迷宮探索苦労裸図   作:シーモア・ハーク・ロッチ

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異世界迷宮 大江戸線・蔵前駅 その2

 鋼太郎は弾倉を抜き取ると――弾薬は少し残っていたが――腰に下げたユーティリティポーチへ突っ込み、マガジンポーチから抜き出した新しい弾倉を装填した。

 

 プライマリウェポンにMP5A2、サイドアームにグロック23の第四世代、手榴弾とスタングレネードがひとつづつ、そしてベスト状のプレートキャリアーに下げる複数のマガジンポーチ。

 

 体の各部を叩いて装備品のチェックをしていくもののバックパックについてはここで広げるわけにもいかず、入れたものを思い出すだけの確認作業をしていると、

 

「それは何かのおまじないですか?」

 

 柱の陰からその様子を見ていた千登勢が声をかけた。

 

 彼女が背負うのはパーティーの中で一番の収納力を備える登山用の大容量バックパック、背負うと頭をゆうに超えるため、彼女は艷やかで長い髪をボリューム豊かな胸元へと寄せていた。

 

「そんなんじゃないですよ。ほら、定期券とか家の鍵を忘れていないかを確かめるのと同じで、指差し確認のようなものです」

 

 突然のことで緊張してしまったこともあるが、誰だって美少女に声をかけられればドギマギして口早にしゃべるのも無理のないことで、平静を装いながらも鋼太郎の心臓は戦闘時よりも高鳴った。

 

「ほうほう。それじゃあ空になったそれ、貸してください」

 

 千登勢の言う『それ』が何であるのかをあれこれ考えあぐねていると、

 

「話してなかったっけか? 折を見て空になったマガジンは千登勢ちゃんに渡すんだ。満タンのマガジンと交換してくれるし、空の方には弾薬を詰め直してくれる」

 

 西洋式の鎧に身を包む大男の鉄兵が助け舟を出した。

 

「ヒマですから!」

 

 千登勢は腰に手をつき自信満々に言うが、鉄兵はそれでは困るといった表情をした。

 

「千登勢ちゃんが忙しくしてるきはヤバいときだ。できればずっと、のほほんとしていて欲しいよ」

 

「ところがぎっちょん、そうは問屋がおろしません。迷宮では予想もつかないような事が起きますから。例えばほら――」

 

 

 稲光りだ。

 

 

「ん? なんだって?」

 

 真っ直ぐつづく回廊の数十メートル先から広がる真っ暗なトンネルの中で、遠雷のような瞬きを、鋼太郎は確かに目にした。

 

「さっきトンネルの中で雷みたいなのが光って……」

 

「光った!」

 

 ひさしを作るようにして千登勢は手の平を額に当て、暗いトンネルを観察していた。

 

「フリッカーだ。この先は天井の照明が死んでるんだろう。しぶとく生きてるやつが光っては消えてを繰り返してるんだ。稲光りに例えるとは詩人だな」

 

「別にそういうわけじゃ……」

 

 からかい言葉を真に受けて照れる鋼太郎をよそに、鉄兵と千登勢は目を見開きじっとトンネルを凝視していた。

 

「鉄兵! 来るぞ! そう簡単に捌ききれるとは思えん」

 

 鉄兵ののんびりとした口調とは打って変わり、柱の向こうからの危急を告げる声が上がった。

 

 鋼太郎がその声にはっとして左を向くと、セーラー服に日本刀という漫画やアニメではおなじみの姿を目にした。

 

 声の主である雪緒の叫び声に焦りはあれど、そこに怯えの色はなかった。

 

 眉間と鼻にシワが寄り端正な顔立ちが台無しの横顔は狼のようだ。

 

 むき出しの敵意は惜しみなくトンネルへと注がれていた。

 

 鋼太郎はMP5A2の銃床を肩にあてると目を細め、トンネルの向こうからの刺すような光量を絞り、いつでも迎撃できる用意をした。

 

 鉄兵はトンネルの奥へと向けていた単眼鏡をしまうと、首をぐるりと巡らした。

 

「雪緒ちゃんは下がってリンコと千登勢ちゃんを頼む。リンコは至急『アレ』の用意だ」

 

「もーやってるっ!」

 

 鉄兵達の位置からでは見えないが、左側通路後方で身構える幼い容姿の凛は指示が遅いと言わんばかりに不満に満ちた声を上げた。

 

 小学生と見間違うほどの小さな身体の凛は一度ウージーサブマシンガンを床に置くと、おさげを揺らしてバックパックを下ろし迎撃の用意を始めた。

 

「まず中央の柱を境に右側通路を来る敵に鋼太郎君が嫌がらせをする。敵が柱を越えて左側に集まったところを一気に叩くぞ」

 

「嫌がらせってことは、とにかく弾をばら撒いていれば大丈夫ですか?」

 

「ご丁寧に一匹づつ撃たなければ問題なしだがあまりにも中途半端だと自分の身が危ういってことだけは肝に銘じておいてくれよ」

 

「それはいいんですが、左へ寄せるには僕だけじゃ不足なんじゃ……」

 

「まあ見てればわかるよ」

 

 ひどく不安そうな鋼太郎に対し、鉄兵は余裕たっぷりにほほえんで応えた。

 

 

 

 

 ――来た、奴等だ来た。

 

 豚鼻に黄ばんだ乱杭歯、血走った焦点の合わない切れ長の目をした人間のような容姿ではあるがひと目れば決定的に人間とは違う異形が。

 

 発達した四肢の筋繊維が盛り上がる段差、まばらに生える針金のような体毛、厚くひび割れた灰色の汚れた爪、知性の欠片もみられない挙動、そして耳障りな奇声。

 

 

 『ヤマワロ』と呼ばれる迷宮を徘徊する人型モンスターだ。

 

 

 遥か遠くトンネルを抜けた先で横にぐねぐねと伸びる黒いものが蠢いているのが見える。

 

 数は不明――十数匹程度ではおさまらないはずだ。

 

 左側通路も同様であれば相当な数になる。

 

 相対するのは少年少女五人組、数だけで言えば相当不利な状況にあった。

 

 モンスターの大群が濁流の如き勢いで押し寄せてくるのが暗いトンネル内を駆け抜ける稲光りにより一瞬照らしだされた。

 

 彼我の差に恐怖をおぼえた鋼太郎は生唾をゴクリと飲んだ。

 

「体力測定でソフトボール投げってやった? 肩に自信は?」

 

 鉄兵は状況にそぐわないのんびりとした口調で言った。

 

「と、唐突ですね。帰宅部ですから距離もコントロールもイマイチですよ」

 

 鋼太郎は銃を構え前方を見据えたままで応えたものの、唐突な内容の質問にどもりぎみだ。

 

「それじゃあこのMP5の弾倉と手榴弾を交換しよう。爆発したら嫌がらせ開始。いかにばら撒いて左側へ集めるかがカギだ、頼んだぜ」

 

 大盾を柱に立てかけた鉄兵は手榴弾を受け取ると、肩掛けバッグに詰めてあった弾倉一式を手渡し鋼太郎を後方へ下がらせた。

 

 鋼太郎は受け取ったバッグを左腕に抱え、指示通りに柱の陰に隠れた。

 

「うしろの三人とも用意はいいかー、手榴弾の爆発が合図だ! カウント・ファイブ!」

 

 そう叫んだ鉄兵は一旦静かに前方を見据えてひと呼吸置くと、安全ピンを抜いたM67破片手榴弾をにぎる両手を高く突き上げ、右足を軸に身体を大きく回転させた。

 

 捻って溜め込んだエネルギーを一気に開放させるが如く、身体を逆回転させると同時に左足を前に大きく踏み出して手榴弾を投擲した。

 

 鎧姿での投擲は少しぎこちなかったが、それでも見事なトルネード投法だった。

 

 トンネルの暗闇を切り裂くようにして真っ直ぐ飛んでいき、回転するM67破片手榴弾の安全レバーが空中で分離した。

 

 そしてトンネルの入り口を越えたあたりで、集団を飛び出してしゃかりきに走るヤマワロの一匹と出会った。

 

 

 

 爆発。

 

 

 

 投擲後の刹那の沈黙ののち、手榴弾の咆哮が空気を激しく震わせ汚れた風が駆け抜けた。

 

 舞い上がる壁や床材の粒子のベールを切り裂いて柱から飛び出し、鋼太郎は左腕に抱えていた弾倉入のバッグを床に投げ、片膝をつき銃撃を開始した。

 

 思考と視界を銃口から吹きあがる発射炎の赤と閃光の白で塗りつぶした。

 

 フリッカーの稲光によってトンネルに一瞬浮かび上がる頭や肩に腕といった身体の輪郭をなぞる照り返しに向け、引き金を絞る。

 

 マズルフラッシュとフリッカーの二重の明滅、

 

 脳が痺れる発射時の衝撃波と肩にめりこむ銃床、

 

 余計なことを考えず左側通路へ誘導するようひたすら銃弾を叩き込む。

 

 鋼太郎はいつ撤退の合図が出てもすぐに走れるよう気を配りながら射撃を続け、M84スタングレネードをどのポーチにしまったのか記憶をたどった。

 

 弾倉が空になればリロードする旨を叫び、素早くマグチェンジを開始する。

 

 プレートキャリアーのポーチから新しい弾倉を引き抜いたその時、後方から凛の叫ぶ声がした――『一気に叩く』準備が整ったようだ。

 

「こいよフルチンどもー、JCは大好きかー!」

 

 

 

 

 

 

 MP5から吹き出した発射煙と手榴弾の爆発で烟る視界の中、鋼太郎はこの異世界に迷い込んだときの事を思い出した。

 

 奇声をあげてトンネルより押し寄せる人型モンスター・ヤマワロ。

 

 奴等に睨まれ恐怖にすくみ下着を濡らさなければ、彼ら四人の仲間に会うことはなかっただろう。

 

 

 来る、奴等が来る。

 

 

 怯えながらも9ミリパラベラムを叩き込む鋼太郎とは対照的に、通路左側で迎撃の用意をマイペースで整える凛はメンバーの中で一番幼いながらもこの状況に大した危機感を持っていなかった。

 

 数メートル先でポニーテールを揺らし頷く雪緒がいて、更にその先で柱から逐次敵と自分の様子をうかがうリーダーの鉄兵がいる。

 

 そして傍らでは弾薬ベルトを片手にもち、腹這いになっている凛の小さな尻をポンと優しくたたく千登勢が微笑み、相棒たる銃が眼前で泰然としていたからだ。

 

 腹這いになる凛はニーソックスに包まれた細い両足を開き伏射の姿勢をとった。

 

 コッキングレバーを引きいて初弾を装填すると、相棒のU.S.オードナンス・M60E4――7.62ミリNATO弾を使用するアメリカ軍の汎用機関銃――が、重厚な金属音を響かせ応えた。

 

「いくぞゴミ野郎ども!!」

 

 女子中学生が口にするにはあまりにも残念な内容の言葉を発し、ピンと伸ばしていた細い人差し指をトリガーに優しくあてがった。

 

 7.62ミリNATO弾の嵐がコンクリートの迷宮を吹き荒れ、人型モンスターをまたたく間に肉塊へと変えていった。

 

 戦闘は始まったばかり、迷宮探索は始まったばかりだ……。

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