Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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六:別邸での繰り返し

 

 

フェルトに連れられて街を歩いてみた結果、岡部は存外楽しんでいた。

元々ファンタジーやSFが好きな岡部にとって、異世界というのは最高のジャンルなのだ。何より自身の得意の厨二病トークが日常として浸透させる事が出来る。かつては喋るだけで周りから白い目を向けられた岡部にとって、それは何よりの嬉しい反応であった。

とは言いつつも岡部も大人、分別は弁えている。あくまでこの異世界はしばらくの間居る世界、という認識で一歩距離を置いた視点で彼は楽しみに浸かっていた。

 

「おじちゃんって何処から来たんだ?この辺りじゃ見掛けない服着てるけど……」

「ん……そうだな。遥か遠く、小さな島国とでも言っておくか。この服は俺の地元では“ 神聖なる羽衣(ホワイトコート)”と呼ばれてるんだ。格好良いだろう?」

「ふ〜ん……嘘くせ」

 

歩いているとフェルトがそう質問し、少し悩んだ後に岡部はいつも通りの厨二病で答えた。すると貧民街で生きて来たからか、嘘に敏感なフェルトは岡部の態度を見て怪しい視線を向けた。

フェルトの疑惑通り、岡部が今言った言葉は半分は嘘であった。だが半分は本当でもある。遥か遠くは別空間の事を意味し、神聖なる羽衣というネーミングも少し派手にしただけ、岡部からしてみれば事実を少し大袈裟に言っただけの事であった。だが他人から見ればそれは嘘以外何物でも無い。それに気づけない岡部は横から来るフェルトの視線にも気づけずに居た。

 

「……と、言うか。お前はどうするつもりなんだ?借りを返したいと言っても俺は別にして欲しい事なんか無いんだが」

「それじゃアタシの気が済まないんだよ。別に何でも良いんだぞ?なんなら何か盗ってきてやろーか?」

 

お礼をしたいから、という理由でフェルトに屋敷から連れ出されたものの、岡部はして欲しい事など無かった。一番の願いは元の世界に帰る事だが、それをフェルトが叶えてくれるとは思わない。故に悩んでいたのだが、とうのフェルトはニヤリと笑みを浮かべて親指と人差し指を擦り合わせてジェスチャーをした。そんな彼女に岡部は手刀を喰らわせる。

 

「うげ!?」

「物を盗むのはやめろと言ってるだろ。警察に捕まるぞ」

 

頭を叩かれてフェルトは上品では無いうめき声を上げる。

一見それは大人が子供に暴力を振るっているように見えるが、周りからは親が子を叱るようにしか見えなかった。フェルトは頭を抑え、悔しそうに岡部の事を睨みつける。

 

「ケーサツって何だよ……仕方ねーだろ。こうでもしないと生きられないんだから」

「ふむ…難儀な物だな」

 

フェルトの言い分に岡部は複雑そうな顔をする。

貧民街に住む者にとって盗みとは自分の暮らしを支える為の唯一の稼ぎなのだろう。仕事に就く事が出来ない人にとって、残された手段などそれしか無いのだ。そんな人達に唯一の支えを失え、などと言える訳が無い。岡部は顔を顰め、気分を紛らわせるように髪を掻いた。

 

盗み以外でフェルトにして欲しい事。ラインハルトと違って彼女には権力が無い。故にスバルとのコンタクトの際にも何か助力になるような事は無い。ではそれ以外で彼女がやってくれそうな事と言えば?

散々思索した後、岡部はある事を思いつき、フェルトの方へ振り返って人差し指を上げた。

 

「だったらこの街の案内をしてくれ。それくらいだったらお前でも出来るだろう?」

 

岡部の提示した内容にフェルトはぽかんとした表情をする。

あまりにもシンプルな内容にそれがお礼として捉えられるのかどうか分からず、考え込んでしまったのだ。

 

「は?そんなつまんねー事で良いのか?」

「ああ、構わん。そもそも俺はこの街に詳しく無いしな。都合が良いんだ」

 

この世界に来たばかりの岡部にとってこの街は未知の領域。未知は脅威であり、知れば時として味方になる事もある。だから岡部はこの街の事を隅々まで知りたかった。そして貧民街で生きて来て、尚かつ盗みを働いているフェルトなら抜け道通り道全てを熟知していると考え、彼女にお願いしたのだ。

フェルトは一度ため息を吐くと、仕方無さそうに髪を掻いて岡部の事をチラリと見た。

 

「分かったよ。だったらこのフェルト様が直々に案内してやるさ」

 

何故か上から目線になりながらフェルトはふんぞり返り、岡部のその提案を受け入れる事にした。こうして二人はフェルトからのお礼として街巡りをする事になり、フェルトは岡部を連れて街道を歩き始めた。

 

ルグニカ王国。別名親竜王国。名の通り竜と契りを交わした王国であり、そこには多くの加護がなされている。ただ最近は何やら嫌な噂が流れているらしく、王国では騒がしい問答が行われているとか。それでも街の方は相変わらず賑やかで、市場も繁盛しており、商人や旅人も多く訪れる。

 

岡部は市場に足を踏み入れながら、フェルトがお礼の一環だと言って買って貰ったリンガという赤い果実を口にしていた。味、見た目、匂いと言いどう見ても元の世界にあった林檎である。他にも共通点が幾つか見つかった所から察するに、もしかしたら何らかの繋がりがあるのかも知れない。そもそも言葉が通じるという時点で何らかの作為が行われていると岡部は考えていた。

 

「どした?気難しそうな顔して?」

「ん……いや、世界の謎とは深まるばかりだな、と思ってな」

 

またもや岡部の意味不明な発言にフェルトは怪訝そうな顔をし、目を細めて岡部に怪しい視線を送った。けれども岡部は気にせずリンガを齧り、思考を続けた。

 

何故異世界の人と会話が成立するのかは分からないとして、この世界の文字、市場の立て札などの文字だけしか見ていないが岡部が考えてみた所、この世界の文字は元の世界の文字と似ている点がある。一番の共通点は一文字で一つの音を成す所だろう。それらを組み合わせた所、日本語との共通点が多い。もしかしたら解読する事も可能かも知れない。

岡部はそんな思考を一度中断し、ふぅと疲れたように息を吐いた。

 

「なんて……異世界の事ばかり考えず、元の世界に戻る事を考えないとな」

 

首を振りながら岡部は当初の目的を思い出す。

自分の最終目的は元の世界への帰還。その過程で異世界の言語の解読などは必要であるが、それはあくまでの必要な分までの話。そこから一歩進んだ知識など必要では無い。岡部は目的を見失わないよう、冷静になる為にもう一度リンガを齧った。

 

フェルトの案内は続いた。街全てを巡る事は不可能だったが、それでも活動範囲内の物は全て回った。おかげで岡部は街の地理も詳しくなり、迷う事なく散歩に出れるくらいになった。そしてフェルトが最後に訪れたのは、あの盗品蔵であった。

 

「ほい、此処がご存知盗品蔵……今は見る影も無いけど」

 

フェルトは瓦礫の上に乗りながら、なくなってしまった盗品蔵を見てどこか寂しげにそう言った。岡部もその横に並び、昨日までは盗品蔵があった瓦礫の山を見た。

 

盗品蔵は死闘の末、崩壊して瓦礫の山となってしまった。エルザとの戦いの過程でラインハルトの大技が直撃し、扉どころか柱も破壊して跡形も無く崩壊してしまったのだ。そして残っているのが僅かな木片と瓦礫だけ。それでもフェルトにとっては思い出深い場所なのか、残された欠片を拾いながらそれをそっと投げ捨てていた。

岡部はふと空を見上げた。もう陽が傾いている。暗くなって来たせいか、少し寒気を感じた。

 

「もう陽が沈むな……案内はここまでか」

「そーだな。アタシが紹介出来るのもここまでだ。どうだ?満足したか?」

「ああ、そうだな。楽しかったよ。有り難うフェルト」

 

フェルトはまたもやふんぞり返りながら岡部に問うた。すると彼は素直な気持ちを答え、フェルトにお礼を言った。そんな突然のお礼を予想出来なかったのか、フェルトは照れくさそうに頬を赤らめた。褒められているのに慣れていないのか、それとも素直にお礼を言われて満足がいったのか、どちらにせよ少女らしさが垣間見える。

 

「どうして最後に此処を?」

「本当はロム爺に会いたかったんだよ……今は何処に居るか分かんねーけど。まぁ生きてりゃ会えるだろうさ」

 

岡部の質問にフェルトは答え、両手を上げながら小さくため息を吐いた。

ロム爺、というのはあの老人の事だろう。盗品蔵に居た経緯からフェルトと何らかの関係がある人物、もしくは交友関係のある人物なのかも知れない。と岡部は思ったが、それ以上は聞こうとは思わなかった。もっともフェルトのような強気な少女が簡単に教えてくれるとは思わなかったからだ。

 

此処でお別れか、と岡部は少しだけ寂しい気持ちになった。別にこんな短い間でフェルトに好意を抱いた訳では無い。あんな小さな女の子には恋愛感情どころか友情だって芽生えやしない。言葉通り、次元が違うのだから。ただ岡部にとって、フェルトは街を案内してくれた恩がある。多少なり情が移ったのかも知れない。

ふとフェルトを見ると彼女はまだ瓦礫を拾って投げたりして遊んでいた。彼女もどこか踏ん切りが付かないのか、それともこれから何処へ行けば良いのか分からないのか、何処か悩んでいる様子だった。

どうすれば良いのか?答えが見つからないまま岡部はふと手を伸ばしてフェルトに声を掛けようとした。だがその時。

 

「フェルト様、お迎えに上がりましたよ」

 

男の声。例え広場に何十人もの人が居てもその声だけはハッキリと消えるような特徴のある声。人によっては美声とも捉えられるその声は、フェルトと岡部に衝撃を与えた。

決して敵意がある声では無い、それどころか安堵したような、頼れる力強い声でもある。けれどフェルトにとってはその声の主の出現は最悪の結末であり、岡部にとっては予想外過ぎて言葉を失っていた。

 

「ん、なッ……ラインハルト!? どうしてお前此処に!?」

「どうしても何も、僕はフェルト様のお迎えに上がっただけですよ。従者が主人をエスコートするのは当然の事です」

 

真っ赤な髪色の青年、ラインハルト。彼の出現によってフェルトは血相を変えた。そんな彼女の事など気にせずラインハルトは岡部の隣を横切り、フェルトに近づいて行った。

 

「やめろ! アタシは王選の事なんて興味ねーんだよ! やりたきゃお前等で勝手にやりゃ良いだろ!?」

「残念ながらフェルト様は選ばれてしまったのです。貴方様はもう、関係者なんですよ」

 

嫌がるフェルトにラインハルトはそっと手を差し伸べた。助けを乞うている時ならすぐに掴んでしまいそうなその手。しかしフェルトはその掌を叩き、その場から逃げ出そうと駆け出した。だがいつの間にかその先にはラインハルトが移動しており、フェルトの事を待ち構えてあっという間にその小さな細い腕をつかみ取ってしまった。

青年、ましてやエルザとの戦いで驚異的な実力を示したラインハルトの拘束を幼いフェルトが逃げ出せる訳が無い。捕まってしまったフェルトは手足をバタバタを激しく動かしながら奇声を上げた。

 

「くっそー! 離せ! 離せよ! このクソラインハルト!!」

 

逃げられないのならば最早言葉の暴力で抗うしか無い。それは子供の知恵であるものの、力の無いフェルトはそれに縋るしか無かった。とにかく考えられる限りの汚い言葉をぶつけるが、どれも可愛らしい暴言。そんな宙ぶらりんとなっているフェルトを見てラインハルトは苦笑した。そして彼女を掴んだまま岡部の横まで移動すると、そっと彼に呟いた。

 

「フェルト様に付き合ってくれて有り難う、キョウマ。おかげで彼女の良い気分転換になったよ」

「……あー、まぁ……深くは聞かんが、フェルトを一体どうするつもりなんだ?」

 

またもや体の良い勘違いをされているが、フェルトに街を案内してもらったので付き合っていたのは事実。岡部は否定も肯定もせず別の話題にすり替え、触れないようにしつつも少しだけ舐める程度の事の核心について尋ねてみた。するとラインハルトは言いにくそうに少し難しそうな顔をしたが、悩むように黙った後、そっと口を開いた。

 

「彼女を王にする……言える事はこれだけさ」

 

そう答え、後は何も語らずにラインハルトは帰ろうと言って岡部と共に来た道を戻り始めた。その横にはまだ騒いでいるフェルトが。

彼女を王にするーーその言葉はきっとこの国の者ならどういう意味かが分かるのだろう。岡部だってその言葉自体の意味は分かっている。フェルトを王にする、ただシンプルにそれだけの事だ。だが何故王に?そもそも今の王?この国の造りはどうなっている?異世界から来た岡部にしてみればそれは全て意味不明な物ばかりだった。故に、岡部はただ頭の中だけでその言葉を咀嚼し、飲み込む事もせず頭の隅にそっと置いておいた。

 

そして翌朝、ラインハルトが送り出した使者は丁度早朝に戻って来た。そしてラインハルトは岡部を居間へと呼び出し、例のお茶を振る舞いながらその話をする事にした。

 

「それで……使者からの報告はどうだったんだ?」

 

岡部は紅茶を口に含みながらラインハルトに問うた。ラインハルトは何処か言いにくそうな顔をしている。その表情を見ればあまり良い返事が返って来なかったのだと分かる。

ロズワール卿……少し調べてみた所少々変わった人物であるらしい。時折良からぬ噂が流れて来る事もあるとか……そんな道化師のような人物から、想像した通りの返答が返って来る事などそう無いのだろう。そんな事を考えながら岡部は片目だけ開き、ラインハルトの返事を待った。

 

「ああ……それがね、面会は叶ったんだが、どういう訳か三日後にしてくれ、という申し出があったんだよ。ロズワール卿自らが」

 

ラインハルトの告白に岡部は眉を顰める。

三日後にする?その理由がよく分からなかった。何か予定があるという事だろうか?別段こちらは大きな用事がある訳では無い。ただナツキ・スバルと会って話がしたい。それだけである。故に岡部は何故そんな事になるのかが理解出来なかった。だが、相手の機嫌を損ねるのも頂けない。別に早急に会いたい訳でも無いし、これは許容範囲内でもある。岡部は眉のしわを戻し、いつも通りの口調で答えた。

 

「別に俺はそれでも構わない。急ぎという訳でも無いしな」

 

その返答を聞いてラインハルトは安心したように胸を撫で下ろした。

結局スバルとの面会は三日後となり、岡部はまたもや暇を持て余す事になった。幸いラインハルトは岡部には屋敷にずっと居てもらっても構わないらしく、歓迎のスタンスを取っていた。フェルトも岡部が居る事は仲間意識が芽生えるのか、別に嫌がっている素振りは無かった。

 

そして三日後の面会に備え、岡部は少しでも異世界の知識を蓄えようと部屋で勉強を始めた。

岡部は勉強が不得意な訳では無い。それどころかその年齢では有り得ない程十分な知識を有している。普段はふざけた態度をしている彼だが、その実ではしっかりと教養も行き届いているのだ。

彼はまずこの世界の歴史についての本を開いた。読む事は出来ない。それでも字を認識する事は出来る。絵本などの簡単な物を用意し、そこからある程度のパターンと字の意味も理解出来るようになった。つまり、岡部は解読に成功したのだ。

 

「……とは言っても、まだまだ分からない事だらけだがな」

 

なんの感情も込めず、ただ思った事をポツリと呟いて岡部は頬を掻いた。

今の彼が出来るのは精々店や建物の看板に書かれている文字を解読する程度、とても文章などの羅列を理解する事は出来なかった。だがそれでも少しでも読めれば、分かれば、理解出来れば、この世界の知識を手に入れる事が出来る。そしてそれを踏み台として元の世界への帰還の足掛かりとなるかも知れない。岡部にとってそれが希望であった。

 

「魔女……魔女……ふむ」

 

ふと岡部は一つの文字が気になった。そこには魔女、という意味を齎した言葉が記されている。

魔女、それは岡部が居た世界にもあった言葉である。主には悪い存在と描かれ、魔法で良からぬ事をする女の印象がある。だがここの記されている魔女というのは、そのような範囲の話では無さそうであった。

 

「魔女はこの世界では禁忌(タブー)なのか……」

 

文章の通りなら魔女というのは恐ろしい事をした存在らしい。ただその恐ろしい事、というのがどのような物なのかは具体的に書かれていない。ただとにかく恐ろしく、不可解で、不穏な存在。それだけしか書かれていない。そんな幻想のような存在に対して、岡部はどのような感情を抱けば良いのか分からなかった。だが、もしかしたらこの魔女という存在なら自分に一つの可能性を示してくれるかも知れない。岡部はそんな気がした。

 

「こいつに尋ねれば、元の世界へ帰る方法が分かるかも知れないな」

 

魔女がどのような存在なのかは分からない。だが強大な力を持ち、未知の能力を持っていると旨趣されている。ならばもしかしたら元の世界へ帰る方法を使役しているかも知れない。岡部はそんな希望を持ってしまった。

魔女という存在を知らないが故に抱いた感情、持ってしまった興味。それが破滅へと導く要因だとは知らず、岡部は魔女という言葉をしっかりと認識し、記憶した。機会があれば、そんな幻想を甘やかされながら。

 

それからも岡部は勉強を続けた。

時にはフェルトと共にまた街へ繰り出したり、またラインハルトに連れて帰られたり。時にはラインハルトに質問をしたり、剣術について軽く教えてもらったり、そんな平穏な時間を過ごした。

 

そして二日後、明日になればナツキ・スバルに会えるという日。岡部は柄にもなくベッドでソワソワとしていた。

楽しみ、という訳では無く、ただ目が冴えてしまった。緊張している訳では無いがこの一歩で何かが変わる事は確実。ナツキ・スバルという少年に会えば何かが分かるという事だけは確実なのだ。故に岡部は眠れず、おもむろに腕を掲げた。

天井に向けた手は届く事なく、空を掴む。空っぽの掌。なんとなく空しい気持ちになった。

 

「いよいよ明日か……明日になれば、何か分かるはずさ」

 

少年と会えば何かが分かる。それを何度も頭の中で言い聞かせ、岡部はそっと瞳を閉じた。

少年と会った結果、ラインハルトとフェルトとはお別れになるかも知れない。ラインハルトは実に良い青年であった。聡明で、正義感が強く、正に物語の主人公と言っても過言では無い程欠点の無い人物であった。

フェルトは、少しやんちゃで悪戯っけのある女の子であった。年相応ではあるかも知れないが、貧民街で育ったからか強気で歳上の岡部でもちっとも物怖じしない。時には無理難題を押し付けて来る事もあった。だがそれでも彼女は良き友人であった。

この数日間は実に楽しかった、珍しく岡部は素直にそう思った。そして、意識は段々と闇の中へ沈んで行った。

 

意識が浮上する。深海からゆっくりと浮き上がって来たような奇妙な感覚。その感覚を感じながら、岡部はそっと目を明けた。いつも通りの天井。変わらぬ風景。それはまさしく、いつも通りであった。

 

「よう、おじちゃん。目が覚めたか?」

 

ひょい、と横から顔をフェルトが顔を覗かせて来た。

珍しい、彼女が朝っぱらから岡部の部屋に居るというのは奇妙な事であった。何か用でもあるのかと岡部は考えたが、フェルトは質問して来る様子も無い。それどころか岡部の体をジロジロと見て何かを探るような視線を送って来た。その視線は、何処かよそよそしい。

 

「フェルト……?」

「ん?あれ、おじちゃん何でアタシの名前知ってんだ?ラインハルトの奴に教えてもらったのか?」

「……は?」

 

思わず名前を呟くと、フェルトが首を傾げて質問をして来た。

その質問に岡部も首を傾げる。何かがおかしい、何か違和感がある。そう感じて岡部は体を起こした。途端にズキリと腹部から痛みが走る。何事かと思って自身のシャツをめくると、そこには包帯が巻かれていた。

 

「……な、に?」

 

その傷は、エルザとの戦闘で出来た傷であった。ククリ刀をメタルうーぱで受け、何とか致命傷は避けられたものの受けてしまった傷。この傷はラインハルトの治療によって傷跡も残らないくらいに完治したはずであった。あの数日間の間に。

ーーなのに何故それがまだある?

 

息が荒くなる。目を見開き、岡部は辺りを見渡した。自身が使っていたあの部屋である。思わず机の方を見ると、そこには何も置かれていなかった。昨日はあそこに歴史の本を積んでおいたはずなのに。岡部は歯を噛み締め、ぎゅっと自身の腕を抑えた。

何かが千切れてしまいそうな、絶対的な何かが切れてしまいそうな感覚、それを必死に食い止める為、抑止力として岡部は自分の腕を必死に抑えた。

そしてようやく落ち着き、隣のフェルトからの心配そうな視線を受けながら、岡部は小さく答えを口にした。

 

「……戻った、のか?最初の日に……俺がラインハルトの屋敷に連れて来られた日に……」

 

額を手で抑えながらそう言葉にし、岡部は辛そうに表情を歪めた。

かつて味わったあのループ。ナツキ・スバルという少年を起点にして起こるこの現象。時間跳躍が、またもや起こってしまったのだ。ただし前回と違うのは始まる地点。ナツキ・スバルがこれを意図的に行ったのか、それとも別の何かなのか、いずれにせよ、再び戦いが始まってしまったのだ。

 

 


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