に赤い滴が零れた。俺の血か…?拭ってやりたいけど体が動かせない。
不意に背中が軽くなった。
「ワタル!」
「フリリラ!」
心配そうに俺とフリリラを見つめるサリアとルルリス。どうやら二人が梁を退けてくれたようだ。
サリアに体を支えられ、俺は立ち上がる。
「大丈夫か?無茶をするな」
「悪い…フリリラが危ないって思ったらつい、な…」
そのフリリラは大丈夫だっただろうか?怪我をしてなければいいんだが…。
ルルリスに心配されているフリリラの涙を流して泣いていた。
「どうしたのじゃ!?どこか痛むのか?」
「ううん…違うの…」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
泣きじゃくりながら本当のことを話した。自分の勘違いで俺を襲ってしまったこと、それを認められずに咄嗟に嘘を付いてしまったこと。フリリラは涙が枯れてからもずっと謝っていた。
「気にしてないからさ、もう泣くなよ」
俺が頭を撫でるとフリリラは小さく頷く。
「すまなかったのう…少し、フリリラのことを甘やかし過ぎていたようじゃ」
「自分の子供を信じるのは良いと思うよ。けど、信じることと全てを鵜呑みにすることは違う」
「その通りじゃ。人間に諭されるとは儂も未熟じゃの」
ルルリスは自戒するように首を振る。
「お主には迷惑をかけたの。生気を吸われて辛かろう、手を出してくれるか。お主から奪った生気を返そう」
「へえ、そんなこともできるのか。頼むよ」
俺は右手を前に出す。その手にルルリスが手を触れると、熱を帯び、そこから何かが流れてくるのが分かる。
ルルリスが手を離し、俺は自分の拳を握ってみる。先程までと違い、全身に力が漲るようだ。
「それから…」
ルルリスは再び手を取り、力強く自分の方へ引き寄せ、俺の手を自分の胸に当てる。
「これはオマケじゃ」
「っ…!」
手が燃えるように熱い。熱いが…不思議と嫌ではない。しばらくして、そっと手を離した。
「これは…?」
「お主にも生気吸収の力を授けたのじゃ。やり方は魔力補給の逆じゃが、やれば分かるじゃろ。後で試してみると良い」
「いいのか?俺なんかに」
「ほんのお礼じゃ。それにお主がその力を悪用するとは思えんしの」
笑顔を向けるルルリス。
「ありがとな。大事に使わせてもらうよ」
「使いこなせるかは別じゃがの」
「うぐっ…頑張るよ」
「悪いな、見送ってもらって」
鉱山まで歩いてきた俺達は、フリリラとルルリスに相対する。
「帰りの道中、気を付けて帰るのじゃぞ」
「ああ、フリリラもあんまり気にしなくていいからな」
「…うん」
フリリラは小さく頷く。その後ろからひょっこりと顔を出すラント。
「そうそう~気にしない気にしない~」
「いや、お前はちょっとは気にしろ、な」
「え~なんで私だけ~」
本当に反省してるんだろうなこいつは…
「それじゃ行くよ。またな」
俺が手を振ると三人も手を振る。鉱山を登って行くと、彼女達の姿は徐々に小さくなりついには切り立った岩に遮られ見えなくなる。再び視界が開けた時には既にその場所には居なくなっていた。まるで先程までの事が白昼夢のように感じられたが、手に微かに残る熱が現実であったことを物語っていた。
鉱山で目当ての鉱石を採掘(サリアが大剣で抉り取った)した俺達は重たい鉱石を運びながら街へと戻り、真っ先に武器屋へと向かう。
武器屋で、武器の修理の依頼と、鉱山であったことを伝えて注意喚起をしておいた。ラントが再び岩人族を使って人間を捕まえるようなことはないだろうが、他のアルラウネが同じことをしないとは限らないからだ。
武器屋を出た俺達はとりあえずサリアの宿へ移動した。折れた大剣の修理には数日かかるらしい。申し訳ないがサリアにはしばらく待ってもらうことになる。
「修練用の大剣がないと修行で不便じゃないか?」
「構わないさ、使わずに出来ることをするよ」
「そう言ってくれると助かるよ」
「それはそうと…」
サリアが俺の手に視線を向ける。
「あの九尾の母親から授かった力。生気吸収…だったか?どうなんだ?」
「うーん、やれば分かるって言ってたけどやってみないと何ともな~」
相手の生気を吸い取る力。そう気軽に試せるものではない。またナタリアに試すか?でも前に一回"束縛の紅瞳"を試して怒らせたからな…
「私はどうだ?」
「え?どうって…」
「初めての力を試すのは不安だろう?私を相手になら気兼ねする必要はない」
サリアの提案を少し考えてみたが言うことももっともだ。結局、頼める相手は限られるわけだしな。
「それじゃ、よろしく頼むよ」
「ああ!どうすればいい?」
「たぶん結構、力が抜けると思うから座って楽にしてくれ」
「分かった」
サリアは微笑みながらベッドに腰掛ける。仲間の役に立てて嬉しいというのが伝わってくる。
「じゃあ、始めるぞ」
俺はサリアの肩に両手を軽く添え、手に意識を集中する。魔力を補給するのと逆のイメージ。相手の体に流れる魔力…いや、生気か?それが自分の中に流れてくる感じで…
手が徐々に熱を帯びる。だが、もう少しで上手く行きそうな気がするのに上手く生気を吸収することができない。ルルリスに生気吸収された時と何かが違う?思い出せ、そうだ…あの時は…
無意識に、添えていた手に力が入る。優しく開かれていた手は徐々に閉じ、そのままサリアの肩を鷲掴む。分かる。生気吸収ってのは相手から生気を分けてもらう力じゃない。無理矢理奪う力なんだ。目の前の相手から強引に…
「っ…!」
サリアの体が大きく震えた。少しだけ生気をもらうつもりだったが制御できず、一気に奪い取ってしまったようだ。自分の体に力が漲る。それにこの得も言われぬ心地良さは…
「ワタル…」
力なく項垂れるサリア。早く手を放さないと…。しかし、掴んだ手は放されず、むしろ意思に反して手には力が籠もっていく。もう少しだけ…目の前で苦しそうなサリアのことは意識から薄れ、自分のことだけ…
『主様、それ以上はお相手の方が』
脳内に直接響いた声に、我に返った俺は慌てて手を放した。俺は今、何をしようとしてたんだ…?
「サリア!大丈夫か!?」
明らかに衰弱しているサリアに声を掛けたが、首を微かに横に振っただけで返事はない。
「分け与えるのもできるって言ってたよな…どうやるんだ…えっとえっと…」
俺はとりあえずサリアの体に触れ、さっきと逆のことをしようと瞳を閉じて意識を集中する。幸い、生気の補給は魔力補給と同じ要領で行うことができ、すぐにコツを掴むことが出来た。
「ワタル」
サリアの声に目を開く。
「大丈夫か…?」
「ああ、今は問題ない。どうやら吸収も補給も上手くいったようだな」
「吸収の方は上手くいってないよ。サリアのことも考えずにやりすぎた」
「そう気にすることもない。初めてなのだから仕方がないさ」
俺のことを責めずに笑顔で答えるサリア。
「エイラも止めてくれてありがとな」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「でも次に試す時は誰か他の人がもう一人居たほうがいいかもな…」
「それもそうだな。私も少し不用心だったよ」
苦笑いをしながら話すサリア。その様子を見て俺の手が小さく震える。今ならルルリスの言っていた「美味しい」という意味も分かる。誰かの生気を吸うのはこんなにも…いや、何を考えてるんだ。サリアは大切な仲間だぞ。まだ少し頭が混乱しているようだ。これから上手く使いこなせればいいんだが…。