迷宮探索苦労裸図   作:シーモア・ハーク・ロッチ

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検問

 息を殺し、音を出さないよう静かに足を下ろし、姿勢を低く保って階段を昇っていく。

 

 慣れない動きに鋼太郎のふくらはぎは膨らんで硬くなり、身をかがめ前傾姿勢で進むために腰が悲鳴を上げる。

 

 六人の中で唯一鋼太郎の呼吸音だけが荒く、工場の煙突から吹きあがる煙のように立ち昇り、弱々しい灯りのもとで絶えず白い渦を巻いて揺れてた。

 

 少しでも冷気を取り込もうと学生服の第一ボタンを外すも噴き出る汗は止まることなく、肌にワイシャツがベットリと貼りつく。

 

 鋼太郎は都度あるごとに手許のK9を見つめてはグリップを握り直した。

 

 手首から先が自分のものではないような感覚に囚われ、確かめるように動かす指先に気を取られている間に桜子との距離が離れ、後ろの雪緒が鋼太郎の尻をつつく。

 

 待ち伏せする追い剥ぎを撃退できるかもしれないという勇ましい妄想は誤射で誰かを傷つけてしまうかもしれないというプレッシャーにかき消された。

 

 期待に心弾ませ握った銃もいまや階段を一段一段昇るにつれK9自身を何倍もの重さに感じさせ、心身の疲労を加速度的に蓄積させる装置でしかなかった。

 

 すでに緊張感はとうにどこかへ消え、気になっていた自分の足音のことは頭の片隅に残っているはずもなく、鋼太郎は乾きを潤す飲み物と火照る身体を落ち着かせる小休止をただただ待ち望んでいた。

 

 長い階段を四度折り返して一階層分だけ上へと昇ることができるこの状況を呪いつつ、昇ること四階層、半ば修行僧のような行為にもついに終わりが訪れた。

 

 結局のところ警戒していた待ち伏せはなく、無事目的の階に到達することができた。

 

 くぐり戸に埋め込まれた半円状の把手を手前に引き出して回転させると、抵抗なく鉄扉が開き一筋の光線が閃き槍のように差し込み、徐々に薄暗い踊り場を白く染めていった。

 

 くぐり戸を抜けると桜子はすぐにK9を鋼太郎から回収し、薬室に入った弾薬を取り出し無造作にトートバッグへと入れ、鉄兵が手渡すL85も同様にして収めた。

 

 L字型に広がる通路を左へと折れ、大して変化のない百貨店の飲食店街のような風情の店舗群を横目に鋼太郎たちは壁にそって歩いた。

 

 

 

 

 顔を寄せ合い小声で話す桜子と鉄兵の背中を、鋼太郎は一人寂し眺めて歩くことしばらく、

 

「いつもはここで引き渡しをしているの」

 

 と桜子は前方右手に見える店舗を指差していった。

 

「今日はそっち店じゃなくて、左に曲がるわ」

 

 その店舗のちょうど向かい側には、ひたすら続いていた壁が途切れ、左へ折れる通路が設けられていた。

 

「なぜ店の方じゃない?」

 

 やたら低く厳しい鉄兵の声音に桜子以外の誰もが一瞬ぎょっとした。

 

 しかし先を歩く桜子だけしか鉄兵の表情を見ることが出来なかったが、やや肩を怒らせ固くにぎる拳と広い背中を見るだけで十分だった。

 

「あの話……今日済ませればいいんじゃない? ちょうど新人も入ったことだし。何度も中をうろうろされると都合が悪いことぐらいわかるでしょ?」

 

 細められた桜子の目はサーベルの如き鋭さをもって鉄兵に向けられた。

 

「……そういえばここに来たことがあるのは俺だけだな」

 

 鉄兵は何事もなかったように、とぼけたた声を出して頭をボリボリとかいた。

 

「なにがあるの?」

 

 消え入りそうな声で凛は鉄兵の甲冑をコツコツと叩いた。

 

「んー、本当のことは言っちゃいけない決まりだからなんとも。姐さんの恐いお友達がすっ飛んできてひどい目に遭わされるからな」

 

「デタラメ教えない」

 

「八割は本当のことだろうが。おっと、リンコは銃から弾倉を抜いた状態にしておくんだ。雪緒ちゃんは鞘に納めた状態で右手に持って、柄が正面をむかないようにな」

 

 桜子とのふざけた掛け合いが再び始まったことに安堵しながらも、釈然としないのは言うまでもなく、『あの話』についてなんの言及もしないのを誰もが訝しがった。

 

「理由は?」

 

 雪緒はあからさまな不満をぶつけるも既に刀を右手に持ち替えており、凛もそれにならい弾倉を抜いてポケットにしまっていた。

 

「ここにいる奴等はデリケートなんだよ――俺みたいに」

 

 そう言うと鉄兵は壁に背中をぴったりとつけ、切れ目からわずかに顔を出して通路を覗いた。

 

 その長い通路は真っ直ぐに進み突き当たると右手へ折れるL字になっていた。

 

 その曲がり角は人の胸の高さほどの部分が崩れてギザギザとなり、所々にヒビが入っていた。

 

 突き当たった正面の壁も同様に黒い穴を中心にいくつもの亀裂が入っていた。

 

 床はジュースをぶち撒けたように黒ずんだ汚れ、通路の隅にはコンクリートの細かい粉塵が積もり、崩れた壁の小さな欠片が点在し、鈍く光る薬莢が転がっていた。

 

 気付けばその壁の切れ目の周辺一帯が荒れていた、まるで銃撃戦があったかのように。

 

「最近はどんな感じ?」

 

 鉄兵はそれら荒涼とした様子を気にする風でもなく桜子に声をかけた。

 

「そうねえ、ここんとこは静かね。ここを襲ってくるのは他の駅からの流れ者がほとんどだからね。組織立った襲撃もしばらくないし。それよりもここがどんどんボロくなってきてる方が問題よ。元左官職人の知り合いとかいない?」

 

「生憎といない。それにセメントも調達しないとな」

 

「それもそうね。それじゃあ行きましょうか」

 

 通路に足を踏み入れた桜子は口笛をふき、つづいて声を上げた。

 

「桜子よ。客が五人、私の特別な客だ、心配はない」

 

 桜子がそう言い終える前に、奥の曲がり角から黒く細長いものが上下に生えた。

 

 それはスコープを乗せたアサルトライフルだった。

 

 灰色を基調とした都市型の迷彩服を着た男が二人現れ、一人がサブマシンガンの銃口を向けたまま叫んだ。

 

「全員手を頭の後ろに回せ! ゆっくりと一列になって壁の左側を進むんだ。列からはみ出ると後悔することになるぞ。よし、進め!」

 

 桜子が先頭を、最後尾を鉄兵がつとめ、言われたとおりに進んでいった。

 

 ゆっくりと一列になって進む間、誰かが薬莢を蹴ったために金属音が通路内を跳ねまわったが、足許を見ようとする者はいなかった。

 

 銃によって顔が半分隠れていてもはっきりと分かる男達の気迫に押され、誰も指示された以外の行動をとろうとはしなかった。

 

 サブマシンガンの男達が執拗に桜子達の挙動を監視する中、ようやくその曲がり角に到達すると、そこには武装した男達が合計七人いた。

 

 うち一人はバイポッドのついた軽機関銃を手にする重武装に、桜子を除く誰もが驚いた。

 

 男が一人近づき桜子の顔を確かめると、顎をしゃくり、早く奥へ行くようにと促した。

 

 L字だと思っていた通路は奥にもうひとつ左へ折れる曲がり角があり、そこにも武装した男達が数人詰めているのが見えた。

 

 通路入り口からでは分からなかったが、爆発物対策だろうか、最初の角には人の腰の高さほどの土嚢が積まれていた。

 

 桜子は男達にそれぞれ声をかけて奥へと進んでいくのを追って、土嚢を越えた鉄兵達一行をアサルトライフルの男の一人が呼び止めた。

 

「よお、アイアンソルジャー、生きてたか!」

 

 男はゴーグルを外し鉄兵に歩み寄った。

 

「みんな先に行っててくれ――――なんだよ誰かと思ったら、しばらくぶり。最近どうよ?」

 

 鉄兵は男の肩を叩いて答えた。

 

「ありがたいことに暇だね。平和が一番だが、少し飽きた」

 

「贅沢だな。こっちは変わらず駆けずり回ってるよ。楽そうな仕事があったらこっちに回してくれよ。それじゃあまた今度な」

 

「ちょっと待てよ。あのちっちゃい子なに使ってる? そこの木箱から9mm二箱ばかり持ってけよ」

 

「マジで? スマンね。リンコ、千登勢ちゃんちょっと来てくれ」

 

 鉄兵は先を歩く二人を呼び寄せた。

 

「気にするな、売るほどある」

 

 怪訝そうな表情で戻ってきた凛に鉄兵は笑顔で迎えた。

 

「このオジサンがリンコにプレゼントだってさ」

 

 そう言うと鉄兵は9mm弾が入った紙箱ふたつを凛に手渡した。

 

「えっ、いいの?」

 

 凛は目を輝かせて言った。

 

「お嬢ちゃん他にもなにか欲しい物あるかい?」

 

「カービンライフル!」

 

 凛は元気よく答えた。

 

 男達は一瞬戸惑ったものの、わざとらしく困り顔を作って答えた。

 

「うーん、流石にそれは、あのオバサンに言って買ってもらわないとな。代わりにコレをあげるよ」

 

 男が腰のホルスターからコルト・ガバメントを抜いて手渡そうとするのを、鉄兵は割って入りやめさせた。

 

「それは受け取れない。弾だけで十分だ、気持ちだけもらっておくよ」

 

 えー、と不満の声を上げる凛を無視して、鉄兵はなんとか男に銃をホルスターに戻させた。

 

 別の男が凛に歩み寄って言った。

 

「そういうわけでこれで我慢してくれよ」

 

 凛が手に持つ紙箱の上に、男は更にふたつ紙箱を乗せた。

 

「やった! もうけ、もうけ!」

 

「こら、そういうときは『ありがとう』だろ!」

 

 凛は可愛らしく頭を下げて礼を言った。

 

「ほれ、雪緒ちゃんに見せびらかしてきな」

 

 そう鉄兵が言うと、凛は紙箱四つを抱え、おさげを翻して通路の奥へと進んだ。

 

「これ、貰ってくれよ」

 

 千登勢のバックパックを開き、小さな箱を四つを取り出した。

 

「いま手持ちはこれだけしかないんだ――っと、ひとつはメンソールだ」

 

 煙草を手渡すと、鉄兵と千登勢は頭を下げて男達に礼を言い、奥へと進んでいった。

 

 通路最初の曲がり角の土嚢の向こう側には、木箱に入った弾薬・弾帯に繋がれた軽機関銃・びん詰の飲料水・雑誌に囲まれたソファがあり、人が座る場所がないほどそのソファの上には弾薬と銃で溢れかえっていた。

 

 大きな丸いテーブルの上には潰れた空き缶・装填済みの弾倉・トランプ等が散乱しており、吸い殻が山となった灰皿の中で吸いかけの煙草から、一筋の白煙が静かに立ち昇っていた。

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