迷宮探索苦労裸図   作:シーモア・ハーク・ロッチ

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桜子

「俺の顔に何か付いてる? 気持ちがありがたいんだが、俺にはそういう趣味はないんだ。すまん」

 

「僕も……ないです」

 

 鋼太郎は隣を歩く鉄兵から床へと視線を落とした。

 

「言い淀むなよ。勘違いする奴が出てくるぞ」

 

「漫才はいいからさっさと奥へ行け。だいたい二人で行けばスマートに話は進むというのに」

 

 雪緒は鉄兵の広い背中を押しながら言った。

 

 啄朗が座っていた席のさらに先、店の一番奥にむけて五人全員が両側をボックス席に挟まれた決して広くはない通路を歩いていた。

 

 

 両方の席から冷ややかな視線が注がれ、咳払いや舌打ちをいやというほど浴びせかけられた。

 

 空ボトルと大小様々な部品がテーブル一杯に並べ無言で銃を組み立てる男達、

 

 女の首に舌を這わせ乳房をまさぐる男とテーブルの下で女の股間に頭を埋める男、

 

 ビール瓶やウィスキーボトルが乱立するテーブルへある者は突っ伏し、ある者は無表情で煙草を吸い、またある者は男同士で寄り添い合い高らかにいびきの大合唱を上げる席、

 

 むせび泣き何事かを語る男の話を、静かに目を閉じ聞き入る黒ずくめの男が座る席。

 

 学生・OL・主婦・水商売風という見た目も年齢もバラバラな女達がにこやかな笑顔とともに手を振り、

 

 胸の前で手を合わせた男女が念仏のようなものを低い声で延々と唱え続け、

 

 刀剣や銃器をそれぞれの肩に預け、中高生と思しき少年たちがニヤニヤといやらしい笑みをふりまき、口笛を拭いて千登勢達にちょっかいを出す席等々……。

 

 

 照明の暗さも相まって奥へ進めば進むほどに客層は悪くなり、比例して鉄兵達の口数は少なくなっていった。

 

 それらすべてを無視して通り過ぎ、誰もが無言になってしばらくすると、ボックス席の一番奥の右側の席に座る女性が見えてきた。

 

 どういうわけかその女の周囲はどれも空席となっていた。

 

 その女は端正な顔立ちとシンプルな装いもあってか、それまで目にしてきた席に座る誰とも異なってすっきりとした清涼感に溢れていた。

 

 少しウェーブのかかった明るい色の髪をシュシュで後ろに束ね、黒縁眼鏡をかけていた。

 

 同じ黒縁眼鏡でも啄朗と百八十度異なり、野暮ったい印象は全くなく、『できるオンナ』を演出していた。

 

 少しヒールのあるブーツを履き、長い脚を組んで座っていた。

 

 裾がわずかに広がるスラックスは吸い付くようにして太腿を包み込み、下半身のラインを寸分違わずに見せつける。

 

 胸元を大きく開けたブラウスの腕をまくり、テーブルに広げた数々の部品を組み立てる作業に没頭していた。

 

「よお姐さん、しばらくぶり」

 

 その女は作業する手を止め、頭を上げた。

 

「ハーイ、今日も稼がせてくれるのかしら?」

 

「そこそこな。できれば場所を移さないか? ここは……落ち着かない」

 

 その女は鉄兵の後ろに控える凛達に目配せをすると、鉄兵に向き直って言った。

 

「これ組み立ててからでいい? バラバラのままバッグに詰め込むのは流石に気が引けるわ」

 

 テーブルにはアサルトライフルの部品がバラバラに分解された状態で並べられていた。

 

 いくつかの部品は組み上がり各部位ごとにまとめて置いてはあるものの、興味のない人間にとってそれらは通信販売で購入した怪しい健康器具をバラしたようにしか見えないガラクタ同然の体をなしていた。

 

「それってどっち、A2?」

 

「――棍棒の方。安くしておくわよ、買わない? いまならスコープを付けてあげる。お望みなら銃剣も付けてあげてもいいわ。どう、お買い得でしょ?」

 

 女は売り込みをかけながらも慣れた手つきで素早く銃を組み上げていった。

 

「いらねえよ。俺は棍棒じゃなくて銃を買いにきたんだ」

 

 鉄兵はため息まじりに言った。

 

「『当たるも八卦当たらぬも八卦』を体現した素晴らしい銃よ。銃と心を通い合わせ、念じてみればちゃんと弾は出てくるはずよ」

 

「桜子さんよぉ、『はず』じゃ困るんだよ。引き金を引いたらちゃんと弾が出てくるのが欲しくてここへ来たんだ」

 

 桜子と呼ばれたその女は黒縁眼鏡を額の上方に据えると、空の弾倉を勢いよく装填し、コッキングレバーを引いくなり肩付けして構えた。

 

 狙いをつける眼光は鋭く、単に銃器を売買する商人には見えなかった。

 

 流れるようなその一連の動作に千登勢はおおっと声を上げた。

 

「でへ。大したことじゃないわよ」

 

 桜子はピンク色の舌をちろっと出して照れ笑いを見せ、組み上がったライフルをテーブルの上へと静かに置いた。

 

「そういう仕草は若い子がやってこそ可愛く見えるんだ。そんな年じゃないだろ、姐さん。賞味期限はとっくの昔に切れてんじゃないのか?」

 

「アンタこそいくつになったの、鉄兵?」

 

 ギラリと光る桜子の鋭い眼差しよりも、いつの間にか鉄兵の股間に拳銃を突きつけていることに、鉄兵以外の誰もが驚きを露わにした。

 

 拳銃はスライド部分が銀色に光るオートマチック、

 

 45口径を使用するH&K・USPコンパクト、

 

 ハンマーは後退していた。

 

「片っ方だけになってもちゃんと子作りに支障はないそうよ。試してみる?」

 

「アラサー女子のセックスアピールってのは珍妙極まりないな。ヤらせてくれるってのは悪い話じゃないが、俺は盾持ちなんだ、これ以上バランスが悪くなるのはゴメンだ」

 

 鉄兵の挑発に鋼太郎と千登勢はハラハラする一方、雪緒と凛はこのやり取りにうんざりといった様子であった。

 

「で、どうするの?」

 

 桜子は片眉を上げて尋ねると、鉄兵はゆっくりと腕組みして答えた。

 

「俺は恥ずかしがり屋なんだ。やるなら二人きりのときにな」

 

 桜子はハンマーを親指で押し戻すと、腰の後ろに手を回し、USPコンパクトをホルスターに収めた。

 

「はぁ。不要な在庫はさっさと処分したいんだけどな」

 

「動機が不純すぎんだろ」

 

 鉄兵は無愛想に言うが、サクラコは気にも留めずに尋ねた。

 

「本当に買わない?」

 

「だから棍棒が欲しいんじゃないんだよ」

 

 桜子はふてくされたような顔をしたがすぐに元通りとなった。

 

「ハイ、凛ちゃん。アレ使ってる?」

 

「コンニチハ。この前使ったよ。すんごい身体がガクガクした。でもすっごく気持ち良かった」

 

「だしょ? こう、なんつーか、あれよねあれ、子宮にくるよね?」

 

「おい、ちょっと待て! お前ら一体何の話をしてるんだ?」

 

 鉄兵は大声を出して桜子と凛の会話を断ち切った。

 

「アレだよ」と凛。

 

「ナニよ」と桜子。

 

「鋼太郎くん、『アレ』ってなあに?」 千登勢は突然鋼太郎に話を振った。

 

「さ、さあ? 何を話してるのかさっぱりで」

 

 鋼太郎は慌てた様子で頭を振った。

 

「銃が欲しいのはそっちのカワイイ坊や? ――ってまた新人なの、鉄兵?」

 

「ああ。ウチの新人、ハガネにタロウで鋼太郎だ。金物つながりでウチのパーティーに入ることになった」

 

「ふーん、そう。はじめまして。桜餅の『桜』に子宮の『子』で、桜子よ。主に銃火器の売買と整備修理をやっているわ。他でも売買できるところはあるけどこっちに回してくれるとありがたいわ。よろしくね」

 

 もうちょっとマシな自己紹介しろよ、という鉄兵を無視して桜子は右手を差し出した。

 

 ガンオイルで黒ずんで汚れた桜子のほっそりとした手を鋼太郎は優しく握ったが、桜子はしっかりとその手を握った。

 

「鉄兵の連れてきた新人がすぐにいなくなるのは、君みたいなカワイイ男の子のお尻を図体のデカイのが狙っているっていう噂があるわ。気をつけなさい」

 

 桜子はにこやかに言った。

 

「さらりと嘘つくんじゃねえよ。つーかそんな噂ねえし」

 

「冗談よ。そんなことより、君、これ買わない? ちょっと重いけど、重みは堅実さの証っていうし、慣れれば大したことないわ。今なら色々オマケつけたげる」

 

「エンフィールド・L85――せっかくですが英国面に堕ちるのはちょっと」

 

 鋼太郎がためらいがちに申し出を断った。

 

「あらま、これが何なのか分かるの? 好きな銃を挙げてみて、在庫があれば用意するわ」

 

「いや待て待て、鋼太郎君はこっち方面詳しいのか? サバゲー経験者?」

 

「いえ、エアガンは持ってますけどいわゆる『お座敷シューター』で、サバゲーは未経験です。FPSゲームは何本か持っていて、気になった銃をネットで調べる程度です」

 

 鋼太郎は恥ずかしながらも答えた。

 

「じゃあ『魔術師』を引いたのは当たりだったな。そうかそうか、だったら……」

 

 鉄兵は良いアイディアが思いついたのか、顎を撫でながら何事かを思案していた。

 

「それで鋼太郎くんが持っていたエアガンはなに?」

 

「M14です、ストックがウッドタイプじゃない方です」

 

「ふーん、確か在庫にあったはず。それでよければ用意するわ。他に欲しいものは?

 

 桜子はストックを下にしてL85をトートバッグに入れ、テーブルに置いていた拳銃四丁も入れて立ち上がろうとするところを鉄兵が制止した。

 

「待ってくれ姐さん、M14はキャンセルだ。いきなり長物は困る」

 

 話を続けようとする鉄兵を無視し、桜子はトートバッグを肩に掛けて立ち上がった。

 

「話は歩きながらで構わないわね。あ、それ下げといてくれる?」

 

 鋼太郎は空になったコーヒーカップと紙ナプキンを持ち、桜子の後に続いた。

 

 奥まで来た時と同じように舌打ちの祝福を受け、六人は店の出口へ向けて歩き出した。

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