絆レベル5ばかりのぐだ男の話。
人理継続保障機関『カルデア』──人類史の継続・安全・保証を目的とした人類の資料館にして魔術機関である。
100年は保証されていたはずなのに、2016年に人類滅亡というどう考えても手遅れな未来変更の緊急事態が発生し、更に人類史に本来見られない観測点『特異点』が出現。これを正し、人類史を修正していくことで滅びの未来を回避する。崇高な悪足掻きを行っているのが現在のカルデアだ。
その実行部隊である自分は、活動できる唯一のマスターとして、サーヴァントとして顕現した英霊たちと共に、人類史を背負う重みと命の危機に今日も耐え抜いている───
───はずなのだが、人類史がダビデの息子とかいう奴に焼却されているにも関わらず、不思議と緩い雰囲気がカルデア内には存在している。最も、これは良い事だとは思っている。だって、ただの一般人同然だった自分にとって、シリアス過ぎるのは耐えられたものではないのだから。
そして、それを察してくれているのか、単に我が強いだけなのか。
協力してくれる英霊たちもその緩い空気を纏った状態で接してくれている。例えば目の前のこの人とか。
「ぐだおよ、鍛錬ご苦労であったな」
日課となる鍛錬(種火、QP回収)を終え、マシュと別れてマイルームに戻ってみればだらけた女がそこにいた。勝手に段を作り畳を敷いて、その畳で煎餅を載せた皿と一緒にくつろいでいる。
だらけた空気に合わせてぴしっとしていた衣類もしわまみれで変にはだけている始末で、知らぬ者が見れば英霊とすら思わないだろう。だが残念なことに彼女は英霊であり、サーヴァントである。
「どうかしたか?…ああ、畳は気にするな。これもぐだぐだ本能寺のちょっとした応用でな。たかだか2畳だ、許せ」
全く悪びれすらしない様は、彼女の身分に起因するものなのか、それともただの性格なのか。
このような人物だからこそ天下人となり、またあのような終わりになったのかもしれない。そんなことをふと考えた。
魔人アーチャー、真名織田信長。
混沌の坩堝、カルデアでも特に自由度の高いふるまいをするサーヴァントだ。
自分の知る信長は男性なのだが、どういうわけか顕現した姿は女性だった。英霊の座では平行世界の同一人物や、史実とは違う逸話に左右された側面も『ありうるもの』として認められるとのことなので、初遭遇時は無理矢理納得した事を覚えている。
この信長といい、ドレイクといい、牛若丸といい、やたらいるアーサー王といい自分が呼ぶサーヴァントはどうしてこうも男として扱われた系女性ばかりなのだろうか。いや、目の前のこれを女として扱うのは世の女性に失礼ではなかろうか。これが女の真実だとしても、男の夢を壊さないでほしいと願うのは悪くないはずだ。
「…そなた、またなにか不敬な事を考えていたじゃろう。ぐだおのくせに生意気な」
現実逃避気味に考え事に耽っていると睨まれた。
ちなみにぐだ男、というのは自分のことであるらしい。
ちゃんとした名前があるのだが、彼女は気に入った相手にあだ名をつける習慣があるらしく自分の場合は『ぐだぐだしておるからぐだお』ということだ。サルとかキンカンとかよりはマシ、と捉えるべきなのだろうか。
で、なんでここにいるんですかね?
「うむ、よくぞ聞いてくれた!鬼ヶ島で出来の悪い鬼だの牛御前だの相手に散々火縄銃をぶちかましてさすがに疲れたのでな。黒髭の奴が薦めてくるネットサーフィンでも楽しもうと思うたが、パソコンルームが他の連中の手で埋まっておった。是非もなし、ならば一番わしを労うべきであろうマスターの部屋で存分にくつろぎ、戻ってきたマスターを話し相手に使おうと考えたのじゃ」
なんかもうどうしようこの駄目魔王。
節電を名目に廃棄処分した方がいいかもしれない。
「なんじゃその顔は!!言いたい事が伝わりすぎて読心術スキルがあがったかと錯覚する勢いじゃぞ!!」
言わずとも伝わるなら結構な事である。かつて一心同体とまで言われた甲斐もあろうと言うもの。マスターとサーヴァントという関係すら超えた、人類救済の天下を目指すに相応しい意思疎通ぶりと言えるだろう。だがそれでも自分は、言葉にして伝える事が肝要であると考えている。それもまた絆の現れだろう。
だから──
「さすがに冷たいのではないか!?赤王ではないが泣いても許される仕打ちじゃぞ!雑多な話に付き合ってほしいだけなのじゃ。わし、頑張ったであろう?褒美と思って付き合うてくれぬか」
あ、本当に泣きそうになってる。自分勝手が過ぎる事への仕打ちはこのくらいにしておこう。
話、か。
こちらも肉体疲労がたまっている。
少しぐらいは付き合ってもいいだろう。それに明日は剣の種火が回ってくるはずだ。当然、こき使う予定なのでこのくらいは必要経費と判断する。
「もうやだこのブラック企業」
聴こえません。
それはそうと、話といってもどんな話をすればいいのだろうか。
きびだんごとリンゴを食べ過ぎて吐きそうになった話ぐらいしか手元にないのだが。
「今更じゃがそなた、小姓や道化には向かぬのう。まぁよい。この際である、わしに訊ねたい事があれば許すぞ。桶狭間の事や本能寺の事は以前訊かれたのでそれ以外でな」
それは嬉しい提案だ。やはり戦ってくれるサーヴァントの事をよく知れることはありがたい。最初からそういった話であれば自分だって喜んでマイルームに来ることを歓迎したというのに、勝手な事をするから追い出されかけるのだ。
さて、この魔人アーチャーについては気になる事はいくつもある。なんか第4の壁を平気で超えてるようなそぶりも見せているし。だが、やはりここで訊ねるべきは素性などについてだろう。
例えば、信長の子は養子を除けば十一男十二娘と伝わっている。
目の前でせんべいを齧っているこの腰の細い女性が、本当に全部腹を痛めて産んだとすれば、それは彼女の人生の半分は妊婦であるということに他ならない。
そこんとこどうなんですか、と聞いてみた。
「いきなりぶっ飛んだ質問じゃのう…その辺わしに言われても困るんじゃが…男児で言えば奇妙に茶筅、三七は間違いなくわしの子じゃぞ。ただ以降となると政略で養子を多用したこともあってとんと覚えておらぬのが正直なところじゃ」
困ったような表情をするノッブ。正直ちょっと可愛い。
だが、そこから続く「だいたいそういう設定を固めるのは座を弄り倒す連中の仕事じゃろうが!」などとわけのわからぬ言い訳については無視を決め込む事とする。第4の壁など自分では認識できないのだから。シミュレーテッドリアリティなど自分は発症していない。
政略結婚の為に実子と誤魔化された養子という話なら、なるほどと思わなくもないがそれにしてもなんとも薄情な母親である。それも戦国の世とはそのようなものかと思えば、納得できないこともないのだが。
ところで彼女の言う男児の名はどれも幼名である。奇妙丸は信忠、茶筅丸は信雄、三七は信孝を指す。ただでさえDQN幼名なのだから元服後の名で読んだ方が良いのではないか。
戦国の習慣など自分にはわからないので、あくまで主観によるものである。
「確かに、現代人には馴染の薄い風習であったか。幼名時よりの知り合いであれば、幼名を通称として用いる事はそう非礼なことではないぞ。縁が深い、というものであるな。逆に縁が薄い相手…元服後に知り合った者が幼名呼びすることはまず挑発じゃな」
DQN幼名という突っ込みについてはスルーされたが、なるほどと思える回答をされた。
じゃあ次の質問をしてみよう。南蛮渡来のものには見た目通り弱いそうだが、今気になってるものはあるだろうか。
そう聞くと、破顔したように喜色満面のオーラが髑髏オーラと一緒に立ち上った。カオス。
「ほう?そなた、わしに何か献上する気でもあるのじゃな。そうか、そうか!だがそなたとわしは主従を越えた一心同体である、献上と言わず、日々の感謝を込めた贈物であれば受け取ろうぞ!」
…地雷だったか。変なとこで慢心王と似てる王様思考である。
別に断る気はさらさらないが、こうなった以上は真面目に贈物を考えねばならないだろう。拗ねた女性は恐ろしいと先日の鬼ヶ島で痛感している。
で、質問の答えはいかに?
「ぐだ男の美術眼には期待しておらぬが、最近新しい杯がないものかと思うておる。ローマかオルレアン辺りでこれぞ信長に相応しいと思うものがあれば、是非にも欲しい」
わざわざ南蛮渡来の杯ということは、ガラスか銀製だろうか。聖杯ではないと思いたい。本人も以前、爆弾にするぐらいしか価値がないと言っていたぐらいだし。
「実に良い、天下の話をまた夜通し語り合うのも一興と思うておったが、先が楽しみな話が聞けたのう」
このノッブ、実に上機嫌である。
というか、夜通しってどういうことだ。霊気再臨を最後まで済ませた日の地獄は二度とごめんだぞ。
「あれはわしも、やりすぎたと反省しておる。カルデアで酒宴を開く意味を思い知ったからな…」
信長の最終再臨の日、「よもやここまで精進するとはな。この信長、そなたを見縊っていたようじゃ。どうした?近うよれ。夜は長い、共に天下を語り合おうぞ」と胸を高鳴らせるような魅力で飲みに誘われた。承諾したのは失敗だった。
下戸のくせに酒を片手に天下を語り続けていたまではよかった。だが、飲み過ぎを諫めると「わしが杯の配分を間違えると言うか!無礼な!」と急に刀を振り上げてきたので全力回避。逃走先で他のサーヴァントも巻き込み、戦闘数回後、最終的に大規模な酒宴が勃発。翌日8割のサーヴァントが二日酔いで機能停止に陥り、カルデアの酒蔵は消滅した。
体内魔力を使えば食物は分解できて魔力に変換できるという話はどこにいったのか、アルコールは別なのか謎である。
そういえば、何故あの時自分は無礼打ちされかけたのだろうか。
「わしは戯れは許すが、侮りは許さぬ。そう言うたであろう?酒を正しく嗜む者に、天下を握った者に、飲みすぎ注意など侮りも同然である」
思い出したのかちょっと不機嫌な目で睨まれた。煎餅を齧る音がちょっと強くなっている。
我が能力を見誤るなど無礼である、ということか。なるほど、確かにそれは無礼だったと思う。彼女の能力を疑うなど、申し訳ない事をした。
「わかればよい。ついでにわしを駄目女などと考えた不敬も訂正してよいのじゃぞ」
それについては断る。正当な評価だ。
「ふぁっく!!」
─パリ・AD1431─
昨日の約束を果たすため、是非もなしという心情で、人理修復された第一特異点にレイシフトした。
ついでにカルデアの物資を多少補給する予定である。既に物資のいくつかは箱詰めにして運ぶ用意は万全だ。後は彼女に相応しい杯を探すだけである。
「先輩、織田信長さんに贈物を、とのことですが、どうしてこの時代に?」
事情を説明したら真っ先に付き添う事を宣言してくれたマシュが訊ねてきた。
それについてはもちろん理由があるので説明する。
自分は良い杯と言われても全く分からない自信があるし、ノッブもそれを十分理解していると思っている。だから、彼女が望んでいるのは結果よりも過程にあると考えた。ローマの美術品はどれも素晴らしいと思うし、あの元気な皇帝なら独自センスで杯作成ぐらいやりそうだ。しかし、あの織田信長という存在が喜ぶのは単に古き良き逸品ではなく、なるべく近い時代にある革新性のある逸品ではないかと推理している。
だいたいジャーマンのセンスパネェなんて理由で純和服など脱ぎ捨てるような女性である。さすがに蔑ろにしているわけではないだろうが、新しいもの好きというSGですらない性質を感じ取れる。
「なるほど、さすが先輩です。そうやって数多の英霊をたらしこんでいるのですね」
なんか変な感じで納得された。
マシュさんや、たらしってのは玉藻が『俺の嫁宣言』してる旦那さんとかあのおかんアーチャーの事を言うんだよ。自分は誠実に接しているだけであって、決してたらしなどという属性は持っていないはずだ。
だからマシュ、そのじと目はやめなさい。
「ですが、それでも何故オルレアンに?最新、であればロンドンの1888年が理想的かと」
さすがマシュ、鋭いね。ただ新しいってだけでもまた駄目なんだよと説明することにする。
ティーカップを求められたなら、ロンドンも選択肢に入ったが、彼女がいう杯とは酒を注ぐものになる。WABI-SABIがどうこう言う程度には目利きのある人物なので、それでは納得しないだろう。目利きが悪いという評価が自分にされているからといって、適当に選んでいい理屈などない。
また、彼女自身が「ローマかオルレアン」と口にしていたのが大きい。ならばその二択で絞ってより良い杯を探すのがベストだろうと自分は考える。
「さすが先輩です。清姫さんにも先輩の気遣い力について話しておきますね」
おいやめろマシュ。そのリーサルウェポンは禁じ手だぞ。
何が望みだ、言ってごらん。
冷や汗と共にマシュにそう告げると、じと目が一転して動揺した様子になった。
「あっ…すみません先輩。ちょっとからかってみたつもりだっただけなんです」
全力で許す。しかしマシュが相手をからかうとは…一体誰に似たのやら。
◇
たわいもない会話を楽しみながら市場を歩いて回り、あれでもないこれでもないとたっぷり時間を使った。
我ながら人理修復の使命という重みがあるとは思えない、贅沢な時間の使い方である。
「先輩、これいいですね」
マシュが差したコップは白い磁器の杯だ。紅いヒャクニチソウが描かれていて可愛らしい。形状も葡萄酒を味わう為にあるようなものでありちょうど良さそうだ。しかし疑問がある。これは硬質磁器だ。
「硬質磁器、ですか?」
ダ・ウィンチちゃんから聞いたことがある。仏蘭西磁器の歴史においての発展は17世紀から18世紀にあると。ヨーロッパ最初の陶磁器は1574年なんて話もおぼろげながら記憶にある。つまり、これはありえない。オーパーツだ。
「えっ!?」
マシュが信じられないと言った様子で杯を手に取るが、自分だって信じられない。ひょっとしたら新たな特異点化の現れである危険性すらある重大発見だ。すぐにDr.ロマンに報告をせねばならない。
などと考えつつ、ふともう片方を手に取って杯の底を確認してみた。ご丁寧にも作成主と思われる名前が彫られている。
Jehanne Darc
…。
「…先輩」
同じく名前に気付いたのだろう、すごく微妙な表情をしたマシュがなにか訴えかけるような眼を向けてくる。
うん、オルタちゃんな方だろうね。なにやってんだあいつ。
─カルデア─
レイシフトを終え、残る物資をスタッフとロマンに押し付けたあと、さっそくマシュと共にジャンヌ・オルタの部屋に突入した。
マシュの盾で吶喊するように突入したので、ほぼインナー姿でごろ寝してるだらしのない女その2は目をぱちくりしている。やらかした感が強い、だが自分は謝らない。あれから、ジャンヌ製の陶器は探せるだけ探して全回収した為に信長への贈物を探す余裕が完全に失われたのだ。その不満もある。
「ちょ…何よ!私が何かした!?女の子の部屋に女の子連れて無断突撃って最低じゃないの!?」
うるせぇ、据置型家庭用ゲーム機の匂いがするぞ!令呪で破壊を命じてやろうか!
「先輩、それキャラ違います」
「やめてよ、ジルに買ってもらったんだから!」
動揺させると、ジル元帥への依存にも似た感情が表に出るのが面白い。復讐の炎やワイバーンをけしかけられようが、からかう価値はあると思っている。溜飲も下がったし、やりすぎるとよくないのでさっさと本題に入るとしよう。
マシュと二人でかくかくしかじかと、どう考えてもジャンヌ製の杯を入手したと説明する。ジャンヌにこれを作ってオルレアンに流した理由を訊かねばならない。
「ああ、私はあの女と違って手先も器用ですからね。ジルと暇潰しがてら陶芸に手を出したのです。不思議と創作意欲が昂り、興が乗ったので出来が良いのをいくつか市場に流しました」
最初は動揺から素が露出していたが説明している間に落ち着いたらしく、不遜な笑顔が戻っており、どやぁと言わんばかりのオーラをみせつけてきた。どうやらこちらが自分の作品に目を留めたというのが嬉しいらしい。
贋作英霊の時は覚えていないはずだが、培った経験が失われているわけではないのだろう。回収した器物は素人目でも全て見事なものだった。
「つまり趣味だっただけで、特に意図はないと…」
「当然でしょ、というか時代にそぐわないとか考えてなかったもの。手間をかけさせたのは悪かったと思っています」
「ロンドンなら問題なかったと思うのですが…」
「窯のある工房が必要だったので、ジルに用意させたのがいけなかったわね。あの時代を選んじゃったのよ」
さらっとちょくちょく無断レイシフトしてるっぽい事が伺える。マンション騒動の時と言い、どうして英霊たちは勝手にレイシフトするのか。フランちゃんが電気のメーターを見て怒っているぞ。
「ジャンヌさんへの質問は以上です。特殊事象に該当する問題ではなくて安心しました」
ほっと一息するマシュ。つい最近鬼ヶ島やったばかりだもんね。しばらくイベントはこりごりだと言いたい。
それはそうと、ジャンヌちゃん。
「なんですか。その呼び方気持ち悪いからやめてもらえない?」
「と不愉快そうな声と表情ですが、纏うオーラの質と量で大体本音が見えるのが面白いですね」
「ちょっとこのデミ・サーヴァントあんたの影響受けてるわよ!!」
やだ照れる。マシュのからかい癖が自分の影響だとすればそれは絆の証ではなかろうか。
おっと、いけないいけない。またからかい路線に入りたくなるが、ぐっとこらえてこちらの要望を伝える。
回収した陶器、もらってもいいだろうか。時間ないんです。
「…まぁいいでしょう。迷惑をおかけしたのですから、回収した品は全て差し上げますよ。別に黒歴史刺激されるようなものは流していませんから」
「先輩、よかったですね」
にやりとした表情で了承を得た。マシュも安堵した様子で息をついているが自分もほっとしている。
さっそくあの杯の包装に取り掛かるとしよう。
◇
「待っておったぞ!さぁ、採点してやるからわしにプレゼントして良いのじゃぞ!」
個室にいなかったのでまさかと思ってマイルームに戻ればノッブがいた。また懲りずに畳が敷かれている。当時の家臣団の苦労が伺えようというものだ。歴史書では地元のお祭りには颯爽と飛び込んでいたという逸話が家臣団の情報工作ではなく真実だったのだろう。フリーダムにもほどがある。
贈物用の箱に詰めて手渡せば、びりびりと包装紙を破く始末だ。子供か。
「ほう、期待はしておらなんだが中々雅な」
取り出したるは、ヒャクニチソウが描かれた杯2つ。
アンティークにして革新的、また現地の逸品物という条件は残念ながら満たせていない。ジャンヌの作品だから是非もない。だがデザインはノッブの感性に届くものがあったようだ。目を輝かせ、あらゆる角度で杯を見つめている。
一通り目で楽しんだあと、眩しい笑顔をこちらに向けてきた。
「そなた、褒めてつかわすぞ!これは良い杯じゃ、この信長の眼に叶う逸品であったぞ!出来栄えはわしが今まで手にしたものより位は落ちるが、熱意は紛れもなく天下級よ!強い反骨心を表すように力強いものを感じるな」
喜んでくれて嬉しい。
同時にジャンヌ・オルタへの評価が上がる。あれだけの思いを込めた贋作を作るだけはある。…本人はテケテケ槍女を生み出してたことなんてもう忘れてるけど、創作の熱意は失われてなかったということなのだろう。
っと、ちゃんとその杯が誰によるものかも答える必要があるだろう。隠すべきことではないはずだ。
「なんと、あの復讐者が手掛けた作品とな?予め頼んだ…というわけではないようじゃな、苦労して手に入れた事はそなたを観ればわかる。手抜きをするような男でもないこともよく知っておるからな」
察しが良いノッブは好きだよ。
「で、あるか!ならば常に好きと叫べばよかろう!だってわし察しの良さなら戦国一だからネ!」
一層上機嫌になる魔人アーチャー。戦国一かどうかについて茶々を入れる気はない。その辺突っ込みいれられるのは多分マムシの娘とかだと思う。
──ミッションは達成した。ぐだぐだした会話から突発的に強制発注されたが火種になりそうだった案件も一緒に片付いたのは僥倖と言える。これでまた次の特異点が見つかるまでは種火とQP回収に励めるというものだ。
さすがに疲れた。今日は早めに寝るとしよう。信長さんや、そろそろ部屋に戻ってくれんかね。
「む、もう床に就くのか?それはあまりに勿体ない。そらっ」
呼吸の様な自然さで杯を1つ放り投げられた。避ける、受け止め損ねる、そういった可能性を全く考えない投擲に焦りを覚えて必死にキャッチする。
危ないじゃないか!
「うむ、体力は証明されたな。少し飲みに付き合え、そなたがわしの為に選んだこの杯を今使わずしていつ使う」
疲れてるというのにこの強引な確認と強制証明である。なんという第六天魔王。
…断ると言う選択肢はなさそうだが、確認しよう。拒否権あるんですかね?
「是非もないよね?」
是非はあります。
可愛く言っても通用しないぞ!
寝させてくださいと言ってもノッブには通じない。ぐいと迫られ、あっさり追い詰められる。
「この杯に注がれた酒を美酒へ変えるにはそなたが必要である。わしに恥をかかせるでない」
この魔王、己のステータスを十全に理解している。
こいつはビーストだぜ……まずい、これは断れない。
諦めの境地に至る前に扇情されつつある己を自覚し、それを察して彼女の笑みが深くなった時。
マイルームの扉が開いた。
助けが来たのか!?ととっさに視線を動かし、絶望する。
「酒の匂いにつられてもうて、肴と一緒に来てみれば…旦那はんも好きやねぇ。混ぞうてもよろしおすなあ?」
「おい酒呑、大将前に何を…大将、ちょっとそいつと顔が近すぎやしねぇか?」
「……」
混沌と喧騒しか呼ばない面子です、ありがとうございました。
そして覚悟を決めた。既に自分に触れる寸前だった魔王はがしゃ髑髏を背負って2人を睨んでいる。ああ…確かに救いを求めたのは自分だが──こんなオチなら組み伏せられた方がマシだった。
「鬼子、このわしが食らおうとした美酒に泥を混ぜおったな?」
「源のも嫌な殺気振り巻いとうけど…平のも似たようなもの振りまきよるなぁ。刀向けるならうちは鬼やから…酒も旦那はんもいただくとするわぁ」
「醜し。その赤漆の杯ごと斬り捨ててやろうぞ」
「おい、ちょっとお前ら落ち着けよ。ここは大将の部屋で」
「おどきやす!」
「死ねぃ!」
「うおわー!?」
銃撃と剣撃の音が激しく室内を揺さぶっている中、静かに横になる。
喧騒に、マシュとか清姫とかタマモキャットとか色んな声が混ざりつつあるが、唯一の正解ルートは眠る事だと判断した。
瞳を閉じて、ため息を1つ。
──ああ、今日も実にぐだぐだであった。
追記
創造神の因果律修正によって「7月」は削除されました