枝垂れ桜が風に揺れて、淡い桃色の花びらがさんざめいていた。
側の水路にぴとりと落ちて、波に乗って踊っているみたい。花筏がくるりくるりと回りながら、泡沫の色を浮かばせては消えていく。逃げるように向かう先にはまた他の桜の木が手を振っている。所々にある花間からこちらを覗く鏡みたいに綺麗な水が、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。風が木々を撫でて、美しい花の香りが色を讃えた。人々は忙しなく道々を入り乱れ、触れてはぶつかり、離れては近づいて。笑い声も怒鳴り合いも、結局ぐちゃぐちゃに混ざり合ってひとつの大きな絵みたいに完成されていく。
空をふと見上げて、大きなおおきな雲に息を吹きかける。とても遠く高く、ちっぽけな私にはどうしても届かない場所ーーそんな視界の端で、犬の尻尾のように揺れる黒い髪の毛に目を惹かれた。
私は、仏頂面で隣を歩く彼に、話しかける。
「あ、土方さん。彼処を曲がった先にあるお団子屋、とっても美味しいんですよ」
「…………甘味は好かん」
「三色団子ならそんなに甘くないですよ? それにお茶も渋みが効いて絶妙な一品でして……」
「……………………総司」
彼はムッとした表情のままに立ち止まった。私は、そこから少し歩いた先で振り返る。桃色の花弁が吹雪きながら、彼の頬を擽って去っていった。
私の目をじとと見つめた彼は、不意に空を見上げて息を吸った。私もつられて空を見上げる。やっぱり大きな雲たちは、風に背を押されて青色の半紙のような空を真っ白に染め上げていた。不躾な厚塗りの白は、群青に寄り添って、ゆっくりと先へ先へと消えていく。
視線を戻せば、彼はまた私の方を見つめていた。随分と熱心に私の顔を眺めるものだから、少し気恥ずかしくなって照れ笑いをしてしまう。そんな情けない私の姿に、ふんすと鼻を鳴らす彼に、また笑ってしまう。
首の後ろを押さえてから、土方さんは呆れたように私に言う。
「お前が食いたいだけだろうが。人に故を擦りつけるな」
「あはは…………分かりますか?」
「…………莫迦が」
ぽつりとそう漏らして、土方さんは私を追い抜いて歩き出した。私に比べてふた回り以上も背が高い彼の大股は、私にとっては幅が広すぎた。彼に追いつくために少し小走りで走りだそうーーと、そうする前に彼は歩調を緩めた。
いつも以上にゆったりとした速さの歩調に、私は思わずと笑みを浮かべる。そんな私をじろりと睨んだけど、彼は何も言わずに私の隣を歩く。
とても幸せな時間であった。
土方さんは私をちらりと見てから、また大きく息を吐いた。並び立つ桜の木を流しみてーー交差路を左に曲がった。
「ーーーーあれ?」
「………………茶屋に行くんだろう? さっさとしろ、総司」
そうとだけ言って歩いていく彼の背中は、なんだかいつも以上に大きく見えた。堪えきれない、痛ましい気持ちが胸を縛り付ける感覚が、身体中を支配していくのがわかった。遠い。彼の背に手を伸ばすーー届かない。そんな想いは、いつも私が思わぬ時に影を垂らし、私の世界を暗闇で包みこもうとする。ばっと、突然に吹き付ける風が桜の花弁を強引に捥ぎ取っていく。私の見る景色を覆い尽くすような壁は聳え立ち、彼の背を隠してしまったーーそんな気さえしていた。
俯いて、唇を窄める。
一度、不安に怯えて立ち止まってしまえば、もう一人で歩き出すのは不可能であるかのように思えた。
隠し持った劣情は、そうやって些細な傷みを押し広げて、私の総てを傷つけていく。
いつも一人でその道を歩いている彼が、いつか何処かに消え去ってしまうようなーー恐怖が。
「ーーーー総司」
「……………………なんですか?」
「なんだじゃない。早く行くぞ、時間を取られる」
「…………ずるい人」
口の中でまごつかせた言葉は、もちろん彼には聞こえていない。私の頬に手を添えた彼は、すぐに身を翻して道を歩き始めた。
急に優しくなんてしないでほしい。
だって、こんなに心が、傷みを訴えて止まなくなってしまうのだから……
*
「お前、歳三のことが好きか」
「え?」
夜の帳が墨を零したように、世の中が濁色に塗れた、その時間。
山南さんは、私の隣で縁側に身を落として、そう言った。
「あんな堅物のどこがいいのやら。お前はいつも変なものに気を引かれる悪癖があるな」
「堅物……反論のしようがないところはあの人らしいですね……」
まるで夢を見ているような浮遊感は、私の覚束ない足元をさらに泥にまぶす。一度足を取られれば、後は地に伏せ、沈むしかない。
山南さんは、そんな私の様子にかかと笑って、私の頭を強引に撫でつけた。
私は彼の横顔を見る。
「気をつけておけよ、彼奴は変なところで気が短い。いつも冷静ぶっていても、その実芯は熱情に煮えたぎった狼のような男だ。誰かが手綱を引いておかねばな」
「私にはそんなこと……」
「いいや、これはお前にしか出来ないことだ。今や道を違えた我らだが、これだけはっきりとわかる。歳三を諌めることのできる女は、お前しかいないさ、総司」
本当にそうなのだろうか。
私は疑念を抱いてしまう。
けれど、もし本当にそうであるというのならば、これほどまでに嬉しいことはーー無いのだけれど。
「…………お前には要らん重荷を与えてしまうことになるな」
「…………そうですよ。なのに、どうして?」
「それでも我らは同胞であるということだ。遺恨は禍根の種になるーーだが禍根そのものが内にあれば、必ず諍いが生まれる。俺はそれが、許せない」
「山南さん……」
ずるい人だ……みんなみんな、とって酷い人だ。私が、どう思っているかなんて知らないくせに。自分勝手に、自分一人の道を行ってしまうのだから。
それはあの人だって、同じこと。
「悔いだけは残してくれるなよ、総司ーー後生の頼みだ」
「…………はい、わかりました」
山南さんは、もう一度私の頭を撫でてから笑う。
月の光だけが場を照らしていた。提灯の灯は消えて、その残滓だけを垂れ流しにしていた。
それは私が彼の介錯をする、前日のことであった。
血を吐いて倒れ、床に伏した私の所に、一番にやってきたのは、意外にも土方さんであった。片手に酒の揺れる音がする徳利を持って、いつも通りの仏頂面はそのままに。
力なく横たわる私の枕元にどかりと座り込んだ彼は、酒を一杯煽ってから荒々しく息を吐いた。
気怠げな身体と、疲れ切って磨耗した眠気の中で朦朧とする意識の向こうで、けれど土方さんが私を見つめていたことだけはしっかりと理解していた。
「ーーーー総司」
「……………………」
もう私は戦えない。
立つことすらままならず、刀を振るうなど以ての外。腕には力を込められず、足は哀れにも震えてしまう。
もう私は、彼の側では、戦えないのだ。
「ーーーー。ーー、ーーーー」
支えてあげようと、そう思った。
山南さんの今際の頼みでもあったーーけれど、それ以上に私自身が、彼を側で支えてあげたいと思っていたのだ。
寂しそうな目をするのだ。
いつも、私を、そんな目で見るのだ。
やめて、私をそんな目で見ないでほしいのだ。
私はただ、貴方と共に戦いたかっただけなのだ。貴方にそんな目をして欲しかったわけでは、決してないのだ。
「ーーーー、ーー。ーー」
彼が何かを話していることに、今になってやっと気付いた。耳をすませて彼の言葉を聞こうとする。だけど、聞こえるのは弱々しい私の心臓の音、ただそれだけ。
とくん、とくん。
うるさい。
わたしは彼の言葉をーー
「ーーーー」
酒をもう一杯煽った彼は、立ち上がって部屋を出て行こうとする。私の顔を一度眺めて、悔いをそこに残していくように首を振ってーー行ってしまおうとする。たった一人で、何処かへと。。
いやだ。
私は縋るように嘆く。声は届かない。
行かないでほしい。
もっと側にいてほしい。
もっと側にいたい。
もっと話してほしい。
離して欲しくない。
待って、待って、行かないでーー
待ってください、待ってください
お願いだからーー
「…………って」
「ーーーー」
彼は驚いたように肩を震わせてから、振り返った。迷うようにその場で畳を何度か踏みつける。けれど、彼は私の元へと真っ直ぐに歩いてきた。
私のすぐ側に座り込んで。
「総司」
「……たさん。わた、まだーー」
「…………………………」
「わたし、は、まだーー」
胸が痛い。
視界が一瞬開けたような気がした。私は涙を流してしまう。血反吐を吐くように、絶え絶えとした言葉であっても、彼に届くようにーー届くように。
「わたしは、まだ、たたかいたい」
「ーーーー莫迦が」
「、たしはまだ、あなたとともに」
「この、莫迦が」
土方さんは徳利を叩きつけるような勢いで置いてから、握りこぶしを作る。肩を震わせてから、苛立たしげにそれを宙で振るいーー力なく下ろした。
「わたしはまだ、あなたになにも、かえせていない」
「オレは、お前になにかを貸したつもりはないっ」
「いいえぇ、とっても、おおきなかりがありますから」
「莫迦が。このっ、この大馬鹿者が……ッ」
土方さんは憎々しげに私を睨みつけてーーはらりと何かを、その瞳から零した……ように見えた。天井を仰いだ彼の顔を、私は見ることができなかったけれど。そうだとするならば、私はどんなにーー
惨めだ。
私は、彼と戦うために、今まで戦場をかけてきたのに。
土方さんは私の髪の毛をくしゃくしゃに掻き混ぜる。それ、病人する撫で方じゃないですよ。私は心中で笑いかける。けれど、笑うことさえ億劫になっていた。言葉も出ない。彼は後悔となにか憮然とした感情を綯い交ぜにして私の瞳を覗き込んでいた。
月の光が、私たち二人を照らしていた。
彼が、私に問いかける。決心したように大きく首を振るって、迷いも失意も払いのけるように。
「ーー闘いたいか、総司」
「はいーーはい……」
「ならば、今、此処に、お前の全てを置いて行け」
「ーーーー」
「この誓いの羽織に、お前の意志を、捨てて行け」
彼は私の枕元に畳んで置かれていた羽織を手に握りしめて、私にそう言った。私に、そう言ったのだ。
嗚呼本当にーー貴方はとっても、ずるい人だ。
「今のお前など、三途の川で沈むのが関の山だからな」
「わたしにはふね、ないんですか?」
「三文払う余裕もないだろう」
「わたし、がんばったと、おもうんですけど……ね」
「だから、お前の意志と引き換えに、お前はせめて、重荷なしに行けばいいさ。俺はまだ、戦える」
今まで私の闘ってきたーー生きてきた意味の半分を諦めて、もう半分をなかったことにしろと、彼は私にそう言うのだ。なんて、酷い人だ。なんてずるい人だ。
そんな顔をされたらーー私は頷くことしか出来ないではないか。
そんなに、泣きそうな顔をされたら、私はーーその言葉を許すことしか出来ないではないか。
「わたし、やくにたちましたか?」
「ーー当然だ」
「やまなみさんも、ゆるしてくれるとおもいますか?」
「文句を言ってきたら俺に言え、三発ぶん殴って永遠に石積みをさせてやろう」
「あなたはーーゆるしてくれますか」
「ーーーー赦す。なにも、心配することはない」
彼は私たちの誓いを胸に抱きしめて、そう言った。
私は笑った。
力なく、諦めと喪失が、私の身体からあるべき重みを共に連れ立って消えていった。
彼は最後に、私に向かってーー何かを呟いた。
夜風に震えた障子の悪戯が、それを塵のように吹き飛ばして、しまったけれどーー
*
「サーヴァント、セイバー。新撰組副隊長ーー土方歳三」
「サーヴァント、アサシン。新撰組が一人、沖田総司です」
ーーけれど、その言葉は。
運命の夜に、その答えを聞区ことができそうであった。
沖田総司
土方歳三に憧れて新撰組に入った設定。女であったのに舐められなかったのは、土方さんが目をかけてくれたから。聖杯にかける願いは「彼の最後の言葉を教えてもらう」
土方歳三
沖田総司のことが好きではあったけれど、隊長格であるという立場がそれを許さなかった。聖杯にかける願いは「戦友を最後まで戦わせてあげること」
ーーみたいな。
三つも連載持っておいて短編とか書いちゃう奴(謝罪)
たぶんスカサハよりも先に姫ギルの方が上がると思います
長年眠りについていて寂しくなっちゃったORTちゃんと、TS(?)紅い月の地球を壊滅させる殺し愛から始まる素敵な(嘘)百合短編を書いてたりもしたり、獣殿に抱かれたいだけの人生だった怨念が作り上げた、オリ女主と獣殿の殺し愛SSとか書いてたりもしたりしてました()
あとは小中高一緒の幼馴染同士の女の子の、大人しい方の子が、所属している文芸部の先輩に流されるままに寝取られるオリ短編とか……
とりあえず、次は姫ギルだと思うので、もうちょっとだけ待っていてください。