既に戦場の騒がしさは消えていた。銃撃や砲撃の騒がしさは息をひそめて、代わりに悲鳴と怒号の騒がしさが辺りを満たしていた。
「おい担架をここに持ってきてくれ!」
「おい、こっちの部屋はもう無理だ!」
「おい、そっちは廊下に寝かせるんだ!」
「だからこっちは無理だと言っただろう!!他の艦にはもう入らないのか!?まだ入るだろう」
艦橋や各部署はそれぞれの人員を総動員して米軍の兵士達を回収していた。多くの者が軽傷者であったがその中にも重傷者はいた。だが陸上にいた兵士達はもっとひどかった。
「「むらさめ」にも応援に来させろ!護衛は他の艦にしてもらう。今は一秒でも早く彼らを回収することだけを考えろ!!」
艦橋の副長はそうやって受話器を叩きつけるように置いた。だが次の電話はすぐにかかってきた。
「くそ!今度は何だってんだ」
未だ「アメリカ」の艦長である柊は返ってきてはいない。その為、今は指揮をしているは副長だが彼の技量ではガン度があった。
(早く帰ってきてくださいよ。柊艦長)
心の中で副長は柊がすぐに帰ってきてくれとたった一瞬だが思った。だがその思いがすぐに消えたのはすぐに応対の電話がかかってきたからだ。
「はい。そうだ!!手が足りないなら休憩中のやつもたたき出してこい!」
『分かりました!それとシーハリアーが一機着艦許可を出してきているのですがよろしいですか?』
その報告に当然だと怒りながら言う。
「それはガルーダだ!見てわからんか!」
『は、はいすみません。確認しました。すぐに着艦させます』
「ああ、ありがとう」
受話器を置いた時に小さくガッツポーズをした副長であった。
「アメリカ」の甲板で隊員が誘導灯で誘導する。柊が乗ったシーハリアーは見事にそれに従い、上手く着艦させた。
「艦長、ご無事で!」
「ありがとう。それとこれお願い!」
「え、うわぁと!?」
シーハリアーから出ると機体チェックをシーに任せて、傍に駆け寄ってきた隊員にヘルメットをブン投げて阿づ買ってもらい。それから他に隊員とぶつかりそうになりながらも全速力で艦橋に駆け上がった。
「艦長、ご無事で何よりです」
「ありがとう副長。それで現在の状況はどうなっているの?」
その言葉に副長の顔が真剣になった。柊は撤退支援をしていた為に外の現状が混戦状態の無線とコックピットの視界からしか見られなかった。それだけでも状況が悪いのは察しがつくがどうやら柊の予想以上のようだ。
「被害を集計しました。ですが正確な人数はこの混乱からですから分かりません」
「それで構わないわ。被害と戦況だけを」
「了解。海、空、陸にいた「第25試験航空団」、「マーネス・セキリティー」は無事ですが米軍は海上・空は無事ですが逃げ遅れた陸軍の兵士達は重傷者多数です。現在はそれらを優先して艦で治療に当たらせています」
「分かったわ。反政府勢力とついでに「ヤク」の動きも分かる限りで教えてちょうだい」
「まずは反政府勢力ですがあの爆発の後は沈静化しています。しばらくは手を出してはこないでしょう。ですがもう一方の「ヤク」これがも問題です。レーダーが千以上の物体を確認。おそらく「ヤク」かと」
「千!?」
それについては耳を疑った。もともと中東は米軍と反政府勢力の衝突が激しい激戦地であったがそれとは対照的に「ヤク」の攻撃は中東ではほとんどなかった。せいぜい現れても「ヤク」が一、二機程度のものだ。だが千を超えるとなるといかにアメリカといえども只では済まない数であった。
(だけどなぜ今?それにあの爆発、反政府勢力が用意したものなら、なぜあんな分かりやすい所に。それにあの位置ならば確実に反政府勢力側にも被害が少なからず出ているはず。それなのになぜ。それに「ヤク」がいきなり大群でやってくるのも都合がよすぎる。まるであの爆発が合図かのように)
「あ、あの艦長?」
「ハッ!?」
思考の渦から脱出すると副長が心配そうな目でこちらを見つめていた。彼に大丈夫だと伝える。敵側の意図も知りたいところだが今は危機を乗り越えるのが先だと考えるを一時中断する。こういう事を考えるのは生きて帰れてもできることだと思ったからだ。
「こちらの残存艦艇と航空機は?」
ひとまず戦力の把握をしておかねばならない。
「それは…現在確認されたものですが残存艦艇は三部隊合わせて護衛艦一、駆逐艦十、強襲揚陸艦二、空母二です。航空機は「スカイ」持ちが十、通常機体が五十機あるぐらいです」
柊の顔が暗くなった。彼女の言いたい事は分かる。これでは圧倒的に戦力が足りない。確かに元々中核戦力となるはずの「スカイ」持ちが少ししかいないのだ。その「スカイ」の数が「マーネス・セキリティー」のお蔭で二桁にいっているのは不幸中の幸いだろう。
「分かったわ。司令官と話をしてくるわ。警戒は厳にして岬ちゃんには「マーネス・セキリティー」の空母に着艦し補給を受けた後で再び、哨戒任務に戻ってと伝えて」
「了解」
その後に司令官と会談した。彼女は撤退を進言した。最初はかなり渋っていた司令官だが柊の言葉で気持ちが揺らぎそれを独断で決定した。この時点で中東からの全部隊の撤退が決定した。
一方、海の方で大騒ぎをしている時に空でもそれは起こっていた。
「くそっ!」
『どうしたお前の実力はそんなものじゃないだろう?』
ハリアーⅡの後ろにF/A-18Fがピタリとついている。だが何度も振り切ろうとしてもピタリとついている。機体内ではミサイルアラートが鳴りっぱなしだった。F/A-18Fがミサイルを発射した為だった。
「やられてたまるか!」
ハリアーⅡの機体を一気に上昇させる。これでチャフやフレヤを温存すると同時に高度を稼ぐためのものだった。
ミサイルはギリギリまで追ってきたがやがて力を失ったかのように推進力を失い爆発した。おそらくミサイルの燃料が切れたのだろう。
「今度はこっちだ!」
ミサイルの爆発で視界が悪くなっているF/A-18Fの背後に回り込んだ。
「FOX2!」
「FOX2!」
ハリアーⅡからミサイルが二発切り離されてまっすぐ敵機へと向かっていく。
『ほぉ、少しはやるようだ。やはり思ったとおりだった」
敵機はフレヤを撒いて一気にあの爆発の後に当たり充満している黒煙に潜り込んだ。
「なぁ!?」
空井は驚いた。あの量の煙だ。視界はゼロに近い。
「ねぇ空井気がついた?」
ハチが話しかけてくる。珍しいと思いながら聞く。
「何のことだ?」
「さっきの敵戦闘機の事。何て言えばいいんだろう。あの動きはどことなく私達に似ていた」
「ということはつまり敵は「スカイ」を持っているってことか?どうやって?」
民空に「スカイ」が配備されているのであまり実感が湧かないかもしれないが「スカイ」を一機の機体に載せるだけでも相当な金がかかるのだ。反政府組織が安い気持ちで買える買い物ではない。
(ということは反政府組織に雇われた民空ということか?)
ならばかなり危険ということだ。「スカイ」は元々高機動戦闘が行えるように設計されたものだ。だが今、それをしてしまえば燃料も乏しいこの機体ではすぐに墜落してしまう。
「どうにか___」
「敵機接近!!」
「!?」
ハチが叫んだと同時に敵機が背後の煙を吹き飛ばし現れた。空井は完全に背後をとられた。
「しまった!俺としたことが!」
油断してしまっていた己に叱咤しながら回避行動に移る。だが。
『油断したな。空井 勇人』
敵機の機銃弾がハリアーⅡの機体に深く入り込んだ。
「ぐぁ!!」
「痛ぁい!!」
衝撃にハチと空井は声を出す。被弾したのだ。
「損傷は!?どうなっている?」
爆発のショックから立ち直った空井は被害を知ろうとする。
「大丈夫。でも油圧とかが下がってきているからあまり長くは出来ないよ」
「ああ、分かった。だから短期決戦だ」
未だに後ろに着かれてはいるが撃っては来ない。おそらく撃墜したと判断したのだろう。
(あんたも人の事を言えないな・・・・)
顔や名前も知らないパイロットに向けて、顔に笑みを浮かべながら思った。
「あんたが言った通り、油断大敵ってやつだな」
空井は一気に操縦桿を横に倒し、機体の速度を落とした。機体が360度一回転する。胃が裏返るような感触。
だが効果はあった。速度を落としたのは後方の敵が自分を追い抜かすために一回転したのはその機体と接触しないようにするためあった。
『!?』
無線越しから息を飲む声がする。
「FOX2!」
「FOX2!」
そんな事はお構いなしだ。近距離な為に相手はフレヤを出す暇もなく、ミサイルが当たった。
『くっ、当たったか。それに時間切れだ』
時間切れ?どういう意味だろう。
『と言うことで勝負はお預けだ。空井 勇人。その機体で私に損傷を与えたのは大したものだ。やはり噂は本当だったか・・・・』
「何の話をしている?」
『いやいや、褒美の話だよ。君にはまた手合せ願いたい。だがその機体では私に勝つことは出来ない』
とことんハチの悪口を言うな、この男は。
『だからこの機体をお前にやる。ただやるだけではない情報も入っている』
「だから何の話を・・・」
『あいにくその質問に答えている暇は無いんだ。じゃあな、また会える日を楽しみにしている』
その言葉の後にコックピットが爆発した。いや、何かが射出されたのだ。
「なぁ!?アイツ、ベイルアウトしたのか!」
まだ機体は大丈夫なはずだ。まさか、褒美とは。
「空井!空井!機体が!」
ハッと気がつくとさっき被弾したところから火が出ていた。相当やばいみたいだ。
「「アメリカ」に繋いでくれ!緊急着陸を行うと!」
「アメリカ」は大慌てだ。甲板からは全ての人や機材が取り払われていた。
「間もなく来ます」
その時に黒煙を上げているハリアーⅡが来た。相当やばいみたいだ。
「消化班準備!」
ハリアーⅡは「アメリカ」の上空に来たと同時に爆発と共に墜落した。皆が騒然とする。
「あぁ!!」
ハリアーⅡが機体を甲板にこすり付けながら着陸した。幸いにも爆発はしなかった。
「急いで!パイロットを!」
一斉に隊員が駈け出してくる。ハリアーⅡからはパイロットがキャノピーを開けて外に出ていた。
「あの野郎・・・・」
だが空井はあのパイロットの事だけを今は考えていた。あの機体相当カスタマイズされたものだった。それにレーダーにも直前まで反応しなかったということはステルス塗料が少しばかり使われているからかもしれない。おそらく「むらさめ」達を襲ったのはあのパイロットだったという事だと確信した。
そしてもう一つ。
(俺と奴は一度会ったことがある)
空井はずっと黒煙に包まれた中東の空を見つめていた。