迷宮探索苦労裸図   作:シーモア・ハーク・ロッチ

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攻撃

 鋼太郎は決断を迫られた。

 

 しかし心臓は瞬間ぎゅっと小さくなって固まることでポンプ機能を放棄したため、思考は鈍るばかりであった。

 

 

 ――攻撃?

 

 

 防御しなければ!

 

 いや、回避すべきか?

 

 正面と右は壁、後ろは階段、左には異形。

 

 逃げねば命が――しかしどこへ?

 

 そもそも一体どこへ行こうというのか。

 

 階段を降りて電車に乗る?

 

 しかし電車は止まっている――運良く自動ドアが閉まり発車するだろうか。

 

 それより電車はまだホームにあるだろうか。

 

 こういう時は交渉だ――話せばわかる?!

 

 思いだせ――あの鋭い歯が覗く口から出てきた奇怪な言葉を!

 

 あれは言語か?

 

 それにあの目! キチガイの目つきだ。

 

 とてもコミュニケイトできるとは思えない。

 

 見ろ、あの腕を、脚を!

 

 

 じりじりと腕や脚の位置を整えていく三匹の肩や太腿に、細長い陰が走った。

 

 強靭な筋繊維を束ね、盛り上がる音が聞こえてきそうなほどの伸縮を繰り返していた。

 

 その蠢きが、これから彼等が何をしようとしているのかを、嫌でも鋼太郎に考えさせた。

 

 それが想起させるものは、下着の湿り気を更に広げるものだった。

 

 確実にせまる『それ』を意識させられながらも、安易な未来に思いを馳せた。

 

 

 カードだ!

 

 

 ひきつり青ざめた顔に色が戻った。

 

 さきほど電車の中で拾った『赤いカード』が答えだ、と心のうちで高らかに叫んだ。

 

 そうなのだ。

 

 結局のところ大抵はこういうもので、ゲームにしろ映画にしろこういう異種族と出会ったときは、キーアイテムとなるものを提示することでこちらが敵ではないと認識してもらう。

 

 それは彼らの好物だったり貴重品だったりする。

 

 これはそういうイベントのひとつなのだ、という結論を導き出した鋼太郎はさっさく行動に移ることに決めた。

 

 だが急に動いてはあらぬ誤解を招きかねない、鋼太郎は右ポケットにいれたあの『赤いカード』を取り出すために、するりと手をポケットへ滑りこませた。

 

 スリ師も思わず嘆息するほどの見事な動きでポケットの中のカードうち一枚を掴んだ。

 

 ここで定期券を出すか『赤いカード』を出すかで、結果は全く違ったものになることに気づき、カードを掴む手の平にじっとりと汗が噴き出した。

 

 しかし鋼太郎は冷静だった。

 

 毎日触っている定期券の手触りを間違えるはずがなかった。

 

 むしろ右手の指先が教えてくれる違和感、これが取り出すべきもの、『赤いカード』を取り出そうとしたその時であった、

 

 

「伏せろ!」

 

 

 男の叫び声が鋼太郎を硬直させた。

 

「考えるな! とにかく伏せろ!」

 

 怒号のような男の声にまず反応したのは素っ裸の三匹、突如それら異形の輩はグルリと爬虫類特有の勢いで機敏に艶めかしく身体を回転させた。

 

 飛びかかり襲わんとする敵意は、鋼太郎から声のする彼らの後方へと向けられた。

 

 隆々とした筋肉の盛り上がり風を受けるススキのような体毛がびっしりと生えた背中。

 

 人間を容易に引き裂く膂力を秘めていることに戦慄を覚えずにはいられなかった。

 

 無防備にも異形は背中を向けるが鋼太郎は動けない。

 

 見れば見るほど禍々しいその姿形に目を奪われ立ち尽くし、口から思考が抜け出ていってるのではないかと思わせるほどの、呆けた表情をしていた。

 

 

 

 

 仲良く横一列に居並ぶ三匹の異形のうち、左側の首が突如赤い尾を引いて飛んだ。

 

 スローモーション――

 

 ゆっくりと回転しながら飛び上がるそれを見る鋼太郎の顎がゆっくりと開かれた。

 

 永遠につづくと思われた時間は引き裂くような悲鳴により中断された。

 

 それは馬の嘶きに似た聞く者の心臓を絞り上げるヒステリックな高音、

 

 中央の異形の猫背がピンと伸びるや、そのまま前のめりに倒れた。

 

 そして鋼太郎の脇を何かが通り過ぎた。

 

 それはふっ飛ぶ右端の三匹目だった。

 

 それを黒影が追った。

 

 壁に勢いよくぶつかって跳ね返り床にうつ伏せになった異形へ追いつくと、黒影の頭上に銀光が掲げられた。

 

 屠殺場に送られる豚のような悲鳴が上がるも、赤い弧をえがく銀円がはしると長い階段に残響がこだました。

 

 鋼太郎は確かに見た――――だらりと舌を垂れて転がる異形の生首を。

 

 

 

 

「よし、そのままうごくなよ」

 

 いささか緊張した男の声を耳にした鋼太郎は、その方向へと顔を向けた。

 

 近づいてくる三つの人影が見えた。

 

 男の背は高くゆうに百九十センチ以上はある、銀色の西洋式甲冑に身を包む大男、

 

 残りの二人のうちの一人は富士山登頂に挑むかのような大荷物を背負ったブレザーの制服を着た長い髪の同年代の女子高生、

 

 もう一人は下半身をショートパンツ・ニーソックス・ニーパッドに包み、上半身はシューティンググラスにタクティカルベスト、小さな手にはサブマシンガンを握る――おさげを揺らす小学生と思われる女の子であった。

 

 

「怪我はないか?」

 

 

 振り向くとそこには濃紺のセーラー服を着た、鋭い目つきの女の子が佇んでいた。

 

 その右手に持つのは血に濡れた抜身の日本刀。

 

 鋭い鷹のような目をもつ彼女もまた自分と同世代だが、纏う空気はとても同じような歳のものとは思えなかった。

 

「安心しな、もう心配はいらない……たぶんな」

 

 大男はニコリと笑った。

 

 安心させようと思ってのことであろう、そこにはいたずらめいたものがあった。

 

 その笑顔をみた鋼太郎は安堵の溜息とともにその場にへたり込んでしまった。

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